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第1話 とりあえず魔法使いです。

早速、第1話です。

よろしくお願いします。

 気が付くと、青い空が見えた。

 随分と透き通った空が、パノラマ一杯に広がっている。

 鼻に香る空気の匂いも違う。

 田舎の山みたいに澄んでいた。


 身体を起こす。

 次に見えたのは、大きな城門と城壁だった。

 2、3キロに渡り、ずらりとそびえている。


 今のところ、それぐらいしかない。

 ただ広い平原と、深緑豊かな山が見えるだけだ。


 ヨーロッパの片田舎にある古城でもなければ、おそらくここは異世界だろう。

 その証拠に、城門の衛兵と思しき2人組がこちらに向かってくる。

 長槍と円盾という装備。

 コスプレというには、あまりに堂に入っていた。


 ちょうど同僚も起きたらしい。

 早速、衛兵を見つけると、ぼくの後ろに下がってしまった。

 やれやれ……。

 たまに勇敢な姿を見せてほしいものだ。


 衛兵は槍を突き付けるわけでもなく、ぼくたちの前で立ち止まった。

 しげしげと眺めた後、驚くほどネイティブな日本語で話しかけてきた。


「その服……。あんたたち、異世界人だな」


 いきなり服を指摘されて、自分の纏っているものを見る。

 事故に遭う前に着ていたスーツそのままだ。

 せめて、布の服ぐらいサービスしてもらえないものだろうか。


 まあ、おかげで異世界人とすぐにわかってくれたらしいけど。


「は、はい……」

「後ろの彼も」


 いまだ、ぼくを盾か何かと勘違いしている同僚を見つめる。


「え、ええ……」

「そうか。では、こっちに来て手続きをしてくれ」


 衛兵たちは門の側にあった屯所に案内する。

 名簿に名前を書くように言われた。

 日本語で構わないというので、『相田呂士』と書いた。

 同僚も倣う。渋々といった様子だ。どうやら異世界に飛ばした女神を恨んでいるらしい。時々、呟く言葉がことごとく女神に対する怨嗟だった。


「じゃあ、これ持ってね」


 はい、と渡されたのは、トランプほどのガラスの板だった。

 異世界の言葉なので、なんと書かれているかわからなかったが、文字が彫られている。おそらく身分証か何かだろう。


「あとはギルドで説明を受けて」


 またか、と思った。

 全部ギルドに投げっぱかよ。

 今からすべてを一から説明しなければならないギルド職員の胸中を慮る。

 これって完全にたらい回しだよね。


 ようやく中に入ることが許される。

 これまた如何にも剣と魔法の世界にあるような街だった。

 土壁で出来た小さな家。あるいは木材で出来た立派な店が点在する。

 人の衣装もそれぞれ。

 西洋風の衣装を着ているかと思えば、サリーのようなインド風の服を着ているものもいる。

 露店からは威勢のいい売り文句が響き、あちこちで買い物や交渉が行われていた。


 否応にも目を引くのが、武具を持った如何にも冒険者風の一団だ。

 そろって眼光が鋭く、異様な雰囲気を纏っていた。

 どうやら異世界人とわかるらしい。

 さっきから背筋が寒くなるほど、視線を感じた。


 それでもぼくたちはどうにかギルドに辿り着く。


 跳ね板があるウェスタン風の建物だった。

 中には先ほど見た冒険者風の人間がダース単位で存在し、目敏くぼくたちを見つけると、じっとその動向を窺っていた。


 壁に賞金首が書いた紙らしきものが貼ってあり、数字が並んでいた。


 ぼくたちはカウンターに近づいていく。

 受付の女性と目が合うと、向こうから頭を下げて歓迎した。


「こんにちは。異世界から来た方ですね」

「あ、はい……」

「では、すいませんが、こちらの書類に名前を書いていただけますか。現地の言葉で結構ですので」


 衛兵の屯所でも見た書類を差し出される。

 ぼくたちは揃って名前を書いた。


 ペンを走らせながら、チラチラとカウンター向こうの受付嬢を見ていた。


 気になったのは黒い鼻。ショートボブから飛び出た丸まった耳だ。

 いわゆる獣人だろう。

 おそらく鹿……かな。目がくりくりとしていてとてもキュート。

 スタイルもよく。ちょっと胸が物足りないけど、スレンダーで立ち姿にも独特の品格があった。


 ふと視線が合う。

 一瞬、どぎまぎしてしまった。

 向こうの世界では、女っ気が全くなかったぼくも、思わず見とれてしまう。


 名前を書き終わると、まず受付嬢は自己紹介した。


「私の名前はリタと申します。異世界での生活に困ったら相談に乗りますので、なんなりとお申し付けください」


 リタさんというのか。

 ちょっと覚えておこう。


 前口上が終わると、早速リタさんは説明を始めた。


 この世界がハイミルドという名前であること。

 現在、人間と魔王が戦いの最中であり、救世主を待ち望んでいること。


 そしてこれがぼくにとってもっとも重要なのだが、この世界ではジョブと呼ばれる職業が、あらかじめ決められているということだ。


「つまり、他の職業になることは認められていないと」

「絶対というわけではありませんが、非常に不利益になると申しておきます。たとえば、兵士のジョブの方がどんなに努力をしても一人前の料理人にはなれません」

「誰がジョブを決めているの?」

「大神です。故に、神が決めたことを人間が覆すのは難しいのです」


 また大神か……。

 自分の事情で生き返らせたり、勝手に人の職業を決めたり、随分と自分勝手な神さまがいたものだ。

 前の世界の神さまみたいに、何にもしないよりはありがたみがあるかもしれないけどね。


「あとは、この世界にはステータスというものがあります」

「ステータス?」

「屯所でもらったカードを出してもらえますか?」


 ステータスって、ほんとゲームみたいだな……。

 異世界にはありがちな設定だけど。


「これはステータスカードといって、この世界の身分証明書になります。名前の横に数字が書かれているでしょう? それは今現在のあなた方の状態(ステータス)になります」


 おお。確かに……。

 なんか書き方が独特だったので、認識できていなかったのだけど、言われてみればアラビア数字にひらがなが刻まれていた。


 ちなみにぼくのステータスは――。


 相田トモアキ

 じょぶ

 れべる   1

 ちから   1

 たいりょく 1

 すばやさ  1

 ちりょく  1

 まりょく  1

 きようさ  1

 うん    1


 ひっく!! オール1って。

 ゲームの初期ステータスでももっとマシな数値なはずだよね。


「今は、まだジョブが決まってないので低いままですが、ジョブが決まれば数値は上昇するはずですよ」

「なるほど」


 ちょっと安心する。


「では、早速ですがジョブを決めましょう」

「どうやるんですか?」

「隣に教会があります。そこで大神のお告げが聞くのです」


 リタに率いられ、ぼくたちは隣の教会へと入っていった。

 何故か、ギルドにいた冒険者たちがついてくる。

 どうやら異世界人のジョブが気になるらしい。


 教会には大きな彫刻があった。

 毛むくじゃらの厳ついおっさんの石像だ。

 どうやらこれが“大神”らしい。


「では、ここで祈りを捧げてください。“我らに仕事を与えてください”と念じれば、大神は応えてくれるはずです」


 正直にいうと乗り気でなかった。

 異世界に来てまで働かなければならないかと思うとめまいがする。

 しかも神に祈ってまで欲するのだ。

 元現代人としては、これほど滑稽なものはなかった。


 ぼくは渋々祈る。


 ――どうか。一生楽できる職業をお与えください。


 すると、何か光のようなものが見えた。

 伏せていた瞼を開く。

 ステータスカードが光っていた。


 そこに文字が刻まれていく。

 乗り気ではなかったけど、ちょっとワクワクした。


「おお!」


 横で歓声が上がる。

 同僚が何故か飛び上がっていた。


「勇者だ! 俺、勇者じゃん!」


 ステータスカードを持って、手を震わせていた。


 儀式を見守っていた衆人たちがざわつき始める。

 リタが進み出ると、同僚のステータスカードを確認した。


 つぶらな黒の瞳がみるみる開いていった。


「ほんとだわ!!」


 先ほどの落ち着いた声の受付嬢は消え失せていた。

 手を口元に当て、わなわなと身体を震わせている。

 目頭は赤く、今にも涙を流さんばかりに感動していた。


「確認しました! この方は勇者様です」


 おおおおおおおおおおおおおお!!!!


 割れんばかりの声援が教会内に響き渡る。

 冒険者が殺到し、小耳に挟んだ道行く人まで教会に雪崩れ込んできた。


 涙を流し、抱きつき、或いは神に感謝を伝える。

 最後には同僚を担ぎ上げ、胴上げが始まった。


「そ、そんなに凄いことなんですか?」


 宙に舞った同僚を見ながら、側にいたリタさんに尋ねる。


「ええ! それはもう! 私たちはずっと勇者様が現れるのを待っていたのですから。ああ。なんと幸運なのでしょうか。まさか勇者様の誕生の瞬間に立ち会えるなんて」


 涙腺は決壊し、リタはしゃくり上げながら、石像を見上げる。

 何度も神の感謝の意を伝えた。


 感動するリタを見て、ぼくは同僚に彼女を取られたような気がした。


「あの……。ぼくのジョブも確認してもらっていいですか」


 ステータスカードをリタに差し出す。


「そうですね。すいません。まだ仕事中なのに」


 そう言って、目に溜まった涙を払う。

 そして「ああ……」と同僚の時の何千の一ぐらいの歓声を上げた。

 どこか落胆しているようにも聞こえる。

 同僚が「勇者」であるなら、もしかしたらぼくも同じぐらい凄いジョブかもしれない。そんな予想が彼女にあったのだろう。


 リタはあっさりとぼくにステータスカードを返した。


「はい。相田さんの職業は“魔法使い”ですね」


 まるで事務連絡みたいに彼女は告げた。


2、3話までちょっと辛い展開ですが、4話目から楽しみにしていて下さい。


今日は、その4話目まで更新する予定です。

よろしくお願いします。

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