第17話 魔法使い、ようやく奴隷付き1戸建てを買う。
昨日には間に合わなかったぼくは、明日小説を投稿した(恋愛小説風)。
キングシャドルは敗北した。
心なしか地下室がぼんやり明るくなったような気がする。
腐った臭いもしない。
正常な家の匂いがした。
とても懐かしい。
他人の家の匂いだ。
「すごい……」
パーヤさんは呟いた。
強烈な光を浴びて視力を失うこともなく、ぼんやりとがらんどうになった地下室を見つめた。
自分でも凄いって思う。
比喩でいったつもりだったけど、本当に目の前で太陽が炸裂したのかと思った。 さすがはレベルマ状態だ。
どんな魔法でも、戦略兵器級の威力になってしまう。
ともかく、パーヤさんの屋敷に巣くっていたゴーストは消え、ついでに魔王の幹部も倒した。
危険は排除されたのだ。
「あ……」
床に何か落ちていた。
黒くて大きな風切り羽だ。
きっとキングシャドルのものだろう。
もしかして、これってギルドに申告すれば、賞金が出るのかな。
今はお金が必要だし、持っておこう。
ぼくは羽を拾い、まだ呆然としているパーヤさんに向き直った。
手を差し出す。
「行きましょうか?」
ぼくの声を聞いて、彼女はようやく我に返る。
手を取り、立ち上がった。
「はい」
そう言った時の彼女の笑顔は、とてもチャーミングだった。
屋敷から出ると、ロダイルさんとガヴが待っててくれた。
ガヴはぼくを見つけるなり、タタタッと走ってくると飛びつく。
「がう゛がう゛」
心配そうに見つめてくる。
ぼくはその金色の髪を撫でた。
つい数時間前にも触ったのに、随分昔のことのように思う。
「大丈夫。ぼくは元気だよ」
「がう゛がーう゛」
とても嬉しそうに笑い、ぼくの頬を舐める。
彼女なりのご褒美らしい。
ぼくはガヴを抱っこしたままロダイルさんにお礼を言った。
「ロダイルさん、ありがとうございます。ガヴを見ててくれて」
「俺は何もしちゃいねぇ。それより、決着は付いたみたいだな」
とロダイルさんは、パーヤさんを見つめた。
彼女は姿勢を正すと。
「はい。ありがとうございました。ロダイルさん」
「お前を鍛えてくれた俺のダチにも礼をいっておけ」
「そのつもりです」
「ふ……。ま。良い面構えになったな。それもこいつのおかげか」
今度はぼくの方を向いた。
「そんなことはありませんよ。パーヤさんの心の強さだと思います」
「ふん。当たり前だ。こいつは俺が認めた奴隷なんだから。根性なら男にも負けない」
それって褒め言葉なのかな、女性に対して。
ぼくは苦笑せざる得なかった。
ロダイルさんは懐をまさぐる。
鍵の束を取りだした。
きっと屋敷の鍵なのだろう。
「後顧の憂いは断った。正式にこの家はお前のもんだ」
「あのロダイルさん」
「なんだ?」
「その契約……。破棄することはできませんか?」
「なんだと!」
ロダイルさんの眉間に皺が寄る。
途端に、場は険悪になっていった。
ぼくは怯まず意見する。
「たぶん、この家はぼくにはもったいない。それよりも、もっと相応しい人物に住んでもらうべきだと思うんです」
「誰だ、それは?」
「パーヤさんです」
「――――!」
「この家と彼女の事情は聞きました。……ロダイルさんだって、本当はパーヤさんに返してあげたいって思ってるんじゃないですか」
「パーヤのことは知っている。それでも俺はお前に売ったんだ。今さら、契約破棄されても困る」
「じゃ、じゃあ……。ぼくが買って、彼女に売ります」
「ああ! もう! わからんのか、お前!」
めんどくさそうに、ロダイルさんは自分の長髪を掻きむしった。
やがて隣に立つパーヤさんを見つめる。
彼女は口元を押さえ、貴族令嬢っぽく微笑んだ。
「トモアキ様。ご心配なさらなくても、パーヤはここに住むことになりますわ」
「え? それはどういうことですか?」
「お前、鋭いところは鋭いのに、意外と鈍い頭をしてるんだな」
「ロダイル様……。いくら前主人とはいえ、我が主人のことを悪くいうのは、許しませんよ」
「え? ええっ??」
どういうこと?
「まだわからないのか。お前に突き付けた条件にあっただろう。この家と一緒に1人奴隷を買えって」
「は、はい。覚えてますけど……」
「それがわたしなのですよ。トモアキ様」
パーヤさんはそっと大きな胸に手を置いた。
な、なんだってぇぇえええ!!
「ちょっと待って下さい! パーヤさんの目的は果たされたんです。だったら、貴族令嬢として生きていけばいいじゃないですか。何も奴隷にならなくても」
「別にジョブに準じて生きるだけが人生ではありません。それに貴族令嬢なんかより、もっと幸せに生きる道を見つけましたから」
「与えられたジョブよりもですか」
「はい。トモアキ様と共に生き、ご奉仕することが、わたしの幸せですわ」
ぼくと共に生きる。
ご奉仕…………。
ぶわっ!
「と、トモアキ様……。鼻血が出てますよ」
「わわ……。こ、こここれはその――」
「お前、一体どんな想像したんだ? パーヤを傷物にしたら、俺が許さんぞ」
「ちょ! ロダイルさん! 鎖を引っ込めてください!」
「わたしは別にトモアキ様に傷物にされても構いませんけど……。キャ! 言っちゃった!」
「ななななんの話をしてるんですか!」
「がう゛がう゛(ガヴも混ぜろ!)」
「ガヴ! 鼻血を舐めちゃらめぇ」
ああ! もう……! めちゃくちゃだよ!
でも、嬉しかった。
こんなにも、ぼくを必要としてくれる。
笑いかけてくる。
そんなこと、前の世界では一度もなかった。
今、ぼくは幸せだ。
異世界に来て、本当に良かった。
今なら、そう思える。
家も買えた。
優しい女性とも出会えた。
可愛い娘のような女の子をいつでも愛でることが出来る。
収入も心配ない。
いざとなれば、魔法を使えばいい。
怖いものも何もない。いざとなれば、返り討ちにしてやればいいんだ。
条件は揃った。
ようやくぼくのスローライフが始まる。
異世界の――第二の人生がようやく始まるんだ。
――とぼくのスローライフは始まるかと思ったんだけど。
屋敷の前でわちゃわちゃしてると、人が集まってきた。
中には冒険者や、街の衛士もいる。
先頭に立ったこの辺の自治会長という老貴族が、ぼくたちに話しかけた。
「何か強い光を見たのだが、何か知りませんか」
「それは――」
「ご迷惑をおかけし、すいません」
パーヤは進み出る。
丁寧に手を前で揃え、頭を垂れた。
「先ほど、この屋敷に巣くっていたゴーストを退治しました」
「ゴースト……。おお。実は、目撃証言がありましてな。ちょっと困っていたところですじゃ。ありがたい。神官殿、あなたが?」
「いえ。わたしは単なる奴隷です。あちらにいる我が主人が――」
とぼくを紹介した。
え? ちょっとこれヤバイ流れじゃないかな……。
「おお。そなたが――」
「いえ。違います! ぼくじゃありません!」
必死に弁解するものの、徐々に周りが騒がしくなってきた。
そして1人の冒険者がぼくの手を指さした。
「おい! あんたそれ! キングシャドルの風切り羽じゃないのか」
なんだと。
おい。見せろ見せろ。
誰か鑑定士いないか。
にわかに騒ぎが大きくなっていく。
群衆から進み出た鑑定士が、ぼくが持っている羽をマジマジと見つめた。
「間違いない! キングシャドルだ!」
「マジか!」
「すげぇ! 魔王の幹部の1人だぞ!」
「レベル30の魔法使い50人を一瞬にして殺したほどの手練れだ」
「それをこの兄ちゃんが――」
みんなの視線がぼくに向けられる。
うう……。苦手なんだよなあ。
たくさんの人の注目を浴びるのって。
「この兄ちゃん、前にどっかで見たことがあるぞ」
「そうだ。ギルドにジャイアントオークの剣を持ってきた魔法使いだ」
「あの時は確か勇者が倒して――」
チャンスとぼくは思った。
話に乗っかる。
「そ、そうなんです。今回も勇者の――」
「何を言うんですか、トモアキ様。トモアキ様がキングシャドルを倒したんじゃありませんか」
あ――。
事情を知らないパーヤがぼくを見つめる。
なんでそんなことを言うの、と首を傾げていた。
あえて言おう。
今、何故それを言うの……。
お願いだから、ちょっと黙っててくれないかな。
だけど、時すでに遅し。
集まった民衆に、熱狂という火が点火されていた。
「なんと! 勇者様以外にも、魔王幹部を倒せる力を持つものが!」
「そういえば、この魔法使いみたことがある。勇者様と一緒に来た異世界人だ!」
「もしや大神は2人の勇者を使わしたのか!」
あ、あの――。
もう違いますなんていえる雰囲気じゃない。
ええい! こうなったら、被害を最小限にとどめるしかない!
ぼくは叫んだ。
「みなさん、聞いて下さい!」
自分でもびっくりするほどの大きな声が出た。
レベルマ状態がまだ維持されているからかな。
でも、今日は驚いてばかりだ。
「実はぼくは勇者から命令を受け、この街に留まっているのです」
「命令?」
「勇者様から」
「確かにぼくは強いです。本来なら、勇者を手助けする役目でした。ですが、勇者はこの街の皆様から受けた歓迎に感銘を受け、ぼくをこの街にとどめ、守るように命じたのです」
「おお!」
「勇者様が!」
「なんと慈悲深い」
ああ……。
慈悲深いとか言われちゃってるよ。
中身は真っ黒なのにね。
でも、今はその名声を利用するしかない。
「だから、この街の平和はぼくが守ります! 安心して下さい」
すると――。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
怒号ともとれる歓声が上がった。
いつの間にか、屋敷前の道は人で溢れ返っていた。
そしていつも通りのお祭り騒ぎが始まった。
主賓はもちろんぼくだ。
嬉しくないわけじゃないけど、ちょっと複雑……。
でも、傷は最小限にとどめる事は出来た。
ちょっと面倒な仕事が増えたけど、今から魔王を倒しに行け、なんて言われるよりも遙かにマシだ。
どうせこの街が魔族とかに襲われたら、結局ぼくが出っ張ることになるかもしれないしね。
思っていたのとは違うけど、これはこれで楽しい人生になるんじゃないのかな。
そんなことを思いながら、ぼくはちょっとほろ苦い――けれど美味しいお酒を飲むのだった。
また勇者の株を上げてしまった。
勇者ころすべし!
ポイントの勢いがなくなってきた今が踏ん張りどころ!
更新頑張るどん!!