第16話 魔法使い、またしても大勝利する!
お待たせしました。
ちょっといつもより長めです。
「ほりい○う じえにつ○すど ら○くえす とだよ」
ぼくは呪文が子供部屋だった場所に響き渡る。
唱え終えると、ゆっくりと手を下ろした。
パーヤさんは自分の姿を確認する。
「特に何も変化がないようですけど」
「ステータスカードを1度確認してもらえますか?」
素直に従った。
やがて「あっ」と思わず大きな声を上げた。
パーヤ・エミンダ
じょぶ きぞくれいじょう
れべる 50
ちから 15
たいりょく 122
すばやさ 91
ちりょく 489
まりょく 101
きようさ 521
うん 113
「どうですか?」
「すごい! 能力値が上がってます」
パーヤさんはぼくにカードを見せる。
なるほど。【ちから】以外は結構上がってるな。
何より【まりょく】が上がっているのが心強い。
貴族令嬢でも【まりょく】が必要になるのかな。
意外と魅了の魔法とか社交界で使われていたりするのかも。
ぼくなら、パーヤさんみたいな美人で、魔法が使われなくてもイチコロだけどね。
「どうしました?」
気が付いたら、すぐ近くにパーヤさんの顔があった。
月の表面のように白い肌を見ながら、ぼくの心臓は高鳴る。
能力が上がったことによって、女性としての魅力も上がってるんじゃないかな。
貴族令嬢だけに……。
「な、なんでもありません。調子はどうですか?」
「はい。もう大丈夫。むしろゴーストを倒したくてウズウズしてます」
「そ、そうですか……」
その反応は淑女としてどうなんだろうか。
ぼくたちは部屋を出て、先へと進んだ。
「目的地は決まっているんですか?」
「はい。この屋敷の地下に魔法使いの実験場があると調べはついています。そこにゴーストを発生させる何かがあるかと」
「なるほど。じゃあ、急ぎましょう」
「はい。その前に――」
廊下に出ると、一転再びゴーストが壁をすり抜けてやってきた。
先ほどよりも多い。
100体はいるんじゃなかろうか。
天井、廊下、壁、窓――あらゆるところから、白い肌の幽霊が現れる。
「任せてください」
ジャキン! 錫杖を鳴らす。
パーヤさんは唱えた。
「慈愛の神エルよ。我が言ノ葉に耳を傾けよ。我は汝の御子パーヤなり。其の手に宿る光の一涙を以て、停滞せし魂をうち払え!」
浄炎の光よ!
その名の通り、光が爆発した。
先ほどよりも遙かに速く、さらに神々しく――ゴーストたちを焼き払う。
廊下にいたゴーストたちは、一瞬にして霧散した。
「すごい……」
感嘆したのは、パーヤさん自身だった。
何もなくなった廊下をぼんやりと見つめている。
「気分はどうですか?」
「あ。はい。大丈夫です」
レベルが50になったことによって、魔力値が上がったのだろう。
これなら彼女が倒れることはない。
「あの……。出来れば、この魔法については秘密にしていただきたいのですが」
「わかっています。オリジナル魔法の作成って、確か魔法学者の許可がいるんですよね」
え? そうなの?
オリジナルならなんでも許されると思ってた。
魔導書専門店のルーイさんに薦められて作ったけど、そんな説明1つもなかったぞ。忘れてるな、あの人……。
まあ、目立ちたくないからとは言えず、ぼくはパーヤさんの意見に乗っかることにした。
「そ、そうです」
「わかりました。でも、ちょっと複雑です」
「何がですか?」
「もう少し早くこの魔法に出会っていたらと思うと……」
そうか。
ぼくの魔法を知っていれば、パーヤさんがロダイルさんのところまで言って、厳しい修練を積む必要なんてなかったんだ。
「それは違います、パーヤさん」
「?」
「ぼくは能力を引き上げることは出来ますが、神託を教えることは出来ません。神官としての知識や振る舞いも。だから、パーヤさんがやったことは決して無駄じゃないと思います」
ぼくだってそうだ。
レベルマを覚える前に、様々な人と出会い、あるいは失敗をしていたから、今ここにいる。辛いから思い出したくはないけど、それが無意味なものだとは思わない。見えないところで、ぼくの血と肉になっているはずだ。
「そうですね。ありがとうございます」
彼女は笑った。
まだ肖像画の頃と比べると影があるけど、随分と女性らしくなってきたと思う。
もっと彼女には笑ってもらいたい。
いつか真の笑顔を取り戻してもらいたい。
ぼくは強くそう思った。
ようやく地下室を見つけ、ぼくたちは階下へと降りた。
そこはゴーストの巣になっていた。
白骨化したもの。あるいは人間の形をすでに失ったもの。あるいは獣……。
様々なゴーストが乱れ飛び、さながら無秩序なパーティになっていた。
「パーヤさん、神託を」
「待って下さい!!」
キィンと声が反響する。
パーヤさんは叫んだ後、中央にいる一際大きなゴーストを見つめた。
それはまだ人間の姿を留めたゴーストだった。
口髭を生やした精悍な男の幽霊。
黒い髪と、青い瞳を見て、ぼくは思い出す。
――肖像画に映っていた人とそっくりだ。
「まさかパーヤさんの……」
「パパ……」
その響きは純粋な子供のようだった。
そんな……。
ぼくは愕然とした。
だが、そんな余裕はない。
ゴーストたちは打ちひしがれる人間たちを放っておいてはくれなかった。
白い絹が濁流のように襲いかかってくる。
だが、パーヤさんが反撃することはない。
錫杖をだらりと垂らし、やや落ちくぼんだ瞳で父親のゴーストを見つめた。
ぼくは棒を振るう。
だけど、そんな攻撃など効きもしない。
返ってくるのは、ゴーストたちの嘲笑だけだ。
このままではやられる。
――なんとかしないと!
その時、不意にぼくの視界にパーヤさんのお父さんが入った。
何か口を動かしている。
「うう」と呻く。
ぼくにはそれが何かを訴えているように見えた。
一か八か賭けるしかない!!
「ゆう○い――」
ぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺ……。
レベルマ状態にする。
ぼくは引き続き棒でゴーストを散らしながら、耳をそばだてた。
“たす……け……て……”
“かい…………ほ……して……。パ………………ヤ……”
なんでその時、ぼくがパーヤさんのお父さんの声を聞こえたのかわからない。
レベルマ状態で聴覚の感度が上がり、【ちりょく】が上がった事によって、ゴーストの声を聞くことが出来たのかもしれない。
だが、今はそんなことよりも大事なことがある。
「パーヤさん、浄化しましょう」
「でも、そんなことしたら、パパが……」
いやいやと黒髪を振る彼女の肩を、ぼくは抱いた。
パーヤさんと真正面から向き合う。
「お父さんをこのままにしておくんですか?」
「……え?」
「それであなたとお父さんは、あの肖像画のように笑っていられるんですか?」
「でも――」
「パーヤさんのお父さんはもういません。それはもう叶わない」
「――――!」
「けど、パーヤさんはここにいて生きてます! だから、もう1度見せてください。あの時の笑顔を! ぼくに!!」
パーヤさんは息を吸い込んだ。
丸い目をさらに丸くさせる。
やがて、顔が真っ赤に灯った。
気が付けば、ぼくは突き飛ばされていた。
拒絶されたのかと思ったが、そうではない。
彼女はぼくに背を向けた。
顔をこする。涙を拭っているように見えた。
「パーヤ、さん?」
「もう大丈夫です。……ありがとうございます、トモアキ様」
え? 今、“様”って……。
「あなたの言うとおりです」
顔を上げた。
直線上にいる父の霊を見つめる。
その時、一体彼女はどんな顔をしてるのだろう。
終ぞぼくは知ることはなかった。
シャラン!
錫杖を構える。
「慈愛の神エルよ。我が言ノ葉に耳を傾けよ。我は汝の御子パーヤなり。其の手に宿る光の一涙を以て、停滞せし魂をうち払え!」
魔法名を唱える前の一瞬、パーヤさんの口元が動いた。
……さようなら、パパ。
浄炎の光よ!
光が爆発する。
数百体もいたゴーストたちがうめき声を上げながら、浄火されていった。
その中にはパーヤさんのお父さんも含まれていた。
お父さんは笑っていた。
肖像画の中で見た――パーヤさんのことが好きで好きでたまらない。
そんな父の慈愛に満ちた笑顔だった。
“あ…………り……が………………と……”
やがてお父さんは完全に消滅した。
パーヤさんはその時どんな顔をしているのか、またしてもわからない。
泣いているのか、それとも笑っているのか。
少し声がかけづらかったけど、ぼくが先に口を出すべきだと思った。
背中を押したのはぼくなのだから。
「パーヤさん……」
「父が言ってました」
「え?」
「ありがとって……」
くるりと黒髪が翻る。
パーヤさんの顔が露わになった。
彼女は泣いていた。
そして笑ってもいた。
肖像画の彼女と比べればまだまだだけど、それが本当の彼女の顔なのだと思った。
ぼくは一歩踏みだした。
瞬間、声が聞こえてきた。
「おいおい。やってくれたな……」
高笑いが地下室に渦巻く。
さらに部屋の暗闇をすべて巻き取ると、一体の魔物が現れた。
出現したのは、巨大な黒い烏だった。
黒羽をマントのように巻き付け、赤い眼をこちらに向ける。
真っ黒な嘴を天井に掲げ、「カアッ!」と鋭く啼いた。
「俺様の名前はキングシャドル。魔王様の幹部の1人よ」
「魔王の幹部!」
「どうしてこんなところに!?」
ぼくとパーヤさんは目を剥いた。
「折角来るべき時にそなえ、ゴーストを増やしていたが、貴様らのせいですべて水の泡となってしまった。どうしてくれるのだ、人間よ」
「あなたがゴーストを……」
「正確には俺様ではないがな。魔法陣を施したのは人間よ。その人間も自らゴーストになったがな」
巨大な闇烏はくっくっと笑った。
「俺様はそれを見つけて、管理していただけだ。なかなか愉快な装置だったのでな。調べて魔王様に献上しようとしていたところをお前らが――うん?」
すると、キングシャドルは目を細めた。
じっとパーヤを見つめる。
「お前、もしかしてあの人間のゴーストの娘か?」
「――――!」
「図星か! あいつには苦労させられたぞ。街で彷徨っていたゴーストを掴まえたはいいが、なかなか落ちなんだ。俺様の闇語りを聞けば、どんな善霊とて、悪霊に変わるのだがな。くくく、ふはははははは……」
「あなたは――」
「そう言えばよく名前を呼んでいたな」
パーヤ…………。パーヤ…………。
「ぶははははははは!!」
キングシャドルの哄笑が響く。
パーヤは涙を払った。
怒りで赤くなった顔を上げ、闇烏を睨み付ける。
シャラン!
錫杖をキングシャドルに向けた。
「慈愛の神エルよ。我が言ノ葉に耳を傾けよ。我は汝の御子パーヤなり。其の手に宿る光の一涙を以て、停滞せし魂をうち払え!」
浄炎の光よ!
光が地下室に満ちる。
貴族令嬢とて、レベル50の神託だ。
地下室に沈殿した闇と一緒に、キングシャドルを消し去った。
……はずだった。
「ふはははははははは!」
どこからともなく高笑いが聞こえてくる。
浄炎の光よの光が収縮し、やがて闇が落ちる。
そしてキングシャドルは何事もなかったかのように現れた。
「そんな……」
パーヤさんは錫杖を取り落とす。
ペタンと尻餅をつき、身体を震わせていた。
「その程度の神託など、俺様にはきかんぞ」
キングシャドルはニヤリと笑う。
「言ったろ。俺様は魔王の幹部だ。殺したければ、第5階梯の光属性魔法でも持ってくるのだな。……もっとも。雑魚ばかりのこの街にそんな人材などおるまい」
「なるほど。光属性魔法ならいいんだね」
ぼくはパーヤさんの前に立つ。
キングシャドルを睨み付けた。
「トモアキ様! もうダメです! あなただけでも逃げて下さい!」
「大丈夫だよ。それにいったよね」
ここはぼくの家なんだ……。
「なんだ、貴様は!?」
「しがないレベル1の魔法使いだよ。君がいう雑魚中の雑魚ってヤツさ」
「ぷっ……。ふはははは! 何を自信満々に現れたかと思えば、レベル1の雑魚魔法使いとは」
「そう笑うけどさ。そんな雑魚が集まる場所なのに、こんな陰気くさい所で閉じこもっている君こそ、雑魚なんじゃないの?」
「な、何をいう! 実験の詳細が知れるまで、大人しくしていただけだ。その後、皆殺しにするつもりだったが、今すぐ実行してやろうか!」
「ムキになるところが益々怪しいよね」
「きぃさまぁぁぁあああ!!」
怒った怒った。
怒髪天を衝かんばかりの勢いだ。
でもね。
ぼくも結構怒ってるだよ。
自分でも信じられないくらいに。
ああ。自分はこんなに怒れるんだって思うぐらいに。
前の世界ではこんなことなかった。
怒る前に諦めていたからね。
けど、ぼくには今、力がある。
この状況を打開できる大きな力が――。
「君は闇属性の魔族だね」
「そうだ。それがどうした」
「太陽を見たことがある?」
「あるわけなかろう。我の天敵だぞ。……ふん。そうか。貴様、俺様が作り出した空間を破り、太陽を見せようという魂胆だな」
キングシャドルは得意げに笑う。
だが、笑ったのはぼくも同じだった。
「そんなことをしなくても、見せてあげるよ」
本物の太陽をね――。
ぼくは一小節目を唱える。
「光の精霊フォリリアよ」
キングシャドルは「カカッ」と笑った。
「明光だと……。何をするかと思えば、そんなもので俺様は払えんぞ」
「トモアキ様!!」
2人の声は聞こえていた。
ぼくは構わず詠唱を続ける。
「其の力を持って、我が前の闇を払え!」
明光!
力強い言葉とともに、光が炸裂した。
狭い地下室の中で、光明は一瞬にして広がる。
「ぐおおおおおおお! な、なんだ、これはああああ!!」
キングシャドルの闇をじりじりと焼いていく。
すでにその半身は光に没していた。
「馬鹿な! こんな魔法使いなど、この街にいなかったはず! そもそもこれが明光だとぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!!」
キングシャドルの断末魔が響き渡る。
「魔王様! お気をつけ下さい! ここに勇者よりも厄介な――――」
瞬間、残っていた顔を光が食らいつくした。
やがて収縮する。
空間が歪み、元の屋敷の地下室に戻っていた。
キングシャドルの姿もなく、声も聞こえてこない。
魔王の幹部の一角は、はじまりの町アリアハルの中で散った。
三部作といったな、あれは嘘だ!
次回はエピローグ的な回です。
異世界転移/転生(ファンタジー)第3位!
日間総合8位!
初一桁をゲットしました。
ここまで応援いただいた方に大大大大大感謝です。
ありがとうございました!
ただ今日はごめんなさい。
1話だけの更新です。
明日まで楽しみに待っていて下さい!