第15話 魔法使い、一戸建てでゴースト退治をする。
お待たせしました!
「魔法使い、家を買う」の中編です。
翌日、屋敷前に行くと、もうロダイルさんたちが門の前に立っていた。
「遅いぞ」
「すいません。でも、集合時間には間に合ってますよね」
「10分前行動は商人として常識だ」
ぼく、魔法使いなんだけど……。
「それよりお前、ガヴを連れてきたのか?」
「ぼくの後にいつも付いてくるんですよ」
ぼくのズボンにしがみついたガヴを見つめる。
さっきまで勢いよく走っていたのに、ロダイルさんを見るなり唸りを上げた。
「あら。この子って……」
ロダイルさんの後ろから進み出たのは、白い神官服を纏った女の人だった。
真っ直ぐで綺麗な黒髪。
雪のように白い肌。
如何にも芯の強そうな丸い青の瞳を細め、薄い唇から笑みをこぼれていた。
思わず目がいくのは、大きな胸だ。
細身な上、腰の湾曲もあって、余計大きく見える。
ゆったりとした神官服にも関わらず、バストの部分だけが突っ張っていて、少し谷間が見えていた。動きやすさを重視しているのか、スカートの部分にスリットが入っており、さらにエッチだ。
ぼくの目のやり場に困った。
「がう゛!」
「痛ッ! 何をするんだよ、ガヴ」
突然、ガヴがぼくの脛を噛んだ。
涙目になりながら、獣娘に注意すると、睨み返してきた。
クスリ、と笑い声が聞こえる。
「嫉妬してるんですよ、その子」
「し、嫉妬? まさか……」
「女の子だもんね。ガヴちゃん」
にこやかに笑いかける。
ガヴは顔を上げると、女の人に近づいていった。
「がう゛がう゛」
「あ。わたしのこと覚えててくれたんだ」
そっと女の人は金髪を撫でる。
ガヴはキャッキャッと笑いながら、喜んだ。
「あのぅ」
「すいません。わたしはパーヤ・エミンダと申します」
黒髪を揺らし、彼女は挨拶した。
ロダイルさんが説明を引き継ぐ。
「今回、協力してもらう神官だ。こいつは――えっと、お前名前なんだっけ?」
今さらですか?
色々と契約書とか名前を書いてるんだけどなあ。
「相田トモアキです。トモアキって呼んでください」
「じゃあ、わたしもパーヤで。それにしても変わったお名前ですね」
「異世界人なんですよ」
「なるほど。大変だったでしょう」
「聞くも涙、語るも涙といったところです。今は幸せですよ」
「それは良かった」
パーヤさんは笑みを浮かべる。
ん?
だが、ぼくはその表情に少し違和感を覚えた。
気のせいかな。まあ、いいか。
「パーヤさんはガヴとお知り合いなんですか?」
「ロダイル様のところで一緒に働いてました」
「え? じゃあ……」
「そうだ。こいつは俺のところの奴隷だ」
ロダイルさんが言った。
「でも、神官の職を……」
「色々と事情があってな。神官に戻ることになった。今日が復帰戦というわけだ」
「だ、大丈夫ですか」
「心配するな。ゴーストくらいなら問題ないだろ。そうだな、パーヤ」
「はい……」
はっきりした返事だったけど、少し震えているような気がした。
復帰戦だから緊張しているのか。
それともゴーストと戦うことが怖いのか。
その時のぼくにはわからなかった。
「あの……。ぼくも同行していいですか?」
「お前が?」
「失礼ですけど、トモアキさんのご職業は?」
パーヤが恐る恐る尋ねた。
「魔法使いです。レベルは1ですけど、スライムマスターの称号をもっています。戦闘にはそこそこ自信がありますよ」
「けど、ゴーストは――」
「いいだろ。パーヤ、連れてってやれ」
「でも、ロダイル様」
「主人からの命令だ。……いいな!」
「わかりました」
がっくりと肩を落とすようにパーヤは頷いた。
「がう゛がう゛」
対称的に元気な声を上げたのは、ガヴだった。
拳を握り、犬歯を剥き出す。
ガヴも行く! と言いたいらしい。
ぼくはその頭をポンポンと叩いた。
「気持ちは嬉しいけど、今回はガヴはお留守番。ロダイルさんとここで大人しく待ってて」
「がう゛ぅ~」
獣娘は甘えるような声を上げて、こちらも同じく小さな肩を落とした。
★
ぼくはパーヤさんを先頭に屋敷の中へと入った。
薄暗く、埃っぽい。
それ以上に何か腐った臭いがしてきて、思わず鼻を手で塞いだ。
慎重に歩みを進めながら、ぼくはすぐに違和感に気付いた。
外から見る大きさと中から見る広さが全く合っていない。
日本の一般的な一戸建てが、まるで西洋の貴族の屋敷のように広くなっていた。
「魔法か何かで空間を歪められているのかもしれませんね」
パーヤさんは鉄の錫杖を握りしめながら、奥へと進む。
そこでもぼくは違和感を覚えた。
「パーヤさんってどうして神官から奴隷になったんですか?」
パーヤさんは突然立ち止まった。
やばい。怒らせちゃったかな。
謝ろうとした時、パーヤさんの鋭い声が耳朶を打つ。
「下がって!」
錫杖を構える。
真剣な顔で眼前を見据える。ちょっと凛々しい。
なんて和んでいる場合じゃない。
敵だ。
一本道の廊下に、突如ゴーストが現れたのだ。
肉はなく、白い髑髏をカタカタと鳴らし、ヒラヒラと飛んでいる。
その数、30――。
多い。
これってヤバいんじゃないかな。
背後を見たが、すでに取り囲まれていた。
「大丈夫です。トモアキさんはわたしから離れないでください」
「は、はい!」
癒し系な風情が一変。
戦う神官の顔になっていた。
「慈愛の神エルよ。我が言ノ葉に耳を傾けよ。我は汝の御子パーヤなり。其の手に宿る光の一涙を以て、停滞せし魂をうち払え!」
浄炎の光よ!
薄暗い室内が白く染まる。
光がゴーストを飲み込み、あっという間に消し去ってしまった。
「すごい!」
思わず歓声を上げた。
その横でパーヤさんは苦しそうにしている。
ぼくは慌てて駆け寄った。
「はあはあ……」
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。久しぶりに神託を使ったから……。少し疲れただけです」
「とりあえず、どこかで休みましょう」
ぼくは彼女に肩を貸す。
近くにあった部屋に入った。
ちょうどベッドがあったから、そこに彼女を寝かせる。
だいぶ苦しそうだ。
何か探そうとしたが、部屋が暗くてよく見えない。
「試してみるか」
ぼくは意を決した。
「光の精霊フォリリアよ。其の力を持って、我が前の闇を払え」
明光!
勢いよくぼくは詠唱する。
しかし、現れたのはこれまたマッチ程度の小さな光の球だった。
こんなこともあろうかと、ルーイさんの店で買っておいたのだ。
でも、相変わらずレベル1だとゴミ屑程度の能力だな。
これがレベルマになると、太陽ぐらい明るくなったりして。
「可愛い明かりですね」
背後からパーヤさんの声が聞こえた。
額に汗を流しながら、必死に笑みを作っている。
それがどこかぼくには痛々しく見えた。
「す、すいません」
「謝る事じゃないですよ。努力すれば、きっとトモアキさんもいい魔法使いになります。――――」
「え? 何か言いましたか?」
「なんでもありません」
いや、確かに聞こえた。
“わたしでも出来たんですもの”って。
パーヤさんはそれ以上何も言わなかった。
ぼくは捜索を続ける。
どうやらここは昔、子供部屋だったらしい。
小さな学習机がそのまま置かれている。
パーヤさんが眠るベッドも子供サイズだ。
ふと棚に載ったものを見かける。
肖像画だ。
大人の男と女の子が描かれていた。
おそらく父とその子供だろう。
2人とも笑っている。
特に子供の方は本当に楽しそうにしていた。
父と一緒にいるのが、何よりも嬉しい。そんな顔をしていた。
――でも、これって……。
青い瞳。
さらりとした黒い髪。
色白の肌。
「気付いちゃいました?」
背後にパーヤさんが立っていた。
「じゃあ、やっぱりこの子って」
「はい。わたしです。実はこの家って、元はわたしの家なんです」
そういえば、ロダイルさんは、この家の曰くを説明する時にこんなことを言っていた。
『昔、とある裕福な家族が住んでいたんだが、街中で事故にあって娘を1人残して死んでしまった』
「まさか……。その娘って」
「はい。わたしのことです」
ちょっとおかしいとは思っていたんだ。
屋敷に入ってからのパーヤさんの動きに迷いはなかった。
何かすでにこの屋敷の構造を理解している――そんな印象を受けた。
魔法によって空間が歪んでいても、この屋敷に住んでいた彼女には、どこに何があるかわかっていたのだろう。
「でも、どうして奴隷に?」
「ごめんなさい。わたし実は嘘をついてました」
「え?」
「本当はわたしのジョブは『貴族令嬢』なんです」
そんな職業もあるんだ。
「淑女としての嗜みを磨き、いつか大物貴族と結婚する。そんな未来を約束された職業です。けれど、両親の死で一変した。わたしは屋敷を追われたのです」
「相続できなかったんですか?」
「わたしがまだ幼いということもありましたが、国はわたしが『貴族令嬢』ということで、領地の相続を認めてくれませんでした」
それからパーヤさんはお父さんの知人宅に住んでいたそうだ。
「でも、ある時風の噂で屋敷のことを聞き、いてもたってもいられなくなりました。自分で屋敷を取り戻したい、と。……そこでロダイル様が奴隷に職業訓練をさせていること知り、わたしはその門戸を叩きました」
「じゃあ、ロダイルさんのところで神官としての技量を付けるために、あえて奴隷になったと」
「はい」
無茶苦茶だ。
それを望む方も、それを受ける方も。
この世界ではステータスカードに書かれたジョブと能力値は絶対。
それはぼくも身を以て知っている。
それを覆すなんて……。
「幸いロダイル様には神官のお知り合いがいました。その人について、5年以上かけて、今の技量を身につけました」
5年って……。
生粋の神官ではなく、努力によって掴んだ神官としての技量。
一体彼女はどんな修練を積んでいたのだろう。
執念めいたものすら感じて、背中が寒くなる。
そうだ。
ぼくが抱いた違和感はこれなんだ。
ニコニコとしていて、いい人のように見えるけど、何か影があるというか。そんな印象が常にあった。
「昔話はこれぐらいにしましょう。まだゴーストは残っています」
「待って下さい。そんな身体で連戦は――」
「だったら1人でも行きます!」
「行かせません!」
「あなたにそんな権利は――」
「ありますよ」
「え?」
「だって、ここはもうぼくの家なんです」
そうだ。
ぼくの家はぼくが救う。
「あなたは客人だ。この家に来た初めての。そんな人を放っておくなんて出来るわけないじゃないですか。協力させてください。あなた1人ではなく、ぼくたち2人なら大丈夫です」
パーヤさんの青い瞳にぼくの顔が映っていた。
自分でも「こんな顔が出来るんだ」と驚くぐらい、ぼくは真剣に彼女と向き合っていた。
ブクマ1000件越えました。
付けてくれた方ありがとうございます。
次回は無双回です。
お楽しみに!