第14話 魔法使い、奴隷付き一戸建てを薦められる。
今日から「魔法使い、家を買う」三部作です。
お付き合いいただければと思います。
いつも通り、街の外へ行くためアリアハルの目抜き通りを歩いていると、反対側から見知った人物が現れた。
その人物は目敏くぼくを見つけると、こちらに近づいてくる。
立派な口髭に、落ちくぼんだように見える濃い隈と瞳。
手に鎖を巻き付け、大通りを歩いていたのは、奴隷商ロダイルさんだった。
どうでもいいことだけど、この人が真っ昼間のメインストリートを歩いているのは、なんか違和感あるよね。
どっちかといえば、深夜の波止場の倉庫とか似合いそう。
ロダイルさんはぼくの前で立ち止まった。
上背は向こうの方が高く、見下ろされる。
如何にも偉そうな風貌なのだが、女将さんの話を聞いてから、どうしても憎めなくなった。
「よう。魔法使い……。久しぶりだな」
「ご無沙汰してます、ロダイルさん」
反射的に頭を下げた。
本来なら客であるぼくに、ロダイルさんが頭を下げるべきなのだろう。
でも、この人の威厳というか、威圧的な態度は苦手だ。
「元気そうだな」
声をかけたのは、ぼくにではない。
ズボンにしがみついたガヴだ。
元主にも関わらず、こちらもあまりいい印象を持っていないらしい。
カッと歯を剥きだし、小さく唸りを上げた。
対して、ロダイルさんはふっと笑みをこぼす。
珍しい。この人も笑うんだな。
「なかなか綺麗なべべを着せてもらってるじゃねぇか。大事にされてるようだな」
そっと手を伸ばすが、ガヴは警戒を解かない。
しばらく粘ってみたものの、結局引っ込めてしまった。
「嫌われたものだな」
「ガヴ。……そんなにロダイルさんを邪険にしないの」
「ガヴって名前にしたのか?」
ロダイルさんが尋ねた。
「ええ……。まんまですけど」
「今はお前が主だ。どうとでも付けるがいい。名前を付けることが重要なんだ」
ロダイルさんは目を細める。
一瞬だったけど、その表情は慈愛に満ちあふれていた。
本当に奴隷のことを気に掛けているんだな。
ぼくがニヤニヤしながらロダイルさんは見ていると、当人はこほんと咳を払った。
気を取り直し、質問した。
「魔法使い。お前、家を探してるんだろ?」
「何故、それを――」
「女将から聞いた」
この人たち仲いいなあ。
付き合っちゃえばいいのに。
「大変だろ?」
「ええ……」
そう。大変なのだ。
アリアハルはかなり大きい街ではあるのだけど、土地は買い尽くされていて、競売に出されてもすぐに売り切れるような状態になっていた。
だから、中古の民家やアパートみたいなところを探しているのだけど、これもなかなか見つからない。土地と同じようにすぐに売り切れてしまうらしい。
さらに高額だ。
偶然にもぼくはお金を出す魔法を習得したのだけど、それを後10回ぐらいしないと買えないぐらい、アリアハルの住宅事情は高騰していた。
前にルバイさんに相談してみたが、どうやらみんな親戚や知り合いから売ってもらっているらしい。それ以外の人間は、ぼくのように宿に住み込むか、他の街に引っ越しているのだそうだ。他の街は、アリアハルの3分の1と聞いた。ここが異常なのだ。
手っ取り早く引っ越しする案も考えたけど、やめた。
もう住み慣れてしまったし、住みやすいしね、この街。
おそらく、ここの住宅が高いのも、そうした住みやすさによるものだろう。
「お前に紹介したい物件がある」
「え? 本当ですか? ……でも、お金は」
「結構、金を持ってるって聞いたぞ」
「また女将さんですか……」
そういうことはベラベラ喋らないでほしいなあ。
特にロダイルさんや商売人の前では。
「頭金ぐらいあるだろう。あとはローンにしてやる。どうだ?」
「まずは物件を見せてもらえませんか?」
「いいだろ。付いてこい」
黒いマントを翻した。
しばらく歩くと、閑静な住宅街に出てきた。
ロダイルさん曰く、ほとんどが貴族の邸宅や別荘らしい。
なるほど。確かに綺麗な屋敷が並んでいる。
白い塀から覗く庭も、丁寧に管理されたものばかりだ。
そんな中にあって、一際目立つ屋敷の前でぼくたちは立ち止まった。
「ここだ」
ロダイルさんが指し示した方に首を傾ける。
うーん。
思わずぼくは唸った。
庭は広いし、屋敷は他の貴族のと比べるとこぢんまりとしていて使い易そう。
日本の一戸建てと思えば、逆に広いぐらいだ。
けど、かなり屋敷は傷んでいた。
庭も草もぼうぼうと生え、虫が飛んでいる。
買ったはいいけど、まず元の綺麗な状態に戻すのが大変そうだ。
でも、贅沢は言ってられないんだよ。
そもそもぼくが見た中でも、この屋敷はまだマシな方なんだ。
壁が突き抜けていたり、火事で燃えたままに放置された物件も紹介されたことがあった。
むしろ、この屋敷は綺麗な方だ。
つまり何がぼくを悩ませているかというと、割とお値段が張るんじゃないかと考えたからだ。
「あの~。いくらなんですか?」
恐る恐る尋ねてみた。
ロダイルさんは手を開き、ぼくの前で掲げた。
「え? 50万ゴル!」
「馬鹿か、お前。そんなにふっかけるわけないだろうが。……5万ゴルでどうだ?」
やっす!!
50万はともかく、その半分でも安いぐらいなのに。
破格過ぎる!
ぼくはすぐにでも契約したかったが、一旦気持ちを鎮めた。
ロダイルさんの性格はわかっている。
信の置ける人だ。それはルバイさんが認めていることからもわかる。
でも、ぼくは尋ねずにはいられなかった。
「もしかして、事故物件ですか?」
「ああ。そうだ」
あっさり認めちゃったよ。
そりゃそうだ。
こんな庭付き一戸建て住宅が5万ゴルなわけないよね。
「昔、とある裕福な家族が住んでいたんだが、街中で事故にあって娘を1人残して死んでしまった。その後、どっかの魔法学派のお偉いさんが買い上げたんだが、屋敷の中で違法な魔法実験をしているのがばれてな。しょっぴかれて、競売に出されていたところを、俺が買い上げた」
奴隷の次は住宅市場に参入しようとしているのだろうか。
ロダイルさんって魔獣使いらしいけど、商魂のたくましさでは商人以上かもしれない。
「問題はそのお偉いさんの魔法実験が、現在も実行中のまま放置されてるってところだ」
「げっ!」
「中にはゴースト系の魔物がウロウロしててな。退治しないと住むことも難しい状態になっている」
「ギルドには依頼してるんですか?」
「事情があってな。依頼はしていない」
「ちょ、ちょっと待って下さい。自分でやれってことですか? ぼく、魔法使いですよ。ゴーストと相性悪いですよ?」
「よく知ってるな」
適当に言ったけど、やっぱりあってるんだ。
ゴースト系ってどっちかっていうと、僧侶とか神官が退治するものだよね。
「心配するな。こちらで神官職の経験があるヤツを用意する」
「ロダイルさんが!?」
「その代わり、お前にはもう1つ飲んでほしい条件がある」
「なんですか?」
「1人奴隷を買ってほしい」
「奴隷ですか?」
ぼくはちらっと視線をロダイルさんから外した。
ズボンにしがみついているガヴを見る。
「心配するな。そいつは一通りのことは出来る。屋敷の維持管理を任せるのには打ってつけだ」
「そうですか。いくら支払えばいいですか?」
「1000ゴルでどうだ? 家の代金とあわせて、51000ゴルだ」
悪くないかな。
こんな屋敷を買っても、維持管理する自信はないし。
1000ゴルで家政婦さんを雇えると考えたら、悪くない申し出だと思う。
「わかりました」
「商談成立だな。明日、書類を持ってこよう。頭金はいくらなら出せる?」
「2万ゴルってとこです」
この前、自らの魔力を犠牲にして作ったゴルが丸々残っていた。
ちなみに魔力が高くても、お金は増えないらしい。
固定給というわけだ。
あの呪文って確か初めから持っているお金が、11676ゴールドなんだよね。
いきなりネタに準拠してきて、ちょっと驚いたよ。
「十分だ。だが、まあその前にゴーストども退治しないとな」
「そうですね」
「明日の朝、ここに集合しよう。神官も連れてくる。いいな」
「依存はありません」
決まったなら、早速行動しよう。
善は急げっていうしね。
明日10時に屋敷前ということで、ぼくたちはその日別れた。
感想欄に対する返答をここでぶち込んでいくスタイル。
(期待した人、ごめんなさい><)
異世界転移/転生(ファンタジー)部門で4位!
日間総合13位になりました(後もう少しで夢の一桁!)
ブクマ・評価・感想ありがとうございます。
嬉しいので、もう1話絶対に上げます!
頑張ります!!