第13話 引き続き魔法開発に尽力しました。
なんとか間に合いました。
(サイトに入れないからちょっと焦ったけど)
宿屋での仕事が終え、ぼくとガヴは街の外にやってきた。
フィールドを駆け抜ける風が気持ちいい。
空を見れば、青空が広がっていた。
むさ苦しい冒険者に囲まれて、バタバタと忙しかったから、なおさら解放感を感じる。
その冒険者さんたちは、今朝旅立っていった。
しばらくはアリアハルには来ないらしい。
安宿『キリン』は通常の営業状態に戻ってしまった。
おそらくルバイさんにかけていた魔法が切れたせいだろう。
ルバイさんに「もう1度かけますか?」と尋ねたら。
『こりごりだね。あたしはゆっくりまったりの方がいい』
返答がかえってきた。
それにはぼくも同感だ。
忙しいのはいいことだけど、人間身の丈に合ってることが一番幸せなんだよ。
だけど、大いに収穫があった。
「ほり○ゆう……」で始まる魔法はジョブに応じて効果があるんだろう。
「ぺぺぺ……」と違って無闇に能力値をカンストさせるような魔法じゃないということだ。
簡単に「ほ○いゆう……」の魔法の効果をまとめてみる。
呪文 「ほりい○う じえにつ○すど ら○くえす とだよ」
特性 アクティブ
持続時間 1時間
対象 自分以外の他人(人間以外に効果があるかは調査中)
効果範囲 約半径5メートル
効果内容 レベル50まで引き上げる。
(ただし、能力の上昇値はジョブの特性に準拠する)
いきなり面白い魔法を引いたな。
この調子でどんどん使いやすい魔法を開発していこう。
ついでに「ぺぺぺ……」もまとめておこうか。
呪文 「ゆう○ いみや ○うきむ ○うほ りい○ うじとり ○まあ きらぺ ぺぺぺぺ ぺぺぺ ぺぺぺ ぺぺぺぺ ぺぺぺ ぺぺぺ ぺぺぺぺ ぺぺ」
特性 アクティブ
持続時間 30分
対象 自分
効果範囲 なし
効果内容 能力値をすべてカンストさせる(レベルマ状態)
今さらだけど、ゲームで使われる内容と同じじゃなくて良かったよ。
「ぺぺぺ……」なんて主人公の名前「もょもと」とかになるし。イヤだよ、そんな――どう発音したらいいかわからない名前。呼ばれるのも呼ぶ方も苦痛だよ。
よし。では、魔法開発の続きを始めよう。
手っ取り早く、最強の呪文を唱えてみようか。
ぼくは初代と2代目の呪文をそれぞれ試してみた。
ステータスカードを確認するものの、変化は見られない。
ぼくの周りで遊んでいるガヴにも特に変わった様子はなかった。
スカか……。
でも、一概にも断定は出来ないんだよね。
魔法だから、どんな効果があるかわからないし。
何度もいうけど、せめてちょっと光るぐらいの反応は見せてほしいものだ。
ともかく最強の“復活の呪文”が、最強にならないことはわかった。
予想は出来たけど、ゲームとハイミルドとでは効果が違うらしい。
復活の呪文にもプログラム上の生成規則とかあるように、この呪文にも規則みたいなのがあるのかな。
一定の法則とかあったら、呪文を作り易いんだけど。
その辺りは、学派と言われている人たちが詳しいかも知れないけど、あんまり関わりたくないんだよね、学者って。
気を取り直す。
有名どころの呪文を試してみた。
「く○たき○ ○らしの○かな ○はたは○ いしい」
しかし、なにもおこ――――った。
急に視界が遠くなる。
かと思えば、景色がぐにゃりと歪んだ。
あれ? なんかおかしい。
なんだ、これ……。
ちからがぜんぜん……はいら、な…………ぃ。
バタン……。
ぼくは倒れてしまった。
★
なんだが、ザラザラした感触を感じる。
それが何度も何度も、ぼくの頬を撫でた。
生暖かく、微妙に水分を含んでいて、ちょっと気持ちいい。
その愛撫にずっと身を委ねていたい気分になってくる。
「がう゛がう゛」
つと声が聞こえた。
ガヴだ。
何故か、いつもよりトーンダウンしている。
誰かを心配しているような印象だ。
誰を?
あれ?
そういえば、ぼくは何をしているのだろう。
落ち着け。
確かガヴと一緒にフィールドに出て、魔法の開発を。
そこで野球選手の名前が出てくる呪文を試していて、そこから――。
つと瞼を開けた。
ぼんやりとした視界の中で、金髪の少女がこちらを見ているのがわかった。
「ガヴ?」
「がう゛がう゛!!」
ガヴはピンと耳と尻尾を立てた。
水色の瞳から珠のような涙が滲む。
「がう゛ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
寝ているぼくに思いっきり抱きついてきた。
首に手を回し、何度もぼくの頬を舐める。
「ガヴ! ちょっと! くすぐったいよ!」
ははは、とぼくは笑った。
そして気付く。
さっきまでの頬の感触は、ガヴがずっとぼくを舐めていたのだろう。
舐めたら治るとか思ったのかな。
ガヴらしいけど、顔がベトベトになるまで舐めるのはちょっと勘弁かな……。
嬉しいけどね。
ご褒美的に……。
いやいや、ちょっと待ってよ。
だから、ぼくはそういう嗜好じゃないんだって。
少女に舐められて嬉しいとかじゃなくて、いやちょっと嬉しいけど、それに対して性的欲求があるとかじゃなくてガヴが心配してくれたのが嬉しいというか、でももう舐められることを望んでいないかと言われればそうでないというかもっと舐めてほしい!
ああ……。
ぼくは何を言っているのだろうか。
顔を上げる。
見知った天井が見えた。
ここって『キリン』だ。
「ようやくお目覚めかい?」
部屋の入口にルバイさんが立っていた。
水を張った桶には、冷たそうな手ぬぐいがかかっている。
「女将さん、ぼく……」
「あんた、魔力切れを起こしたんだよ」
「魔力切れ?」
「なんの魔法を使ったか知らないけど、魔力を限界まで使って、頭がオーバーヒートしたのさ。かけ出しの魔法使いにはよくあることさね」
そうか。
今まで気にしてなかったけど、呪文を使う限りは魔法であることには代わりはない。
「く○たき○……」で始まる呪文は、かなり魔力を使うのだろう。
だが、これは魔法を使ったということに他ならない。
どんな効果だったのだろうか。
ステータスカードを今すぐ確認したいけど、ガヴがなかなか離れてくれない。
まだ、ぼくの頬を舌でぺろぺろと舐めていた。
「その子に感謝しなよ。街の外でぶっ倒れたあんたを、ここまで運んでくれたんだからね」
「そうなんですか?」
ガヴには念のため「ほりい○う……」の魔法をかけて、能力値を上げておいた。
それが功を奏した形だが、助けてくれたのが何よりも嬉しかった。
ぼくはガヴの頭を撫でる。
金色の髪は出会った時とは違って、とても柔らかく触り心地がいい。
くすぐったそうにすると、キャッキャッと声を上げた。
「ありがとう、ガヴ」
「がう゛がう゛!」
どういたしまして、という感じで、ガヴは犬歯をむき出しにして笑った。
そしてまた舐める。
ガヴ……。嬉しいけど、そろそろ止めてくれないかな。
それとも、ぼくって美味しい味でもするのだろうか。
「意識は戻ったようだけど、しばらく安静にしておきな。あとそこに魔力薬を置いておいたから、飲むんだよ」
「何から何まですいません」
「心配しなくても、薬の代金はきっちりもらうからね」
「はは……。そこはサービスとはいかないんですね」
きっちりしている。
ルバイさんらしいと思った。
半分冗談でいったつもりなんだが、ルバイさんは眉間に皺を寄せる。
「何をいってんだい。あんた、大金持ちなんだから金を取るに決まってるだろ」
「大金持ちなんて大げさな」
確かにお金に困るような生活はしていないが、大金持ちというのはちょっと言い過ぎだ。
むしろ、昨日稼ぎまくったルバイさんの方がお金を持っているはずである。
「何を言ってるんだい? 財布にたんまりとゴルが入ってるじゃないか」
「ゴル?」
ぼくはベッド脇に置かれていた財布を見つめる。
財布というよりは袋だ。ハイミルドに来てから買ったものだった。
その袋が見たことないほどパンパンに膨れあがっていた。
「え? なにこれ?」
「なにこれって、あんた……。自分で稼いだお金じゃないのかい?」
いえ、と首を振ろうとしたぼくは、寸前で止めた。
ある1つの推測が、脳裏によぎったのだ。
「すいません。思い出しました。あとで薬の代金をお支払いします」
「そうかい。あと、ガヴにもお礼してやんな」
「か、考えておきます」
ルバイさんは部屋を出ていった。
巨体を揺らし、ルバイさんは安宿の階段をひしめかせ、階下へ降りていった。
音が遠ざかるのを見計らい、ぼくはベッドから出る。
「がう゛」
「大丈夫だよ。もう元気だから」
とはいうもの、本調子にはほど遠い。
確かにしばらく安静にしておいた方がいいかもしれない。
でも、今は確認する必要がある。
ぼくは財布の紐を解いた。
予想通り、大量の貨幣が詰まっていた。
偽物でもない。本物のゴル貨幣が入っていたのだ。
確かぼくが持っていた所持金は、500ゴル程度だったはず。
だが、明らかにそれ以上入っている。
試しに数えてみた。
「11676ゴル!」
げぇ! 1万ゴル以上も入ってる。
日本円換算で約500万だよ。
ぼくのサラリーマン時代の年収よりも多いじゃないか。
ごくり……。
思わず喉が鳴る。
おそらく「く○たき○……」から始まる魔法は、大量の魔力を失う代わりに、1万ゴルの貨幣を生成する魔法なのだろう。
やばい。
これはレベルマよりチートかもしれない。
でも、運用は難しいかもな。
なんせ魔法を使うたびにぶっ倒れることになるんだから。
……あ!
ぼくはアホか。
魔力が足りないなら、レベルマ状態にして魔法を使えばいいじゃないか。
早速、試してみる。
「ゆう○い――」
ぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺ……。
これで大丈夫なはずだ。
ぼくは今一度、手を掲げた。
「く○たき○ ○らしの○かな ○はたは○ いしい」
その瞬間、目の前がブラックアウトする。
再びぼくは意識を失った。
どうやらこの魔法……。
相当魔力を食うらしい。
結局、ぼくは女将さんに2本分の魔力薬を買うことになるのだった。
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