第11話 幼女とお風呂とちょっと良い話。
前回の補足的な意味合いの回です。
「こら! 動くなって、ガヴ!」
「がう゛がう゛!」
ぼくは今、買ってきた重曹を使って、獣少女の頭を洗っていた。
ちなみにガヴというのは、彼女の名前である。
どうやら言葉が喋れないらしく、「がう゛がう゛」としか言わないから、採用した。安直だけど、本来はガヴリエルって天使から取っているから、これはこれでいいんじゃないだろうか。
そのガヴはお湯を張った桶に三角座りをして、ぼくの洗髪を受けていた。
どうやら洗われることが好きじゃないらしい。
ギュッと目をつむり、時々目に泡が伝うと、イヤイヤと首を振った。
本当に風呂嫌いな猫を洗ってるような気がしてくる。
そういえば、前の世界の実家にいた猫は元気だろうか。
そんなことを思い出しながら、ぼくは最後に重曹をお湯で洗い流した。
すると、綺麗な金髪が露わになる。
太陽の光を受けて、キラキラと輝いていた。
うん。やっぱりね。
ちゃんと洗えば、きっと素敵な髪だと思っていたんだ。
「さ。今度は背中を洗うよ」
「がう゛!」
まだやるのか、という抗議の眼差しをぼくに向けてくる。
すでに涙目になっていた。
天使様は、よっぽど身体を洗うのがお嫌いらしい……。
「ダメだよ。君はぼくの奴隷になったんだ。ちゃんと綺麗にしなきゃダメだよ。それに清潔にしないと、病気とかにかかっちゃうからね」
「がう゛……」
ガヴはペタンと耳を倒して、悲壮な顔で前を向いた。
ちょっと偉そうだったかな。
でも、これもガヴのためだから仕方ないよね。
ぼくは背中に布を押し当てた。
「ふぃ!」
小さな悲鳴が聞こえた。
またガヴは睨んでくる。
今度は、覚えてろって感じだ。
「ごめんごめん。冷たかった。ちょっとだけ我慢してね」
「ガヴ!」
早くしろって言ってるのかな。
ぼくは埃と泥にまみれた背中を洗う。
垢を丁寧に擦っていくと、真珠のような肌が現れた。
やっぱりこの子。
身なりを整えれば、素材として一級品だな。
大人になって女優とかやれば、結構人気が集まるかもしれない。
でも、ぼくの奴隷をあまり人様に見せるのもなあ。
あれ? ぼくってこんなに独占欲強かったっけ?
娘を嫁にやれない、父親の気持ちってこんな感じなのかな。
次にぼくはガヴの小さなお尻から伸びた尻尾を触った。
「ふひ……」
触ったな、お前――という感じでまた睨まれる。
尻尾を振って水玉を飛ばしてきた。
「ちょ! やめてよ、ガヴ! 洗えないだろ?」
ぼくがいやがっているのを見て、嬉しくなったのだろう。
ガヴは仕返しをやめない。
ちょっと意地悪な笑みを浮かべて、えい! えい! と尻尾を振って水玉を飛ばす。
タイミングを見計らい、ぼくは尻尾を掴んだ。
「ガウウウウウウ!!」
ガヴは吠えた。
「あ。ごめん」
ぼくは謝ったが、彼女は許してくれなかった。
目を三角にして怒ると、歯茎を剥きだす。
すると、桶を蹴っ飛ばして、襲いかかってきた。
馬乗りになり、ぼくの手を掴む。
「がう゛! がう゛がう゛がう゛がう゛ぅう! がががう゛う゛う゛う゛!!」
何か訴えかけてきているようだが、さっぱりわからない。
そんなことよりも、由々しき事態がぼくの前面に展開されていた。
ぼくはさっきまでガヴの身体を洗っていた。
それは――説明するまでもなく――ガヴは裸だったことを示している。
一糸纏わぬというヤツだ。
つまり、何が言いたいのかわかるだろう?
ぼくの視界には、幼女の裸が全面展開されているということだ。
うまい具合に光加減で乳首と秘所が隠されているものの、ちょっと角度を変えれば、小さなポッチと何にも生えていない縦すじ――ああああ! ぼくは一体何をいっているのだろうか。
幼女の裸で狼狽えるなっていわれるかもしれないけど、女の子の裸であることには代わりはない。
こんな小さな子供でもちゃんと男を受け入れるように出来ているのだ。
無表情で「どいてくれる」なんて言えるはずがないだろぉぉぉおおおお!!
14歳の思春期の学生みたいに悶えていると、声が聞こえた。
「あんたら、何をやってるんだい?」
女将ルバイさんがやってきた。
ちなみにここは、『キリン』の裏庭だ。
何故か縁台なんかがあったりして、密かにぼくのベストプレイスになっている。
ぼくとガヴが組んずほぐれつになっているのを見て、いつも怒っているように見える女将さんが「ぷす」と笑った。
「朝からお盛んだねぇ、あんた」
「何を想像してるんですか!」
「だって、その子、お前さんの奴隷になったんだろう。やりたい放題じゃないか」
「言い回しに気を付けてください。いくら女将さんでも怒りますよ」
「冗談さ。小さな子を手込めにするような畜生を泊めた覚えはないからね。ほら、ガヴ」
ルバイさんはガヴに向かって干し芋を放り投げる。
瞬間的に反応した獣娘は見事、口でキャッチした。
「ありがとうございます」
ようやくガヴの拘束から解かれたぼくは立ち上がった。
「あとは私がやってやるよ」
ルバイさんが袖をまくる。
桶にまたお湯を入れると、干し芋に夢中になっているガヴの脇に手を挟んで持ち上げ、所定の位置へと戻した。
食べ物ですっかり大人しくなったガヴは、ルバイさんにされるがままだ。
なるほど。そんな方法があったのか。
「年の功ですね」
「なんか言ったかい?」
ぼそっと小さな声でいったつもりだったけど、ルバイさんには聞こえてたらしい。
地獄耳なのを忘れていた。
ガヴが洗われているのを見ながら、ぼくは気になっていたことを聞いた。
「ルバイさんって、あのロダイルっていう奴隷商のことをよく知ってるんですか?」
「よくって程じゃないさ。あいつが昔、冒険者をやってた時、よくここに泊まってたんだよ」
「え? ロダイルさんって冒険者だったんですか?」
「魔獣使いってヤツさ。今でも現役のはずだよ」
「てっきり商人とかのジョブと思ってました」
「経営は他の人に任せているらしい。決済はあの子がやってるみたいだけどね」
なるほど。
任せるところをきちんと人に任せれば、ジョブ以外の人生を歩むことも出来るんだ。ちょっと良いことを聞いた。
「どうして奴隷商に?」
「きっかけは知らないよ。ただ昔、一緒に酒を飲む機会があってね。あいつはこう言ってたんだ」
『奴隷に1日でも長く生きていてほしい』
「どういうことですか?」
「奴隷ってのは劣悪な環境に身を置くことが多い。加えて、職業適性外の仕事をさせられるんだ。売り先で問題を起こしたり、虐待されるなんてしょっちゅうな連中さ」
奴隷はジョブを持たない人、放棄した人がなるのだと、以前聞いた。
自分の職業を諦めて、他に就職することは難しい。
だから、主人を求め奴隷になるのだと。
だが、職業適性外のことをやれば、自ずと失敗することが多くなる。
料理人の適性を持っていないのに、料理をしろと言われても難しい。
なるほどな。
ようやくハイミルドのジョブ制度についてわかってきたような気がする。
「あんた、ロダイルの屋敷に行ったんだろ?」
「はい」
「一杯、奴隷が働いていただろう」
そうだ。
夜遅くまで、何か作業をさせられていた。
「あれはね、単に主人に命令されて働かされているわけじゃないんだよ。いわば、職業訓練みたいなものさ」
そういうことか。
ある程度、屋敷で職業訓練をさせて、売り先でも迷惑を掛けないようにしているのだろう。
付け加えて言うなら、質のよい奴隷も育って、商品価値も上がる。
一石二鳥というわけだ。
「そこまで考えているんですね」
ちょっと感心した。
奴隷商=悪と思っていたけど、ロダイルさんに限っては違うのかもしれない。
「だから、客は増えたけど、それ以上に彼に頼って奴隷契約をする子供や女が増えているらしい。おかげで経営は火の車みたいだけどね」
そうか。
ガヴや屋敷にいた奴隷が、やせ細っていたのは、経営難で奴隷に食事が行き届いていないからなのかもしれない。そういえば、ロダイルさんも少しやつれていたような気がする。
自分も食事を削って働いているのかもしれないな。
「ロダイルはたぶん……。あんたに感謝してるよ」
一通り洗い終わり、布でわしわしとガヴの身体を拭きながら、ルバイさんはぽつりと言った。
「そりゃそうでしょうね。なんせ2倍のお金で買ったんですから」
ぼくは苦笑する。
しかし、女将さんは首を振った。
「奴隷商が軌道に乗って、また一緒に飲む機会があったんだけど、あいつはこんなことも言ってたよ」
『商売人がこんなことを言ったらダメなんだろうけど、俺は別に銭は入らないんだ。俺が育てた奴隷が、売り先で可愛がられていればそれでいい、と思ってる』
「『俺はその手助けがしたいんだ』ってね」
やべー。
ロダイルさん、むっちゃいい人じゃないか……。
ぼく、泣きそうなんだけど。
「本当ならこの子……。売り先なんていなかったかもしれないね」
「他の買い取り先がいるって言ってましたけど」
「それはでっち上げさ。あんたを試したんだろう。主人としてふさわしいかどうかをね」
言ってくれれば良かったのに……。
でも、きっと不器用な人なんだろうな。
ロダイルさんって。
「だから、大事にしてやんな、この子を。ロダイルの願いのためにも。……よし。終わったよ」
ルバイさんはガヴを桶から引き上げる。
いつの間にか彼女は寝ていた。
やすらかな寝顔は本当に天使のようだった。
ロダイルさんはいいヤツ!
日間総合28位まで来ました!
ブクマ・評価・感想ありがとうございます。
残念ながら、複数回投稿は今日までです。
なるべく毎日投稿していきますので、これからもよろしくお願いします。




