第102話 魔法使いは世界を破壊する者
綺麗な金髪と白い羽衣を揺らし、大神は空から降りてくる。
肌は白く、胸も大きい。
お尻も出ていて、太股もむっちりとしていた。
当然だけど、成熟した女性の身体だ。
何か映画の最初に出てくるような西洋的な女神は、アルカイックな笑みを讃え、ぼくたちの前に降臨した。
「よくやりました、勇者トモアキ」
「ぼくが勇者……」
「ええ……。その通りです」
すると大神はぼくの両手を取る。
うっとりするような微笑みを向けた。
綺麗だ。今までいろんな人を見てきたけど、これ以上にないと言い切れるほどに。
「ご、ご主人様?」
「トモアキ?」
「パーパ」
女の子たちが心配そうに見ている。
危ない。危ない。
魅了されるところだった。
大神は一瞬「ちっ」と舌打ちした。
「今、舌打ちしました?」
「そ、そんなことありませんよ」
おほほほほ……と笑って、誤魔化す。
あれ? この神さま、意外と胡散臭いぞ。
「ところで、ぼくが勇者? 勇者はぼくの同僚じゃ」
「あれは手違いでした。本当はあなたを勇者にする予定だったのですが、間違ってあなたの隣にいた人間を勇者に指名してしまったのです」
ホントかな~~。
いまいち信用がないんだけど。
本当は顔とかで決めたんじゃないだろうか。
「そんなことはありませんよ」
女神は否定する。
ますます怪しい……。
あと、神さまだからって、人の心を無断で読まないでください。
「疑うのであれば、あなたのステータスを確認してみてください」
ぼくは自分のステータスカードを確認する。
なまえ アイダトモアキ
じょぶ ゆうしゃ
れべる 999
ちから 999
たいりょく 999
すばやさ 999
ちりょく 999
まりょく 999
きようさ 999
うん 999
本当だ。
確かにジョブが『勇者』になっている。
この人、やっぱり本物の大神なんだ。
「どうして、今地上に?」
「魔王を倒したものを祝福するのが、私の仕事でもあるのです」
「ふーん……」
「ですが、早く来すぎてしまいました」
大神はゆっくりと身体の向きを変えた。
その先にいるのはルーコこと魔王ルーナシグだ。
御手を挙げ、指差した。
「最後のお願いです。勇者よ。魔王の片割れ。ルーナシグを倒しなさい」
「え?」
「さすれば、世界に平和が訪れるでしょう」
ぼくがルーコを倒す?
そんな……。
ぼくはルーコを見た。
彼女の顔が引きつる。
だが、観念したように項垂れた。
「覚悟はしておった。妾は魔王……。いずれは倒されるべき相手だ」
「ルーコ……」
「勇者がお主でよかった、トモアキ。お主に斬られるなら妾は本望だ」
ルーコはやおら顔を上げた。
金色の瞳に涙が浮かんでいる。
魔王が泣いていた。
「でも、まだまだお主とオセロやゲームで遊びたかったのぅ」
ぼくは知っている。
彼女は本当は、ずっとずっと魔王であることよりも、自分と遊んでくれる人を欲していたことを……。
だけど、自分は魔王だから。
魔族を率い、いつか勇者に倒される存在だから。
精一杯、真面目に魔王を演じてきたんだ。
「うん。ぼくももっと遊んでいたいよ」
「どうしました、勇者トモアキ。今こそ、魔王を討つ時です」
「ダメです、ご主人様!」
「そうだ。たとえ神さまの言うとおりでも、こればっかりは聞いちゃダメだ」
「ルーコはガヴの家族!」
「お黙りなさい!!」
大神は一喝した。
騒がしかった雰囲気が、一気に水を打ったように静まる。
空気が張りつめ、パーヤやクレリアさん、ガヴ、リナリィさんたちがぼくの一挙手一投足を見つめていた。
すらりと剣を抜く音だけが響く。
覚悟を決めたルーコは、目を閉じた。
やがて聖剣の刃が閃く。
ぽこ……。
調子っぱずれの音が、静まりかえった魔王城に響き渡った。
「な、何を――」
くぐもった悲鳴が聞こえる。
ルーコは目を開いた。
彼女の視界に映っていたのは、聖剣ルールブレイカーに貫かれた大神だった。
「ゆ、勇――いや、アイダ・トモアキ。あなたは何を――」
「ぼくはずっと疑問に思っていました」
そうだ。
ぼくはずっと思ってきた。
このハイミルドという世界を。
大神が構築したジョブに縛られる世界を。
ぼくはこの世界で、ジョブに縛られ、自分のしたいことが出来ない人を見てきた。
パーヤ、ガヴ、そしてぼくもそうだ。
クレリアさんだって、魔法使いをしていた時よりも、今農作業をやっている時の方が充実しているような気がする。
確かに迷うことなく、自分の仕事を先鋭化することは悪い事じゃない。
でも、人が生きている限り、何かを選択する。
それは当然の権利だ。
だから、この世界は間違っている。
人生を決められないゲームなんて、ただのクソゲーだ。
「だから、あなたに降りてもらう。大神という役目から」
「馬鹿な! あなたは人間の愚かさを知らないからです。ジョブを取り上げたら、人間はたちまち怠惰になりますよ」
「確かにそうかもしれない。でもね。人間が怠惰になることと、そのシステムで人間が不幸になることは別問題だ!」
「くそ! あなたは勇者なんかじゃない!」
「そうです! ぼくはこの世界を救いたいんじゃない!!」
破壊するためにやってきた魔法使いです!!
大神がぴかりと光り出す。
それは魔王城を越えて、全世界に広がっていった。
人々は見上げる。
黄金色の空を。
街の中で、家の下で、穴の中で、木の側で。
未来ある子供たちは指を差し、大人たちはその崇高な輝きに圧倒されていた。
すべてが変わっていく。
その日、ハイミルドからジョブが消えた。
残りエピローグです!
6月13日より、新作を連載する予定です。
無能力者だけど、幾多の英雄に一目置かれた料理人のお話になります。
後ほど、活動報告にてアナウンスさせていただきますので、
そちらもよろしくお願いします。