第97話 魔法使いも男である
そりゃあ、主人公も男の子ですから。
ぼくはすりつぶした神豆をペースト状にしたものを、女の子の口に少しずつ流し入れる。
小さな喉がこくこくと動いた。
どうやら、まだ食べられる体力はあるようだ。
すると、どんどん顔色が良くなっていく。
すべて流し込むと、カッと目を開いた。
「目を覚ましましたわ、ご主人様」
「さすがトモアキの神豆だな」
「がう゛。起きた? 大丈夫?」
女の子たちは口々に声をかける。
寝具に寝ころぶ赤子のように驚く少女は、一通りぼくたちを見渡した。
金色の瞳がとても綺麗だ。
そのせいだろうか。とても超然とした雰囲気がある。
やはり、どこかの貴族の令嬢――もしくは、お姫様かもしれない。
そういえば、異世界に来てからお姫様に会ったことってあったっけ?
ま――いいか。
ところで、この子とどっかで会ったような気がする。
少なくとも初見という感じはしないんだよね。
すると、ようやく少女の薄紫色の唇が動いた。
「お主たち、何故裸なのじゃ?」
純粋な眼で尋ねられた。
そう。ぼくは裸だ。
正確にはズボンは履いてるから半裸なんだけど、他の3人に至っては、完全に裸だった。
「それにお主のそのマークはなんだ? 唇のような形をしているが」
目覚めたばかりなのに、この子鋭いなあ。
でも、言えない。
これがキスマークとか全然いえない。
なんていうかな、その……。
人間は時間が余ってくると、色々なところが緩むというか。
夜の営み的な時間を設けることができるというか。
ぼくもぼくで、そのにゃんにゃんする時間があるわけですよ、ははっ……。
何かぼくの禍々しい●●のオーラを見たのか。
途端、少女は自分の身体を隠す。
すると、気付いた。
自分もまた、下着を着たままの半裸だということを。
「な――。き、きき貴様! わ、妾に何をしようとしていた!」
「いや、別に……。君には介抱していただけで」
「君にはじゃと! では、後ろのおなごどものとは、一体何をしていたのじゃ!」
「いや、それは……その…………ぷ、プロレス?」
「プロレスじゃと! あれか、夫婦同士が夜な夜な繰り広げる夜中のプロレスというヤツか!」
「なんで、そんなことを知ってるんだよ、君は!!」
思わず突っ込んでしまった。
いけね。すごい警戒を始めた。
目には涙が浮かんでいる
「うう……。妾も落ちたものよ。まさか娼館に売られるとは」
「違う。ここはぼくの屋敷だよ」
「そうか……。そして妾を暗い部屋に閉じこめて、毎夜毎夜お●ゃくというヤツを」
金色の目が完全に死んでいた。
あんなにも綺麗だったのに。
誰だよ!?
こんな少女に「おし●く」なんて言葉を教えたのは!
あと伏せ字、もうちょっと仕事をしてよ。
ぼくは懸命に自分の信頼の回復に努めた。
雨に濡れたところを、ガヴに拾われて、ここにやってきたことを説明する。
「本当に貴様、ぜげんというヤツではないのだな」
「ち、違うよ。生き倒れていた君を介抱しただけさ」
「パーパ、ぜげんってなに?」
ガヴが尋ねる。
お願いだから、こういう時に限って、言葉を積極的に学ぼうとしないで。
「ま、まあ、よい。助けられたのは事実だしな。大義であった」
どこかのお殿様のようだ。
でも、かわいい。
ダメだ。ぼく、意外とのじゃ姫系に弱いのかもしれない。
「ところで、君……。どこかで会ったよね」
「うん? なんだ、お前。覚えておらんのか? 妾は覚えておるぞ。1度、辛酸をなめさせられた相手じゃからのう」
「辛酸? 相手?」
あ……。
「もしかして、オセロ大会の」
「そうじゃ。あの時は負けたが、あれは腹が減っていて調子が出なかったからじゃ。良い機会じゃ。相手をせぇ」
「オセロの?」
「むろん!」
とうとうベッドの上で、腕を組み、ガイナ立ちを披露する。
謎の風が吹き荒れ、少女の紫の髪が乱れた。
下着姿のままでだ。
まあ、元気になったのは、何よりだ。
どういう経緯があって今に至るのかはわからないけど、きっとろくでもない事に違いない。
「ねぇ。君、名前は?」
「ふふふ……。教えてしんぜよう。驚くな! 妾の名前はルー――――」
いきなり急ブレーキがかかった。
「う」という唇の形のまま固まっている。
る、る、る、と壊れたレコードみたいに連呼した。
何故か、パタパタと腕を動かし、口の形も相まって、アヒルのようだ。
「る、る、る、るぅ……。ルーコ! そうじゃ! ルーコじゃ。妾の名前はルーコ。なかなか良い名前であろう」
今までの醜態を隠すように、真っ平らな胸を反らす。
異論は許さぬ。
なんかそんな雰囲気だった。
こうしてぼくたちとルーコの奇妙な共同生活が始まった。
◇◇◇◇◇
とりあえず、ぼくは彼女の身元を探してもらうことにした。
王様から憲兵に頼んで、探し人の申請がないか確認してもらい、ロダイルさんや、マティスさんにも表と裏の世界両方から探ってもらっている。
けれど、ルーコに繋がる手がかりはなかった。
「ダメだね。あんたんところの娘の情報は何も出てこなかったよ」
息を吐いたのは、安宿『キリン』の女将ルバイさんだ。
アリアハルで知らない人がいないくらい人脈に長けた彼女でも、何の手がかりも掴めなかったらしい。
「やはり、どこかのお姫様なのでしょうか?」
「でも、パーヤ。何の手がかりもないのはおかしいよ」
「やっぱあれじゃない? ライドーラ王国の元国王の遺児とか」
クレリアさんはいうのだけど、王様に確認したところ、元国王の親族にはそんな子供がいないという。
隠し子という可能性があるけど、それにしたって、かなりの教養の持ち主だ。
歴史もきちんと学んでいて、特にかつての人類軍と魔王軍の戦いは、まるで見てきたかのように語る。
そんな才女が、国のなんの資料にも載っていないのはおかしい。
それが王様の見解だった。
謎は謎のまま、ルーコはぼくたちとの共同生活に馴染んでいった。
とはいえ、不遜な態度は変わらずだ。
いつの間にか、パーヤを自分の家臣のように扱うし、主のぼくにも何の気兼ねもしない。
一方、オセロのことになると、子供のように瞳を輝かせる。
負けては悔しがり、勝っては喜び。
純粋に楽しんでいるようだった。
「ルーコはオセロが好き?」
「うむ。大好きじゃぞ。特に血が流れずに、勝負の白黒がつくところがよい」
時々、含蓄があるというか。ぼくですら、はっとするようなことをいう。
「オセロだけにな」
ただし、ギャグはいまいちだ。
ある日、ぼくはガヴを連れ立って、例のスライム狩りに行くことにした。
最近、随分と鈍っている。
たまには身体を動かさないと。
どうも最近お腹に皮下脂肪がついたような気がする。
幸せ太りというヤツかな。
「妾も行くぞ!」
突然、ルーコが参加表明してきた。
あまり外に出たがらない彼女が珍しい。
すると、敵意をむき出しにしたのは、ガヴだ。
どうもこの2人。
そりが合わないらしい。
オセロでも、家での些細なことでもよく喧嘩している。
お互い嫌ってるというわけではなく、少なくともガヴはライバルだと思ってようだ。
ガヴに理由を尋ねたら、こういった。
「キャラががヴってる……」
……。
どうしてそういう言葉だけは覚えるのかな、この子は。
ぼくの教育が悪かったのか、とちょっと考えてしまう。
「うーん。久しぶりの外は気持ちが良いのぅ」
外は晴天だ。
長らく雨が続いていて、草葉には露が残っていた。
それが陽光を受けて、キラキラと輝いている。
サッと風が流れると、濃い土の匂いが鼻腔を突いた。
確かに、いい天気だ。
ルーコのいうとおり、晴れ晴れとするなあ。
すると、早速スライムが現れた。
毎回毎回ガヴにやられているにも関わらず、スライムは突撃してくる。
いつもならだ。
だが、今日は違う。
「ぴぃぃぃぃぃやぁああああああ!!」
変な奇声を上げると、一目散に逃げてしまった。
その後を、ガヴは慌てて追いかける。
「ガヴ! あまり遠くへいっちゃダメだよ」
すでにレベル50にする魔法はかけているから心配はないとは思うが、一応忠告はしておく。
それにしても、スライムのあの反応はなんなんだ。
まるで、何かを恐れているような感じだったけど。
ぼくはちらりとルーコを見た。
その時、大きな影が頭上を過ぎていく。
反射的に空を仰いだ。
鳥かと思ったら違う。
大きな翼を広げた悪魔が、宙でホバリングしていた。
禿頭の頭。ぎらついた眼光。
口からは牙が出て、引き締まった肉体をこれでもかとさらしている。
如何にもなテンプレ悪魔は、ぼくたちを見下ろしていた。
いや、正確には見ていたのは、ルーコだ。
「見つけたぞ」
不意に言葉を吐き出す。
たぶん、魔族だ。
モンスターの上位種。きっと魔王の側近か何かだろう。
「死んでもらうぞ! 裏切りものめ!!」
手から禍々しい爪が伸びる。
魔族は突然、ルーコに襲いかかってくる。
ぼくはすかさず呪文を唱えた。
「ゆう○い――」
ぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺ……。
久しぶりにレベルマ状態になる。
飛来する魔族を横からタックルした。
そのまま近くの森に突っ込む。
「と、トモアキ!」
「ルーコは逃げるんだ!」
「貴様! 何をする!」
魔族はぼくから離れる。
一旦空へと逃げると、大口を開けた。
赤く光ったと思ったら、炎を吐き出す。
「かあああああああ!!」
紅蓮の刃がぼくを包む。
少し遠くの方でルーコの「トモアキ」という悲鳴が聞こえた。
同時に、魔族の「死ね」という言葉が耳に届く。
――大丈夫だよ。
ぼくは笑う。
レベルマのぼくに。
対火属性MAXのぼくに、この程度の火はぬるま湯みたいなものだ。
炎の中から飛び出した。
魔族の前に現れると、呪文を唱える。
「精霊の一鍵イフリルよ。其の力、我の手に宿りて、紅蓮を示せ!」
火の弾!
およそ火の弾とは表現できないような炎を繰り出す。
岩石のような魔法の火は、魔族を一瞬にして包んでしまった。
「がぁぁぁぁああああ!!」
悲鳴だけが虚しく響く。
ぼくは久しぶりの勝利を手にした。




