プロローグ(ありきたり)
新作をはじめました。
チートスローライフと、幼女成分を割と大目に頑張っていきたいと思います。
よろしくお願いします。
「ソウルドライブ!!」
光の白刃が闇を断つ。
風圧で燭台の火が吹き飛ばされ、周囲は暗闇に落ちた。
月も星の光も届かない――井戸底のような闇が満ちる中で、冒険者たちの荒々しい息だけが聞こえる。
「やったか!」
「とうとう魔王をやっつけたのか!」
「誰か明かりを!」
「賢者! 早く!」
魔法を唱えようと準備を始めたと同時に、深い紫色の炎が沸き上がった。
荒々しい炎の中に浮かんだのは、醜悪な男の顔だ。
血のような赤い瞳を冒険者へと向けた。
「その程度か、愚か者どもよ」
しゃがれた声が、闇に響く。
「馬鹿な! 剣聖の総バフによる最強の一撃だぞ」
「あり得ないわ!」
動揺が冒険者たちの間に広がっていった。
その先頭に立ち、今まさに一撃を入れた剣聖は、聖剣を取り落とす。
乾いた金属音が盛大になり、闇の中で広がっていった。
同時に、魔王の哄笑も鳴り響く。
「ふはははは……。そんな一撃痛くもかゆくもないわ! 我を倒したくば『勇者』を連れてこい! 少しは我の遊び相手になろう」
炎が広がっていく。
冒険者たちをあっという間に囲んだ。
「貴様ら! 余の遊び相手失格じゃ!」
しねぃ!
炎が柱のようにそびえ立つ。
冒険者の身体を、悲鳴とともに飲み込んでいった。
★
まずは自己紹介をしておこう。
ぼくの名前は相田トモアキ。24歳。会社員。
ちなみにトモアキは「呂士」と書く。
小学校時代に綽名は「偽勇者」。
音読みで読むと、大人気ゲームの勇者の名前に似ているから付けられた。
ただし、最初に綽名を付けた同級生は「士」を「土」と勘違いしたらしい。だから「偽勇者」と名付けられた。
一応、「士」でも「と」と呼ぶことはあるんだけどね。
ともかく、ぼくは死んだらしい。
ぼやっと頭の中で覚えているのは、直前まで同僚と上司の3人で飲んでいたこと。
所謂ノミニケーションというヤツなのだが、これが苦手だった。
飲み始めると、すぐに説教が始まるからだ。
やれ仕事が遅い。
やれ覚えが悪い。
社会人としての自覚はあるとかないとか。
会社はブラックというほどでもなかったけど、ともかく周りが最悪だった。
出来ることなら、今すぐにでも辞めたいと思っていた時、酔った同僚と一緒にホームに入ってきた電車に轢かれてしまったというわけだ。
ちなみに同僚は側にいる。
真っ暗な世界をキョロキョロと見回し、か弱い乙女みたいにぼくの背中に隠れていた。
普段は横柄な癖に、人間いざとなると素の自分が出てしまうらしい。
ぼくも動揺していたけど、比較的落ち着いていた。
現実に比べれば、何もない空間の方がよっぽど安心できたからだと思う。
「お待たせしました」
いきなり目の前に女の人が現れた。
同僚は獣のような悲鳴を上げて、ぼくの後ろで縮こまる。
正直、驚くようなことではないと思った。
現れた女性は、今まで生きて中で1番と讃えるほど、綺麗だったからだ。
流れるような金髪。
珠のような肌。
孤を描いた柔らかな口元。
こんな在り来たりな比喩で申し訳ないけど、ともかく美辞麗句を詰め込めるだけ詰め込んだ――そんな美人が、今ぼくたちの前にいたのだ。
さらりと雨糸で紡がれたような銀の着物が揺れる。
手を掲げると、目の前に窓のようなものが開いた。
何やら文字がプログラムのように流れる。
やがて女性は「なるほど」と頷いた。
「相田トモアキ様ですね」
ぼくは「はい」と答える。
少しだけ顔をこちらに向けると、今度は同僚の名前を確認した。
声を上擦らせ、返事を返す。
一体何がそんなに怖いのかわからない。
もうちょっと落ち着けばいいのに……。
「私は女神です」
「女神?」
「有り体に申し上げますと、あなた方は生き返らせようと思います」
「え? 本当に? ……どうして?」
「よく質問されることなのですが、こちらの事情としかお答えはできません。ただあなた方は現世において少々不幸な生き方をしてきました。大神の慈悲があったと受け止めてください」
大神って女神さんの上司ってところだろうか。
神さまも縦社会なのね。大変だなあ。
あと、ぼくはともかくとして、同僚が不幸な生き方をしてきたとは思えない。どっちかといえば、人を不幸にしてきたと思うんだけど。
その同僚はというと、喜び舞い上がっていた。
生き返ることがよっぽど嬉しいらしい。
ぼくはというと……正直、微妙――。
生き返ったところで、またあのクソ会社で働かなければならないし、特に未練というものもない。断ったらどうなるかなんて、想像も付かないけど、後ろではしゃいでる人間よりは、圧倒的に冷めていた。
「ただ……。申し訳ありませんが、あなた方が住んでいた世界で生き返ることは出来ません」
「え――? それってつまり――」
「はい。異世界といえばわかるでしょうか?」
後ろで同僚が首を傾げている。
ぼくにはなんとなくわかった。
本当にこんなことがあるとは思わなかったが。
「ちなみにどんな世界?」
「ゲームみたいな世界といえば、あなた方には想像がつくかと思いますが」
まさかゲームなんて俗っぽい単語を、神様の――しかも美人――から聞くことになるとは思わなかった。
「ゲームね。もしかして、魔王とか魔物とかいたりする?」
質問してみた。
「はい。それはもう――」
それはもう――って。
笑顔でいうことじゃないと思うんだけど。
ぼくの後ろで同僚は怒っていた。
元の世界に返せ、だの。
何がゲームの世界だ、だの。
安全は保証されているのか、だの。
普通の一般人が疑念に思うようなことを並べ連ねている。
「安心してください。その世界では、異世界の住民を受け入れるようになっておりまして。他の世界と比べれば、住みやすいかと」
「ふーん」
嘘をいっているようには見えない。
そもそも現地に行かないと、確認しようがないしね。
「あとは、現地の方に聞いてもらえますか?」
「え? いきなり! チュートリアルとかないの?」
「ちゅーと……。いえ。そのようなサービスはしておりません」
ゲームって単語は知ってるのに、チュートリアルは知らないのか。
でもって、サービスって言っちゃったよ。
人間を生き返らせて、異世界に飛ばすのをサービスっていうのかなあ……。
「では、良い異世界生活を」
ハバナイスディ、という感じでにこやかに手を振る女神。
そしてぼくたちは、真っ暗闇から一気に真っ白な空間へと放り出された。
第1話も同時に投稿しているので、よろしければどうぞ!
※ 2017年4月16日に改稿しました。