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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

「歴史オタク」シリーズ

歴史オタクの恋物語。

作者: 巫 夏希



 私、左沢心(あてらざわしん)は歴史オタクである。

 というか、社会が好きな学生と言えばいいのかも。少なくとも、現状はそっちの方が近いと思う。

 今は社会の授業。江戸時代の話に入ってもう二週間程経過している。きっと今回の試験範囲の大半は江戸時代で構成されることだろう。たぶん。

 つんつん。

 シャーペンで背中をつつかれて私は首を傾げる。授業中にこんなことをするなんて、いったい何の用事だろう?

 生憎、社会の先生は一時間ずっと黒板を向いている事で有名なので簡単に後ろを向くことが出来る。


「ごめんね、ココ」


 私の『心』という漢字から取られたニックネーム――ココと呼ばれて私は微笑む。

 ココと呼んだのは、私の後ろに座っている柊木志乃だった。


「いいよ、大丈夫」


 志乃が持っていたのは紙切れ。

 もちろん、ただの紙切れじゃない。

 女子はこういう紙切れに手紙を書くのだ。メッセージを残す、とでも言えばいいかな。こういうものを使って交流するのだから、珍しい話ではある。けれど、難しい話では無い。携帯電話があまりクラスに普及していないし、かといって家の電話にかけると親に怒られる(主に長電話が理由で)。だったら最初からこういうシステムをつかったほうがいい。


「この手紙、手代木さんに渡してくれる?」


 手代木さん。

 志乃の言ったその名前は、私の前の席に座る手代木優花のことだった。

 手代木優花はこの学校でも数少ない(と言うのは言い過ぎかもしれないが)ちょっとやんちゃな女学生だった。髪を赤く染めて制服のブレザーのボタンを開けた状態で、授業なんてもちろん聞いているわけもなく、教科書も出さずに下を向いていた。あの様子からして、携帯電話を操作しているのだろう。手代木優花は数少ない携帯所持者であり、それを学校に持ってきてはよく仲間内で盛り上がっていた。

 そんな彼女に、手紙――とは。

 私はあまり理解できなかったけれど、取り敢えず友人の言葉には従うのがモットー。そう思って私はその手紙を受け取り、そのまま手代木さんに渡すため、彼女の肩を叩いた。

 彼女は少し遅れて――携帯電話を操作しているからだろう――私の方を振り向いた。当然ながら先生は前を向いていないからこんな芸当が可能なのだ。これが違う授業だったら確実に終わっていた。そう、確実に。


「どうしたの?」


 手代木さんは若干ハスキーボイスだった。あまり話したことが無かったので、それがすこし新鮮だった。

 私は手紙を受け取っている旨を伝えると、手代木さんは少々乱暴に私の手から手紙を奪い取った。

 そしてそのまま中身を見る。――これは一応言っておくけれど、授業中である。それには間違いない。

 そして。

 中身を一通り見終えたのか、手代木さんは正面を向いた。

 これで再び授業に集中できる――と思った矢先のことだった。

 すぐに振り返り、手代木さんは手紙を差し出した。


「悪いね、これを渡してくれない? 渡す相手は、言わなくても問題ないよね」


 そう言って再び前に向き直る手代木さん。

 何だ、私は郵便配達員じゃないんだぞ! と言いたかったが、そうも言えないのが事情。ここで言ってしまって友情を崩すのも正直つらい話だ。だから、私はそれを渡すしかない。渡さないといけないのだ。

 でもここまでくると、見ないと何かやってられない。

 背徳の気持ちもあるが、そんなこと知ったことでは無い。寧ろ見るだけで済めばいい話だ。

 その紙切れは雑に千切られていた。普通はメモの一枚とか、そういうものを使うのではないか? とか思うけれど、手代木さんはそういうものをもっていないためか、ルーズリーフの切れ端で手紙を書いていた。男らしいというか、なんというか。

 ゆっくりと紙切れを開けていく。もちろん、音が聞こえないように――。

 聞こえてしまえば、それでお仕舞い。

 私と志乃の関係は、これでお仕舞い。

 それだけは、嫌だった。

 けれどそれよりも――この手紙の中身が気になって仕方なかった。人間は探求心には勝てない。逆らえない。だから、見る。見るしかないのだ。

 漸く紙切れを開けた。

 そこには一言、こう書かれていた。



 ――私も。



 何が、私も、なのだろうか?

 すぐ私はそう思った。きっと志乃の渡した手紙にはその質問が書いてあったに違いない。けれど、今更志乃の手紙を見ることは出来ないし、志乃になんと質問したの、ともいえるわけがない。それは自分で手紙を見ましたと白状しているようなものである。それだけは避けないといけない。

 だから私はもとの形に丁寧に折りたたんで、それを志乃に手渡した。

 志乃はそれを見て、笑っていた。なぜ解ったかと言えば、背後から笑い声が零れているからだ。これが誰も居ない部屋から聞こえてくれば、恐怖の対象となるのだが――。

 数分後、志乃は再び手紙を私に渡した。別に洒落を言っているわけじゃない。偶然、そうなっただけのこと。

 志乃の手紙にはこう書かれていた。因みに志乃の紙切れは可愛らしい花があしらわれたメモである。



 ――それじゃ、いつする?



 いつ、する?

 する、ということは行為のことを言っているのだろう。しかし、その行為がはっきりと解らない。いったい彼女たちは何をしたいのだろうか。

 もうここまでくると、最後まで見届けてしまいたくなる。背徳感もあるが、さながら今の私は毎日連載されている新聞小説を追いかけている読者の気分だ。


「手代木さん」


 肩を叩き、彼女に手紙を渡す。

 時計を見ると社会の授業は残り半分に差し迫っていた。しかし授業の進度はあまりにも遅い。手紙の受け渡しをしていてもノートを余裕に転記することが出来るくらい。それは別に私が書くのが早いわけではなく、少なくともこのクラスの人間は全員それが出来ている。だから携帯ゲーム機をやっている人とか、音楽プレイヤーで音楽を聞きながら勉強をしている人とかも居る。

 決してこの学校のマナーが悪いわけじゃない。

 みんな、自分の空間を作っているだけだった。

 ただ、それを作る場所と時間が少しだけおかしいだけ。


「これ、よろしく」


 授業終了五分前、手代木さんは志乃宛の手紙を私に差し出した。

 今まで長く手紙は続いたが、とりとめのない言葉ばかりで結局『する』ことの意味は解らなかった。残念なことではあったが致し方ない。次の機会に回すこととしよう。そうしよう。

 そしてその手紙は、少しだけ長かった。



 ――さっきの話だけど、放課後に屋上で。



 それを志乃に手渡す。

 そこで初めて志乃と手代木さんが見つめ合った。

 お互いに頷き、顔を赤らめる。

 その時の私は、それがどういう意味だったのか解らなかったのだけれど。





 放課後。

 校庭では運動部が声を掛け合っている。外ではセグウェイが校内の外通路を走っている。

 私は放課後の誰も居なくなった学校の廊下を歩いていた。

 いや、正確に言えば人はまだいるのかもしれない。けれど、普段に比べればそれは一目瞭然だ。驚くほどに人が居ない。普段こんな時間まで残ったことが無かったから、ひどく恐ろしいものを感じた。

 私はある探し物をしていた。いや、正確に言えば、それは探し物というよりも探し人なのかもしれないけれど。

 志乃と手代木さんの行方、である。

 志乃と手代木さんは授業終了後、時間差を置いてそれぞれ外に出た。社会の授業で今日の内容は以上だったのでそのまま帰宅しても良かったのだが、それがどうも気になってしまい今に至る――ということである。


「……いったい、どこに行ってしまったのかしら?」


 しかし、現状。

 私は彼女たちを見失っていた。どこに行ってしまったのか解らなかった。


「いったいどこに行ってしまったのだろう――」


 再び、言葉を反芻する。

 行方不明になった、というのは少々言い過ぎなことだけれど、私は彼女たちが心配にもなってきていた。勝手に保護者の目線で物事を見ていた。至極、自分勝手だ。


「あ」


 ふと、私が屋上へと続く階段を見に行った時だった。

 誰も居ないはずの空き教室に――人影を見つけた。

 もしかして。

 私はそう思い、見つからないように教室の外から眺めた。

 そこには、私の予想通り、手代木さんと志乃の姿があった。

 彼女たちは、お互いを見つめていた。

 夕陽に照らされたお互いは授業の時とは違い、とても扇情的だった。

 行動を開始したのは志乃だった。

 机の上に座っていた手代木さんの唇を、自らの唇で塞いだ。

 正確に言えば――キス。

 女の子同士でキスをしたのである。

 それは私に取って、とても衝撃的な事実であった。

 しかも唇同士を軽く触れあうキス――いわゆるフレンチキスでは無い。長く続き、そしてお互いにみせつけあうように志乃が舌を手代木さんの口内を凌辱していた。あんな濃厚なキス、映画でも見たことが無い。

 徐々に手代木さんの呼吸が荒くなっていく。目も蕩けているように見える。


「どうしたの、手代木さん? あなたはいつも、キスだけで終わってしまうのね」


 志乃は冷たく言い放った。

 けれど手代木さんは首を横に振る。

 まるでまだ物足りない――そう言っているかのように。


「まだ物足りないのね。ふふ、ほんとうに可愛い――」


 志乃はいつもの授業ではそんなことをいうわけもない。まったくの優等生なのだから。

 けれど、今は違う。あれじゃ、まるで、猛獣を飼い慣らしていく――或いは、調教する――飼育員だ。

 猛獣を自分の手玉にするために、調教している。

 手代木さんを猛獣と表現するのはさすがに心苦しいことではあるが、しかしまさにそれが正しい表現とも言えるだろう。

 志乃の凌辱はまだまだ続く。

 夕陽が傾いていき、徐々に教室の明かりも暗くなっていく。

 志乃は手代木さんの、けっしてそこまで小さくないふくらみを触り始める。

 触った瞬間に、手代木さんは、


「あうっ」


 弱弱しい、いつもの様子とは違う、聞いたことのない声を上げた。

 もう私はそれ以上のことは、見て居られなかった。

 何だか、自分が恥ずかしくなってしまったからだ。



 ◇◇◇



 その日の夜は、彼女たちの行為を思い出していた。

 自分もキスされたらあんな声を上げてしまうのだろうか。自分もあのふくらみに触れられてしまったら、声を上げてしまうのだろうか。

 興味は湧いているが、どうも実践はしたくない。自分の身体を誰かに委ねるなんてことは、とても怖かった。

 別にそれについてトラウマがある訳でも無い。ただ、怖かった。怖いだけだった。

 ふと私は、相手とそのような行為をしたら――といったことを考えた。

 相手は誰か解らない。けれど、だれかといつかは私も身体を重ねる時が来るのだろう。けれど今は、全然それが想像できない。

 想像したくない、と言ったほうが正しいのかもしれない。

 いずれにせよ、刺激が強かった。

 実際私もキスをされればああなってしまうのだろうか――そう思うと、恥ずかしくてたまらなかった。

 明日も社会の授業はある。

 六時間目に、社会の授業は待っている。

 そこできっと、また手紙のやり取りはあるのだろう。

 私はその時、まともに彼女たちの顔を見ることが出来るだろうか。もしかしたら彼女たちの顔を見るたびに昨日の行為がフラッシュバックされるかもしれない。

 でも、平等に朝はやってくる。

 一先ず、そんなことを棚に上げて――私は眠りにつくことにした。

 今の私には、それしかできなかった。






 そして社会の授業。

 志乃は私の肩を優しくぽんぽんと叩く。

 振り返ると私に手紙を差し出した。


「これ、手代木さんにお願いできる?」


 渡されたのは紙切れだった。私は頷いて、それを受け取る。

 手紙を開いて、私はその中身を見た。



 ――気持ちよかった?



 一言だけだったが、私はその言葉の意味が何であるか、充分理解出来た。昨日の行為のことについて言っているのだろう。私は途中までしか見なかったが、もしかしたら続きがあったのかもしれない。

 それを手代木さんに渡す。

 そして五分後くらいに手代木さんから返信が来る。



 ――ちょっと最後は痛かった、かな。



 最後――つまり私が見ていない範囲のことだ。そこで痛いことがあった、手代木さんはそう記していた。

 それを志乃に渡す。少しして返信が来る。



 ――それじゃ、今度は痛くないようにするから。



 今度、ということはまた『する』予定がある――ということだろう。

 なんか、このやり取り――昔の人みたいだ。

 かつては手紙をやり取りしていた。もっと言うなら和歌、二十六音に思いを込めて男女間でやり取りしていた時代があった。

 今のこれは、それと同じだ。いや、もしかしたら二十六音よりも少ないから、それよりも進化しているのかもしれない。

 進化、ってなんだ――って話になるけれど。




 結果として、私は五回――覚えているだけでそれくらいなので実際はもっとやり取りをしているかもしれないけれど――手代木さんと志乃の手紙の郵便配達人となった。

 その殆どが行為を示唆したもので、実際その後校内で行為をしていた。その場所が決まって同じであったため、私はいつもそれを眺めていた。最初のうちは凡てを見ることが出来なかった。けれど、三回目には凡てを見ていくところまで成長(?)したのだった。

 手代木さんと志乃は、このあとどうなったかというのは、私の語るところでは無い。強いて言うなら、まだ関係は続いているんだとか。確か大学に進むときの話を聞いたけれど、手代木さんと同じ大学に進みたかった志乃が彼女自ら教育を施したとかしないとか。その結果がどうなったか――というのは、私は知らない。

 多分今知っても、つまらなそうに生返事をするだけに過ぎないかもしれない。

 それだけ、私は他人に無味乾燥な反応をするだけになってしまった。

 あの経験は、私に取って何か変化を齎したのか。私は時折そんなことを思うことがある。

 けれど、それは考えないことにした。

 学生時代の戯れ、その一つの経験に過ぎない。

 得るものはあったかもしれないが、学生時代の経験は必ずしも大人になって役立つものではない――それを思い知らされた数多の経験の一つ。そう思えばいい。今私がその経験を思い返す時は、そう締めくくっている。



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