陰謀と真実
被弾した楢崎は、痛む脇腹を押さえながらトイレの清掃用具入れからモップを取り出すと、ドアのつっかえ棒にした。
身体から血が抜けるほどに四肢から力が抜けていくが、まだ死ぬわけにはいかない。
同僚の仇を討ったら、死んでやってもいい。
やがて追っ手の足音がトイレの前で止まって――ガンっと体当たりで内部へ入ろうとした。
だがつっかえ棒が邪魔をして、内部に入れないでたたらを踏む。
狙いどころだ。楢崎は弾倉の中身が空っぽになるまで連射した。カチンっとスライドがオープン状態になって止まる。弾切れだ。すぐさま次の弾倉をポケットから取り出して装填。スライドを元に戻すなり、耳をすませた。
うめき声と怒号。何人かは殺したが、弾を食らいながらも生きているやつと無傷だったやつがいるようだ。
バカ正直にトイレの扉から出たら返り討ちにあうので、トイレの窓から身体を這い出して、あの壊れかけた非常階段へ出た。
血痕がべとりと窓枠に残り、みじめに落下した床板がみしり音を立てる。運が悪かったら底が抜けて真暗な地面に叩きつけられるだろう。
だがどうせこの傷では走って階段を上れないので、ゾンビみたいに這って上っていく。
――さきほど脱出に使ったトイレの窓から人の気配を感じたので、三発ほど撃った。
ぎゃっという声が聞こえたら、数秒遅れて、びしゃりと地面に重量物が落ちた音が広がった。撃たれた敵が地面に落ちて死んだのだ。
落下死という無情な音で敵も対応を変えて、窓から出てくるのを諦めたようだ。おそらく上から回りこむつもりだろう。
楢崎は可能なかぎり急いで非常階段を這っていくと、最上階の扉のドアノブに手を当てた。鍵がかかっていた。しょうがないので撃って壊すと、這ったまま手のひらで押し開ける。
その瞬間――タタタタンっと敵の発砲が相次いだ。だが火線は、立っている人間の上半身あたりを通過していく。敵は楢崎が重傷で這っているとは夢にも思っていないのだ。
だんだんと寒くなってきた。厳しい冬だと思ったが、出血がひどすぎて体温が低下しているのだと気づいたのは、銃を握る手に力が入らなくなってきたからだ。
まだ敵を皆殺しにしていない。
どうせ死ぬなら、誰でもいいから相打ちになってやる。
まずは装填された弾倉に残っていた弾を全部適当に室内へ向けてばら撒く。すぐさま最後の弾倉を装填するなり、玉砕覚悟で室内へ突入した。
なんと鉢合わせ――敵も非常階段へ飛び出して、こちらへトドメを刺そうとしていたのだ。
お互いの銃声が連続した。
楢崎の全身に弾丸が埋めこまれて、そして敵にも同じぐらいの弾丸が埋めこまれた。
倒れてから気づいた。今撃ち合った相手が、捜査一課の部長だったことに。
「……なんで部長がここにいるんだ?」
「あいつはな……お前が敵討ちなんてバカな真似を考えさせたやつはな、ここで麻薬取引を仕切る顔役だった。だが、資金の横領をやって粛清された」
「うそだ」
「そしてお前が殺した中には、潜入捜査中の丸暴が含まれていた。二階で見張りをやっていたやつだ」
丸暴――組織犯罪対策課のことだ。主にヤクザを相手に捜査をやるから、時には潜入捜査も担当する。
ふと思い出す。そういえば二階から降りてきたやつは、一発わき腹に食らったあと、なにか言おうとしていた。
あれは潜入捜査中の刑事だと言おうとしていたのではないか?
楢崎は乾いた笑い声を喉の奥底から搾り出すと、ぐったりと横たわった。
「だったら……だったら部長は、なんだ?」
「横領をやったやつと……潜入のバレた丸暴を粛清する役割……だったんだが、どうやらオレも切り捨てられるトカゲの尻尾だったようだ」
パトカーは特殊部隊入りの護送車を引き連れてやってきた。
部長の言った意味から推測するところ、どうやら警察上層部にすべての計画を編んだやつがいて、楢崎ごと部長を殺しにきたらしい。
「腐ってやがる」
「あとは好きにしろ」
好きにしろといわれたので、とりあえず部長の顔面を弾丸で吹っ飛ばすと、死体からタバコを取り出して火をつけた。
自分がやったことはなんだったんだろうか。同僚の仇といいながら、その同僚も決して褒められるようなことをしていなかった。
なら無意味な復讐だったのか?
だが、どれだけ汚れた裏取引をやっていた友人でも、無残に殺されたことは事実なんだから、復讐を果たせたなら満足ではないか。
そう思ったら、力が抜けてきた。
やがて特殊部隊が踏みこんできたとき、楢崎はタバコを口にくわえたまま冷たくなっていた。
短い連載でしたが、お付き合いありがとうございました。
これにて初めての連載の練習終わりでございます。
次回から本命の長い連載を投稿していく予定ですので、よかったら見てくださいね。