被弾
敵が待ち構える中で階段を上るしかなくなった。
雑居ビルの冷えた空気に男たちの息遣いと衣擦れの音が浸透していく。遠くから救急車やパトカーの音が聞こえるが、偶然ではなくて発砲音のせいで通報されたんだろう。時間がない。警察が駆けつけてきたら、復讐どころではなくなってしまう。
えいやっと命を捨てる覚悟で階段に一歩踏み出したら、同僚の顔が思い浮かんだ。
本当にいいやつだった。学生時代は弁当を忘れたらパンをわけてくれた。警察学校に入ってからはエロいDVDを貸してくれた。刑事になってからは何度も一緒に死線をくぐりぬけてきた。
それを壊したのが、こいつらだ。絶対に殺してやる。
階段の踊り場をこえて、二階の廊下が見えたと思った矢先、ぬぅっと影が差した。咄嗟に伏せる。頭上をヒュンっと何かが通り抜けるのと発砲音が重なった。こちらも無我夢中で応戦。敵もめちゃくちゃに撃ってきた。パリンっと非常灯に流れ弾が当たって真っ暗になる。
右肘の先に火傷したような痛み。弾がかすったのだ。だが敵の銃撃も止んでいた。
うかがうように匍匐前進で階段を上っていくと、さきほどまで撃っていた敵の即頭部に一発当たっていた。どうやら跳弾で死んだらしい。あまり喜べない事実だ。運が悪かったらこちらも跳弾で死んでいたかもしれないからだ。これだから室内で撃ち合うのは怖い。
復讐の神様に祈りを捧げながら二階へ到達すると、廊下の突き当たりや小部屋の扉に意識を向ける。どこかで待ち伏せされているはずだ。がさつに進むと背中から撃たれかねないので、じりじりとすり足で進んでいく。
ふと廊下の長机にアタッシュケースが放置されていることに気づく。蓋は開きっぱなしで、ぎっしりと麻薬のパケが詰まっていた。英数字の刻印からして、同僚の追っていた麻薬と一致していた。
この雑居ビルが麻薬取引の砦のように使われていることは捜査でわかっていたが、ここで同僚が殺されたことを知ったのは、彼が出発する直前に錦糸町へ向かうのが目撃されていたからだ。
だが、一つだけわからないことがある。
なぜこんな危険な場所へ一人で向かったのか、だ。
――と考えたところでガタンっと扉が開く音が聞こえた。
複数の敵が一番奥の部屋から銃口を突き出していた。
しまった、この麻薬ケースは注意をひきつける罠だ!
楢崎は全速力で走って男子トイレへ逃げていく。
敵たちの一斉射撃――バンバカと発狂した麻薬中毒者のように銃声が鳴り響く。
ぐしゅり、とわき腹に鋭い痛み。一発撃たれた。だが痛みに耐えて男子トイレに逃げこむと、個室の壁にもたれかかる。血がおもらしのように広がった。
まだ死ぬわけにはいかない。敵を皆殺しにしていないのだから。
そんな覚悟を嘲笑うかのように、男子トイレに複数の足音が近づいてきていた。
あと一話か二話で完結します。もう少しだけお付き合いください。