猛毒 1
「頼む。俺も殺してくれ…!」
男が脚に縋りついてくる。銀髪を靡かせてアレイドはまだ小さな身体から刃を引き抜いて床に横たえた。スラックスに付いたように、眉根に皺を寄せて男の身体を気に留めることなくアレイドは歩き出す。
「2人分の報酬しか頂いておりません」
1階のリビングの明かりはオレンジに照り、優しい雰囲気を醸し出している。小さな子どもが遊ぶ玩具や室内遊具が置いてある。
「頼む…!」
小さく息を吐きながら、飲み込むように男は震える声を出した。アレイドは振り払うように歩く。入ってきたところは2階にある家の主の寝室の窓からだった。
「理不尽ですね」
2階に上がる頃には男はアレイドの脚を放し、床にうずくまってそれから大きく叫んだ。
私を人殺しにしたヤツを殺して。そう依頼を受けた。依頼主がこの家族の息子を誤って轢き殺してしまったらしい。あの女がしっかり子どもを見ていたらよかったのよ。恨みに燃える女の声がアレイドの耳に残っている。アレイドが刃物を突き立てた女も、あの男もまだ下の息子を亡くしたばかりということになるのだろう。2人分だった。女と子ども。夫を殺せとは言われていない。アレイドは改めて確認する。今は殺せと懇願するが明日には復讐に身を焦がすのか。
短く溜息を吐いてアレイドは入ってきた窓の桟に足を掛ける。空は暗いが目の前にそびえたつ山越しに光り輝く都市部が見える。そよ風に靡いて銀髪が頬に触れる。明日にはすでに別の仕事で、ここであったことはすぐに忘れる。アレイドは自嘲的な笑みを浮かべて半分首を後ろへ回す。30分もかからずに去る場所だ。
「いつ誰の恨みを買うか分からないもんだね」
アレイドの帰る部屋は真っ白い。壁も床もベッドもテーブルも、テレビも白い。自分を生かしている養父が呑気に紅茶を、アレイドの部屋で飲んでいる。
「勝手に入らないで頂けますか」
養父・白兎の青いネクタイと赤い瞳だけが色を持っている空間。慣れてた光景だ。科学者である白兎の研究所の一室を改築したアレイドの部屋で白兎はいつも息子の帰りを待つ。白兎はアレイドを一瞥した。
「何言ってんの~。ここボクん家なんだからね。勘違いしないでよね」
わざとらしく頬を膨らませ、ふざけた声音で白兎は言った。アレイドも冷たく白兎を一瞥して白く薄い手袋を外す。
「洗濯するので、洗う物あるなら出しておいてください」
眼球と口が物理的に動くだけ。白兎は自分の作品を見つめて、ほくそ笑む。