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奇怪な街にアリアX  作者: .六条河原おにびんびn
False fiance -金木犀-
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金木犀 2

 店員にヌカが注文を告げている間、彼岸は窓から街を見つめた。店員も形式的すぎて、あまり人間らしさがない。営業スマイルというものを知らないのだろうか。ヌカは気にしている風もなく、店員の背中を見送った。隣のササリは白い帽子を取って髪を気にして入る。向かい席のメオはじっと目の前の水を見つめている。

「どこにいるんだかな」

 彼岸が小さく呟くと、露出していた肩に上着を掛けられる。

「やはり、新しい服を買った方がよろしいですね」

 ララクが上着を彼岸に掛けたようだった。ヌカも頷く。メオは興味がないようだった。

「わぁるかったな。デカいのがこんなの着て」

「いや、似合う似合わないでなくて、その腕」

 ララクが顎で指す。包帯が巻かれた両腕だ。右腕は肘までだが左腕は二の腕まで巻いてある。

「…治療できる医者いないのか」

 メオが結露したコップから目を放す。ヌカは首を傾げている。

「治療か。考えたこともなかったな」

 左腕の包帯から少し、赤い肌とは異質な物が見える。肌荒れというにはあまりにも異質な赤。彼岸は手をそこに当てた。痛みはない。違和感もない。ただ手触りが違うだけ。

「それよか今は、他にやることあるだろ」

 彼岸がそう言ってこの話題を終わらすとともに、店員が注文の品を持ってきた。

「そうっすね!食うっす!」

 大きな魚が焼かれた皿が出てくる。ヌカは喜んだ。

「お前単品で頼んだのか」

 大きな皿に大きな焼き魚の頭部が乗っている。そこには白米も味噌汁も、漬物もない。

「みんなで色んなの食べたいじゃないっすかぁ」

 2本の棒を器用に扱いヌカは焼き魚の身をほじる。箸だ。この街ではなかなか見ない。メオとララクも箸を使い、焼き魚の頭部をほぐして食べる。そのうちに白米や味噌汁、漬物、茶碗蒸し、寿司、イカフライや和風フライドチキン、ハンバーグなどがテーブルに増えていく。食べているときは静かだ。彼岸は3人をじろじろ見ながらもくもくと食べる。油っこい物はあまり好きではない。メオは一番よく食べる。その次はヌカだ。ララクは美容や健康に気を遣っているので、1人分のサラダを食べてから油ものにありつくようだ。

「なぁなぁ彼岸」

 ヌカは食べながら喋る。彼岸はあからさまに不愉快な表情でヌカを見た。

「食わねぇんすか?」

 きゅうりとかぶの漬物と、なめこの味噌汁で白米を食べる彼岸に、ヌカはハンバーグの皿を取って渡す。

「余計なお世話だ」

 ヌカは首を傾げながらハンバーグの皿を引っこめた。

「ヌカ。いいんだよ、彼岸さんの背がこれ以上大きくなっても仕方ないでしょう?なんなら、私を目指しますか?」

 綺麗に手入れされた手と箸使い、仕草もララクは美しい。

「黙って食ってろ。セクハラで訴えんぞ」

「…ああ。このイカフライは美味いな」

 食べることに集中し話は聞いていないようで、メオはイカフライをかじっている。

「次はどうするんです?」

 ララクがプチトマトを抓んで訊ねる。彼岸は漬物を音をたてながら齧った。

「このままだ。まだここに留まる」

「人妻ごっこかぁ。いいご趣味で」

 ララクが鼻で笑う。

「人妻じゃねぇよ婚約者だ」

 彼岸は茶碗蒸しに入った銀杏をスプーンで取り出し、空き皿の隅に置いた。

「うへぇきもち悪いっす」

 ヌカは吐くような真似をする。

「…銀杏美味いんだがな」

 彼岸のが取り出した銀杏が箸で摘ままれ、メオの口に運ばれる。

「彼岸のお嫁さんになる人見てみたいっすねぇ~」

 ヌカはもう満腹なようで、またメニューを開きだした。デザートも頼む気だ。ヌカの言葉が少し引っ掛かったが、誰も疑問を口にはしなかった。

 店内には彼岸らの他に、キャスケットを深く被った男が彼岸には背を向け、壁と向き合う1人用の席に座っている。昼飯時といえばそうだが、あまり混雑していないのは人気がないのか、他の店が人気なのか。味は悪くないと彼岸は思ったけれど。キャスケットの男は彼岸の方を振り向いた。結露して水滴の下たる水を一口飲む。目を合わせながら。見覚えがあった。キャスケットの下から伸びる。少し黒ずんだ長い銀髪がさらさらと野暮ったい男のコートを滑る。

「彼岸どしたんすか?」

 ヌカが訊ねる。ヌカからは見えづらいところの席だ。彼岸は、頭を振る。

「フロレンスィア先輩の奥さん!」

 なんでもない、とヌカに言おうとしたところで声がかかった。テーブルのところまでやってきて、キャスケットを取る。メオとララクが食べる手を止め、男を見た。彼岸は溜息を吐きたくなる気持ちをどうにか鎮める。ヌカは首を傾げて男を見る。

「えーっと、確か、主人の後輩でしたわね?」

 満面の笑みを貼り付け、綺麗な言葉遣いを心掛ける。ヌカが笑いを堪えようと腕で口元を隠し、キャスケットの男から顔を背けた。ララクは炭酸の入ったアセロラジュースを勢いよく飲んだ。メオだけは黙々とイカフライをたいらげている。

「奇遇ですね。まさか休日にここで会うなんて」

 キャスケットを外せばさらさらの銀髪が揺れる。

「え、ええ。本当に奇遇ですわ。職場では主人、どうです?」

 冷や汗と恥ずかしさで極端な背と頬。彼岸はふふふと笑う。いつもよりも声のトーンも高めに。ヌカはぷるぷると震えているし、ララクもどうにか誤魔化しているが震えている肩は誤魔化せていない。

「とても尊敬できる自慢の上司ですよ。この前も引き抜きの話で、社内はもう盛り上がっていたんですから」

 銀髪を右の後ろ側で団子にし、下半分垂らしている。両端に分けた前髪が揺れる度に、右顔半分の火傷の痕が見える。

「あら。そうなんですの?主人、家では会社のこと、話してくださらないから…」

 正確には奥さんでもなければ、主人と呼べる関係でもない。あくまで婚約者なのだから。彼岸はそのつもりでいる。

「ええ!?そうなんですか?でもそれって奥さんの事考えてのことだと思いますよ」

 趣味の悪い焦げ茶色のコートを羽織るこの銀髪の男の右腕の袖は不自然に揺れている。右腕だけ袖を通していないのだ。一度家に招いた時、右腕の肘から下を失っていることを知っていた。

「そうなのかしら?貴方がいらっしゃると主人も喜ぶわ。2人分も3人分もそんなに変わらないから、都合が合ったらいつでもいっらしゃい」

「はい!遠慮なくお邪魔させていただきます!」

 彼岸は内心は冷たい笑みを浮かべながら、表面上は優しく微笑みかけた。まさか連れがいるときに態々挨拶しにくるとは思わなかったのだ。

「ねえちゃん」

 低い声で割って入ってきたのはメオだ。ララクとヌカがまた吹き出しそうになるのを堪えた。

「…和風豚フライ頼んでもいいか?」

 メニューを広げ、彼岸に訊ねる。

「ええ、いいわよ」

 引き攣った笑みを返す。

「家族で食事ですか?いいですね」

「弟とその友達とその友達の恋人の弟なんです。似てないでしょう?もう恥ずかしくて」

 咄嗟に作った嘘に溜息を吐きたくなる。下手に突っ込まれたらボロが出そうだ。

「いえいえ!お邪魔しました!!」

 銀髪の男はにこりと笑って、彼岸たちのテーブルから放れようと身体を背ける。が、ヌカが呼び止めた。

「なあ、なんで右腕ねぇんすか?それと火傷」

 彼岸は舌打ちを寸前でどうにか止めた。ララクが口の端を吊り上げるように笑みそうになる。

「ヌカ。そういうことは訊くものではないですわ」

 低い声が出そうになるのを押さえる。この街の文化のことは知らないが、少なくとも彼岸の生まれた場所、育った環境ではそういった人の身体的特徴に突っ込んだ質問をするべきではなかった。

「だって気になるんすもん。生まれつき?」

 ヌカは躊躇も遠慮もなく訊ねる。それが普通のように。

「数年前に戦争に駆り出されてね。そのときに失くしちゃったんだ。火傷もそのとき」

 気分を害した風でもなく銀髪の男は笑いながら答える。

「そうなんすか。大変っしたね。生活に不便はないんすか」

「ああ。ないよ。義手もあるからね」

 名前は忘れた、婚約者の部下。それだけの関係であり、この男の右腕を失くした話、火傷を負った話には興味がない。関係もない。けれど、この男の上司の婚約者という役には徹底しなければならない。

「付けていてもいいんだけれど、ちょっと型が合わなくてね。ビックリさせちゃったかな」

 ヌカは首を振った。

「呼び止めてごめんなさいっす」

「いや、急いでいるわけでもないからね。それでは」

 銀髪の男は去っていく。入れ違うように店員が和風豚フライを持ってきた。狐色になった衣に包まれた、揚げられた豚肉。メオはごくりと唾を呑み込み、皿を見つめた。

「ヌカ」

 会計をし始めた銀髪の男を横目に、小さくヌカを呼ぶ。店員に値切り始めた婚約者の部下に彼岸は大きく溜息をはく。

「お前な、厄介な質問するなよな」

「なんでっすか?右腕なかったら心配しないんすか?」

 ヌカは首を傾げる。

「まぁ、目を瞑って見ない振りってこともできると思いますけれどねぇ?」

 喧嘩を煽るような口ぶりでララクが言った。メオは黙って和風豚フライを食べている。

「気になるなら訊いたらいいじゃないっすか…生まれつきなの?怪我なの?事故なの?って。だめ?」

 ヌカがタダの水を一気に飲み干す。銀髪の男と店員の交渉も成立したようだ。

「…いつ障害を負うか、分からないもんだ」

 メオはフォークに和風豚フライの欠片を突き刺し、口に運ぶ前に言った。食事中にメオが喋るのは珍しい。

「明日には爆撃で脚が吹っ飛んでるかもしれないって話だな。首かもしれんし、吹っ飛ぶところがなくなるレベルかもしれない。そういうこった」

 彼岸がまとめて話して、一口水を飲む。帰っていく銀髪の男が店から出ていくのを確認して、肩の力を抜く。

「いい奥さんを演じているみたいですね彼岸」

 新しい紙ナプキンでララクは口元を拭う。冷やかされた気がしたけれど、ある目的のためだ。プライドなど捨てられる。

「バカにしているのか」

「いや、いいと思いますけど」

 真顔のララクに、彼岸は鼻で嗤った。ヌカが不思議そうな表情でずっと彼岸を見つめていたことに気付いていたがあえて無視した。

「とりあえず、今日の予定は果たした。また暫く、私はフロレンスィアの婚約者、お前らは大学生とアパレル店員とピザの配達員」

 メオが最後の一口を口に放り込んだのを確認すると彼岸は財布を握って席を立つ。メオは咀嚼して呑み込むまでの間座っていたが、彼岸もララクもヌカも待つ気はないようで会計を始めた。彼岸が一括で払ってしまうため、ララクとヌカは店から先に出る。彼岸は大きく溜息をついて金額が表示される画面を見つめた。夕飯も朝飯も作らないでこうして外食で済ませられたら。そんな考えが浮かぶ。わざわざ買い物に出て作って。金を払って誰かに作らせられたら。温厚な偽りの婚約者の顔が浮かぶ。いつも笑んでいるが落胆した表情を見せるだろうか。私は貴方が好きなのよ、貴方がいないと死んでしまうの。そういうキャラクターを作っているのは肩が凝る。完全に偽るにはこのかったるさに耐えなければ。店員がお釣りを差し出していることにも気付かず、金額の表示された画面を見つめていた。

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