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stranger 1

 アデルはいらいらとテーブルを指で叩いた。目の前の白衣の男は謝りながらもへらへらと笑うばかりだった。

「勿論、全額負担はしますよ。まっさかうちのアレイドちゃんが殺られちゃうとは思わなかったものですから!」

 アデルは淡い緑色の髪を掻き上げ用意されたレストランのエビグラタンを渋い表情をしたまま口に運んだ。

「こちらとしてもあの王子サマの元に行かなければならなくなりましてね。腐っても大切な作品(むすこ)ですから、まぁ肉が腐っても…」

 アデルはフォークでローストビーフを拾い上げた。白衣の男はいやらしく笑い赤みの残る肉を一瞥する。アデルは構わずに口へ放った。オニオンソースが効いている。男はホットミルクを呷った。



 オウルシティの空気はアデルの住んでいる地とはまた異質に乾燥していた。仕事の完了報告が来ないため連絡を取ると会って話したいと言われたため、遠い街に出てきたところだった。同じ電車に乗った挙動不審な男を見るまでは、報酬の追加を要求されるものだと思っていた。しかしキャスケットを深々と被り襟巻きに顔を埋めサングラスで目元を隠す男の正体を知った途端、アデルのほうからも用件が生まれる。指定されたレストランは依頼内容を話したところと同じだった。白衣の男が支払うと言うや否やアデルは以前は注文しなかった品を端から端まで頼んだ。男は呑気にカルボナーラが美味いことを教えたがアデルのオーダーした中にそれは入っていなかった。白衣の男は当たり障りのない、例えば水しか頼まないと出入り禁止になるだとか、パスタだけ頼むと別メニューまで勧められるのだと雑談ばかりをしてなかなか本題に入らず、アデルのほうでも対面にいる人物を忘れているかのように料理を平らげていく。エビグラタンは時間がかかり、運ばれた分は食べ終わってしまったためアデルは一旦ホットミルクをちまちまと飲んでいる白衣の男と向き合った。やっとこのテーブルに会話が芽吹いた。食事よりも話し合いの場としての役割が大きなレストランだったが料理はどれも美味しく見栄えも良かった。周りのテーブルはワインやチーズ、バーニャカウダが置かれテーブルクロスのほうが占める割合が大きかったがアデルのテーブルは皿が積み重なり、ホールスタッフが頻繁に食器を回収していった。エビグラタンとローストビーフが運ばれてくる。ホワイトソースに混じった焦げ目のついたチーズが膨らんで潰れた。ローストビーフには青ネギが振りかけられ、半分はタマネギのソース、半分はオレンジソースがかけられていた。

「今日お呼びしたのは、たったひとつ。単刀直入に言って、任務は失敗しました」




 乾燥には慣れていたがまた違った乾きが肌を焼く。電車を降りてその姿を認めた時に何故その首をへし折らなかったのか激しい後悔に襲われた。

『やっぱあたしがやるしかないってわけ』

『逆依頼になりますケド、もしアレイドちゃんの死体を見つけたら持って帰ってきてくれますか』

 それから白衣の男はその時の食事を持つことを約束した。

 風に髪を遊ばせオウルシティの臭い空気を掻き分けていく。安宿を探す途中で青果店を通りがかり、並べられている暗赤色のリンゴの前で立ち止まる。アデルの庭のような土地にももう少し黒ずんだリンゴが()る。ひとつ買う気になって手を伸ばした。別の手とぶつかる。赤いドレスと黒い髪が視界の端に見えた。

「悪ぃな」

 低い女の声がした。アデルはその手の主を見た。背も高く、見上げる形になる。赤い瞳もまたアデルを見下ろした。だが二言目はなく彼女はリンゴをカゴに入れてピンヒールを鳴らしていった。少しの間真っ赤なピンヒールの女の姿から目が離せなかった。高く結われた髪は黒豹の尾のようだった。手の中のリンゴの存在を思い出し、暫く眺めた。よくある極々普通のリンゴだ。アデルは購買意欲を失って青果店を後にした。安宿のある寂れた大通り裏は薄暗く不穏な感じがあった。早速諍う喧騒が耳に届いた。複数人が寄って(たか)って1人を足蹴にしたり罵倒したりしているらしかった。焼き払われたクリミナルシティも女が出歩けば強姦事件、子供が出歩けば誘拐、男が出歩けば美人局(つつもたせ)といった具合の治安の悪さだったがオウルシティもそう変わらないらしかった。首を突っ込むつもりはなかったが、その集団はアデルが探していた安宿の出入り口で屯っていた。人と話すのはあまり得意ではなかった。声を出すのが、言葉を使うのが重労働に思えるほど面倒事臭かった。アデルは安宿前の閉まった店の傍で座り込んで様子を見ていたが数分経っても飽きもせず男たちは地面を舐め続ける者を踏んだり、唾を吐きかけ嘲笑していた。乾いた風が肌を焼く。

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