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投影 1


 白髪の男が嗤う。両肩を掴んで、体内を蝕んでいく。札束が舞う。診察台に身体を割り開かれた男が横たわる。叫び声を上げ、汗ばんだ。


―アレイドちゃん、君はアレイドちゃん。可愛い可愛いボクの人形(むすめ)


―ボクの可愛い、ボクの可愛い人形(むすめ)。お原型(にい)さんを殺した人を探しておいで


―カラダも売りたくない、臓器も売りたくない、毎日コツコツ稼ぎたい?そんなんじゃ経済回らないよ?


―ねぇ、こうしよう?君は生きるけど、君じゃない。借金まみれの男の子供が1人消えたって、心中くらいにしか思わないさ


 モザイクに覆われる。耳は働かなかった。色も音もない世界で、女を刺す。ウェーブのかかった長い髪を引っ張り、刃物を振り下ろす。小さな飛沫を上げ、数度続く。部屋の壁紙が破れ、ソファはスポンジを晒し、クッションは綿を吐く。




 黒い髪の女は出て行けと言ったが、少女には分からなかった。

「ここに、置いて…ください」

 朝飯を食うハンスと名乗った青年とその前に座っている黒髪の女が同時に少女を見た。

「俺は…構わないけれど…、ご家族が心配するだろう?それに…彼岸」

 ハンスは口に運びかけた目玉焼きを皿に下ろし、黒髪の女に視線で問う。

「責任問題になったら事ですわ。訳を聞かないことには…何か思い出せましたの?」

 背の高い女の寝巻きは袖や裾が余り、うさぎを模した新品同然のスリッパが愛らしい風情を醸していた。

「…分か…りませ…ん。でも、帰ったら…ダメな、気がして…」

 ハンスから意味ありげな眼差しを向けられ、女は雑に頷いた。

「複雑な事情があるみたいだな。俺の事は構わないから、君が決めてくれていい。そろそろ行くよ。今日は俺が紫鴉の元に行こうか?」

「紫鴉くんのお世話はわたくしがいたします。貴郎(あなた)は何も心配なさらないで」

 ハンスは女の頬に唇を当て出て行く。女も後を追った。銀髪の少女は1人残される。悪夢が蘇る。体内を蝕んでいく冷気と、黒フレームの眼鏡の奥に紅い瞳と泣きぼくろが印象的だった。膝が震える。白黒の世界の中で男が身体を開かれ、白髪の青年は血塗れの手袋に掴んだ臓器を見せて嗤う。

―ほら、もう下半身の臓器だけを目当てに求められるよりずっと存在意義があるでしょ?

 下腹部を襲う感覚の記憶に目眩がした。

 リビングに長身の女が戻ってくる。頭を抱いて蹲る少女に駆け寄り、声を掛ける。しかし耳鳴りに掻き消える。黒髪の女から漂う知らない洗剤の香りにしがみついた。背は高く、鍛えられた筋肉が付いていたが高圧的な彼女の肉感に落ち着いた。

「怖…い、帰りたく、ない…」

 しがみついていると女の引き締まった腕が背に回される。

「事情がよく呑み込めてねぇんだけど…訳ありか?」

「…怖い…帰りたくない…殺され、る…次、はホントに…」

 女の声は威圧感を消し、少女は泣きながら指を噛む。

「殺されるだぁ?物騒だな。マジなら警察に行ったほうがいい。守っちゃくれねぇだろうが調書なら取ってくれるだろうよ。今から一緒に行くか?」

 黒髪の女は身を剥がそうとすることもなく少女の背を叩く。銀髪が横に揺れ、艶やかな黒い毛に掠れる。

「男の、人…殺されて、私…カラダ、乱暴…っあたし…女の人、刺して…っ」

「落ち着けよ。まぁ、座れ。腹減ってんだろ。昨日も全然食ってなかったもんな?」

 ソファーに誘導されるが、家人が離れようとすると鮮やかな赤色のエプロンを掴んだ。

「大丈夫だ。飯食え。残してもいいから」

 少女はしがみついたまま離れない。

「…名前は思い出したのか。ねぇなら付けてやる」

「…名前……パパは、アレイドちゃん…って、呼んでた…けど」

「アレイドチャン?よろしくな」

 黒髪の女はソファーの背凭れに肘をつき、片手は少女の頭を抱く。髪を撫でられると心地よく、アレイドは目を細めた。

「あなたは…?」

「彼岸」

「彼岸…彼岸」

 聞き馴染みのない発音だったがアレイドは隣の体温に身を寄せる。

「懐くな。忙しいんだよ。病院行かなきゃなんねぇ。お前も来い」



 彼岸の服は大きく、足首まで裾が隠れた。紫鴉(しあ)という少年は淡白げな可愛らしい顔立ちには似合わず早熟()せた雑誌を読んでいた。

「あ?あんた、見覚えあるんだけど」

 彼岸の見舞いに少年は雑誌から顔を上げ、アレイドを睨んだ。

「よく見ろ、女じゃ他人だろ。眼科の世話にもなるか?」

 彼岸は面倒臭そうに天井を見上げた。

「もともと女みたいな顔立ちだったし、よく覚えてないし、がっつり頭撃たれてた」

 何の話をしているのか分からなかったが、人違いが起きていることだけは読み取れる。

「昨日お邪魔した時は…え…っと、」

 グラビア雑誌越しに会話をしたことだけは覚えている。その前後を繋ぎ合わせようとすると、両耳に電流が走ったような頭痛に襲われた。

「首折って死んだかと思ったけど」

 グラビア雑誌を戻して彼は窓の奥に広がる海を眺めはじめる。

「さすがにそんなヘマしねぇよ」

「あの…どういう…関係なんですか」

 少年と彼岸を交互にみる。息子にしては歳が近いように思えた。弟か、いとこか、甥だろう。

「どんな関係もねぇよ。赤の他人だ。慈善団体野郎(フィアンセ)が拾ってきた。人攫い同然にな」

 人攫い。アレイドは身を強張らせた。オーシャンビューから滑った少年の目と合う。

「顔色悪いよ。首と頭は遅れてやってくるもんだろ。検査してもらったら?」

「い…いえ…」

「オレの弟、まんまそんな感じ。似てるよ。どこかのお偉いさんに売り飛ばされんなよ」

 少年はそう言うとまた海を眺め、ひとりの世界に入ってしまった。彼岸は「また始まったよ」と言ってアレイドの肩を抱き、病室から出て行った。

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