婚約破棄を謀る男爵家令嬢の愛情
その人を一目見た時に思った。なんて素敵な人なんだろう。
陛下により催されたパーティでのこと。私は、胸を張って堂々と歩くその人から、目が離せなかった。
見惚れるあまり、飲んでいた紅茶のカップを落としてしまった。王家の備品を壊してしまったのだ。罪に問われて当然だ。
だがその人は、笑って、こんなものは安いから気にするなと仰った。
明るく輝く金色の髪の毛。形のいい輪郭、顔のパーツ一つ一つが美しく、またそのバランスも絶妙だった。その顔が笑みを浮かべたら。もう、恋に落ちるしか、なかったのだ。
彼はキース=グラン=ファンディア様。
しかし彼には婚約者がいる。
その婚約者も、大層美しかった。全女性から嫉妬を受けそうな程に。羨んで、憧れてやまないであろう顔。私も、生まれてから美人だ綺麗だと言われてきたけれど、自信を失くしそうになる程に、美しかった。
そもそも私は男爵家の生まれ。下級貴族では王家に嫁げないのは、法で決まっている。
でも、それでも。これからもこんな素敵な人は、私の目の前に現れてくれないだろう。
母は昔、笑いながら私に語った。
本当に好きなら、本気でぶつかるべきよ、と。
敬愛する母の言葉が、身分で悩んでいた私に、勇気を与えてくれた。
キース様は、私が精一杯想いを伝えると、返してくれるようになった。素敵な贈り物もしてくれる。
自分に勝る婚約者の存在が、彼に暗い影を落としているようだった。
彼とお忍びで街に出たり、彼とパーティで踊ったり、彼が剣の訓練をしている所を見たり、彼の傍にいる時間は幸せだった。
貴女は…フォルティシア様は、キース様の事をちっとも想っていない。私なら彼を想って、彼を支えてあげられる。
彼への想いは、貴女に決して負けない。
彼を、愛しているのだ。彼もまた、私を愛している。
私がフォルティシア様の事を邪魔だと思い始めるのに、そう時間はかからなかった。だって、彼を好きになればなるほど、彼女の存在が障害になるのだもの。婚約者だから、かなりの頻度で、キース様は彼女に会いに行かなければいけない。
彼を愛していないくせに、彼の時間を奪っていく彼女が許せなかった。
どうすれば彼女を排せるか、そればかり考える日々。キース様も、彼女を邪魔だと思っているようだった。
そんな私にチャンスが訪れた。この前彼女と夜会で会った時、いつもつけている指輪が見当たらないのが気になって、話しかけてみたら、外出した時に失くしてしまったと言う。
これだ!と思った。彼女をキース様の婚約者から引きずり落とす為に、虎視眈々と機会を狙っていた私に、降って湧いたチャンス。
彼なら、私が一生懸命考えた作戦に乗ってくれるはず。徹夜で考えたのだ。彼女を恨みながら。彼を想いながら。
キース様の前で、泣いて、震える声を出す。彼ならきっと、私を信じてくれる。私を愛してくれる、キース様なら。
かくして、私の作戦は成功だった。キース様を騙してしまったけれど、彼と一緒になれるならなんともない。
唯一の苦労は、彼女がつけていた指輪を再現する事。シンプルなのが幸いし、宝石商に頼んだ模造品は、宝石の輝きを除いて瓜二つだった。輝きも、ぱっと見ではわからない程度だ。それで私は、作戦の成功を確信した。
パーティで、キース様が面と向かって彼女を糾弾する。
そんな時でも、彼女は、ゾッとする程整った顔を欠片も歪ませない。まるでキース様の言葉が届いていないようで、イライラする。キース様の言葉なのに…!
彼の腕に抱かれながら、これからの幸せを夢想していた。彼が、彼女ではなく、私と結婚すると仰ってくださった。なんたる幸せだろう。彼の逞しい胸に顔を埋め、誰にも見えないように笑みを浮かべる。
彼女は、私が捏造した証拠の数々をさらりと受け流し、詳しい話は今度にしましょうと去っていった。どこまでもいつも通りな彼女に、苛立ちが募る。
まぁいいだろう、正式に婚約破棄されるのが、遅いか早いかだけの違いなのだから。
ワクワクしながら過ごしていた。彼と愛の言葉を交わしながら。
正式な話し合いが行われた日。私はその場に入れないので、扉の真ん前で、今か今かとキース様が出てくるのを待っていた。
しかし、出てきたキース様は、衛兵に両隣を抑えられ、引きずるように連れられていた。
「キース様…?!どうしたのですか?」
キース様の目は、虚ろで、何も見ていなかった。
「マリア?マリア、愛してる。俺は…。」
衛兵に連れられていくキース様。どうしてキース様があんなことに?
しばらくして出てきたフォルティシア様に事情を聞くと、彼は王位継承権を剥奪され、追放されるのだと教えてくれた。
頭が真っ白になった。なんで、なんで、なんで?
「まだまだ話す事がありますので…不躾ですが、私が訪問させていただきます。」
2日後に訪問されたフォルティシア様。公爵令嬢らしくない。1人でいらっしゃったのだ。
お茶を用意し、応接間で、フォルティシア様の話がはじまった。
「私は、…キース様が王に相応しくないという理由で、裁きました。王家に生まれた以上、国の税金で食べていくわけですから、暴君であってはならないのです。…彼はきっと、貴女に贈り物をしたでしょう?あれは全て、民の税で購入されていました。本来ならば、王族としての執務を対価に購入せねばならないのです。しかし、彼は貴女にうつつを抜かし、執務を執行していなかった。」
「それだけ、ではありません。あなた方は、冤罪で私を裁こうとしました。まず、私が貴女の私物を隠したり、破損したという件。道具には、関わった人間の魔力が、微かにですが残ります。鑑識に出したところ、私の魔力は検知されないとの鑑定書をいただきました。」
「次に、水をかけられたという件。いつどこでかけられたのですか?教えて頂きたいのですが。」
フォルティシア様は真っ直ぐ私を見据えている。なまじ顔が整っているだけに、正面から鋭く射抜く視線が恐ろしい。
「え、ええと、1週間前に、…学園の庭の事でしたかしら。」
私は嘘をついている。
「それでしたら、私は学園を公欠しておりました。外部との式典がありましたので。」
フォルティシア様の話はまだ続く。
「階段から突き落としたと言う件ですが…指輪は、…鑑定に出せばわかります。どうしても私の物であると仰るのなら、鑑定の方に結果を出していただいてからいらっしゃってください。」
「それと、私が貴女の悪口を吹聴して回っていたという件ですが…私は、話す友達もいません。これだけは完全に証明するのが難しいのですが…。」
「最後に、私はキース様の心を壊しました。彼は、王家の生まれだという事を、この上なく誇っていた。次代の王である事に、彼は多大な自信を持っていた。彼の自尊心を、完膚なきまでに崩したのは私です。もう彼は、正常ではない。今日は、それを伝えようと思っていました。
冤罪を証明したのは、…どうしてですかね。自分でもわかりません。私は、自分が正しかったのだと思いたいのかも知れません。他人の人生を左右してしまった免罪符にしたいのかもしれません。
…貴女の愛するキース様を陥れたのは、紛れもなく私です。それが、仕事でしたから。」
それでは、と言って、彼女は帰っていった。
彼女の言葉と、キース様のこれから。考えれば考えるほど、堂々めぐりして、どんどん思考の沼に沈んでいく。
しばらくして、彼が、王都を追放されたと噂に聞いた。王都から離れた場所で暮らすのだと。
…彼が、王子でなくてもいい。彼に会いたい。そう思った。
人に聞いて回り、なんとか彼の住まわされている家を見つけた。
ボロボロの板1枚だけのドアを前に、緊張する。
何て言おう。
貴方が王子じゃなくなっても、愛しています?
私だけは、貴方の味方です?
いや、ここはシンプルに、会いたかったですと言おう。意を決し、ドアを開ける。
彼は、固く質の悪そうなベッドに横たわっていた。
顔は、血が通っていないと思えるほど青白く、そっと触れると冷たかった。
「…キース、さま?」
なんの反応も無い。
「会いたかったんです、キース様。目を開いて、また愛してるって、言ってください。」
声は乾き、頰には涙が伝っている。
わかっているのだ。わかっている。でも私は、受け容れられない。
「あ…あぁ。」
なんで、彼が。なんで?何をしたっていうの?彼はただ、王家に生まれただけじゃない。なんでこんな、酷い最期を。
ねぇ、どうして?
フォルティシア様は、彼を陥れたと言った。彼女の所為?彼女が彼を殺した?だとしたら、私は。
許せるわけがない。いくらフォルティシア様が国の為に正しい事をしたと言ったって、私個人は許せない。
心が潰れそうだ。いっそ潰れてしまえば、こんな思いをしなくて済むのかもしれない。
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