収納
目的が決まったなら動かないといけない。
太陽の位置からみて今は昼の少し前くらい、お腹も空いてくるころだ。
野性的な料理なんて真っ平御免である。
「今の私って贅沢」
恵まれてるのも困り者だと考えてしまった。
お店の料理を食べたいなら最低でも人の暮らす場所に辿り着く必要があるし、お金もいる。
今いる場所はアドルノ王国内のシヘスと呼ばれる山の中腹。
前世の私でも麓まで1時間は掛かり、強力な魔獣も生息している。
このままだと逆に魔獣の昼食にされかねないけど、私に不満はない。
むしろこの場所に飛ばされたのは運がよかった。
「隠し財産って案外無駄にならないんだな」
そこそこ有名な冒険者だったワタシは大陸の数ヶ所、お気に入りの場所の近くにもしもの時のための余分な所持品を隠していた。
今思えば何をしてるんだろうと言いたくなるけれど、実家を飛び出した当時のワタシはどれだけ力を付けようと、明日をも知れぬ身というやつだった。
良く言えば慎重で、悪く言えば臆病だった。
それで私が助かるんだから人生とはわからないものだと思う。
誰かに暴かれている心配はない。
魔獣が周りにいないのは側に埋めた魔道具の効果が続いているからだ。
結界術の応用で隠したので合言葉を知っている私しか手にできない。
私より強ければ場所に気付いて強引に壊せるかもしれないけど、もれなく呪われる仕様なので相手にもわかるだろう。
人の持ち物に手を出すやつなど犯罪者である。
覚えている風景を頼りにさっきとは別の方向に歩き出してすぐ。
私の目の前には2mもありそうな大きな岩が唐突に現れたので、記憶は合っているらしい。
岩に両手をついて深呼吸。
結界解除には魔力が必要になる。
私の体なので筋肉なんてこの世界での必要最低限もついてないけど、幸いにも魔力はあるらしい。
魂が同じだからなのか馴染みのある感覚がする。
もしこれが勘違いなら、私の人生はこの山の中で終わりだ。
逸る心臓を抑えながら声に魔力をのせて合言葉を唱える。
「この先の道に光があらんことを」
困難がこの身を襲ったとしても決して今を諦めることのないようにと、真面目なワタシが選んだ合言葉。
成功したらしく、光の発生と収束が終わると岩には扉が付いていた。
それを見てどうにも複雑な気持ちになる。
その扉は魔道具だ。
普通のただの袋を道具袋と言い、魔道具の袋を収納袋と言う。
魔道具の効果は職人の腕と材料次第で、収納袋もピンからキリまである。
収納袋は最低でも空間拡張と重量軽減が付与されていて。
当たり前だが道具袋より便利で値段が張る。
巾着サイズの収納袋に、大きなダンボールくらいの空間拡張がついているのが最低レベル。
それでも私の感覚で数万は下らない。
家によっては一月の食費より高い。
じゃあ目の前の扉はなんなのかというと、収納袋の高位アイテムで任意の場所に取り付けて空間を発生させる収納扉だ。
間に収納箱というのもあるけど人が入れるのは収納扉のみで、収納袋より大きなものが入れられ広い空間拡張を付与できる。
設置と取り外しに大量の魔力を消費するために使用者を選び、物を入れたままの持ち運びができないのが難点。
普通は建物の中の壁に金庫のような感じで設置する、ほとんどがオーダーメイドな魔道具。
今触っている扉の効果は、扉本来の性能と六畳部屋ほどの空間、劣化防止付与。
円に換算してその価値約2,000万。
立派な家が建てられるそれは、小市民な私には頭の痛くなるような豪華な宝箱だった。