スルバラン
濃厚な緑の匂いと柔らかな土の感触、見上げれる先には木々の隙間から青空が窺え、私に向かって僅かな陽光が射し込んでくる。
「え、あれ?」
おかしい。一瞬前の私は自分の部屋にいた。
お菓子と空調を完備した自室のソファーに体を投げ出し、お小遣いを貯めて買ったテレビとレコーダーに友人のDVDをセットして、苦手意識を克服しようと試みていたはずだ。
何処を見渡しても自然しか見えない森の中にいる訳がない。
こんな場所を知ってるわけないのだが。
「あれ、知ってる?」
明らかにおかしい今を、この場所を私は知っていた。
説明なんてできないのに頭の中に声がするような不思議に、それに急き立てられて歩く。
「知ってる。こっち、こっち」
そうだ、こっちに行くと見えてくるんだ。
私のお気に入りの場所。―――を見渡せるとっておきの場所。
高揚してくる気持ちとは反対に馴染みある感覚が私を襲う。
足は止まらないのに、一歩進むたびに言い知れぬ不安が私を襲う。
切れ目などないような森の中をどれだけ歩いたか、光が見えた。
徐々に大きくなる光に終着点を知る。
そこは切り立った崖の上だ。見渡す限りの大空と大地、そして眼下に見える―――。
ぞわぞわする心を圧し殺して前に進んだ私は泣きそうになりながら後悔する。
そして今までのすべてを理解した。
「思い出しちゃった…」
遠くに見える街並みはワタシが暮らしていた場所、王都アバスカル。
愕然とする私の目の前には前世という黒歴史の世界が広がっていた。
*****
「思い出しちゃった、思い出しちゃった、思い出しちゃった」
呪文のように唱えて頭を抱えても、甦った記憶は少したりとも薄れてくれない。
今いる場所は初めの森の中だ。
精神衛生上よろしくないので戻ってきたけれど、森の新鮮な空気はちっとも私の心を癒してくれなかった。
それでも頭を抱えてたってなんにもならないので深呼吸をして強引にでも落ち着く。
「えっと、スルバランだよね」
この記憶が私の壮大な妄想じゃないなら、ここはスルバランと呼ばれている世界のはずだ。
大雑把に言うなら剣と魔法の世界。
人と魔獣が生きる世界であり、魔獣とは生物がこちらの世界の魔素というものが関係して独自の進化を遂げたもの。
言葉を話すような進化はしていないが、大きな体を持ち肉体が強化され、魔法を使える個体も存在する。
基本的には狂暴で人でもなんでも食べる雑食がほとんどではあるが、それなりに生態系もある。
人が育てる普通の家畜もいるけれど、魔獣の肉だって人の立派な食料だったりするし、皮だってなんだって使う。
この世界はそれが当たり前で、人も戦闘技能や魔術を磨いて対応できている。
弱肉強食なそれは、魔獣が世界の敵という訳ではない。
だからかもしれないけど、人同士で稀に戦争が起きる。
ワタシのいた国アドルノと東のバスケスという国が争っていて、その戦争の中でワタシは死んだ。
今なお頭を抱え、私の本能に【決め台詞】へのトラウマを叩き込みながら前世の私は死んだのだった。