9話 The Day
まず真っ先に転移したのは主に後衛を守る役目を果たすアーマードの近接職四名。
次に彼らの尻拭いとばかりに宿のチェックアウトや御者たちへの連絡を済ませた鬼人をはじめとするプレイヤー八名がアリアドネーの糸を使用。
残り十八名。
そしてオレたちは、食堂に集まった状態のまま、今後の行動を決めかねていた。
「……今確認をとった。ギルドの意見としては『本来なら強制召集したいところだが、今回は自由参加とする』だって。やっぱり一月前のプレイヤー全滅が尾を引いてるらしい」
レオンさんが空中に指を這わせながらチャットの書き込みを読み上げる。
「今ギルドマスターが王や前回の生き残りと面談し、対策を練っているらしい。さすがのサブマスターも今回ばかりは緊張してるのか、かなり真面目な口調だね」
「まじかよ……」
「大マジさ。気持ち悪いくらいの丁寧語で答えてくれてる。おかげで逆に読みにくいくらいだよ」
……それ、ある意味ふざけてないか? 言い出しそうになったその言葉を、オレは慌てて飲み込む。
「ギルドとしてはコカトリス戦の戦力になってくれてもいいんだけど、コカトリスを討伐後に職人がいないのも問題らしいから、この回答は順当だね。――それで、僕たちはどうする?」
「そのまえに、この中でゲーム中でコカトリスと戦ったことのあるやつはいるか? ちなみにオレは一回だけあったことがあるが、出会い頭に石化の魔眼を食らって死に戻った」
「アタシはそのあとコカトリスに食われたな」
「私とがくちゃんはあったことすらないわよね?」
「う、うん」
「僕はGMが引き起こした突発イベントで一度だけ。たしかあの時は近接職を囮に遠距離から物量に任せて射殺す戦法だったんだけど……最終的に矢が切れた弓師も殴り合いに参加して、みんなでゾンビアタックしてなんとかたおしたね。最終参加人数は二十三名だったかな?」
「この世界を七つ世界の運営が創ったわけではないだろうが、運営はなにを思ってそんなキチガイじみたモンスターを作ったのか理解できないな」
「元は大規模戦闘イベント専用っていううわさがあるね。ただ、BOT、だっけ? そういうプレイヤーを殺すためだけに運営は野にはなったとかなんとか」
「アホか。過剰戦力すぎるだろうに」
そういう意味でもまさしく天災だな、ため息。
「……レオンさんはともかく、コカトリスを相手取るのはオレたちでは経験がなさ過ぎるな」
「いやぁ、僕を買いかぶらないでよ。僕だってみんなと協力した上で、しかも何度も何度も死に戻りしてコカトリスを倒したんだし」
「しかも最悪なことに死に戻りの拠点である王都……できれば今回は見送るべき……なんだが」
さきほどからハンガクさんがこちらをにらんできている。
「……なんだ?」
「私としては、参加すべきだと思います」
「が、がくちゃん?」
「理由は?」
「だって、前回は軍隊と私たちの共闘でどうにか追い返したんでしょう? 軍は今疲弊していますし、私たちが行かないと今度こそ王都が全滅するんじゃないでしょうか? そうなると、死に戻りしたとき、周りに危険が」
「話の途中で悪いが、ハンガクさん、君は死ぬ覚悟があるか?」
「……え?」
「前回のプレイヤーは、王都にやってきたコカトリスで全滅したんだ。……この意味が、わかるか?」
もちろんこれは推測でしかない。だが、ありえてしまう現実をちゃんと彼女に伝えなければならないだろう。
昨日イーヴァが言ったように、命綱があっても積み木は簡単に崩れてしまうのだから。
「プレイヤーは、侵食率がゼロのときなら普通に死ぬ」
そしてこの世界に、蘇生なんて便利な覚醒技や魔法のアイテムは、ない。
「――!」
「今回は王都が近すぎるんだ。でも、君がそれを覚悟しているなら止めない。君の相棒でも、ギルドのマスターでもないオレには止める権利がない。でも、一回でいい、隣を見てくれ」
言い切り、場の雰囲気に耐え切れなくなったオレは席を立つ。
「……できれば、また午後に」
「そんで自分のことは棚に上げて、王都に向かう、と」
部屋に戻ってアイテム欄の操作をしていたところ、後をついてきたらしいイーヴァが後ろから声をかけてくる。
「伊達男プレイとか、お前アタシの話聞いてた? なんでそう危険に首突っ込もうとするかなー?」
「……うっせ。腹が減ってるだけだ」
振り返らず、オレは彼の言葉を否定する。
アイテム欄から出すのはレーションの山。侵食率の合計値はまだ百パーセントに達していないので、とりあえず一番使うであろうトレントの侵食率を上昇させる。
……いよいよレーションが少なくなってきたな。これが終わったら他六世界に飛ぶか。
「伊達男プレイの上にツンデレとか……ないわー」
ああもう、顔を見ていないのにこいつの小憎たらしい笑みが浮かんでくる。
「でさー、もう一回聞くけど昨日の話、もう忘れたの? やめてくれよ。アタシ、お前がいなくなったら狂う自信があるぜ?」
「……男として、それはどうなんだ?」
「阿呆、何年一緒に連れ合ってると思ってんだ。三年だぞ? 三年。顔は見えなくても、年がわからなくても、性別――は最初から言ってたか。ともかく、そんなモニターの向こう側の野郎でも、アタシは親友だと思ってるんだぜ? その親友がある日突然いなくなる……これほど怖いものもないとは思わないか? だったら親友として止めるしかないだろ」
「そうか……だが、居場所がわかっている今がチャンスなのも事実なんだ」
「チャンス?」
「ああ」
そう、こんなまたとないチャンス、逃がす手はない。
だからこそあの幼女狐は全戦力を持ってコカトリス討伐へと向かうはずだ。
そうすれば少なくとも王都が戦場になることはないし、仕留めそこなう確率も少ない。最悪撃退には成功するだろうし、プレイヤーが死に戻りしても建て直しは比較的容易だ。
また前回の全滅を受け、誰もコカトリスを軽視していないことも大きなアドバンテージである。
「だからイーヴァ、心配するな。オレは死なん」
「いや、お前が死なないって言うその根拠を説明しろよ。むしろフラグが立ったみたいで逆に不安になるだろうが」
[jump a scene]
結局イーヴァはオレが参加することをしぶしぶながらも納得し、そして「知らんところで死なれるよりは」などとオレの後に続いてきていた。
ありがたい、と思う。
そしてオレは御者に一言断り、イーヴァと共にアリアドネーの糸を使用して中央広場に戻る。
「……オレは、隣を見ろといったよな?」
が、予想外なことにそこにはすでに、メノウさんらがオレたちの到着を待っていた。
「見ましたよ? 右を見て、左を見て、もう一度右を見て、その上で飛んできました」
むふん! とハンガクさんがその豊満な胸を張る。
服装はいつものように鬼人専用の巫女服装備で、腰には矢がぎっしりと詰まった筒に、左手には大きな和弓が握り締められている。
どうやら本気で戦う気満々のようだ。
「……メノウさん? レオンさん?」
「それ、イノ君が言える?」
すでに<カーバイトアーマー>によって完全装備状態であるメノウさんはくすりと笑い、肩をすくめているレオンさんは背中に身の丈ほどもある二本のクレイモアを携えている。
この伊達男どもめ……。
「まぁ、ギルドマスターが『布石は打たれ、策は成り』っていう書き込みをしなければ、私たちも来なかったでしょうね」
「なんだ、勝算あっての選択か」
「ないまま飛び出すような伊達男には言われたくないわねー?」
「うぐっ……」
「よーし、皆のもの、よぅ集まってくれた!」
あれからしばらくして、ギルドマスターの幼女狐がギルド仮設本部より姿を現す。
服装は小紋ではなく青色のワンピース。ペナルティの掛からない服装を選んだところを見るに、どうやら彼女も戦いに参加するようだ。
「だれもギルドマスターに立候補してくれぬゆえ、あの時はこの中に益荒男は居らぬのかと失望もした……だが! ここに集まりし貴殿らこそ、まさしく益荒男! 儂はきゅんと来たぞ!」
いや、そういうのいいから。
「まぁまぁ、そう冷めた目で見るでない。これは皆の緊張を解きほぐすジャブみたいなものじゃ。……それでは現状を伝えよう。現在、森腐れの原因と思われるコカトリスは順調に王都へと向かって進行中じゃ。このまま何もしなければ、夕刻にはここに到着するじゃろう。故に、儂はこの桃色の脳細胞をフル回転させて考えた!」
うわぁ、そんな頭脳が導き出した解決策なんて聞きたくねぇ……。思わずオレたちの顔が引きつり、ここにいるプレイヤーたちの表情が半笑い状態になる。
「そして儂はひらめいた! そうじゃ、王都で迎え撃たずに森の中で戦えば良いじゃないかと! さすればリスポーン地点は守られ、儂らは無駄死にせずに済むじゃろう! さらに今回はディタムス王に掛け合い、宝物庫内に死蔵しておった六つの秘薬を引き出すことにも成功した!」
六つの秘薬……? その単語に聞き覚えがなく、オレはイーヴァと顔を見合わせながら首をかしげる。
「……ふむ? やはり覚えているものはおらんか。あれは誰しも最初に使い切ってしまうような代物じゃからの。それに二度と手にはいらん。儂も現物を見るまでは気づかなんだ」
その言葉ではっとする。
そうか、六つの秘薬とは、侵食率を確実に三十上昇させるイベントアイテムの名前か!
そのアイテムのあまりの貴重さに、そしてもう一度入手できるという興奮に、オレたちは雄たけびを上げる。
「ほれ、鎮まれ静まれ。六つの秘薬はリスポーン地点の配給所に置いてあるのじゃが、量が量だけに死に戻ったものだけが受け取るのじゃぞ? ゾンビアタックの要ゆえ……おっと、失言じゃったな」
くつくつと、幼女狐は黒く笑う。
うわぁ、やっぱりそういう作戦か。
「さて、続いて対コカトリス戦の動き方じゃ。一度でもコカトリスと戦ったものも居ろうが、ゲームと違うゆえしっかと聞き届けよ。まず近接職――コカトリスのそばは濃密な毒のせいで酸素がないゆえ、一呼吸でもしたら酸欠で死ぬと心得よ。そしてその上で、頭上から降り注ぐくちばしに気をつけながらヘイトを稼いでくれ。また、超大型種は行動不能時間が長いゆえ、トレントならば足を殴っての転倒、ライカンスロープならば痺れさせるのも良いな!」
「うわぁ……」
息を止めながらのインファイトとか、あまりにも無理難題な注文に思わず声が漏れてしまう。
「い、イノ君、一緒にがんばろうか……」
「そう、だな……」
「続いて壁職、というかアーマード! おぬしらに火力は一切期待しておらぬ! じゃがコカトリスはその爪によって石くれを、その翼によってライカンスロープの鷹と同じように硬質羽毛を飛ばしてくるゆえ、とにかくその頑強なる装甲で弓師やクレッセントら後衛を守るが良い!」
「私はいつもどおりね」
「めのちゃん、いつもどおり壁をお願いね?」
「任せといて」
「次、遠距離職! 彼奴の石化の魔眼の有効射程はだいたい十メートルほどじゃが、とにかく顔を見るでないぞ? 毒の息が、腐ったにおいがしたらすぐさま離れよ。それが彼奴の距離じゃ。そして目を集中的に狙え。ただし、彼奴の目は宝石として市場に出回るくらいに堅いゆえ、決して油断するな。スキルでも高級な矢弾でも惜しみなく使うのじゃ!」
「つ、ついに私の二千七百ガルドが火を噴くときが……っ!」
「……がくちゃん、その、矢をガルド計算する癖、やめて? ね?」
「そしてクレッセント。彼奴の身体の半分は鶏ゆえ、そのジャンプ力は城壁をゆうに越える! ひとたびジャンプされれば後衛が踏み潰されるは想像に難くないじゃろう。ゆえにおぬしらは相談の上、<拘束のルーン>をばら撒きてコカトリスの動きを止める役と、<治癒のルーン>を飛ばす役に分かれよ。此度の策、お主らの連携に掛かっておるゆえ、決して己が役をたがえるでないぞ?」
「ふぅん……じゃぁ、アタシはちょいと他のクレッセントたちと話し合いしてくるわ」
「そうか。戦闘中は別行動になりそうだが……がんばれよ?」
「そっちもな?」
イーヴァが去り際にはたはたと手を振る。
その後姿に、このままイーヴァがいなくなってしまうような一抹の不安を感じるが……ぐっとこらえる。
「最後、ライカンスロープ、山羊と狐! そして馬!」
「――って、まだあんのかよ!」
まさか特別枠があるとは思わなかったらしい、イーヴァが鋭く突っ込んだ。
「山羊と狐は近接職が突っ込む前にコカトリスへステータスダウンをかけよ。儂も切り札を切るゆえ、攻撃が通らぬ、阿呆みたいなダメージに苛まれる、ということはなくなろう」
なるほど、たしかに開幕ステータスダウンは鉄板だ。
コカトリスは超大型モンスターなので一人当たりが与えるステータスダウン効果は限りなく薄いだろう。が、人数がいれば何とかなるかもしれない。
「そして馬。申し訳ないが、おぬしらは此度の戦闘参加を禁ず。おぬしらは全種族最速かつ最大重量値がもっとも高いという特性を活かして死に戻りした者たちを運ぶ馬車の役割をしてもらいたい。長々とした説明もこれで終わりじゃが、ここまでで質問はあるかの? ――うむ、ないようじゃな。では、一時間後に出発じゃ!」
[jump a scene]
森を進むこと二時間。木々の隙間から黒く変色した葉と、今にも崩れ落ちそうな巨木が見えた。
「ふむ、ようやく見つけたぞい?」
先頭を歩いていた幼女狐は<シャープセンス>を発動、鋭敏化した五感によってさらに腐った木々の向こうにたたずむコカトリスをしっかと補足する。
「よしよし、やはりコカトリスのようじゃな。――山羊、狐はこのまま直進、次いで<カースソウル>準備。決して彼奴の顔を見るでないぞ? それ以外は鶴翼……と言っても普通はわからんか。横一列に並んだのち、ヤツを中心に囲いこむように動け。近接職は<バインドソウル>発動を確認後に突っ込め」
さすが超大型モンスター狩猟をメインとするギルドのマスター。彼女はてきぱきと指示を飛ばす。
プレイヤーたちはその指示を受け、「ダー」だの「ヤー」だの「アイアイマム」だの、思い思いの返答をもって動き出す。
「ええい、少しは統一せんか……」
そんな愚痴が彼女の口から漏れる。
最終的にここに残ったのは、十数名ほどのアーマードやクレッセント。そしてオレたち山羊と狐のライカンスロープだ。
「では行くかの。……これが儂の切り札じゃ。<炸裂のルーン><炸裂のルーン><炸裂のルーン><炸裂のルーン><炸裂のルーン><炸裂のルーン><炸裂のルーン>……」
彼女が前進すると同時に突然<炸裂のルーン>とつぶやきつづけ、そのたび右手の指がきらきらと輝くルーンに支配され始める。
そしてオレは、彼女の切り札がなんなのかを理解した。
<炸裂のルーン>はクレッセントやライカンスロープが扱う一部の覚醒技の数を増やすルーンで、多重強化するたびその数と、輝きを増していく。
彼女は、それによって<カースソウル>の数を増やそうとしているのだ。
ただ、ルーンの光はクレッセントの髪と同じで、多重強化すればするほどその輝きやヘイト上昇は強さを増す。
彼女が二十、その言葉を唱えると、木々にさえぎられているとはいえさすがのコカトリスもこちらに気が付いたらしい。
けたたましい雄たけびが、森中に響く。
その体長はミノタウロスの比ではなく、二階の窓ほどはあろうかという高さ。
翼を広げてみればバスを二台並べたくらいの長さを持ち、その思わぬでかさに足がすくんでしまう。
――風車に向かっていったドンキホーテと、どっちがマシだろうな。
「皆行くぞ! <カースソウル>!」
「か、<カースソウル>!」
彼女に指示され、惚けていたオレは慌ててコカトリスを対象に覚醒技を発動。
瞬間、コカトリスを中心とした地面から、おぞましい数の黒いもやが立ち上る。
それは<カースソウル>の名の通り、怨嗟の声を地鳴りのように響かせる霊魂たちだった。
「うへぇ……」
そのあまりの量に思わず辟易。
普通なら一回の覚醒技の行使で三体。今ここにいる山羊と狐の人数でも最大で十八体ほど。
だというのに目の前に広がる光景はどうだ? まるで黒い瘴気を放つ沼のようではないか。
「儂が呼び寄せた霊魂の数はおよそ二百……百鬼夜行には、ちと多かったようじゃの?」
コカトリスの甲高い鳴き声。この数の霊魂らはコカトリスに這いより、しがみつき、その身体に爪を立てる。
「とはいえ、彼奴とて超大型モンスターの末席に連なるもの。この程度ではダメージのひとつも与えられぬじゃろう」
たしかに。モンスターに縋りつく霊魂が与えるダメージはそれほど高くはない。
だが、彼らの真骨頂はここからである。
「さぁ、嫉妬に狂った霊魂たちよ! 彼奴を存分に呪うが良い! <バインドソウル>!」
彼女がそう指示した瞬間、黒いもやは這いずり、身体をかけ上がり、コカトリスの身体に薄く、薄く身体を伸ばしながら張り付き始めた。
……あえて突っ込まなかったが、最初の言葉はスキル発動に一切関係ない。たぶん、いや絶対に彼女の趣味であろう。
決戦中に気の抜けるというか、封印したはずの地獄の釜を開こうとしないでほしい。
「<バインドソウル>」
若干背筋のかゆみを覚えながらも、オレもその覚醒技を発動。このスキルはステータス減少率が低く、どのステータスが下がったかわからない代わりに重ね掛けできるから便利だ。
問題は<カースソウル>がないと使えないことと、<カースソウル>自体にも味方にも当たり判定があるため、本当に開幕にしか使えないということくらいだろうか?
「近接職、突撃ぃいいいい!」
幼女狐の怒声。
その声に背中を押されるようにオレは、息を大きく吸い込んで駆け出した。
上が見えないというのは、案外つらい。
「<打ち払い>!」
遠くから響く弓師の声。
どうやらオレの頭上にくちばしがあったようだ。さきほどの覚醒技によって軌道がそれ、オレの真横にそれが突き刺さる。
冷や汗が出る。
呼吸ができないので覚醒技を唱えることもできないため、オレやレオンさん、そのほか大勢の近接プレイヤーたちは入れ替わり立ち代り足元を攻撃し続ける。
「<強撃>!」
「<ゲイルストライク>!」
「<打ち払い>!」
頭上ではコカトリスの悲鳴と、矢や衝撃波がぶち当たる轟音。
足元ではヤツの鉤爪がオレたちを踏み潰さんと地団駄を踏み続け、時折やってくる<打ち払い>によって弾かれたくちばしが身体ぎりぎりを掠め落ちる。
ぴっ、と血しぶきが飛び上がる。
隣にいた鬼人の野太刀使いが鉤爪を避け損なったらしい。彼の腿の肉がごっそり削げ落ちていた。
「ああああっ!」
激痛による悲鳴。そして肺から息を全部吐き出してしまった彼はそのまま反射的に息を吸い、酸欠と毒により光の粒子となって崩れ消える。
だがそれを気にしている暇はない。抜けた穴にはすぐさま別のプレイヤーが飛び込んでくる。
――そろそろオレもまずいな。
息が続かなくなり、後ろへと跳ねる。
すかさず、交代要員がオレの穴を埋める。
オレは十メートルばかり後退。毒の吐息が届かぬ位置で大きく深呼吸を繰り返す。
「何時間たった?」
「まだ三十分ぐらいだ!」
盾を構えるアーマードがオレの問いに答えた。
あまりのすさまじさに時間感覚が狂っていたらしい。
「恐ろしい、体力だな……さすが天災」
ここなら安全だろうとようやく顔を持ち上げる。
コカトリスの顔には矢が幾本も突き刺さり、だというのにその瞳はぎらぎらと琥珀色に輝いていて、一切の疲れを見せていない。
また、断続的に飛び交う<拘束のルーン>は一応のこと効力を発揮しているらしいのだが、それでもコカトリスの動きが鈍る程度。
「さすが、超大型モンスター……」
おもわずため息が漏れる。
これでもし、人数が少なかったらと考えるだけでぞっとする。
この百人以上のプレイヤーを以ってしても、体力が減る気配が一向に見えないのだから。
「まさに天災」
前で戦うプレイヤーと交代するため、オレは再び、息を大きく吸い込んだ。
[jump a scene]
戦闘開始からこんどこそ一時間を越えたあたり、前衛職は死に戻りが多くなり、クレッセントや遠距離職は侵食率回復にレーションをかじる時間が長くなる。
ケンタウロス様のライカンスロープは先ほどからひっきりなしにプレイヤーたちや矢弾を運び、だというのにコカトリスは琥珀色の目をいまだらんらんと輝かせている。
「ええい! 埒が明かん!」
オレの隣、幼女狐はイラついたように親指の爪をかみ、次の一手を迷っていた。
「おい、そこな木人男」
「……え? オレ?」
「なんかないかの? こう、逆転の妙手! みたいな意見は」
「ある……と言ってやりたいが、はっきり言おう、ない」
なにせオレたちトレントやライカンスロープの十八番であるダウンもスタンも取れないのだ。
「可能性があるとすれば、あいつの頭をぶったたいて脳震盪を引き起こすことくらいだが、そのためには最悪ヤツの目を潰してもらわないと近接職では不可能だな」
「なんじゃい。あるではないか。まったく主様はツンデレよのぅ」
「……は?」
「近接職のトレント! こちらへ集まれ! 開いた穴には他近接職が入れ! そしてこらえよ! すぐさま逆転の一手をくれてやるわ!」
ふたたび彼女の怒声。
その声に呼応するように、オレと同じトレントのプレイヤーは彼女の元へと即座に集まった。
「ひーの、ふーのー……十六? ちぃ、死に戻りでがっつり減りよってからに。せっかく儂のマイスイートラヴァーが逆転の一手をくれたというに」
「……いや、なにを言ってるんだおまえは?」
「まぁよい。――貴様ら、ヒノキの棒はもっとるかの?」
「ひの……げっ! なに考えてんだお前っ!」
オレは自分の顔の血の気が引くを聞いた。
やつの周りは空気よりも重い毒が漂っているからこそ、一呼吸でもしたら酸欠と毒で死に戻りしてしまうというのに。
だというのに、この女は死地で呼吸しろと言いやがった!
「ゲーム上での話じゃが、アレの射程は五メートルほど。少なくともそれほど伸びるのであれば、上を見ずとも十分ヤツの頭に届くじゃろう。失敗しても首や胴体に当たってダメージは蓄積されるゆえ、無意味ではない。それにヤツの毒の吐息なら<噴出のルーン>で引き起こした爆風で吹き飛ばせる。また、ヒノキの棒発動までの二秒間は鬼人の<打ち払い>とアーマードの盾で防げばよい。なぁに、たったの二秒、一発成功させればよいのじゃ!」
彼女はすごくいい笑顔でサムズアップ。
そしてそこに居るプレイヤーたちはこう思ったことだろう。
――この外道幼女め!
「回復役クレッセント! 現在出しておる<治癒のルーン>をすぐさま破棄、<噴出のルーン>の爆風にて彼奴周辺の空気を吹き飛ばせ! 鬼人! 攻撃を止め、<打ち払い>にて彼奴の攻撃から皆を守れ! アーマード! 彼奴の周囲に酸素が行き渡ったころを見計らって囲え! <フラムポルト>じゃ! 決して逃がすな! 近接職! アーマードと入れ違いで下がれ!」
みたび、外道幼女の怒号。
そして彼女の声に反応し、プレイヤーたちは一斉に動き始める。
クレッセントの半数が、一斉に<噴出のルーン>にてコカトリスの周囲に爆音をとどろかせ。
鬼人がコカトリスの攻撃をすべて打ち払い。
アーマードが左手の盾を前に前進、そして近接職と入れ替わるや否や一斉に左手の盾を極大展開。
結果、コカトリスの頭だけが、黒い壁の箱から出る形となった。
「ほぅ? 超大型種に押されようと<フラムポルト>中は微動だにせんのか。この戦法は今後使えるやも知れんの……ではトレント、彼奴の頭にヒノキの棒を叩き込め!」
この爆音響く戦場を駆けろと!?
「いい性格してるっ!」
「むふっ、それほどでもないわ!」
褒めてねぇよ! オレたちは一斉にとび出し、炸裂する爆風の渦を駆け抜け、どうにかアーマードの背後にぴたりと張り付く。
「<ワールドエンド――」
覚醒技宣言と同時にオレたちは両腕を揃え、肩に担ぐように構える。
刹那、両腕からめきめきと音を立てて枝が異常繁殖、絡み合い、編みこまれ、固く、硬く、そして長く遠くへと伸び広がる。
それはあまりに巨大ゆえ、武器として認識されぬ世界樹の枝葉。
それは樹木の枝を編みこみ、絡みつき、締め上げ、固く、硬く形成されたトレント最大の覚醒技であり、必殺技。
それは形成に時間が掛かるため、実践では使えぬとまでいわれた『ヒノキの棒』。
「アーマード! <フラムポルト>解除! 全員! 全力で避けよっ!」
どこまでもどこまでも、長く長く、広く広く伸びたそれの名は、
――世界の果てまで届く、長大なる両手剣。
[jump a scene]
「ぬぅ……脳天に一撃をくれてやっても死なぬとは、存外にしぶといのぅ。さすが天災、先代プレイヤーらが全滅したのもうなずける頑強さであったわ」
オレか、それとも他のトレントか。その攻撃が脳天にクリティカルし、コカトリスは見事一撃で脳震盪をおこした。
ずぅん、とすさまじい音を響かせながらそいつは地に倒れ伏し、今もまだ身体をぴくぴくと痙攣させている。
――あれでダメなら、トレントの攻撃力じゃこいつは倒せないな。
「さて、トレント、アーマードは下がれ。鬼人、ドラゴンハーフはコカトリス後頭部側より彼奴の頚椎に最大の一撃を放ち続け、これに止めを刺せ。これで仕舞いじゃが、彼奴の首を切り飛ばすまで油断するでないぞ? 石化の魔眼も、毒の吐息もまだ生きておるゆえ。ああ、毒の吐息といえば、クレッセントはそのまま息の根が止まるまで爆風で空気の攪拌を続けよ。――さて」
幼女狐は緊張の糸が切れてへたり込むオレに向き直る。
「主様、先ほどは良きヒントをありがとう」
「あれでヒントといえるなら、オレはなにもしていない」
なにせ先ほどの策は、こいつが勝手に気付いたことなのだから。
「いいや、良いヒントじゃった。なにせゲームと違うと最初にのたまった儂すら、ゲームと同じように四肢を殴ればダウンすると頑なに信じておったからの。しかし――これまでの攻撃で一切脳震盪を起こさず、先の一撃で脳震盪とは、だいぶ変わっておると見るべきじゃな」
幼女狐がちらりと後ろを振り向くと、ちょうどコカトリスの首が跳ね飛ばされるところだった。
「よし、これにて儂の仕事は終わり! コカトリス討伐終了! ビバ、アフター!」
そして彼女は見た目相応の笑みをみせ、天に拳を突き立てる。
「ところで、主様? 儂、先ほどヒントをくれたツンデレな主様にきゅんきゅんきちゃったんじゃが」
「――はーい、マスター。お仕事の時間ですよー?」
幼女狐のだだ甘えな声。
だがしかし、それをインタラプトするかのように、フルムー……サブマスターであるジュウゴヤさんが彼女を後ろから羽交い絞めにする。
「ぬぅ!? ええいこら! なにをする!」
「ホント、うちの惚れっぽいマスターがすいません。どうせ三日後にはすっぱり忘れてますから、その気がなければ無視して良いですよ? ……ほらマスター、まだ今回の報酬請求があるんですからね? きっかりしっかり王から搾り取ってきてください!」
「はなせはなせ! 今度こそ、今度こそ運命の人なんじゃ! だから助けて主様! あるじさまぁー!」
サブマスターも大変だなー……幼女狐を引きずっていくジュウゴヤさんを眺めながら、なんとなく、そんなことを思った。