8話 It's a holiday today
長期遠征依頼の四日目。今働いているのは同行したあの貴族くらいのもので、オレたちにとってその日は丸一日休日であった。
そのためオレはようやく落ち着いて手入れができるとアイテム欄から刃渡りがかなり短いナイフをとりだし、朝から腕の形を整えていた。
「なぁイノ、ちょっと汗臭くないか?」
そんなときだ、あれから昼近くまで眠っていたイーヴァが起き抜けにそんなことを言ってきたのは。
まぁ、ベッドは近いし部屋は狭いし窓は小さめ、しかもその窓自体ひとつだけしかないのでなので臭いがこもるのは当たり前か。
「そういえばまだ風呂に入っていなかったな」
結局というかやっぱりというか、レオンさん曰くこの世界の風呂はサウナだった。それも熱した石に水をかけて蒸気を浴びるフィンランドサウナ。
サウナに入ってさっぱりしてきたレオンさんの上気した顔や、うっすらとした香木の香りが立ち上るスレンダーな体つきはなかなかに蠱惑的であった。
これでもし身体も女性だったら、そしてもし、彼女の胸が大きかったら、自分はどうにかなっていたかもしれない。
――本当に、彼女が男で助かった。
「どうする? 風呂はだいたい明けの九時から暮の二時までらしいが……」
「今何時?」
「明けの五時だな」
「うへぇ……あと四時間もこのままかよ」
「だったら公爵領見物でもしてこい。オレは腕を削るのに忙しい」
なお、メノウさんたちはすでに朝早くから街へと繰り出していた。
やはり旨い食べ物が食べられなかったのは彼女たちにとってもすさまじい苦痛だったらしい。寝ているイーヴァを理由に同行を断ったのにもかかわらず「じゃあ私たちだけで楽しんでくるねー!」と茶化さずさっさと出かけていってしまった。
いまごろ屋台で串焼きでも買ってほおばっているに違いない。
ああ、せっかくだから昼飯用に串焼きのひとつでも買ってきてもらおう。そう思って口を開こうとするが、それよりも先にイーヴァがだだ甘な声でしゃべり始めた。
「ねぇ、イノぉ」
「……なんだ?」
「デート、しよ?」
彼はその幼さの残る凛々しい顔に柔らかな笑みを浮かべ、オレの身体にしなだれかかる。
たぶん、これが彼の精一杯の色仕掛けなんだろう。顔が良いので普通ならころりといったかもしれない。
が、残念ながら長年彼と共に狩場を駆け抜けた相棒たるオレにそれは通じない。
「オレに金を出させる魂胆が透けて見えているぞ? それと、オレを落としたくば五年後か、もしくはそのまな板を三つほどサイズアップさせてからこい」
「ちぃ、このおっぱい星人め」
「いかんのか?」
「アタシとしては実に遺憾だね」
そこまでいうことのほどじゃないと思うんだがなぁ……オレは顔をしかめた。
結局、オレはイーヴァに押し切られる形で街へと繰り出すことになった。
とはいえやはり同じ時代の同じ土地に属する人がすること。建築様式や文化なんてものはそうそう変わるはずもなく、オレたちの興味はもっぱら屋台で湯気を立ち上らせる料理の方へと向いていた。
「サンドイッチー! フリッター! 串焼きー!」
イーヴァが購入したのは黒パンに焼きたての薄切り肉が挟まったサンドイッチとたぶん野菜の揚げ物、そしてやっぱり串焼きだった。
そして彼の言語中枢がおかしくなっているのは、ここ三日間ばかりまともな食事を取っていなかったことと、空腹時に旨そうな料理の数々を目の当たりにしたからだろう。
「黒パン硬い! フリッターも串焼きもしょっぱい! でもうまい!」
「おい、よっぽど嬉しいのはわかるが声が大きい。周りがにらんでるぞ?」
「おっと、悪い悪い」
オレに注意されてようやくイーヴァが落ち着きを取り戻す。
なお、しょっぱいのは肉体労働者向けにあえて塩を多めに入れているからだ。
たぶんこんな労働者向けの屋台ではなく、店構えの良いレストランにでも行けばオレたちの嗜好に近いものが出てくる可能性がある。
まぁ、地球でだって国ごとに味覚が違う。なので『可能性がある』というだけだし、その分値段もそれなりなのだが。
さておき。
「うん、パンに合う濃い目の味付けだな」
黒パンのサンドイッチをかじり、久しぶりのまともな料理に舌鼓をうつ。
ただ、使われている黒パンが古いせいかフランスパンよりも固いのが残念だった。
「そーいえばさー、昨日のメシはなんだったんだ?」
――ついに、聞かれたか。
昨日のメシ、その単語だけでオレの身体は突然震えだし、いうことを聞かなくなる。
正直もう思い出したくもない。だが、言わなければならないだろう。
彼も、今のうちに心構えをしているのとしていないのとでは、だいぶ違うから。
「……だけ」
「うん?」
「夕飯も、朝食も、そしてたぶん、今晩の夕飯すら、干し肉の、削りカス入り、黒パン粥だけ」
「お、おぅ……」
どうやらこの世界、黒パン粥は日本人におけるごはんか、もしくは雑炊と等しい扱いを受けているらしい。
いや、黒パン――ライ麦の栄養価が高いことはわかる。冷蔵庫や化学的な保存料の技術がないこの七つ世界において長期保存できる黒パンは重宝されていることも理解しているし、食物繊維が豊富なので最近は腹の調子がすこぶる良い。
が、だ。
「せめて、せめておかずが一品ほしい……」
「う、うん。元気出せ? ほら、食いかけで悪いけどこの串焼きあげるから」
イーヴァが半分ほどしかない串焼きを差し出しながらオレの頭を優しくなでてくる。
どうしてだろう? ただそれだけなのに心が幾分か楽になって、イーヴァの顔を見ただけで胸が締め付けられるような感覚に陥ってしまう。
「……すまん、もうやめてくれ。これ以上優しくされたら本気で惚れそうだ」
「たったこれだけで落ちそうになるとか重症だなお前!?」
その後オレたちは夕食のおかずにと屋台から串焼きを購入。
本当は野菜がほしいのでフリッターのほうがよかったのだが、衣が時間経過と共にべちゃっとしそうだったのであきらめた。
ふと目を細めて空を見上げる。太陽の位置を見る限り、今は明けの八時くらい。
「そろそろ戻るか」
「えー? まだ雑貨屋に入ってない」
まったくこいつは。王都での個人的な買い物と今の買い食いでどのくらい金を消費したのかと問い詰めたい。
いや、彼にとっては買い物こそがストレス発散なのだろう。が、色仕掛けで人におごらせようとか考えている時点でとめてやるのも優しさではないだろうか?
「風呂、入りたくないのか?」
「あ、そっか。もうそんな時間なんだ?」
「そうだ。だから戻るぞ?」
「おー!」
[jump a scene]
ところでこの七つ世界。地球で言うところの中世の世界観をもっているのだが、城壁の中で生活しているせいかその衛生観念は驚くほど高い。
コカトリスの襲撃で壊滅してしまった王都北区ですら真っ先に復旧されたのは公共トイレ――正確に言い表せば大型のおまるだが――であるし、トイレの糞便槽に溜まった排泄物を回収する業者は最低でも二日おきにやってくる。
しかも一部を除いて公共トイレ外での排泄は法律で禁止されていると騎士たちがふれ回るほどの念の入れようだ。
まぁ、それほどまでに徹底しないと空気のこもる城塞都市のこと、ペストやら寄生虫やらですぐに街が滅んでしまうのだが……さておき。
そのような文化的下地もあってか、衛生を保つサウナ風呂は普通に風呂屋という職業が成り立つ程度には存在しているし、利用者も多いので値段も安い。
――なお、この手の職業に付き物な性風俗であるが、風呂屋の軒下で男たちに手と愛想を振りまくお姫さまたちがいるのを見る限り、やはり普通に存在するようである。
その中でも一番胸の大きなお姫さまにはかなり心惹かれるものがあったが、顔を真っ赤にしたイーヴァに後頭部を思いっきりぶん殴られた。
「……いくらなんでも、本気で殴ることはないだろう?」
あまりの痛さに目から火が出るかと思った。
「うっせ! アタシの目の黒いうちはお前に売春行為は一切させないからな!」
顔を真っ赤にしたまま、ぴしゃりとオレに宣言。
それは元警察であるイーヴァが持っている正義と信念から来る言動なのだろう。
たしかに売春は古今東西違法である場合が多数だ。それを考えれば彼の言動は至極真っ当である。
が、昼間からここまでおっぴろげにやっている時点でこの国では合法……少なくともグレーゾーンで違法ではないのではないだろうか?
彼の言動にはいろいろツッコミどころがある。が、しかし、オレはとりあえずオレの中で一番のツッコミどころを口にする。
「いや、黒いもなにもお前の瞳は青い」
「うっせ! うっせ! 揚げ足取るな! だいたいお前はまだ未成年だろうが! このエロイノ! むっつりスケベ!」
たしかに今年で二十歳にはなるがまだ未成年だし、自分がスケベのは認める。が、こう、なんだ。偶然だろうが「わいせつ物」みたいに言わないでほしい。
入浴料は宿代に含まれておらず、一人十五サンドとのこと。
串焼きより安いとか、公的に料金が決められているのか、それともそれだけ利用者が多いのか。
宿屋に戻ったオレたちは女将さんの「ちょうど風呂が焚き上がって、今なら誰もいないよ」という言葉につられるように料金を払い、裏口へと向かう。
宿の裏には若干大きめな平屋が併設されており、そこが風呂場となっているらしい。
風呂場の玄関をくぐると、その先には部屋が三つあり、それぞれ左手に男子更衣室、右手に女子更衣室、そして、
「うえっ、混浴かよ……」
真正面に『浴室 入室可』と書かれたプレートがぶら下がっていた。
これでよくレオンさんが入浴できたなとも思うが、あの時はもう夜中だったし、もしかしたら人がほとんどいなかったのかもしれない。
「……まぁ、イノだけだからいいのか? でもなー、エロイノだしなー……」
「おい」
真剣に悩むな。
「わかってるって。アタシじゃ興奮しないんだろう?」
「事実だが、今は女性であるお前がそれを言うのはどうなんだ?」
「それじゃアタシこっちだから。また中で」
「おい、無視するな」
だが、オレの制止もきかず、イーヴァはさっさと女子更衣室へと入っていってしまった。
「……まったく」
[jump a scene]
「イノ君、どういうことだい!?」
時刻は暮の一時。ここの宿は一階が食堂となっており、そこで夕食を食べることになる。
女将さん曰く「風呂があって料理まで出すのは、この区内じゃ数えるほどしかない」だそうだ。
とはいえ料理の種類は選べないので、パン粥以外のものを食べたい宿泊客や酒を飲みたい飲兵衛は酒場へと繰り出すらしい。
オレとイーヴァはパン粥のとなりに串焼きを置いて、久しぶりのおかずにおもわず合掌してしまう。
肉と肉とで被ってしまったが……まぁ、最初から予想していたこと。それにべちゃっとした揚げ物を食べるよりはましだろう。
「無視しないでくれ!」
「……無視しているのは申し訳ないとおもっている。が、なんとなく聞きたくない」
「アタシもー」
「いいや聞いてもらう! イノ君、どうして僕とは一緒に入らないで、どうしてイーヴァ君とお風呂を共にしたんだい! 君はあれかい、同性の友より異性の恋人を取るのかい!?」
「……は?」
「またか……訂正させてもらうが、オレとイーヴァは恋人ではないからな?」
「え? 嘘」
「……なんでそこでメノウさんがそれを言うかな?」
一度訂正したはずなのにオレとイーヴァが恋人に見えるとか……メノウさんは目が腐っているんじゃないだろうか?
「あー、そーいや言ってなかったな。アタシ、元男」
「うそっ!?」
レオンさんが目をむき、その反応にイーヴァは苦笑い。
「イーヴァ君女の子っぽいし、僕はてっきりリアルでも恋人同士なんだと思ってたよ……」
「女の子って……それはそれで傷つくなぁ。いや、今は事実なんだけどさぁ」
「でも異性同士でお風呂に入ったのは事実よね?」
「入ったもなにも更衣室は別だしタオルは巻いていたし、イノはアタシの胸にゃぁ興味がないし。……まぁ、いつもいつも胸をサイズアップさせてから来いって言ってるくせにアタシが髪を洗ってやったら顔真っ赤にしながらうつむいたのは可愛かったけどさ?」
「ばっ! イーヴァ!」
たしかに事実だがやめろ! 今そんな話をしたら!
「ほほうっ! その話、詳しく聞かせていただきましょう!」
「やっぱり恋人同士じゃないかやだー!」
「らぶらぶいいなー……」
ほらぁ!!
「つ、つかれた……」
ようやく質問地獄が終わり、オレはベッドに倒れこみながらぼそりとつぶやく。
「ぶひゃひゃ。やっぱり女はコイバナとかそーゆーの大好きだからな。見てたかよ? ハンガクさんのあのうらやましそーに上気した顔」
そしてオレと同じく質問攻めにあっていたイーヴァはというと、さっぱりこたえた様子もなく、クワスというらしいこの世界の酒を飲んでいる。
ちなみにこのクワス、メノウさんが昼間のうちに買った酒なのだがアルコール度数が低く、しかもあんまり美味しくないとかでイーヴァがその容器ごと貰っていた。
曰く「まずい酒を飲むのも旅の醍醐味だ。それに、せっかくの酒がもったいない」だそうだ。
「……お前は元気そうだな」
「ん? まぁ、奇妙な気分だよ……どんどん自分が女になっていくのがわかる。おかげでさっきみたいな話も全然苦痛じゃないし、同性に裸見られるのが日ごとに嫌になってきてる。それに異性のトイレとか更衣室に入るのに抵抗がなくなってきた。たぶんもう、今のアタシは異性の裸見ても興奮しないんじゃないかな?」
コップに注いだ酒をあおる。
「むしろ同性に反応し始めたら終わりだな。そのへんの嗜好はまだ男側だが」
「怖いな」
「まったくだ……イノ」
「なんだ?」
「これが女の気持ちなのか、それとも性別が変わったことによる不安から来るのか、それはわからない。でもアタシはもう、前みたいな感情のコントロールができなくなってきてる。だからあのときメノウさんたちを助けたみたいに、いきなり飛び出していくのはやめてくれ。いくら死に戻りができるっつっても、もし相棒が目の前で死んだらアタシ、正気でいられる気がしねぇ」
相棒の思わぬ感情の吐露に、オレは息を呑む。
「……酔いすぎだぞ、イーヴァ」
「でも、お前はいっつも伊達男プレイばっかりして」
「ねぇよ」
「お前自身はそうなんだろうな。でもな? メノウさんたちのときといい、後ろから見てるこっちはわざとそうしてるようにしか見えねぇんだ」
空になったカップに、イーヴァは小樽からクワスを注ぎ込む。
彼の淡い輝きに照らされた琥珀よりもなお濃い液体が、こぽこぽと注がれる音だけが、部屋に響く。
「……アタシも、警察学校で初めて拳銃を握ったとき、不思議な全能感を覚えたことがあるんだ。それがおぞましい狂気であることも、それが警察としてどれだけ考えてはいけない思想だったかも、全部知ってるのに、これが拳銃なんだってすげぇわくわくした。知ってっか? 拳銃って肩が外れそうになるくらいの反動が来るくせに、耳がバカになるくらいの音が出るくせに、弾が命中して的に穴が開いてるっていうのにさっぱり怖くないんだぜ?」
その表情はいつもの小憎たらしさはなく、ただただ寂しそうに、ただただ悲しそうに笑っていた。
――彼がそんな顔をするところなんて、オレは初めて見た気がする。
「たぶんさ、今のお前はその状態なんだよ。自分で気付いてるかわかんねぇけど」
「……」
「なぁ、イノ。これは、いままで学生だった相棒への、社会人だったアタシからの忠告だ」
オレの目をまっすぐ、そう、まっすぐと見つめて彼は言う。
「怖がれ、逃げることを覚えろ。何本腰に命綱をくくりつけようとも積み木はふとしたきっかけで全部崩れちまう。なにせお前が感じているその全能感は、お前の持ってるその力は、全部、借り物で、全部、ニセモノなんだから」
区切り、言い含める口調。
そしてその声からは、彼の胸のうちに宿る悲痛な思いがありありと読み取れてしまった。
「……悪い、説教するつもりはなかった。久しぶりの酒で酔ったらしい」
「いや、いい。むしろこんな情けない相棒を心配してくれて、ありがとう」
「……なぁイノ」
「なんだ?」
「その笑顔はやめてくれ……不覚にもきゅんときた」
「酔いすぎだバカ」
[jump a scene]
目覚めは爽快だった。
締め切った窓の隙間からはうっすらと青白い光が漏れ、それがもうそろそろ朝であるということを感じさせる。
「ぃよぅ、ねぼすけ。ようやく起きたか」
そして先に起きていたイーヴァも心なしか表情が明るく、胸の中の澱を全部吐き出したおかげなのか肌はつやつやとしていた。
なるほど酒は百薬の長、ここまで元気になるならオレもそのうち飲んでみよう。
――イーヴァが許せば、だが。
「チャットの話だと荷物の積み込みがあるから、今回も明けの六時から出発するらしい。あと、連れてく職人が予定よりも多い関係で傭兵も一緒に連れて行くそうだ」
「傭兵か……足は遅くなるが、護衛は楽そうだな」
「だな」
しかし、これでようやく居住区の問題は解決するだろう。
ちらりとイーヴァを見る。
「ん?」
「なんでもな――ああいや、朝食は明けの二時だ。まだ一時間もあるが、一階に下りているか?」
「そうだな。ようやく終わりも見えてきたし、なんだか今ならパン粥ですら美味しくいただけそうだ!」
「それは重畳」
まだ三日もあるぞ、とはさすがにかわいそうだったので言わないでおいた。
「あー! イーヴァ君のお肌がつやつやしてるー!」
先に食堂でハンガクさんやレオンさんらと談笑していたらしいメノウさんは、オレたちを見るや否や茶化しはじめる。
「さては昨日はおた」
「ねぇよ」
「ねぇよ」
そしてオレたちはそれをほぼ同時にインタラプト。どうやら昨日の休日を経て調子が戻ったらしい。
「ハンガクさん、レオンさん、おはよう」
「ふたりともおはよー」
「おはようございます」
「おはよう、ふたりとも」
「……あれ? 今私、ナチュラルにハブられた?」
「めのちゃん、それは自業自得だと思う」
「ぎゃふん!」
本当、メノウさんは何歳なんだ……。
「ところでふたりとも、チャットはみたかい?」
「今日の予定なら見たな」
「アタシがな?」
「……こほん。で、それがどうしたんだ?」
「うん、それなら話は早い。その予定だと午前中がまるまる空いているから、みんなで食材の買出しをしないか? という話をついさっきまでしていたんだ」
「やっぱり塩以外の調味料や干し肉以外の食材があると違いますから。それに――もう二度と、私の料理をマズイだなんて、いわせない……!」
「……と、いうわけさ」
どうやら野宿の時に言われた言葉を根に持っているらしい。ハンガクさんはめらめらとリベンジに燃え、レオンさんはその対となるようにくすくすと笑っている。
――そのとき、視界端に常駐させていた『召喚されたプレイヤーの意見交換広場』というチャットルームが、動いた。
ここ最近はすっかり流れも止まり「もう誰もいないのかな?」と思っていたが、そうではなかったらしい。
同時に、宿のあちこちでがたがたとプレイヤーたちが動き出すあわただしい音。
そして、書き込みを見た瞬間、背筋が凍った。
イーヴァも、メノウさんも、ハンガクさんも、レオンさんも、それは同じらしい。
刹那の時間が永遠にまで伸びたような、気が遠くなる感覚。
「こか、とりす……」
そんな中、メノウさんが、その名前を搾り出す。
[Chat Room's LOG]
『王都より北西に数キロ先、高見台の兵士が広範囲に渡って森腐れが発生しているのを発見』
『推定コカトリス。また、森腐れは予想外の速度で進行中。その進路上に王都アリ』
『予想到達時刻は、今日の夕方』