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7th Sphere  作者: 竹永日雲
王都騒乱
5/40

5話 Good heavens!

 プレイヤーや軍隊あわせての負傷者を半数も出しながらも王都騒乱ともいうべきクーデター事件は大量におびき寄せたモンスターの鎮圧とともに終わりを告げ、オレたちはクーデター軍の男たちを護衛しながらの帰路についていた。

「よーし、ちょいとくすぐったいからなー?」

 HPを回復する<治癒のルーン>という覚醒技を扱えるイーヴァはそんなセリフをおどけた口調で言いながら他のクレッセントたちと一緒に負傷者の治療に当たる。

 歩きながら治療しなければならない理由は当然、クレッセントの淡く輝く髪のせいだ。

 月の魔力(ひかり)が万物を惑わすのはどの世界も一緒らしい。

 おかげで月もクレッセントも同じ位置にいることはできない……というのはちょっと詩的過ぎるか。イーヴァには言わないでおこう。

 あいつなら「お前はそんなガラじゃないだろ」などと言いながら大声で笑う。あの汚い笑い声で。

 まったく、女ならもっと――と、まずいまずい。あいつは男だ。

 前々からだが、オレもずいぶんと身体に引きずられているな。ため息。

「……うん? どうしたイノ。お前もダメージを受けたのか?」

「いや。気疲れだ」

 さいわいなことにこの身体になってから力が、体力が有り余っている。ゲームとは違って何十分も戦う、ということもないため疲労はごくごく軽微。

 懸念材料といえばゲームのころよりも現実に即している――狙って急所攻撃(クリティカル)が出せるため、相対的に見て防御力が愕然(がくぜん)と下がってしまったことか。

 これが今後どう影響するか……考えれば考えるほど憂鬱になってくる。

「こんなときはゆっくりと風呂に入ってさっぱりしたいな」

「だな。見ろよ、アタシなんか汗と土ぼこりで体中べっとべと――」

 言いながらするり、とワンピースのスカートをめくり上げ、その真っ白な太ももまでもが土埃や砂埃で浅黒く変色してしまっているのを見せてくる。

「――って、見てんじゃねぇド変態!」

「理不尽っ!?」



 ――プレイヤーや軍隊あわせての負傷者を半数も出しながらも王都騒乱ともいうべきクーデター事件は大量におびき寄せたモンスターの鎮圧とともに終わりを告げ、もしそれが物語の中であれば後はエピローグへと繋がる。

 その後はすべてが丸く収まる大団円か、平穏な日々を送る毎日かはその物語の書き手の好みと手腕に掛かっているだろう。

 だが、

「なんだ、これ……」

 プレイヤーの一人が、硬いものをなんとか吐き出すかのように、悲観の感情を込めてつぶやく。

 オレたちが初めて城門をくぐった先で見たものは、あらゆるものがこげたひどい匂いと半分以上の建物が倒壊した建物が渦巻く、絶望の町並みだった。

 その光景に、オレたちはこれが現実であることをいやおうもなく感じてしまうのだった。



  [jump a scene]



 やはり首謀者が捕らえられたというのは、それだけで下に付くものたちの士気をくじくらしい。

 王都で王都軍を拘束していたクーデター軍は想像の埒外だといわんばかりに抵抗する意思を無くし、かろうじて体裁を整えなおした王都軍が彼らのそのすべてを拘束し始める。

 一部では「それでも」と交戦の意思をみせた者たちもいたようだが、そもそも奇襲と高い士気、そしてこれまで培ってきた組織力がクーデターを成功させたのだ。

 そのどれもがなくなった有象無象の衆など、統率された数の前には塵芥に等しい。

「目標をくじかれ頭を潰されたクーデターなぞ、こんなものよな」

 とは、風の噂で聞いた<モチヅキ>ギルドマスターであるあの幼女狐の弁。

 ――さて、そんな昨夜から一夜明け、オレは地面の硬さで目を覚ました。

 そして若干寝ぼけたまま、樹木の腕で頭をなでつつ周囲を見渡す。

 町は昨日見たときと同じように半壊したままであり、天井には雨露を防ぐ程度の天幕を張って、大半のプレイヤーはその下で雑魚寝状態。

 また、ちょうど見張りの交代時間なのだろう。何人かは自分と同じように起きだしたり、入れ替わりで毛布に包まったりとせわしなく動いていた。

「……いてっ」

 寝ぼけていたのが災いしたのか、指のささくれに髪がひっかっかった。ぷちぷちと髪の毛が何本か抜ける。

 ……はげる前にあとでやすりかなにかを探そう。

「いよぅ、ねぼすけ。ようやく起きたか?」

 すぐ隣ではイーヴァが朝食のレーションをかじり、空中に指を這わせてチャットを閲覧していた。

「それは心外だな。太陽はまだ出ていないだろう?」

「正確には出きっていない、だな。今なら綺麗な朝焼けが見れるぞ? 一緒に見に行くか?」

「男同士でか?」

「……だな。やめとこう」

 想像したのか、彼は口をへの字に曲げていた。

「ところでイーヴァ、新しい情報はなにかあるか?」

「んー……話の流れを見るに、どうも昨日の<モチヅキ>ってギルドが今日当たり次期王と謁見するらしい。ジュウゴヤさんが昨日のうちに部屋を建ててるな。ええっと? ジュウゴヤさんのIDはっと……王様インしたお?」

「おい」

 昨日の演技じみた物腰柔らかい丁寧な口調はどこにいった?

 ネット弁慶ならぬチャット弁慶か?

 というか謁見早すぎじゃないか? まだ日の出の真っ最中だぞ?

 むしろどうしてクーデターが起きたばっかりの城下町に次期王がやってくる?

 ――突っ込みどころが多すぎるっ!

「ともかく、どうも次期王は太陽が頭を出したと同時にやってきたらしいな。急ぎの用なんだってお! っていってる」

「すまんイーヴァ……その、原文は、読まないでくれ……非常に、疲れる」

「わかったわかった」

 そんなオレの態度にイーヴァがくつくつと笑う。

 フルムーン(淡く輝く禿頭)といい明らかに違う口調といい、あの人がだんだん身体を張って笑いを取りに来る芸人に見えてきた。

「……ああ、今すぐ身分証を発行してくれるらしい。これで流浪の民っていう称号とはおさらばだな」

「それは重畳」

「それと……これはわりと重要な話になるんだが」

「なんだ?」

「この世界、コカトリスが、いるらしい。一月ほど前、王都が襲撃されてる」

 その硬い一言に、オレは思わず天を仰いだ。



 コカトリス。

 プレイヤーからは「最悪のモンスター」と称されるこいつは、超大型モンスターに分類される「天災」である。

 ゲーム的には大規模集団戦闘用のモンスターに分類されるが、ステータス上こいつよりも強いモンスターはうじゃうじゃといる。

 が、コカトリスという名を冠している以上、もちろんこいつにも神話と同じあの能力が付与されている。

 そう――石化の魔眼と毒の吐息だ。

 そしてその二つの能力が、こいつを天災たらしめている。

 無論、毒自体はクレッセントの<賦活のルーン>で治療可能だ。が、「毒の吐息」といわれるだけあってヤツの周りは毒ガスだらけで焼け石に水。

 また、石化の魔眼は目を合わせた者――ゲーム的には画面中央にコカトリスの顔の正面を持ってくると、だが――を問答無用で石化させる。

 さらにいえば石化というバットステータス自体、プレイヤーがもつ覚醒技では治療できない。石化を受けることはあらゆる行動を妨げられるということ、そしてそれは即死と同義だ。

 唯一治せるのは世界樹の実から作った治療薬くらいだろう。

 ちなみにその治療薬をオレは持っていない。世界樹の実自体がそこそこ入手しやすいくせにNPCに高く売れるので手に入った端から換金していたのだ。

 それにコカトリス自体、天災の名の通り早々めったに会うモンスターでもないため、想像の埒外においていた。

 人間、なにが災いするかわからんな……ため息。

「いちおう、王都を襲撃してきたコカトリスはなんとか撃退されている。この街の惨状はそのときのものだそうだ」

「ふむ? これはクーデターの時のものじゃなかったのか」

「みたいだな。かわりに……アタシたちより前に召喚されたプレイヤーたちは全滅だが」

「ああ……」

 なるほど。話によれば死に戻り場所は北門前になっているらしい。

 つまり死に戻りした端から石化させられて潰されたのか……。

 と、すると先代王がオレたちを一斉召喚したのもうなずけるし、いるべきプレイヤーがいないのも、あるべきチャットルームが一切なかった状況も理解した。

 やはり推察どおり、侵食率がなければプレイヤーも死ぬのか……いや、それは今考えても仕方のないことだ、今は忘れよう。

「そうするといよいよクーデターを起こしたやつらのアホさ加減が目立ってくるな」

「プレイヤーが全滅したにも関わらず、自分たち王都軍は撃退に成功。……まぁ、勘違いするやからも出るわな」

 そしてそれを政争の道具としてつかったのが、昨日のアレか。

 あまりのアホさ加減に頭が痛くなる。

「一月程度でクーデターの準備を整えた、と考えれば優秀なんだが……」

「それとあのギルドマスターが言ったとおりであれば、王殺しの手はずもな?」

「すまん、その推理は聞き逃していてわからんのだ」

「あー……アレは推理といえるのかどうか。ほら、アタシたちって召喚されるとお城の地下にある召喚の間にでてくるだろ?」

「ああ」

 たしかにチュートリアルではそこからスタートされる。

 ついでにそこで初めて各種族の侵食率を上昇させるアイテムや防具一式を貰うのだ。

 ……なお、そのときにもらえる侵食率上昇アイテムなのだが、上昇率が他のアイテムとは比べ物にならないほどの上昇量を誇り、必ず固定で三十上がる。

 一分間の食事時間が必須とはいえ戦場でこれほどの量を回復させる手段もなく、需要はおそろしく高い。が、惜しむらくは需要が高いくせにイベント専用アイテムなので生涯一人一種類ずつしか貰うことができない、ということか。

 オレが貰ったクレッセントの分はとうの昔にイーヴァに渡してしまったし、それ以外もオークションにかけたのでもう手元にない。

 せっかく召喚されたんだし、またもらえないかな……いや、さておき。

「そうじゃないのはおかしい、召喚人数が多いからと言って散らばるように召喚されたのもおかしい、だからなんらかの理由で召喚が不完全だったはず。ついでに王が身罷ったとはいえ、アタシたちを王都の中に入れないのはおかしい。次期王が決まっていているにもかかわらず入れないのはなぜか? 王都内で事件が起きたからだ……んで、そんなときにクーデター。なにかありますといっているようなものだろ?」

「ふむ……」

 一見、筋は通っている。

 だが、その推理には穴がある。

 なにせ王都内で事件が起きたからといって、オレたちを中に入れない必要はないのだから。

 むしろ王都がガタガタの今、積極的にオレたちプレイヤーを戦力や労働力としてみたほうがお得だ。

 と、すると……。

「それが本当なら次期王はなかなかの役者だな」

 たぶん、あの幼女狐もそれをわかった上で推理しているのだろう。

 推測の域は出ないが、もしかしたら次期王はクーデターが画策されていることをすでに知っていて、オレたちを自分の戦力として計算していた……しかも遮蔽物が多く、土地勘のない場所で戦わせるよりは城門の外で、とも考えていたのかもしれない。

 それにもしかしたら、こんな朝早くに王が来訪したのもオレたちとの交渉を優位に進めるため……。

「は? どういうことだよ」

「言わない」

 どちらにしろ胃が痛くなる話だ。

 だからそんなタヌキの相手など、あの腹黒幼女狐にしてもらえばいいのである。

 だから、あとはもう、考えたくなかった。

「なんだよー、おしえろよー、アタシたち相棒だろー? このけちー」



  [jump a scene]



 突然手を叩く音が響く。

 なにげなくそちらの方に振り向くと、<モチヅキ>のギルドマスターが「おはよう!」と声を上げる。

 王との早すぎる謁見はすでに済んだらしい。

 また王と謁見するためにわざわざ着替えたのか、彼女は昨日のようなひらひらのワンピースではなく鬼人専用装備の小紋を着込んでいる。

 ……なぜ鬼人の特徴が発現していないのに着物を。ペナルティがひどいだろうに。

 いや、よそう。ペナルティは戦闘しなければいいだけだし、人の趣味にいちいち突っ込むのも野暮だ。

「皆の衆、しっかと起きているかの? ……うむ、起きておるようじゃな。重畳重畳」

 周囲を軽く見渡し、全員が自分を見ていることに対して満足げにうなずく。

「では皆の衆、今朝方いともたやすく行われたタヌ――今代の王の、ナポレオンも真っ青な交渉術を前に四苦八苦してもうた儂の話を聞いてはくれぬかの?」

 どうやら彼女は今朝の謁見のことについて、チャット操作に慣れていない、もしくはオレのように不器用になってしまったトレントのことも考えて口頭での説明を始めるらしい。

 というか、彼女の口ぶりから察するにいつの間にか次期王は現王に即位したようだ。

 今朝のことといい、フットワークが軽いというか、行動が早いというか。

「ああ、その前に――儂は超大型モンスター狩猟がメインのギルド<モチヅキ>の盟主、ヤコという。此度はクーデターの首謀者であるモリア大公家の元小倅を捕らえた立役者として、みなの代表として王の謁見を賜ることと相成った……ところで、誰か儂と立場を交換してくれる男前はおらんかの?」

 彼女はそれはそれは愛らしい笑顔を浮かべて小首をかしげる。

 だが今代の王をタヌキと言いかけ「ナポレオンも真っ青な交渉術」と脅したくせにそれはないと思う。

 もしや口頭説明にしたのはそういう理由か? 正体が露見しづらいがゆえの「言い逃げ」を防ぐためだけに……。

「今なら立候補した者の男気にきゅんきゅんきた儂がオマケで付いてくるぞ~? むしろそっちがメインじゃ。それに儂、バイじゃから男も女もどっちでもおっけーじゃよ~? あとこう見えても二十六歳独身じゃからあらゆる意味で合法じゃよ~? おぬしら合法大好きじゃろ~? 儂、一途に尽くす良妻賢母じゃよ~? ……なんじゃい、誰もおらんのか」

 当たり前だ。

 というか、だ――どさくさ紛れに結婚相手募集するな、阿呆。

「仕方がない、こんなロリババアな儂でも愛してくれる後継者(だんなさま)はあとでゆっくりと選ぶこととしよう。そして手取り足取り、じっくりねっとりと……ぐへへっ」

 突然の汚い笑い声に思わず顔が引きつってしまう。

 また、彼女のその発言に周りのプレイヤー……特に親しい間柄であるはずのジュウゴヤさんでさえドン引きしている。

 ……今後彼女には近づかないようにしよう、うん。

「おっとよだれが……ごほん。さて、今朝の謁見にて、今代の王は儂らプレイヤーに三つ、依頼を言い渡しよった」

 そして、先ほどとは打って変わって真面目な表情。

 ――最初から最後までその表情だったらさぞかしモテただろうに、とも思わなくもない。

「ひとつ、となりのモリア大公領まで行って、今回の落とし前代わりに用立ててもらう大工や仕立て屋などの職人集団を護衛する仕事。ふたつ、建材である木材や石材の確保と食料の安定需給。そしてみっつ、手負いのコカトリスの、討伐じゃ」

 阿呆か。

 たぶん、ここにいる全てのプレイヤーはそう思ったことだろう。

 だれが好き好んで「天災」と戦わねばならぬのか。それを頼むほうも頼まれるほうも正気の沙汰とは思えない。

 だいたい、めったにエンカウントしない理不尽の象徴だからこそ「天災」といわれているのだ。

 ――そのうち一週廻って幸運の象徴とか呼ばれるんじゃなかろうか?

「ほれ、鎮まれ鎮まれ。儂とて運よくコカトリスと出会えるなどとは思っておらぬわ」

 いや、出会ったらよほど運が良くない限り死が確定するのだが?

 むしろエンカウント率の低いアレにどうやって会えというのか。

「そも、彼奴(きゃつ)の尻尾を追いかけるのはさほど難しくはないのじゃ。聞けば彼奴がその身にまとうは腐食毒、彼奴の吐息に触れるたび草花がぐずぐずに崩れてゆく。ゆえに追いかけるなら痕跡がまだかすかに残っておる今しかないて」

 なるほど、一応は考えているのか。

「とはいえ――石化を直す治療薬がないのが痛い。儂のギルドは比較的治療薬をよく使うが、それでも集められたとして五十前後。これを多いと見るか少ないと見るかの判断は皆に任せるのじゃが……儂としては正直、このまま放置しても良いと思う」

 おい。

 たぶんここにいるプレイヤー全員が一斉に突っ込んだことだろう。

 それだけ今の彼女は先ほどの高い士気とは打って変わっての及び腰だった。

「じゃって、儂らが今話しとるのはあの『天災』じゃよ? 多大な被害を出したところでその先にあるのは『しばらくは安全』という保障のみ……そも、コカトリスが一羽だけだと誰が言った? 彼奴がどのように繁殖しているのかは想像の埒外じゃが、もし通常交配ならば少なくとも今のコカトリスを生んだ親が二羽いるじゃろう? 推定三羽。下手につついて巣穴にぶち当たったりでもすればそれこそ破滅の二文字じゃ」

 神話では鶏の卵を蛇やヒキガエルが温めることで生まれるらしいが……はて、この世界ではそれがどこまで正しいのか見当も付かない。

 また彼女の言葉を借りるわけではないのだが、オレたちはモンスターがどう繁殖しているのかをあまりにも知らなさ過ぎる。

 現実がゲームのように、突然モンスターがポップすることなどありえるのだろうか?

 それとも単一種族として生殖活動が確立しているのだろうか?

 だいたい先日戦ったウェアウルフなどは夜に人型モンスターとなるだけで日中はただの野犬でしかなかったはずだ。

 オレたちはあまりにも、そしてどこまでもこの世界を知らなさ過ぎている。

「そんなわけでの? コカトリスのほうは今一度やってきたとき、被害を最低限にとどめる対応策を考えるだけでよいと思うのじゃ。大体こんな『天災』が月イチでやってくるようなら王都はとうの昔に滅びとるわ。その証左として、コカトリス侵攻はこの国の公式記録でも十年に一度あるかないかだそうじゃしの?」

 十年、ねぇ……。

 その年月は、災害の記憶が風化するには十分な時間なのかもしれない。

 恐怖は消えずとも、危機感が人の心の内から消えうせてしまう時間には十分なのかもしれない。

 でもなければ、少なくともオレたちよりも前に召喚されたプレイヤーたちの全滅という被害は出なかったのだから。

「……ふむ、ちと場がしけてしまったの。では次はうれしいニュースじゃ」

 ヤコは手を叩いて場の雰囲気を変える努力をする。

「仮設本部なのじゃが本日より中央広場にて、みんな大好き冒険者ギルドの運営がはじまるぞえ! というか儂が今代の王に確約させた! 儂ってばえらいっ! それに皆の衆、やっぱりテンプレは必須じゃと思わん?」

 やはり異世界トリップで冒険者ギルドはロマンのひとつであるらしい。その一言に一部のプレイヤーたちが若干浮き足立つ。

「冒険者ギルドの役目は主に四つ、依頼の仲介、ギルド登録と管理、メンバーの斡旋、そしてアリアドネーの糸を代表とする魔法アイテムの販売じゃ。さらにはFからA、そしてその上のSランクというテンプレートなギルドランク制導入にてみなのモチベーションを上げてくれるわっ! ……が。そ、の、ま、え、にぃ~」

 再び先ほどのハイテンションとは打って変わって落ち着き払い、彼女はまた、あの愛らしい笑顔を浮かべる。

「儂のかわりに初代冒険者ギルドのマスターに立候補する男気あるものは居らんかの~? 今ならその男気にきゅんきゅんきちゃった儂が生涯の伴侶としてもれなくついてくるぞえ?」

 合法ロリじゃよ~? 一途な良妻賢母じゃよ~? という彼女の言葉に対し、親しいはずのジュウゴヤさんですらそっと視線を逸らして無視を決め込んだ。



 ――コカトリスのことといい、ギルドマスターのことといい、結婚のことといい、誰しも面倒ごとは勘弁願いたいのである。



  [jump a scene]



 その日、王都中央広場に仮本部として急遽設立された冒険者ギルドの巨大天幕には長蛇の列ができていた。

 天幕の中ではプレイヤーたちの身分証名称と同時にギルド登録証でもある銀色のカードがその場で製造、手渡しされる。

 カードにはこの国の文字でオレの名前であるイノと、自分が二種混合であることを示すトレントとライカンスロープ(山羊)の文。

 そのほか「ギルド:無所属」という言葉と、ギルドランクの隣に踊るFの文字。そして、

「『特記事項:電子機械系の専門校生』、ねぇ……」

 特記事項として前の職業や特技が記されていた。

 久しぶりに見た専門校生という単語に、オレは苦笑をもらす。

「ははっ。電気も電子回路もないこの世界で、これがなんの役に立つんだっていうんだ」

 事務的に「特技や地球での職業をお答えください」といわれてうっかり答えてしまったが、なんというか……これを見ても郷愁の念すら浮かばない自分の心境にぎょっとしてしまう。

 そして、改めて考える。

 変わってしまった精神、通じてしまう言葉、理解できる異国の文字、まだなにもわかっていない生態系、なじみの薄い社会体制。

 そしてどこまでゲームで、どこから現実なのか、そんなあいまいな境界線。

 オレたちは本当に、どこに、どんな形で着てしまったというのだろうか?

 もしこの稚拙な劇の台本を書いている作者がいるとするならば、いち登場人物としてそいつに願わずにはいられない。

 ――どうか、我らに平穏な未来が、ハッピーエンドが待っていますように。

「だからイノ! アタシを置いていくなよ!」

 ようやく手続きを終えたらしいイーヴァが、突然後ろから飛び付いてきた。

 ずしりと、背中に心地よい重さと甘酸っぱい汗の香り。

「よーし捕まえたっ! ……ほー? イノは昔学生だったのか」

「その言い方でいうならば、お前も昔学生だっただろう?」

「ぶひゃひゃ! ちがいない!」

「ところでイーヴァは元なんだったんだ?」

「んー……まぁ、お前とは長い付き合いだし、いいか。ほれ」

 イーヴァはオレに負ぶさった状態で銀のカードを見せてくる。

 ギルドカードには『名前:イーヴァ、種族:クレッセント・ライカンスロープ(虎)、ギルド:無所属、ギルドランク:F』そして――

「元公務員?」

「具体的には元警察。ただ、犯人追跡中にうっかり新聞に載るくらいの大事故に巻き込まれてな? それっきり辞めちまったんだよ。おかげで貯めに貯めた貯金切り崩したり障害者年金貰ったりしつつ気軽なニート生活満喫してた。はっはっは」

 障害者年金貰って生活するとか、後遺症がある時点で笑い事じゃないだろう。

「というかお前、体震えてるじゃ」

「……慰めて、くれる?」

「……男同士でか?」

「はぁ? アタシにそんな気持ち悪い趣味はねぇよ」

「じゃぁいうなよ」

「……それもそうだな」

 あーもー、なんでお前女じゃないんだよー。とか、そんな阿呆なことをオレに言われても非常に困る。

 というか、体の震えはもう止まっているんだからさっさと降りてくれないだろうか?

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