40話 Welcome to "7th Sphere"
――ヤコの宣言通り、ハイドラを三十秒でひき潰したあの日から、三日。
その時、死者や死に戻りを体験したものは奇跡的にもゼロ名。実質戦闘に参加していない――いや、参加できなかったアーマードやトレントに至っては負傷者なしという輝かしい事実を記録した。
が、そんな冒険者ギルドは現在、大やけどを負ったライカンスロープの渡り人などが多数いるということで開店休業どころか臨時休業中である。
代わりにギルド運営の病院はそのやけどを負った渡り人たち治療で東奔西走、イーヴァやベッキーなどやけど治療に効果のある<賦活のルーン>が使えるという理由だけで、ヤコから強制徴兵されていってしまった。
いまごろ中央広場は野戦病院じみた光景が広がっているのではなかろうか?
……なお、鬼人とアーマードの二種混合であるランディの阿呆は、あの騒ぎに紛れて勝手に戦闘を行ったために中度のやけどで病院に入院しているところである。
さておき。
そんなわけで、家にいるのはオレ、比較的軽症であったハンガクさん、そしてメノウさんとアレックスの四名だけである。
「うふふ、めのちゃんかわいー!」
ハンガクさんはぱぁっと顔を輝かせ、興奮した様子でメノウさんをほめる。
「その、メノウさん、とてもよく似合ってます……よ?」
アレックスはメノウに視線を向けることができず、赤面させながら顔をそらす。
やはりまだまだ子供らしい。
「うん、似合ってるじゃないか。すごくかわいいぞ?」
そしてオレは、『男前な』彼女にプレゼントしたふりふりのレースが付いたワンピース装を見て、うんうんとうなずく。
――そう、あの時、彼女を徹底的に女の子扱いしたらどうなるんだろう? とか考えたオレは、さっそく行動に移ることにしたのだ。
「特にメノウさんは手足がすらっと長いからな、これからコンサートでも開くアイドルっぽいぞ? ――おっと、それならサインと握手をしてもらわないとな」
「イノ君! 後でめっためたにしてあげるから覚えておきなさいよ!」
「ははっ、ご冗談を。メノウさんほどの人がオレたちの好意を無下にするわけがない」
メノウさんを徹底的に女の子扱いしてやろうと画策して、オレが最初に相談を持ち掛けたのはハンガクさん。
ハンガクさんはオレの言葉にすごくいい笑顔で「やっぱりイノさんは伊達男です!」と言いながら快く協力に賛成してくれた。
次に協力を仰ぐのはイーヴァとレオンだ。
レオンは男にしているのがもったいないくらいの元女であり、オレの想像通り裁縫はお手の物だったし、イーヴァは「あんまやりすぎんなよ?」なんて、すこしだけ不機嫌そうな表情で自分のワンピースを分けてくれた。
「くっ……! がくちゃんもがくちゃんよ! なんで私にこんな服を!」
「だってめのちゃん、いっつも布を胸につけてるだけじゃない。だからレオンさんに頼んで服を仕立ててもったの」
「レオン君……って! 病人にそんなことさせてるんじゃないわよ!」
「いや? 入院しているとはいえ<賦活のルーン>のおかげで傷跡もなく完治したし、かといって寝ているだけだから案外暇だったらしい」
とはいえ、レオンたちは現在急速に傷を治したせいで栄養不足に陥り、現在食事療法によって体調を回復させている最中である。
人間、体の半分以上を焼かれれば死の危険もあるというのに――本当に、渡り人は卑怯すぎる。
「長く見積もっても、退院まであと一週間といったところか」
「案外長いですねー。差し入れになにか作って……」
「ハンガクさん、それはいらない」
「むーっ!」
「それよりこれ、もう脱いでいいかしら!?」
「えっ? めのちゃんはこれからお昼と夕飯の買い物だからそんな暇ないよ?」
「あ、あの、買い物をしてくれないとハンガクさんのパン粥になります! だから早く買い物に行ってください! お願いします!」
「イノさんはともかくアレックス君まで!?」
「ついでに、黒パンと干し肉はすでにハンガクさんのアイテム欄に入っている」
「はかったわね! はかったわねイノ君!」
「はて、何のことやら」
オレは、彼女からそっと視線を逸らした。
大変ご立腹のメノウさんに引きずられるように東区へと連れてこられたオレは、今日の昼食である串焼き肉や夕飯の材料である野菜類が入った籠を片手に、メノウさんのウィンドウショッピングにつき合わされていた。
――なお、これらをアイテム欄に入れようとするとメノウさんがすごい形相でにらんでくるので、これが先ほど彼女が言っていた『めっためたにしてあげる』なのだろう。
この程度で済むとは、普段のギャップと相まって本当にかわいい人である。
「……イーノーくぅーん? 今なにか不埒なこと考えてなかった?」
「いや? 気のせいじゃないか?」
しかし惜しむらくは今病院にいるイーヴァたちがこの姿を見ることができない、ということだろう。
レオンなんて「メノウ君がこれ着てくれるのがすごい楽しみだよ!」なんて無邪気にはしゃいでいたくらいだ。
……その時はもう一度頼めばいいか。今回のこれで、メノウさんは意外と押しに弱いことが分かったし。
「ああ、そういえばメノウさん」
「あによ」
「メノウさんはどうしてアーマードに? 普段の性格を見てるとどうしても鬼人とかドラゴンハーフとか、そっちの方が似合っている気がするんだが?」
「それ、遠まわしにバカにしてる?」
「イーヴァが死に戻りしたときにはじまって、さらに三日前の出来事――これでもメノウさんには感謝しているんだぞ? そんなことをするわけがない」
「……あっそ。まぁ、私の場合、ものすごく単純に嫌なだけなのよ。前に私、お姉さまとか言われてたのよ? しかも女の子の後輩に襲われかけた。『私はノーマルだー』ってひっぱたいてやったけど」
「ああ、トラウマだな。それは」
「それに、ずっと好きだった先輩からは『女として見れない』とか言われたし。さすがの私でもその時ばかりは落ち込んだわね」
「それは見る目がないな?」
「私が?」
「向こうの男が」
「……この伊達男め」
「ほめ言葉だ」
「開き直んな。――こほん。まぁ、そんなわけで、前に出て戦うとか、そういう男らしい行動はあんまりやりたくないの。かといって私こんな性格でしょ? だからアーマードが一番あってんのよ。……まぁ、さすがに後ろを守り切れないくらいモンスターの数が多かったら戦うけど。そのためのドラゴンハーフだし」
なるほど。
アーマードはともすれば、後衛を守るだけで戦闘に参加することはまずない。
種族的に攻撃技も持っていないため、戦闘では一番働かないポジションだろう。
「でも、そのおかげでがくちゃんぐらいかしら? モンスターの進行を食い止め、後ろを守るばっかの役立たずな私とパーティ……ううん、コンビ組んでくれたのは」
そう、基本的に攻撃力過多なこの七つ世界では、アーマードが活躍する場所はそれこそ先日のモンスターハウスや大型モンスター相手くらいなのだ。
「――おお、リトに生まれし守り人よ」
「なに? いきなり」
「白き鎧を正義の炎に焼き焦がし、守り人の証たる高貴なる炎を左手に、ただただ盾を地に立てよ」
この七つ世界がまだゲームだった時代、トレジャーエリアだった海底遺跡を探索すると、はずれアイテムとして拾うことができた石板のかけら。
「紅の雨と鉄さびの匂いと、火花の瞬きが降り注ぐ戦場で、その背に聖母の祈りを背負い」
その石板は何種類か存在し、それは読み物としてオレたちに海底遺跡――城塞都市リトの一面を語り掛けてくる。
「剣を振るわぬその姿に栄誉もなく、栄光もなく」
はたして、城塞都市リトではいかなるモンスターと戦っていたのだろう?
「埃にまみれ、泥にまみれ、都市を守りし名誉も唾棄される。だが、それでも」
もしかすればそれは、かの七界大戦にまつわるものなのかもしれない。
「弱者を守れと奮い立つ。その巌が如き姿は高潔の騎士……だったか? さすがに全文は覚えていないから、かなり省いたが」
そんな、かつての高潔なる騎士たちに思いをはせて、オレは目の前にいる高潔なる騎士に向かってゆっくりと言葉を紡ぐ。
「なぁ高潔の騎士。少なくともオレは、お前を役立たずと考えたことは一度もないからな?」
三日前だって、メノウさんがいてくれたからこそオレは、オレたちは戦いはじめることができた。
メノウさんがいたからこそ、北区を気にせず戦うことができた。
それにメノウさんだって自分で言ったじゃないか『アーマードは守って何ぼ』だって。
「メノウさんがいてくれたから、戦えた。それは事実だ」
「ぜんっぜん言葉足らずじゃない。そういうのはちゃんと言わないと誤解されるわよ?」
「ああ、そうだな。だが、これは事実だ。訂正する気はない」
「……ほんっとうに伊達男よね、あなたは。なんだか腹が立ってきたわ」
「言っただろう? 今のオレにそれはほめ言葉にしかならん」
「ええ、ええ。そういうところも本当に――ほんっとうに腹立つわ」
そうオレに吐き捨てる彼女の顔は、しかし、どこか晴れやかだった。
[jump a scene]
その後、メノウさんから『伊達男なんだから、これくらい買いなさいよ!』なんて切り返されたせいで、彼女にワンピースを何着か買う羽目になってしまった。
これが本当の『めっためたにしてあげる』か。一気に財布が財布が軽く――いや、それはさておき。
オレとメノウさんが自宅に戻ってくるころ、そこにはヤコが、見慣れぬ少女を連れてオレたちの帰りを待っていた。
「あーるーじーさーまーっ」
そうやって飛びつかんとしてくるヤコに対し、この昼食や夕食を地面に落とすわけにもいかず、オレは二歩、身体を引くことによって彼女を回避した。
そしてヤコはびたん! と顔面から着地、そのままピクリとも動かなくなる。
「うわぁ……」
ヤコが連れてきたらしい少女がオレの所業にドン引きする。
だがな? 少女よ。これをみてもまだ、オレの所業にドン引きできるか?
「ヤコ、無事か?」
「……く、くふふ……! ひさびさの主様直々のこの仕打ち、ご褒美じゃ……っ!」
「う、うわぁ……っ!」
ほらな?
「……なに勝ち誇ってるのよ。あなたは」
「おっと。それでヤコ、いったい何の用だ? いや、その前に立てるか?」
「……くふ、くふふ! 主様がそうやって心配してくれるだけで、儂は元気いっぱいじゃ!」
オレの心配――いや、一切心配していないが――をよそに、ヤコはむっくりと起き上がり、鼻血をだらだらと流しながら立ち上がる。
「さて、主様や、ちと主様に話しておきたいことがあっての?」
「……またぞろ変なことをいう気じゃないだろうな?」
「安心せい、それほど変なことではないよ――さて」
ヤコは気分を切り替えるように居住まいを正し、次いで世間話をするかのように話を切り出す。
「まず、どのような状況なのかを説明しよう。最近、あの腹黒ダヌキの子ダヌキ――ああ、この子ではないぞ? あの子ダヌキは男じゃ。その子ダヌキが昨日、召喚魔法をついに成功させた」
その言葉にオレは眉をぴくりと跳ね上げる。
「ということは、その子が?」
「うむ。昨日この世界に召喚された新人のうちの一人じゃ。ついでに、ゲームのほうの七つ世界も最近アップデートされたらしく――」
「どうも、消された種族の純潔構成やってる、キョウです」
と、キョウという中学生程度の姿をした、ほぼデフォルト容姿の少女は頭を下げる。
「と、言うわけじゃ。ハイドラがなぜ消されたか、そういうバックストーリーはおいおい聞くとして……主様はグッチと同じくハイドラを持っておるじゃろ? グッチは今忙しいゆえ先に主様に顔合わせしておこうかと思っての?」
「ああ、なるほど」
たしかにオレはハイドラを持っているため、彼女――もしかすれば彼――から話を聞いても損はない。
おれはそのキョウさんに向き直り、自己紹介をはじめる。
「はじめまして、イノだ。見ての通りトレントライカン」
「――イノ?」
すると、オレの言葉にキョウさんが小首を傾げる。
「ん? ああ。イノだが……それが?」
「……あの、ぶしつけで悪いんですが、飯野修介、って名前、聞いたことあります?」
……ん?
いや、まて? キョウ、きょう――香?
「――お、お前まさか香か!?」
「――っていうことはお前が兄貴か!?」
オレたちのセリフに、ハンガクさんたちはぽかんと口をあけ。
「キョウ殿! 儂! キョウ殿の将来の義姉であるヤコと――」
「お前は黙れ! 話がこじれる!」
「えー……いきなり行方不明になったあの兄貴が……えー……」
キョウ……もとい、香が微妙な表情を浮かべる。
「それはこっちのセリフだ……というかお前、七つ世界やってたのかよ……」
オレは思わず顔を手でおおう。
「いや、そりゃ兄貴がゲーム画面つけたままなんの手がかりものこさず行方不明になったら原因探るために同じゲームするっしょ……つーかうちは家族総出で情報集めてたから」
「おいまてまさか」
――親父たちが、来てる?
思わぬ事実に、ぴしりと、身体が硬直。
「儂! ちょっとお義父様たちに挨拶してくる!」
どうやらオレのその予想は正しかったらしく、ヤコが一気に駆け出し。
「よっしゃきたぁああああ!」
「イーヴァさんにヤコさんに! これはもう今後イノさんから目が離せませんね!」
メノウさんとハンガクさんが興奮気味に拳を握り。
「えっと、おじさん、家族に会えてよかった? ですね?」
事情がいまいち呑み込めていないアレックスがオレを慰めるように肩をたたく。
「うーん。ねぇ兄貴、一つだけ言わせて」
「なん、だ?」
「相変わらずフラグ立ててるみたいですっごい安心したよ。よっ、この伊達男」
そして香は笑顔でサムズアップ。
「……まぁ、いつもみたくロリばっかりにフラグを立てるのはどうかと思うけど」
「ち、ちがっ!」
「なるほどねぇ……たしかにイノ君の嫁は見た目が中学生くらい……」
「メノウさん!?」
メノウさんのセリフに香がドン引きし、オレは思わず声が裏返る。
まさか――まさかここで『めっためたにしてあげる』を実行されるとは思わなかった!
「オレとあいつにそんな事実はない! ちがうぞ香! 誤解だからな!?」
「あ、ごめんなさい。ふたりはまだ結婚してなかったわね」
「だから! ねぇよ!」
「……ロリコンで二股で、しかも本気じゃない……兄貴、ちょっと歯ぁくいしばろうか」
「香も話を聞けぇっ!」
――ああ、もし、この稚拙な台本を書いている作者がいるとするならば、オレはいち登場人物としてこう、言わずにはいられない。
畜生てめぇ! 絶対に覚えとけよ!!




