4話 It's discouraging
「全員起床! 戦闘態勢をとれ! クーデター軍が攻め込んでくるぞ! 全員起床! 戦闘態勢をとれ! クーデター軍が攻め込んでくるぞ!」
チャットの報告からやや後れ、全種族最速を誇る馬――ケンタウロス型に変貌したライカンスロープが怒声を張り上げながらテントの間を走り抜ける。
「<カーバイトアーマー>!」
その報告を受けたメノウさんはすぐさま両腕と両足を広げ覚醒技宣言。光の粒子のエフェクトとともにメノウさんの全身があの黒い鎧に包まれる。
「わ、わ! ちょっとまって、めのちゃん! ああっ! 帯が! 帯が!」
テントの中からはハンガクさんの声。私服から戦闘服に着替えているのだ。
「安心して。私はがくちゃんを置いてなんて行かないわ」
オレはどうしよう?
この両腕では短時間でいつもの装備である皮鎧を着ることは難しいだろう。
いや、時間をかけても着ることができるかどうか……
――仕方ない。ちょっと頼りないがこのまま行くか。
「ちょいまち。イノ、今防御バフかけてやる」
言うや否や、イーヴァはレーションをかじりながら<盾のルーン>を連続詠唱。
それは連続で詠唱することで次に発動するルーンの威力を増加させる多重強化というクレッセントの基本技能だ。
彼が覚醒技を使用するたび、その指先に次々と光の文字列が絡む。
普通なら後々のことも考えて行動しなければならないため、ここまでの強化はできない。
だが今はもはやゲームとは違う。『食事を行う』という行動になんのペナルティもない現実だからこそできる方法だった。
「これで硬さだけなら超大型モンスター並――ここまで多重強化したの、アタシ初めてだわ」
そして腕ごと指を振り回し、オレにその文字を撃ちつけた。
見たこともない文字列が、オレの体の回りを守るかのようにくるくると回る。
「どうせなら攻撃力も上げてもらいたいものだな」
「はっ。そんなルーンがあったら即使ってやってるよ」
「知ってる」
オレとイーヴァは互いににやりと笑う。
「あら? 二人ともラブラブね」
「ねぇよ。モンスターでひき殺すぞ?」
「ねぇよ。お前だけ強化しねぇぞ?」
「ごめんなさい、それは勘弁して?」
ケンタウロスの先触れから数分、暗闇の向こうにかがり火が見えはじめる。
そして、そのかがり火はゆらゆらとゆれ動き、少しずつこちらに向かって歩いてきているようだった。
「<シャープセンス>」
プレイヤーの誰かがすべての知覚を鋭敏化させる覚醒技を使って、それがなんなのかを調べ始める。
戦闘状態に移行したため、誰も書き込むことをしなかったチャットが突然更新される。
たぶんそれは先ほど<シャープセンス>を使ったプレイヤーの書き込みだろう。
そして書き込みには、目を疑うような一文。
――推定プレイヤーたちが全裸で縛られている?
そのプレイヤーがなにをもって縛られている人間をプレイヤーと推察したかはわからない。
だが、たぶんやつらはそれを材料にオレたちと交渉するのだろう。
「なんで?」「バカだな」「脅迫かよ」と、周囲であきれ気味に発言する声が上がる。
「あいつら、一体なにがしたいんだ……?」
そしてイーヴァもまた、あきれたようにつぶやく。
「ええっと……たぶん私たちプレイヤーは一度倒しても『死に戻り』するから……だと思います」
その問いには鬼人専用の防具である巫女服を着たハンガクさんが答える。
「設定上の暗黒時代、私たちよりずっと前に召喚された人たちは王都軍の力によって抑えられていた……と言われています」
そう。だからこそ先代のプレイヤーたちは自らの牙になりうる『侵食』という現象を研究したのだ。
そしてこの侵食は我々が知っている物理現象とは根本から異なっている、ということだけは判明したが、その大部分は未だ解明されていない現象であるらしい。
「つまり、彼らは、その……私たちから戦う力を奪って、奴隷にしたいんじゃないかな? と、推察できます」
「なるほど。古き良き時代よもう一度、てワケか……阿呆らしい」
イーヴァは大仰にあきれる。
また彼女の推測に補足を入れるならば、このクーデターは軍の発言力強化および行政中枢の掌握を目的としている、ということだろう。
現在チャット上でも同様の推察がなされており、その書き込みをみたプレイヤーたちは再び「バカだな」という無感情な発言を残していた。
そもそも、だ。プレイヤーたちが拠点にいるいないに関わらず王都を守っているのは軍隊である。あの北門の門番だって迷い出てきたはぐれモンスターを討伐……少なくとも追い返す程度の実力はある。
いや、もちろんプレイヤーはモンスターが跳梁跋扈するフィールドを駆け巡るのだ、プレイヤーにも軍人には負けないくらいの戦闘力があり、ここよりもはるかに文化の進んだ地球人ゆえに教養の下地も持っている。そういう意味では確かに自らの地位を脅かす脅威であろう。
――が、そもそもプレイヤーは世界を自由に行き来できるという絶対的なアドバンテージがあるのだ。その脅威はむしろ軍側よりも商人側に傾いている。
だいたい誰が愛国心もない、長年暮らしているわけでもない、そして自分に実害が及ぶわけでもない他国の政治に好き好んで関わろうというのだろうか?
そんなことをするのは侵略目的の敵国か、よほどのバカか、この国の人間と結婚して骨をうずめようと考えるプレイヤーだけである。
もしこれが現地商人たちによる過激なデモ活動だったのならわからないでもなかったのだが……。
――と、そうこうしているうちにクーデターを起こした軍隊が自分たちプレイヤーの前からおおよそ十メートルのところで停止した。
クーデター軍は重い金属鎧に身を包み、右手には長槍を、左手には丸盾を構えており、また、そのはるか後方ではローブ姿の男たちが大杖を地面に突きたて待機していた。
最初は思い当たる節がなくていぶかしんだが……王族が召喚魔法を使うのだ。一般人に、いや軍人に魔法が使える人間がいてもおかしくはないだろう。
ゲーム中では見ることのかなわなかったその魔法使いを鎧と鎧の隙間から目の当たりにしてひとり納得する。
唐突に、列が割れた。
列の向こうからは容姿の整っている拘束された全裸の男三人と、それを引き連れる抜き身の剣をもった傍付きの兵。そして、
「さぁ、地べたに這いつくばれ悪食ども。脅迫の時間だ」
異様なほど傲慢な態度を見せる『大杖掲げる白銀竜』の紋章をその身に帯びた、金髪碧眼の若き雄。
それを見て、その紋章の意味を知っているプレイヤーの誰かが言った。
「王族だ……」
と――
[jump a scene]
「ではその交渉、僕が引き受けましょう」
手を挙げたのは見知らぬプレイヤー。こちらはずいぶんと渋い容姿をした映画俳優のような禿頭男。だというのに、
――ふっ、フルムーン……っ!?
それはネタなのか、それとも大真面目なキャラデザインなのか。クレッセントの種族特徴が見事に顕現しているせいで周りのプレイヤーから失笑を買ってしまう。
いちおう、禿頭なのにクレッセントの特徴が出るというのはゲーム上での仕様……というか放置された危険性の低いバグなのだが、まさかここまで正確に同じじゃなくてもとさえ思ってしまう。
「ああ、御心配なく。僕はこれでもギルド<モチヅキ>のサブマスターですし、ギルドマスター不在の今、すべての決定権は僕にあります。あと――」
ちらりと、フルムーンのプレイヤーはオレたちの方を向く。
「若輩者ですがリアル営業職だったので、交渉の真似事はお任せください」
にっ、と笑って見せた。
「まずは我らのような流浪の民と交渉の場を設けてくださったことに感謝を。遅ればせながら私、ギルド<モチヅキ>のサブマスター、ジュウゴヤと申します」
フルムーン――ジュウゴヤさんは胸に手を当て、慇懃無礼に言葉をつむぐ。
「して、殿下に置かれましては夜の森のそばという斯様な危険地帯へ、一体なんの御用でしょうか? さきほど交渉の時間だ、とおっしゃられておりましたが」
「その通りだ。お前らの同胞数名を我が王都軍が拘束した」
「なんと! して、殿下に置かれましては我々流浪の民にどのような交渉ごとを?」
「これでわからぬとは……やはり貴様ら悪食にはよほど教養がないと見える」
大仰にかぶりを振って、ため息
うわ、むかつく。
また、プレイヤーの何人かはそれで激情して武器を構える。
「みなさん、まだ僕の交渉は終わってませんよ?」
だが、それを振り返ってジュウゴヤさんが止める。
――そのとき、ジュウゴヤさんが人差し指だけを動かして空中を二回、叩いた。
そして意図に、気づく。
プレイヤーの少数が背の高いプレイヤーや横幅のでかいプレイヤーを目隠しとして、チャットを起動させはじめた。
オレもオレよりもはるかに身長の低いイーヴァを後ろに隠し、ハンガクさんは全身鎧で着膨れしているメノウさんの後ろに位置取った。
「――おい、後ろでなにをやっている?」
無論、そんな不振な行動を起こせば見咎められるだろう。
目ざとく見つけた傍付きの兵が会話の途中であるにもかかわらず、指摘する。
「申し訳ありません殿下! しつけのなっていないヴァカどもばかりですので。――おいお前ら動くんじゃない! 今の位置でじっとしてろ!」
その怒声に多くのプレイヤーたちが「了解」だの「イエッサー」だの「ダー」だのと思い思いの言葉で返答。
もちろん、タイミングは全員ばらばらだ。
――というかお前らのそのノリのよさはなんなんだ? いや、オレも例に漏れず「ヤー!」なんて返事をしてしまったが。
「誠に申し訳ありませんでした、殿下」
「ふんっ」
ジュウゴヤがその場に崩れ、土下座。
それに支配欲を満たされたのか、王族の青年は鼻を鳴らしただけで矛を収めてくれた。
「――いやぁ、あいつ……っていうか、<モチヅキ>のマスター、タヌキだわ」
うしろで、チャットを開いて情報交換していたイーヴァがごくごく小声でオレにそのことを伝えてくれる。
オレはそれに返答するわけにも行かず、ただじっと前を見る。
「おう、それで良い。さすがアタシの相棒、以心伝心で助かるよ」
そんなことを言ったら、あとでまたメノウさんに茶化されそうだ。内心でため息。
「んで、その<モチヅキ>のマスターっていうやつからの伝言なんだが」
イーヴァが今にも笑い出しそうな、非常に楽しそうな声でその内容をオレに伝えてくる。
顔にはきっと、あの小憎たらしい笑みを張り付かせていることだろう。
――サブマスターのことといい、タヌキというか、黒いというか。
そしてオレはそのあまりな内容から心の均整を計るために、相手に気づかれぬよう細心の注意を払いつつ静かに息を吐き出した。
[jump a scene]
「なるほど、なるほど。つまり殿下はこうおっしゃりたいのですね? 自らの意思で、殿下の前で膝を折れと」
ジュウゴヤさんが穏やかな、だというのに冷ややかな感情の声を出す。
「うむ」
王族の青年はようやく自分が言いたいことを理解したのかと不遜にうなづく。
膝を折れとはすなわち、恭順しろ――いや、この場合は自分の意思で奴隷になれという意味か。
――ふざけるな、という感情の前に「こいつバカか?」という感想しか思いつかなかった。
たぶん、ここにいるプレイヤーも全員同じ意見だろう。
全員一斉に他六世界に逃げて、二度と戻ってこない状況になったらどうするんだと。
しかも召喚の度に同じことが起こるから、無駄に資源を削ることになる。
まぁ、身分不明なんてどこの国でも捕まえてくれと言っているようなものだが。
「なるほど、なるほど……」
ジュウゴヤさんが考え込むように口を閉じる。
「なにも考えるようなことではないだろう? こいつらを見よ、余に逆らった悪食どもだ。すなわち! 我が王都軍は貴様らを超える戦力を有しているのだ!」
「ふむ? 殿下に置かれましては、そのものたちを捕らえ、あまつさえこの場につれてきたのは我々にそれを見せる意図があった、と?」
「うむ」
底抜けの阿呆だ、と突っ込みたかった。そんなのを見せられてなお膝を折るとでも思うのだろうか?
捕虜の扱いが雑すぎるし、『威圧する』と『下に見る』を履き違えている。
第一、その三人だけを見せられても……たぶん、城門で踏ん張っていたアーマードの人たちだろう。
捕縛されてしまった理由は……防御に集中したアーマードの防御力を突破してダメージを与えられるとは思えないから、覚醒技の使いすぎで侵食率がゼロになってしまった、あたりが妥当か。
……だんだん、こんなヤツが王族で良いのかと王都の未来が不安になってきた。
いやいや、次期王は年が年だけに割りとまともだった。
……だった、と信じたい。が、なんともいえないな。
なにせ自分のこの目で見てないのだから。
閑話休題。
「これでわかったか? 貴様らでは、もう余には勝てぬということを。さぁ! 悪食どもよ! 余の前に膝を折れ!」
「はぁ。それは降伏勧告ととっても宜しいんでしょうか? 殿下」
「そうだ。そしてなにを呆けている! 膝を、折れ!」
「――まぁ、この位でしょうか? ところで殿下」
「なんだ?」
「なぜ大きな街には必ず城壁が築かれていて、そしてなぜ我々プレイヤー……ああ、殿下にもわかりやすい言葉で言い表せば、我々悪食たちがその街を拠点としているか、わかりますか?」
この世界には王都以外にもいくつか街がある。
それは中世ファンタジーと同じように、貴族が領地を治めているからだ。
また、ここで言う街とは、地球人の感覚で言いなおせば城塞都市のことを指す。
すなわちこの七つ世界で街とよばれる場所は、モンスターの侵攻を防ぐためにすべからく城壁で囲まれているのだ。
また、これにはもうひとつ意味がある。
そう、モンスターを誘うクレッセントの特徴、淡く輝く髪――より正確に、よりシステム的にいえば『視覚情報に頼るモンスターの敵愾心を上昇させ続ける』という性質を持っている。
つまり、防壁はそれを防ぐための目隠しの意味も備えているのだ。
「……なにが、いいたい?」
王族の青年の頬が引きつり、怒りに震えた声を漏らす。
そしてここには、あふれんばかりに輝くクレッセントたち。
「ところで殿下、殿下に置かれましてはどのような理由で斯様に危険な森のそばにやってきているのでしょうか? このあたり、夜はウェアウルフが群れを成して居りますので危のうございますよ? 私たちのようなクレッセントがいる場合は、特に」
「なにがいいたいと聞いている!」
「ここまでいってもわかりませんか? まぁ、そちらの兵士たち、我々悪食よりは強いとのこと。私たち悪食が心配することはありませんね。ええ、たとえここら一帯のウェアウルフが来たとしても、なにも、そう、なにも問題はないでしょう、ええ」
ジュウゴヤの言葉に反応するかのように、突然の、遠吠え。
野犬のような、それでいて野犬にしては力強すぎる絶叫。
「ところで殿下、あなたは脅迫の時間だとおっしゃっておりましたが――本当の交渉というものは、こうするものなのです」
数は、無数。
そして、なおも増加中。
ここにきて、いや、ここまできてようやく顔を青くする。
「貴様、きさまぁあああ!」
「では、これより後は我がギルドマスターとの交渉をお楽しみくださいませ。青二才」
そして最初にそうしたように、ジュウゴヤさんは胸に手を当て、慇懃無礼に頭をさげる。
――状況的に起こりうることだったとはいえ、クレッセントで大量にモンスターをかき集めてMPKとか、<モチヅキ>のマスターはホント腹黒い。
ため息。
「鬼人の弓使い衆、捕虜への攻撃をすべて<打ち払い>せよ! クレッセントの民、<噴出のルーン>にて捕虜までの活路を開け! ケンタウロス部隊、全力疾走にて捕虜の確保! トレントの末裔、一心不乱の通常挑発にてもっとモンスターを集めよ! アーマード兵、遠距離攻撃より鬼人とトレントを守れ! ライカンスロープ軍、<シャープセンス>にて夜の帳を見通しモンスターの奇襲を防げ! そしてドラゴンハーフの一族は <ハウリングシャウト>にてこちらに這いよる一切の敵を阻むのじゃ!」
後方より、生き生きとしたロリババアの大絶叫。
たぶん、この声の主が<モチヅキ>の腹黒タヌキなのだろう。
またずいぶんと指示に慣れている事から、しょっちゅうこんな戦闘をやっているバトルジャンキーなのかもしれない。
――腹黒でバトルジャンキーとは救いようがないな。
まあ、この状況では助かるが。
「では皆の衆、すまぬがしばしの間踏ん張ってくれ! ――さぁて、我らに名も名乗らぬ無知で無能で無礼な殿下。交渉の時間じゃよ?」
ようやく前に出てきた背の小さい狐幼女――いや幼い女狐は整った顔に似合わない、にちゃりとした笑顔を貼り付けながら言う。
その手に、自分たちだけはこの場から逃げられることを示すかのようにアリアドネーの糸を持ちながら。
……おお、黒い黒い。
[jump a scene]
かぁーんかぁーんとここにいるトレントたちは腕を打ち鳴らす。
通常挑発は敵愾心上昇量がかぎりなく少ないのだが、代わりに侵食率の消費はなく、そしてトレントの腕は木製であるがゆえに遠くまで響く。
いったい、どれほどの数を呼び寄せる気なのだろう? 戦場にはウェアウルフのほか、睡眠状態だったと思われるミノタウロスがやってきており、非常に混迷している。
にも関わらず、ここまでモンスターがやってこないのはドラゴンハーフの覚醒技によるノックバック効果のためだろう。
ところでクーデター軍はというと、金属鎧の兵士が魔法使いを守るような形で円形の陣を成し、魔法使いたちが散発的な攻撃によってモンスターを撃退しているという状況だった。
それは、現在のモンスターの数に対して明らかに殲滅力が足りていないがゆえに陥った状況だった。
また、捕虜はもうすでに救出済みだ。現在彼らはレーションを急いで食べてアーマードへと種族変異を果たし、立派にオレたちを守っている。
「ところで、我々悪食はその特性上非常に持久戦に弱いのじゃ。交渉中ゆえ守りに徹するしかない斯様な状況、我らだけではいつまで持つか……まぁ、負けそうになったら王都へと逃げ戻るのじゃがな?」
けたけたと、幼女狐は笑う。
「なにが目的だ!」
「そうじゃの~……我々に大変、それはもう大変に友好的じゃったあの次期王の開放と、貴様が持つ王族としての権利、そして貴族としての権利の永久放棄かの~? だいたい、貴様のように思考も発想も交渉力もたらん青二才が全権握って行政とか、そんな王都危なくて近寄れんよ。未だ名も名乗らぬ無知で無能で無礼な殿下?」
「き、さ、まぁああ!」
「おーおー? いいのかの? そんなこといっちゃって。だいたいおぬし、先代王を殺しちゃったじゃろ? 儂はなぁ~んでもお見通しじゃよ~?」
……なにを言ってるんだ? この幼女狐。
その会話が聞こえる範囲にいたオレは、突然の話題の飛躍で唖然としてしまう。
「イノ君危ない!」
すかさずメノウさんの激。
目の前には魔法使いが放った流れ弾。とっさに<バークシールド>を起動。
その差はまさに髪の毛一本、安堵の息とともに嫌な汗が流れた。
「もう! ダメじゃない! 私たちだって完璧じゃないんだからボーっとしないで!」
「すまない!」
こんなことなら前もってイーヴァから<盾のルーン>でも……って、そういえば補助貰ってたな。
彼は「超大型モンスター並み」と言っていた。もしかすると何もしなくてもノーダメージだったかもしれない。
すこし、もったいないことをしたか……? いや、だがこの世界にきて未だにダメージを受けていない手前、念には念を入れたほうがいいだろう。
そう自己完結。
「――と、まぁ、こういう理由からじゃな。さほど突飛ではあるまい?」
「う、ぐ、ぐ……!」
くぅっ! 推理を聞き逃したっ!
どういう理由があれば王殺ししたと推測できて、さらにそれがそれほど突飛じゃないという結論になるんだ!
さきほどのメノウさんの忠告も忘れ、またうっかり聞きかじり状態になってしまう。
「そして、おぬしの先ほどの反応で確信したわ。さぁどうする青二才? 儂の一声でこの場が収まるぞえ? ――ああ、今はうなずいて後で反故にしようとか考えるでない。ここで儂を殺すとかいう阿呆な考えもな? そんなことをしたら、儂、今ここで貴様らを呪い殺す選択を採らねばならぬ。……いや? 兵をひとりずつくびり殺すのも楽しそうじゃ! 一体何人目でその戦線が崩壊するかのう!」
そしてけらけらと、幼女狐は年相応の笑い声を上げた。
それも、心底おかしそうに。
――なにこの子、マジ怖い。
ついっとイーヴァをみる。イーヴァもまた、その会話が聞こえていたらしい。
「……いくら見た目幼女だからと言っても、アタシはあんなに黒くねぇからな?」
「……頼むぞ? 相棒」
隣の相棒が隠れ腹黒とか、いや過ぎる。
――こうして、王都騒乱というべきクーデター事件は、ようやく収束へと向かい始めた。
王都軍、しかもそこに所属する王族が尊属殺人を犯したという醜聞を抱えて。