39話 Monster house
光は次々と輝きを増す。
それでも時折<治癒のルーン>の掛け声が出てくるのは、走りながら、<治癒のルーン>を唱えながらレーションを食べているためだろう。
「<バインドグラスプ>!」
その光めがけ、オレは動きを封じようと触手を飛ばす。
しかし、あの時のイーヴァの光よりは劣るとはいえ、どんどんと強くなるこの光を直視することはできない。
さらには奴の千鳥足。これがそいつの足取りを左右に揺らしているせいで。
「――すいません! 全部回避されてるみたいです!」
ハンガクさんが足を狙って放っているはずの羽が、一切当たらない!
「くそっ! 一回死に戻りさせる! <炸裂のルーン>! <貫通の――」
「待ちなさい! 大通りとはいえ街中よ!」
「――くそっ!」
メノウさんの一言にイーヴァが憎々しげに吐き捨てる。
だが彼が散弾じみた<貫通のルーン>を使おうとするのもうなずける。
そいつの身体はすでに、光の中に消えているのだから。
狙えなければ、当てられない。
オレたちは、見えない敵を狙い撃つことができるような達人ではないのだから。
オレたちが焼け石に水をかけるがごとき努力をしている合間に、ついにその商人は城門を出ていく。
それは直接見たわけではないが、しかし、光が城門の外から漏れ出ていることを考えれば、それも分かろうというもの。
城門を守っていた兵士はあまりの光の強さに姿勢を崩し、オレたちの方へ向かって長い長い影を落とす。
「イーヴァ君!」
「おう! <貫通のルーン>!」
イーヴァの姿は煌々とクレッセントの光に照らされているせいで見ることはできない。
しかし、オレの想像が正しければ、先ほどの<炸裂のルーン>にて十という数に増殖した<貫通のルーン>がまるで散弾のごとく射出され、光の中へと吸い込まれていったはずだ。
そして。
「ぎゃあっ!」
光が収まらないため、何発当たったかわからない。
それでもあの商人が発したその悲鳴は、<貫通のルーン>が商人に命中したことを表していた。
ふわりと、風にただよってやってくる血の匂い。
――これなら!
オレはアイテム欄を操作して入れっぱなしだった毛布を取り出す。
そして血の匂いを頼りに、男へ向かって歩き出す。
「うん? ……おい、イノ!?」
「心配するな」
毛布は風を通さぬようにするためか、ひどく目の詰まった重い毛布。
さすがにこれほどの光を完全に遮断することは不可能だが、それでも光をぎりぎりまで抑えてくれる。
「今なら、捕まえられる」
それに元警察官であったイーヴァなら、いくら死に戻りするとはいえ人を無為に殺したくはないだろう。
それは彼の理性が許さない。
「……ったく、殺せとか殺すなとかころころ変わりやがって」
そんなオレの子供っぽい考えを理解してしたのか。
「この伊達男め」
「それはほめ言葉だ」
イーヴァのその言葉にオレはにやりと笑い、だんだん強くなる血の匂いと、うっすらときこえはじめてきたうめき声を頼りに、男にゆっくりと近づいて毛布を頭からかけてやる。
光が、弱まる。
それによってはじめてわかったが、<貫通のルーン>は男の左ももに命中していたようだ。大きな傷口が強い光に照らされている。
なるほど、これならば激痛のせいで歩くこともままなるまい。
「<ブランブルノット>」
そのままトレントの覚醒技にて拘束。これで自由に動くこともままなるまい。
「ヤコ、ひとまず解決だ。こいつに<治癒のルーン>を」
「チィユ……!? ひぃ!」
「安心しろ、お前が使っていたのは呪い殺す覚醒技じゃない、相手を回復させる覚醒技だ」
「うぁ……っ!」
その事実は衝撃的だったのだろう、オレの一言に男は力なくその場に崩れ、男から抵抗するという気力を奪う。
「レオン、こいつを運ぶのを手伝ってくれ。ここは危ない」
「うん、わかったよ」
オレの力ではこの力なくへたり込むこの男をこの場から連れ出すことはできない。なので運ぶのはレオンに一任する。
レオンは男をまるで誘拐犯のように担ぎ上げ、そのまま城門へと戻っていき、その間にオレは周囲にモンスターがやってきていないかぐるりと見渡す。
――ふむ。特に問題はないようだな。
男の足に突き刺さったルーン以外は地面をえぐるにとどまっただけのようで、およそ<貫通のルーン>のせいであろう八つの穴が地面にあいている。
「……八つ?」
男に刺さったのは左ももの一か所だけ。
地面にあいた穴は、八つ。
もう一度、ぐるりと周囲を見渡す。
だが――穴は八つ。この事実に、変更はない。
ぶわっと、前身の毛穴が開いて嫌な汗があふれ出る。
<炸裂のルーン>の唯一の欠点は散弾銃のようにルーンを複製、射出するがゆえの、その命中率のなさだ。
これがもし、相手に向かってゆっくりと這いよる<カースソウル>ならば、さほど重要な欠点にはならない。
だが、これが<貫通のルーン>ならば話は違う。
今回イーヴァは『相手が見えなくてうまくねらえない』からこそ、命中率を上昇させるために<炸裂のルーン>を使用した。
現に、幸運にも<貫通のルーン>は男のももに命中した。
が、残り一発は、どこに飛んでいった?
ぐるぐると、周囲を見渡し、そして――
「――レオン!」
「ほえ?」
思わず叫ぶ。
上空から、クレッセントの光に誘われてやってきたらしい、右前足に傷を負ったグリフォンが、レオンの――レオンが担いだ商人に向かって急襲してきたのだ!
「レオンさんっ! <打ち払い>!」
「あ、<アドバンスステップ>!」
ハンガクさんが手首の飾り羽を引き抜き、常時覚醒技によってそれを瞬時に投擲武器化。<打ち払い>にてグリフォンの軌道を脇へそらす。
同時にレオンはさすが元ソロとでもいえばいいか、自分が選択している三種のうちの一つ、アーマードの覚醒技にて瞬時に前方移動。緊急回避に成功する。
ががが! と地面が削れ、レオンがみんなの前で急制動。
「まったく! 死ぬかと思ったよ!」
「死んでいないだけましじゃないかしら? それよりレオン君、早く後ろに引っこんで。狙われているのはそれよ」
メノウさんはレオンの前に進み出て、盾を構える。
そして、ハンガクさんの覚醒技によって進行方向をそらされ、何もないところに着地してしまったグリフォンは、ふたたび空襲をかけるために空へと舞い上がる。
「イノ君、いける?」
「オレは強化弱化構成なんだがなぁ……」
だが、イーヴァやハンガクさんの後ろ、城門に近い場所に立っているアレックスに囮を任せるよりは、まだましだろう。
「んなこと言ってないでさっさと城門からグリフォン引き離しなさい! 男でしょうが!」
「やれやれ……<テンプテー」
「――イノさん! まって!」
しかし、弓を取り出し、構えたハンガクさんが、オレのそれを急に押しとどめる。
だが、このとき、オレは気づくべきだったのだろう。
通常は王都から一日ほど歩いたところを回遊しているはずのグリフォンが、クレッセントの光によってやってきた、その事実で。
「モンスター、ハウスです……!」
ハンガクさんの震える一言と同時、ぐるぐると、オオカミが、ぶるるっと、ミノタウロスが、集団でやってきていた。
モンスターハウス。
直訳すれば怪物屋敷というそれは、本来はローグライクゲームなどで見られるモンスターだらけのエリアのことをさす。
「――レオン君! 早くそれを連れて城門内に逃げなさい!」
その悪い夢みたいなモンスターの数に全員頭が真っ白になり、しかしメノウさんは一瞬で思考を切り替えて檄を飛ばす。
「だ、だけど!」
「うっさい! ヘイトはそいつなんだからむしろ好都合なのよ! ランディ! アレックス! カミラ! ベッキー! あんたらアーマードなんだから私と一緒にここを死守! ――こらイノ君! あんたなに呆けてんのよ! 頭いいんだからさっさと作戦指示しなさい!」
「あ、う……」
「この程度の数でビビんな! いつもかっこいいとこ見せようとする伊達男はどうした!」
「――ふぅ。メノウさん、いつも男前すぎるだろ」
「うっさい! それトラウマだって言ってんでしょうが!」
オレの一言にメノウさんは若干涙目。
――これ、徹底的に女の子扱いしたらどうなるんだろう?
そんな変な疑問が頭をよぎり、それと同時にオレの横をすり抜けようとする小癪なオオカミの頭をぶん殴って脳震盪させる。
「レオン、さっさとそれを兵士に引き渡して戻ってこい。アレックス」
「は、はい!」
まるで『どう出し抜いてやろう?』とでも考えているかのようにじわりじわりと包囲網を縮めてくるオオカミにビビりながら、アレックスは震えた声を上げる。
「壁役はいい。<ジャイアントトレントアーム><ルートリカバリー>後<ハニービート>。こんな状況だ。女子たちは腕が太くなる程度気にするな。次にチャド」
「ういっす」
反対にチャドはずいぶんと冷静。
たぶん、メノウさんの先ほどの檄のおかげで恐怖が吹っ飛んだのだろう。
――本当に、メノウさんは男らしい。
「オレが中型モンスターの動きを止める。そしたらあとは浸食率の残りは気にせずどんどん<ドラゴンダイブ>しろ。イーヴァ、ベッキー、ハンガクさん」
「おいおい、イノ。何年お前の相棒やってると思ってんだ? わかってるって。アタシとベッキーは回復とグリフォンの叩き落としだろ?」
イーヴァはオレの言葉にあの小憎たらしい笑みを浮かべ。
「私は<打ち払い>ですね! 了解です!」
ハンガクさんは自信満々に弓を引き絞る。
「たのむ。ランディ、カミラ、メノウさん」
「おっけー、一歩も通さないわよ?」
「……え? オレも? せっかくモンスター討伐なのに?」
「当たり前でしょうが! このおバカ!」
はは、ランディは相変わらずか。
だが、隣にあのメノウさんがいるから心配のしようがないな。
「その調子で頼む。さて――デニー、クロエ」
「……うっす!」
「はい!」
「服は後で買ってやる。オレと一緒に<グロウアップ>。中型モンスターはオレとチャドに任せろ。お前たちは、ただ」
そして、オレは一つ、大きく深呼吸して。
「駄々っ子のように、暴れるだけでいい」
[jump a scene]
「だああああっ!」
デニーとクロエはそれぞれ犀頭と狐頭となり、オレのうしろで<ワイドクロー>によるオオカミの掃討を行い、オレは両腕の<シェイクブロウ>にて中型モンスターであるミノタウロスの頭を殴り、一撃で昏倒させていく。
倒れたミノタウロスは、チャドや戻ってきたレオンの手――足によって周囲のモンスターもろとも<ドラゴンダイブ>で四散する。
――この世界の住人がオレたちを悪食と呼び、恐れるのは、当然なのかもしれない。
即死級の攻撃であるミノタウロスの棍棒も、アレックスが周囲に付与する<ジャイアントトレントアーム>やハンガクさんの<打ち払い>があるためぎりぎり即死はせず、そして即死しなければ<ルートリカバリー>や<治癒のルーン>によって瞬時に回復。
渡り人はその特性上、決して持久戦はできない。
しかし、天はオレたちに味方している。
いや、先ほどあの商人が右手の指を光らせながら街中を疾駆していたのだ、それは天が味方しているというわけではなく、必然。
「やはりモンスターハウス化してたか! <グロウアップ>!」
城門から声が響き、すさまじいひづめの音とともに援軍はやってくる。
「十人程度でよく頑張った! チャットで拡散したからどんどん援軍が来るぞ!」
「助かる!」
オオカミをそのひづめで踏みつぶしつつ、オレの横で急制止した馬のライカンスロープが、オレたちに向かってねぎらいの言葉をかける。
「デニー! クロエ! 聞いたか! もうひと踏ん張りだ!」
「うっす!」
「はい!」
オレはより一層拳を固く握りしめ、棍棒を振りかぶらんと天高く腕を掲げるミノタウロスに向かって、最速の一撃をお見舞いした。
それから、どのくらい過ぎただろう?
――もう、終わりか。
だが、実際はそれほど時間がたっているというわけではなく、ものの十数分で、次々とやってくるモンスターたちが、消滅した。
そして、そのモンスターの消滅は、先ほどの騒ぎを聞きつけてやってきた渡り人たちの手によってさらに加速。
モンスターが群れを成してやってきたという報を受け、王国軍たちが城門前に集まったころには――
「……もう、おわっているぞ? ラードーン卿」
血しぶきに赤く染まったオレたちが、その山となった死体をどうやって処理しようかと悩んでいるところだった。
「あ、その……ご苦労様です!」
「まぁ、この程度なら、な?」
とはいえ、危なかったことには変わりない。
後ろから次々と渡り人がやってこなければ、オレたちはいつかじり貧となっていたことだろう。
「あっちにヤコがいる、後の処理は任せても?」
「はい、お任せください」
これでようやく一息入れることができる。
ラードーン卿が敬礼もそこそこにヤコのほうへと走って行ったのを確認し、オレはため息をつく。
「あーもー! オレオオカミ一匹しか倒してねー!」
すると聞こえてくるのはランディの小言。
「このおバカ。アーマードは守って何ぼなのよ!」
そしてランディを注意するメノウさん。
「……やれやれ」
思わず苦笑してしまった。
「――よーし! 皆の者! 疫病対策に死体を回収するぞい!」
どうやらこの死体の山の処置が決まったようで、ヤコが大声を張り上げる。
まぁ、予想通りアイテム欄に放り込んで、アイテム欄の謎判定によって死体のかさを減らそうという目論見らしい。
「我ら王都軍は渡り人らの死体回収を早めるため、半数は死体を一か所にかき集めよ! 残りの半数は火葬と消毒用石灰の用意! 駆け足!」
ラードーン卿は遅れてきてしまった失態を挽回すべく、整然と並ぶ騎士たちに激を飛ばす。
――まぁ、たしかに普通は十数分であの量を虐殺するとか考えないよな。
今日のこれはある意味、渡り人の恐ろしさを再認識させるような事件である。
はたしてこれがどのように転ぶのやら……いや、ヤコのことだから絶対なにかたくらむな。ため息。
「それじゃあ、さっさと終わらせるか」
なにせ、血なまぐさくてかなわんからな。
ずり、ずりり、と。
オレたちがそこらじゅうに散らばっている死体を冒険者ギルドと王都軍総出で回収していると、その血の匂いに引きつけられたのか、森の中に住んでいたらしいデッドミートが、茂みの中から顔を出す。
「……ふむ?」
デッドミートはオレたちを警戒してか茂みの中から出てこようとはせず、とはいえ血の匂いに誘われたデッドミートはその数を少しずつ増やしていく。
「おーい、ヤコ! デッドミートが湧いて出たぞ!」
オレが声を張り上げ、今度はそのデッドミートをどうするか指示を仰ぐ。
基本的にデッドミートは、森の中に落ちている死肉を食らうモンスターだ。
だが、その正体はハイドラであり、そしてハイドラはなにかを食べることでその体積を爆発的に増幅する。
……とはいえ、死体を食べるということは森の掃除屋ということでもあるから、かなり重要な位置にいるんだよな。
「――ふむ? 浸食率に余裕のあるドラゴンハーフよ、念のため集まってくりゃれ!」
オレの言葉にヤコがドラゴンハーフに指示を飛ばし、それに合わせてドラゴンハーフが次々と集まってくる。
「すまぬが主様は違うところで死体の回収をしてくりゃれ?」
「わかった。手間をかけるな」
「なに、この程度さほど手間では――主様!」
不意に、ヤコが怒声を上げる。
次いでヤコの<ワイドクロー>がオレの背後に炸裂し、ぱん! という破裂音が響く。
反射的にふりかえれば、なぜか大きくなっているデッドミートが、ふたたび鎌首をもたげんとしていた。
「集まりすぎて共食いかえ! ドラゴンハーフ! 山火事など気にするな! <フレイムブレス>じゃ!」
ヤコの檄に、オレとデッドミートの間に割って入ったドラゴンハーフが<フレイムブレス>を放つ!
「次! まだ<フレイムブレス>を使っておらぬドラゴンハーフは左右に展開! <ハウリングシャウト>! 木に燃え移った火を吹き消すと同時に彼奴らをこれ以上結合させるな!」
さすが超大型モンスター討伐専門ギルドのマスター、こういう判断や指示はお手の物か。
だが、その指示でも、やはり結合してしまったデッドミートに対しては焼け石に水。
そしてこうしている間にも、吹き飛んだデッドミートは触手を伸ばしてどんどん共食いを続け、ゆっくりと、その質量を大きくしていく。
「まったく! モンスターハウスの次はレアボスかえ! 全冒険者につぐ! 最後のもう一勝負じゃ!」
ヤコの決意に触発されたのか、その宣言とほぼ同時、ずり、ずりり、とハイドラは身体を引きずりながら触手を何本も持ち上げる。
その光景はまさに多頭の蛇、そしてその液状の体はどこか醜悪。
「デッドミート――いや、このハイドラという特殊なモンスターはその体組織の大半が液状じゃ! 斬撃や貫通は効かぬゆえ囲んで殴りつぶすのじゃ! ライカンスロープを持つ渡り人すべては<グロウアップ>!」
ギルドではよほどハイドラの研究をしてきたらしい。
ヤコは迷わず指示を飛ばし、渡り人の大半を<グロウアップ>させる。
「鬼人の弓師! こやつは<打ち払い>しても矢を吸収してしまう! <重撃>にて触手をはじけ! ドラゴンハーフ! 浸食率がなくなるぎりぎりまで<フレイムブレス>! 味方を巻き込むのを恐れるな! 恐れればじり貧となって負ける! トレント! クレッセント! 此度は回復を重視! アーマード! 味方ごと<フラムポルト>の檻にて囲え! 火の粉ひとつぶたりとも森へ逃がすな!」
その発言を最後に、ヤコ自身も<グロウアップ>を果たす。
それは、後ろで指示だけを飛ばす、なんて言っていられるような状況ではないことを指していた。
「――皆の者、三十秒で、ひきつぶすぞ!」




