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7th Sphere  作者: 竹永日雲
変革世界
37/40

37話 Wicked Fox

 <ドラゴンダイブ>はその名の通り上空へと飛び上がり、そこから衝撃波を(ともな)って急降下蹴撃するというドラゴンハーフの代名詞的な範囲攻撃技である。

 一度上空へと飛び上がってから攻撃するというこの技の特性上どうしても直撃させるのは難しいのだが、それでも衝撃波だけでアナコンダをミンチにする程度には威力があるだけに高火力紙装甲(ドラゴンハーフ)の面目躍如といったところか。

「ぷはぁっ! ちべたい!」

 だが、いくらなんでも川を割り、川底に深い深いクレーターを作り、川魚を大量に気絶させ、そして大雨を降らせる必要はなかったんじゃなかろうか?

 ……いや、どう考えてもそれはオレの強化(バフ)のせいで<ドラゴンダイブ>が二回も発生してしまったせいなのだが。

 さておき。

 レオンは顔を水面上に出しながら泳ぎ、川べりへと到着する。

「イノ君、君はなんてひどい男なんだ。僕が泳げなかったらどうするつもりだったんだい?」

「どう考えても<ドラゴンダイブ>(オーバーキル)したお前が悪い」

 オレが強化してたんだから普通に殴れと言いたかった。

 もしくは遠距離攻撃である<ゲイルストライク>とか。

「まぁいい。とりあえず無事だったんだ。早く帰って服を乾かすぞ」

「うん、そうだね。――あ」

「どうした?」

「……たらい、どこだろ?」

「……」

 今ので壊れたんじゃ、ないだろうか?

 思わず、空を見上げてしまった。



 身体をびしょびしょにしながら拠点へと戻ると、そこにはイーヴァたちがいた。

 どうやら彼らがヤコのいう人手らしい。

「……おかえりー」

 とはいえ、イーヴァはずいぶんと体調が悪そうな顔をしている。

 声にも元気がなく、そのままぼーっと虚空の一点を見つめていた。

「おいイーヴァ、大丈夫なのか?」

「んぁ? あー、薬飲んだから、それが効くまで待っててくれ」

「ならいい」

 さて、とメノウさんたちに視線を移せば、メノウさんとハンガクさんはオレたち二人をにやにやとした表情で見ている。

「ふ」

「ねぇよ」

「……まだ全部言っていないんだけど?」

「予想はできる」

 さすがに何度も何度も似たようなことを言われれば誰だってわかるだろう。

「いや、それよりも話は聞いているのか?」

「ええ。ちゃんとね? それにしてもホント、あの子もすごいこと考えるわね」

「まぁ、な?」

 大量消費の下地があるとはいえ、販売ルートをそれなりの数確保しなければこれほど大量の肉を売り払うことはできないのだ。

 そういう意味では彼女はかなり無茶をしている。

 まぁ、そうでもしないと四十年分の利益という大金は集めきれないというのもあるのだろうが。

「……と、それよりさっさと肉を塩漬けしちゃいましょ? もちろんもっと手伝いの人が来るけど、それでもこれからギルドの人がピストン輸送をはじめるらしいから、とにかく量がいるわ」

「ああ……そうだな。いや、それより」

「なにかしら?」

「身体を、温めさせてくれ」

「……何やってきたのよ、あなたたち」



      [jump a scene]



 大草原二日目。

 この日、オレは自分の耳を、目を疑うことになる。

「うぉおおおお! 幻の動物性たんぱく質ぅううううっ!」

 遠方から響くそんな叫び声とともにたたき起こされ、オレがテントから顔を出せば袴姿の鬼人が薙刀を大上段に構えながらブラックバイソンの群れめがけて突撃せんというところだった。

 ……いかん、どこかで見たことのある光景だ。

 オレの記憶と違うことといえば、その鬼人の男は<カーバイトアーマー>ではなく長年使い込まれた袴姿、そして赤毛のランディとは違って黒髪であるということくらいか。

「ぶもっ! ぶもぉおおっ!」

「ちょ! 多――ぶへらっ!?」

 そして彼は、ランディと同じく草に擬態していたらしいグリーンボアの群れに跳ね飛ばされた。

 周りを見渡せば夜警明けの渡り人も、徹夜明けの眠気とそのあほらしい行動に唖然としている。

「なんだ? その、なんだ?」

 思わず、そんな言葉が口をついて出る。

「……んむぅ?」

 オレのセリフにレオンが目をこすりながらのそのそと起きだし。

「イノくぅん、今のなーにー……?」

「わ、わからん……だが」

 どうやらオレは、ある意味で歴史的瞬間に立ち会っているのかもしれない。

「あれは、プレイヤーじゃ、ない」

 そう、あれは、ランディたちと同じこちらの世界の住人だ。

「――ああ、せっかちだとは思ってたけど、やっぱり遅かったか」

 その声とともに空間がゆらりと揺らぎ、次いでそこにジュウゴヤさんが姿を現す。

「みなさんおはようございます。新しい人手(戦闘要員)を連れてきました」

 言うが早いか、彼の周囲がふたたびゆらぎ、そして次々と渡り人が姿を現す。

 そして、そのすべてが――使い込まれた袴姿の、鬼人。

「地下世界の、花曇(はなぐもり)道場の方々です」

 そのあまりにも唐突かつ急転直下な展開に、オレたちはぽかんと、口を半開きにした。



「――はじまりは、イノさんがうちのマスターに対して何気なく口にした『この世界にいない人間を求めても仕方がない』でした」

 花曇道場の方々はさっそく薙刀や大太刀をアイテム欄から取り出して意気揚々と動物を狩りに出かけてしまった。

 だというのにジュウゴヤさんがいまだにここにいて、オレたちと一緒に昼食の準備やら加工の準備をしているのは、彼らが地下世界に住む武人たちであるからだろう。

 ――最初の人は、まぁ、いい教訓を残してくれたから良しとしよう。

 さておき。

「そこでふと、うちのマスターは『じゃぁあ他六世界から引っ張ってくればいいんじゃないか?』という結論に達しまして、はい」

 ジュウゴヤさんは言わなかったが、現地人の渡り人はなにも彼らが初ではない。

 地下世界にも渡り人はいると確信をもって交渉できたのはこれが理由だろう。

「あとは、まぁ……僕は少なからず難色を示すだろうなぁとか考えてたんですが、『肉がたらふく食べられる』で一発でした。いやぁ、食は偉大です」

 特に、食事制限せざるを得ない国の方々に対しては。

 まるでヤコのように、ジュウゴヤさんがうすら黒い笑みを浮かべる。

「……まるで奴隷商だな?」

「ええ。否定はしません、させません。ですが本物の奴隷商よりは良心的であると自負しています。それに、これでも内心煮えくり返っているんですよ?」

「そうか」

 さすがにあのやり口に怒りを覚えない人は少ないだろう。

 だが、それを差し引いても、これほどの人数がベッキーを助けようと動いてくれている。

 そのことにオレは、胸が温かくなる感覚を覚える。

「――ああ、そうそう。奴隷で思い出した」

「うん?」

「まずないでしょうが、彼らにそのことは言わないようにしてください。なにせ彼らのご先祖様は――かつてこの世界に召喚され、そしてその奴隷のような扱いに耐え切れず地下世界へと逃げ出した日本人(・・・)ですから」

 戦前日本の武骨な精神で育てられた人たちが、ご先祖様と同じ扱いをされているベッキーさんのことを聞いたらどうなるやら。

 そんなジュウゴヤさんの言葉に、オレは、なにも言えなくなった。



      [jump a scene]



 花曇の方々が帰ってくる頃には昼食であるローストポークが完成しようとしていた。

 強いたき火を遠くからまんべんなく肉に浴びせ、下の金属バットにしたたり落ちた肉汁はすくって上からかけ、そんなふうにじっくりと料理されたそれはあまりにもジューシーなてかりを放っていた。

「おお……っ!」

「ぐび……っ!」

 高級食材たる肉がそんなうまそうな光沢を放っていたら、彼らがそんな感嘆の声を上げるのは無理からぬことではなかろうか?

 そんな大雑把にして繊細な料理をつくったのはレオン。

 この世界にいる人数が二十人を超えたため、さすがに今の調理器具の数では供給が追い付かないと考えた彼女がまだ加工していなかった肉を使ってささっと作ってしまったのだ。

 本当に、男にしておくのが惜しい……元女だが。

 さておき。

「さぁ、もうすぐできるからお皿を準備して?」

「ひゃっほぅ!」

 声を上げたのは一番にこの世界にやってきて、そしてグリーンボアに跳ね飛ばされ踏みにじられたあの鬼人の男。

 ジュウゴヤさんの言う通り、じっくり見やればなるほど日本人のような顔をしている。

 とすると、やはり若いように見えて実年齢は高いのだろう。

 ……いや、あの言動から見た目相応か?

 ランディ(十六歳児)という前例がいるため、なんとも言えない。

「――ん?」

 すると、オレのその視線に気が付き、レオンから肉を(・・)もらった後で(・・・・・・)オレのほうへと近づいてくる。

「オレの顔になにかついているか?」

 ――ああ、肉の油が口の周りにべっとりとついている。

 よほど肉に飢えていたのか。彼は肉をもっちゃもっちゃと咀嚼しながらオレに質問を投げかける。

「はっ! やらんぞ!? これはオレの肉だ!」

「とらんわ!」

 ああ、わかった。こいつ、ランディと同類だ。

 変声期が過ぎた男性のような、やたら渋いそれを聞いて、オレはそう、確信した。



 さて、この男……ヨシハルというのだが、どうやらごくごく最近――といっても五年前だが――花曇に入門したばかりの実戦経験もない男だったらしい。

 渡り人の適性がわかったその日、花曇の師範に止められたのにも関わらず破門覚悟で強引に飛び出してきたそうだ。

「やっぱかーちゃんに肉を食わせてやりたいからな!」

 志は立派である。

 だが、彼を止めようとした花曇師範の懸念通り、こいつを実践に出すのは早いような気がする。

 思わずジュウゴヤさんを見やれば。

「ああ、ご安心を。さすがに指導しろとか言いませんので。第一、戦える彼らに僕たちが教えられることなんて、覚醒技の励起方法くらいでしょう?」

 彼はオレの心配を察してか断りを入れてきた。

「それは助かった」

 さすがにランディたちだけで手一杯だからな。

「そーいやよー、サブマスターさん」

「はい?」

「改めて聞いておきたいんだが……オレたちの取り分は半分、でいいんだよな?」

「はい。ああ、ギルドは未だ人数が少なく、そのせいで人間世界にしかありません。なので依頼を受ける際は一度人間世界にいらっしゃってください。その時、交通費として世界渡りに必要なルイスの鍵をいくらか無料でお渡しします。あ、もちろん仕事をしてもらうこと前提ですよ?」

「おう! それくらいわかってらぁ!」

「……ああ、このまま地下世界の方々の中から渡り人がもっと見つかってくれれば、地下世界にも冒険者ギルドの支部ができて、こういったことをしなくてもすむのですが……」

 はぁ。と、ジュウゴヤさんはため息を漏らす。

 ヨシハルさんに聞こえるか聞こえないかの声で言うあたり、いやらしいというか、なんというか……。

 いや、話を聞くかぎりヨシハルさんにはそういう権限はないから、これは交渉というより本当に愚痴なのだろう。

 ――とはいえ、いやらしいことには変わりがないが。



      [jump a scene]



 そして、約束の三日目。

 大量の肉をアイテム欄に収めたオレたちは、しかし、ジュウゴヤさんが口走ったその言葉に目をむくことになった。

「それでは、王都へと戻りましょうか」

 ――地下世界ではなく、王都?

 彼のあまりの言葉に思考が追い付かない。

 そうこうしているうちにヨシハルさんたちは同じようにアイテム欄に大量の肉をいれて地下世界へと戻って行ってしまった。

「――おい! どういうことだよ!」

 真っ先に食いついたのはランディ。

 それもそうだろう。

 オレの言ったとおりであるならば、このアイテム欄に入れた大量の塩漬け肉は販売価格の高い地下世界で売り払い、それでもって金策と成すはずなのに……!

「いや、だって、報酬に十数台ぶんの塩漬け肉を渡したんですよ? ええっとたしか……一人あたりが一日に消費する肉の量は平均百二十グラムです。この意味がお分かりになりますか?」

 つまり、先ほど渡した肉の量は、もし仮に今日すべて消費するとしたら――おおよそ一万六千人分。

 さすがに地下世界が一万六千人程度の人数しかいない、というわけではないだろうが、しかし、市場に一気にそれほどの数が流れてしまえば、どう考えても価格の下落は防ぎようがない。

「ああ、あと追撃するようであれですが、彼ら、荷物を置いたらまた、この世界に来るそうですよ?」

 足元が、ガラガラと崩れていくような感覚。

「いやぁ、さすが日本人の血脈、食にかける情熱は並々ならぬものがありますね。狩りすぎには注意するよう言っておいたのですが……まぁ、さすがにそれくらいはわきまえて」

「き、さ、まぁあああああ!」

 ジュウゴヤさんが話している途中、ランディが、ついに怒りに任せて薙刀を振りかぶる。

「ちょっと! ランディ君!?」

 それをレオンが慌てて取り押さえ、さすがにやばいと感じたメノウさんが盾を構えてジュウゴヤさんの前に立ちふさがる。

「ほら! イノ君もなんとかして!」

「……え? いや、その……」

 思わず口ごもる。

 なぜなら、オレにはランディの気持ちが痛いほどわかるからだ。

 これでどうにかなると思っていたのに、それを、まるで積み木を崩すようにいとも簡単に崩してくれたジュウゴヤさんに、なにも含むところがないわけがない。

 どうしていいのかわからず、ぐわんぐわんと視界がゆがむ。

「――なぁイノ、ランディ」

 そこへ、イーヴァがぽそりと。

「これ、あの腹黒狐が考えた(やつ)なんだろ? なんでそう驚くんだ?」

「あ、いや、だが……」

「つーかさイノ、それにランディ。これは物語じゃないんだから無限に肉を買ってくれるとかあり得ると思うか? つーか、四十年分の売上、三日で集めきれると本気で思ってた?」

「……ない、な」

「……ないの?」

「うん、ランディ、お前はもうちょっと勉強しろ。そんでイノ、お前は頭がいいんだから真っ先に気づけよ。……いやイノ、もしかしてお前、あの商人の目の前に金をたたきつけてやるとか、そんなしょうもないこと考えてたのか?」

「あ、う」

「なんだよ、図星かよ」

 そうやって苦笑いを浮かべたイーヴァは。

「ホント、阿呆で伊達男だなぁ、お前」

 オレの額を軽く、小突いた。

「――そのやり取り! まるで恋人ねっ!」

「ねぇよ!」

「ねぇよ!」



 ――王都北区、中央広場。

 ルイスの鍵を使用することで転移することができるその場所に、ヤコはまるで待ち焦がれていたかのようにたたずんでいた。

「おかえり、主様。慣れぬ仕事を割り振ってしまい苦労をかけたの? じゃが、おかげでこちらの販売ルートは確保できた。そして――ジュウゴヤ、蓄えは?」

「十全に」

 ヤコのそのセリフに、ジュウゴヤさんはまるで歌劇じみた仕草で深々と頭を下げる。

「うむ。では――」

 彼女は小紋の袖を振り乱し、腕を大きく掲げながらオレたちに向かって高らかに宣言。

「布石は打たれ、策は成り! 皆の者、ベッキーを取り返しに行くぞ!」



      [jump a scene]



 王都東区は商業区画である。

 そのため、利便性を考え商業ギルドの本部もこの区画に存在し、ヤコはオレをはじめとしてイーヴァ、レオン、メノウさん、ハンガクさんなどなど、大草原にいたメンバーはそこへ向かって列をなす。

「お待ちしておりました、ヤコ様」

 またその道中、北区と東区を区切る城門にてラードーン卿がオレたちの列に参加する。

 ラードーン卿は渡り人ではない。だが、ヤコ(いわ)く今回彼の役割は荷物の運搬ではなく、契約の履行が正しく行われるかどうかの監査役だそうだ。

 それを聞くと、ヤコが今回の契約で違法行為を働くのかと勘ぐってしまう。

 ――それに、ここにいるの、全員オレの顔見知りだし。

「……なぁヤコ、本当に大丈夫なのか?」

「主様よ、(わし)はついさっき策は成りと声高らかに宣言したではないか。それとも……儂がその不安、ぬぐい去ってくれようか?」

 ちろり、と、ヤコはオレに真っ赤な舌先を見せて、妖艶な笑みをたたえる。

「いらん」

「ちっ……いや、まぁよい。さしものツンデレな主様とて、これから見せる儂の鮮やかなる手腕に魅せられることじゃろうしな」

 そうやってくつくつと、彼女は口元を袖口で隠し、笑った。

「――なぁヤコ、フラグ、って知ってるか?」

「ふ、フラグじゃないわいっ!」



 どれくらい歩いたか。

 商業ギルドは東区のほぼ中央に位置しているため、朝方から歩いてきたにもかかわらず太陽はすでに中天に座そうとしていた。

 しかし、そのかいもあって商業ギルドにやってきたオレたちは、どうにか昼食前に商業ギルドの会長と謁見することができた。

 また、オレたちがこの商会に売るらしい肉を持っていることから、謁見会場は商会ギルドが所有する倉庫で行われていた。

 ヤコ曰く、商会ギルドは商会間の仲介を一括で行っているらしく、ここに商品を持ち込めば、この都市のほとんどの商会へ品物が売られていくらしい。

 つまりは卸売業者か。

 いや、それはともかく。

「これはこれはヤコ様。お待ちしておりました!」

「うむ。かような時間まで待たせてしまって申し訳ない。さて――皆の者、儂らが持ってきた荷物をここへ」

 ヤコが片手をあげ、オレたちはそれを合図に干し肉を次々と倉庫へおいていく。

「――ほほぅ? これはまた大量に持ってこられましたね?」

「まぁの。今の今まで冒険者ギルドに蓄えられた、購買部で販売しようとしていた干し肉じゃしの」

「ふむ……ですが乾燥が足りませんね。この場合乾燥の手間が増えますので、通常の価格よりもやや落ちますが……」

「儂らは今すぐ金が必要であるからの。それは構わぬよ」

 もちろん、ヤコにも何か考えがあってのことだろう。

「……っ!」

 それがわかっているからこそ、ヤコに言われた通りアイテム欄から塩漬け肉を取り出しつづけているランディすら、その怒りをぐっと飲み込んだ。

「そう、この契約通り(・・・・・・)ギルドに(・・・・)蓄えたものを(・・・・・・)全部(・・)買い取って(・・・・・)くれるのであれば、の?」

「――あ」

 思わず、声がもれた。


「――ちゃーっす、冒険者ギルドからご注文の塩漬け肉、運搬してきゃしたー。ここにサインくださーい」


 そして、オレがもらしたその声とほぼ同時だ。

 渡り人の一人が、商会ギルドに、塩漬け肉を持ってきたのは。

 にやりと、ヤコが腹黒い笑みを浮かべる。

「……あ? え?」

「くふ! 儂ら冒険者ギルドはの? 他六世界に倉庫を持っておるんじゃよ?」

 ――なるほど。ヤコはこれを狙っていたのか。

 四十年分の利益を稼げぬのであれば、四十年分の利益を下げてしまえばいい。

 物量による市場への飽和攻撃。

 それが、今回の、ヤコの策!

「くふふ! 北区にある冒険者ギルドの外装だけで判断して、大けがをしたのぅ?」

 その男を皮切りにして、次々と、渡り人たちが商会ギルドにやってくる。

 商会ギルドの会長は青い顔をしてラードーン卿を見る。

 しかし、ラードーン卿は何も言えない。

 これはまだ(・・)法律通り――ラードーン卿がその腰にさしたその契約書通り、ギルドのすべてを買い取ると、されているからだ。

 王都の市場が壊れかねない量を想像してか、二人の足が、心なしかカタカタと震えている。

「あ、あのヤコ様……そ、その、申し訳ないのですが契約の破棄を……」

「うむ? ああ、よいぞ? 違約金も特に設定しておらんし、ある意味だまし討ちのようなものじゃからの。(ゆえ)に儂らもこれらを撤去して帰るだけじゃ。……ああ、じゃがこれだけの肉は消費しきれず腐れるか」

 ヤコはそうやってわざとらしく考え込み。

「そうじゃ! せっかくじゃしこの町の人々に干し肉を作ってもらおう! そしてここから干し肉を作る手間賃として、その干し肉を無償で進呈すれば万事解決! うむ! それでいこう!」

「なぁあっ!? そ、それは違法――!」

「どこが? なにが? 儂らはただ労働の手間賃として現物支給するだけじゃよ? ただただ無償でばらまいておるわけではない。――さてラードーン卿、これらはすべからく違法なのかの?」

「いえ、あの、その……!」

「言え。でなければ、主を連れてきた意味がない」

「あ、う……しょ、職の斡旋を禁止する法も、その労働の対価に関して現物支給を禁止する法も、この国には、ありません……!」

「なら法的な問題は(・・・・・・)ない(・・)の?」

「……はい」

 今度こそ、絶句。

 ――これが市場最凶(・・・・)というものか!

 いくらなんでもここまでするとは思わなかった!

 おぞましい! おぞましすぎる!

 知らず知らずのうちにそのおぞましい策に加担したオレたちは、アイテム欄から塩漬け肉を取り出す手を止め、ただただ恐怖に打ち震える。

「くふっ! くふふふっ! これで法的な問題もないことが証明されたの? 契約を破棄するかえ?」

「あ――うぁ……!?」

「ふむ? その様子では破棄しないようじゃな? では納品を続けようぞ! 肉と皮! 塩! 宝石! 貴金属! 加工木材に樹皮紙! 我が冒険者ギルドのそのすべてをその腹にたらふく蓄えるがよい! 食いすぎて腹が裂けようともの! くふふ! くふはぁあはははっ! あーはっはっは――げほごほげほっ!」

 たぶん、それは演技だろう。

 その証拠に無理な笑い声はどこか出し慣れておらず、なおかつその笑い声のせいで彼女はおもいっきりせき込んでいる。

 だがしかし、演技とはいえそうやって狂ったように笑う彼女を見て、思う。



 ――怖いわ!

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