35話 There is no little enemy
ロゼさんはそうやってパイプをくわえながらげらげらと笑い続け、しかし、突然真顔で。
「――んでさ、最先端ではないにしろ、この世界じゃ先端的な知識を持ってる医者として言わせてもらうと、どう考えても殺意があったと思うんだよな。特に後頭部殴ってやがるし」
そんな証言を呈する。
そう、そうだ。ロゼさんの言う通り人間の後頭部はあまりにも弱い。
たしかボクシングでは後頭部を殴ることを禁止していたはずだし、柔道では後頭部を打たないように受け身の練習をしつこいくらいに練習する。
そしてオレの知る体育教師が保険の授業で曰く、後頭部を殴られただけで人は死ぬ。
――いや、渡り人の耐久力は常人を優に超える。だからこそ、それをかんがみての後頭部殴打なのかもしれない。
が、それでも犯人だって『死ぬかもしれない』程度は考えていたはずだ。
ロゼさんよりも医学知識のないオレですら、その考えに至るのだ。その危険度を正確に測ることのできるロゼさんは言わずもがな。
「どー落とし前つけんの?」
「……ふむ。実に、悩ましいところじゃな」
ロゼさんの言葉にヤコは腕を組み、ううんとうなる。
「彼奴らはベッキーをイーヴァとともに誘拐し、なおかつイーヴァが『死なれると困る』といっておった。これから察するに大方『イーヴァを無事に返してほしくば我々の命令を聞け』と言っておるのじゃろうて」
だとするとイーヴァがいない今、かなり慌てふためいていることだろう。
養子が失敗したから実力行使とはいやはや……どこまでも阿呆としか言いようがない。
なぜもう一度、今度は法的に養子縁組の手続きを進めて交渉するということを考えないのだろうか?
……ああ、いや、もしかして実子ということにしたかった? だから母親が娼婦で自分の子供と偽れるベッキーを狙った?
だが、貴族が実子をほしがるならわかるが、あいつはたぶん商人だよな? 貴族にしては服装は普通だったし。
考えれば考えるほど、今回の事件はわけがわからない。
それは、オレがまだこの七つ世界のことについて無知だからか、それとも――
「……まぁ、さすがに今回ばかりは騎士隊に花を持たせる方向でいこうかの」
――などと、そんなことを考えていると、ヤコは淡々とした口調で今回の事件の終わりを宣言する。
それは、事実上の、泣き寝入り宣言だった。
「おい色ボケ! またそんな、こと、を……」
ロゼさんがそんな日和見な意見にふたたび食い掛かり、しかし、そのときヤコが浮かべていたその能面のような表情に言葉を失う。
「言ったじゃろ? 今回ばかりは花を持たせる、と。それに――」
はたして、彼女が言い放ったその言葉にはどのような意味が込められているのだろうか。
そしてオレたちは、彼女がいつも相対している相手が誰であるのか、彼女が発現させている種族がなんであるのか、今ここにきてようやく思い出す。
「もはや彼奴らに、次は、ない」
彼女が、空中を二回、人差し指でたたいた。
その仕草はどこか、地獄の閻魔さまが罪人へむけて死刑執行の令をだす、そんな光景に見えた。
「ふぅ……今しがた、チャットにてジュウゴヤにディタムス王へ直訴させに行かせた。これで明日にでも騎士隊が動いてくれるであろう」
先ほどまで黙々と指を動かしていたヤコが、ため息をつきながらそんなセリフを口にする。
「とはいえ、動かないなら動かないで、その時は儂にも考えがある」
ヤコは再び能面のような表情になり、不快そうに鼻を鳴らす。
――唐突な話になるが、冒険者ギルドの権力は、実は世間一般に思われている権力よりもずっと強力である。
その理由をあげれば、第一に、ディタムス王家が後ろ盾となっていることがあげられる。
ディタムス王家はその王家の名の通りこの国の主柱であり、権力の象徴であり、これに逆らうものは基本的にいない。
第二に、物流ルート。
まず生活に必要な塩、王国軍に支給するための武具の材料、欲を満たす多種多様な食品などなど……この世界の文化は渡り人に大きく依存している。
第三に、武力。
『天災』コカトリスを打ち倒すほどの力など、この世界には王国軍くらいしか持っていない。
そういう意味ではこの世界すべての渡り人を擁する冒険者ギルドは最強の集団であろう。
そして第四に――冒険者ギルドの、その莫大な資産の存在である。
「また今回の交渉のにおいて、ジュウゴヤにはギルドの取引を止めさせる権利とギルドの資金の大半をつかってもよい権利を持たせておいた! くふふっ! あのタヌキが断った時が見ものじゃなぁ!」
くつくつ、と、彼女は袖口で口元をかくし、それでいて感情のない笑みを浮かべる。
オレにはそれが、いったいどれほどの力を秘めているのか、その全貌を想像することはできない。
だがそれでも、この場に経理にくわしいらしいメノウさんがいれば、確実に『えげつない』とつぶやくであろうことだけは理解できた。
なるほど、花を持たせるとはこういうことか。
さすが、タヌキと化かしあいをしている狐のことだけはある。
いまだにくつくつと不気味な笑みを浮かべているヤコを見やり、オレは――オレたちは深く、ため息をついた。
ランタンの明かりを頼りに、オレたちは自宅へと戻る。
イーヴァはヤコのもっていたクレッセントのレーションと、オレのもっていたライカンスロープのレーションによってもとの姿を取り戻している。
そのため本当なら夜道にランタンの明かりはいらないのだが……しかし、ヤコが「ランディに説明するにも、儂がやったほうが良かろう?」と申し出てきたため、彼女とともに帰路についていた。
そして、オレたちが自宅へと戻ってくると、オレたちの姿を見つけたランディがすさまじい勢いで駆け寄ってきた。
「――おっさん! ベッキーは!?」
「まだ見つかっていない。が、安心しろ。それに――ヤコ」
「うむ。イーヴァの証言をもとに、冒険者ギルドは本腰を入れてベッキーの捜索を行うことと相成った。さしあたって冒険者ギルドの権力を用いて騎士団を動かすことになるじゃろうな」
「……本当か?」
「当たり前じゃ。さすがにイーヴァを死に戻りさせた件については追及は難しいが、しかし今回は、ベッキーの少女の誘拐と監禁が現在進行形で行われており、さらに恐喝が行われておる可能性まである。なればこそ、法を守らせなければの?」
「そっか……そっか!」
さきほどまで険しい表情をしていたランディの顔がぱあっと明るくなる。
「まったく、突然飛び出して……師が師なら、教え子は教え子ですわね」
そしてその後ろから、あきれ顔を浮かべたエレンさんがゆっくりとやってくる。
「二人とも、勇敢なのはよろしいですが、少しは周りのことをかんがみてくださいまし?」
「……いや、もうしわけない」
「ふぅ……もういいですわ。それからわたくしが壊した扉と、あなたが壊した壁。ひとまず直してもらいましたわ。ただ大工曰く、本格的な修理は明日、らしいですけど」
「ちょ! エレンさん!?」
「……イーノー?」
彼女のその一言にオレは慌てふためき、イーヴァはぎろりとオレをにらみ上げる。
「壁壊したって、どういうことかなー?」
「の、ノーコメント――」
「うっせ! 今すぐここに正座しろ!」
[jump a scene]
翌朝、太陽が顔をのぞかせると同時にランディがオレたちの家の扉をたたく。
「おっさん! レオ兄ぃ! 朝だぞ! ベッキーを探しに行くぞ!」
その声は朝食も食べていないのに元気いっぱい。
さらにやる気も十分であるようで、オレが扉を開けるとなぜか<カーバイトアーマー>で完全装備だった。
また、ランディがここにいるにもかかわらず、同じ部屋にくらしているはずのチャドの姿がみえないのは、彼が寝ている間に出てきたためか。
「ははっ……ランディ君、すごい格好だね」
「気合が入りすぎだ。阿呆」
「だってあの姐さんが誘拐されたんだぞ? 相手はぜってー強いって!」
まぁ、あの男から逃げるために周囲を警戒していたであろうイーヴァから不意打ちで一本取ったのだ。それを考えれば確かに強いだろう。
……本当に、元はいいんだよな。元は。
「というかランディ」
「なんだ?」
「ベッキーがどこにいるか、予想はついているのか?」
「……歩いて探す!」
ベッキーをどうやって探すか一切考えていなかったランディはそっぽを向き、そんなことをいう。
やはり元はいいのにこうも阿呆なのは、この考えなしな性格のせいか。
「あ、あははっ……」
「論外だな」
「――じゃあおっさんはどうするっていうんだよ!」
「吼えるな吼えるな。近所迷惑だぞ?」
ドラゴンハーフの<ハウリングシャウト>にも負けぬランディの大声に、オレとレオンは顔をしかめる。
「まぁ、実際八方ふさがりだからランディ君が言ったように歩いて探すしかないんじゃないかな? それか警察犬――おっと、警察犬はまだ育ってないかな?」
「だろうな」
イーヴァ曰く『調教に半年かかる』とのことだから、クロエが誘拐された時期から育成を開始したとしても、まだ実用には至っていないだろう。
もちろん<シャープセンス>を使えば警察犬と同じことがオレたち渡り人にもできるだろう。
だが、官能検査官が特殊技能職であるように、どんなに五感が鋭敏になろうともにおいの嗅ぎわけは難しいはずだ。
いわんや、一ヶ月半程度の短期間では無理に近い。
それにまさか<モチヅキ>に官能検査官なんていないだろうしなぁ……。
「それでどうするんだい? イノ君」
「どうするもこうするも、イーヴァに聞けばいいだろう?」
「イーヴァ君に?」
「子供二人を誘拐したんだぞ? 襲われた現場のそばに隠したと考えるのが自然だろうが」
犯人は路地裏でイーヴァたちを不意打ちしたが、しかし、基本的に二階建ての建物が主流である王都の人口密度は伊達ではない。
ほぼ確実に目撃証言が見つかることだろうし、見つからなくてもそんな人口密集地帯にある空白地帯などたかが知れている。
また、その空白地帯にある倉庫っぽいところなんてもっと数が限られている。
あとはそれをしらみつぶしに探していけばいい。
――第一、イーヴァが犯人を見ている。なのにどうして歩き回らなければならない。
「あ、そっか。この世界にスモークつきのワンボックスカーなんてないし、そもそも移動なんて無理だよね」
「す、すも? わん?」
「ああ、うん、こっちの話さ。誘拐の代名詞だったんだ」
「へー」
レオンがはたはたと手を振り、若干偏った知識をランディに与える。
「つーことは姐さんのとこに行けばいいんだな! じゃぁちょっと行ってくる!」
「こらこら! そう急くな!」
あわてて、襟首をつかんだ。
気が逸るランディがイーヴァの家の扉をたたき、しかし、のっそりと顔をだしたイーヴァはげんなりした表情で。
「なにやろうとしてるか大体想像つくけど……すまん、今日、無理。身体かったるいし、頭ガンガンするし、下っ腹いてぇし、ぼーっとするし」
運悪くあの日がはじまってしまったようである。
「ちょっ! 姐さんがんばれって!」
「無茶言うな。つーか、なんでか先月より重くてつらいっつーの……うぇっ」
「いろいろあって最近夜更かしばっかりしてたからね。そんな不規則な生活してたら重くなるのは当然だと思うよ? メノウ君たちを起こしてこようか?」
「いや、寝とく……お休み」
そう言って彼は眠るためにゆっくりと扉を閉じようとする。
「イーヴァ。すまんがちょっとまってくれ」
「……あ?」
「どこで誘拐された? それと、ギルドで鎮痛の薬を処方してくれるらしいからもらってこようか?」
「あぁ? あぁ。あー……ギルドでて、西の方へ走って、三つめの横道入ったところ。方角は西だったはず」
西区はたしか皮職人ギルドをはじめとしたギルドが軒を連ねる区画だったな。
とすれば『倉庫らしい』というのはそういった職人向けの素材置き場か。
だが、そうすると『なーんもない』というのはちょっと気になるが……さて。
「んで、薬は……ほしいけど、それ、男がもらってくるってどうよ?」
「そうだな。分かった、メノウさんかハンガクさんに頼んでおこう。それと――お大事に」
「ん。じゃぁわりぃけど寝る。お休み」
[jump a scene]
西区にははじめてやってきたが、そこは木槌をたたく音や金床をたたく音などがそこらかしこから鳴り響く活気ある区であった。
また西区では、昨晩のジュウゴヤさんの交渉のたまものであるのか、ぎらぎらと輝く軽装の金属鎧で武装した騎士隊が必死の形相で聞き込みを行っていたり、馬車を止めて中身を改めたりと普段見ぬような活躍を見せていた。
この分だと、東区も同じように騎士隊が捜索に打って出ているのかもしれない。
……さすが元営業職のジュウゴヤさん。どんな交渉でこれを勝ち取ったかは不明だが、それでもここまで大規模に動かすとは。
「……すっげ、本当に騎士が働いてる」
そんな珍しい光景に、ランディが感嘆の声を上げる。
「これが見れただけでも、朝飯抜いた価値があるっすね。……ランディのせいで眠いし、腹減ってるけど」
そしてチャドもまた、その光景に驚嘆。
ただし、ランディへの小言は忘れないあたり、若干不機嫌なようである。
「うっせ、つかまってるベッキーに比べりゃどーってことないだろ?」
「いや、まぁ、そうだけど」
ランディの言葉に共感するところがあるのか、彼の言葉にうなずきながらもチャドは複雑な表情を浮かべる。
そんな彼が、ちらりとオレを見た。
「――さて、イーヴァのいう三つめの横道はここか」
が、オレは視線を合わせないようにそっぽを向く。
「ちょっ! イノさんひどいっす!」
知るか。だいたいランディの外付けブレーキはお前の役割だろう?
イーヴァのいう横道に入ると、なるほどたしかに人の気配が薄くなり、人を襲撃するには十分な静けさが漂っていた。
「そしてたぶん、このあたりだな」
大通りからやや歩き、それでいて隣の大通りにぬけるまでには若干距離があり、また、広さをとる工房のおかげで人が出入りする勝手口は少ない。
「うーん、そうすると……」
オレの言葉にレオンが指をたて、くるくると回しながらベッキーたちをさらったルートを想像し精査する。
「――そこか!」
が、ランディにとってそれは考える必要のないことと分類されているようだ。
オレやチャドが静止する間もなく目に入った勝手口に駆け寄り、蹴り破る。
「……あ」
「あの阿呆が……っ!」
思わず、顔を手で覆う。
「ベッキー! いるかぁー!?」
「な、なんだ!?」
「うっせぇ! ベッキーを隠すとためになんねぇぞ!?」
「だから何だよ!?」
そのままランディは勝手口からずがずがと工房の中へと入り込み、その中にいた工房の職人たちはちょっとした恐慌状態に陥る。
「…ねぇ、イノ君」
「……なんだ?」
「この場合、僕たちはどうなるのかなぁ? 騒乱? それとも恐喝?」
「知るか」
ともかく、少なくとも工房の修理費と職人への慰謝料はランディの貯金から出すのは決定だな。
いや、それよりも。
「レオン、チャド、いい加減ランディを引きずり出すぞ。ついてこい」
「うん、確かに急がなきゃ」
「うぇええ……」
「本当にもうしわけありません! 本当にもうしわけありません!」
ランディはほどなくしてレオンとチャドという二人のドラゴンハーフに取り押さえられ、オレは頭を床にこすりつけんばかりの勢いで頭を下げる。
「あー……うん、そう頭を下げんな。幸い、扉くらいしか被害はねぇし」
オレが頭を下げている相手、その名前をカルゾフさんといい、この獣皮紙工房の親方である。
つまり――いつも冒険者ギルドよりモンスターの皮を買い取ってくれているお得意様である。
そんな相手にこの狼藉……いくら元学生だったオレでも、さすがに胃がきりきりと痛むというもの。
今回は水漬用の水槽や乾燥中のモンスターの皮に被害がなかったからいいようなものの、もしこれで被害があれば……ああ、金欠の身からすれば想像するだに恐ろしい。
「それにオレたちだって自分のギルドが自分の組員守ろうと躍起になるのは、よーくわかってるからよ……さすがに子供が扉蹴破ってまで飛び込んでくるのは予想外だったが」
「本当にもうしわけありません!」
オレの後ろでは先ほどまでうんうんとうなっていたランディが、オレのその態度を見てようやく自分がやったことの大きさを悟ったのか、「ぐぅ……」という声を上げておとなしくなった。
……だがいまさら遅すぎるからな? ランディ。
「うちに安く皮を下ろしてくれてる手前、強く言いたくないが……修繕費、そっちもちな? 今回だけはそれで手を打つから」
「それはもちろん!」
オレは大きくうなずく。
しかし、これでよーくわかった。カルゾフさんの好意に甘えているオレは交渉役には向かないだろう。
せめて電子機器でもあればなぁ……いや、ともかく。
「と、ところでカルゾフさん」
「おぅ」
「昨日の……昼前ですかね? ランディが――あの子供の友人で、冒険者である渡り人の少女が誘拐されたんですが、なにか御存知ですか?」
「昼前だぁ? あー……新人らしい運び屋の野郎が間違ってうちに品物を運んできたくらい――って、木のにいちゃん、どうした? 顔がこえぇぞ?」
カルゾフさんのその言葉でか細い糸がうっすらとつながり、今回の全貌がだんだんと見えてくる。
そして思わず、心の中で叫ぶ。
――やられた!
そも、ベッキーらの情報を漏らしたのはベッキーたちを一度殺したことのある浮浪者、その情報を信じればベッキーを狙った理由なんて想像に難くない。
そう、そうなのだ! なんでベッキーを狙ったかなんて明白! クレッセントは六種族のなかで最も近接に弱いからだ!
たとえベッキーが誰かと一緒にいたとしても、不意打ちをすれば勝てる見込みだって存在する!
となれば、ベッキーが誰かと一緒に逃げるところまで、向こうの想定内。
いや、誘拐にシフトしたと言い換えてもいい。養子にできたなら、家庭内での出来事と済ませてベッキーに暴力をふるい、ランディたちを手ごまに加えていたことだろう。
なにせこの世界よりも文化や法律の進んだ地球ですら、家庭内暴力は立件が難しいのだから。
また、イーヴァたちの後をつけていたのはその新人らしい運び屋だろう。古典推理小説のような手口とあのときレオンが言ったような現代の手口が融合したその奇策に、あまりにも計画的すぎるその犯行に、ぎりぎりと歯ぎしりしてしまう。
――今回唯一の誤算は、たぶん、ベッキーを人質にベッキーを連れて逃げだしたランディたちを手ごまに加えるはずが、イーヴァが人質になり、だというのにベッキーだけしか手に入れられなかった、というところか。
「……すみません、少々、用事を思い出しまして」
「お? おう……」
ゆらり、と、形容したらいいか。
どうしてかうまく動かない体を強引に動かして、レオンたちの方へと向き直る。
「い、イノ君、あの、その、お顔がすっごい怖いような気がするんだけど……?」
「はは、ご冗談を」
はたはたと手を振り、レオンの冗談を笑い飛ばす。
声がかさついているのは朝から水の一滴も口にしていないためか。
おかしいなぁ。ランディとチャドがなぜかおびえている。
特にランディ、今回はお前の手柄だぞ? お前のおかげで今回の不可解な事件の手口がわかったんだ。向こう見ずな行動だったが、それでもこれは十分に誇っていい。
だから、ほら、笑えよ。
「情報はそろった。さぁ、帰ろうか?」
そしてヤコに言わなければ。
これは、個人で探すには、難しい規模の事件なのだから。
[jump a scene]
その時間、冒険者ギルドはまだ営業時間前だということから職員がいるだけで閑散としていた。
だというのにギルドマスターであるヤコとすんなり面談できたのは、ひとえにオレをはじめランディたちが関係者であるため、だろう。
「いつもの麦茶で悪いが、気を落ち着けるためにまずは一服してくりゃれ。いい具合に冷え冷えじゃ」
「……いただこう」
いつものように応接室に通されたオレたちは、そのヤコの勧める茶を一口口に含み、ゆっくりと喉を湿らせる。
しかし、それにしても今日のヤコの表情はどこか固く、どこか緊張した雰囲気をまとっていた。
「さて、主様自ら儂のところへ足を運んでくれるとは……以前のクロエの件といい、こういう時に来られるとひどく嫌な予感しかしないんじゃがなぁ?」
「それは悪かったな。そして、今回もちょっとばかり嫌な話をさせてもらう」
「うぅむ……なればこそ、後でいろいろと請求させてもらうぞ?」
ヤコは唇を尖らせ、オレと同じように麦茶を一口。
「――さて」
もしオレが名探偵で、そしてこれが推理小説であるならば、オレはまずこういわなければならないだろう。
『これは、巧妙に仕組まれた犯罪計画だったのです』と。
「イーヴァの証言もあるし、今回の犯人はすでにわかっているだろう?」
「うむ、無論じゃ。昨日騎士隊をつれてやってきたあの男じゃろ? ラードーン卿に話を聞きに行ったが、彼の話ではそやつは商人じゃったな」
「なら話は早い。そいつを捕まえて――は無理だったんだよな」
「じゃな。死に戻った渡り人の証言は法的に証拠にはなりえない。それゆえ今は騎士隊にその証拠集めのために奔走してもらっておる」
そう、今必要なのは『ベッキーを誘拐した』という目撃証言。
そこから実行犯を割り出し、そしてその実行犯から主犯にたどり着くという道筋でなければ、あいつを捕まえることはできない。
……まさか『偽装殺人や冤罪が起こりうるため、死に戻った渡り人の証言能力は法的に効力がない』というデメリットがこうも重いとは思わなかった。
思わず、ため息をついてしまう。
だが。
「それについて、ひとつ朗報だ」
「ふむ?」
「西区にある三つめの横道そばの獣皮紙工房にて、新人の運び屋が品物を間違えて届け出ている」
「なるほど、それで?」
「また、イーヴァの証言から同工房付近で、イーヴァが襲われている」
「……ふむ」
ここまで言えばヤコには見当がついてしまうだろう。
誘拐犯のその手口に。
「イーヴァの証言をもう一度聞かなければ確証は得られない。だが、この瞬間『見えない荷駄車』が存在した可能性があるんじゃないか?」
オレが知っているその推理小説では郵便配達員だったらしい。
また、この世界に召喚されてから実に二か月もの時間が過ぎており、各商会や工房へ商品や素材を運ぶ運送業者などとうに見慣れてしまっている。
それこそ、町ですれ違っても意識の外へと追いやってしまうくらいには。
「……古典の世界じゃなぁ」
「ああ、古典的だな」
オレの言葉にヤコが「ううむ」とうなり、しかし、隣に座るランディはどういうことかさっぱり理解できてないようで。
「つまり――魔法か!」
「ランディ、ちょっとだまってよう」
見当はずれな答えを発し、チャドに肩をたたかれる。
「……じゃが、そうか。そうなれば犯人は荷駄車に乗せる荷物を、馬を、御者を用意したんじゃな?」
「もし、そうならな?」
そして、最初から誘拐を――人質を取ることを前提としているのであれば、今回の事件に見えてくるものがある。
「……なぁ、ヤコ」
「なんじゃ?」
だからオレは、それを口にする。
「この世界、奴隷って、どうなっている?」
「……無論、おる」
ヤコの表情が険しく変わった。
――どうやらオレは、この事件の要、核心にたどり着いたらしい。
奴隷。
それは時代によって扱い方に差異があるが、おおむね人間の所有物である人間のことをさす。
「ちょ! おっさん!?」
がたり! と、ランディが突然その場に立ち上がる。
「ベッキーが奴隷になってるって本当か!?」
「知るか」
ランディの言葉をオレは無責任な言葉で一蹴。
だが、もちろんこれには理由がある。
「第一オレは今の今まで本当に奴隷制度があるかどうかわかっていなかったんだぞ? この国の王が身元を保証している渡り人が奴隷になれるかすらわからん」
そう、ベッキーはたとえ生まれがこの世界の住人であったとしても、表向きは『召喚されてやってきた初心者プレイヤー』であると公表されているのだ。
そして、オレたち渡り人の身分はディタムス王が保証している。
そんなオレたちを奴隷にする? 果たしてできるのか?
だからこそその回答を、今ここでヤコに聞いているのだ。
「さぁ、ヤコ、答えてくれ」
「法的なことゆえ詳しくは説明できぬが、基本的に奴隷は誰にでもなれる。扱いとしては期間中の給料をすべて前払いで払う雇用と似ておる。また、奴隷として就労する場合、購入者と奴隷との間で売買契約を結ぶ必要がある……と、うちにおる法律に詳しい職員は言っておったな」
なるほど。簡単になれるからこそ、扱いはそこまでひどくはなさそうだ。
そのことにほっと一安心。
が、安心できるのはここまでである。
「じゃが、そのせいで期間中の解約にかかる違約金は莫大じゃ。なにせ基本は借金などで首が回らなくなったものが最後の手段として使うための法らしいからの」
「……だよな」
今死なれては困るイーヴァに、イーヴァと引き離されたベッキー。
双方合意の上で行われる奴隷契約。
合意だからこそ発生する莫大な違約金。
死に戻りした渡り人は、自身の死亡原因についての証言能力は法的に効力を持たない。
ベッキーが誘拐されたことを公表しても、それは奴隷契約する理由にはならない。
だからこそ任意で契約したこの契約に違法性はない。
そして奴隷契約は最後の返済手段。
そんなほぼ予想通りの形のピースが、ほとんど予想通りの位置に置かれていく。
――最悪だ!
オレはテーブルに拳を強くたたきつける。
ベッキーは、まるでクモの糸にからめとられる蝶のように、今ごろ契約書にサインをしてしまったあとだろう。
イーヴァを開放するという、その交換条件とともに。




