34話 Walk on eggs
『【かぐや姫は】娘探して三千ミリ【現地人?】』
ヤコとの面談も終わり、イーヴァたちが受付カウンターに並んでいる後姿をぼんやりと眺めながら暇つぶしにチャットウィンドウを開くと、いつの間にかそんなふざけた名前のチャットルームが建てられていた。
やはり冒険者ギルドの中で行われていた事件だけに『ベッキーが現地人かもしれない』という憶測が流れてしまったのは当然なのかもしれない。
とはいえ、そのチャットルームを覗き見る気分にはなれない。
他人から見れば情報収集を怠っているといわれるだろう。
が、しかし、いずれはばれてしまう事実ではあるし、それにこれはもともと冒険者ギルドが受け持った案件だ。
だったらこの案件もギルドの判断にゆだねてしまうのが道理というもの。
――それに、ベッキーはオレの身内だ。飛び交う憶測に悪意が込められていないとも限らないし、わざわざそんなものを見て気分を害することもあるまい。
まぁ、いくら娯楽に飢えているとはいえ元々の環境が環境だし、IDで身元が判別できるということもあり、その程度のマナーくらいはわきまえているプレイヤーばかりだとは思うが……さて。
「おっさーん!」
見ているだけで気分が鬱々としてくるチャットウィンドウを閉じると同時、ランディが樹皮紙を天井高く振り上げながら駆け出してくる。
「……どうした? ランディ」
「暇つぶしに掲示板見てたらギルドのにーちゃんがこんなの勧めてきた! 行こうぜ!」
「ふむ?」
ギルドの人が進めてきたということはランディでもできるか、もしくはオレたちがついていれば十分達成可能な依頼なのだろう。
オレはランディが持ってきたその樹皮紙を受け取り、そこに書かれている文字を追う。
「……おい」
思わず低い声が出てしまう。
そこに書かれていた依頼は『翡翠眼の納品』であった。
そして、翡翠眼といえばつまり――バジリスク。
「初心者にこれやらせるとか阿呆か! 元の場所に戻してこい!」
「えーっ! せっかくの討伐が……あ、やべ」
「――ほぅ?」
どうやら『ギルドのにーちゃんに勧められた』というのは嘘だったらしい。
まったく、このずるがしこい思考は誰に似たんだ、誰に。
「とりあえずイーヴァに報告だな。こってり絞られるといい」
「やめてっ!?」
――とはいえ、デニーたちに特殊な戦い方を教えた手前、ランディたちにもそういった戦い方を教えなければ後々につながらないんだよな。
ランディがぶつぶつと不満をつぶやきながら依頼が張り出された掲示板のほうへと歩いていくのを見届けながら、オレはぼんやりとそんなことを考える。
イーヴァは『突撃思考が治るまで戦わせない』とか言っていたが、それならば頭を使う必要があるモンスターを相手にしなければいいだけの話である。
それに……元々営業系の仕事についていたジュウゴヤさんや、無免許だが薬学の知識があるグッチさんのような一芸を今のランディは持っていない。
さりとてランディは日本のような義務教育などを受けていたわけではないし、オレたち召喚されたプレイヤーのように文字の読み書きが流暢にできるわけでもない。
今、ランディが持っているものは『世界渡りの能力』だけなのだ。
そして以前、ハンガクさんにも言ったが、人はそう簡単に強くなれるわけがない。
いや、確かにオレは戦える。
ハンガクさんだって彼女が思っているほど弱くはない。
メノウさんにいたってはバグじみた強さを誇っている。
だが、結局それはこの世界に召喚されたことで得た副作用――特典みたいなものだ。
召喚されたプレイヤーではない、現地人であるランディはその特典を持っていない。
だからこそ早いうちに戦い方を教えてやりたいのだが……はてさて、どうやってイーヴァを説得すればいいのやら。
――依頼抜きにもう一度地下世界に連れてくか?
あそこは職人と武人の世界だ。短期間とはいえ学ぶ下地は十分に――と、そこまで考えて。
「――あの小娘はいるか!」
不意に言い放たれた怒声に、オレは現実に引き戻された。
さきほどまで依頼の受注ににぎわっていた冒険者ギルドが一瞬で静かになり、次いで何事かとざわめきだす。
「えー……突然の怒声、申し訳ありません。私は王都の警備を任せられている騎士隊の、その隊長を任されておりますラードーンと申します」
彼とはどうしてこうも縁があるのか。怒声を発した中年太りで矮躯の男の隣に控えていたラードーン卿が、実に申し訳なさそうな態度で声を上げる。
「昨日、とある渡り人の少女がこちらの方に暴行を行ったという訴えがありまして、法にのっとりその少女を暴行の容疑者として連行したいのですが……どうか引き渡してはいただけませんでしょうか?」
ああ、そういえばベッキーは股間を蹴り上げたといってたっけ。
自分の生まれは誰も選べない。だからそれを責める権利は誰にもない。だが、それでもこう思わずにはいられない。
――ここにきて彼女の育ちの悪さが出たか。
思わず、天井を見上げてしまった。
「理解したか? さぁどこだ! あの小娘をだせ!」
はたしてラードーン卿は昨日のいきさつをどこまで知っているのだろう?
しかし、その中年オヤジからその男に都合のいい話を聞いているに違いない。
だがラードーン卿はその男の態度にほとほと呆れ果てているらしい。彼は職務中にも関わらず、そうやってベッキーを出せとわめく中年オヤジの後ろで小さく頭を振っていた。
さて、件のベッキーはといえば、先ほどまでイーヴァと一緒に受付カウンターに並んでいたのにいつの間にか姿が見えなくなっていた。
どうやらイーヴァと一緒に人ごみに紛れて逃げ出したらしい。
どこに逃げたかまではわからないが、しかし、二人が逃げた証拠にハンガクさんの視線は泳いでいるし、アレックスはおどおどしていて挙動不審だ。
――演技が下手だな? いや、その前にそういうことをやっていいのか? 元警察官。
たしかに股間を蹴り上げたのは悪いとは思う。だが、それでも向こうにも問題がある。
そして、こういう時は餅屋に相談するのが手っ取り早いだろう……本当に、ヤコには借りばかり作っているな。
さて。と、オレはわめき散らす男をしり目にのっそりと立ち上がる。
今日の依頼は、なし、だな。
[jump a scene]
直情的なランディだが、さすがに今回の騒ぎの物言いはしなかった。
……まぁそれは、代読屋がわりに掲示板に控えていたギルド職員が飛び出さんとしていたランディを取り押さえていたためなのだが。
さておき。
エレンさんからランディを受け取ったオレは、そのままエレンさんに事情を話してふたたびヤコに取り次いでもらう。
ついさっきまで面談していたのに待ち時間があるのは、たぶん今しがた起きた騒ぎについて打ち合わせなり対応しているためだろう。
まったく、人数が少ないとこういう時に大変だ。
ヤコはそれに対する対策を思いついたみたいなことを言っていたが、さて、どうする気なのやら。
「それでおっさん、姐さんとベッキーは?」
「知るか」
現在、オレやイーヴァたちは暗証番号付きチャットルームを立てて相互間の情報をやり取りできるようにしている。
しかし、チャットルームにはまだイーヴァの書き込みはない。
それはただ書き込み忘れているだけなのか、それとも今書き込みができない状況にいるのか……二人を心配するハンガクさんの書き込みが新たに書き込まれ、書き込みはそこでぱたりと止まってしまった。
「こっちにも情報はない」
「ったく、どこ行きやがったんだよ……」
その性格のせいで忘れがちだが、そういえばランディは最年長だったな。
「そう心配するな。死に戻りはないだろうが、念のため今メノウさんが北門に向かっているそうだ」
また、レオンとハンガクさんはみんなを連れて一度自宅へと帰るらしい。
――しかし、こうなってしまうとしばらくはランディたちに依頼を受けさせることはできないな。
ああいう輩は往々にしてしつこい。
「……まて、なんでラードーン卿がいる?」
「ぼけたのか? おっさん。そりゃ、あのおっさんが訴えたからだろ?」
「いや、そういうことじゃなくてだな?」
具体的にはどうしてベッキーを訴えたか、が問題なのだ。
ただ単純にベッキーを手に入れられなかったからその逆恨み……にしては、まぁ、なんともお粗末な頭である。
ベッキーがこの世界の人間であることを知っているのであれば、だいたい一緒に行動しているほかの六人も知っていておかしくはない。
だったら残り六名。なんで二度三度と再チャレンジしない? 下手な鉄砲も、だろうに。
とはいえ『おお、娘よ!』なんて言葉は一度きりしか使えない荒業だから、ほかの策をとる必要があるが……さて。
「――すまぬ、待たせた」
「十分と待っていないさ」
ことがことだけにさすがに不真面目なあの前置きはないらしい。
彼女の言葉にオレは肩をすくめて答える。
「……おっさん、ちょっとふらふらしすぎじゃね?」
「どこがだ!」
「……その、主様や。いくらなんでも自覚がないのはどうかと思うぞ?」
「ヤコ、お前もか!」
心外である。本当にオレのどこがふらふらしているというのだ。
「はぁ……それはまぁ、いい。それよりも昨日の今日――ついさっきの今でなんだが、今回、ギルドはどういう立場だ?」
「楽で良いが、主様は腹芸もなくすぱっと突っ込んでくるのぅ」
「苦手だからな」
そも政治がさっぱりなオレに政治的手腕を期待するほうが間違っている。
「儂としては今後のため是非にこういった知識を覚えてほしいのじゃが……まぁよい。さすがに此度のことは、儂ら冒険者ギルドは中立の立場を貫く所存じゃよ。先ほどの言葉を翻すわけではないが、しかし、法に触れるのであれば話は別じゃ」
「まぁ、だよな」
予想通りの回答に、オレは座っていたソファーに身体を深くうずめる。
「ちょっとまてよ!」
が、それを納得できないのが子供の道理である。
ソファーに深く身体をうずめたオレとは反対に、ランディは勢いよく立ち上がってテーブルをたたく。
「ギルドがそれでいいのかよ!」
「いいもなにも先ほど行った打ち合わせで決めた冒険者ギルドの総意じゃよ? だいたい――と、そうか。そも儂の考えるギルドと、おぬしの知っておるギルドのイメージに相違があるのか」
ここまで怒り狂うランディの態度にヤコは小首をかしげ、しかし彼女はすぐさまその理由に思い至る。
「たしかに儂らはあらゆる不利益から組員を守るべく生まれた互助組合であり、なおかつ強力な権力を持った唯一無二の互助組合じゃ。じゃが、法は法。そして法とは弱者を守るべく生まれた決まり事じゃ。そんな決まり事を権力者がすすんで破ったらどうなる?」
「う……っ。そ、そんなのわかんねぇよ!」
「では覚えておくとよい。だれも、己を守ってくれなくなる」
「う、ぐ……っ!」
「だからこそ、誇張なく片手で人を殺すことのできる儂らも、さきほどわめいておった男も、みな平等に法に縛られるべきなんじゃ。その結果がたとえ理不尽でも、不条理でも、不平等であっても、の?」
ただ淡々と、ヤコはランディに法律がある理由を説く。
「ランディよ、納得したかえ?」
「――うるせぇ! わかんねぇよ!」
だが、ランディはそれを理解していない――いや、理解したくないのか、それともなまじ理解できてしまうからか。
彼はヤコを一喝して、そのまま応接室を飛び出してしまった。
「ふむ。やはり理解、いや納得したくはない、か……」
「元が元だからな」
たしかにオレはヤコのいう法律を理解しているし、納得もしている。
だが、それは結局のところ食うに困ったこともない強者の理論。元ストリートチルドレンだったランディには理解はできても納得はできないだろう。
ヤコのその言葉が本当に正しければ、法がランディを守ってくれたはずなのだから。
「……のぅ、主様」
「なんだ?」
「いつもいらぬ手間ばかり増やしてしまって、本当にすまぬ」
「なに、オレはただ、借りを返しているだけだ」
「……助かる」
深く頭を垂れる彼女を見届けたオレはゆるりと立ち上がり、ランディを追うために開けっ放しの扉をくぐった。
多少ヤコと会話をしていたためいくらかのタイムラグがあったが、それでも応接室を飛び出していったランディはすぐに見つかった。
彼は冒険者ギルド自体が人であふれかえっているためにその人だかりからなかなか抜け出せず、ギルドの中心で右往左往していたのだ。
「ずいぶんと締まらない状況になっているな?」
「……あ、おっさん」
「いろいろ言いたいことはあるだろうが、ひとまず帰るぞ」
「……おぅ」
この状況で頭が冷えたのか、それとも、先ほどのヤコの言葉を改めて理解したのか、ランディはオレの言葉におとなしく従う。
レオンとハンガクさんは家に着いたという旨をチャットに書き込み、北門へと向かったメノウさんは死に戻りした人がいないことを確認。もうしばらく北門で待ってから帰ってくるそうだ。
――本当に、あの二人はどこまで逃げたというんだ。
[jump a scene]
結局、チャットにイーヴァの書き込みはなく、そして二人の姿も見つかることはなかった。
「みなさーん、ごはんができましたよー?」
そして、そんな不幸の追い討ちは、今夜の食事当番であるハンガクさんの黒パン粥であった。
「……うへぇ」
ランディがそんな声を漏らす。
「むぅっ! 今度は大丈夫! 大丈夫です! 味見はいつもの三倍の数だけしましたので絶対に大丈夫です!」
ハンガクさんはぐっと拳を握りしめ、自らの料理の万全さをアピール。そのまま火にかけた鍋から自信作らしいパン粥を皆の皿へとよそっていく。
「……ハンガク姐さん、それ、いつもはゼロ回とか、そういうオチじゃないですよね?」
が、アレックスが恐る恐る手をあげ、そして不安げにその可能性を提示。
それだけハンガクさんの黒パン粥がトラウマなのだろう。他の子供たちも真顔でうんうんとうなずいている。
「むぅううっ! いつも最低十回はしーてーまーすー!」
その態度にハンガクさんは顔を真っ赤にして反論。
……すると今回は最低三十回は味見した? それ、やりすぎじゃないだろうか?
というか、いつもあまりうまくないパン粥を作っている原因ってもしかして、毎回味見をやりすぎてかさ増ししながら調理していることと、味見のしすぎで味覚がバカになってるからなんじゃ……。
「なので万難を排した今回のパン粥こそは! 今回のパン粥こそは皆さんにおいしいといわせてくれるはずです! そして私の努力がついに実ったこの料理を食べて泣いて喜んでください!」
無理じゃ、ないかなぁ?
声には出さず、オレはそんなことを思う。
「――ところでハンガクさん、自分の分は?」
「あ、私味見だけでおなか一杯になっちゃったので今回は……けぷ」
……あ、ダメなフラグだこれ。
あまりうまくないパン粥を胃に収めながら、そして「こんなはずでは……」と膝を抱えて気落ちしているハンガクさんをしり目にオレはイーヴァの書き込みはまだかとチャットをじっと見つめ続ける。
「イノ君、いくら奥さんと娘さんが行方不明だからって根を詰めすぎじゃないかしら?」
するとメノウさんはそんなオレに対して気遣うような、それでいてからかうような言葉をかけてくる。
「ねぇよ」
「あ、口直しにコーヒー淹れるけど飲む? ただ大豆だからなにか違うけど」
「いや、話を聞けよ」
「そう心配しなくても大丈夫よ。イーヴァ君が一緒だし、北門にもいなかった。大方連絡を忘れているだけよ」
「……だといいがな」
イーヴァたちが行方不明になってからおおよそ八時間。
彼は結構まめに貯蓄しているし、アイテム欄にもいくらかの金を入れているため、昼食や夕食のことに関して心配する必要はない。
それに彼は元警察官だ。成人した男性と比べて体重はずいぶんと軽くなってしまったはずだが、それでも渡り人の身体能力は成人男性のそれを容易に上回る。
そのため、彼がただの現地人に負ける想像はできそうにない。
――ただし、不意打ちを受けていなければ、だが。
「でもまぁ、たしかに遅すぎるわよね。案外事件にでも巻き込まれているのかしら?」
「おいおい、心配になるようなことを言うなよ」
「それじゃぁイノ君は私に気休め言われた程度ですぐに安心する?」
「それは……」
「ほら、結局変わらないじゃない。だけど『もしかして』を考えておけば、その『もしかして』が起きてもそれほどショックは大きくない。だから私は茶化すのよ!」
「最悪だなお前!?」
「だけどほら、元気になった。こういうふざけた話も悪いことばかりじゃないのよ?」
そういって彼女はいつものようにちろりと舌をだした。
「くそっ、性格悪すぎだろ……」
「それはいい意味で、かしら? ――まぁ、それはそれとして、コーヒー飲む? ミルクと砂糖はないけど」
「はぁ……すまんがブラックは飲めん」
「あら、子供」
[jump a scene]
――その報はひづめの音と一緒にやってきた。
そしてその日は、奇しくも新月。
「イノさん!」
引き戸であるはずの扉を前足で蹴り開けられ、ゆらゆらと揺れるランタンの明かりに照らされたエレンさんのその表情は、ランタンからあふれるオレンジの光に照らされてなお蒼白。
「ちょ、ちょっと! 扉! 扉が!」
そのあまりの出来事にレオンは悲鳴に近い声をあげ、エレンさんの前足に踏みつぶされ、そして踏み抜かれて穴の開いた扉を指さす。
「そんなことはどうでもよろしい! それよりイノさん! 今すぐわたくしの背中にお乗りになりなさい!」
「ま、まて。どうした、どういうことだ?」
「まさか駆け落ちしようというのかい!? それはこの僕が許さないよ!」
エレンさんの大声にレオンの怒声。
その声に誘われるようにメノウさんやハンガクさんたちがわらわらと出てきて、オレたちの家の前はちょっとした騒ぎとなっていた。
「なにをバカな! これでもわたくしは新婚ほやほや! 旦那様とはラブラブですわ! ……まぁ、最近忙しくてほとんど会っておりま――ではなく!」
むきー! と先ほどまで青白かった表情は一瞬で真っ赤にかわり、そして自分の思い通りに話が進まずその場で地面を踏み鳴らす。
「ああっ! 扉が!」
「そんなの! あとでいくらでも弁償しますわ! それよりもイノさん! はやくわたくしの背中に乗ってくださいまし!」
「……いや、既婚者の背中に乗るとかどうかと」
「だーかーらー!」
オレの一言にエレンさんは真っ赤な顔をさらに真っ赤にし、甲高い声を上げながらふたたび地面を踏み鳴らす。
さきほどからのやり取りで集まってきた野次馬たちは彼女の地団駄に巻き込まれぬよう遠巻きにオレたちの家を囲う。
「……ふぅ、ふぅ。イノさん! そういうのいいからわたくしの背中に乗りなさい! 早く北門に行かねばならないんですから!」
「北門?」
ぴくん。と、聞き捨てならぬ単語にオレの眉が跳ね上がる。
「ようやく話が進みましたわ! ええ! ええ! そうです! そうなのです! 早くお乗りなさい! 北門でイーヴァさんが死に戻りして、寝ておりますの!」
「――<グロウアップ>!」
「い、イノさん!?」
「どけぇええええ!」
彼女の言葉に、オレは一瞬頭が真っ白になって、いつの間にかオレは家の壁をぶち破り、周囲を囲っていた人だかりを一足で飛び越え、一心不乱に北門へと向かっていた。
<グロウアップ>したまま獣のように四つん這いで詰所の中を駆け、そのまま表に立っていた盾持ちの兵士に聞いた仮眠室へと突入する。
「……あー、主様や。心配だったのはわかるが、まず<グロウアップ>を解いてくりゃれ。邪魔でかなわん」
まず視界に入ってきたのは、あきれ顔でオレを見上げる小紋姿のヤコ。
その隣にはグッチさんともう一人いて、そのもう一人の人物である女性は白衣をきこんだクレッセント。
また、そのクレッセントの彼女はベッドの上で眠っているイーヴァを診察しているらしく、彼の手首をにぎって脈をとっていた。
そして、死に戻りしたイーヴァといえば。
「……おぅ、悪い。心配かけた」
バツが悪そうな顔で上半身を起こし、ただただ彼女の診察をされるがままに受けていた。
「その通りだよ、この阿呆が」
「お前に阿呆と言われるとか、アタシも終わったな……」
それはどういう意味だ? 「ぶるるっ」と苦笑いを浮かべながら、オレは<グロウアップ>を解除する。
「……ふむ、どうやら儂の選んだコートはかなり役に立っておるようじゃな。参考までに主様や、後ほど使用感や改善点をギルドに報告――」
「そんなことはどうでもいい。それよりもヤコ、これはどういう状況なんだ?」
「ああ、すまぬすまぬ。主様が<グロウアップ>したままここまで突撃してきたおかげで気が抜けてしもうてたわ」
オレのせいか。
いや、たしかに自宅からこの詰所までくるまで結構な時間があったにもかかわらず、オレは今の今まで冷静さを欠いていた。
オレはバツが悪くなり、顔を隠すように手を当ててそっぽをむく。
「くふふ! 主様にもかわいいところがあるんじゃの! そんな主様に儂、きゅんきゅん――こほん。さて、儂も詳しい状況を知らぬし、イーヴァはほんの五分ほど前に目覚めたばかり。イーヴァよ、同じ質問をもう一度問うが、いったい何があったんじゃ?」
「ああ……そうだな、どっから説明したらいいか……いや、結論から言やぁ」
誘拐されてた。
――これは、イーヴァが冒険者ギルドからベッキーをつれ、外へと抜け出した後の話だ。
本人曰く「ああいう声のでかい手合いは嘘八百並べ立てて余計に手間と傷口を広げてくる」から逃げ出したそうだが、逃亡理由はまぁ、いい。
問題はそのあとである。
「あいつ――いや、あいつら、か。ある意味予想通りっつーか、アタシたちをつけてきた輩がいてな。ひとまず安全な場所まで逃げるために路地裏に入った途端、ここを、こう、な?」
そう言いながら彼女は自分の後頭部をトントンとたたき、殴られた事実をアピール。
「んで、いい具合に入ったのか、そのまま気絶しちまってな。気が付いたらなーんもない倉庫らしいところで簀巻きにされてたわ」
「ベッキーは?」
「いなかったな。つーか本当に誰もいねぇのよ。身体縛って倉庫らしいところに放り込んで、そんで終わりってな具合だわ」
「儂ら渡り人はチャットが使えるからの。下手に何かしでかせばすべての渡り人を敵に回すことになる、大方それを心配しての処置じゃろう……で、その、ここで聞くのもこう、まずそうなんじゃが……うん、違和感は、なかったかえ? 具体的にはその、下の方なんじゃが……」
「いわ……ああ、そういうことね。幸いにしてさっぱりさ。この世界に召喚されてはじめて、自分がロリだったのが本気でありがたいと思った瞬間だよ」
……ああ、そういえば路地裏にいたあの立ちんぼ、オレのこと「変態かよ」とか言ってやがったな。濡れ衣すぎるが。
イーヴァのその言葉に、ヤコはホッと安堵のため息を吐き出すとともに、オレの顔を不安げに見上げる。
「ところで主様や。主様は儂やイーヴァのような実年齢より若々しく見える女性は……」
「ノーコメント。イーヴァ、続き」
「続きっつっても……そのあとギルドで騒いでたおっさんがやってきて、『今お前に死なれると困る』とかなんとか尊大なセリフでアタシにちまっこい黒パン一個かじらせて……すこーし寒くなってきたから夜あたりか? 急にめまいがして、気ぃ失って、そのままぽっくりらしい」
そこまで話して、イーヴァは肩をすくめる。
「ふむ……ロゼ」
「ん? ああ、正確にはわからねーけどいわゆる脳溢血とか脳挫傷とかそういうたぐいのやつだと思うわ」
白衣を着たクレッセント――ロゼさんがヤコの問いかけに口を開き、イーヴァのその状況から病名を診断する。
「気絶したまま死に戻りしてきたっつーから『すわ一大事』って飛んできたんだが……ふたを開ければバカらしくなるくらい健康体でびっくりだわ。あたいたち、死ねば医者なんていらないんじゃないかねぇ?」
「医者が――医療部部長がそれを言わないでくりゃれ……」
「知るか」
なにこの不良医師。
「……アタシ、ぜってぇ医者にはかからない」
「そいつぁ楽でいいや」
げらげらと笑いながらパイプを取り出し、そのまま流れるような所作で吸い口にかじりつく。
「……ああくそ、そういや切らしてたんだ。おいグッチ、葉っぱと火」
「あっても貸すわけがないだろう。年なんだから自重するがいい」
「なにおぅ!」
そのやり取りに、ヤコが痛そうに頭を抱える。
「……本当にすまぬ。本当の意味での外科医はこやつしかおらなんだ。しかも知識はあるし、医者として患者に対応する分には真摯だから始末に負えん」
「とっくの昔に定年迎えた身だから最新知識とかそーゆーのはねぇけどな! げひゃひゃ!」
ああ、つまりなんだ。彼女はただ、若返った興奮ではっちゃけてるだけなのか。
それでも医者としては真摯な対応だというのだから、根っこは真面目なのだろう。
この言動からは、さっぱり、想像できないが。
「……本当にすまぬ」
そしてヤコの口から、ため息が漏れた。




