33話 Apple of discord
その後、グッチさんが持ってきていた備品のひとつであるアリアドネーの糸を使用して王都北区の中央広場へと戻ると、オレの目の前にはなぜかイーヴァがいた。
どうやら彼はオレたちがアリアドネーの糸で戻ってくるとあたりをつけ、警察よろしく張り込んでいたらしい。
「……げっ」
「あ?」
そんな元警察官な彼はオレの目の前で腕を組んで仁王立ちしており、自らが放つライムイエローの淡い輝きに照らされたその表情は非常に不機嫌。
また、思わずこぼれ出てしまったオレのその一言に、彼は元警察官らしからぬキレ気味な声を上げる。
「なぁイノ、それが、暮れの八時ごろまでどこぞをほっつき歩いてた阿呆の言う言葉か?」
「あ、いや、その……すまん」
これまで彼に説教されてきたオレの経験上、彼がこうなってしまったらもう手が付けられない。
オレはどもりながらもなんとか謝罪の一言をひねり出し、彼に頭を下げる。
「――さて、我輩はギルドに報告があるので戻らせてもらおう」
グッチさんはオレとイーヴァの間に流れるそんな気まずい空気に耐えられなくなったのか自分の立場を利用して早々に立ち去る。
「あ、じゃあ僕も」
また、それに便乗しようとレオンも小さく声をあげる。
が、もちろんそれを見逃すイーヴァではない。
「あ?」
「……ごめんなさい」
彼の放ったたった一言――たった一文字が、レオンをその場に縫いとめた。
「それと、ハンガクさんもこっそり逃げ出そうとかしてんなよ。さすがに分かるからな?」
「……はい、すいません」
「さて。なぁ、イノ」
「な、なんだ……?」
「いきさつはハンガクさんのチャットで知ってるし、エレンさんにも詳しく説明してもらった。――それで? こんな時間までお前らを待っていた、夕飯の料理当番だったアタシへの言い訳はあるか?」
「……すまん」
彼のその有無を言わさぬ雰囲気にオレは思わず言葉を失い、言い訳を放棄。
そして粛々と頭を下げる。
「はぁ……まったく」
ため息。
そのままイーヴァは空を見上げて月の位置から時間を確認し。
「今日はもういいや。お前らの夕飯はみんなで食っちまったし、いろいろあって頭痛いし、夜も遅いし、アタシ眠いし、もう寝たいし、もっかい作るのめんどいし。だから――説教のかわりにお前ら全員夕飯抜きな?」
事実上おとがめなしというずいぶんと温情のある罰を、オレたちに言い渡した。
次の日、オレは空腹で目を覚ます。
いや、別にイーヴァが四六時中監視しているわけではないため、自分の家に早々に引っこんでレーションをかじれば済む話だった。
普通なら。
しかし、いくらこの世界に転移した時に持っていたレーションがいくばくか残っているとはいえ、いくら『もしも』のことを考えてちょくちょくとレーションを買い足していたとはいえ、デニーとアレックスはレーションを持っていないのだ。
なのにオレたちが、オレたちだけが食べるのはおかしいだろう。
そんなことを考えて、オレは昨日からレーションをひとかけらも口にしなかった。
「ふにぃ~!」
そしてオレと同じく昨日からなにも口にしていないレオンもまた、起き抜けながら腹の虫をぐぅぐぅと鳴らし、大きく背伸び。
「……あ、イノ君おはよう」
「ああ、おはようレオン。今日は早いな?」
「あはは……おなかが空いちゃって」
閉じた雨戸の隙間から、うっすらと青い光が漏れ出ている。
その一条の光に照らされたレオンの顔は、どこか赤い。
もう朝食の準備がはじまっているのだろうか? 外からはほんのりといい香りが漂ってくる。
ぐぅ、と、腹が鳴った。
「ほんと、イーヴァ君ってばすごくいやらしい罰をしてくれたよね」
「説教よりはましだ」
あれは一時間ぐらい正座し続けなきゃいけないからな。
戦闘後にやられると本当にきつい。
「う~ん、僕としてはお説教で済むならそっちのほうが良かったかなぁ?」
「見解の相違だな」
「そうだね。――さて、今日の食事当番はだれだっけ?」
「昨日の夕食がイーヴァだったから、たしか……メノウさんだな」
「ああ、じゃあ今朝のごはんはいつもの通りだね。黒パンと串焼きかな? サンドイッチにするのはご自分で、ってやつ」
夕食抜きの罰を受けた手前、朝食が食べられるだけ上等だが……しかし、あの人はいい加減料理を覚えたほうがいいんじゃなかろうか?
そんなことを考え、オレは小さくため息をついた。
[jump a scene]
ぱちぱちとくべられた薪がちいさくはじけ、煌々と燃え上がるたき火がほんのりと肌寒い朝の空気をいくらか和らげてくれる。
「はい、盛り付け完了。みんな、好きなだけとってパンにはさみなさい」
メノウさんは自分のアイテム欄から大皿やら冷めた串焼きやらを取り出し、オレたちの目の前にどかっとおいた。
やはり、というか、またか、というか。今朝の朝食はメノウさんの得意料理? であるセルフサンドイッチだった。
まあ、ちゃんとパンをスライスしてくれていたり、串焼きの串を外していたり、レタスをちぎって盛り付けてくれていたり、一応は最初のころより進歩している。
だが、オレとしてはここまでするならちゃんと挟んで出してくれよと思わなくもないのだが……いや、さておき。
「こーら、イノ。お前は手づかみで肉とるな。木くずが入るだろ? アレックスもだ」
イーヴァは昨日のことはもう引きずっていないようで、いつもの口調でオレやアレックスを窘める。
「あー……すまん」
「ご、ごめんなさい…!」
「ったく……ちょっとまってろ、作ってやるから」
そんなイーヴァをメノウさんとハンガクさんはにやにやと眺める。
昨日のことなどどこ吹く風、まさに平常運転である。
「親子ね」
「はい、親子です」
「ねぇよ」
「ねぇよ」
思わず、オレとイーヴァは口をそろえてそれを否定。
「あら? でもアレックス君はまんざらでもなさそうよ?」
「あ、う……」
「……メノウ、子供を盾に取るとか、お前外道だな?」
「ぎゃふん!」
その言葉はどうやら、彼女の心に深刻なダメージを与えたようだ。
イーヴァの言葉にメノウさんが大げさにのけぞる。
「――って、ああ、そうそう。三人で思い出したわ。イノ君」
「なんでそれで思い出すか、オレにはさっぱりわからないが……なんだ?」
「イーヴァ君は嘘だと断じてみんなに話してないけど……ベッキー君の、親が出てきたわ」
「――は?」
その言葉にオレは、思わず耳を疑った。
最近忘れがちな設定ではあるが、冒険者ギルドはディタムス王と組んでアレックスたちの生い立ちを詐称している。
双方の公式発表では『ディタムス王が新しく召喚した初心者渡り人』となっているはずなのだ。
つまり、普通なら『この世界の生まれではない』ベッキーに『この世界の親』がいるのはおかしいことになる。
……まぁ、二週間ほど前にランディたちは元浮浪者仲間に殺されて死に戻りを体験している。
なので、この事態は決してありえないことではない、のだが……。
「なんで今更」
そう、ランディたちが死んでからもう二週間も経っている。
たしかに噂が広まるには十分な時間が経っている。
だがランディたちは出生があやふやなストリートチルドレン、この二週間という時間が過ぎても、それを利用するものはひとりとして出てこなかった。
それに、たとえ初心者であろうとも、ランディたちは十分金を稼ぐことができる。
だというのに、そんな金の卵を産むガチョウを利用しようと考える人間がいないとは思えない。
……いや、今はそれより。
「ベッキー、今の話は?」
「……本当よ。ギルドカードの更新中に言われたわ。すっごく身なりのいいおっさんに『おお、わが娘よ!』なんて、バカなことをね」
ベッキーに事の真偽を訪ねると、ベッキーは不機嫌そうに眉を寄せながら吐き捨て、自分で作った肉たっぷりのサンドイッチにかじりつく。
「むかっ腹たったから私、そいつの股間を蹴り上げて言ってやったわ。私のお母さんは娼婦よ! ってね」
「お、おう……」
オレの股間に幻痛が一瞬走り、思わず身をこわばらせる。
……というか、母親が娼婦とか、その娘がストリートチルドレンに身をやつしているとか、世間一般には結構――いや、かなり重い生い立ちじゃないのか?
こんなふうにもののついでに聞くようなものなのか?
思わずイーヴァを見やれば、彼は痛そうに頭を押さえており、メノウさんを見やれば、彼女は気にするなとでも言いたげに肩をすくめる。
――なるほど、元警察官だったイーヴァがオレたちに話さないわけだ。
そして、男らしいメノウさんが話題にあげるわけだ。
この問題は放置できるほど易くはないし、一人の手に負えるほど軽くもない。
第一、全員が全員ベッキーのように自分の出生を知っているわけではあるまい。
また、たとえ自分の出生を知っていたとしても、こいつらはまだまだ子供だ。母親のぬくもりが恋しいやつだっているだろう。
特にアレックスはさきほどのメノウさんの発言にまんざらでもなかったようだし、アレックスと同じ気持ちの奴だって……。
昨日イーヴァが頭が痛いと言っていた理由がよくわかる。
はてさて、どうするか……その対策を真剣に考えはじめると、しかし、メノウさんは。
「まぁ、それはどうでもいいんだけどさ」
いつもの確信的空気の読めなさで話題をぶった切ってきた。
「――おい」
「いや、どーでもいいでしょ? だってベッキー君のお母さんはいわゆるお姫様なんでしょう? そのお姫様がだれに恋をして、だれと愛し合っていたところで、ベッキー君の人生にはこれっぽっちも関係ないじゃない」
イーヴァが死に戻りした時といい、この人はどうしてこうも。
「……本当に男らしいな?」
思わず、それが声に出てしまった。
「やめてっ! それ後輩に言われてわりとトラウマなの!」
メノウさんが耳をふさいで「あーあー聞こえなーい」と声を出す。
「こほん……さておき」
そんなコメディな空気を変えたのは、イーヴァの咳払い。
「病気やファッションに流行があるように、犯罪にも流行っていうものがある。これからすごい大変だぞ?」
「……イノ君、イーヴァ君の話は本当かい?」
「だからなぜオレに聞く――いや、やっぱり応えなくていい。どうせオレだからというんだろう?」
レオンが口を開きかけ、オレはそれを片手で制する。
「あるかないかでいえば、ある」
『学ぶ』とは本来『まねる』から来た言葉である。
そして、人間は学ぶ動物である。
そんな学ぶ動物が、合法的に、楽して、飯の種が得られるとわかったら?
自制できない奴なら、確実にまねるだろう。
そして低所得者や浮浪者の多いこの世界だ、犯罪以外なら構わずやる人間がいないわけがない。
第一、世界有数の治安と犯罪の少なさを誇る日本でだって振り込め詐欺とかオレオレ詐欺とか、一時期はやったじゃないか。
「あー、そっか。そういう問題もあったわねぇ……」
先ほどのショックからいつのまにか立ち直ったメノウさんが、オレとイーヴァの言葉を聞いて『なるほど』とうなずく。
「でも、私たちはベッキー君と同じことするくらいしか対処の使用がないし、ヤコ君に報告するだけでいいんじゃないかしら? ほら、法的な手続きとか、すごい得意そうじゃない?」
得意そう、じゃなくて、ヤコたちは本職だろうに。
だが、この世界の法律なんていまだに詳しく知らないオレたちだ。それしか対処のしようがないだろうとうなずく。
「それじゃぁこのお話はもう終わり! ほら、早く食べないとさめちゃうわよ?」
「ねぇよ」
「そもそもが出来合いの総菜だろ?」
「元から冷めてたよね?」
「めのちゃん、そのセリフを言いたかったらまずは料理できるようになろうね?」
「――ぎゃふん!」
[jump a scene]
朝食の片手間ながら方策も決まり、そしてなにより日々の糧を稼がなければということもあり、オレたちは全員そろって冒険者ギルドへとやってきていた。
冒険者ギルドは相変わらず人であふれており、朝ということもあってか運搬依頼や討伐依頼といった遠方へと向かう依頼を引き受ける人だかりでごった返していた。
「それじゃあオレはヤコのところへ行ってくるから、レオンは昨日の依頼料をもらってきてくれ」
「うん、任された」
「んじゃ、その間にアタシたちは適当な依頼を見繕っておくよ。運搬依頼でいいか?」
「えーっ! デニーとアレックスがミノタウロス討伐したんだろ? オレもしてぇよ!」
「お前はその突撃思考が治ったらさせてやる。ほらこい」
イーヴァはランディの言葉を一蹴し、オレに向かってはたはたと手を振ると、そのままランディを引き連れて依頼書が張り出された掲示板へと向かっていく。
「……さて、と」
そのうしろ姿が人ごみに消えるまで見届けたオレは、ヤコに取り次いでもらうため一番空いていそうな受付カウンターを探しはじめた。
一番人が並んでいないカウンターの列へと並びながら『役所や銀行みたいに番号札を使ったほうがすっきりするんじゃないだろうか?』などと取り止めのないことを考えていると、不意に、前方で行われている騒ぎの声がオレの耳に入ってきた。
「――だから! この依頼を受けさせろっていってんだろうが!」
この人だかりの喧騒の中でもその声は鮮明に聞こえ、オレは「なんだ?」と眉をひそめる。
「……お? 兄ちゃんはあれを見るのは初めてか?」
「ん? ああ」
するとその表情を偶然見つけたらしい背の低い鬼人の男が、オレに声をかけてきた。
「最近長期の依頼が重なったり、相方が依頼を受けてくれるからな。何があったのかわからないんだ」
なお、今回はことがことだけに朝早くやってきたのだが、しかし、普段は人ごみを避けて昼ごろに依頼を受けている。
また、ここ最近はヤコが直々に依頼をもってきてくれたり、強制労働のせいで冒険者ギルドにやってくることも少なくなっていた。
――こうして考えると、ここ最近オレは情報収集を怠っていたようだな。
この世界に召喚されてからおおよそ二か月。いい加減気を引き締めないと思わぬ事故にあってしまうかもしれないな……いや、さておき。
「あー、そりゃ仕方ねぇや。ほら、最近討伐依頼の値段が下がったろ? あれのせいでふつーのやつがオレたち用の塩の運搬依頼をやらせろってゴネてんだよ」
「それは、なんとまぁ……」
起きるべくして起きた事態というわけか。
「まあ? だいたい五分ぐらいで周りの視線に耐えられなくなって帰ってくから気にすんな――と、言ってるそばから」
そういった彼の視線を追うと、カウンターからは舌打ちをする浮浪者じみた格好の、体格の良い男がのっしのっしと歩いて、そのまま去っていく。
……というか、薙刀こそ持っていないが、しかし、あいつは。
「兄ちゃん、いくらしょーもないことで時間をつぶされたとはいえ、顔が怖いぜ?」
「――ん? ああ、すまない」
どうやら無意識のうちにあいつをにらみつけていたらしい。
こんなこと、イーヴァに知られたらなんていわれるか……やれやれ。
思わず、ため息をついてしまった。
ヤコとの面談は、やはりというかすんなりとかなってしまった。
「くふ、くふふ! よもや主様から会いに来てくれるとは! これはもう儂の時代が来たといっても過言ではないのではないだろうか!?」
「過言だ、阿呆」
「くふ! やはり主様はツンデレじゃ! ……さて、いつもの通り麦茶で悪いが、ゆっくりしていってくりゃれ?」
「ああ、いただこう」
いつものように応接室へと通されたオレは、ヤコがアイテム欄から取り出した麦茶を一口すすり、一息つく。
「さて、主様や。今日は何の用じゃ? 主様のこと、用もなく儂に会いに来たわけではあるまい?」
「ああ。すまないがまた厄介ごとをもってきてしまってな」
「構わぬよ。儂とて迷惑なことを言っておるし、それに――主様直々の迷惑、ご褒美じゃ!」
「お、おぅ……」
すばらしい笑顔でサムズアップする彼女に、オレは思わず顔が引きつってしまった。
本当に、彼女はいったいどこを目指し、どこへ向かっているのだろうか?
ともかく。
「ヤコは昨日のことについて聞いているか?」
「ふむ? 昨日のこと、といえば……ああ、ミノタウロスの依頼料じゃな? なんじゃ、儂に会いにくるためだけにそんな建前を? くふ、くふふ! そのようなことをせずとも」
「違う、ベッキーについてだ」
「……ああ、そういえばそんなこともあったの」
オレの否定にヤコの声のトーンとテンションが一気に下がる。
「ええっと? なんじゃったかの? ベッキーの親が見つかった、だったかの?」
「ああ。それは本人が否定したから別にいいんだが……やはり今後同じようなことがあると思うと、な?」
「ふむ? まぁ、たしかに。公式では召喚されてやってきた初心者ということになっているしの」
そのままヤコは腕を組み、しばらく思案顔。
「手っ取り早いのは一応権力者でもある儂の養子にしてしまうことじゃが……主様や、儂と結婚して、子を成さぬか? うまくいけばひと月ほどで」
「ねぇよ」
「うぐっ……予想通りとはいえこうもきっぱり言われるとさすがに傷つくの」
「というか、なんでいきなりその話になる?」
「なるもなにも、法で決まっとるから、としか言いようがない。この国で養子が取れるのは子を成した夫婦か、もしくは何らかの理由で実子が成せぬ夫婦だけなんじゃよ」
なお、後者の場合には子供が成せぬ公的な証明書などが必要であるそうだ。
そして、こんな奇怪な法律が作られた理由は『同性愛者たちが養子縁組を利用して擬似結婚してしまうという案件が増えすぎたため』らしい。
「それは、また……」
こんな中世世界観な国でも、問題になる程度には同性愛者がいるのか。
思わず顔が引きつってしまう。
「養子縁組を利用した同性愛者の擬似結婚は日本でもあったことじゃし、さほど不思議ではあるまい? 同性愛に目を向けるだけの余裕があるのも、金をもつ貴族くらいじゃしの」
つまり『同性愛より先に実子をなんとかしろ』ということだろう。
それに、いくら魔法があるとはいえ、そしていくら渡り人の知識を得たとはいえ、医療器材が満足にそろえられないこの世界だ。死産はまだまだ多いだろう。
しかも貴族の場合、長男が亡くなってしまった場合を考えて、子供は最低でも二人はほしい。
しかし、後継ぎが争うのも避けたい。必然、農家のように労働力としてどんどん子を成すこともない。
……どうも、世の中うまくいかないものである。
「――ん? いや、まて。同性愛とか、そういうのは法ではなく宗教で抑えるものじゃないのか?」
地球でも同性愛を宗教的戒律で禁止するという話がある。
第一そういうのは明文化するとのちのち不具合が出るはずなのだ。
法に関して明るくないオレですらこういう考えに行き着くのだ。どう考えても法律がおかしい。
その疑問を彼女に尋ねると、彼女はすっと顔をそらしながらぽつぽつと語りはじめる。
「……百年ばかり前の先代渡り人がの? すごい宗教嫌いらしかったようで、政教分離を唱えるどころか宗教弾圧をしておったそうなんじゃ」
「お、おぅ……」
「しかも、『モンスターの被害が世にあふれているのになぜ神は何もしない!』というかの者たちがうたった事実に、これまで不満をため込んでいた国民が乗りに乗って――今では南区に、この国の祭事などをつかさどるだけの名ばかり教会があるだけじゃ」
……ああ、なるほど。
なんで宗教がないのか疑問に思っていたが、すでにもうないのか。
「まぁ、さすがにこの国すべての人間が無宗教というわけではなく、むしろここ百年の間に先祖信仰がはじまっておるのじゃが……おっと、これは儂らには関係のない話じゃな」
「あ、ああ。そうだな」
「さて、過激な先代の汚点はさておいて……はてさて、どうするかの? 養子案は却下じゃし、法律を専門で受け持っておる職員は今、討伐依頼の監査官をやっておるゆえ、話を聞くのはちと難しい……ああ、人が全然足りぬ」
そしてヤコが深々とため息をついた。
「のう、主様や。国や他ギルドの色がついておらぬ人間を知らぬかの? 読み書き計算ができるか、もしくは小型モンスターに囲まれても逃げてこれる程度の力を持った人材――もっと欲を言えばそういった人材が四十人くらい居れば儂らのギルドも当面は安定するんじゃが」
「そんなに大量に知ってるわけがないだろう?」
というか、その条件では一人として知らない。
むしろオレたち渡り人が四十人ギルドに入るしか、その欲を満たす方法なはいと思うのだが……いや、そうすると今度は『冒険者が足りぬ!』とか言いそうだな。
かといってディタムス王に召喚を依頼するのは、ある意味で犠牲者を増やしてしまうわけで……。
「だいたい、そもそもこの世界で他ギルドの色がついていない人材とか、浮浪者くらいだろう?」
「うぐ……じゃ、じゃが彼奴らは駄目じゃ。学がないのもあるが、しかし、怒りに任せてランディらを集団リンチするとか、クーデター起こすとか根本的にアウトじゃ」
「まぁ、だよな……だが、そうするとこの世界に雇える人間はいなくなるぞ?」
「むぅっ! 主様は意地悪じゃ!」
「うっせ。この世に存在しない人間を求めるからだ」
「うぐぐ……ん? ああ、いや、まて、そうか……」
なにをひらめいたのか、ふとヤコは腕を組みながら天井を仰ぎ、ぶつぶつとつぶやきはじめる。
「――くふっ、くふふ!」
そして、なにを思ったか、彼女は突然笑いはじめた。
「ツンデレじゃ! やはり主様はツンデレじゃ! しかも儂が困っている姿を見て悦に浸る変態じゃ!」
「ねぇよ!」
変態というセリフにすかさず反論。
というか、お前の中でのオレはいったいどんな人間になっているというのだ。
「くふ、くふふ! すまぬすまぬ! じゃが本当に、主様はわかって言っているとしか思えぬことばかり口にするでの。ついつい口をついて出てしまったのじゃ」
そしていつものように口元を袖で隠し、彼女はくつくつとひとしきり笑いつづける。
「――さて、ランディたちのほうは法律専門のギルド職員が戻ってき次第対策を練らせてもらおう。そして、主様や」
「……なんだ?」
「良きヒントをありがとう。此度のことでますます惚れてしまったわ。二代目とか養子縁組とかそういうの抜きにして、儂との結婚の件、真剣に考えてくりゃれ? 儂は、本気ゆえ、の?」
まるでオレを魅了するかのように、ぱちん、と、ヤコがウィンクをした。




