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7th Sphere  作者: 竹永日雲
変革世界
32/40

32話 Trophy of "Twin horn"

 この世界とよく似たゲームである七つ世界(セブンスフィア)は『ハンティングアクション』というジャンルのゲームである。

 ではその『ハンティングアクション』というジャンルとはなんであるか? それを端的に言い表せば――もちろん、ゲームによって差異はあるが――プレイヤーがモンスターを狩ることに主眼に置いたアクションゲームである。

 そのため、この『ハンティングアクション』というジャンルのゲームは往々にして『いかにしてモンスターを倒すか』というところで個性が出されているのである。

 ――では、その件の『ハンティングアクション』であるこの七つ世界(セブンスフィア)というゲームはどのような個性を持っているのか?

 この七つ世界(セブンスフィア)の場合、モンスターを倒す手段として覚醒技と呼ばれるスキルが存在している。

 また、その覚醒技と呼ばれるスキルは『悪食』という蔑称が存在していることからも分かる通り、モンスターの肉を加工してレーションを作ることによって得られるものであり、オレたち悪食……渡り人がその本来の役目にはまるっきりかかわらないのにモンスターを倒している、倒さなければならないのはこのためである。

 ……ただ、この世界に来てしまった今では有名無実と化していた死に戻り設定が現実のものとなっているため、オレたちがモンスターを狩る必要性はゲーム時代より増しているわけなのだが……ともかく。

「イーノさん、それのどこが特別なんだ?」

 デニーは再び眉をひそめながら手をあげ、静かな口調でオレに抗議する。

「そ、そうですよ! おじさん。傷つけなくちゃモンスターを倒せません!」

 そしてアレックスもデニーのそのそのに便乗し、あまりにも自分たちの想像とは異なっていたそれに唇を(とが)らせる。

「まぁ聞け。それに大体『特殊な』と言っているだろう?」

 二人のにらみつける視線を、オレは肩をすくめながらゆらりとかわす。

 また、レオンは。

「うんうん。最初に聞かされた時はこういう反応をするよねぇ」

 と何度もうなずき、メノウさんに至っては。

「私もこういうときがありましたねぇ……」

 などと昔を懐かしむようにしみじみとつぶやく。

 デニーとアレックスはそんな二人を交互に見て、二人同時に面食らう。

「……間に入って悪いが、これはギルド職員のほうが信憑性があるだろう。少年たちよ、イノ君が言った通り特殊な、というのは本当にそういった技術である。……まぁ、我輩の所属するギルドは超大型専門だったのでまずやらなかったが」

 そして、超大型モンスター専門狩猟ギルド<モチヅキ>である所属のグッチさんがそんな二人の表情を見るに見かねてオレの言葉を補強する。

「さて、どこから話したものであるか……規模の違いこそあるがモンスターは基本的にそれらがもつ角や爪、牙を破壊することができる。少年たちよ、ここまではいいな?」

「おう」

「そしてそういった部位を破壊すれば、当然モンスターの戦闘能力は下がる。具体的に言えばモンスターの攻撃の威力が下がったり、また反対にこちらの攻撃の威力が上がったりする」

 しかし、そういった部位を破壊するのだ。当然、入手できるアイテムはごく少数になってしまう。

 まるで現実のように、破壊したものは消えてしまう――他の『ハンティングアクション』とは一線を画するこのシステムだが、しかし、これは七つ世界(セブンスフィア)がゲームだったころの仕様でもある。

「無論、金より命である。倒しやすくなるということはそれだけ自らの命を生きながらえさせることに直結する」

 だが、その七つ世界(セブンスフィア)というゲームでは金は他の依頼で稼ぐことができる。

 だからこそ、通常の戦闘では部位を破壊しないという選択肢はまずない。

 そして、特に超大型モンスターとの戦闘を専門にやっていたギルドにとってそれは、少しでも自分たちの勝率を上げるという意味からいっても当然といえよう。

「だが、だからと言って破壊できる部位をすべて破壊しようと考えてはいけない。それは、この世の万物には必ず『何事にも例外がある』という言葉がついているためである」

 たとえばこの人間世界。

 この人間世界にはその例外のひとつとしてバジリスクという中型モンスターがいる。

 バジリスクは翡翠でできた瞳をもつ六本足のトカゲであり、しかし、神話のごとく石化の魔眼をもっているわけではないためコカトリスよりも倒しやすい。

 また、そのバジリスクから得られる唯一(・・)の戦利品である『バジリスクの翡翠眼』は非常に高価な換金アイテムとして有名である。

 そのため、ミノタウロスを倒せるようになり、自らの実力に慢心しはじめたプレイヤーがその大金欲しさに次に狙うモンスターでもある……の、だが、もちろん世の中にそんなうまい話があるわけがない。

 そう、このバジリスク、神話同様血が猛毒なのである。

 具体的に言えばバジリスクが刃のついた武器での攻撃をうけると切り口から猛毒の血が噴水のごとく噴き出し、そしてそれを浴びた対象を毒状態にするのだ。

 しかも中型だけあって無駄に生命力が高く、トカゲの姿だけあって阿呆みたいに動きがすばやく、そいつが周囲にまき散らす猛毒は即死こそしないものの確実にプレイヤーの生命をむしばむのだ。

 ……その昔、イーヴァが放った雑魚散らしのための<貫通のルーン>が、射線上に突然割って入ってきたバジリスクに命中してしまったときは本気で死に戻りを覚悟したものである。

 いや、それはともかく。

「――以上の理由から、相手を一撃で殺傷できる力が必ずしも良いとは限らないのである。分かったか? 少年たちよ」

 オレが昔のことを振り返っている間に、グッチさんの講義も終わったようである。

 グッチさんは冒険者ギルド職員であるし、また超大型モンスター狩猟専門ギルド<モチヅキ>のメンバーだ。その言葉に宿る信憑性はかなりのものであるだろう。

 そう思ってデニーやアレックスを見やれば、やはり二人は実に神妙な顔で……いや、若干こわばった表情でゆっくりと首を縦に振る。

「オレ、絶対にカトブレパスには手を出さない……」

「ぼ、僕も……」

 その二人の言葉尻から察するに、どうやらグッチさんは超大型モンスター狩猟専門ギルド所属らしく超大型モンスターをたとえに出していたらしい。

 ……というかグッチさん、よりにもよってカトブレパス(人間世界のボス)をたとえにだしたのかよ。

 そのあまりにもあまりな選択に、オレは思わずため息を漏らしてしまった。



「――さて、特殊な戦い方の理由について十分納得してもらったところで、いい加減話を進めさせてもらうぞ?」

 グッチさんがふたたび我関せずの態度に戻ったことを確認したのち、オレはいまだに恐れの色を見せている二人の視線を集め、話の流れをもとに戻す。

「今回とることになる戦闘方法のあらすじはこうだ。まずアレックス」

「は、はい!」

「ミノタウロスと戦う直前、<テンプテーションアロマ>でミノタウロスの敵愾心(ヘイト)を稼げ。また、ミノタウロスが攻撃してきたときは<シールドガード>で防ぐんだ。やり方は、わかるな?」

「はい! この前メノウお姉さんにやり方を教えてもらいました!」

「よろしい。……ああ、戦闘前の<パリィ>と<カーバイトアーマー>、それと<ルートリカバリー>は絶対に忘れるな?」

「はい!」

 <シールドガード>は<フラムポルト>と同じくアーマードの代表的な防御技であり、わざわざ浸食率を消費してまで繰り出すガードだけにその効果は『数秒だけではあるが受けるダメージを半分にする』というすさまじい性能を秘めている。

 しかもこの覚醒技は<フラムポルト>と違って始動(・・)モーション(・・・・・)()必要としない(・・・・・・)。そのため、緊急避難的に使用が可能な覚醒技でもある。

 また、それと同時に発動させるアーマードの<パリィ>は『ダメージを軽減しつつ、自分をわざとノックバックさせる』自己バフであり、これによってアーマードは防御と同時にモンスターの射程外へと逃れ、連続で攻撃を受けるのを防ぐのである。

 ただ、<テンプテーションアロマ>と<パリィ>の組み合わせは殿(しんがり)や撤退をおこなう場合には非常に効果的なのだが、しかし、こういったモンスターを釘付けにするという場合には到底向かない。

 ……ちなみにベテランデコイはそれの解決策として、ガードする位置や<パリィ>のノックバックをうまく利用することによってモンスターの側面や背後に回り込むという変態機動を習得している。

 が、それはさすがに今のアレックスに教えたところで実行することはできないだろう。

 故に今回はミノタウロスの行動パターンを限定するだけで満足するべきなのかもしれない。

 さておき。

「いい返事だ。そして……いいかアレックス。今回のミノタウロス討伐、お前がどれだけミノタウロスの敵愾心(ヘイト)を稼ぐかがポイントになる」

 なにせアレックスが注意を引きつけている間ずっと、デニーが攻撃し続けることができるのだ。

 あとはいかにしてデニーがミノタウロスに武器を、棍棒を持たせないか。もしくはいかにしてミノタウロスの手から棍棒を叩き落とすかがカギとなる。

「だから、自分を守り切れ」

「がん、がんばります……っ!」

「次にデニー」

「う、うっす!」

「デニー、お前はミノタウロスがアレックスに向かっていたことを確認してから一発――常時覚醒技(パッシブスキル)を考えれば二発だが、とにかく二回ミノタウロスを殴れ。そのとき、殴りかかる部位は腕――ミノタウロスが棍棒を持つ手を狙うんだ」

「うっす」

「……ああそれと、今回は絶対に大振りはするなよ? なにせ今回は特殊な戦い方の練習でもあるのだから」

「うっす!」

 地下世界にてジュウゴヤさんに聞いた話が正しいとするならば、そうすることによってライカンスロープの<スタンブロウ>が発動し、ミノタウロスの手が数瞬とはいえ麻痺して動かなくなるはずだ。

 それでミノタウロスが棍棒を落としたら御の字、落とさなくても麻痺した腕でそうそう強い攻撃ができるはずがない。

「ああ、その拳が当たっても外しても、とにかく攻撃したらすぐさま後ろに飛びのいて距離をとれ。そして次のお前の攻撃タイミングはミノタウロスがアレックスに攻撃した後だ」

 なお、これはミノタウロスに限らず、素手や強化弱化(バフデバフ)構成の基本戦闘方法でもある。

「それと、いくらアレックスがミノタウロスの敵愾心(ヘイト)を稼いでいるとはいえ、ミノタウロスは周囲を薙ぎ払うように棍棒を振り回すことがある」

 もしその攻撃に巻き込まれてしまったら、デニーはきっとひき肉になってしまうだろう。

「だから、お前は臆病になれ。『いけそう』じゃない。『いける』ときだけ攻撃するんだ」

「うっす!」

「よし……じゃあレオン、ハンガクさん」

「ふふっ、イノ君は心配性だなぁ。大丈夫、二人の邪魔は僕がさせない」

「私も全力でサポートしますので大船に乗った気でいてください!」

 オレが念押しにレオンとハンガクさんに声をかけると、さすがふたりは経験者(プレイヤー)だけあって自信満々な笑みとともに胸をたたく。

 そのふたりの笑みに、オレは「いらん気遣いだったか」と苦笑。

「……ふむ、どうやら話はまとまったようであるな?」

「ああ、待たせて悪い。グッチさん」

「なに、待つのも監査官の仕事である」

 そしてグッチさんはそのままオレたちの先頭に立ち、松明の明かりで行き先を煌々と照らした。

「ではいこう、ミノタウロスの縄張りへ」



      [jump a scene]



 休憩からだいたい十分程度歩いただろうか?

 やはりさきほどカトブレパス(人間世界のボス)という一筋縄ではいかないモンスターの話を聞いたためか、デニーやアレックスはひどく緊張した面持ちで周囲を警戒している。

 普通ならそんなに警戒しなくてもいいような気もするのだが……まぁ、側面からウェアウルフが飛び出してこないとも限らない。

 あまりにも緊張しすぎだが、しかし、不意打ちを防ぐにはこういった警戒はあってしかるべきか。

「止まれ」

 グッチさんが短くオレたちに命令する。

「……いたの?」

「いや、あそこにある木の枝が不自然に揺れた。だが、もしかすれば松明の明かりに気が付いたミノタウロスが様子を見に来たのかもしれない」

 どうやらこの大街道がミノタウロスの縄張りの中にはいっているだけではなく、ミノタウロスはこの大街道のそばに寝床を作っていたらしい。

 そしてミノタウロスの習性がゲーム時代の習性と同じであるならば、ミノタウロスは縄張りの中心に寝床を作るため、オレたちは知らず知らずのうちにミノタウロスの縄張りに足を踏み込んでいたことになる。

 もし、あの休憩中にミノタウロスが巡回してきたらと思うと冷汗が出る。

「――イノ君?」

 オレがそんな『ありえたかもしれない事態』を想像してると、不思議に思ったレオンがオレに声をかけてくる。

「あ? ああ……すまない」

 いけないいけない。これから戦闘なのだ、気を引き締めねば。

 一度、大きく深呼吸をして、意識を切り替える。

「よし。レオンは剣を装備して周囲警戒、ハンガクさんは<打ち払い>の準備、アレックスは<パリィ><カーバイトアーマー><ルートリカバリー>、デニーはアレックスから離れて側面をとりやすい位置に。オレが右で、お前が左だ」

 そしてすぐさま全員に指示を飛ばし、戦闘前準備を行わせる。

 いや、戦闘準備とはいえ、そのほとんどはアイテム欄から剣や矢筒といった武器を取り出したり、覚醒技を発動させたりするだけなので、ものの数十秒で準備は完了する。

「準備は終わったな? ――よし。アレックス、<テンプテーションアロマ>だ!」

「は、はい! <テンプテーションアロマ>!」

 その言葉と同時、しゅぅっ! と両腕から舞い上がる光り輝く粒子のエフェクトとともに、甘ったるい芳香が周囲に充満する。

 そしてその甘ったるい芳香は、うっすらと、そしてやさしく吹き流れる夜風に漂い、推定ミノタウロスの鼻先へと届くことだろう。

「ぶるるっ……っ!」

「――かかった!」

 <テンプテーションアロマ>の効果にて、大街道そばの森に隠れていたのはミノタウロスであることが確定。

 ミノタウロスはその森の中からにゅぅっと顔を突き出し、すぐさまオレたちを――アレックスを補足した。

「ぶるるぁぁあ!」

 自らの鼻孔を過剰に震わせ、ミノタウロスが闇夜に()える。

 そしてすぐさまミノタウロスはその場にあった背の低い若木を引き抜くと、それを頭上で振り回し、アレックスに向かって突進。

 頭上で振り回した棍棒はその攻撃方向やタイミングをそうそう簡単につかませぬが、しかし、その大振りの攻撃はそれを差し引いても読みやすく――頭上から斜めに切り落とす、袈裟(けさ)斬り攻撃。

 それに対してアレックスは左腕の盾を掲げ、すかさず覚醒技を励起した!

「<シールドガード>!」

 覚醒技の発動によって輝く盾にミノタウロスの棍棒が触れ、きぃいいいん! という金属音が周囲に響き渡る。

 覚醒技によるガード成功。

 そのままアレックスは<パリィ>の効果で横方向へと短く、それでいて勢いよく吹き飛び、しかし、同じく<パリィ>の効果でふわりと着地。

 ミノタウロスの棍棒は自らの勢いを削ぐはずだった物体が消えたことで、先端が地面へと食い込んだ。

「デニー! 今だ!」

「――うぉおおおお!」

 オレの言葉でデニーが指を弾いたかのように飛び出す。

 攻撃は空手でいうところの正拳。

 ただし、それは空手とは違う。

 空手のそれが威力を目的として打っているのに対し、デニーの拳はボクシングのジャブのように速度を重視した『当てるだけ』の攻撃。

 だが、たったそれだけでも<スタンブロウ>の効果はあったようだ。ミノタウロスの腕がけいれんしたかのように一瞬、びくんと跳ね上がる。

 常時覚醒技の効果による二発目。

 ミノタウロスのけいれんがひときわ大きくなる。

「ぶるるぅ……」

 グッチさんの松明に照らされたミノタウロスが一瞬、デニーを見やる。

 ミノタウロスの右腕をみれば、けいれんがまだ収まっていない手に力をこめ、棍棒をにぎりしめていた。

 <テンプテーションアロマ>はモンスターの敵愾心(ヘイト)を、意識を自らに集中させる覚醒技だ。

 が、さすがに無意識の行動までは縛ることができなかったらしい。

 そいつはまるで自分の周りを飛び回るハエを追い払うかのごとき手軽さで棍棒を横へ薙ごうとしているのだ。

 ――が、そんなことをさせないために強化弱化(バフデバフ)構成のオレが、そして弓師であるハンガクさんがいる!

「<打ち払い>!」

 ハンガクさんが放った黄金の軌跡を描く矢が、ミノタウロスが何気なく振りぬいた棍棒の軌跡を上へと跳ね上げ。

「<ブランブルノット>!」

 そしてオレの覚醒技励起とともに右腕から放たれた、幾条もの光り輝くいばらのツタがミノタウロスの体に絡みつく。

 ゲーム上、<ブランブルノット>は行動速度を低下させる覚醒技というだけだ。

 だが、それを実現させる方法はいばらのツタを幾条も絡ませるというもの。

 当然、ミノタウロスは思わぬ妨害に動きが鈍くなり、デニーはその間に悠々と棍棒の範囲外に離脱。

「イーノさん、ハンガク姉さん、助かった」

「いえいえ、無事でなによりです」

 デニーが額から流れ出た冷汗をぬぐいつつオレやハンガクさんに礼をいい、オレはにやっと笑うことでそれの返答とした。

 だが、アレックスにとってそれは、攻撃を受けそうになったデニーよりも衝撃的であったらしい。

「て、<テンプテーションアロマ>! <テンプテーションアロマ>!」

 ミノタウロスの意外な行動に焦りだしたアレックスはふたたび、しかも二回連続で<テンプテーションアロマ>を励起。

 しかし、先ほどのあれは本当に無意識化の行動であり、そんなことをしなくてもミノタウロスは先ほどからアレックスをにらみっぱなしだ。

 ――だが、どうやらアレックスは動揺しているせいでそれにすら気づかなかったらしい。

「落ち着いてアレックス君! 狙われているのは君、君だから!」

「は、はいぃいっ!」

 周囲を警戒していたレオンが他のモンスターを呼び寄せられてはたまらぬと慌ててアレックスをフォローし、アレックスはその言葉に悲鳴にも似た声で答える。

「……そこはかとなくひどい言葉に聞こえるのは私だけでしょうか?」

 そしてハンガクさんはそんな言葉をのんきにつぶやいた。

 さすが自力でミノタウロスの攻撃を防ぎ切ったトンデモ女(メノウさん)の相棒ハンガクさん……余裕があるなぁ。

 いや、彼女は地下世界にある道場で個人的に身体や技術を鍛えていたくらいだ。それを考えれば『初心者の壁』程度の相手にこの余裕は当然のことなのかもしれない。

「とにかくアレックス君、危ない攻撃は全部私が<打ち払い>しますので、安心してください」

「わ、わかりました!」



      [jump a scene]



 夜風がオレたちの間をゆっくりと吹き抜ける。

 あれからミノタウロスはアレックスを何度攻撃しただろう? アレックスの左腕は守りに徹したせいか<ルートリカバリー>によって右腕よりも一回りほど太くなっている。

 あれからデニーはミノタウロスを何度攻撃しただろう? 気が遠くなるほど慎重に攻撃し続けたためか、ずいぶんと時間がかかってしまった。

「ぶるぅ……っ!」

 ずん……と、低い音を闇に響かせ、ミノタウロスはついに右腕の棍棒を落とし、さらに右腕をかばうようにしながら膝をつく。

 <スタンブロウ>の効果によって、ついにミノタウロスの右腕が完全に麻痺したのだ。

「や、やった……っ!?」

「デニー、(はや)るな。たかだか棍棒を叩き落としただけだ」

 松明の明かりに照らされ、デニーの表情がうっすらと喜色に染まり、そんなデニーをオレは厳しくいさめる。

 ――だが、ここが潮時なのかもしれない。

 アレックスの左腕は<ルートリカバリー>のおかげで持っているとはいえ、これ以上守りに徹したら今度は<ルートリカバリー>の修復速度を大幅に超過するだろう。

 もしそうなってしまったら、防御を左腕の盾に頼っているアレックスはガードができなくなってしまう。

「デニー、潮時だ。引け」

「うっす」

 そしてデニーもアレックスのその状況を理解しているらしく、オレの言葉にあっさりとしたがった。

「さて、ハンガクさん」

「はい?」

「下手に近づいて怪我をしたら元も子もない。ミノタウロスに<強撃>を」

「わかりました」

 ハンガクさんはその場でゆっくりと矢をつがえ、そして。

「<強撃>」

 弾け散る光の粒子とともに矢を放ち、ミノタウロスの眉間を正確に撃ち貫いた。



 念のためハンガクさんにもう一度矢を打ち込んでもらい、ミノタウロスが確実に死んでいることを確認。

 その後、念には念を入れ一番自然回復能力が高いオレがミノタウロスの死体に近づき、死体をアイテム欄へと入れて戦利品へと分解する。

 新しくアイテム欄に入ったのは『ミノタウロスの皮』や『ミノタウロスの肉』――そして『ミノタウロスの双角』であった。

 そしてそれは、オレがこの世界にやってきてはじめて手に入れたアイテムと同じ名前だった。

「――ふむ」

 そんな、この世界にやってきた当時のことを思い出したオレは、二本あるそれをもう一度アイテム欄から取り出し、デニーとアレックスそれぞれに差し出した。

「……イーノさん?」

「……おじさん?」

 ふたりはその不思議な行動に小首を傾げ、オレをじぃっと見上げてくる。

「お前らがはじめて真正面から戦ったモンスターで、お前らが今回の一番の功労者だ。だから、これは好きにしろ」

 そんなオレの言葉にふたりは一度顔を見合わせ、そしてだんだんと笑みを強くしていく。

「うっす!」

「はい!」

 はじめての――それは、彼らにとってどれほど価値があるものなのだろう?

 しかし、それはよほど大事なものであるのか、ふたりとも両手でしっかりと包み込んで地面に落とさぬよう注意を払いながら、それでいてしまい込むのを惜しむようにアイテム欄に入れていた。

「……終わったようであるな?」

「ああ。待たせて悪い」

「監査官は待つのも仕事である。が――それにしても噂にたがわぬ伊達男であるな?」

「それはもちろんイノ君だからね」

「それはもうイノさんですから」

「なるほど、イノ君であるからか」

「……ほっとけ」

 そんな三人の攻撃にオレは、思わず恥ずかしくなってそっぽをむいた。

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