30話 An unjust God
――西区の暴動事件からおおよそ五日。
暴動自体はこれまでの事件と比べればどうしても見劣りしてしまうし、それにオレたち渡り人の身体能力や戦闘能力の前にはあまりにも取るに足らないものであった。
だがしかし、以前のクーデターのこともあってか今回の暴動事件を重く見たディタムス王が王都守護の要でもある魔法使い部隊を動かすという事件が発生、その先頭に立ち、ぎらぎらと輝く大杖を掲げたラードーン卿を見たときは暴徒はおろかオレたちすらぽかんと口を開いて間抜けな表情を晒してしまった。
まぁ、結果論ではあるが、後々まで残る禍根を生むよりは、それでよかったのかもしれない。
なにせ争いというものはだいたい同じ実力を持つ者同士か、はたまた同じ実力を持つと勘違いしてしまったものが引き起こすものなのだから。
そして、そういう争いを終わらせる一番簡単な方法は、明らかに自分たちよりも上位の存在が、それこそまさに『ご都合主義の神様』がむりやり間に入って、仲をとりもつこと、だ。
そう、五日前におきたあの、暴動事件ように。
――それにしても、もしそれをわかってやっているとするならば、あの王は本当にタヌキである。
そもそも、たかだか暴動事件に魔法使い部隊が出張るなど、誰が予想する?
いや、地球でも暴徒鎮圧に軍が出動する事件もままある。それもありといえばありなのだろう。
が、しかし、それはあまりにも。
「――理不尽だ」
「うん? なんすか? いきなり」
「いや、なんでもない」
どうやら考えていたことが思わず口をついて出てきてしまったらしい。
最近はではもう、最初のころのようななにもかもが手探り状態の異世界生活にも慣れはじめ、こうやってちょっとしたことを振り返る時間が増えてきたような気がする。
しかし、だからといって郷愁にとらわれることもなく、地球に帰りたいとも思わず、むしろ最近では地球のころの話題をあまりじっくりと話すこともしなくなってきてしまった。
それは、いつかレオンが言っていたように『情けない自分に戻りたくない』という思いが強いせいか、それとも、やっぱり誰かがオレたちを……。
……いや、やめておこう。そういうホラーは自分に関係のないところで楽しむのがいいのであって、自分に関わるようなホラーはもはやタブーだ。
頭を振ってその思考を頭の隅へと追いやりつつ、オレは今日の目的である『チャドとのふたりっきりでの会話』を楽しむ方向へと自分の意識を持っていく。
「ところでチャド、なにか食べたいものはないか?」
「えっと……パン粥以外で」
その言葉に、オレは思わず苦笑する。
あの後――といっても昨日だが、ついにチャドたちもハンガクさんの黒パン粥の洗礼を受けたのだ。
そのときのみんなの顔といったら、いまでも思い出すだけで笑えてくる。
……まぁ、ハンガクさんは涙ながらに「次こそはっ!」とリベンジに燃えていたため、正直思い出したくもない思い出なのだが。
さておき。
会話ついでに食事をとろうとやってきた西区は、あんな暴動があったというわりにはすでに日常を取り戻しており、ただ、目に見えて人が少なくなったと感じる程度には活気が薄れていた。
暴動に参加していた人たちは、殺されたり牢屋に入れられたりこそしなかったが、しかし強制労働として働かせることが決定され、今まさに周辺村からの運搬業務やそれの護衛任務にいそしんでいる。
ただ、それが決定される前、騒乱の罪として冒険者ギルド全体に課せられた刑罰――数日間の強制労働によってモンスター被害はだいぶ落ち着いていた。
そのため運搬依頼や護衛依頼はもはやそこまで危険というわけでもなく、オレたちと同じように彼らに課せられた数日間の強制労働など、若干刑が軽いような気がしないでもない。
が……しかし、犯罪者にすらそんな温情をかける仁君としてディタムス王は今、市民からの支持を集めていたりする。
しかもさりげなく足りない人手を補給するあたり、腹黒タヌキらしい采配だとため息がこぼれてしまう。
そんな事実を知らぬは市民ばかりなり、か……ともあれ、食材の価格暴騰も本格的にはじまる前に落ち着き、オレはぐるりと周囲を見渡しながら、なにを食べようかと考えはじめた。
オレたちふたりはしばらく街中をぶらつき、そしてふと香ばしいソーセージの焼ける匂いにつられて軽食屋へと足を踏み入れる。
もちろん、注文したのはソーセージの盛り合わせとふかし芋、そして――オレが酒を飲まないため、二人ともぬるい麦茶だ。
「まぁ、食え。今日くらいは奢ってやる」
「うっす!」
オレのその言葉にチャドは目を輝かせ、木製の串でソーセージを突き刺し、口へと運ぶ。
ぱきゅり。と、小気味よい音がオレの耳まで届いた。
「どうだ? 旨いか?」
「うっす! ……あ、でも、なんで今日オレだけなんすか? レオンさんなんてすごい形相でオレのことにらんでたんすけど……」
「今朝、東エステノルドの村で言ったことを唐突に思い出してな。刑期もあけてギルドからの指名依頼もない。だから思い切って誘ったんだ」
「あー……もしかして説教、すか?」
「だったら食事になんて誘わないさ。ただ、ちょっと聞きたいことがあってな?」
「あ、そりゃよかったっす。で、オレに聞きたいことって?」
「東エステノルドの村で一泊しただろう?」
「うっす」
「そのとき、なんでタヌキ寝入りしてた?」
「ぶっ!?」
まさか気付かれていたとは思っても見なかったのだろう。オレの一言に、チャドが盛大にむせる。
「は、はは……! ま、まさかそんなことあるわけないじゃないすか! オレ、すっげーぐっすりだったっすよ!? 目の前に肉料理がずらっと並べられる夢まで見てたんすから!」
「はは! 御冗談を!」
オレはわざとらしい笑みを浮かべ、その言葉を否定する。
「わざとらしいいびきにあの寝言、明らかにおきてただろう?」
「う、うそっす! それにみんなだってでっかいいびきを――」
「はいダウト。寝てたのに周りのいびきが聞こえるわけがない。それに、だいたいいびきでタヌキ寝入りか本当に寝ているかなんてわかるわけがないだろう? だれだっていびきを上げる可能性があるんだからさ」
「う、ぐ……カマかけっすか……なんつー卑怯な……」
「ははっ、まさか。オレはたとえお前が口を滑らさなくても自信をもってお前がタヌキ寝入りをしていたといえるさ。まぁ、そのタネは明かさないがな……さておき。だからこそ、なんでタヌキ寝入りまでして起きていたのかちょっと気になったんだ」
あと、オレを茶化した意趣返しという意味もあるが、さすがにこれは言わないでおいた。
「いや、その……」
「それは言い辛いことか?」
「いや、なんていうか……その、カミラって、かわいいっすよね?」
「――うん?」
思わぬ答えに、オレは一瞬こいつがなにをいいたいのかわからなくなってしまった。
「そりゃぁ、アイツとオレはけっこう年離れてるんすけど、でもアイツ、年のわりにどこか大人っぽくて、それにあの無口なところとか、あいついっつもむすっとしてるっすよね? でもそのむすっとした顔が笑ったらどんだけかわいいんだろうって、想像するとこう」
「ああ、なるほど。つまりお前、好きな女の子がとなりで寝てたから緊張して」
「イノさん! ホントマジそれ以上は勘弁してくださいっす!」
チャドが顔を真っ赤にしながらオレに頭を下げる。
「若いなぁ……」
いや、オレもまだ若いという分類に入るのだが……さすがにこの若さには適わなかった。
「まぁ、がんばれ。せいぜいメノウさんにバレて茶化されないようにな?」
「くうううっ! だったらイノさんはどうなんすか! イーヴァさんとマスターと、よりどりみどりじゃないっすか! しかもその上村の女の子まで口説いて! いいんすか! そんな軽くて!?」
「すまんがお前が今上げたやつ全員守備範囲外だ。というか口説いたつもりは一切ない」
そして、オレに口説かれたかったら最低でもメノウさんくらいになってから出直せといいたい。
「というか、申し訳ないが軽いというならお前の顔のほうが軽いだろう?」
「オレだって好きでこの顔になったんじゃないっす! オレだって、もっとこう、渋い感じになりたかった!」
「いや、お前のその顔とその若さで『渋い男』はまだ無理だと思う」
というかこいつ、自分の顔がチャラいの、自覚あったんだ……。
「ちくしょう! 飲まなきゃやってられねぇっす! ねーさん! ソーセージの盛り合わせとエール追加!」
「おいおい。人の金だからって……いや、まぁ、いいか。飲むのはいいがほどほどに、な?」
「――つーかね! オレ思うんっすよ! なんでオレがあのバカランディのおもりをしなきゃならんのかって!」
「そ、そうか……」
普段の優等生ぶりからは想像もできないほどのわめきちらしに、オレは思わず閉口する。
どうやらチャドは絡み酒で、しかも周囲に愚痴をばら撒く怒り上戸だったらしい。
「ちょっと! 真面目に聞いてるっすか? イノさん!」
「当たり前だ」
「ならいいっす! つーかね? オレ思うんっすよ! なんでオレがあのアホランディの面倒みなきゃならんのかって!」
やべぇ、こいつ酔いが回りまくっている。
周囲を見渡せば、たしかに昼間からくだを巻くだめ人間たちもちらほら見られる。だが、それは周囲に迷惑をかけない程度の酔っ払いであって、さすがにここまでわめき散らす酔っ払いはいなかった。
背後から視線を感じてそちらを振り返れば、ウェイトレスの女性がなんとも微妙な表情でオレを見つめていた。
そんな目で見るくらい迷惑しているのに彼女が声をかけてこないのは、たぶんオレたちが人を超えた力を誇る渡り人であるため、恐れおののいているのだろう。
やれやれ、別に取って食うわけも、暴れ散らすわけでもないのに……酒を飲んだチャド以外。
「なんすか! イノさんまたナンパっすか!」
「ねぇよ」
「つーかね! いいかげんイーヴァさんかマスターか、ハンガクさんかメノウさんかベッキーかクロエのだれかにしぼってくださいよ! もしくは仲のいいレオンさんとか! でもカミラにてぇだしたら容赦しねぇっす!」
「レオンは男だろうが、阿呆」
いや、中身はまだ女らしいが……さておき。
「それと、カミラも守備範囲外だ」
「なんすか! カミラがかわいくないっていうんすか!」
「ちげぇよ!」
「カミラにてぇだしたら容赦しねぇっす!」
「めんどくさいなお前!?」
ああ、もう、いい加減こいつの頭を殴って脳震盪させるか? いや、だが酒飲んでいる奴にそんなことしていいのかなぁ……。
そんなことを真剣に考えていると、チャドはふたたび大きな声で叫ぶ。
「おねーさん! エールおかわり!」
人の金だと思って……思わず、ため息が漏れた。
[jump a scene]
その後、たらふく酒を飲んで前後不覚となったチャドを背負い、オレは自分の家へと帰宅する。
「おう、お帰りイノ。昼飯どう――って酒くさっ!」
オレたちを笑顔で出迎えてくれたイーヴァが、チャドから漂うその臭気に顔をしかめ、次いで険しい表情になった。
「……なぁ、イノ、お前まさか酒飲んできたの?」
「どうせ意味はないだろうが一応、訂正させてもらう。酒を飲んだのはチャドだけで、オレはぬるい麦茶だ」
「ふぅん……飲まなかったのは評価できるけど、でもなんでチャドには飲ませるかなー? こいつはまだ未成年だろ?」
「いや、だが……」
「あ?」
「……すまない、これはオレの監督不行き届きだ」
「わかりゃいい。それじゃあさっさとそいつを家の中に放り込んで、ついでにベッキーから<賦活のルーン>を投げてもらえ。チャドもそれで多少は楽になるはずだ。そんでさー、イノ」
「……わかっている。すぐに戻ってきて正座、だろう?」
ああ、どうしてこう、こういう嫌なことだけはすぐにわかってしまうのだろう?
思わずため息が漏れる。
「そうそう。察しのいいイノは大好きだぜー? きつぅーく、説教してやりたくなるくらいに」
そう言って満面の笑みを浮かべる彼の目は、一切笑っていなかった。
もし、この稚拙な台本を書いている作者がいるとするならば、オレはいち登場人物としてこう、言わずにはいられない。
「――ああ、なにもかも理不尽すぎる」
「あ?」
「……いや、その……すみません、なんでもないです」
彼が凄み、オレはその迫力に萎縮しながら頭を下げる。
――ああ、理不尽。
三章終了。
四章は書き溜めが終了次第投稿します。
また、この投稿ののち、7th Sphere関連の作品を「別枠で」アップします。
理由としましては「本編に関係ない」「解説集なので人を選ぶ」からです。
御意見御感想、お待ちしております。




