29話 Still waters run deep
その宴会は酒が尽きるか全員がぶっ倒れるまで続きそうだったので、閉口したオレたちは村人全員にほどよく酔いが回りはじめたころを見計らってアリアドネーの糸を使用して王都へと転移する。
それは、宴会の主役全員がその場から突然消えるという礼を失するような行為だったが、しかし、あのまま宴会に居残り続けていたらたぶん成人間近――いや、結婚適齢期間近なチャドかデニーが村のお姉様方に喰われていたことだろう。
酒を一切飲んでいなかったオレでさえ若い村娘から無邪気な子犬のようにすりよられていたのだ。周りから勧められるがまま酒をあおり、さらに年上の手練手管で迫られていた未成年二人は言わずもがな、だろう。
イーヴァやヤコをはじめとした女性たち四人といえば、幸いにして積極的に酒を勧められることもなく、ただ普通に村の少年や青年たちに口説かれるだけにとどまっていたため、オレはそこまで心配していなかった。
ただ、逆を言えばそれは、最初からオレたち男三人――特にチャドとデニーに狙いを絞っていたということでもある。
そう考えるとオレは、そんな采配をしたであろうあのガルディさんの手腕が恐ろしく感じてしまった。
ガルディさん本人もあんなに礼儀とかが未熟だったのに、今振り返ればそれさえも演技に見えてしまうほどに。
さておき。
「あ! イノさんにイーヴァさん! それに皆さんもお帰りなさい!」
北区中央広場に存在している中ほどで折れてしまったアリアドネーの木の前に転移したオレたちは、偶然その場に居合わせたハンガクさんから笑顔で出迎えられる。
「おう、ただいま! ハンガクさんたちは早かったみたいだな? いつ帰ってきたんだ?」
「昨日の夜くらいですかねー? めのちゃんとレオンさんがすっごいがんばってくれました。……おかげで私、戦闘中はずぅっと<打ち払い>しかしてませんけど」
ははっ。と、イーヴァの問いかけに彼女は暗く乾いた笑みを浮かべる。
「はぁ……やれやれ」
そんな彼女の自虐的な表情に、オレは思わずため息を漏らして頭を振る。
鬼人の<打ち払い>は弓師の代名詞でもあり、相手の攻撃を逸らしてダメージを軽減したり無効化したりする覚醒技だ。
彼女は『自分は役立たず』なんてことを言っているが、そもそも<打ち払い>は放った矢などが届くまで多少の時間が必要であるため、モンスターから離れれば離れるほど発動タイミングがシビアになっていく高難易度な覚醒技なのだ。
それ故ゲーム時代でも鬼人の弓師は後衛職などとひとくくりにはされず、なおかつゲームが現実となった今、射線のことも考え位置取りにはゲーム時代よりも気を使う必要がでてきた職なのだが……そこのところ、彼女はちゃんとわかっているのだろうか?
自分が、徐々に、それでいて確実に、強くなりはじめているというその事実に。
……いや、それを言ったところで彼女のこの性格だ、聞く耳を持つかどうか。
そのため、オレはなんと声をかければいいか言いよどみ――結局、いつものように頭をなでることで落ち着いた。
「前に言っただろう? 人はそう簡単に強くなるわけがないって」
「え? いや、あの、その……イノさん?」
「それにお前はよくやっている。自信を持て」
「わ、私を慰めてくれるのは非常にうれしいんですけど、あの……髪がささくれにひっかかって痛いんですが……?」
「……あ」
そういえば昨日おととい、そして今日と、手の手入れをすっかり忘れていた。
「こほんっ! では主様や、いい加減儂も今回の覚醒技検証のまとめやら依頼の事後処理やらでギルドに戻らねばならぬ故、先に行かせてもらいたいのじゃが、よいかの?」
そんなオレたちをヤコは、わざとらしい咳払いと共に間に入って引き離し、少しだけむくれながらオレを見上げてきた。
「あ、ああ……」
「うむ。では――依頼達成の報告は儂からしておくゆえ、のちほど精算カウンターに報酬を取りに来てくりゃれ。それと、主様らのアイテム欄に入っておる素材は主様らの自由にしてもらってかまわぬ」
「それは……いいのか?」
「かわりに儂はハイドラの覚醒技を受けたグリフォンの素材を貰い受けたからの。価値としてはとんとんじゃ」
「なるほど。研究素材としての価値か」
「左様。じゃがギルドとしては今回、ある意味これ以上ないほどの収穫じゃ!」
オレの言葉にヤコは満面の笑みでうなずく。
彼女のアイテム欄に入っているグリフォンの肉には、ハイドラの<ヴェノムファング><パラライズファング><ブラッドシェッドファング>という、どこからどう見ても相手に毒や麻痺や出血などの異常状態を付与する覚醒技を三つも受けている。
そしてこのファングと名の付く覚醒技はいずれも触手を黒い蛇様とした姿に変化させるため、確実にグリフォンの肉は毒かなにかの汚染を受けているはずだ。
さすが蛇の名を冠する種族、その覚醒技もえげつない。
「ただ、まぁ……簡単に無毒化できれば良いんじゃがなぁ。あの肉」
ヤコが深くため息をつく。
「まぁ、そのような難しいことは技術部のものに任せるとするか。では主様や、そして皆、またの?」
[jump a scene]
オレたちの住む仮設住宅が並ぶ住宅街に戻ると、その住宅通りでは昼も近いためか火を熾しはじめる人たちでひしめき合い、もくもくと煙や湯気が立ち上っていた。
そして、オレたちの家の前で昼食の準備をしていたらしい中性的な容姿をした金髪の美青年は、オレの姿を見つけるなり目を輝かせて走り出す。
「イーノーくーん!」
前にもあったな、これ。
そんなくだらないことを思い出しながらオレは<カースソウル>を彼に向けて励起させる。
「なんのっ! <ハイジャンプ>!」
「なにっ!?」
すると、その金髪の美青年――レオンはドラゴンハーフのただ高くジャンプするだけという覚醒技<ハイジャンプ>にて天高く舞い上がり、怨霊の手をかわす。
「ふふんっ! 甘いよイノ君! 僕だって日々成長してるんだ! そう何度も同じ手にひっかかるとは思わないことだね!」
「それよりも無駄に侵食率を使うなよ!」
侵食率は合計百までしか上昇しないんだぞ!?
「君にだけは言われたくないね!」
「うぐ……っ」
たしかに、<カースソウル>を使ったのはやりすぎかもしれない。
思わぬところを突かれ、一瞬にしろ思わずひるんでしまったオレの目の前に、彼女はひらりと舞い降りて、そしてすかさずオレにぎゅぅっと抱きついた。
「ふふっ、やっと捕まえた! もう離さないよ!」
その瞬間、湧き上がる女性たちの黄色い悲鳴。
また、レオンはそれに感謝するように「みんな! 応援ありがとう!」と感謝の声を振りまく。
……なんだろう? 彼女の手段と目的がすげかわっているような気がしないでもない。
「そしてお帰り! イノ君! 無事でなによりだよ!」
しかし、そんなことなど一切気にした様子もなく、レオンは無邪気にオレたちの――いや、オレの帰りを祝福する。
「ああ、ただいま。だが、それよりも――さっさと離れろ! お前らは散れ! チャットで拡散させるな! 話はそれからだっ!」
今日の昼食は先ほどハンガクさんが買ってきた、冒険者ギルドが売り出しはじめた新商品『インスタントラーメン(塩味)』らしい。
本当に、製氷機といい、加工木材といい、この短期間で今度はインスタント麺に着手したとか、あそこの技術部は無駄に知識とバイタリティが有り余っているな。
というか商品名自体が『インスタントラーメン(塩味)』とか商売舐めているのかと。
……いや、これはこの世界では技術改革だし、それに地球にいたころに食べていたものと近しい食べ物が食べられるという、その恩恵にあずかることができるオレたちがそれを言ってはならないのだろうが。
さておき。
「ところでレオン」
「なんだい?」
料理の時間があるからとようやく離れてくれたレオンが沸騰させたお湯の中にインスタントラーメンやら刻んだ野菜やらを無造作に放り込みながら、オレに言葉を返す。
「メノウさんやランディたちは?」
「イノ君たちが帰ってくるのが遅かったからね。メノウ君はランディ君たちを連れて海底遺跡にいったよ? 依頼の受け方を教えると同時に塩の運搬依頼をこなして、そのついでに夕飯用の干物を買ってくるんだってさ」
とうとう『うみのいえ』はおみやげまで販売するまでになったか。
本当に、冒険者ギルドは商魂たくましいというか、いやらしいくらいに絶妙な角度から金を搾り取ってくるな。
「まぁ、連絡用に作ったチャットルームにメノウ君の書き込みがあったから、あともう少しで帰ってくると思うよ?」
「ああ……そういえば今まで作らなかったからな」
主にランディたちが日本語が読めないという理由から。
だが、たしかにそろそろ連絡用の暗証番号つきチャットルームを作っていてもいいころだろう。
そうすると今後のためにもランディたちには本格的に日本語を教えたりする必要があるかもしれない。
おっと、それならランディたちにID番号があるかも確認しなければならないか――やれやれ、本当に、まだまだやることは多いな。
思わず苦笑いを浮かべる。
「ところでイノ君たちの依頼はどうだった?」
「ああ、ウェアウルフに襲われたり、グリフォンをハメたり――なかなか刺激的だったよ」
「ふふ、そっちは退屈しなさそうでよかったね。僕たちのほうの依頼は中型モンスターだけだったから探すのにすごく苦労したよ。……まぁ、多勢に無勢だったし、僕たちの装備もよかった。だから戦闘自体は三十秒くらいでカタがついたんだけどね?」
そのときのことを思い出してか、レオンは苦笑いを浮かべて短く笑う。
「そうそう、刺激的といえば」
「なんだ?」
「これを言うのはすごい心苦しいし、それに帰ってきたばかりだから仕方ないとは思うんだけど、その……イノ君、今日は絶対に一緒にお風呂にいこう? 抱きついたとき、君から、すごい刺激的なにおいが、したよ……?」
ああ、うん。なるほど。
風呂には二日以上も入っていなかったし、それに加えて身体中にモンスター避けの香草のにおいが染み付いていたらしい。
「存外、こういうことは本人にはわからないからな……わかった、今日は絶対に風呂に入ろう。だが」
「だが?」
「それと同時に、お前とは絶対に入らない」
「なぜだい!? 君は親友である僕と一緒にお風呂に入れないっていうのかい!?」
「お前からは身の危険を感じるからだよ!」
それからしばらくして、メノウさんがランディたちを引き連れて戻ってきてきたため、オレたちは久しぶりのラーメンにほおを緩ませながら麺をすすりはじめる。
なお、樹木の腕のせいで指先を器用に動かせないオレや、スプーンやフォーク以外まるっきり使ったことのないランディたち以外は全員はし装備である。
「……え? どうやってんの? それ」
ランディが二本のはしを器用に扱って麺を食べるイーヴァたちをみて呆然。
「てか、その、みなさんうっさいっす」
次いでチャドが麺をすする音に眉を寄せる。
「あ、ごめんなさい。久しぶりのラーメンだったから思わず……」
チャドのその言葉に、ハンガクさんは顔を真っ赤にしながらうつむき、そして麺をすする音が「ずずずっ!」という豪快な音ではなく、「ちゅるちゅる」という控えめな音へと変化。
「ダメねぇ、ラーメンなんだからこう、もっと豪快に食べなきゃ!」
しかし、男性にそんなことを言われたにもかかわらず、生粋の女性であるはずのメノウさんは意にも介さずラーメンをすする。
それだからヤコに『男前』とか言われるんじゃないだろうか?
「……そういえば、ランディ」
「うん? なんだよおっさん」
男前な彼女からそっと視線をはずしつつ、オレは子供たちの中ではよく話すほうのランディに向き直る。
「はじめて見た海は、綺麗だったか?」
「いや、くっそ暑くてそれどころじゃなかった」
「そ、そうか……」
こいつもこいつで大概である。
「い、いや、でもランディ! すっごい綺麗だったじゃない! こう、青くて、広くて、真っ白で……」
先のやり取りを見てか、アレックスがオレをフォローするかのような発現をするも、ランディはその意図に気付くわけもなく。
「でもくそ暑かったよな?」
「え? いや! その……うん」
いい子だが、押しが弱いなアレックス。二人のやり取りに思わずため息を漏らす。
どうやら、このランディのフォロー役は年の近いチャドくらいしかいないらしい。
そしてオレはちらりとチャドを見て――そんな責任を負いたくないらしいチャドから、そっと目を逸らされた。
「――ふぅ。食べた食べた!」
足を前に投げ出し、満腹のためにちょっとだけ張れ上がった細いお腹をなでながら、イーヴァは満足げな笑みをこぼす。
「見た目ごちゃごちゃしててまずそうだったけど、なんか普通にうまかったっす。こう脂っこくて」
「そーそー! うっすら油浮いてんのな! 見た目まずそうなのに普通にうまかった! 見た目まずそうなのに!」
「この麺の作り方がちょっと特殊だからな。あとまずそう連呼するな。パン粥だって似たようなものだろうが」
ランディとチャドは二人して張れ上がった腹をさすりながらラーメンをそう評価する。
脂っこいとか油が浮いてるとか、そういう評価を下すのはたぶん、この世界の食事が黒パンや麦粥がメインであり、なおかつ彼らが元浮浪者だからだろうか?
まぁ、それに加えてまだまだ成長期だからな。ヘルシーな黒パンやあっさりした麦粥よりも、スタミナが付きそうな脂身の多い串焼きやこってりしたもののほうが好まれるか。
「でも、脂っこいおかげで私は明日の体重が心配ですかねー。ははっ……」
「やーめーてー! せっかく体重計のない世界にきて安心してたのにー!」
さすがに地球のものより一味も二味も足りないが、しかし久しぶりのラーメンの魅力に抗えなかった女性陣は一喜一憂。
「ところで、塩を作ったり塩を小分けしたりする必要があるから、少なくとも海底遺跡には重量計がある可能性が」
「イーノーくぅーん?」
「……いや、なんでもない」
メノウさんが怨嗟の声を上げたため、オレは咄嗟に口をつぐんで顔を背ける。
うちの妹といい、メノウさんといい、なぜ女性は体重計という単語だけでここまで恐ろしい声が出せるのだろうか? 別に「体重いくら?」とか「体重量って」と言っているわけではないのに。
「ところでメノウさん、ランディたちの戦いぶりはどうだった? またバカやってなかったか?」
「ちょ! おっさん!?」
そしてオレは彼女たちの気分を変えるために、先ほどとはまるっきり関係のない話題を提示する。
「ちったぁ信用しろよ! オレだって説教されてからずっと反省してたんだからよ!」
ランディは一瞬だけ目をむき、次いで火が付いたかのように怒り出す。
……ああ、この怒りよう、またバカの一つ覚えで突撃していったのか。
また、イーヴァもその反応からオレと同じ考えに至ったらしく、すこしだけ顔を険しくしながらメノウさんに向き直る。
「なぁ、メノウ、これの言ってること、本当か?」
「え? うーん……私はあなたたちの間でなにがあったかほとんど知らないんだけど……でも、そうね、私の言うことはちゃんと聞いてたわね」
「ほら! おっさんも姐ちゃんもオレを信用しろって!」
「ただ、周りに私とかレオン君がいるのに薙刀を頭上で振り回さないでほしいかな?」
「ちょ! おばさん!?」
その瞬間、せっかく変わりはじめたメノウさんの雰囲気が、ふたたび険悪なものとなる。
しかしそれも一瞬こと。メノウさんは少しだけ考えるようなしぐさをみせ、満面の笑みを浮かべて次々と言葉をつむぎだす。
「そぉ~いえばぁ、がくちゃんがぁ、わざわざランディ君の薙刀に<打ち払い>してたわねぇ~。あれはどぉいぅ意味なのかなぁ? 私の推測ではぁ、たぶん味方に被害が出るからだと思うんだけどぉ?」
無論、そんなふざけた口調でランディの失態をあげつらうメノウさんの目だけは、笑っていなかったが。
「ちょ! ごめん! もうやめて!?」
「え~? どうしよっかなぁ? っていうかぁ? 私と二人で夜番してたときぃ、あなただけ途中で寝ちゃってたわよねぇ~? 私が何度声をかけてもおきてくれないしぃ?」
……なんと大人気ない。
というか夜番ははじめてだろうからそれくらいは許してやれよ。
ほら、メノウさんとコンビを組んでいるハンガクさんですら、その言動に引きつった笑みを浮かべているじゃないか。
「よーし、ランディ、腹ごなしついでにかるく説教な? ちょっとそこに正座しろ。――あとメノウ」
「うん? なに?」
「あんまりにも礼儀がなってないからむかっ腹立ったのはわかる。けど、お前大人げなさすぎ。ちったぁ自重しろ社会人」
「はーい」
そして彼女はちろりと、舌を出した。
[jump a scene]
久しぶりの味覚を味わった幸福と、そして久しぶりの我が家にいる安心感に、ついついうとうとしながら銭湯が開店するまで待っていると、突然、常駐させていたチャットルームにコメントが書き込まれた。
「――イノ!」
「――イノ君!」
その突然やってきた動きに、オレのとなりでイーヴァと一緒にオセロをやっていた二人が、ほとんど同時に切迫した声を上げる。
「大丈夫だ、今ので目が覚めた」
オレもがばりと起き上がり、じっくりと視界端に置いたチャットを注視する。
冒険者ギルドの営業が本格的に始まってからおおよそ一週間前後。
それはなんの前触れもなく突発的に発生し、だが、よくよく考えてみればそれが起こりうる前兆はオレたちの周りでずっと発せられていた。
また、それは一週間という意味では早すぎたし、しかしギルドが仮営業していたころも含めれば遅すぎた事件。
「――商業ギルドに在する者たちの、暴動」
ごくりと、警察官時代の出来事を思い出したらしいイーヴァが、緊張でのどを鳴らした。
チャットに書き込まれた言葉に従って中央広場へと集まると、冒険者ギルド本部から出てきたヤコが皆の注目を集めるかのように拍手を打つ。
「皆のもの、よくぞ先の呼びかけに応えてくれた。まずはそれの礼を言おう。――では、今回のことに関して、儂の口から詳しい状況を説明させてもらおう」
そういうとヤコは、一度だけ深呼吸し、あらためてよく通る澄んだ声をこの北区中央広場へと響かせる。
「先ほど商業ギルドに在する者たち……より正確に言えば商人ギルドで働く、ないしは働いていた雇用者を中心に、なんじゃが、ここ数日、他地域から流入した街道がモンスターによって不当に占拠されておったがために徐々に、それでいてそれらをあわせればそれこそ大量の失業者が出てきてしまった」
失業ゆえの逆恨みか? などと、中央広場が一瞬だけ騒がしくなる。
「これが、これまでの出来事であり、また、傭兵ギルドはほぼ同時期に一身上の都合――いや、もはや我慢の限度! 故にあえてこう言おう! なにをトチ狂ってか稼ぎ時であるにもかかわらず業務内容が被っている儂らを潰すためだけに営業自粛! 以前に引き受けていた護衛依頼すら一切やらなくなってしまった!」
ヤコの拳が強く握り締められ、さらには語尾まで荒くなる。
「皆が察するとおり当然しわ寄せはすべて儂ら冒険者ギルドじゃ! しかも交渉役にとわざわざ職務を中断させ各方面へと送ったジュウゴヤたち営業部の努力むなしくこの有様! そして聞け! 暴徒の中には信用と仕事を失った傭兵ギルドまでおる! ふざけるでないわっ! この欲に目のくらんだ魑魅魍魎どもめっ!」
そこまでほとんど息継ぎなしでいいきり、荒い呼吸で息を整える。
「……すまぬ、みっともないところを見せた。ともあれ、そのようなものたちがより集まり、『冒険者ギルドこそ悪』を標語として西区で今現在も勢力を伸ばしつつ北上中じゃ。ああ、この際きちんと言っておくが、冒険者ギルドは業務内容が被りそうな商業ギルドのほか、傭兵ギルドや狩猟ギルド、そして貴族たちやディタムス王などの認可をきちんと受けておるし、法的手続きも済ませておる故、儂ら冒険者の違法性はない」
まぁ、そうでなければヤコが貴族の歓待を受けることもないし、こういう暴動が起きる前に騎士隊によってオレたちは確実に拘束されていただろう。
「さて、これで今回、暴動が起きた理由は理解してもらったと思うのじゃが……現在、西区にはウチの職員数名と王都騎士隊が交渉兼暴徒鎮圧へと出向き、そのほかディタムス王に働きかけ、なんらかの対策をとって――ふぅ」
ヤコがそこまで言葉を発して、そして何かを見つけて唐突にため息をつく。
その視線をゆるりと追いかけると、その視線の先は北門へと続く道へと向けられており、また、北門へと続く道からはひとりの金髪縦ロールなお嬢様が、顔を真っ赤にしながらずいぶんとみすぼらしい格好をして歩いてきていた。
また、その隣には渋い容姿をした細身の禿頭男が険しい表情をしていた。
その二人はまさしく、ジュウゴヤさんとエレンさんだ。
どうやらふたりとも今回の交渉役に選ばれ、なおかつ死に戻りを経験したらしい。
すると、交渉役として非暴力を貫いていたとはいえ二人は騎士隊の目の前で殺されたということになる。
……渡り人である彼らを殺すほど、か。暴徒はどれほど数が多いというんだ。
「まさかここまで早く戻ってくるとは思わなんだ……皆のもの、どうやら交渉が失敗し、死に戻りしたらしい。では皆のものよ、統率されておらぬただの一般人対統率された儂ら渡り人という、イジメにも似た吐き気を催す気持ち悪い戦闘じゃが、せっかく復興しはじめた北区を荒らされるよりはましじゃ。西区へと続く道を固め、武威によって暴徒の足止めをする作業に入るぞ? 鎮圧は――まぁ、騎士隊に任せておけ。殴られたら、殴り返してもよいが、の?」
そしてヤコが、深く深くため息をついた。
ところで、ここ王都ではもし各区にモンスターが侵入してしまった場合に備え、外壁と同じような城壁と城門によって区切られている。
そのうちのひとつである東区と北区をしきる城門の前にオレたちは、やる気なさげな表情をしたヤコの指示によってやってきていた。
しかし、そこにそろっているのはプレイヤー全員ではなく、発現種族にライカンスロープを――もっと具体的に言えば、<グロウアップ>を使用できるプレイヤーたちだけである。
また、依頼のために他六世界に飛んでいるプレイヤーたちもいるため、人数的には全体の四分の一もいなかったりする。
だが、そうであるにもかかわらず、そのプレイヤーたちはすべからく<グロウアップ>を励起させているため、全員が全員身長が二メートルを優に超え、三メートルにとどかんとしているためか威圧感だけは異様にあった。
特にライカンスロープ・馬を発現させたプレイヤーたちはもともとの身長が二メートルを超していたため、その身長はオレたちから頭ひとつ……いや、胴体ひとつ抜けていた。
そんな馬頭なケンタウロスが敵愾心むき出しで周囲を睥睨しているのだ。
正直言って、普通に怖い。
「これだけの威圧感があれば、彼奴らとて戦う前に心が折れよう」
とは、今回の指示を出したヤコの弁。
――まぁ、オレたちがよく相手取っているミノタウロスなど、現地人の傭兵にしてみれば死神以外の何者でもないからな。
現に、ルーンを使わなければ普通の人と同程度の耐久力と治癒力しかないイーヴァなど、ミノタウロスが振るうその棍棒によって一撃の元に死に戻りしているのだ。
たとえ傭兵とはいえ戦うすべが棍棒しかないただの人間など、その結果は押して知るべし、である。
「……そろそろ、近づいてきたみたいですわね」
死に戻りののち、ふたたびレーションを食べてライカンスロープ・馬へと変異したエレンさんが、オレの頭上で耳をそばだて、そんなことをつぶやく。
「それでは皆様方、ようやく復興しはじめた北区を守るため、そして我が家を守るため。全力で――戦いますわよ!」
「があああああああっ!」
「ぶぉおおああああっ!」
「きぃいいいいいいっ!」
彼女の怒声、それと同時に沸きあがる猛獣たちの怒号。
あるものは足を踏み鳴らして地面を揺らし。
あるものは腕を振るって空の大気を破裂させる。
――ところで、ヤコの策でははじめに脅して、それでも殴りかかってきた奴を殴り返すだけのはずなのだが……だれか、場の勢いで飛び出したりしないよな?
そんな不安さえ湧き上がってしまうほどの大熱演。
無論、その姿をみた暴徒たちは先頭からたたらを踏むように急停止。
「ば、化け物どもめ!」
「褒め言葉ですわね!」
誰かが叫んだ言葉を、エレンさんはあざ笑うかのごとく一蹴。
「さぁ、わたくしが同胞たちよ! エサの時間ですわ! 万物ことごとく喰らい尽くしなさい!」
「ひぃいいいいっ!?」
エレンさん演技に熱が入りすぎだろう!?
どうしてこう、ヤコといいジュウゴヤさんといい彼女といい、<モチヅキ>のメンバーはオーバーアクションというか歌劇調の言い回しやしぐさが大好きなんだろうか?
オレは全体にあわせ、一歩一歩ゆっくりと歩を進めながらそんな疑問を抱いていると。
「Flamo de ekzorco igxi kuglo murdi cxi tiu malamikon!」
オレたちが発する怒声の隙間を縫うように、朗々たる詠唱がオレたちの耳に届き、北区側の入り口に、赤々と燃える炎の弾丸が打ち込まれた。
燃え上がる炎の原始的な恐怖に、オレたちは思わずたたらを踏む。
そして頭上から、北区と東区をしきる城壁の上から、詠唱の主が声を張り上げた。
「双方ともに止まれ! そしてこれより、一歩でも前に出れば国家反逆の罪として我がラードーン家の名の下に、我らが炎が貴様たちを即刻先祖の御許へと送ってくれる! 反抗の意思は、有りや! 無しや!」
そこには、ぎらぎらと銀色に輝く大杖を掲げる軍を率いた、ラードーン卿が、いた。




