28話 Two wrongs don’t make a right
その後、絶望した表情で打ちひしがれるヤコの機嫌をなんとか取り繕い、ハイドラの覚醒技の検証を終えたオレたちは依頼達成の報告のため、そして依頼料を受け取るために村長の家へと向かう。
やはりグリフォンが村の中に降りてくると聞いた村人たちは一向に家の中から出てこようとはせず、外を歩く人がいない村はどこか廃村の呈をなしていた。
「ううむ……やはり勝ち鬨を上げたほうがよかったかの?」
そんな光景を見て、あまりの活気のなさにヤコはすこしばかりとまどった声を上げる。
しかし、討伐の証拠となるグリフォンはすでにアイテム欄へと入れられ、十数キロ程度のブロック肉と一匹分の毛皮、そして骨と羽に分かれてしまっていた。
いまさらグリフォンの毛皮を出して「うぉおお!」などと勝ち鬨を上げても、それはただの阿呆だ。
また『ならば解体されたその肉を見せれば』とも考え付くが、しかし、グリフォンは推定三百キロは超えると思われる中型モンスターであるはずなのに、アイテム欄に入れられたその量は思ったよりもずっと少ない。
それは、ある程度ゲームに沿ったアイテムへと変化したためか、それともグリフォンの損傷があまりにも激しすぎたためか。
本当に、この世界にやってきた日に倒したミノタウロスといい、先ほどのグリフォンといい、このアイテム欄の取捨選択ぶりも大概謎である……さておき。
「だが、もしあの時勝ち鬨を上げていたとしたら、今頃村を上げての大騒ぎになっていたはずだぞ?」
なにせいままで目の上のたんこぶとばかりにこの村の経済活動を邪魔していたモンスターだ。それがきれいさっぱりなくなってしまったとあっては狂ったように喜び騒ぎはじめるのは目に見えて明らか。
しかも学力の差がはげしいこの七つ世界、踊る阿呆は見る阿呆より確実に、多い。
「たしかに暴徒っつーか、狂ったように騒ぐ阿呆は鎮圧が大変だからなぁ……」
また、オレの意見に賛同するかのように元警察官だったイーヴァは昔を懐かしむように遠い目をしながらしみじみと語る。
彼がその昔どんな阿呆を相手にしていたか、そんなことは警察ではないオレには一切わからないが、しかし、彼のその表情からはその阿呆の相手がよほど大変だったことが見て取れた。
「アタシとしても騒ぐならアタシたちが王都に帰ったあとで御自由に、が一番いいかなぁ?」
「ふぅむ……このあたりのさじ加減はむずかしいの。悩ましい」
ヤコがため息混じりに眉を寄せた。
「――お、おお……たしかにあまりにも穴あきでしかも傷だらけだが、この動物同士を組み合わせたような皮、たしかに、これはまさしく!」
村長であるガルディさんの家にて、ヤコがグリフォン討伐の証拠となるグリフォンの皮をテーブルの上におき、村長自身に鑑定させる。
「どうじゃ? これで安心したかえ?」
「ああ、ああ! これで明日にでも商隊が村に来てくれます! もう本当に、なんと言えばいいのか! さすが渡り人! オレ、感服しました!」
「なに、儂らはただ依頼を完遂しただけじゃ。これにて、冒険者ギルドに舞い込んできた依頼はすべて完了、ということでよろしいか? よければ依頼料のほうと、そして完了の証としてこの依頼書にガルディ殿の名を書いてほしいのじゃが」
「ああ! はい! よろこんで!」
ヤコが空中に指を這わせてアイテム欄から依頼書の束を取り出し、その間ガルディさんは部屋の奥から硬貨が入っているらしい皮袋とインク壷、そして先の尖った串のような木製ペンを持ってきて、不器用ながらも依頼書一枚一枚に自分の名前を書いていく。
「どうぞ、確認を」
「わかった。では、預からせていただく」
今回達成した依頼の数は全部でよっつだけなのでその作業はすぐ終わり、ヤコはそれを確認するとふたたびアイテム欄を操作して依頼書の束をアイテム欄に入れる。
次いでヤコは皮袋を開いて一枚一枚サンド硬貨を取り出してその数を数えはじめる。
しばらくテーブルの上に硬貨が置かれる音が部屋に響き、そして、最後の一枚が響いたと同時、ヤコは。
「うむ。たしかに依頼四つ分――一ガルドちょうど、頂戴した」
[jump a scene]
東エステノルドに到着したのが正午。
そしてグリフォンの討伐を開始したのが明けの八時。
また、その後の覚醒技の実験やら依頼料の受領やら、そして村長との商売の話やらですっかり帰る期を逸してしまったオレたちは、村長の計らいで村の中にある誰も使っていない物置を使わせてもらえることになった。
……一応、アリアドネーの糸でぱっと帰れるのだが、さすがにこの好意を無にするわけにもいくまいと、村長に甘えることにした。
外はもう薄暗く、ランプとイーヴァの淡い光を頼りにヤコはギルドに定時報告と逗留の報告があると空中で指をせわしなく動かしてチャットにいろいろと書き込み、それを尻目にオレはふんだんにある藁を寄せ集めて寝床を作る。
「――冒険者って、金持ちなイメージがあったんすけど、そんなに儲かんないんすね」
そんなときだ、チャドがポツリとそんなことをつぶやいたのは。
ヤコが依頼料を受け取ったあの時言わなかったのは、TPOを考えてのことだろうか?
子供ながら――いや、チャドは十五歳らしいのでもうすぐ成人なのだが――一応は考えてはいるんだなとオレはこっそり感心する。
「あ、それ私も思った。思ったより全然貰ってなかったよね」
また、その意見に呼応するかのようにクロエが言葉を続け、次いでイーヴァのほうへと振り返り。
「姐さん、冒険者って言うか、渡り人って、こんなに儲かんないんですか?」
「そんなことはないぞ? 冒険者はかなり儲かる。特に、塩とか金属類の運搬依頼は日当……っていうか、一回三ガルドだ。そりゃ限度っていうものもあるが、がんばればがんばっただけ儲かる」
その問いに対してイーヴァは、チャドたちの考えを否定するかのようなセリフを発する。
「……でもさ、ヤコ。割と命の危険があるくせして、あれっぽっちとか安すぎね? 護衛や運搬は普通に三ガルドだろ?」
しかし、たしかに運搬依頼が一回三ガルド、対して討伐依頼は四回で一ガルド――為替によってその価値は日々変動しているが一ガルドはおおよそ千サンドであるため、一回約二百五十サンド。
モンスター討伐という労力に対してこれはあまりにもひどすぎる。
「そうじゃの。じゃが討伐系の依頼は流通に直結するが故、雨後のたけのこのごとく日々追加されておる。じゃから供給と需要の観点から見てもどうしても、の? それに」
そこで彼女はいったん言葉を区切り、空中で指をせわしなく動かすのをやめてこちらに向き直る。
「その昔……といってもギルドが休業する直前のことなんじゃが、同じように討伐系の依頼を専門的に請け負っていた冒険者がいての? 必ず引き受けたモンスターの毛皮を剥ぎ取ってくる故、皆から『皮剥ぎ男』などと呼ばれておった。しかし……その後ギルドが売り払った未加工のモンスターの素材を依頼報酬の一部で買い取って、あまつさえそれを討伐完了の証明としてギルドに提出しておったことが判明したんじゃ」
ヤコが憎々しげに表情をゆがめる。
いくらこの七つ世界に魔法があるからと言って、まるでゲームのような依頼達成を判断したり、討伐したモンスターをカウントするような魔法はこの世に存在しない。もし存在していたとしても、それが自由に使えるのは魔力が豊富な貴族くらいなものだ。
そのため現状ではそのモンスターの討伐が確信できるような素材の納品やギルド職員の同行など、第三者の目による確認を必須としている。
今回村長に毛皮の確認と、その証明にサインを求めたのはそのためである。
「儂らも闇雲に金をばら撒いていたのも悪いし、冒険者らの善意を信じきっておったのも悪い。さらに言えば皮だけで判別していたのも悪いし、数が少ないとはいえモンスターの素材を安く売り払っていたのも悪かったのじゃが……まさかその素材を扱う工房が、飯の種たる素材を冒険者に安く売り払うとは思いもよらなんだ。いや、皮製品はそうそう売れぬゆえそれもまた立派な経営なんじゃろうが……」
おかげで冒険者ギルドは危険であるにも関わらず、討伐系の依頼の報酬を素材の買取価格と同じか、もしくは安く設定する必要が出てきたらしい。
それが、討伐系の依頼ひとつにつきだいたい二百五十サンドという、大暴落に繋がった。
……いや、一匹討伐するだけでおおよそ串焼き八本分。
串焼きは一本もあればおかずに困らない程度のボリュームがあるため、一食二本ずつ食べたとしてもこれだけで約二日分の食費になるし、徒党を組んで戦ったとしても、その確認方法が方法ゆえに全員に一律二百五十サンドが支給される。
そのため、その労力を考えればまだまだ破格の報酬といえた。
なお、この概算には討伐証明として持ち帰ったモンスターの素材は含まれていないため、もう少しばかり所得が上がるはずである。
「まぁ、討伐依頼におけるメインの収入は報酬ではなく、あくまでモンスター素材じゃ。報酬は現状討伐に対する手数料にすぎん。それに一匹丸ごと持ってくれば――いや、身体の半分も持ってくれば素材の損傷具合にもよるが、それでも最低一ガルドは稼ぐことができるじゃろうて。徒党の場合は、知らんが」
なにせ骨は削りだしてやじりに、毛皮は防具に、そして肉は食用とされるのだ。捨てるところなどほとんどない。
ましてや場合によってはコカトリスの琥珀眼ように体の一部が貴重な鉱石資源になっているモンスターさえいるのだ。
収入には大きなむらがあるものの一種のゴールドラッシュということもあいまって、討伐依頼は決して誰も受けたがらないような依頼ではなかった。
……とはいえ、討伐依頼は大抵距離や移動時間に関係なく一律の報酬であるし、それに「これなら確実にわかるだろう」と切り外したモンスターの頭を持ち込まれても、そのほとんどは二束三文にしかならないのだろうが。
さておき。
「えっと、でも、それってつまり」
「察しの通り、アイテム欄なぞという卑怯な能力を持つ渡り人にとってはかなり有利なルールじゃな。なにせ量が持てる上に剥ぎ取りなどという時間のかかる動作をせずにすむ」
「やっぱり……」
クロエがどこか悲しそうな表情でヤコを見やり、しかしヤコはそれを意に介した様子もなく、ただただ淡々と言葉を続ける。
「お主がどう思おうと勝手じゃが、しかし、これは自分の不正な行いがめぐりめぐって自分に帰ってきただけの話じゃし、ルールの不具合は是正されなければならぬ。故に、この話のどこにも同情する余地はない。そして――儂はバカの面倒なぞ見たくはないわ」
ただし、主様を除く。ヤコは場を和ませるためか、それとも素か――いや、素か。素でそんなことを言い、言葉を締めくくった。
ホーホーと、外からふくろうの鳴き声が響く。
ランプの光はすでに消され、イーヴァは以前のように頭まですっぽりと毛布を被っているために小屋の中は真っ暗だ。
チャドたちはたった一日とはいえ野営を体験したためか、それともグリフォンの息の根を止めるために過大なストレスを感じたためか、すさまじいいびきを上げて熟睡中。
……おかげで眠れない。
「のう、主様や。もう、眠ってしまったかえ?」
「はぁ……さっさと寝ろ」
若干甘えた声を上げるヤコに対し、オレはため息混じりに一言。
「難しいの。というか、チャドやデニー――は、男の子故さておき。クロエやカミラまでいびきとは、身体は大丈夫かの? 呼吸器系とか、一度医者に見せようか?」
「あいつらの隣人だが、いままでこいつらのいびきを聞いたことはない。ただの過労か、ストレスだろう」
というか男の子という理由だけでチャドとデニーを省くとは何気にひどいな。
いや、たしかに男ならいびきをかいても仕方がないというイメージは無きにしも非ずだが……。
「そうかえ、それならばよい……じゃが、この子らにモンスター討伐は、一日とはいえ遠出させるのはちと早すぎたようじゃの」
暗闇のせいでヤコの表情は見えない。
しかし、その声はどこか、後悔しているような表情をしていた。
「やはり、まだ子供、か」
「まぁ、まだ成人していないからな。こいつらは」
「そういう問題でもないんじゃが……そのところどう思う? イーヴァ」
「……このいびきだし、いつから~、なんてことは言わないけど、せめて仮眠くらいはしたらどうよ? お前ら」
やはりイーヴァもこのいびきの中では眠ることができなかったようだ。
毛布を頭から被ったまま、彼はヤコに対して呆れ声を上げる。
「仮眠でも、できたらいいの?」
「まぁ、な……アタシもいびきのうるさい奴と共同生活やったことあるけど、ここまでじゃぁなかったなぁ」
「む? 地球に婚約者がおったのか?」
「いや、そいつとは寮の元同室で元仕事仲間で、その上で同じ性別だ。婚約者は……そもそもアタシは恋人自体作れなかったから、いないな」
そういえばイーヴァは交通事故で障害者年金を貰っていたんだったな……そのことに思い至り、オレは複雑な気分になる。
「それは……すまぬことをきいた」
「……アタシのことはいい。それよりもこいつらだ」
「そうじゃの。ではイーヴァや、こやつらを戦わせるのはまだ早いと思うかえ?」
「それじゃ答えてやる。そういうのはな、アタシに聞くな」
ゆっくりと、彼は被っていた毛布を脱ぎ、上半身を起こす。
ライムグリーンの淡く輝く光が、部屋にあふれた。
「イノが言うにアタシは過保護らしいからな。それに、アタシはこいつらの二種混合構成を反対してた立場だし。つーかいまだに納得してないよ? 年のわりに強い力を持たせすぎじゃね? なんて、今でも思ってる」
イーヴァはひどく不満げな表情で自身の心情を吐き出す。
「そもそもさ、こいつらまだ子供だろ? だったら子供は子供らしくおとなしく大人に守られてろって言いたいね」
「だが、こやつらとてあと五、六年もすれば大人の仲間入りを果たすぞ? そしてランディに至ってはすでに十六歳じゃよ? ……年齢だけは」
「年齢だけは、な?」
二人はそこでため息を漏らし、次いで大いびきを上げながら眠るチャドたちを見やる。
チャドたちは今、どんな夢を見ているのだろうか?
当の本人はその大いびきの合間に「うへへ」だの「うまそー」だのとつぶやき、生唾を飲み込む。
「ぶひゃひゃ! 夢とはいえどんだけ食い意地はってんだよ」
「くふふ! そうじゃの」
「……やれやれ。本当に、まだまだ物を知らない子供だな」
そんなチャドを見て二人は笑い、対してオレは顔に手をあてて深くため息をつく。
「おいおい、イノ。こいつらはまだ十五歳――クロエにいたっては十歳だろ? そもそも成人してないんだから当たり前だって」
「そう、だな……あー、だが、子供にしろ、男には意地があるんだよ」
「知ってる。だからアタシも無理はしないよう説教しただけにとどめたじゃん」
「そのわりには泣いていたが?」
「そうしないと反省しないだろう? 阿呆どもっていうのは、よ?」
「それは……ぐうの音もでないな」
もう一度、深くため息をつく。
「――だが、こいつらも、特にチャドはあと一年しか子供でいられない。なのにお前は子供からいきなり大人になって『今日から大人だな。じゃ、あとは一人でがんばれ』なんて、言えるか?」
「それは、まぁ……」
「成功も、失敗も。名誉も金も、幸運も栄光も不幸も挫折も失態も汚辱も、全部こいつらのもので、それは大人になるために必要なものだ。お前らだって中学なり高校なり、学生のころは成功も失敗も、良いことも悪いこともしただろう? だから」
早いとか遅いとか、正しいとか間違ってるとか、守ってやるとか守られてろとか、そんな悲しいこと言ってやるなよ。
子供がかわいそうじゃないか。
そんな、子供だからこそいえるその言葉は、小屋の中に響いて――突然、チャドの口から強く上がったいびきによってかき消された。
「ぶひゃひゃっ!」
「くふふっ!」
「……この野郎め」
そんなチャドの所業に、オレは思わず顔が引きつってしまった。
「責めんなよ、イノ。成功も失敗も、全部お前のもので、全部こいつらのもんなんだろう?」
「そうじゃな! それに、主様はもう大人じゃろう? これくらい笑って許してやれ」
「くっ!」
自分の言ったセリフだけに、そして十六という年齢はもうすでに過ぎているために、オレは二人の言葉に反論することができない。
少しだけ、チャドを恨みがましい目で見やり――そいつのにへらっと緩んだその顔を見て、オレは怒るのをやめた。
「……まぁ、いい。くさいセリフだったからな。こいつがオレの言葉をさえぎったその気持ちも、わからないでもない」
「くふふ。そんな言い訳をするところなど、主様もまだまだ子供よのう」
「うっせ。事実だよ」
「くふふ……ああ、ところで」
「なんだ?」
「今のやりとり、まさに子供の将来を話し合う夫婦のようではなかったかえ!?」
「あー……たしかに。でもイノが旦那役かぁ……旦那にしちゃ、ちょっと頼りなさすぎね?」
「そこはほれ! 姉さん女房というやつじゃ!」
「お前ら全員、さっさと寝ろ!」
[jump a scene]
翌朝、村は騒然としていた。
ただ、怒声や悲鳴ではなく、それは歓喜の声であることにオレたちは疑問を感じながら、そっと小屋の入り口を少しだけ開いて顔をのぞかせる。
すると、小屋の前では村を危機に貶めていたモンスター討伐を記念しての酒盛りが繰り広げられ、それを見たオレたちはげんなりとしてしまう。
どうやらガルディさんがオレたちが帰る前に村の皆に知らせてしまったらしい。
いや、しっかりと口止めしていなかったのも悪かったし、まさか朝から酒盛りがはじまるだなんて予想の埒外だったわけなのだが……さておき。
「――おお! みなさん早い目覚めで! では気付けの一杯を!」
「……えっ?」
オレたちがげんなりしながら入り口から顔をのぞかせていると、いち早くオレたちの視線を感じ取ったガルディさんが小屋の扉を一気に開放。そのまま小脇に抱えた小ぶりの酒樽をオレたちに突きつけた。
また、ガルディの声に反応した村の若い娘たちは笑顔を浮かべながら木製のコップを人数分もってオレたちに近づいてくる。
「い、いや、の? 一応儂らも忙しい身の上なんじゃが」
「なんのもてなしもしないのは村の恥! 一日くらい遅くなったって、言わなきゃバレやしませんよ!」
そんなことをのたまい、ガルディさんはその若い娘たちのコップに酒を次々と注いでいく。
……これは、はめられた、か?
そのなかのひとりから酒入りのコップを手渡され、しかもさりげなく手の甲をなでられながら、オレは深くため息をつく。
「え、えーっと……」
同じようにコップを手渡されたチャドやデニーがオレの表情をうかがい、クロエとカミラはコップを渡される前にイーヴァの後ろに引っ込んでしまう。
「なにを迷ってるんです? ささ、ぐいっと!」
「私、木のお兄さんのかっこいいところ見てみたいです!」
……まぁ、だよな。
もちろんこれはモンスター討伐のお礼とか若い娘による接待とかいう側面もあるのだろう。
だが、村としてもオレたちのような戦力はのどから手が出るくらいにほしいし、モンスターの繁殖などのちょっとした外的要因で閉鎖的になってしまう村のことを考えれば外の血を取り入れるのに必死なのだろう。
ここは現代日本とは違って人口密度の低い村だ。下手をすれば近親婚で奇形児が生まれる可能性が高くなるし、日本でもその昔には祭りのたびに他の村と交流して種を貰っていたという話も聞く。
それに……自分で言うのもなんだが、オレたちプレイヤーは基本的に若くて美形だ。
もちろん、ジュウゴヤさんのように渋いオジサマのような容姿の人もいるし、ジュウゴヤさんのようにギャグに走っている人もいるが、しかし、基本的に自分好みのかっこいい、かわいいキャラクターを作っているのだから当然か。
――とはいえ、さすがに顔はよろしくても腕が樹木で頭に角が生えているような奇形男にこうも好意むき出しですりよってくると、うれしさを通り越して気持ち悪さが湧き出てくる。
……彼女たちはこの腕が気持ち悪くないのだろうか?
ちらりと横目でイーヴァを見やれば、彼に群がる男どもは彼の淡く輝く髪や獣のような短毛が生えた耳など気にした風もなく、チャドやデニーの額に生えた角など、年上の女性らに積極的に触られていたりしている。
王都と違って渡り人はほとんど来ないだろうに、どうやらこの腕も頭の角ものどの逆鱗も、彼らには嫌悪や畏怖の対象にならないらしい。
いや、この様子だと力や富の象徴として捉えられていると考えたほうが自然か。
地球でも一部の民族はファッションや力の象徴として自らの身体の一部に穴を開けたりのばしたり、そこになにかを差し込んだりして異形に改造する。
だから、この状況もまるっきりありえない話ではない。
「……だが、ここまで違うと文化の違いを思い知るな」
あらためて見えたそんな事実に、オレは苦笑いを浮かべる。
「え? なにか気に触るようなことでも?」
「いや、こっちの話だ。あとオレは酒をやらんし、手の感覚がないから撫で回しても互いになんの得もないからやめてくれ。昨日おとといと腕の手入れをしなかったんだ、オレのささくれが手に刺さるぞ?」
「そんな……私は大丈夫ですよ? それに私の手はもう、畑仕事とかで荒れてますし……」
「そんなことはない」
オレの腕に触れてくる彼女の手を、自身の腕のささくれに注意しながら渡されたコップを握らせつつ、微笑みと共に優しく包み込む。
「こんなにも小さいが、働き者の綺麗な手だ。そんな手に、オレはけがなんてさせたくない」
「ひゃうっ!?」
……一瞬「この伊達男め」なんて声が聞こえた気がしたが、もしそうならただの社交辞令にそんなことを言わないでくれ。
あとヤコ、そうにらむな。
オレはただ、穏便にコップを返して、なおかつ彼女の過激なスキンシップをやんわりと拒否したただけじゃないか。
というか、この少女、まさかこの程度の社交辞令に免疫がないのか? 顔が真っ赤だ。
そんな彼女を傷つけぬよう、オレはうっかり漏らしたくなるため息を必死に我慢しながら柔らかい笑みを浮かべていると、そんなオレを見たチャドはポツリと。
「イノさん、かっけぇ……」
「……チャド、お前には後で話がある。王都に帰ったら覚えておけよ?」
「うぇえっ!?」




