26話 Misfortunes never come alone
その空気を最初に破ったのはやはり、メノウさんの行動だった。
メノウさんはその樹皮紙の束をずんむと掴み、ぱらぱらとめくっていく。
「ずいぶんとまぁ、見事に種類がばらばらねぇ……ねぇ、がくちゃん。グリフォンいける? 番みたいだけど」
「え? えーっと……番なら硬いのが前に二人もいればいけると思うよ?」
「――おっとメノウ君、それはドラゴンハーフたるこの僕一人で十分さ! 僕自慢のクレイモアで一刀の元、いや、二刀の元に切り伏せてあげよう!」
「私、同じドラゴンハーフだけどそのバ火力だけはさっぱり理解できないわ……じゃぁ、これはレオン君の分っと」
樹皮紙の束を紐解き、その一枚をレオンの前へと差し出す。
それはまるでヤコを気にしたような様子がなく、対するヤコはその態度にぽかんと口を開いたまま固まっていた。
「あー……メノウ、一応ランディたちも参加するんだからな? 勝手に決めんなよ」
「そ――そうだぜおばさん!」
「あら。稼ぎ時だからすっかり忘れてたわ。――あとまだそんな年じゃないわよ! お姉さんと呼びなさい! お姉さんと!」
今までヤコと同じように固まっていたイーヴァがふと小憎たらしい笑みを浮かべ、ランディが意を決したように叫ぶ。
そして彼女たちはふたたびぎゃぁぎゃぁと騒ぎはじめた。
――やれやれ……オレのことなんて一言も言えないじゃないか。この伊達男、そして伊達女どもめ。
「え、えっと、その……怒らんの?」
「ところで私ね? そろそろふかふかのお布団がほしいの。ただ、ちょっと高くて今まで手が出なかったのよねぇ……」
はたと気付いたヤコが怯えた声でそんなことをいい、しかしメノウさんはあまりにも軽い口調で関係ない言葉を返す。
まるで、自分にとってはそれ以外の意味はないとでも言いたげに。
「ほら、みんなにも大なり小なり、ほしいものがひとつくらいはあるでしょう?」
「それなら僕は着替え用のついたてかな。イノ君ったら最近、着替えるときになるといっつも僕を追い出すんだよ? ひどいとはおもわないかい?」
「それは、お前がオレの身体をチラ……いや、ガン見してくるからだ」
彼女は『僕たちは親友同士なんだし裸の付き合いくらい』云々とはいうのだが、それでも身の危険を感じずにはいられない。
というか、だ。彼女のこの女子学生のノリはなんとかならないだろうか? ……ならないんだろうなぁ。思わずため息をつく。
「……さておき。オレはこれと同じコートがほしい、さすがに一着だけだと心もとない」
「んー。だったらアタシは鍵付きのクローゼットかなぁ? アイテム欄が服でいっぱいなんだよねー。そろそろ新しいワンピもほしいしさ」
「それなら私は断然かまどですね! これでもうマズイだなんていわせない……!」
その瞬間、彼女の料理の腕を知るオレたち四人はついっと顔を逸らす。
まさかとは思うが、かまどの設置を期に料理を趣味にするとかいいだしやしないだろうな……?
「――ふ、くふふ……っ!」
そして、そのオレたちの言動を見て、ヤコは口元を袖で隠しながらくつくつと笑いだす。
その目じりには、安堵のためかうっすらと涙が溜まっていた。
「先ほどまで主様に、いや、皆に軽蔑されると思っておったのに……まるで儂、バカみたいじゃの」
「あのねぇ……私たちはコカトリス戦にまで参加したんだから当たり前よ。それにだいたい、ギルドにはお世話になってるからこそ他のみんなも快くギルドを手伝ってるじゃない」
「それはそうじゃが、しかしそれはギルドからの依頼としてきちんと報酬を出しておるからじゃろ?」
「ああ、そこから理解してなかったのね……」
メノウさんが深くため息をつき、そしてやおら息を吸い込んだと思えば。
「――いくらお金を積まれたって話の通じないバカを相手にしたいとか! だれも思わないでしょうが! 少しは自分のギルドに自信を持てギルドマスター!」
怒声一喝。
そのびりびりと部屋中を振動させる大声はドラゴンハーフの強力なノックバック技<ハウリングシャウト>に勝るとも劣らず、オレたちは思わず身体をのけぞらせる。
「――ふぅ。それにヤコ君、ちがうでしょ? 今、あなたがほしいものはなぁに?」
「……くふ! たしかに儂も、そろそろ主様の目を釘付けにする新しい着物がほしくなってきたところじゃな。くふふ!」
彼女のその質問に、まるで心底おかしそうに、ヤコは腹を抱えて笑い出す。
「――ただ」
「うん?」
「そこまで男前に啖呵をきるのは、女としてどうかと思うぞ? 思わずほれてしまいそうじゃったわ」
「やーめーてー! それ結構気にしてるのぉおっ!」
その後、ヤコが最初におこなったのは依頼書の仕分けと簡単な講義だった。
「――まず、基本的な話をしよう。モンスターを狩ることにおいて、組んだ集団のことを儂らはパーティと呼び、そのパーティの基本として、最小の単位は当然ながら二人となる」
もちろんパーティという言葉には『集団』という意味も込められているが、しかし、オレたちが扱うパーティという概念はゲーム由来のものだ。
そのためヤコはランディたちにもわかるような言葉で説明しながら樹皮紙を束にしていた紐を解き、いくつかの山に分けていく。
「ただ、その場合はペアとかコンビとか言うんじゃが……まぁ、今は気にすることでもなかろう。パーティ最大の利点は『役目の専門化』が可能になるゆえ、あらゆる行動の精度が上がることじゃな。かといってやたらめったら人数が多ければいいというものでもないのじゃが……うむ、こんなものかの」
樹皮紙の山はついに五つに分けられ、ヤコが満足げにうなずく。
山の数とパーティの話から推測するに、この十二人――いや、ヤコはオレについてくるだろうから十三人か。その十三人という人数を五つのパーティに分けるようだ。
すると、ひとつのパーティが二人か三人……ゲームでは大型モンスターや大規模狩猟でもない限り適正人数だが、ランディたちのことを考えると明らかに足りない人数だった。
「この人数で大丈夫なのか?」
「うむ。たしかに急ぎではあるが、そもそもモンスターが出没する街道がばらばら故絶対に全部にはいけぬ。故に、パーティを二つにわけ、この山を一つ一つ片付けていこうかと思う」
ああ、なるほど。そういう考えか。
たしかにただちに被害が出るわけでも、被害が甚大であるわけでもないから当然といえば当然か。
「幸いにして儂らは渡り人じゃ。アイテム欄により手荷物は最小、種族変異により身体は強靭、アリアドネーの糸によって即時帰還も可能。さすがに不寝番は立てねばならぬが、それでも二、三日の行軍なら十分いけるじゃろうて」
まぁ、伊達に一ヶ月も野営じみたことをしていないからな。そういう意味では二、三日我慢する程度造作もない。
「さて、あとは――一番面倒などう分け、どう割り振るか、かのう?」
傍らに置かれたレーションの山と五つの紙束、そしてランディらに視線を移して、ヤコはため息をついた。
[jump a scene]
明けの六時にさしかからんという時間、ようやくパーティの割り振りも決まったオレたちは戦闘のことを考慮してレーションを昼食としながら森の街道を歩く。
オレたちのパーティはオレ、イーヴァ、ヤコのほかにチャド、デニー、カミラ、クロエの七名。
またチャドたちはすでに二種混合構成となっており、チャドは剣闘士、デニーは拳鬼という鬼人を加えた構成で、カミラはライカンスロープを加えた重装戦士、クロエはドラゴンハーフを入れて閃士構成である。
そしてそれらは、いずれも鉄板二種に数えられている構成だ。
「では、儂らはこちらの方角ゆえ、ここでお別れじゃの」
北門から出て、主要都市間をつなぐ街道を道なりに進むことおよそ十分。
以前モリア大公領へと向かったその街道には荷駄車が二台すれ違えるかどうかという細いわき道が枝葉のように伸びており、オレたちはそのうちの一本を歩くらしい。
街道とわき道の分岐には丸太が突き立てられ、またその丸太には矢印と共に『東エステノルドの村』という文字が深く掘り込まれていた。
「うん、気をつけてね?」
すでに完全装備状態のメノウさんが左手をはたはたと振りながらオレたちを見送る。
また、メノウさんのパーティはハンガクさんをはじめとして、レオン、ランディ、アレックス、ベッキーの六人。
ちなみにランディは万能型である重騎士、アレックスは防御偏重の囮、ベッキーは固定砲台になるために魔法騎士という、全員二つ目の種族がアーマードの鉄板二種構成である。
……ところでこのパーティ、全体的に硬すぎてアレックスがモンスターを引き寄せる意味が薄いことに、パーティの割り振りを行ったヤコは気付いているだろうか?
ともかく。
メノウさんたちが見送る中、オレたちは街道をずんずんと進んでいく。
いつもなら『モンスターを引き寄せる』という理由から帽子を頭に被っているイーヴァだが、今回は『街道付近のモンスターの討伐』であるため堂々としており、なおかつヤコはいつもの小紋姿ではなく紺色のワンピースを着ていた。
「さて、歩きながらじゃが、あらためて説明しよう」
ヤコがアイテム欄を操作し、その手元に樹皮紙の束を取り出した。
「儂らは今回、東エステノルドの村へと続く街道に出没せしウェアウルフの群れの間引きと、最近やってきたグリフォン、また縄張りを追われた迷いミノタウロスの討伐じゃな」
「やっぱりそれだけ聞くと数は少ないんだよなぁ……」
イーヴァが渋面を作り、彼女が持つ樹皮紙の束を見る。
樹皮紙の束はそれが目撃証言による依頼であるため、出現場所が違うだけで似たような依頼がいくつも出されている。そのせいか彼女が持つ樹皮紙の束は先ほどのセリフからは想像できないほどに分厚い。
「だれもかれもが逃げるので精一杯じゃ。固体を確認、特定せよという事自体が酷というものであろう」
そう、当たり前の話だがこれはゲームではない。ゲームでは依頼書に『何を何体倒せ』と出るが、しかし現実は往々にしてこんなものだろう。
そしてヤコはアイテム欄に樹皮紙の束を放り込み。
「まぁ、いくらモンスターとはいえ彼奴らも一応は生物。行動範囲や餌場のキャパシティを考えればさすがに依頼通り何十匹とおるまいて」
などと肩をすくめた。
「――さて、儂ら渡り人には『フラグ』という言葉が存在する」
太陽はすでに傾きはじめ、空がゆっくりと赤に染まる。
「この言葉には『旗』という意味のほかに『お決まりのパターン』『使い古されたシナリオ』などという意味があるのじゃが……」
そして彼女は大きく息を吸い。
「儂、やっちゃったの!」
狼――ウェアウルフに囲まれた状態であるにもかかわらず、底抜けに明るい声でそんなことをいう。
さすが群れで狩りをする狼とでも言えば良いのか。オレたちはいつの間にか灰色の毛並みをした狼……狼状態のウェアウルフたちにはさまれており、どう見ても十や二十ではきかない。
たぶん、ここら一帯に住みはじめたミノタウロスやグリフォンといった中型モンスターに対抗するため、いくつかの群れが寄り集まった結果ここまで大きな群れになったのだろう。
が、今はそんなことを推察している暇などはない。
四面楚歌よろしくあたり一帯にウェアウルフの「ぐるる……」という唸り声が響き、その声から推察するに森の中にも確実に伏兵がいる。
今はまだ飛び掛ってくる様子はないが、しかし、それはたぶん自らの射程にオレたちがまだ入っていないためだろう。
オレたちがちょっとでも余所見をした瞬間、包囲網は徐々に狭くなり、襲い掛かってくるのは秒読み段階。
すこしでも時間を稼ぐため、オレたちは街道の中央で背中合わせに周囲を警戒し、現状を打開するための覚醒技を考え始める。
「儂としてはこの状態でこやつらがあきらめるのを待つのもよいが……こやつら、夜まで粘りそうじゃな」
ウェアウルフは夜になるとまるで<ジャイアントトレントアーム>を発動させたトレントのように四肢が野太く変化し、姿や挙動がまるでゴリラか類人猿のそれに近くなる。
そうなるとトレントの覚醒技と同じように攻撃力や防御力が上昇する上、小器用に前足――腕を使って徒手格闘を行ってくるため一気に厄介な敵になるのだ。
「で? どうする?」
「……私が<フラムポルト>、する?」
カミラがポツリと、アーマードの覚醒技をつぶやく。
たしかにそれもいい手だろう。四方が三方になるだけだが、それでもバックアタックがない分危険度はぐっと減る。
――ただし、その効果はほんの三十秒間だけ。
再度覚醒技を励起させても数瞬の隙ができてしまう。
「こういうとき、範囲攻撃をさほど持たぬパーティは困るの」
「まったくだ」
いや、イーヴァなら<炸裂のルーン>と<噴出のルーン>を組み合わせれば絨毯爆撃じみた範囲攻撃が可能だろう。
ただし、生半可な多重強化や中途半端な数の<噴出のルーン>ではこいつらを一撃で倒せるわけがないし、その隙を作るための囮役であるオレが最後まで無事に生きているかも不明だが。
本当に、数は暴力だ。思わずため息が漏れる。
「さて、これ以上にらみ合ってはジリ貧じゃ。方円にて囲まれたのならば、こちらは一点突破でその陣を切り崩そうかの。問題は狼の足の速さじゃが……まぁ、問題はあるまい」
「どこがだよ」
思わず突っ込む。
狼の足の速さは時速四十キロを超えると言われている。
いくらオレたちが超人的な身体能力を得たとはいえ、その速度に近しい値が出せてもそれを超える速度が出せるわけではない。
いや、速度が上昇し身体が大きくなる<グロウアップ>をするならばその限りではないのだが……。
「まぁまぁ、主様や。時間も押しているゆえ、ここは儂の采配に身をゆだねてはくれぬかの? ――さて、チャド、デニー、クロエ、カミラ」
「うぇ?」
「……うっす」
「はい?」
「なに?」
「儂が合図したならばチャドとクロエはそれぞれ街道の横方向に向かって<ハウリングシャウト>。カミラは儂とは反対方向に<フラムポルト>を励起。それぞれしばらく三方からの攻撃を防げ。デニーはそのまま真正面から迫り来るウェアウルフに素手で殴りかかれ。攻撃は力の限り思いっきり、そして大振りでやれ。それで絶対にあたる」
ヤコは次々と指示を飛ばし、ついでそれぞれの覚醒技の起動モーションを説明する。
「――さて、最後に、主様とイーヴァ」
「なんだ?」
「おう」
「イーヴァは<炸裂のルーン>をできうる限り多重強化、カミラの<フラムポルト>の効果が切れると同時に飛び掛らんとするウェアウルフに<噴出のルーン>で弾幕を。主様は<テンプテーションアロマ>にてイーヴァとカミラ、そして群れに突撃するデニーと儂に攻撃が行かぬようサポートを」
「……おい、まさか」
彼女のその言葉に思わず顔が引きつる。
「くふ、くふふ……っ!」
そしてオレのその反応を楽しむかのように、そしてこれからはじまる戦闘を楽しむかのように、ヤコはくつくつと暗い笑みを浮かべて笑い出す。
――この女、狐とクレッセントという後衛構成の癖して前衛だったのか!?
「それでは……戦闘開始じゃ!」
――どこまでもどこまでも、無限に広がる大草原。
もはや人の影すら見当たらぬ、そんな文明なき自然豊かな草原世界にはかつて七つ世界一と讃えられた勇ましき戦士の一族がくらしていた。
今ではもう、その戦士の一族の面影は、獣の寝床となってしまった集落跡の、ひびわれ、くずれかけた粘土板の上にしか存在していなかった。
しかし、その粘土板に描かれし彼らは、獣の皮を頭からかぶって弱き心をひた隠し、獣の爪を手にとり己が武器とし、非力な人でありながら醜き獣であるかのように、獣の血の赴くままに天に向かって吼え猛る。
その戦う姿はまさに人でありながら人でなく、獣でありながら獣でない。
亜人と呼ばば呼べ、人でありながら獣であることを恥じることのない野蛮なる彼らは、だからこそ、こう呼ばれるにふさわしい。
そう――
――勇猛なる、獣の戦士
[jump a scene]
七つ世界サービス開始後、幾度となくアップデートが重ねられ、覚醒技の仕様変更も繰り返された。
だが、オレたちがこの世界に召喚される瞬間まで、そもそも攻撃用任意覚醒技がほとんどないライカンスロープに攻撃用任意覚醒技が増えることも、増える予定すらなかった。
故に、初心者プレイヤーからは『ライカンスロープは他種族の弱点を補う補助種族』とまでいわれていた。
が、しかし、残念ながらこの認識は適切ではあるが正解ではない。
どこまでもどこまでも、それこそ鬼人やドラゴンハーフよりも戦闘に特化したライカンスロープであるからこそ、華やかなエフェクト舞い踊る攻撃技など不要なのだ。
そしてヤコはそれを体現するかのごとく、闇雲に覚醒技を励起させるようなことをせず、ただただ単純に、全力で拳を振りかぶり、力の限り大振りに右腕を振るう。
すると空気を切り裂くような、空気が破裂するかのような音と共に彼女の拳の先から、また拳の軌道をなぞり、弧を描いて撃ち出されるかのように三条の衝撃波が生まれ、オレに向かって走りよるウェアウルフをなぎ払ってしまう。
それこそが数多く存在するライカンスロープの常時覚醒技であり、攻撃力が上昇し、なおかつ素手攻撃時に極短距離の衝撃波の爪を生み出す覚醒技、<ワイドクロー>である。
以前デニーが取得していた覚醒技でもあるが、前回はそれが発動していなかったところを見るに、やはり常時覚醒技にすらなんらかの発動条件が付いているようだ。
たぶん、<ワイドクロー>の条件は彼女が言った『力いっぱい大振り』であるのだろう。
ゲーム時代でも<ワイドクロー>を取得すると素手攻撃のディレイが増加すると共に攻撃モーションが大振り化していたし、ある意味順当な発動条件だった。
そして<ドッグファイト>の効果により、反射行動的に二撃目が発動。
飛び掛らんとしたウェアウルフはオレに近づくどころか、首の骨を横方向から襲い掛かるその衝撃波によって捻られ、絶命。
「くふ……これこそがライカンスロープ本来の戦い方じゃ。くふふ……っ!」
ヤコのほおにウェアウルフの口からはき出た血が飛びちり、また彼女はその血に酔ったかのようなうっとりとした声で妖艶に笑う。
そんな異常な光景に、ウェアウルフたちは当然のことのように恐慌状態に陥り、<テンプテーションアロマ>があるにもかかわらず徐々に、それでいて確実にその数を減らしていく。
また、オレの後ろではちょうどイーヴァが放った<噴出のルーン>が爆発する音がほぼ途切れる間なく響き渡りはじめ、オレの左右では<ハウリングシャウト>の強いノックバック効果を持った絶叫がいまだあきらめぬウェアウルフらを吹き飛ばし、近づけさせない。
「くふ……くふふ……っ!」
そんな音あふれる戦場だというのに、なぜだろう? ヤコのその楽しそうな艶のある笑い声だけはしっかりと聞こえてきてしまう。
「……マスター、怖い」
背後の壁役という役目を終え、やや手持ち無沙汰になったカミラがそんなことをつぶやく。
「ああ、うん。オレもそう思う」
そのときはじめて、普段あまり会話しないカミラと心が繋がったような気がした。
……つん、とした鉄錆びの匂い。
周囲の木々は広範囲でなぎ倒されるか、それとも青々と茂っていた葉がすべて吹き飛ばされているかの二択。
「ふぅ」
空は赤から薄青色に変化せんとしており、イーヴァの淡く輝く髪が山積みとなった灰色と赤黒い色の塊をより凄惨に照らす。
「すごく、すっきりした」
そんな屠殺現場でヤコは、久しぶりの戦闘に大変満足げな笑みを浮かべ、顔や手に付いた返り血を真っ白なハンカチで拭い落とす。
その光景は、子供たちのなかでは一番メンタルの弱いクロエを涙目にするほどだった。
なお、最終的に倒したウェアウルフの個体数はたぶん、だいたい三十体くらい。
たぶん、なのはイーヴァの<噴出のルーン>で四肢どころか胴体も半ばからふっとんだウェアウルフがいるためだ。
そんな大虐殺があった手前、この場から逃げ出したウェアウルフは恐怖や自身が負った怪我の治療といった理由でしばらくは人を襲うことはないだろう。
――はたして、これではどちらがモンスターなのだかわからなくなるな。
いや、それはともかく。
「さて皆のもの、このままでは通行の邪魔になるゆえ、拾うだけ拾って、あとは死体を森の中へと片付けてしまおう。イーヴァはさきほど使用した侵食率の回復を急いでくりゃれ」
「そ、そう、だな……」
「うへぇ……この中で食えって? いやたしかに食わないとやばいんだけどさぁ……」
あの狂気の笑みから一転、ヤコのそのあっさりとした言葉にオレは顔を引きつらせながらゆっくりとうなずき、イーヴァはげんなりとした表情でアイテム欄を操作しはじめる。
が、しかし、そこではたと気付く。
「――ああ、そういえばヤコ」
「どうかしたのかえ? 主様」
「せっかくだからこいつに食わせてみたい」
言いながら、オレは自分の腕に触手を生やす。
あのときデニーが出した触手も倒したばかりのジャイアントスパイダーを飲み込み、その質量を大きくしていた。
たぶん触手になにかを食べさせるごとに、触手の基本性能が上昇するのではないだろうか?
そうヤコに打診すると、ヤコはしばらく考えた上で。
「そうじゃな、やってみよう」
許可が下りた。
オレが程近い死体に触手を伸ばすと、触手の先端がまるで生き物のように円錐状に大きく広がり、ごくん、と、死体をひとのみにしてしまった。
するとやはり、触手の質量が突然大きくなる。
あまり多く死体を食べさせると制御が利かなくなる可能性も考慮したが、あのときの触手はそれなりの量を食べてもデニーの制御下から外れることはなかったため、大丈夫ではあるだろう。
「ほぅ? 食えば食うほど質量が増えるのか。主様や、触手の数は増やせるかえ? そしてそれを個別に操作できるかえ?」
ヤコのその言葉に触手を二股、三股にわける。
「……練習あるのみかどうかはわからんが、同時個別は無理だな」
しかし、分けたところで操作するのはオレ自身であるため、結局操作できるのは一度につき一本ずつだった。
「ふむ? まぁ、それはさほど重要なことでもない故、ここら辺は今後に期待かの」
「期待できるようなことはできないだろうがな」
そんなことを言いながら、オレは大量の死体を取り込んだことによってだいぶ太く長くなった触手を腕の中に引き入れた。




