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7th Sphere  作者: 竹永日雲
魍魎跋扈
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25話 Second stage

「お前らには今、六つの選択肢がある」

 ヤコから貰い受けたレーションを目の前に六つ、並べながら、オレはゆっくりとその言葉を口に出す。

「それは以前と同じ種族を選択するか、それとも他五種の種族いずれかを選択するか、だ」

 これは命綱だ。また同じことがおきないとも限らないような世界で、オレはそのときになって後悔するなんてことは絶対にしたくない。

 だからこそ、オレは七つ目の選択肢である『どれも選ばない』というそれを、ひとかけらも口には出さなかった。

「おっさん、質問」

「なんだ?」

「それって、そんなに簡単に変えていいものなのか?」

「ああ、もちろんだ」

 そもそもこういうものは本人の気質が重要になってくるものだ。

 それに、いくら種族変異の恩恵で身体能力が超人のそれになるとはいっても向き不向きの関係でどうしてもできる限界が見えてきてしまう。

 その証拠としてランディは前衛にはあるまじき突撃バカだし、チャドは堅実すぎる。

 またアレックスはまだ戦場に慣れていないためにデコイ役を任せるのには心もとなくて、だというのにベッキーは自重しない火力で敵愾心(ヘイト)を稼ぐ。

 いや、各種族の特性を考えるとそれらの行動もあながち間違いではないのだが……しかし、いくら初心者でもあまり褒められた行動ではない。

 さておき。

「とはいえ、さすがに覚醒技の発動ポーズやら発声やらは覚えなお」

「あ、じゃあいいや! オレ鬼人!」

「ええっと、ドラゴンハーフはっと……」

「チャド、ライカンスロープとって」

「おまえら……」

 これはかなり重要な選択なんだから少しはアレックスのように思い悩めよ。思わず、ため息が漏れた。



 全員の種族変異や覚醒技の再取得はつつがなく終わり、侵食率はまだ十前後と低いが、これで次のステップへ移行する下地ができた。

 ただし、今日はもう遅いため二種混合構成(クロスブリード)にするのは翌日に持越しとなった。

 ところで、意外なことに泣きながらジャイアントスパイダーを相手にしていたアレックスは以前と変わらずトレントを選択していた。

 その選択に思わず「横着せずに別なのを選べ」と言ってしまったのだが……しかし、アレックスの意志は固く、むしろランディから「おっさん、わかってねぇのな」と(さと)されてしまう始末。

 オレは良かれと思っていったのだが……いや、本人がトレントをやりたいといっているのだ、オレが口を挟むことではないだろう。

「――さて、もう夜も遅い。今日のところは帰らせてもらおうかの」

 そして、全員が種族変更を果たしたのを見届けたヤコは空になった寸胴鍋をアイテム欄に入れてすっくと立ち上がる。

「あら? もう遅いんだし泊まっていきなさいよ」

「そうしたいのは山々なのじゃが……今日のこともあるゆえ、早めに責任あるものを集め対策を考えようと思っての。今日は徹夜じゃ」

「良く働く」

「そう思うなら主様や、ねぎらいがてら儂の頭でもなでなでしてくりゃれ?」

「それくらいならいいぞ?」

「くふふ、やはり主様はツン――えっ?」

 オレの回答にヤコが驚いたように目を見開き、メノウさんやハンガクさんはオレのそんな心変わりにも似たその発言に目をらんらんと輝かす。

 対してレオンは苦笑交じりに肩をすくめ、イーヴァは「またか……」とあきらめの声。

「わ、儂、疲れているんじゃろうか? 今、主様の口から『なでなでしてあげる』という夢のような言葉が聞こえたような……」

 レーションのことといいランディたちのことといい、ここらで少しでも借りを返しておくのも悪くはない……これはそんな打算的な思考からの発言だったのだが、どうやらそれは彼女にとってあまりにも予想外のことだったらしい。

 まるでそれが幻聴であったかのようにヤコは懐疑的な表情を浮かべながら、それでいてなにかを期待するかのような目をしながら彼女はオレを見下ろす。

「……も、もしかして主様や。本当になでなで、してくれるのかえ?」

「ああ、いいぞ? 頭をなでるくらい」

 そして、あらためてその言葉を聞き、急にうつむいたかと思えば。

「――わ」

「わ?」

「儂の時代っ! キターッ!」

 ヤコは宵闇の空に向かって両の拳を突き上げ、満面の笑みを浮かべて思いっきり絶叫した。

「くふっ! くふふっ! よもや、よもや主様がこうもデレてくれるとは思いもよらなんだ! もはやこれは婚姻も秒読み段階とみて良いのではなかろうか!?」

「ねぇよ」

 彼女のその言葉を即座に否定。

 あと、夜なんだから静かにしろよ。お隣さんがめちゃくちゃ驚いてるじゃないか。



      [jump a scene]



 翌日、オレは普段よりもやや早い時間に目を覚ます。

 眠気は不思議と無く、木板で閉じた窓枠からはうっすらと青白い筋がこぼれ、それがオレにようやく日があけてきたということを示していた。

 時刻は、おおよそ明けの一時(午前六時)前。日に日にオレに近づいてきている気がしないでもないレオンを起こさぬよう静かに起き上がり、つっかえ棒をはずして外へ出る。

「――ぃよぅ、ねぼすけ。今日は早いな?」

 家の外では今朝の料理当番であるイーヴァが火打石を手に、薄く積み上げた(まき)に火をつけようとしていた。

「なんでだろうな? 不思議と目が覚めた」

「へぇ? 珍しいこともあるもんだ」

 かちん、かちん。青白い空の下に火花が舞い、着火材として薪の上にふりかけられたオガクズに火がついた。

「手伝うか?」

「その手でか? 悪いけどイノは食器洗いに専念してくれ」

 それもそうか。それに火を扱う手前樹木の腕は危なくて料理どころではないだろう。

 ……つくづく生身の腕が恋しくなってくるな。もしくはIH調理器。

「ところで今朝はなにを作るんだ?」

「作るっていうか、今日の朝市はいつもより品揃えが悪くてね。ベーコンとか、チーズとか、そんなサンドイッチの材料ぐらいしか買えなかったよ」

「いや、それでも十分立派な朝食だよ」

 料理を作らせてもらえないオレとしてはうらやましい限りだ。

 オガクズが燃え、煙がもうもうと立ち上るその焚き火をはさんで、オレはイーヴァの前に腰をおろした。

「――なぁ、イノ」

「なんだ?」

「これはアタシの勘ってやつなんだけど、あんなことがあったせいか東区がかなりきな臭い。ただちにってわけじゃないんだけど、熱に浮かされているっていうか、火がくすぶってるっていうか、そんないやーなにおいだ」

 オガクズについた火がゆっくりと薪に燃え移り、ゆらゆらとゆれる火がだんだんと大きくなっていく。

「ヤコが昨日、対策を考えるなんて言ってたけど……でもイノ、東区にあの奇妙な熱があるうちは、できるだけ東区には行かないようにしてくれないかな?」

「……やっぱりお前は過保護だな」

「昨日メノウに説教されたばかりだから十分承知だよ。だから『行くな』なんていってないじゃないか」

 揺らめく空気の向こう側で、イーヴァが唇を尖らせ不機嫌をあらわにする。

「いや、いいさ。そのほうがお前らしい。それに――そういう心構えがあるのとないのとではかなり違う」

「そっか、アタシらしいか……ははっ! よーし! それじゃ今日もがんばるか!」

 ぐぐぅっと背伸びをするように腕を伸ばし、ようやく彼はなにもかもを吹っ切った軽やかな笑みを浮かべた。

 その笑みは見た目相応で、とても愛らしかった。



 その後、朝食を食べ終わったオレたちは昨日の続きであるハイドラの性能評価試験を行うため、ヤコを迎えに冒険者ギルドへと足を運ぶ。

 冒険者ギルドはそれが一日の始まりの時間であるという理由からか冒険者たちでにぎわっており、また、人手不足を補うために受付が天幕によって増設されていた。

「前から思ってたんだけど、やっぱり人が多くなったね」

 そのあまりの人だかりにレオンは苦笑いを浮かべ、ギルド本部の入り口にたどり着くことさえ適わぬ状態にオレたちは立ち往生。

「他の方の邪魔になりますので、王都東の村周辺の狼討伐依頼を受けた冒険者の方はすみやかにこちらへと移動してください! 繰り返します! 他の方の邪魔になりますので――」

 ギルド職員らしき腕章をつけたアーマードの男性が声を張り上げ、その声につられるようにぞろぞろと人が移動する。

「――あっ!?」

 手持ち無沙汰にその集団を何気なく眺めていると、ランディが突然声を上げる。

「オレのナギナタ!」

「はーい、どうどう」

 感情に突き動かされるようにランディが飛び出し、しかし、それをメノウさんが首根っこを片手で掴んで制する。

 見れば、同じように飛び出そうと身構えたチャドがメノウさんの左手に制されていており、実に不満げな表情を浮かべている。

「なにすんだよおばさん!」

「ちょっとは落ち着きなさい。――あと、まだそんな年じゃないわよ! お姉さんと呼びなさい! お姉さんと!」

「うっせー! オレのナギナタがあそこにあるんだぞ! はーなーせー!」

 メノウさんはランディの動きを制限するためにそのまま宙に持ち上げ、ランディは四肢をばたばたと動かしてその拘束を逃れようとする。

 ランディやチャドの視線を追えば、その先にはなるほどたしかに銀色に鈍く輝く刃が見える。

 しかもその天を衝くほど長いランディのナギナタやチャドの槍を担いでいるのはどこからどう見てもみすぼらしい格好をした浮浪者たち。

 どうやらあいつらがランディたちを死に戻りさせたやつららしい。

 また、この場にいてなおかつ高級品である金属製の武器を担いでいるということは、あいつらはその集団の中でも特に腕っ節に自信があって、なおかつ武器をかっさらっていっても皆を黙らせることのできるリーダー格のようだ。

 ……なるほど。デニー並みとは行かないが、チャドよりもいい身体つきをしている。

 あんなやつらが集団で襲ってくれば、それはたしかに子供では恐怖を感じて動けなくなってしまうだろう。

「なんでそんなにあれに固執するの? 武器なんてまた買えばいいじゃない」

「で、でもあいつらオレたちから武器を」

「くどいわね。男がそんなみみっちぃことなんて気にしないの」

 いや、一応高級品なんだからみみっちくはないんだが……しかし、メノウさんのその微笑の裏に隠された気迫に、オレはただ口を閉じた。

「うぅ~……おっさーん」

 オレに振るなよ……ため息混じりに頭を振る。

「だいたい、すぐ死ぬような男に関わろうだなんて、そんなの縁起が悪いじゃない」

「……え?」

 ランディが間抜けな表情でメノウさんを見返す。

「……なんでそんなことわかんの?」

「あのね? あなたたちがぶんぶん振り回してるあれ、実際かなり重いのよ?」

「え? ぜんぜん軽くね?」

「……イノ君、説明」

「おい。ここで丸投げするか? 普通」

「得意でしょ? こういうの。あと待ち時間がひーまー!」

 まるで子供のようにメノウさんが声を上げる。

 ……やれやれ。年はわからないが年を考えろよ社会人。

 いや、今までの言動といい、雰囲気やらムードが悪くならないよう調整しているからこその言動なのだとは思うのだが……だが、やはり年を考えろといいたい。

「……一度しか説明しないからよく聞いておけ」

 ランディの薙刀やチャドの大槍は『遠くからモンスターを攻撃する』ということに重きを置いて選んだせいで全長約二メートル、モンスターを相手にするという手前総鋼鉄製であり、重量にしてたぶん五キロ前後という大物の両手武器である。

 その程度なら人を超える持久力と身体能力を持つオレたち渡り人にとってはさっぱり苦にはならないだろう。

 が、しかし、それを持っているのは強靭な肉体を持つ労働者とはいえただの人間だ。そんなやつが練習もせず森の中で薙刀や槍を振り回せるものだろうか?

 よしんば突いて攻撃するとしても、約二メートルという長さは想像以上に重く感じさせるものだ。

「つ、つまりどういうことだよ!?」

「……つまるところあれは、あいつらにとっては売って今日のパンに変えたほうが多少は長生きできたであろう呪われた武器だ」

 しかも槍はともかくあの薙刀は鬼人専用ゆえ『呪われた』はあながち間違いではない。

 鬼人専用武器は不思議なことに鬼人以外が使ってもただの鈍器にしかならならず、そのせいで生産地である地下世界ですら鬼人専用武器は『道場に祭られた神に奉納するための祭器』として扱われているくらいなのだから。

 ……これは余談だが、ランディの薙刀はその売れ残りをいそいで手入れしてもらったものである。

 そのため、ある意味あいつらに奪われて良かったような気もしないでもない。

 さておき。

「ここで死ぬか、仮に死ななかったとしても、今度は自分が周りから嫉妬と憎悪の矛先を向けられて、今までのような安穏(あんのん)とした生活はもう二度と送れないだろうな」

「お、おぅ……オレたち、そんなの使ってたんだな……」

 先ほどの威勢はどこへやら。ランディは怯えたような表情で縮こまり、すっかりとおとなしくなってしまった。

 心なしか槍を奪われたチャドも、その槍を持つ彼らに哀れみの目を向けていた。

「……因果応報、だね」

 そしてアレックスが、そんな言葉を重々しく口にした。



 そこから大体一時間ばかり時間がつぶれ、それでも依頼を受けようと依頼書が貼り付けられた掲示板にへばりつくものたちを尻目にオレたちはヤコにあうため屋内の受付で取り次いでもらう。

 鬼人の受付嬢がヤコに確認を取るために空中に指を這わせてせわしなく動かし、その間オレはギルドの中をあらためてぐるりと見渡す。

 この時間帯になると朝の騒がしさもだいぶ落ち着き、人ごみを嫌って後からやってきたプレイヤーたちがプレイヤー向けに公開されている依頼を吟味していた。

 ……また、そういうプレイヤーに近づいてパーティを組み、楽して分け前を貰おうと画策するずる賢い者もおり、ランディたちにそういうやつらは相手にしないよう小声で注意する。

 こうやって改めて周囲を見渡すと、いよいよ冒険者ギルドが混沌の様相を呈してきたな。はたしてヤコはどのような対策を取るのやら。

「イノ様、マスターがお待ちです。二階の応接室へとどうぞ」

 そうこうしているうちに確認が取れたようだ。

 オレは一言「どうも」と声をかけ、皆を連れて二階へと向かった。



 応接室に入ると、そこは以前とは様相を異にしており、この十二人という大人数をもらさず招き入れるためか以前のソファーやテーブルは片付けられ、かわりに長椅子や長テーブルが設置されていた。

「ふむ? 予想よりは早い到着じゃの。あの人ごみじゃ、てっきり昼近くに来るのかと思っておったわ」

「なんだ、昼にきて良かったのか?」

「儂としては、それでも良かったかの? 主様と毎日会える上、ほとんど合法的に仕事を休めるでの」

 彼女はくつくつと笑いながら口元を袖で隠す。

「仕事しろよギルドマスター……」

「とはいえ儂個人がする仕事など、そう多くはない。ギルドの経営方針を決定して、各部署の意見調整を図り、各職人ギルドの重役と会合し、貴族どもの機嫌をとる……やれやれ、儂、実質的な身分は貴族と同じはずなんじゃがなぁ……どこで踏み外したのやら。主様、二代目の座はいらんかの?」

「ねぇよ」

「やはりの。はぁ」

 そしてヤコは先ほどの表情を一転、深々とため息をつく。

「……まぁ、よい。ひとまず座ってくりゃれ。先日のことについての報告と、そしてこれからの予定を話そう。それに――麦茶も冷え冷えじゃ」

 言いながら彼女は空中に指を這わせてアイテム欄を操作し、うっすらと汗のかいた陶器製のティーポットを取り出した。



      [jump a scene]



 ――昨日の渡り人殺害に関して、結論からいって冒険者ギルドは今のところ注意勧告こそすれ通報や報復をするなどということはしないそうだ。

 なぜなら、まず証拠がなかったらしい。オレたち渡り人は『死に戻り』――いや、『身体を強引に修復しながら転移する』という現象が発生するが(ゆえ)に、そもそも死んだと思われていないのだ。

 もし罪にできるとすれば傷害と所持アイテムの窃盗だろう……が、残念なことに『証拠がない』のだ。

 ギルドにやってきた男たちを詰問しても『落ちてたのを拾った』と開き直られるばかりであり、唯一取り返せたのはランディたちの名前が彫り込まれたギルドカードだけ。

 すなわち、冒険者ギルドは結局『誰が強盗(だれ)に殺されようが自己責任』という中立の立場を取ったのだった。

「まぁ、さすがに彼奴(きゃつ)らの言い分にはギルドの全員が腹を立てたらしい。普段は実績あるものか傭兵くらいにしかまわしてやらぬ討伐依頼を黙認しておったわ」

 強盗(だれ)猛獣(だれ)に殺されようとも自己責任じゃ。能面のような表情で言い放ち、冷えた麦茶を一口すする。

 そのいいようもない迫力に、ランディらは顔を青くしながら視線を下に。特にクロエなどめまいを覚えたようで、隣に座るベッキーに肩を借りていた。

 まさしく因果応報、ギルドがあの分不相応な装備を無視していたのもそういう意図があってのことだったらしい。

「ではランディらよ、ギルドカードを返そう。今度は落とすでないぞ?」

「お、おう……」

「……ふむ、ちと怖がらせてしまったかの?」

「怖がらせたもなにも、そーゆーのは子供たちがいないところでしろよ……」

「とは言ってもの……最も若いものでも、あと五、六年もすれば十六歳。そうなればこの国では成人として扱われる故、聞いておいて損はなかろう?」

「そーゆー話でもないっての」

 イーヴァは渋面になりながら額に手をあて、深くため息。

「――あーもー! どうしてこうあなたたちはこう、生臭い話しかしてくれないの? 勘弁してよもう! どうせ生臭い話をするならコイバナしなさいよコイバナ!」

「……それは心外じゃのう。まぁ、事実じゃが」

 そして、突然メノウさんのそんな空気の読めていない言葉――いや、ある意味空気の読めている言葉をはき捨て、ヤコはその態度にくつくつと笑う。

「さて、そこなメノウも言ったように斯様(かよう)な生臭い話はやめて、少しは明るい話をせねばなの」

 言いながら彼女はふたたび空中に指を這わせ、テーブルの上にロングソードや槍などといった武器を次々と、それこそ山のように置いていく。

 だが、それは武器というにはあまりにも軽く乾いた音を響かせ、刃もまた、形を模しただけに過ぎない。

 ――その武器は、まさしく武器を模倣しただけの木製品だった。

 ただし、その武器は普段よく見る棍棒とは違って濃い褐色をしており、またその胴体に冒険者ギルドのマークとも言えるバイオハザードマークが焼印されている。

「冒険者ギルド職員一同から皆への謝罪の品――というわけではないのじゃが、来週頭にギルドショップに並べる予定の、うちの技術部連中に作らせた新作じゃ」

 その武器のうち、オレは槍をひょいと持ち上げる。

 感触はわからないがその槍は想像よりもはるかに重く、オレの腕で叩いてやれば予想よりも硬い音が響いて驚いてしまう。

「これは、また……」

「くふふ。さしもの主様も驚いたようじゃの?」

「……(かし)の木に鉄心でもいれたのか?」

「まさか。総木製ゆえに実現した廉価武器じゃよ。……まぁ、素材はたしかに加工した樫をつかっておるのじゃが」

「なるほど。実用性は?」

「さすがに鉄には劣るが、しかし中型モンスターまでなら十分実用範囲であり、なおかつ鉄よりも軽いゆえ取り回しも(やす)い――とはいえ、さすがにミノタウロスの棍棒を真正面から受けたら折れるじゃろうて」

 いや、さすがの鉄でもあの棍棒を真正面から受けたらひん曲がる。

 というか、あれは細く短いとはいえ木を引っこ抜いて棍棒に使っているのだ。そんな化け物じみた棍棒を受け止められる武器があったらむしろお目にかかりたいくらいだ。

 手に持っていた槍をテーブルに戻し、オレはランディたちを見やる。

 ランディたちはまるで新しいおもちゃを見せられた子供のように――いや、まだ子供か――目をきらきらと輝かせてその武器を眺めていた。

「くふふ。もとよりあげるつもりで出したのじゃ。好きなものを選ぶが良い」

「まじで!?」

「うむ。それにそれは消耗品ゆえ、ケンカせぬ限り好きなだけ――いや、全部持っていってもよいぞ?」

「全部ってお前……」

 テーブルの上を見下ろす。

 テーブルには木製の模造品ではあるが、武器が文字通り山のように積み重ねられていた。

「……いいのか?」

「無論じゃ。それに――それを担いで活躍し、そして宣伝さえしてくれれば、ギルドとしては十分元が取れるでの」

 つまりは広告塔……それの報酬と考えれば、まぁ、悪くはないのかもしれない。

「な、なぁ! おっさん!」

「今日はヤコの言葉に甘えておけ」

「よっしゃー! ナギナタ、ナギナタはどこだ!」

「いや! 男ならやっぱり剣っすよ! 剣!」

「男供はわかってないわねぇ……槍こそ至高の武器なのよ!」

 そんなふうに年相応にぎゃぁぎゃぁと騒ぎ出すランディらをみて、オレたちは思わず苦笑してしまった。



「――ところで主様や」

 それからしばらくして、ランディらの熱狂もようやく落ち着きだしたころに、ヤコはまるで思い出したかのように口を開く。

「最近、食材の値段が徐々に値上がりしているのは知っているかえ?」

「……そうなのか?」

 オレはこの樹木の腕のせいで火を扱う料理当番からはずされている。

 そのためオレは自発的に買出しをすることもなく、また最近は金銭の問題から買い食いもしていないため、そんな事はさっぱり知らなかった。

 オレは、確認を取るためにイーヴァのほうへと視線を移す。

「ああ。前と比べたら本当にちょこっとだけ、な? でも、そもそも保存できないんだ。モノがなけりゃ値段は上がる、普通にありえる話だろう?」

「うむ。それはそうなんじゃが……実はの?」

 ヤコがふたたびアイテム欄を操作する。

 彼女がアイテム欄から取り出したのはヒモでつづられた樹皮紙の束だ。

 また、その樹皮紙の束の一枚目には『討伐依頼』と書き記されていた。

 束になっているということは、二枚目以降もまた、討伐依頼なのであろう。

「王都というか、主要都市周辺には、その主要都市の食糧自給を支える農業を営む集落がいくつもあるのじゃが……最近そこからの食料運搬が(とどこお)り、ついに市場に影響がではじめたのじゃ」

「……まさか」

「うむ。コカトリスが討伐されたおかげで死亡するモンスターが少なくなり、なおかつコカトリスが森を腐らせたおかげでモンスターが食料を求めて大移動をはじめたらしい。おかげで王都周辺にこれまではおらなんだモンスターが多数流入したようじゃ」

 思わず手で顔を手で覆う。

 いや、こればっかりはだれも責められない。自分たちの命がかかっていたとはいえ生態系を乱してしまったのだから。

 それにコカトリス討伐からもうひと月近くたっている。だというのに影響がひとかけらもないというのもおかしい話か。

「これまではモンスターを狩猟する冒険者もでてきたおかげで大事には至っておらなんだ。が、しかし、傭兵は『割に合わぬ』と本業である食料運搬の護衛を自粛しはじめておる。また、これからモンスターの流入が本格的になり、なおかつ彼奴らの繁殖期がいつはじまるとも限らん」

 みたび、彼女はアイテム欄を操作し、今度は大量のレーションを取り出しはじめた。

「ややスパルタになるのじゃが、ハイドラの性能評価試験と、ランディらの二種混合構成(クロスブリード)の戦術指南。そこにさらに平行して、このギルドの依頼を処理してはくれぬかの? 報酬は規定のものに加えて――」

 そこまで来て、ヤコは一度言葉を区切り、そしてゆっくりと吐き出す。

「――昨日今日と、ランディたちにかけた、レーションの代金、で」

 それは、いつから考えていたことだろう? 彼女から放たれたそれは、まるで脅迫のようなそのセリフだった。

 だが、それが彼女の本意でないことぐらい、オレにだってわかる。

 なぜなら――ヤコの唇が、嫌われるかもしれないという恐怖に、震えていたのだ。

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