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7th Sphere  作者: 竹永日雲
魍魎跋扈
23/40

23話 Knowledge is power

 ――データ検証。

 それは、オンラインゲームでありながら、この七つ世界ではあまり行われることのない行為である。

 なぜなら七つ世界の種族は人間を含めて七つ、人間を除けば覚醒技(スキル)は基本的に一種族につき十種類しかなく、しかし例外的にクレッセントが十三、全種あわせたライカンスロープが十八ということを考えれば覚醒技の総数は七十一だ。

 そう、他ゲームと比べて戦闘の華ともいえる必殺技が圧倒的に少ないがゆえに、覚醒技に対して言えばほとんどデータ検証をする余地がほとんどないのだ。

 ……いや、もちろんアップデートなどで新規モンスターや新規武器、それに伴うエリア拡張やバランス調整が行われているため、ここまでいうほど行われていないわけではないのだが。

 さておき。

 もしこれが今だにゲームであったのであれば、データ検証は簡単であっただろう。

 しかし、今はもうゲームではない。やはりゲーム時代のデータ検証の定番であった『データが容易に変更、参照できるプレイヤーに対して』『攻撃してダメージを見る』というその行為には若干の抵抗を覚えてしまう。

 それに、よしんばプレイヤーに対して攻撃できたとしても今度は数値化されたデータをどう参照するかがネックになる。

 ゲームが現実となった今、はたしてシステムログは存在するのだろうか――オレは遅い昼食として野菜がこれでもかと練りこまれた青虫みたいなニョッキを口に運びつつ、空中に指を這わせてシステムウィンドウをいじる。

「おいイノ、行儀が悪いぞ」

「ん? ああ、すまない」

 イーヴァのそのひとことに、オレはすぐさまウィンドウを消し、ニョッキを食べることに集中する。

「うふふ、まるで夫婦みたい」

「ねぇよ」

「ねぇよ」

 そしていつものように、メノウさんのセリフを二人同時に否定。

「そうじゃそうじゃ! 主様の正妻はこの(わし)

「それもない」

 また、何気に昼食に混じりこんでいたヤコに対し、オレは即座にその言葉を否定。

「というかギルドが忙しいんだろう? もう帰れ」

「うぅっ……主様がいつにもまして冷たい……これではもはやツンドラじゃ」

 そう言って彼女はオレの隣でさめざめと涙を流すフリをする。

「じゃがの? 主様や。儂とて一週間ずっと軟禁されておったのじゃ。(ゆえ)に、いくばくかの役得はあってしかるべきじゃと儂は思うんじゃが? 具体的には主様のなでなでとか」

「それは、社会人としてどうなんだ?」

「ギルドの皆には軟禁前から『軟禁後は絶対に有給をとる』といっておる。その上で今回の依頼かつ、儂自身もデータ検証を手伝うんじゃよ? あれ? もしかして儂ってば結構勤勉!?」

「……お前ら、こういう大人にはなるなよ?」

 やや興奮気味に語る彼女を尻目に思わず、ランディたちに対してそんな言葉を投げかける。

 だが、ランディたちはこの彼女(阿呆)がギルドマスターであるためか遠慮して「お、ぉぅ……」などと歯切れの悪い言葉を返すにとどまっていた。

「なんじゃ、元気がないの? そんなことでは一人前にはほど遠いぞ?」

 いや、これは確実にお前のせいだと思う。

「じゃが、まぁ、おぬしらはまだ毛も生え(そろ)わぬ初心者じゃ。仕方がないといえば仕方がない、か……あ、イーヴァよ。ゆで青虫おかわり」

「似てるのは否定しないけど、ニョッキ、な?」

 ヤコの木皿を受け取りつつ、イーヴァが苦笑いを浮かべた。

 ――ところで、社会人であるイーヴァやメノウさんにはヤコの緊急依頼がこなかったらしい。

 それはデータ検証を手伝わせるためにヤコが依頼をまわさいよう手配したのか、それともただ単純に前職から判断してギルドが機械的に選択したということなのか。

「ところで、メノウさん」

「なにかしら?」

「メノウさんは以前はなにをしていたんだ? ずいぶんと経理に詳しかったようだが……」

「そんなこといわれても、私はどこにでもいるようなただのOLよ?」

「OL……OL、か……」

 ずいぶんとまぁ、幅広い回答である。

 とはいえ、税務調査の言葉に対して『しつこいところとかそっくり』と言っていたから経理関係だとは思うが……。

「あら? もしかしてときめいちゃった?」

「ねぇよ。ふと気になっただけだ」

 だが、これで前職からの判断という線は消えたわけだ。

 社会人ではないオレですら、経理関係に携わっていた可能性が高く、そうでなくともこれまで事務仕事をこなしていたはずであろうメノウさんをこんな風に遊ばせておくという判断はしないのだから。

「ところで主様や! 儂の前の職業は――」

「お前には聞いていない」

「ぐふっ!」



      [jump a scene]



 昼食後、オレたちは北門をくぐり抜けて森の中――冒険者ギルドが覚醒技の性能評価テストを行うために、王都から離れたところに切り(ひら)いた広間へとやってきた。

 モンスターが入ってこないよう周辺をバリケードで固められた長方形のそこは、大きさ的には体育館ぐらいはあるだろうか?

 また、さまざまな実験を行うためか随所(ずいしょ)に土が盛られていたり、丸太が突き刺さっていたり、簡素な休憩小屋が組まれていたりもしていた。

 そんな、簡素ではあるが大仰な実験場でオレは、クレイモアを装備したレオンやハルバードを構えたメノウさんにはさまれるような形で立ち、口を大きく開けてヤコから預かったハイドラのレーションにかじりつく。

 なお、オレが今回ハイドラに選ばれた理由は、オレがこの中で一番体格が良かった――すなわち、体力(スタミナ)が一番あるだろうという考えからだ。

 もちろん事前準備として、ここについてからふたたびあの青虫みたいなニョッキをこれでもかと腹に収め、栄養をしっかりと取っている。

 ……とはいえ、栄養といってもまだ腹に入れただけであって、これが栄養失調の防止になるかといえばそうでもないだろう。いわばこれは保険みたいなものである。

 やや離れたところではヤコやイーヴァが固唾を呑んでオレを見守り、またハンガクさんはオレに対して弓を向け、いつでも<打ち払い>ができるようにとスタンバイしている。

 ただし、ランディたちだけは、さすがに道中モンスターが襲ってくるとも限らないこんな場所につれてくるわけにも行かず、王都で留守番をさせている。

 なお、彼らにはお小遣いとしてイーヴァが一ガルドを渡しているため、たぶんいまごろ食べ歩きかなにかを楽しんでいるのではないだろうか?

 ……若干、過保護な気もしないでもないが。

 ともかく。

 満腹による吐き気をこらえながらレーションをどうにか平らげ、口元を押さえながらも目の前に青白く輝く覚醒技取得ウィンドウが出たことを確認する。

「ヤコ、ハイドラ、の、覚醒、技取得、ウィンドウ、が、でたぞ……うぷっ」

 声を上げるたび、思わず吐きそうになる。

「うむ。じゃが覚醒技名自体はすでに控えておる。いちいち再変異するのも大変じゃから、そのまますべての覚醒技を選択してくりゃれ」

 うなずき、空中に指を這わせて上から下へ、覚醒技名をなでるように選択。

 きぃんっきぃんっきぃんっ! と、ハイドラの覚醒技名に指が触れるたび、グラスを指で弾いたかのような音が頭の中に響き、それと同時に覚醒技名が選択されたことを示すかのように色濃く表示される。

 そして、覚醒技が全部選択されたことを確認し、オレは最下段の『決定』ボタンに触れた。

 ――瞬間、樹木の隙間からきらきらと光の粒子がこぼれ、種族変異が開始される。

「二人とも、くるよ……っ!」

「まっかせなさい!」

「いつでもどうぞ!」

 あらためてレオンとメノウさんが武器を構えなおし、ハンガクさんは弓を引き絞って<打ち払い>の準備。

 対してオレは腕にむずかゆさを覚え、また、まるで採血されているかのように身体からなにか(・・・)が抜け出る感覚に脱力しはじめる。

「お、おお……!」

 樹木の隙間から、じわりじわりと黒い粘体があふれ出る。

 内臓が驚くほど活発に動き、先ほどまで吐きそうなくらい腹が張っていたにも関わらず、いつのまにか「ぐるるぅ」と内容物の消化が始まる。

 ぱきり、ぱきり、と腕の樹木が乾燥し、樹皮がぱらぱらと地面に落ちた。

 そして、一瞬だけ気が遠くなったかと思ったそのとき――黒い粘体が一気にあふれ出る!

「イノ君!?」

「――まて!」

 好き勝手に伸び広がり、獲物を探す黒い触手に対して武器を振りかぶらんとするレオンとメノウさんを言葉で制す。

 ……オレは、まだ、気絶していない!

 オレはふらつく身体に(かつ)をいれるために地面を強く踏み鳴らし、腹の底から気合を入れるために声を張り上げる。

「いい加減おとなしくしろっ! このじゃじゃ馬がぁあああっ!」

 指が崩れ、腕が大きくヒビ割れるのも気にせず拳を握りこみ、その黒い粘体に、ハイドラの触手に命令する。

 思わずやってしまったが、はたしてそれにいかほどの効果があるのだろう?

 だが、オレのその気迫に畏怖するかのように、うねる触手はその裂ぱくの声に全体をぴくんぴくんと痙攣(けいれん)させ、次いでオレの中でなにかがかみ合う。

 刹那、ぴこん、と。久しぶりの電子音が頭の中に響き、目の前に『種族が トレント ライカンスロープ・山羊 ハイドラ に変異しました』というメッセージウィンドウが出現。

 それと同時にあれほど周囲を物色していた触手は観念したかのように力なく頭を垂れ、オレの樹木の腕の中へと引き込まれていく。

「ふうぅぅぅ……」

 ようやく種族変異が終了し、大きく息を吐き出すと、ぼろり、と、オレの樹木の腕がすべて枯れ落ちる。

「い、イノ、君……?」

「……ひさしぶりに」

「……?」

「ひさしぶりに自分の腕を見たな」

 久しぶりに見た自分の腕は、皮ふ下にうっすらと細い根が張り巡らされていて、それが浮き出た血管のような、なにかよからぬものに寄生されたかのような、そんなグロテスクさがあった。

「……なぁ、ところで」

「えっと……なんだい?」

「なにか食べるものをくれないか? それも、大量に」

 同時、オレの腹があまりの空腹に盛大なうなり声を上げた。



「――なぜ儂らが『悪食(あくじき)』なぞという蔑称(べっしょう)を与えられておったか、それを今、確信したわ」

 がつがつと、オレは残りのハイドラのレーションやハンガクさんが夕飯用にと準備していた黒パンにかじりついて空腹を満たし、ぱさぱさになった口は水筒の水を流し込んで癒す。

 だが、パンを食べれば食べるほど、水を飲めば飲むほど、ここぞとばかりに自然治癒力を高める<ワイルドソウル>が働き、大半の栄養が樹木の腕の修復に費やされてしまって一向に満腹感を感じない。

 ――なるほど、地下世界でデニーが少し物足りなさそうにしていたのは、塩気が足りなかったせいではなかったのか。

 あのときのデニーは空腹を訴えていなかったため、たぶんここで食事をやめても飢餓(きが)感に(さいな)まれることはないのだろう。

 が、しかし、オレはそれが『今晩の料理当番である』ハンガクさんが『夕飯用に買っていた黒パン』であるという、たったそれだけの理由で食べるのをやめない。

「これはたしかに、なんでも食いそうな勢いじゃの。ともすれば、身体や空腹を癒すために生のままの肉にでもかじりつきそうじゃ」

「……そういえばこの世界、生食文化はなかったな」

「基本、保存のために塩漬けか燻製か、はたまた干し肉じゃからな。それに、恒常的に凍らせようとするとその分少なくない人件費がかかる故、冷凍関連の技術はまだ発達しておらん」

 なるほど、魔法でもできなくはないが労力に見合わないのか。

「それに貴族らにとっては獲れたての肉を目の前であぶらせ、熱いまま食すのが最高の贅沢でもある。……まぁ、一度歓待のさいに食したことがあるが、贅沢優先であるが(ゆえ)、ちと……の?」

 物足りなかったのか、それともまずかったのか。

 まぁ、いずれにしろ贅沢優先の料理ならその程度だろう。最後の黒パンのかけらを口の中に放り込み、水と共にゆっくりと嚥下(えんか)

 食べた量はレーションを含めればおおよそ二十人分だろうか? <ワイルドソウル>によって驚くほど高速で修復されたオレの樹木の腕は今までのものよりも一回り小さく、そのエネルギー効率の悪さに思わず泣きたくなってしまう。

 が、それでもこれでほぼ完全に修復されたといえる。

 ――ただ、久しぶりの生の感触のことを考えれば、もったいないことをしてしまったが。

「ご馳走様でした」

「うむ、お粗末様じゃ。……あれ? 今のちょっと夫婦っぽくなかったかえ!?」

 たしかにその通りではある。

 が、しかし、安易に口に出せばこいつを調子づかせるだけなので、そのまま無視して空中を二回クリック、システムウィンドウを展開する。

「くふ、くふふ! 主様は恥ずかしがりやじゃのぅ。じゃが、そんな主様にもきゅんきゅんきてしまう!」

 こいつは無敵か? そうやってくつくつと笑う彼女に顔を引きつらせつつ、『取得覚醒技リスト』を確認する。

「ところでイノ君、ハイドラにはどんな覚醒技があるんだい? 僕、さっきからわくわくしっぱなしだよ! 早く教えておくれ?」

「お前も現金だな」

「そうだぞレオン。ちったぁイノの心配をしろよ」

「お前はお前で心配しすぎだ。この過保護野郎め」

「うっせ」

 イーヴァが不機嫌そうに悪態をついてそっぽを向き、そんなイーヴァの反応を楽しむかのようにメノウさんとハンガクさんは「夫婦ね」「夫婦です」と言いあいながらにやにやとした笑みを強くする。

 ――あとヤコ、そんな本気で悔しそうな顔して爪をかむな。マジで。



      [jump a scene]



「一度に操作できる触手の数は片腕につき一本。最長約三メートル、伸縮速度およそ毎秒二メートル、最大張力だいたい五キロ、精密動作は慣れておらぬため未知数、また、粘液様とした物質で構成されているため攻撃力も耐久力もほぼ皆無、と……ふむ」

 ヤコがアイテム欄から次々と出した原始的な測定具を利用し、触手の基本的な能力を確認。そして彼女はその性能をメモした樹皮紙を(なが)めながら言い放つ。

「これ、基本性能まるっきりゴミじゃの。というか、戦えるのかえ? これ」

 たしかに、いくらオレが触手(これ)の操作に慣れていないからといってもこれはない。

 その速度から計算すれば、攻撃など『ランニング中、すれ違いざまに肩がぶつかった程度の威力』しかでないのだ。

 しかも触手自体が(とが)ってるわけではないため、触手にナイフでも持たせない限り戦闘では相手を突き飛ばす以外に使い道はないだろう。

 ただ、唯一の希望は、これは触手の性能であって覚醒技のテストはまだ行っていない、ということだろう。

 それに、もしかするとこのハイドラという種族は覚醒技のほうに能力が偏重(へんちょう)しているのかもしれない。

 ――いや、種族変異を起こすだけであれだけ大変な思いをしたのだ。そうであってもらいたい。

「あとは(ねや)での性能なのじゃが」

「試さないからな?」

「ちぃっ!」

「あからさまに舌打ちするなよ……はぁ」

 それに、オレに触手趣味はひとかけらもないので、この返答は当然ともいえる。

「……まぁよい。メインイベントはこれからじゃ」

「メインイベントって――ああ、なるほど」

 彼女のその一言にはたと気づき、思わず顔に手を当てる。

 次に行うことといえば覚醒技の性能評価であり、なおかつその覚醒技を励起させるためにオレはいくつものポージングをしなければならない。

 そして――非常に残念なことに、ハイドラはゲーム時代中には存在しなかった種族であるため、オレはこれからゲームシステム上設定された十数種類にも及ぶ覚醒技の始動モーションをひとつひとつ確認していかなければならない。

 覚醒技を励起させるためにいつもやっていることとはいえ、しかし、さすがに今回ばかりは心の底から(もだ)えたくなってきた。

「……なぁ、ヤコ、オレにハイドラのテストを頼んだ理由っていうのはまさか」

「さて、主様や。まずはその効果が推測しやすい<ヴェノムファング>から試していこうと思うのじゃが」

「おい、話を()らすな。それと、こっちを向いて話そうじゃないか」



「――実に、眼福であった」

 ヤコはそんなことを言いながら、今までにないくらい晴れやかな表情をしていた。

 その表情は見た目相応なのだが、ただ、非常に残念なことに両の鼻の穴に血で赤黒く染まった布切れが突き刺さっていた。

 それは、オレが四つ目の覚醒技を起動するためのモーションを探っていたときに噴き出たものであり、しかもちょうど覚醒技発動時で「むほぉおおお!」とか奇声を上げたものだからうっかり覚醒技の特殊な効果が発生したのかと冷や汗をかいた。

 ……ちなみに、そのとき発動させたのは<バインドグラスプ>。これは巨大な黒蛇に変化させた触手を前方へむけて五メートルほど飛ばす覚醒技である。

 また、蛇を飛ばすところは<プレデターラッシュ>と同じだが、その技名に『バインド』と冠しているので、こちらは移動阻害系の覚醒技だと思われる。

 ただ、この二つの覚醒技は触手を『分離して射出』するため、最初のころよりもずいぶんと小さくなってしまったが。

 そういえばデニーの触手はオレのものよりも大きかったな……いや、さておき。

「次はあの理系オタクたちにカメラを作らせよう。そうしたら儂、今度は主様のかっこいいポーズをとりまくってブロマイドにするんじゃ……ぐへへ」

「私欲丸出しだな」

 熱に浮かされた声で下品に笑う彼女に対し、オレはそんな言葉をつぶやく。

 いや、科学技術はそういった欲望が原動力となって発達した側面もあるため、一概にその私欲が悪いというわけでもないのだが。

「……こほん。とはいえ、写真があれば本人確認などがたやすくなるゆえ、開発させるのは決定事項なんじゃがな?」

「やりすぎて邪法だとか、悪魔の技だとか責められても知らんぞ?」

「魔法や魔法のアイテムなどという、非科学的な法則が実在するのにかえ? くふ、主様は本当に冗談がうまいの。くふふ」

「……まぁ、それもそうか」

 たしかに限定的にしろ空間転移を可能にするアリアドネーの糸やルイスの鍵の存在を考えると、ただ姿を撮影するカメラがかわいく見えて仕方がない。

「さて、発動方法は判明した故、今日のところは街へと戻るとしようかの?」

 その言葉に、ふと空を見上げる。

 空はもう夕日で赤く染まっていて、そろそろ明けの時間が終わり、宵の時間が近づいてきていることをオレたちに教えてくれる。

「……あっ!」

 そしてその光景を見てはじめて、その顔に焦りの色を浮かべたハンガクさんが声を上げる。

「うん? がくちゃん、どうしたの?」

「夕飯の材料! すっかり忘れてました! 早く帰らないとパン屋がしまっちゃいます!」

 ああ、そういえばオレが全部食べたんだよな、あの黒パン。

「……がくちゃん、今日はもう遅いし、外食にしよう? ね?」

「ううっ……せっかくのリベンジが……」

「それは、また今度がんばれば良いじゃない」

「ううっ……めのちゃぁん」

 ハンガクさんが涙目になりながらメノウさんに抱きつき、メノウさんはそれを抱きとめて頭をなでる。

 ただ――そのとき、不思議なことにメノウさんは、ハンガクさんから見えない位置でオレに向かってサムズアップしてきたのだが、オレはその意味がわからずそっと顔を背けた。

 マッタク……ホントウニフシギナコトモアッタモノデアル。



      [jump a scene]



 結局、すぐ帰らなければならないという理由が特に見つからなかったため、オレたちはアリアドネーの糸を使うこともなく徒歩によって北門へと到着する。

 夕日の赤はゆっくりと宵闇(よいやみ)の薄青に変化し、そのくらいの時間帯になると常時開け放たれた北門からは周囲を明るく照らすかがり火の光が煌々と放たれていた。

 また、夜行性のモンスターであるウェアウルフを警戒してか、いつのまにやら金属製の大杖をもった魔法兵士と、同じく金属製の大盾を持った兵士が門番に加わってた。

「お仕事、ご苦労様です!」

 がしゃん、と。オレたちを目視した兵士たちはその杖や盾を地面に突きたてて音を鳴らし、直立不動。

 たぶんそれが、この世界の騎士の敬礼なのだろう。

 しかし、以前の運搬依頼ではこんな歓待など一切受けたことがなかったため、もしかすると夜警時のみの風習なのかもしれない。

「うむ。主らも不寝番ご苦労様じゃ」

 ヤコは口元を着物の袖で隠しつつ、柔らかな声をだす。

「あいにくと今日は手ぶらじゃ。じゃが、また今度酒かなにかを差し入れに持ってくるでの。それまで警備を気張ってくりゃれ」

「はい! ありがとうございます!」

 彼女のその発言に凛々しい顔をだらしない笑みに崩しながら、兵士たちはふたたび敬礼。

 ……って、おい。ただ単純に餌付けかよ。

「な、なぁ、いいのか?」

 ややもすれば賄賂(わいろ)と取られてしまうようなそのやり取りに、イーヴァはさも当然のことのようにすたすたと先へと進んでいくヤコへと追いすがり、ひそひそと問いかける。

 そんな彼の表情は、心なしか引きつっているように見える。

「いいもなにも、ここ北門は儂らのリスポーン(死に戻り)地点じゃからの。無防備な状態で戻ってくる儂らを守ってもらえるのであれば、それ相応に報酬を出さねばならぬ。また、そうでなくとも儂らは彼らに世話になっておる。社会人として、お歳暮やらお中元は基本じゃろう?」

「あー、うん、いや……うーん?」

 どうやら今、イーヴァの中で警察官時代の常識と人付き合いの常識とがせめぎあっているらしい。

 ところで、世界が、国が違うんだから法律が違うと、なぜ気付かないんだろうか?

 ……いや、むしろこれは、自分の常識を持ち出してくるくらいにこの世界に慣れてきた、ということなのだろう。

「うぅ……イノぉ~」

「はぁ……そんな泣きそうな顔でオレを見るな。だいたい、前にも言っただろう?」

 貧民街のことといい貴族制といい、この世界の軍や警察は半官半民だ。

 そして、平民たちから採用された警備兵の給与は非常に少ない。

「それがこの国の仕組みだ。納得しろとはいわんが理解しろ」

「うぅ……やっぱり違和感しかねぇ……」

「やれやれ……筋金入りだな? だが、金を渡さないだけまだまともだぞ?」

 それに、たまに酒などを振舞うだけであそこまで士気が上がってくれるのであれば、それはそれで必要経費というものだろう。

 ……また、冒険者ギルドの運営で儲かっている手前、こうやって気前よく食い物を振舞うことによって敵を作らぬよう努力しているのかもしれない。

 ただ、それが事実ならどれだけ儲けているんだという話になるが。

「これは補足じゃが、報酬に金ではなく食べ物を渡しておる理由は、それが儂らの常識の中ではぎりぎり賄賂にならぬラインであると共に、金を渡すと盾持ち――従士として採用された元平民、ひいては平民らまで金がいき渡らぬためじゃからな?」

「やっぱ腐ってるじゃねぇか」

「冒険者なぞというヤクザな商売を相手にしておるからの、否定できんわ。くふふ」

 そしてくつくつと、ヤコが口元を隠しながら笑った。



「では、また明日の?」

 ヤコはこれから今日得た情報をまとめるらしく、オレたちに今日の日当である三ガルドを手渡した後にギルドの二階へと上っていき、それを見送ったオレたちはランディたちを夕食に連れ出すために自分たちの家へと向かう。

「……そういえば、ランディ君たちにはギルドでの依頼の受け方を教えてあげないといけないね」

 その道中、レオンはそんなことをポツリとつぶやく。

「いや、それよりももう少しアタシたちが見てないとマズいだろ。あいつらまだ子供だぜ?」

「イーヴァ君ったら過保護ねぇ……イノ君、旦那様としてはどういう心境?」

「夫婦はねぇよ」

 すかさず否定。

 だが、レオンの仕事を覚えさせるのには賛成だ。なにせ『月三回の依頼達成』はギルドが設定したギルドハウスを利用する冒険者たちの義務だ。

 今日のようにあいつらを連れて行けないような場所に行く可能性が否定できない限り、早めに依頼の受け方を覚えさせるのはあながち間違った判断ではない。

「オレとしては、海底遺跡から塩を運搬する依頼だけは早めにさせたいとは考えている」

「まぁ、それくらいなら良い、かな? ……いや、でもなー、早いうちに金をたくさん持たせたりすると金銭感覚歪むしなぁー……」

「……たしかに、海底遺跡からの塩の運搬依頼は簡単すぎるからな」

 なにせ行って戻ってくるだけなのだ。時間も、一時間とかからない。

 そう考えると三ガルドは貰いすぎな気もする。

「ちょっとまってくれ! 話題を提供したのは僕なのに二人だけの世界に入り込むとか、二人ともひどいじゃないか! ほら! メノウ君もハンガク君もこの二人になにか言ってやってくれないかい!?」

「うふふ。まるで教育に悩む夫婦ね」

「ふふっ。まるっきり夫婦です」

「それは僕が期待した言葉じゃないよ!?」

 ふたりのその期待を裏切らぬ答えにレオンが()え。

「ねぇよ」

「ねぇよ」

 それとほぼ同時に、オレとイーヴァは二人の言葉を否定した。

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