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7th Sphere  作者: 竹永日雲
魍魎跋扈
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22話 Best fortune or worst

 その後ヤコから「くふふ、明日のお楽しみじゃ!」などといわれ、オレはギルドを後にする。

 空を見上げると太陽はもうすでに中天の座へと位置しており、中央広場のあちこちから自炊の煙が立ち上る。

「イーノーくーん!」

 その光景をなんとなく懐かしく感じながら眺めていると、不意に背後から、声。

 なんだかさっきも同じようなことをしたなぁ。とか思いながらオレは、その声変わりがはじまったぐらいの、少年にしては若干低めの声を上げて突撃してくる阿呆に向かって。

「<カースソウル>」

「べふっ!」

 突然足を掴まれたレオンは顔面から踏み固められた地面に落下、そのままぴくりとも動かなくなる。

 普通ならこのあたりで心配でもするのだが、しかしオレたちは超人的な耐久力や身体能力を有しているし、それに彼女の身体は一向に光の粒子に変化しないため心配は無用だろう。

 それにしても<カースソウル>というか、ライカンスロープの覚醒技(スキル)は便利なものが多い。七つ世界にきてからさらに使いやすくなったような気さえしてしまう。

 まぁ、ゲーム時代はそもそもがシステム的に認められた動作しかしてくれないのだから当然といえば当然か。

「――ひどいじゃないかイノ君!」

 不意に、むくりとレオンが起き上がる。

 また、レオンの足にしがみつく怨霊たちはその過程で全部彼女に踏み潰されてしまった。

「それが一週間ぶりに再会した親友に対してやることかい!?」

「なら飛びつこうとするな、普通に話しかけて来い」

 ここは衆人環視の中央広場だぞ? プレイヤーはまだ全員揃っていないとはいえ、目をらんらんと輝かせる彼女たち(・・・・)がそれを見逃すとは思えない。

 それと、ドラゴンハーフの怪力で力いっぱい抱きしめられたら身体中粉砕骨折でショック死する自信がある。

 いや、ショック死の前に絞り上げられて内臓が飛び出る可能性が高いか。

「それよりメノウさんは?」

「言うに事欠いてそれより扱い!? イノ君、君はなんてひどいヤツなんだ! メノウ君ならついさっき、いつ仮設住宅が利用できるかをギルドに聞きにいったよ!」

「なんだ、すれ違ったのか。気付かなかったな……ああ、そうだ。レオン」

「なんだい!? まだなにかあるのかい!?」

 血がどくどくと流れ出ている鼻をアイテム欄から取り出したハンカチで抑えつつ、レオンは今までにないくらいに不機嫌な表情でオレを怒鳴りつける。

 それに対してオレは苦笑しながら頭をかき、すこしだけ気恥ずかしく思いながらその言葉を口にした。

「お帰り、レオン」

「あっ――うん! ただいま!」

 先ほどまでの不機嫌な表情はどこへやら。レオンが満面の笑みでオレに笑いかけてきた。

 そして複数の黄色い悲鳴が、そんなオレたちの再会を祝福するかのように、オレたち二人を包み込んだ。

 ――くそっ! 油断した!



 その後、ギルドから出てきたメノウさんや買い物から帰ってきたイーヴァたちとも無事に合流し、十二人という思わぬ大所帯になってしまいながらも昼食をとる。

 と、そのときだ。

 ギルドのほうからカーンカーンという木と木を打ち鳴らす音が響き、中央広場で昼食をとっていたプレイヤーが一斉にそちらのほうへと振り向く。

「さて皆のもの、食事時に悪いが、そのまま食事を取りながらでも良いので儂の言葉を聞いてくりゃれ」

 冒険者ギルドの入り口からヤコが出てきて、よく通る澄んだ声を北区中央広場に響かせる。

 また、オレが常駐設定にしている『召喚されたプレイヤーの意見交換広場』に、ヤコとほとんど同じセリフが書き込まれる。

 たぶん、ヤコの後ろで空中に指を這わせ、そしてせわしなく指を動かしているあの鬼人の男性職員が、まだこの場にいないプレイヤーのためにほぼ同時進行でチャットに書き込んでいるのだろう。

「皆も知るところじゃろうが、この通り冒険者ギルド本部が完成した。それゆえ、本日の午後――明けの八時(午後二時)より、ギルドの本格営業を開始したいと思う!」

 ヤコがそう宣言した瞬間、周りから盛大な拍手や口笛、そしてトレントが拍手代わりに足を踏み鳴らす音が響く。

「そして! ギルドが本格営業することを期に、ギルドランクの本格導入、また、ギルド運営の冒険者ギルド所属者への住居の無料開放を行おうと思う! ――とはいえ、さすがに無料ではギルドが立ち行かぬゆえ、月に三度は依頼を達成させる義務が生じるのは、勘弁してくりゃれ。無論、義務とはいえ報酬は正規のものを払うことを約束しよう」

 まぁ、それはそうだろう。

 この世界で人がひと月に消費する食費は低所得者クラスで二ガルドだ。ギルドの依頼は一日三ガルドで算出されているらしいから、日雇いの依頼を適当に二回受ければ、食費だけなら三ヶ月は働かなくて済む計算になる。

 とはいえ、文字通りの意味で『人はパンのみにて生きるにあらず』だ。誰だって少なからず遊びたいし、着飾りたい。

 つまり、この義務化はほとんど負担にはならないのだ。

 一部からは「横暴だ」とか「ギルドの怠慢だ」とかいう声も聞こえるが、しかしそれはそこまで思考が回らぬものたちだけである。

 というか、その発言をしているのはこのひと月なにをしていたんだと、そんな疑問を浮かべながらそちらを見やれば、声を上げているのはしょっちゅう炊き出しを食べていた浮浪者たちであった。

 ただ、浮浪者にしては――その、ここひと月で栄養状況がかなり改善されたおかげかすこぶる血色が良い。

「……いや、働けよ」

 イーヴァの呆れたような一言は、はたして彼らに届いたかどうか。

「次に、ギルドランクが本格導入されるにあたり、ギルドで銀行業務やギルド直営店のサービスを実施させてもらう! 当然ながらギルドランクを上げれば受けられるサービスもどんどん増えていく(ゆえ)、皆ふるってランク上げに(はげ)んでくりゃれ!」

「おお……っ!」

 ヤコの一言に、思わずうなってしまう。

 もしやディタムス王とまたぞろたくらんでいた計画というのはこれだろうか?

 だがガルド銀貨にサンド硬貨、さらに地下世界のアルフ銅貨も含めるとアイテム欄が三つも開くので、オレとしては銀行口座開設だけでもかなりうれしいサービスだ。

 あの腹黒幼女狐もたまには良いことをする。

「うわぁ……ずいぶんとえげつないことをするのね」

 ただ、経理に詳しいらしいメノウさんはそんなことをつぶやいていたが。

 まぁ、先代プレイヤーがそういった高度な経済概念を持ち込んでいる可能性が高いので、それほど気にすることでもないだろう。

 さておき。

「しかし、残念なことに今のギルド本部は事務仕事がメインゆえさほど大きくはない。ゆくゆくは同業務が行える施設などを増やしていくつもりじゃが、ギルド二号店、三号店ができるまで、ギルドの営業が軌道に乗るまで、皆に不自由をかけてしまうことを先に謝罪しておこう――さて」

 ヤコがちらりと空を見上げる。

 太陽は中天の座を降り、だいたい明けの七時にさしかかろうという時間帯。

「ギルドが本営業する前に、先に公言したとおり皆に部屋を――ギルドハウスを割り当てようと思う!」

 その瞬間、プレイヤーたちが一斉に歓喜に()える!

 それはまるでクリスマスにプレゼントを貰った子供のようだ。が、しかし、プレイヤーの半数はひと月も屋根なし生活を送っていたのだ、この反応も当然といえる。

「なお、業務を円滑に進めるため、ギルドハウスの割り当てはこちらで行わせてもらった。早い者勝ち、ということは決してないゆえ、ギルドカードを持って行儀よく並んでくりゃれ。また、それと同時に渡される用紙に、ギルドハウスのルールが記されているゆえ、熟読を。文字が読めぬものは本日明けの三時よりギルドハウス使用に関するルールの説明会をこの場で行うゆえ、遅れずにきてくりゃれ」

 では、ギルドハウスの割り当て業務を開始する。ヤコのその一言に、中央広場にいたプレイヤーや冒険者たちが一斉に動き出した。



  [jump a scene]



『ギルドハウスは相部屋制である』

『同居人や隣人とはケンカしないこと、違法行為に手を染めないこと』

『マナーを遵守すること、助け合いの精神、(ゆず)り合いの精神を持つこと』

『迷惑行為、粘着行為は慎むこと。復活するからといってPK(プレイヤーキル)禁止』

『火の元には十分注意すること、あらかじめ消火水の位置を確認しておくこと』

『ギルドハウス利用者は冒険者の義務である月三回の依頼達成を全うすること』

『風呂は最低でも週に二回は入ること』

『病気になったら病院に行くこと、病人を見つけたら病院に連れて行くこと』

『以上のことも守れぬ(やから)は冒険者ギルドの名の下に、ギルドハウスから物理的に叩きだす』



 ギルドハウス使用ルール――ルール? として書かれたその文章を読み、次いでオレは顔を上げる。

「……で、オレの相方はお前か」

「やったねイノ君! また僕と一緒だよ!」

 自分に割り当てられた小さな小屋の前で、同じ小屋――もとい、家に割り当てられたレオンが満面の笑みでげんなりするオレに対してサムズアップ。

 まぁ、ギルドハウスは急激に増えた冒険者に対してまだ数が足りないらしく絶賛建築中だ。それをなんとかするために相部屋制になっているのも納得がいく。

 それに周りをぐるりと見渡したところ、基本的に一緒に行動している人間を一ヶ所に固めているらしいのでレオンと相部屋なのは当然といえば当然だ。

 また、そういう理由からオレたちの家の近くにはメノウさんやハンガクさん、そしてさきほどみんなと顔合わせを済ませたランディたちが暮らすこととなっている。

 ただ、オレとイーヴァが一緒にならなかったのは、たぶんオレが男で、イーヴァが現女性であるからだろう。

 かわりにイーヴァの相方となったのは同じクレッセントの女の子であるベッキーだった。

 ……なお、『豆電球がないとぐっすり眠れない』というハンガクさんは「明るそうでいーなー……」とうらやましそうに二人を見つめているため、もしかしたらいつのまにか部屋割りが変わっているかもしれない。

 さておき。

 オレは早く一休みしたい一心でオレの、いや、オレたちの家の扉を開く。

 ギルドハウスが東区や西区のアパートのような開き戸ではなく片引き戸なのは、金属製品であるちょう番がもったいないためだろうか?

 それにしてもこの引き戸といい、番地管理され、理路整然と並んだ小屋様とした仮設住宅といい、どこか時代劇の長屋をほうふつとさせてしまう。

「――おい」

 そして、小屋の中に広がる炊飯作業ができる土間といい、木箱の上に分厚い板を乗せてつくっただけのその六畳ほどの居間といい。

「本当に長屋かよ!」

 工期を短くするためにある程度は仕方のないこととはいえ、しかしオレは、思わず突っ込まずにはいられなかった。



「あ、やっぱり床下収納ができるや」

 ドラゴンハーフの膂力でもって居間の床板をぐいっと持ち上げたレオンは、中が空っぽの木箱を確認してそうつぶやいた。

「……それができるのはドラゴンハーフだけだ」

 ちなみに、居間の床板となっている木板は壁材と同じように一枚の板となるよう組み上げられている。また床板が重いのはただ単純に簡単にずれたり傾かないようにするためだろう。

 ……とはいえ、それでも二人で持ち上げればできないことはない程度の重さなのだろうが。

「まぁ、そこに何かを入れるのだけはやめておけ」

「え? なんで?」

「雨が降ったらどうする? 地面に近いんだ、ものによっては湿気でカビが生えたり腐れるぞ? 木箱ごと」

 いや、そのために交換しやすく、規格(サイズ)がほぼ一定である市販の木箱を使って高床式にしているのだろうが。

 それに、木箱やタルは資材の運搬のため売るほどあるからな。

 まぁ、朝露はともかくこのひと月の間に雨が降ったことはないのだが。

「うへぇ……」

 その言葉を聴き、彼女は口をへの字にまげながら床板をそっとおろす。

 また、オレはアイテム欄を操作して毛布を取り出し、床の上に放り投げる。

「あれ? もう寝るのかい?」

「阿呆、アイテム欄をひとつ空けただけだ」

 それにオレのアイテム欄にはイーヴァやレオンと一緒に使っていたテント一式が入っていて、それもオレのアイテム欄を圧迫している。

 本当はこいつも置いていけばいいのだろうが。

「鍵がないからなぁ……」

 玄関は内側からつっかえ棒を使ってやれば大丈夫だろうが、問題は外出中だ。空き巣が入らないとも限らない。

 こうなってくるとよく依頼で一緒になる知り合い同士で固めたのはある意味失敗ではなかろうか?

 なにせ依頼をうけると、そこから人がごっそりと居なくなる可能性があるのだから。

 いや、家が突貫工事で作り上げた小屋の時点でセキュリティのセの字もないのだが。

「でもヤコ君のことだし、きっとなにか考えていると思うよ?」

「……能天気だな、お前」

「ふふ。その毒舌も久しぶりだね。でも、せめて前向き、と言ってほしかったかな?」

 そしてレオンはその口元に苦笑いを浮かべ、オレと同じように彼女も、毛布をアイテム欄から取り出して居間の隅にたたんで置いた。



  [jump a scene]



 それは翌日のこと。

 オレは、どんどん、と扉を叩く音で目を覚ます。

「主様や、主様。この戸を開けてくりゃせんか?」

 そして扉の向こうではヤコが控えめな声でオレに向かって呼びかける。

 というか、今何時だと思ってやがる。起きぬけの独特の不機嫌な感情に支配されながら、オレは頭をぼりぼりとかく。

「……んむぅ? お客さんかい? イノ君」

 また、レオンもその扉を叩く音で眼を覚まし、まぶたをこすりながらむっくりと起き上がる。

 部屋は夜風が入らぬよう木板でふさいだ窓の隙間からこぼれる薄明かりで照らされ、もうすでに日が昇りきっているということをオレたちに教えてくれた。

 どうやら久しぶりに家の中だったおかげで盛大に寝過ごしてしまったらしい。

「レオン、窓を開けてくれ。オレは、戸を開けてくる」

「うん、わかったよ」

 オレの言葉に彼女はゆるゆるとうなずき、目を覚ますために「ふにぃ~っ!」と子供っぽく背伸び。

 それを尻目に見ながらオレは土間でブーツを履き――土間用のサンダルかなにかがほしいな――つっかえ棒をとる。

「で、朝からなんの用だ? ヤコ」

「くふ、もうすぐお昼じゃぞ? くふふ。主様はお寝坊さんじゃのぅ。くふ、くふふ」

 そうやってくつくつと袖で口元を隠しながら笑い、オレが「入れ」と一言も言っていないのに、彼女はオレを押しのけるようにして入ってくる。

「悪かったな。地べたと比べたら極楽だったんだよ」

「くふふ、それでは仕方ない。――ああ、ギルドショップでは寝具や鍵つきタンス、ギルドメンバーが共同で使えるような大きい借家などなど、皆の生活の質を向上させるステキな商品の販売もしておるゆえ、気が向いたら買いにきてくりゃれ」

 ずいぶんといい性格をしてる。彼女のその言葉に思わず顔が引きつってしまった。

「そのうち、背中を刺されるぞ?」

「とはいえ、儂らは慈善事業をやっているわけではないからの。これまでは人を集め依頼を受けさせるためにパンや金をばら撒いたが、しかし、これ以上ギルドの負担を大きくすれば、ギルド自体が立ち行かなくなってしまうのじゃよ」

 まぁ、それもそうか。

 むしろここはよくぞここまで金が続いたと賞賛すべきところだ。

 本当に、冒険者ギルドはこのひと月でどれほどの利益を出していたというのだろうか。

 これほど大規模な公共事業をためらいもなく実行したのも案外、周りの商人から恨みを受けないようにするためなのかもしれない。

「それにしても主様から心配されるとは……これは悪くない気分じゃ。いや、むしろ実に心地良い。胸がぽかぽかと暖かくなって……おっと、いかん。鼻血が」

「帰れ」

「なっ! それは困る! 儂とてただ主様にあいにきたわけではないのじゃ!」

 言いながら、ヤコは慌ててたたずまいを正し、空中に指を這わせてアイテム欄を操作、ひとつのレーションを取り出す。

 ただ、そのレーションを包装しているのは、焼印で種族名が書かれたいつもの樹皮紙ではなく麻の布であり、それはオレたちのもつレーションとは明らかに異なっていた。

「主様の言葉を元に昨日、うちのものに突貫で作らせた試作品の新型レーションじゃ! そして此度はこれについての相談をしにきたんじゃ!」

「あれ? 新型?」

 その言葉にレオンが興味を示し、対してオレはそのヤコの軽率な言葉に眉を寄せる。

「おい、それは、その……いいのか?」

 オレの言葉、ということはたぶん、そのレーションは人をデッドミート化させるレーションであろう。

 それが昨日の今日で作れてしまったことに若干の疑問を感じないでもないが、しかし、彼女のこの言い分からして本当にできてしまったのだろう。

「……あ、あれ? もしかして僕、またいけないところに触れちゃった?」

 レオンが引きつった顔を浮かべ、急におどおどしはじめる。

 というか、『また』ということは、レオンがいままでボッチだったのは人見知りが理由ではなく、その空気の読めぬ言動のせいか。

 まぁ、この世界にきてからはその言動もだいぶ緩和されているようではある。

 ……ただし、オレ以外に対しては、という枕詞がつくが。

 ともかく。

「いや、原因が解明され、ある程度とはいえ制御できるようになった今、いずれギルドで公開する情報じゃ。触れてもかまわぬよ」

 レオンのセリフをヤコが首をふって否定し、そのまま居間に腰掛ける。

「ただ、ギルドが公表する前にこの情報を公開されると、ギルドに確認の相談がくる故、ちと困るがの?」

「大丈夫! 僕にだってそれくらいの分別はあるさ!」

 それは本当か? そんなことを思ってしまうが、しかし、話を進めるために口には出さないでおく。

「うむ、それは重畳。――さて、主様、そしてレオン。さっそく腰を落ち着けて話し合おうではないか。この」

 そこでヤコは床にレーションをおき、至極真面目な表情で次のように言葉をつむいだ。

「デッドミートの――いや、新種族『ハイドラ』のレーションのことについて、の?」



  [jump a scene]



 ハイドラ、ヒュドラー、ヒュドラ、ヒドラ――呼び方が複数あるそれは、ギリシャ神話では九つの首を持つといわれる草食恐竜の胴体を持った怪物のことだ。

 ただ、神話のことを考えれば、ハイドラはいわゆる『首をたくさん持った毒蛇』であって、あのような不定形の生物ではないはずなのだが……。

 そんな、今では調べようもないことに思いをはせ、次いでその外見から推測されるゲーム的な処理に想像を働かせる。

 が。

「――えっ?」

 レオンの驚いたような、それでいて信じたくないような、そのあっけにとられた声によって現実に引き戻されてしまった。

「じゃ、じゃぁ、もしかすると僕たちがいままで倒してきたモンス――」

「誤解なきよう言っておくが、うちのものたちに十数体ほどモンスターを観察、およびうちの医師らに解剖させたところ、彼奴(きゃつ)らには生殖器があり、巣に卵を産み、または腹に赤子を宿す猛獣の一種であることが判明しておる」

 ヤコの一言に、レオンはほっと安堵のため息をつく。

「というか、じゃ。ゲーム時代のアイテムに『グリフォンの卵』が存在している時点で察しろと言いたいわ」

「あ、あはは……なるほど、そういえばそんなものもあったね」

 レオンが気まずそうにほおをかく。

 だが、レオンがそうやって苦笑いを浮かべている隣でオレは、コカトリスはまだいる、という事実に、そして、コカトリスの(つがい)か、もしくはコカトリスの親子が確実にいるという事実に薄ら寒いものを感じた。

 ――いや、コカトリスはもはや打倒できる相手だ。今、そのことを気にしていても仕方がない。

 そしてオレは頭をふり、コカトリスを懸命に頭の隅へと追いやった。

「ともあれ、冒険者ギルドとしてはこれを発表する前に、覚醒技のテストを行いたいのじゃが……その、な?」

 そこにきてはじめてヤコが言いよどむ。

「なんだ? 危険なのか?」

「いや、その……まず、このハイドラは種族変異するさいに、他の種族とは比べ物にならぬくらい、身体に負担がかかる」

「おい、まて、まさか――」

「うむ……儂がすでにハイドラという種族名を使っている通り、これを食したギルド職員が」

 ごくり、とオレとレオンが生唾を飲み込み。

「種族変異した瞬間極度の疲労と栄養失調で目を回し、失神しよった」

「――は?」

「――え?」

 その意外な一言に、オレたちはあっけにとられる。

「え、えっと……それのどこが危険なんだい?」

「いやいや、思っているより危険じゃよ? なにせ突然生命活動が保てぬ状態へと(おちい)るのじゃ、過労死もショック死もしておらぬこと、それ自体が奇跡じゃ。というか、身体の一部を変化増大させるような種族とは違い、身体にまるっきり新しい部位を生やすのじゃから、たしかに疲れるのも栄養が不足するのも当然であると、そのときはじめて気付いたわ」

 ……そういえば、オレがこの七つ世界にやってきたとき、やたら体が重くてしょうがなかったし、それに侵食率が一パーセントか二パーセントしか上がらないレーションを四十パーセントを超えるまで食べたな。

 突然召喚されてしまったことに対する混乱でそこまで思考が至らなかったが、今思えばオレもなかなか危険だったのかもしれない。

 ましてや小型モンスターとはいえ人をひとのみにするほどの巨体、その危険度はトレントの比では――

「――いや、まて」

 そこにきて思い至る。

 デッドミートは、ハイドラの触手は、あの事件やデニーのことからもわかるとおり、半自律だ。

 ましてや、飢餓状態の生物の周りにたくさんの食料(・・)があるとすれば……。

「うむ、推察どおり暴走したわ。じゃが、それが種族特徴(身体の一部)とわかっているのであれば問題はない。触手が本人や周囲のものを取り込む寸でで切除し、そのまま<フレイムブレス>にて燃やしつくしておいた」

「そう、か……大事には至らなかったんだな?」

「うむ。ただ、その者は大事をとって入院中じゃがの。『メシがまずい』とわめいておったわ」

「ふふっ、それだけ言えれば大丈夫そうだね」

 身体に負担がかかるって言ってたから心配しちゃったよ。と、レオンがおかしそうにくすくすと笑う。

「そうだの。その点では一週間かけてゆっくりと触手を再生させたデニーは賢いといえる」

「あれ? もしかしてデニー君はライカンスロープとハイドラの二種混合(クロスブリード)なのかい?」

「むしろ子供らは全員ハイドラを持っておる。……いや、クロエ、あやつだけは違うか」

「……そうなのか?」

「うむ。保護したさいに事情を聞き、それを書き記した調書をあらためて読み返したがあやつだけ先代がコカトリスと戦ったさいに散乱させたレーションを拾い食いし、種族変異を起こしておる」

 ああ、そういえばオレはランディたち男組にしか聞いていなかったな。

 しかもオレとクロエはこの一週間そういう話をしたことがない。

 オレが知らないのはある意味、当然ともいえた。

「たぶん、そのことを偶然知った商人が『これは金になる』と色気を出したんじゃろうて。しかも、浮浪者にばら()くため、この世界の食材で拾ったレーションのかさ(・・)を増やしての?」

 なるほど、それがあの事件の真相か。

 しかし、そうすると時系列や確率によってはオレたちが召喚される前にデッドミート事件が発生した可能性もあるのか。

 ――はたして、運が良いのか、悪いのか。

 いや、運が悪ければ今頃彼らは奴隷のごとく扱われていただろう。が、しかし、そもそも運がよければこんなことは起きなかったわけで……。

 そんな、あんまりな人生に思わずため息が出てしまう。

「まぁ、その者を国に引き渡してしまった今となっては、すでに真相は闇の中じゃ。いまさらどうのこうの言っても仕方があるまいて」

「そうだな」

「さて……これでハイドラの危険性はまぁ、わかってもらえたとは思うのじゃが」

「なんだ、まだあるのか?」

「う、うむ……いや、その、これはハイドラとは直接関係はなく、さらに言えば、その、身から出たさびともいえるのじゃが……」

 またずいぶんと歯切れが悪いな?

 オレとレオンは互いに互いの顔を見合わせ、不思議そうに眉をよせる。

「……えっと、昨日、冒険者ギルドが本格営業を開始したじゃろ?」

「ああ、それが?」

「その、実際に開始してみるとの? 一週間も休業しておったせいでこう、冒険者たちから一週間分以上の精算業務やら職人ギルドから素材収集の依頼発注願いやらが遠慮(えんりょ)容赦(ようしゃ)もなく襲ってきての……?」

「おい、まて、まさか」

 思わず、顔が引きつる。

「主様! 一生のお願いじゃ! ハイドラの性能評価試験を手伝ってくりゃれ! 思わずプレイヤーを名指しして緊急依頼を発注してしまうくらい人手がまるっきり足りんのじゃ!」

 そして初めて、ヤコがオレに泣きついてきた。

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