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7th Sphere  作者: 竹永日雲
突然変異
20/40

20話 Go easy on

 結論から言おう。デニーはデッドミートの能力を、<ファジーテンタクルス>の能力を制御することに成功した。

 いや、成功した、と言っても出し入れができるようになっただけで細かい制御はまだまだこれからであるし、ある程度意識的に動かすことができなければデニーがもくろんでいたような戦力増強はまだまだ先のことだろう。

 だが、<ファジーテンタクルス>を制御できるということは、制御できなければデッドミート化するということを意味しており、放っておけば<ファジーテンタクルス>に身体を飲まれてしまうという事だ。

 しかし、それと同時にきちんと制御できれば彼らはもう二度とデッドミートには戻らないという事でもある。

 本来なら喜んで良い事実なのだろう。だが――そのせいで次の問題が出てきてしまった。

 たぶん<ファジーテンタクルス>は常時覚醒技(パッシブスキル)だ。だからこそ<ワイルドソウル>を持つデニーの腕から突然再生し終えた<ファジーテンタクルス>が生えてきたのだろう。

 だが、<ワイルドソウル>はどれほど自然治癒能力を増強するのかはわからない。

 骨折やさっきの戦いのことを思い出せば、二倍三倍では効かない、ということだけはわかるのだが……。

 だが、もし、王都に戻った瞬間、他の子供たちの触手が再生してしまったら……そんなことを考えるたび、肝が冷える。

「――なぁ、おっさん、なに難しい顔してんの?」

 天穴から街へ。荒野に存在するそのあぜ道を歩いている最中にランディが唐突に話しかけてきた。

「ああ、いや……ひどく腹が減ってな」

「んだよ、心配して損したぜ……でもまぁ、朝も昼も、食ってねぇからなぁ……」

 そう、天穴からこぼれる光はすでに薄暗く、オレたちはその頼りない光と、街のぼんやりとした明かりを頼りにして道を歩いているのだ。

「オレのせいで……ごめん」

「なーに、気にすんなよ! デニー!」

「そうだな。まさか半日で出し入れできるとは……いやはや、才能があるのはうらやましい」

「ほら、おっさんもこう言ってんだ。気にすんな!」

「……うっす」

「ああ、一応釘を刺しておく。お前らも、いつかはデニーと同じようにやってもらうからな?」

「うえぇっ!?」

「デニー。そのときは先輩として、みんなの指導を頼む」

「うっす!」

 まぁ、それがいつかはわからないが……しかし、心構えができているのとできていないのとではまた違うだろう。

「さて、もうそろそろ街だ――が、いいかお前ら、ただでさえこんな時間まで連絡もせず外をほっつき歩いていたんだ。だから、絶対に、まちがっても、イーヴァに、戦ってきた、なんてもらすなよ?」

 ただでさえ怒られるのに、ましてやそれに油を注ぐ必要はない。オレは、しつこいくらいに念を押す。

「お、おう……」

「わ、わかった」

「うん……」

「うっす……」

 皆が神妙な顔つきでうなずき、覚悟を決める。

 そしてオレも、覚悟を決めるべく大きく深呼吸を二回。

 ……よし!

 いざ、決戦の地へ――!



 ランタンで照らされた街の明かりはまぶしいくらいに輝き、そしてその街のはずれにて、街の明かりを一身に背負ったイーヴァはにっこりとオレに微笑みかけてきた。

 彼のその笑みは、見るものを一瞬で恋に落とすくらいに愛らしくて、現にランディたちは見惚れたように小さなため息を()らす。

「ねぇ、イノ」

「はい!」

 しかしオレにとって、その愛らしい笑みは般若、その甘い声は地獄から響く怨嗟(えんさ)の声に聞こえてしまう。

「正座」

「はい!」

「ランディ」

「お、おぅ!」

「――あ?」

 ランディのいつもどおりの返事。

 それを聴いた瞬間、イーヴァの愛らしい笑みが憤怒の形相に変わる。

「なぁ、返事は普通、はい、だよな?」

「――は、はい!」

「よろしい。チャド」

「はい!」

「アレックス」

「は、はいぃ!」

「デニー」

「……はい」

「全員、正座」

「……はい」

 そして、四人がオレと同じように頭を垂れ、オレと同じようにひざを折ってそのあぜ道に正座する。

 街は、宿はもうすぐなのだが、しかしそんなことを今のイーヴァが許してくれるはずもなく、彼はゆっくりと腕を組む。

「でさ、まず確認したいんだけど、デニーたちはどこいってたのかな?」

「こ、荒野……」

「ふぅ~ん? なぁ、イノ。なんで見通しのいい荒野で、こいつらすぐ見つけられなかったのかな?」

「いえ、あの――」

「言えよ、正直に」

「――戦闘訓練を、してました」

「へぇ~? 地震の前にデニーたちが飛び出してって、それを後から知ったアタシが、どれほど心配したかもしらずに戦闘訓練! へぇ~?」

 イーヴァのこめかみに、はっきりと青筋が浮かぶ。

 しかし、彼はまだ、笑みを崩さない。

 ――まるで、なにかを狙っているかのように。

 かたかたと、このプレッシャーに耐え切れず、ランディたちが震えだす。

「で? どんな敵と戦ったのかな~? イノ~、アタシ知りたいなぁ~?」

「いえ! 敵とは、その……」

「戦ってない?」

「は、はい……」

「ふぅん」

 その瞬間、イーヴァの顔が無表情となり、にらみつけるようにオレのコートを見る。

「その割にはその、新品同然だったはずのコートに真新しい傷、ついてるよね?」

「そ、それはオレが敵の役をしたから!」

「へぇ」

 イーヴァは薄ら笑いを浮かべ、ゆっくりとオレの胸に、顔を近づける。

「あ、あの……イーヴァ、さん?」

 そのまま彼は、オレの胸に顔をうずめ、ゆっくりと深呼吸。

「すぅー……はぁ。ねぇ、イノ」

「は、はい」

「なんか、身体中焦げ臭いよ?」

「……っ!?」

「それと、女の香水みたいなあまぁい匂いと、ミントみたいなさわやかな匂いがするなぁ?」

 にやりと。いや、にたりと、彼の口が、三日月にゆがんだ。

「なんでかな~? 不思議だな~? この甘い匂いは<テンプテーションアロマ>だよね~? だとするとこっちのミントの匂いは<ヒーリングアロマ>かな~?」

 ――な、なんでこんな微妙な残り香でそこまで詳しくわかるんだ!? こいつは! イーヴァは<シャープセンス>なんて持っていないはずなのに!

 彼の思わぬ能力に、オレは戦慄(せんりつ)した。

「うちの伊達男は誰を誘惑したのかな~? うちの伊達男は誰を癒したのかな~? 気になるな~? アタシすっごい気になるな~?」

「お、おっさん……!」

「……デニー? アタシ、てめぇの発言を許可したっけ?」

「い、いえ!」

「じゃぁ勝手にしゃべんな。アタシは今、イノに聞いてんだからよ」

「はいっ!」

 見れば、デニーの目じりには涙さえ浮かんで――

「なぁイノ、なんで余所見してんの? それ、説教されてる人の態度じゃないよな?」

「す、すいませんでしたっ!」

 背筋を正し、オレは声を張り上げる。

「よろしい。……ねぇ、イノ、そろそろ、相棒であるアタシに、ショージキに話してくれると、アタシうれしいなぁ?」

 にたりと、彼はふたたび(わら)う。

 ――だれか、助けてっ!



  [jump a scene]



 そんな、猛火のごときイーヴァの説教から一時間。

 空腹と疲労と、ジャイアントスパイダーに(たか)られたときよりもひどいプレッシャーでふらふらになりつつ宿に戻ると、男子の部屋であるにもかかわらず、ハンガクさんがオレを笑顔で出迎えてくれた。

「ふふ、おかえりなさい」

「ハンガク、さん……」

「こってり絞られちゃいましたね」

「あ、ああ……下手にごまかすんじゃなかったよ」

 思わず苦笑いがでてしまう。

 勝手に戦ったことへの説教は終わったが、しかし、ランディたちはさらに勝手に天穴に行った罰として、まだイーヴァの説教が続いている。

 ……そして、イーヴァがオレだけを開放したときに見た、あのランディたちの「おいてくの……?」という今にも泣き出しそうな表情、なんだか今晩夢に出てきてしまいそうだ。

「はい、今日のお夕飯です」

 そう言って彼女がアイテム欄からだしてくれたその不恰好な芋虫みたいなジャガイモのニョッキは、もうすっかり冷め切っていた。

 それを見て、オレは思わず手で顔を(おお)う。

「ああ……本当に悪いことをした」

 そしてそれは、どこからどう見ても、イーヴァの手料理だった。

「イーヴァさん、『絶対、けろっとした顔で戻ってくるから、メシつくっとかねぇと』なんて、すごいテンパりながら料理してましたよ?」

「やめてくれ……さっきの説教より、こいつをぽんと出されたことのほうがつらい」

「それは良いことを聞きました。これはイーヴァさんに言うべき情報ですね~」

「……本当に、やめてくれよ?」

「ふふっ、今日のことを怒ってるのがイーヴァさんだけだとは思わないことですよ~?」

 にこにこと、表情も変えず、ただただ軽い声でハンガクさんがそんなことを言う。

「すまない。こんなことはもう、二度としない」

「はい。素直なイノさんに免じて許してあげます」

 まったく――女は怖いな。

 もう一度苦笑いを浮かべ、ニョッキをアイテム欄から取り出した木のさじですくって口に運ぶ。

「……うまい」

「それは私じゃなくてイーヴァさんにいってあげてくださいね?」

「ああ、わかってるさ。……ところでカミラや、他の子供たちは?」

「カミラちゃんは地震のとき街の人に保護されていたので無傷です。それと、今頃はみんな眠ってますよ? なにせ今日はすっごい心配してましたから。イノさんたちが帰ってきた瞬間気疲れでぱたり、です」

「うぐ……許すといったはずなのに、存外根に持つタイプなんだな、ハンガクさんは」

「まっさか~。事実を言ってるだけですよ~?」

 じゃあなんで目を逸らす?

 あと口笛ちゃんと吹けてないから。

「――一週間、長いようで、もうすぐ終わりですね」

 唐突に、ハンガクさんは目を逸らしたままそんなことを口にする。

「……ん? ああ。そうだな」

 そういえばヤコには今回の<ファジーテンタクルス>のことについて話さなければならないだろう。

 ギルドとしてもデッドミート化が制御できるとわかればなにかとやりやすいだろうし、今後は森の中に潜むデッドミートから渡り人を助ける依頼が発注されることになるかもしれない。

 ――そのとき冒険者ギルドは、ヤコはオレたちプレイヤーにどう説明する気でいるのか。

 その発表に、自分にはほとんどかかわりがないというのに、今からすごく、気が重い。

「……ねぇ、イノさん」

「なんだ?」

「私、皆さんの後ろを守れるくらい、強くなれたでしょうか?」

「不安か?」

「はい、正直」

「……なぁ、ハンガクさん」

「はい」

「お前は阿呆か?」

「……はい?」

 オレのその暴言に、ハンガクさんはきょとんとした表情でオレを見返す。

「たかが一週間ぐらいで強くなれるわけがないだろう」

「ひ、人が真剣に聞いてるのにその言い方はちょっとひどくないですか!?」

「事実だ」

「むぅっ!」

「だがな? まるっきり違うやつらがコンビ組んだり、パーティになったり、そうやって集まる理由は互いが互いを補いあうため、だよな?」

 今回あのジャイアントスパイダーの群れを相手取り、オレは改めて確信した。

 戦いは、争いは数だ。

 あの時ジャイアントスパイダーに(たか)られ追い詰められたオレのように、有象無象の凡人(ザコ)は時としてたった一人の最強(ヒーロー)をも飲み込むのだ。

「だから、ハンガクさん。たまには隣を、周りを見てくれないか?」

 そこにはオレが、イーヴァが、メノウさんが、レオンがいるのだから。

「少しはオレを――オレたちを頼ってくれ」

「……イノさんは、ずるいですね」

「そうか?」

「ええ、ずるいです。そんな優しい顔で言われたら私、私――」

 ハンガクさんと、視線が、絡む。

 すこしだけ、彼女の目が潤んで、ほおが上気していた。

「――イーヴァさんに『イノさんがまたハーレム作ろうとしてた』って、報告しなきゃいけなくなるじゃないですか。ダメですよ? 恋人がいるのに浮気は」

「ねぇよ!」

 思わず突っ込んでしまう。

 今のすごい良い雰囲気はどこにいった!

「まったく、イノさんはその手でいままで何人の人を落としてきたんですか?」

「あらためて言う。ねぇよ!」

「はいはい。そういうことにしておきますね~?」

 そう言って、ハンガクさんはくすくすと笑う。

 ――ああくそ、メノウさんに似てきたと思ったら今度は別ベクトルで突き抜けやがった。

「はぁ……先が思いやられる」

「ふふっ」

 オレが顔を手で(おお)って天井を見上げ、そんなオレを彼女はくすくすと笑う。

「でもまぁ――迷いは晴れました」

「ああ、そうかい」

「むぅ、投げやりですね! これはもう、めのちゃんにイノさんとイーヴァさんの話題を提供するしか!」

「……まて、話題? まさかあることないこと吹き込む気か? それならイーヴァと一緒に断固抗議させてもらうぞ」

「ふふ、まさか。イノさんとイーヴァさんが子供たちを教育してたとか、イノさんがイーヴァさんを命がけで助けたとか、イーヴァさんがイノさんの匂いをかいで『女の香水のような香りがする』っていいながらイノさんを説教してたとか、そういう事実だけですよ~?」

「まてこらそれ全部曲解しているだろうが!」

 しかし、オレがそのセリフを全部言い終えることはなかった。

「おっざーん!」

 部屋のドアが開くと同時、ひどい鼻声でランディたちがオレに飛び掛ってきたのだ!

 種族変異をしているさしものオレも、少年四人が一斉に飛び掛ってこられてはひとたまりもない。

 どすんっ! と大きな音を立て、オレはその固い床にたたきつけられてしまった。

「いぃ……っ!」

 思わず、うめき声がもれる。

 が、しかし、そんなことなどランディたちには関係がない。

 まるでオレの体で涙を拭い取るような勢いで、四人はオレの身体にしっかとしがみつく。

「ごわがっだ! ごわがっだよぉ!」

「つつ……っ! おいおい、お前ら、一体なにがあった?」

「――あー、わりぃ、イノ。ちょっとやりすぎた」

 そして、遅れてイーヴァがその後ろからやってきて、しかしすぐさま泣き止んだチャドがオレを盾にするように持ち上げ、彼を拒絶するかのようにランディたちがオレの後ろへ。

 そのコンビネーションは、もはや完璧だった。

「あちゃー……これは完璧に嫌われちまったか?」

「お前なぁ……」

「だぁから、悪いっていってるだろー?」

 イーヴァはばつが悪そうにくちびるを尖らせ、近くの椅子を引き寄せてそれに座る。

「それに、アタシはイノみたいに妹がいるわけでもないからこういうときの加減がわからないんだよなぁ……」

 デッドミートのことといい、ジャイアントスパイダーのことといい、イーヴァの加減を知らぬ説教といい。

「はぁ……やれやれ」

 もしこの稚拙な劇の台本を書いている作者がいるとするならば、オレはいち登場人物としてその言葉をこう、続けずにはいられない。



 ――頼むから、手加減してくれよ。

 二章終了。

 三章は書き溜めが終了次第投稿いたします。


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