2話 Up to here!
アイテム欄からレーションを山ほど取り出す。どれもトレントやライカンスロープの侵食率をほんの少しだけ上昇させる携行食だ。
指が上手く動かないので両手でレーションを持ち、歯で紙製の包みを千切っては中身を口に運ぶ。レーションは一回り大きいショートブレッド様の食べ物なので、気分はハムスターだ。
ゲーム中では一分ほど一切の行動が取れなくなってしまうこの食事だが、どうやら現実となったここではそんなものは関係ないらしい。ものの三十秒で平らげては表示させた侵食率を確認、思ったより上がらない侵食率に舌打ちと暴食を繰り返す。
イーヴァといえばそんなオレの後ろで下着の洗濯と水浴びを敢行中だ。
その証左にときおりぱしゃぱしゃと水がはねる音と、下着を乾かすために焚いた枯れ枝の爆ぜる音が聞こえる。
それをBGMに今日いくつ目になるかもわからないレーションをかじり、オレは暇つぶしにと先ほど常駐させたチャットルームを見る。
チャットルームのほうはだいぶ勢いが落ちており、北門で起きている状況を実況、解説するプレイヤーが数名いる程度。チャットで雑談をしないのは目の前に相手がいるからか、それともオレみたいに不器用なプレイヤーがいるからか。
「イーヴァ」
「なんだ? あ、こっち向くなよ? 今マジで全裸だから」
「せめて五年後か、もしくはそのまな板を三つ以上サイズアップさせてから来い。阿呆が」
「それはそれで傷つくなぁ……で、なに?」
「北門の状況が動いたらしいぞ」
「ふぅん?」
「次期ディタムス王である三十過ぎのおっさんが四名の護衛を引き連れて北門に来たらしい。明日、即位して入国手続きと身分照明書の発行を始めるから今日だけ父の喪に服させてくれと頭を下げたそうだ」
あとテントや毛布の無料貸与、それに炊き出しもしてくれるそうだ。そんな事が書かれていた実況者のコメントを噛み砕いて読み上げる。
「どうせなら宿に泊めてくれって言いたいなぁ……」
「それは無理だろう」
チャットで現在発言している自称政治に詳しいプレイヤー曰く「現在、身分の証明できない我々は流民扱い」なのだそうだ。
大量召喚の弊害か、それとも最初から他六種族に侵食されていたからか、原因は未だ特定されていないが本来王城の地下に存在する召喚の間に召喚されなかったために「本当にお前ら全員先代の王が召喚したプレイヤーなのか?」という問題が浮上しているらしい。
とはいえ、この世界が本当にゲームだったあの七つ世界を踏襲しているのであれば、この国の王が秘匿しているプレイヤーを召喚する術は一子相伝。現状では亡くなった王と次期王の二人しか使えなかったはずだ。
そもそもその術自体が自らの権力を象徴し、なおかつ国力に直結する秘術ということなのだから当然だろう。
ただ、自称政治に詳しいプレイヤーは「でも、少し引っかかる」という発言で解説を締めくくっていた。
なにが気になったのか、政治のことに関してはさっぱりなオレにはわからない。が、そのプレイヤーの杞憂だといいのだが……。
「まぁ、すぐに身分照明も取れるから、今日は水浴びでガマンしておけ」
「うへぇ。冷たい水じゃぁ汗がなかなか落ちないのに……」
「ガマンしろ」
「へいへい……あんたはアタシの親父かよ……」
「お前みたいなでかい娘をもった覚えはない。それよりもまだ水浴びは終わらないのか? ちょっと長すぎるだろう?」
「水が冷たいせいかなかなか汗が落ちないん――って、いいよって言ってもいねぇのにこっち向こうとすんなよド変態!」
ばしゃり、と、後頭部から背中にかけて思いっきり水をかけられた。
……振り向こうともしてないのに、いささか理不尽すぎやしないか?
[jump a scene]
「げぷっ」
腹が張るような感覚をおぼえたところでようやくもっとも使用率の高いトレントの侵食率が四十を超え、オレはげっぷと安堵の息を一緒に吐き出す。
これだけあればしばらくはスキルが――そこにきてはたと気づく。
「……スキルって、どうつかうんだ?」
人差し指をたて、腕ごと動かして空中を二回叩く。
するといままで非表示にしていた半透明のウィンドウが一挙に表示され、オレの視界を覆い隠す。
「スキルウィンドウは……ないな」
視線をせわしなく動かし、本来はあるべきスキルウィンドウがないことを確認。
ただ取得したスキルのリストはステータスウィンドウ内にきちんと存在しているので、取得したスキルが使用できないというわけではないらしい。
念のためステータスウィンドウのスキルリストを指で叩く。使用するのは任意覚醒技で敵愾心を一時的にゼロにする<ヒーリングアロマ>。
きぃんっ! というグラスを弾いたときに出る音が頭の中に響く。
が、それだけ。叩いた感触すらなく、ともすれば指が向こう側へと通り抜けてしまう。
「ふむ……」
これがゲームであればスキルウィンドウ中にある覚醒技を一回クリックするだけで侵食率が下がり、代わりに青白い煙状のエフェクトが発動した。
しかし両腕から煙が出ることはなく、ステータス上の侵食率も一切変動していなかった。
もしこれでエフェクトが出ずとも侵食率が下がったのであれば、<ヒーリングアロマ>だけあって納得もするのだが……
ちらりと、オレと同じように疑問に思ったプレイヤーがいないかどうかチャットウィンドウに表示されたルームリストに視線をやる。
チャットルームは最初のころと比べてかなり増えてきていた。
またその中で『【トイレが】中世時代のトイレ事情【いくえ不明】』や『【立てよ】食に革命おこそうず!【日本人!】』、『【キモオタと】TSプレイヤー相談所【腐女子の】』という名称のチャットルームを見つけ、少しだけ苦笑い。
だが、これほどユーモアな発想ができるくらいの余裕があれば、当分の間は大丈夫だ。
そう、これだけ能天気なら、絶望の果ての自殺や殺人は、当分、ない。
「おいイーヴァ」
「なんだよ、ド変態」
まだ怒ってたのか? やれやれ……こっちは覗こうとするそのそぶりすら見せていないというのに。
――ああいや、もしかして初めての月のもののせいでイライラしてるのか。そう考えるとこれは仕方がない事なのかもしれない。
肩の力を抜いて、頭に上りかけた血をゆっくりと下に落とす。
「チャットルームに性転換したプレイヤー向けの相談所が立てられてる。覗いてみろ」
「……イノ」
「なんだ?」
「気ぃ使ってくれて、ありがと」
「おぅ」
「……な、なあ、ところでさ?」
「なんだ?」
「相棒が性転換で一目惚れしたオレはもうだめかもしれない、なんてチャットルームが――」
「せめて五年後か、もしくはそのまな板を三つ以上サイズアップさせてから来い。阿呆が」
いやまて、これじゃぁバストアップしたら恋愛対象になるとでもいっているようなものじゃぁないか?
……ネカマがどうのこうのと思わなくなってしまった分、オレも性格が変わっているのかもな。
自分の失言にはたと気づき、イーヴァに気づかれぬようオレは静かにため息をついた。
それからしばらくして、『【恥ずかし】はじめてのあくてぃぶすきるにゅうもん【がらずに】』とか『【古傷が】厨二、覚醒……っ!【うずく】』とか、またはそれに似通った名前のチャットルーム群を見つけた瞬間、もう壮絶に嫌な予感がした。
これはアレだろうか? ポーズを取りながら覚醒技名を叫ぶとかか?
――いくらなんでも嫌過ぎるっ!
どんな拷問だ、オレはもうとっくの昔に精神病が完治したんだぞ!?
もう夜な夜な枕に顔をうずめてごろごろ転がりながら「うわー! うわー!」なんて叫びたくない!
苦悩のあまり、オレは頭をかかえて地べたを転がりまくる。
「だが……」とひとしきり転がった後でオレは冷静になる。
いくらゲームに酷似した世界とはいえ、オレたちはモンスターから身を守りながらも世界を渡る、渡る事を強要されるだろう。なによりオレたちプレイヤーを召喚した国王、ひいては国家すべてから。
もし拒否なんてしてみろ? ゲームではそれなりの権利を有していたが、それは自分たちが有益だからこそ、国が保障していたのだ。
自分は強い、とか考えないこともないが、人は一人では生きていけない。
戦いは、争いは数だ。そして数の暴力は一人の最強すら押しつぶす。
ごくり、とのどを鳴らす。
――オレは、イーヴァや他のプレイヤーみたいに気楽に構えたり楽天的にはなれない。そうなるよう勤めても、いつの間にか引き戻される。
この身体になってからは、特に。
立ち上がって、深呼吸。
そこに来てようやく、恥ずかしがっていても大丈夫だった現実はすでに崩壊していたことを自覚する。
ゲームをやっていたときの、イノの動きを思い出す。
――大丈夫、これは、こいつは、オレは、ずっと使い続けてきたキャラだ。やれる。
両手を開き、足を開き、静かに、その覚醒技の名をつぶやく。
「<ヒーリングア――」
「だれっ……だれかぁあああああっ!」
「何事!?」
遠くから、唐突に響く悲鳴。
イーヴァでは、ない。彼はこんな女性的な声を出さない。
「おいイノ! なんだ今の!」
「オレが知るか!」
だが、もしかしたらまだ北門にたどり着いていないプレイヤーかもしれない。
『空中を二回クリック』ただこれだけのことが、普通は思いつかないのだから。
――オレたちは幸運だったな。
かぁーんかーんと腕を打ち鳴らして通常挑発。しかし、こいつの敵愾心上昇率は<テンプテーションアロマ>とは比べ物になるはずもなく、むしろ「ないほうがマシ」と言えるほどに微々たるもの。
だが、ここはリアル。その音は腕が木製だけあって遠くまで響く!
「こいつが聞こえるか! こっちだ!」
「ひぃ、ひぃいい!」
もう一度腕を打ち鳴らし、オレは声のほうへと走る。
「お、おいイノ……ッ!」
「うっせ! 四の五の言わずに付いて来い!」
「……ああもう! ワンピースだけでも着させろよ! この露出調教願望のド変態め!」
しゅるっ、と後ろで絹がこすれる音が聞こえたような気がした。
[jump a scene]
森の奥ではじめてあったそいつの顔は涙と鼻水、そして極度の緊張と恐怖でぐちゃぐちゃだった。
左手には鬼人という種族専用の長弓を握り締めており、本人も額に一本の角が伸びた鬼人族。
また、そいつは同じく鬼人専用装備である巫女服を着ており、しかし、鮮やかな白と赤だったはずのそれは草の汁と泥で汚れ、すり傷やかぎ傷でぼろぼろ。
「ひどだ! だずがっだ!」
ひどい鼻声。
そしてオレに会ったことで気も緩み、彼女はへたりと地面に座り込んでわんわん泣き出す。
「ああ、もう大丈夫だ」
落ち着かせるために頭をなでようと手をのばしたが、しかし、自分の腕が樹木だったことを思い出して手が空をさまよう。
「ひぃひぃ! おいこらイノ! アタシを置いてくたぁいいど――なにやってんの? まじない?」
そこにようやく追いついてきたイーヴァが、オレの今の状況に眉を寄せる。
「うっせ」
オレは気恥ずかしくなって悪態をつく。
「ふぅん……まぁいいや。ところでそこの鬼人族の子、大丈夫だった?」
「ひぐっ……ぞうだ! だずげで! めのぢゃんが! めのぢゃんが! うじど!」
「お、おぅ……?」
そしてイーヴァの問いかけに彼女は再び泣き始め、鼻声で支離滅裂に状況を説明し始める。
そして、それをどうにか解読したところによると――彼女たちはオレたちと同じように二人して召喚されてきたらしい。
だが、ちょうどそのときは運悪くモンスターと戦闘中だった、らしい。
「そんで、めのって人が足止めに残ってお前を逃がした、ってことか?」
「ばい……っ!」
「……また、ミノタウロスか」
案外、召喚された人間はミノタウロスと大なり小なりかかわりがあるのかもしれない。
まあ、まだ二ケースしか知らないのでなんともいえないが。
「おねがいじまず! めのぢゃんをだずげで!」
「いや、その、アタシとしても、まー、助けたい、んだけど、な? ……アタシ、クレッセントのピュアで、侵食率、あと三パーセントしかないんだ」
イーヴァが歯切れ悪く自らの状態を説明し、鬼人の女性は絶望に顔を染める。
たしかに残り侵食率三パーセントで、しかも種族がクレッセントだけなら、救出はほぼ絶望的だろう。
しっかり食事をとって侵食率を回復させた鉄板二種混合構成のオレがいなければ。
――やれやれ、オレは伊達男プレイしているわけじゃないんだがなぁ。深々とため息。
「任せろ」
「……イノ、また伊達男プレイか? それともヤレヤレ系に転向?」
「ちがうわっ!」
「わかってるよ。まぁ、この子と他のプレイヤーへの報告はアタシにまかせとけ」
「ったく、冗談でもそれを今言うなよ……で、あっちで良いのか?」
「……っ!」
彼女は首が千切れんばかりに何度もうなずく。
それを確認するや否や、オレははじかれるように飛び出した。
[jump a scene]
あの鬼人のプレイヤーが逃げてきた方向へ足を進めると、ものの数分でミノタウロスと戦う鎧を装備し、左手の盾にて攻撃を捌き続けるアーマードのプレイヤーを発見する。
――ミノタウロスの巨体を見た瞬間、恐怖で足がすくむ。
だが、そんなことを言っている場合ではない。盾持ちのプレイヤーは目に見えて疲弊しているし、彼女に、任せろ、といってしまったのだから。
――この身体になってから、大なり小なり、性格が変わってくれて助かった。
オレは腕をかぁーんかぁーんと打ち鳴らし、自分を奮い立たせるための、そして自らの存在を二人にはっきりと認識させるための、伊達男プレイ!
「――えっ?」
さぁ、もう後には引けないぞ? 奮い立てよ、主人公その一!。
「トレント、ライカンスロープのクロス構成! 推して参る!」
歌舞いて叫び、ミノタウロスに踊りかかった。
――二種混合構成。
これにはいくつか鉄板と呼ばれる組み合わせが存在する。
まず、取得できるスキルが攻守揃っている鬼人と、近接格闘関連に特化したライカンスロープ。安定した戦闘という点においてこの二種混合に勝るものはない。
次にヘイト操作が可能なトレントと、防御という点にのみ特化したアーマードのタンカー構成。
また高い火力なら大型両手武器を片手に装備できるドラゴンハーフとライカンスロープに勝るものはないだろう。
……では、トレントとライカンスロープは? こいつを一言で表すならば、そう――
「こっちだ牛野郎! <テンプテーションアロマ>!」
――連続打撃とヘイト効果スキルの併用によるボスモンスターの釘付け、トレントによる自己回復や自己強化、さらに二種族の覚醒技を使用することによってスタンやダウン、ステータスダウンなどのデバフ効果を付与可能。
そう! オレは! パーティの補助と壁! オレが弱いなら強く、敵が強いなら弱くする徹底した強化束縛構成だ!
しゅぅっ! とゲームとは違った光り輝く粒子のエフェクトとともに、甘ったるい芳香が周囲に充満する。
ミノタウロスはその香りに中てられ「ぶるるっ!」と鼻を鳴らしてアーマードのプレイヤーからオレに狙いを定めなおした!
「ちょ、ちょっとあなた!?」
盾持ちのプレイヤーは突然の『横殴り』に驚愕。
しかし、それにかまっている暇は、ない。
「<ルートリカバリー>! <ジャイアントトレントアーム>!」
すばやくポーズを切り替え、覚醒技名を絶叫。そのたびに、しゅぅ! と両腕から光り輝く粒子のエフェクトが噴き出し、すぐさま、めきめきっ! と生木が裂けるような音とともにオレの両腕が急成長、二倍ほどの大きさになる。
そのあまりの重さに足が地面に沈み込む。が、重さは十分許容範囲!
「ぅおぉおぅらぁああっ!」
右拳を打ち込むたび、ライカンスロープの常在覚醒技によって左拳が反射的に的確なポジションへ、右拳とほぼ同じ力で打ち出される。
――こいつは楽だ。なるほど『覚醒技』って書くのは伊達じゃない、身体がなにかに目覚めたみたいに軽くて、攻撃が重い!
「ぶるるっ!」
猛牛が、吼える。
そして、右手に持った若木の幹を大きく振り上げた!
「っ! <バークシールド>!」
オレはすかさず目の前で両の腕をクロスさせ、そのスキルを叫ぶ。
するとみたび、しゅぅ! という光り輝く粒子のエフェクトとともに覚醒技が発動。発動した覚醒技はオレの体表を瞬時に硬い樹皮で被覆する。
衝撃!
直後、攻撃を受けきった樹皮は一撃で割れ、その役割を終える。
だが、オレは、無傷!
「――お返しだ」
ぐんっ! と頭を狙っての一撃。
ミノタウロスは攻撃直後で体勢が崩れていたのか、その一撃――いや、左右のコンビネーションは綺麗なカウンター、それも双方クリティカル気味に突き刺さる。
ぐらり、と、ミノタウロスの身体が揺れ、ずしん、と音を立てて倒れる。
脳震盪だ。
もしこれがゲームなら、今のような攻撃をあと十発は叩き込まなければならなかっただろう。
が、しかし、リアルである影響はこの状況で良いように働いたらしい。
数歩、後ろに下がり、ミノタウロスが起き上がると同時に攻撃してくるのを防ぐ。
「ちょ! えっ? ちょっ!」
そしてアーマードのプレイヤーはあまりの出来事に戸惑っていた。
「なに今の!? 覚醒技が使えるとか聞いてない!」
うん、オレもぶっつけ本番なのに<テンプテーションアロマ>が発動したときは内心びっくりした。
……口にも顔にも出さないし、出せないが。
「こんな状況だが、まぁ、とりあえず――ようこそセブンスフィアへ。同じ七つ世界初心者同士、仲良くしようか。アーマードの、めの? さん」
頭を振り、上半身を起こし始めたミノタウロスをにらみながら、オレは彼女にそう告げた。
[jump a scene]
その後、ミノタウロスは拍子抜けするくらいあっさりと倒すことができた。
ミノタウロスの顔面はオレが脳震盪目的で殴り続けたせいか、その形状が変わってしまうほどにボコボコで、耳からは血液で赤黒く染まった脳しょうのかけらがこぼれている。
内心そのグロさに辟易。しかし、思ったより気分が悪くならないことに「ああ、もうオレはオレじゃないんだな……」と諦観。
さておき。せっかく吐き気もないし、ミノタウロスは貴重な素材が取れるということもあいまって死体をアイテム欄に入れてみることにする。
ちなみにそれがゲーム上アイテム扱いであれば、片手で触れてアイテム欄を操作すれば入れることが可能である、ということはすでにレーションやそこらに生えている樹木で確認済みだ。
だが、ミノタウロスはアイテム欄に入れたとたんに死体ではなく『ミノタウロスの双角』というアイテムに変化した。
そのことに軽い戦慄を覚える。
――本当に、一体どこまでゲームで、どこからがリアルなんだ……?
「その、助かったわ。ありがと」
「うん? ああ、まぁ……うん。まぁ、気にするな」
あれだけ涙と鼻水を垂れ流しながら必死に訴えられたら、あそこで「任せろ」といわなかったら、たぶんオレは一生良心の呵責に苛まれていた、というだけだ。
それに貴重な実戦経験もつめたし、スキルの使用方法も理解した。
また、あの時取れなかったミノタウロスのドロップが手に入った、ということもあわせて考えればオレにとってはかなりのプラスだ。
かなりの打算だらけだったが、まぁ、美人にありがとうと言われて悪い気はしない。
ただ、どうしようもないくらいに気恥ずかしくなって彼女から顔を逸らす。
「それと――私の名前はめの、じゃなくてメノウだからね?」
「ああ、すまない。間違って覚えていたようだ」
「いいわ、助けてもらったし」
「助かる……さて、相方どもと合流するか」
「ええ」
空中を二回クリック。マップを開いて現在位置と方角を確認する。
「……もしかして、ステータスとか地図が出せるの?」
「ああ。ゲームをかなり踏襲している。ちなみに、覚醒技は技の出だしにとるポーズをとりながら名前を叫ぶことで発動するらしい。恥ずかしがらないのがコツだ」
「へ、へぇ? ――きゃっ!」
彼女はその覚醒技使用方法に顔を引きつらせつつ、空中を二回クリック。
直後、オレが最初にウィンドウを表示させた時と同じ反応を見せてくれた。
その光景はすこしだけ滑稽で、オレはにやりと笑った。
「めのぢゃんだ! めのぢゃんだぁあっ!」
アーマードのプレイヤー――メノウを見た瞬間、だいぶ落ち着いていたはずの鬼人のプレイヤーがまた涙と鼻水で顔をゆがめる。
「はいはい、めのちゃんですよー?」
そんな彼女を、ゆっくりと歩みよったメノウは微笑みながら優しく抱きしめる。
……メノウが着ているその角ばった黒い鎧が鬼人の身体に食い込んで、めちゃくちゃ痛そうだ。
「ぃよぉ、色男。ずいぶんと早いお帰りだな?」
そしてイーヴァはそんな感動的な二人からそっと離れ、オレに小憎たらしい笑みを投げかけてきた。
「オレたちが戦ったアレと比べるのもおこがましいくらいに弱かっただけだ」
「そうかそうか。アタシはてっきり切り札を使ったものとばかり思ってたよ」
「そうなったらオレは全裸で帰ってきてるよ」
ちなみにオレの切り札は<グロウアップ>という自己を大幅強化する覚醒技だ。
ただ覚醒技発動と同時に他の覚醒技が一切使えなくなるし、それに装備中の武器や防具が全強制破壊されてしまうペナルティもある。
……いや、使用しなければならない状況も考えて、換えの皮鎧や身体を隠すローブくらいはアイテム欄に入れてあるので、本当に全裸とまではならないだろう。
「うへぇ……SでしかもMかよ……初めて知ったわ」
「そんな特殊性癖はもってねぇよ」
あまりの言い分に顔をしかめる。
「ぶひゃひゃ!」
だが、それは彼なりのジョークだったらしい。あのきったねぇ笑い声を上げる。
「……さっさと戻るぞ。アリアドネーの糸はあるか?」
「ああ、あとふたつば」
ずぅん、と。
オレの、正面に、巨木が、横たわる。
「――え?」
そこは、イーヴァが、立っていた、ところで。
「え?」
むわりと、鉄錆のにおい。
巨木の隙間から、きらきらとした光の粒子が立ち上る。
同時に、ゲームでおなじみの死亡ペナルティによる所持アイテムの散乱が起きる。
「えっ?」
巨木の先にはそれを片手で扱うにふさわしいサイズの猛牛が「ぶるる」と鳴いていて、そいつの目はあきらかにオレたちをロックオンしていてだけどなわばりにはいらなければノンアクティブだったはずのそいつらがどうしていきなりこうげきしてきたかわからなくて――
――モンスターを惹きつける、クレッセントの淡く輝く髪。
「ぁああああああ!」
それに思い至った瞬間、頭の中が真っ白になる。
イーヴァは確かに、さっきまで話していて、あの小憎たらしい笑みときったねぇ笑い声が残響のように焼き付いていて。
「てんめぇええええ!」
意識が飛びそうになると目の前が真っ暗になるとか、嘘だ。
オレの視界は真っ赤に染まっていて、もうそいつをぶん殴る以外になにも考えられないくらいにふつふつと殺意が湧き上がっていて。
その瞬間、オレの身体に変調が起きて――
意識が途絶えた。
[Background -System Message-]
イノ の覚醒技 <テンプテーションアロマ> 発動成功!
ミノタウロス は イノ を敵とみなした。
イノ の覚醒技 <ジャイアントトレントアーム> 発動成功!
攻撃力小上昇、防御力小上昇。
イノ の覚醒技 <グロウアップ> 発動成功!
<グロウアップ> により身体が 巨大な獣人 になる!
攻撃力中上昇、防御力中上昇、速度小上昇。
<グロウアップ> のペナルティ! 現在装備中のアイテムが全ロスト!
イノ は ミノタウロス に 通常素手攻撃!
ミノタウロス に 十四のダメージ!
イノ は ミノタウロス に 追加素手攻撃!
ミノタウロス に 十三のダメージ!
イノ は ミノタウロス に 通常素手攻撃!
ミノタウロス に 七のダメージ!
イノ は ミノタウロス に……
……――
――




