19話 Help me
その後おっとり刀で駆けつけた老医師に、オレは着替える間も与えられずに右腕を引っ張られる。
「これじゃぁ患部が見えん、その木を脱げ」
「無茶を言うな!?」
この腕はオレが種族変異したさいに形成された樹木の腕だ、脱げといわれてほいと脱げるものではない。
というか、だ。オレの肩口を見れば一発でわかることなのだろうが、そもそもこの樹木の根元は肩口から直に生え、腕に絡まるように伸びている。
そしてこの腕は――<シェイクブロウ>は<ルートリカバリー>の前提にもなっているため、たぶんこの樹木の根っこは身体中にいきわたっているはずだ。
つまり、これはどうあっても二度と脱ぐことができないのである。
「じゃあぶった切るか。おーい、だれかのこぎり」
「させるわけないだろうがっ! 誰が腕を切らせるか!」
「なんじゃい。渡り人も存外臆病だの」
たとえ樹木だけとはいえ、それでもこれは臆病とかそういうレベルではないと思う。
ハンガクさんや、診てもらえと言ったイーヴァですら、この老医師の発言には若干引いているくらいだ。
「じゃあ手を開閉」
「ああ、わかった」
「痛みは?」
「ないな」
「じゃぁ大丈夫じゃね?」
「軽っ!?」
「軽いと思うならその木を脱げ。文字通り小便くさいガキが」
「……においは、不可抗力だ」
思わず右手で顔を覆う。
顔にべっとりと、血が張り付く。
「というわけだ。着替えてきて良いか?」
そして振り返り、イーヴァに確認を取る。
「……おい藪医者、本当に大丈夫なのか?」
「藪もなにも、こうも患部が見えんのではたとえこの道百年の古強者でも診断できんだろうな」
「よし、イノ、やっぱのこぎりで切れ。安心しろ、枝落としだ」
「阿呆なことを言うな! それに痛みがないなら治っているんだろう? なぁ?」
「いや? もしかしたらすごい痛みで麻痺しているだけかもしれん。第一」
老医師はそこで言葉を区切り、オレの足元に落ちていた骨のかけらを拾い上げる。
「砕けた骨を吐き出し、骨の代わりをどっかから持ってきて治療するなぞ、儂は見たことも聞いたこともない。それにこの骨を見てみい、ここまで粉々だと整骨は不可能。これが本物なら今頃激痛にもだえ苦しみ、とめどなくあふれ出る出血に気を失っとるはずだ。なのになんでけろっとしてる。普通なら腕を切断するほどの大けがだぞ?」
「――なぁ、イノ、やっぱ腕より命だ。このさいすぱっとのこぎりで切ろうぜ?」
心配なのはわかる。だが、なぜこいつはこうもオレの腕を切りたがるのだ。
もう痛みは引き、指を開閉しても支障がないというのに。
「却下だ阿呆! いい加減オレは着替えさせてもらう!」
そしてオレは立ち上がり、着替えるために近場の建物の中へと身体を向ける。
「おいこらイノ!」
だがイーヴァはオレの左腕を掴み、警察仕込の技で以って押さえつけんとする。
が、しかし、その押さえ込みは筋力ではなく体重を利用する技だ。彼が使うにはやはり体重が軽すぎた。くいっと左腕を持ち上げ、そのまま右腕で引き剥がす。
「ああくそこの野郎! アタシが反撃できねぇよう右腕なんて使いやがって! おーろーせー!」
彼はつるされた子猫のような状態のままで暴れ、オレは深くため息。
「やれやれ、これでもまだ骨折を疑うか……」
<ルートリカバリー>前にやった処置のおかげで曲がってくっつくということもなく、腕はほぼ健常時と同じ状態だ。
――ただ、右腕が数ミリほど伸びたような気もするが、それはまぁ、気のせいだろう。
「折れていたら、この状態でお前を保持することも不可能なんだぞ?」
「知るか! だいたいその腕じゃギブスしてるのと一緒だろうが! ノーカンだノーカン!」
「やれやれ、さっきから冷静な判断ができてないな……ハンガクさん」
「はい?」
「この阿呆を頼む」
「えー……せっかく骨折したんですからイーヴァさんに着替えさせてもらったら良いじゃないですかー、やだー」
「ねぇよ」
いまだオレの腕の先で暴れるイーヴァをひょいっとハンガクさんのほうへと放る。
「ああああっ! イノのアホー!」
「ちょっとイノさん!?」
そしてハンガクさんはワーワーわめきながら空を舞うイーヴァを慌てて抱きとめ、オレはその隙を逃さず建物の中へと飛び込む。
「お、おいアンタ! 腕は本当に――」
「すまん、それより着替えができる部屋を取り急ぎ貸してくれないか?」
「お、おぅ……奥使いな」
オレの問答無用の言い分に、先ほどオレたちに注意をしてくれた男が顔を引きつらせながら部屋の奥を指差した。
「先ほどといい、本当に助かる」
「いや、困ったときはお互い様だ。良いってことよ。――いやそれよりあんた腕は」
「完治した」
「お、おぅ……」
やはりさすがに常識はずれか。苦笑いを浮かべながら部屋の奥へと移動する。
家の奥のほうにいた彼の家族らしい人たちはオレの顔と、オレの腕を交互に見やり、そしてやはり引きつった笑みを作って出て行ってくれた。
そしてオレはその誰もいなくなった部屋でコートのベルトを緩め、ズボンを脱ぎ、下着の紐を解き、そのまま流れるように空中に指を這わせてアイテム欄を操作、下のものでぐっしょりと汚れたパンツやズボンをあいている枠に放り込む。
それよりも問題はコートである。オレはコートを脱ぎ、以前使っていたローブの切れ端や水筒の中に入った飲料水を使って丁寧に腕やコートの血糊と汚れを落としていく。
「むぅ……」
それにしても自分のしでかしたこととはいえなんとむなしく、切ないのだろう?
ちょっとだけ、泣きたくなってしまった。
[jump a scene]
コートや手の汚れを綺麗にふき取り、新しいパンツとズボンを着込むと、オレは先ほどの男性にお礼を言って建物を出る。
あの騒ぎから時間が経ったおかげか、落下した石はすでに道の隅へと片付けられている。
また、この世界は地震が多いのか、それとも神経が図太いだけか、人の行き来はもう普段どおりの状態へと戻っていた。
「……よぅ、イノ」
そしてイーヴァは、バツが悪そうな顔をしてオレに片手を挙げる。
「着替え、終わったか?」
「ああ、おかげさまでな。それと、そっちはだいぶ落ち着いたみたいだな」
「ああ……なんていうか、すまん」
今度は彼が顔に手をあて、顔を真っ赤にしながらあやまってくる。
「あんなに取り乱した自分が恥ずかしいわ。アタシだって<治癒のルーン>で傷治したりしてたんだ、そりゃ<ルートリカバリー>でも治るわ」
「やれやれ、ようやく信じてくれたか」
「つーか<治癒のルーン>飛ばせばよかったじゃねぇか! クソ! うっかりしてた!」
いや、イーヴァもハンガクさんもあれだけ取り乱していたんだ。無理だろう。
オレは軽く笑い、彼の頭をなでてやる。
「今度は、しっかりしてくれよ? 相棒」
「……おう」
やはりまだ恥ずかしいのか、イーヴァはオレに目をあわせようともせずぶっきらぼうに答える。
――それにしてもこういうとき一番冷静に行動しなければならないイーヴァが、オレが腕を骨折しただけであの取り乱しよう。これはオレが死んだら発狂するといったことが真実味を帯びてきたな。
オレはたしかに強化弱化構成である。が、しかし、それと同時にデコイもできるような構成だ。パーティの中ではもっとも死にやすいポジションだといっても過言ではない。
どうやらもしもを考えて本格的に装備を充実させる必要があるようだ。
「……で、ハンガクさん、お前はいつまでそうしているつもりだ?」
「らぶらぶいいなー――え? なんですか? イノさん」
「まったく、とことんメノウさんに似てきたな」
「むぅ! それは心外です!」
オレの発言に、ハンガクさんがぷくぅっとほおを膨らませる。
「それに! イノさんたちがそうやってらぶらぶいちゃいちゃしてるのが悪いんです! 私はさっぱり悪くありません!」
「ねぇよ」
「ねぇよ」
二人同時に思わず否定。
これのどこがらぶらぶしているというのだ。ただ相棒の頭をなでているだけではないか。
――ああいや、これか。
また妹をあやす癖でなでてしまった。やれやれ、オレも懲りないな。
思わず苦笑いを浮かべ、イーヴァの頭から手をのける。
「さておき……地震もあったことだし、オレは一回宿に戻ろう」
「ん? アタシのほうがよくね? もしあいつらがけがしてても<治癒のルーン>があるぜ?」
「取り乱した男が言ってもな?」
「うぐ……そのことはもういいだろー……このサディストめ」
「なんとでも言え。それよりイーヴァ、念のためクレッセントのレーションを貸してくれ。あいつらがけがをしていたら、それを使って治療する」
「わかった。――でもよー、その前にひとつ言わせてもらっていいか?」
「ん? ああ、いいぞ?」
「このヒモ」
「ぐふっ!」
その容赦ないイーヴァの言葉に、オレは思わぬダメージを受けた。
心に傷を負ったままオレはイーヴァからレーションを五個ほど受け取り、それをアイテム欄に放り込みながらもと来た道を戻っていく。
ハンガクさんはイーヴァと一緒に朝食の買い物だ。
……昨日は特に失敗もなく食べられるものだったが、しかし、また彼女が作ると言い出さないことを祈る。
宿屋からはさほど離れていなかったおかげか、さほど時間もかからず宿屋に戻ってこれた。
――しかし、なぜだろう? 宿屋の前が少しだけ胡乱な雰囲気を出していた。
思わず足が速くなり、そのまま宿屋の前に。
「あ、おじさん!」
胡乱な雰囲気を出していたのは、ベッキーとクロエだった。
「おい、なにがあった?」
一瞬、オレと同じように子供たちの誰かがけがをしたという光景が脳裏をよぎる。
「デニーがいないの!」
「――なに?」
しかし、ベッキーのセリフは、オレのその最悪の予感を容易に上回った。
「いつからだ?」
「おじさんと姐さんが買い物にいった後すぐ!」
「他のやつらは?」
「デニーがいなくなってすぐ、男子たちは町の中を、カミラは姐さんを呼びにいったんだけど――」
すれ違わなかった?
そう訴えかける彼女の視線に、オレは思わず顔に手を当て天井を仰ぐ。
いや、市場からここまでけがをした人の話などさっぱり聞かない。
どこかの家に避難したか、それとも――死に戻りしたか。
「クロエ、カミラを探しに市場のほうまでいって来い。それと、カミラが見つからなくてもそのまま市場にいってイーヴァを探せ。そしてイーヴァを見つけたら誰か死に戻りしてないか聞け」
「え……っ?」
「死……っ!」
オレの思わぬ言葉に、ベッキーとクロエが表情を絶望の色に染め息を詰まらせる。
「落ち着け! 安心しろ! オレたちは、いや渡り人は一度だけなら死んでも王都の北門に戻って復活することができる! それよりもクロエ、早くイーヴァに知らせて来い!」
「は、はい!」
そしてクロエは弾かれたようにオレが歩いてきた道を走っていく。
「お、おじさん! 私は!?」
「ベッキーはここで待機だ」
「なんで!?」
「今のお前は<治癒のルーン>が使える! もし誰かがけがをして戻ってきても、お前がいれば回復できる! 後衛にいて、みんなを癒す。それがクレッセントであるお前の役目だ!」
「う……わかった」
「よしよし、いい子だベッキー」
微笑み、聞き分けの良いベッキーの頭を軽くなでてやる。
「――じゃあ、オレは、家出小僧どもをつれてきてやる」
「おじさん……?」
「しかも不本意なことに……デニーが行きそうな場所は、あいつらが考え付きそうな場所は、大体予想が付いているんでね」
「……え? 本当に?」
「ああ、だが――どうしてか、は聞かないでくれよ?」
昨日、デニーは自分が弱いことに非常に悩んでいた。
また、その話をあいつらはしっかりと聞いていた。
とすれば、デニーが行きそうな場所は、たったひとつ。
そして、あいつらが思いつきそうな場所も、たったひとつ。
だから、オレが行くべきところも、たったひとつ。
――そう、行くべきところは、天穴である。
「オレもあいつらも、男の子ってやつなんだからさ」
頭をかきながら苦笑し、インバネスコートのベルトを緩め、そのまま両腕を開いてあの覚醒技を宣言する準備を整えた。
「<グロウアップ>!」
ベッキーの目の前で、オレはその覚醒技を声高らかに宣言。
瞬間、体が倍以上に膨れ上がり、びりびりとコート以外の服が破け、体毛が伸び、たぶんこの街中で使えばモンスターと認識されるであろう悪魔のような姿へと変貌を遂げる。
「なぁ!?」
「うぉ!?」
「なんだ!?」
そのあまりにも異常な変貌に、ベッキーが、そしてこの状況に王都の住人ほど見慣れていない街の住人たちが驚愕の声を上げる。
「お、おじさんその身体!?」
「安心しろ、これも覚醒技だ。……さぁ、駆け抜けるぞ!」
そして、自分を奮い立たせるように大きく吼え、風を切る矢よりも速い速度で駆け出す。
そう、<グロウアップ>はなにも攻撃力、防御力だけを上昇させるのではない、それは、速度すらも上昇させるのだ!
「待っていろよ! 家出小僧ども!」
今、駆けつけてやる――!
[jump a scene]
しばらく荒野を走ると、ただの影だと思っていた黒点がどんどん大きくなっていく。
いや、黒点と言ってはならないか。
なにせその黒点の中には無数の赤い点がうごめいているのだから。
「ジャイアントスパイダーの群れ……か」
そうか、あの地震のせいで天穴の戦場からあぶれてきたのか。
なにせここは職人と武人の街だ。たぶん街にいる道場もちの武人たちが倒すことになるのだろう。
それに、街の住人があれほど落ち着いていたのだ。これは日常茶飯事なのかもしれない。
「ならば、迂回するか」
――が、その瞬間、ぼんっ! とジャイアントスパイダーの群れの一部が跳ね上がった。
「……っ!?」
そのとき、見えてしまった。
ランディと、チャドが、覆いかぶさってきたジャイアントスパイダーを強引に押し返す姿を。
また、彼らの後ろを守るような形で泣きべそをかきながら拳をかまえるアレックスと――その三人に守られる形で、身を丸めてうずくまるデニーが、いた。
慌てて、<グロウアップ>を解除。
<グロウアップ>は効果中、任意覚醒技が発動しないのだ。
いや、もしかしたら使えるかもしれない。が、しかし、こんな大一番にそんな実験などしたくはない。
そのままインバネスコートの前を閉め、裸足のまま駆け出しながら<ルートリカバリー><ジャイアントトレントアーム>、そして。
「こっちを見ろ! <テンプテーションアロマ>!」
しゅぅっ! とゲームとは違った光り輝く粒子のエフェクトとともに、甘ったるい芳香が周囲に充満する。
「な――おっさん!?」
ランディの驚いたような声。
その甘ったるい芳香に当てられ、無数の八つの目が、一斉にオレをエサと認識する。
「ランディ! チャド! アレックス! デニー! 無事か!」
しゃぁっ! と威嚇するように声を上げ、同時に前足を上げたジャイアントスパイダーが残り六本の足を駆使して歩みよる。
「オレたちは大丈夫だけど、デニーが!」
「けがか!?」
「ちがう、ちがうんだ! 腕に、デニーの腕に!」
腕に? オレは疑問を抱きながら眉を寄せ、しかしジャイアントスパイダーがオレにそれ以上の思考をさせてくれない。
先頭のジャイアントスパイダーを体重をかけて踏み潰し、跳びかかってきたやつは左腕で防御。
いつの間にか後ろに回り、そして足に噛み付いてきた。
噛まれたそこに激痛が走り、思わず声が漏れる。
だが、受けた傷口はすかさず<ルートリカバリー>の効果によって細長い根っこで縫い上げられ、さらに芽吹いた薬効のある葉が張り付き縫い目を保護し急速回復。
そして、<ワイルドソウル>がそれにさらに拍車をかける。
しかし、そうやってものの十数秒で治ってしまう傷も、ふたたびつけられては意味がない。
「ええい! うっとうしい! ランディ! チャド! アレックス! ひとまず蹴散らすぞ!」
「お、おう!」
「ああ!」
「は、はい!」
その返事を聞くや否や、オレはもう一度<テンプテーションアロマ>を発動させ、より強固に敵をオレ自身に釘付けにする。
「よし! これでいくら殴っても大丈夫だ! 遠慮は要らない! 潰せ!」
それと同時、<ジャイアントトレントアーム>によって二倍以上に膨れ上がった腕を薙ぎ、一息に数匹のジャイアントスパイダーを吹き飛ばす。
「うぉおおお! <重、撃>!」
するとランディが覚醒技でオレに追従。
<重撃>はダメージは通常攻撃とほとんど変わらないダメージしか出せない。が、しかし、相手を吹き飛ばす効果を持つ。
幾体ものジャイアントスパイダーが、オレが最初に発見したときと同じように砕けながら斜め上空へと跳ね飛ばされる。
「せいっ! やぁっ!」
チャドはランディとは対照的に基本に忠実だ。
盾を正面に構え、その影から顔を少しだけのぞかせ、そして槍で一体ずつ確実に突き殺していく。
「えい! えい!」
アレックスはまだ泣きべそをかきながらジャイアントスパイダーを背後から駄々っ子のように叩く。
ただ、さすがに攻撃力が足りないせいか、ふたりと同じように一撃で、とまではいっていない。
――まぁ、オレのようにあまりにも敵に狙われているせいで、これ以上覚醒技が使えない状況に陥るよりはましだろうが。
できることなら手痛いダメージ覚悟に<ヒーリングアロマ>を使い、一度この場を脱出したいところだが……そうすると今度はランディたちが標的になってしまう。
瞬間、首筋に激痛。声が漏れ、視界が数秒だけ暗転。
首筋という急所を狙われたにも関わらず、ものの数秒で視界が元に戻ったのは、オレが発動させている<ルートリカバリー>と<ワイルドソウル>による驚異的な自己回復速度の賜物だろう。
だが、さしもの自己回復でも体力や流れ出た血液までは瞬時に回復できない。
このままではいつか体力切れか貧血で倒れてしまう。首筋に手を回し、噛み付いていたジャイアントスパイダーの頭を握りつぶす。
「ランディ! アレックス! 攻撃をやめてチャドの後ろに走れ!」
「はぁっ!? おっさん大丈夫なのかよ!」
ランディの驚愕の声、しかし、それを説明している暇はない。
「良いから早くしろ!」
「お、おう!」
「わかった!」
「チャド! ランディたちが後ろに引いたと同時に<フレイムブレス>だ!」
「うぇ!?」
「いいから大きく身体をそらせて息を吸え! それが起動モーションだ!」
「ふ、<フ、レ、イ、ム――」
「<ヒーリングアロマ>!」
また、チャドがたどたどしい口調で<フレイムブレス>を発動させる瞬間、オレはダメージ覚悟で<ヒーリングアロマ>を宣言、一瞬ランディやチャドにターゲットが戻り、その隙を逃がさず、急いで<フレイムブレス>射程外へと飛びのく。
「――ヴ、レ、ス>!」
刹那、世界が、赤く染まった。
――世界を赤く染めた炎は数瞬で消え、後に残ったのは焼け焦げた大地と、死の世界。
「ぉおぅ……」
自分のしでかしたこととはいえ、チャドがそんな怯えた声を上げる。
あれほどいたジャイアントスパイダーは、じゅくじゅくと体液を沸騰させ、香ばしい匂いを漂わせながら動かなくなっていた。
「間一発、だったな」
オレはオレで体に張り付いたジャイアントスパイダーを一匹ずつ引き剥がしながら立ち上がり、こげた葉の匂いに顔をしかめる。
あと一瞬でも飛びのくのが遅れたら、下半身に大火傷を負っていたかもしれない。
火傷を負わなかったのはひとえにタイミングが良かったことと、そして体中にぎっしりと生い茂った瑞々しい葉によって保護されていたからだ。
頭のどこかでそんなことを冷静に考えながら、最後の一匹をコートから引き剥がして胴体を握りつぶす。
ジャイアントスパイダーは「ぎゅぴっ!?」という鳴き声をあげ、地面に落下。
そして、しばらくの間残った身体を蠢動させ、ようやく絶命する。
それを確認して、オレは崩れるように地面にひざを突いた。
――ああ、それにしても、つかれた。あと、血が足りない。
気が付けば腹が「ぐるるぅ……」と、獣のような音を奏でているではないか。
どうやらあれほどの急速回復に相当のカロリーを消費したようだった。
だが血が足りなくて立つのも億劫だ、あまりにも疲れすぎて飯を食う気力すら沸いてこない。
でも、これからデニーを診てやらなければならない……やれやれ。自分のふがいなさに思わず、ため息が漏れた。
「おっさん!」
ドラゴンハーフのそのあまりの火力に呆け、しかしはたと気付いたランディが、いや三人がオレを呼びながら駆け寄ってくる。
「大丈夫かよ!?」
「ああ……だが、さすがに死ぬかと思った」
さすが、数は力なり、塵も積もれば山となる。
現実でもゲームでも、ほとんど一撃か二撃で倒せる相手とはいえ、あれほどの数を一手に引き受ければ死にそうにもなるか。
「……イーヴァには、内緒だぞ?」
あいつは、怒ると怖いんだ。
オレがそう釘を刺すと、ランディたちは乾いた笑みを浮かべてうなずく。
「さて、あとはデニーを診て、そして一休みしたら街に……?」
ふと、なにかをむさぼるような音に気付き、眉を寄せる。
「……おっさん?」
ランディたちは、張り詰めていた糸が切れたのか、その音にはまだ気付かない。
しかし、オレが眉をよせ、それを怪訝に思ったランディたちは、改めてその音に気が付いた。
音は、オレの、目の前。ランディの後ろ。
オレは、身体を傾け、ランディがさえぎっていた光景を覗き込む。
「……おいおい」
顔が思わず引きつり、天井を仰ぎたくなってしまう。
「ファジー、テンタクルス」
その意味が、ようやくわかった気がした。
オレの視線の先で、怯えた顔をしたデニーが、腕や肩から黒い触手を伸ばし、その触手が、焼けたジャイアントスパイダーの屍骸を、ごくん、ごくん、と飲み込んでいた。
[jump a scene]
「デ、デニー?」
オレの視線につられ、デニーを見たアレックスが、搾り出すように彼の名前をつぶやく。
「――これはちがう! ちがうんだ!」
はっと気付いたデニーが慌てて腕を引き、背中に隠す。
しかし、その黒い触手は、いっこうに食事を辞めようとはしない。
デニーが腕を動かしたぶんだけ触手が伸び、触手の先端が蛇みたいにぱっくりと割れて、いや、円錐状に広がって、あらためて食事を再開する。
その触手は粘液状、まるでデッドミートのような肉質と外見。
また、ジャイアントスパイダーを食らうたび、過去のデッドミートのように大きさが膨れ上がる。
そして、徐々に、デニーの腕を這い上がり、侵食し始める。
「え? なんで? なんで腕からデッドミートが……」
どうやら、彼らは自分がデッドミートになったときのことを覚えていないようだ。
ヤコは、知らぬなら知らぬままのほうが良いと、あえて言わなかったのかもしれない。
……いや、無知は罪ではない。知らないなら知らないでいてくれたほうがデッドミートの秘密が守れて良い。
なにせ知らないものは話せないのだから。
「お、おじさん!」
「……」
「あれ、どういうことだよ!」
ランディたちの、縋るような目。
オレは口を開き――しかし、言うべきセリフが思いつかず、口を閉ざす。
「おっさん!」
「おじさん!」
「なんとか、なんとか言ってくれよっ!」
そして、オレは――
「お前らが、そうやって勘違いして取り乱すから、使わせたくなかったんだ」
――ウソを、つくことにした。
「落ち着け、デニー。そいつはただ、暴走しているだけだ」
「ぼう、そう?」
「ああ」
無論、なんで自分の意思に反して動き回っているのか、そんなことはオレは知らない。
だが、システムウィンドウに、取得覚醒技リストに名前が出るのだ。
システム的に設定されている。ならば、制御できるのが道理。
「それに、身体の一部が増えたんだ。思い通りに動かないのは当たり前だろう? オレだっていきなり三本目四本目の腕が生えたところで動かせる自信はない。だからデニー、ゆっくり、心を落ち着けて、動かし方を理解しろ」
そして、オレは、精一杯ハッタリを効かせた笑みを浮かべて言ってやる。
「そいつもお前の――渡り人であるお前の力だ。なに、焦る必要はない、待っててやるさ、なぁ? みんな?」
オレのその言葉に、皆が呼応する。
「お――おう!」
「もちろん!」
「当たり前だよ!」
「み、みんな……うん! オレ、がんばる!」
すばらしい、青春だな。
だが……問題は、このハッタリがオレたちにとっての事実になるかどうか、だろう。
なにせ――場合によってはデニーを、この手で殺さなければならないのだから。
だからオレは、ハッタリをきかせた不敵な笑みの裏で、ずっと冷や汗を流しつづけた。




