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7th Sphere  作者: 竹永日雲
突然変異
18/40

18話 With a look of impatience

 がるがると犬みたいに(うな)るランディをチャドに任せ、オレはもう一度魚を食べたい一心で市場まで足を伸ばしていた。

 ただ、市場、とは言うが実際にはこじんまりとした店が軒を連ねる商店街のような(てい)をなしており、しかし地底湖の外周を囲うように存在しているそれはこの国の住人たちが良く利用することもあってよく整備されていた。

 また、向こう岸の建物が豆粒ほどの大きさにしか見えないくらいに大きな湖には漁をしているであろう小船が点々と浮かんでいた。

 どうやら魚を根こそぎさらっていくトロール漁はしないらしい。その小船から飛び出た細長い棒が上下に振られているのがここからでも見える。

「一本釣り、か?」

 となると魚は高いかもしれない。

 オレはイーヴァから金を借りている身、なるべく安く済ませようと考えながら市場の店先をぐるりと一瞥(いちべつ)

「安いのはソーセージにジャガイモにそば……そば? そばだと!?」

 米ではないが、しかしこんなところにはないだろうと思っていた日本食との出会いにオレは目をむく。

 でもそうか。たしかにそばは(やせ)せた土地でも育ち、半年とかからずに収穫のできる救荒作物だ。そもそもそういう土台があるのだからこの地下世界でも育つよう品種改良された可能性だってあるではないか。なぜその可能性に気付かなかった、オレ。

 オレの鼻腔に、昔食べた新そばの香りがありありと再現される――が、そばはアレルゲンである。

 オレ一人だけだったならもしアレルギー反応が出てもどうということはない、それは知っててなお食べた自分のせいであるからだ。

 しかし、これは九人分の夕食で、その金は借りたものだ。周りを巻き込んでまで食べられるかどうかの実験などしたくはない。

 ああ、こういうときに限って身体が変わってしまったことが仇になるとは……オレはため息をひとつつき、人ごみを泳ぐように歩き出した。

 今夜は、ふかし芋とソーセージの盛り合わせになりそうだ。



 彼女はおおぶりのふかしジャガイモを食べようと口を大きく開いている状態で固まり、ついで呆然とした口調でオレの名前をつぶやく。

「え? イノさん?」

 じゃがいもを買うために入った店で、オレは見知った顔にであった――いや、であってしまった。

「ハンガク、さん……?」

 思わず顔が引きつる。

「わぁ! 偶然ですね! もうギルドのお仕事は終わったんですか?」

「い、いや……ただの夕飯の買出しだ。ハンガクさんは?」

「弓の練習です。やっぱりいつまでもテレビの見よう見まねじゃダメですからね!」

 むふんと彼女は胸を張る。

 その瞬間、いまさならながらあの幼女狐がこの地下世界を指定した理由がわかった。

 この地下世界は石や鉄、職人と、そして武人(・・)の世界なのだ。街中にはありとあらゆる道場が軒を(つら)ねており、指導者にも練習相手にも事欠かない。

 また、比較的弱い――落下のダメージのせいで弱ったモンスターしか出てこないことからもわかるとおり、ゲームでもこの世界は初心者の戦闘訓練向けにワールドデザインされているのだ。

 前々からコンプレックスを抱いていた彼女が「地下世界で特訓しよう」というその結論に行き着くのは当然といえば当然か。

 もちろん彼女はこの世界にも渡り人がいることを知っている。だから別にあいつらにあわせても大丈夫だろう。

 だが、ランディは兄貴肌のくせにわりと脳筋(バカ)っぽいからなぁ……自分たちが元デッドミートであることをぽろっとこぼさないか心配だ。

 オレは彼女の豊満なその胸を凝視することも忘れ、この焦りを表情に出さないよう取り(つくろ)いながらそんなことを考える。

「そ、そういえばメノウさんたちは?」

「めのちゃんは『せっかくだからアウトドア満喫してくる』なんていって、テントとか釣竿とかを抱えて海底遺跡に行きました。レオンさんはそれについていく形ですね」

「なんて(おとこ)らしい……いや、それにしても別行動か。めずらしいな」

「もう! イノさんたちみたいに恋人同士じゃないんですから当たり前ですよぉ」

「ねぇよ」

 すかさず否定。

「うっそだぁ!」

 だがそんな言い分など彼女にはさっぱり通じない! きゃっきゃと笑う彼女を尻目にオレは思わず天井を仰ぐ。

 むしろどこをどう見たら恋人同士に見えるのだ。メノウさんは娯楽に飢えているが故のあの思考だが、この子はこの子で恋愛話が好きすぎだろう。

 ――本当に、ボードゲーム以外の娯楽はよ。と、声を大にして言いたい。

 さておき。

「おっと、そうだった。イーヴァが腹をすかせて待っているんだった」

「あ、そうでした。もうそろそろ夕ご飯の時間ですものね。今晩はなににしようかなぁ?」

「……その、芋は?」

「これはおやつです」

「そ、そうか……」

 思わずそっと、視線をはずした。



「……おい、イノ、これはどういうことだ?」

 天穴のそばに戻ってくるや否や、オレは眉をひそめるイーヴァに手招きされ、ランディたちやハンガクさんから距離をとる。

「なんでここにハンガクさんがいるんだよ。――いや、やっぱそれはいい。ここは地下世界だもんな、なんとなくわかる。だがな?」

 イーヴァがちらりと後ろを見やる。

 にこにことわらう彼女の手の中には、今しがたアイテム欄から取り出した食材の山(・・・・)が抱えられていた。

「なんで、どうしてハンガクさんが料理をすることになってんだよ……っ!」

「オレに、聞かないでくれ……」

 あのあと、オレはそのまま彼女と別れようとした。

 が、しかし、急にハンガクさんが『せっかくですから三人で一緒にご飯を食べませんか?』と言ってきたのだ。

 もちろんそのときのオレは断った。だが次の瞬間。

『そうですよね! せっかく久しぶりに恋人と二人っきりになれたんですもんね!』

 むふーっ! と、ハンガクさんから鼻息荒く放たれたその一言が、オレに彼女を連れてくる決意をさせたのだ。

 ムキになって反論するとか、我ながら実に子供っぽい理由である。

「だが、オレは、悪くない……っ!」

 むしろあのまま誤解されるよりはよっぽどましである。

「いや、うん……そうだな……そりゃぁ、お前は悪くねぇわ……」

 オレから事情を聞くなり、イーヴァが半ばあきらめた表情でつぶやく。

 オレとイーヴァが恋人同士に見えるとか、本当にオレたちの周りの人の目は節穴だらけである。

 どこをどう見たらオレとイーヴァが恋人に見えるのか……まったく、さっぱり理解できない。

「イーノさーん! イーヴァさーん! お話終わりましたかー?」

 見れば、ハンガクさんはすでに食材やら鍋やらを地面に置き、市場で買った燃料用の竹チップ――そばと同じく成長が早いため、この世界では素材や燃料として栽培されている――に火打石で火をつけていた。

「今日は黒パン(いつもの)がないので、ソーセージの串焼きとマッシュポテトですよー?」

 その瞬間、まずくなる要素がほとんどないその料理に、オレとイーヴァは思わずガッツポーズをとった。



 久しぶりの屋外での夕食後、オレたちはランディらをさっさと宿へと送り届け、めっきりと人気の少なくなった薄暗闇の街をイーヴァの髪と、そしてハンガクさんの持つランタンの光だけを頼りにオレと彼と彼女の三人で歩いていた。

 ハンガクさんが取っている宿は街中でも中央に近い場所にあるらしく、いくらプレイヤーとはいえさすがにオレとイーヴァは心配になって宿まで送ることにしたのだ。

「それにしても、急にプレイヤー……渡り人になったって言うのに、みんな元気でしたね」

 ハンガクさんは食事の時の光景を思い浮かべるように目を細めてくすくすと笑う。

 食事中、オレは彼女に彼らがこの七つ世界にもともと住んでいた子供たちであることや、ギルドが捜していたあの狐の少女であることを話していたのだ。

 ……無論、デッドミートの件は伏せて、だが。

「考える頭がないからな」

「イノさーん?」

「冗談だ」

 彼女はじとりとした目でオレをにらみ上げ、オレはそんな彼女に苦笑を返す。

「だが実際、考える暇がないのは事実だ」

 あの日、デッドミートになって、そこから救い出されたと思ったら息つく間もなく二日後には異世界へ。

 そして異世界で待っていたのは、日本語という異国の言葉の勉強と、わしゃわしゃうごめく気持ち悪い蜘蛛型モンスターとの戦い。

 いくら今日生きるために仕方がないとはいえ、皆はよく投げ出さないものだと思う。

 そしてその気になれば、高い給料で商人に囲われ、傭兵に守られ、少々窮屈ではあるが優雅に生活できるほどの稼ぎを得ることができるというのに、だ。

「いまさらながら、冷静に自分を振り返ったときが心配だな」

「たしかに、いくら生きるためとはいえこの手で生き物を殺していますものね……私も夜になると、矢が何本も何本も突き刺さったミノタウロスや、首を切り飛ばされて血を噴出すウェアウルフのことを思い出して、ときどき、寝れなくなります」

 そういう意味で言ったのではないが……しかし、ハンガクさんの言うことにも一理ある。

 いくら今日生きるためとはいえ、まだ幼い子供たちに戦いを強要するとか、オレたちはどれほど業が深いのか。

 ――行き先は、地獄だな。

「ああ、暗いのが嫌って、そういう……」

 そして、同じテントで生活していたイーヴァが思い出したように重くつぶやく。

「あ、いえ。それとこれとは違いますよ? 実は、お恥ずかしながら私、子供のころから豆電球をつけてないとぐっすり眠れない性分でして」

 が、彼女はそれを即座に否定。

「おい、アタシのシリアス返せ」

「なんでですか!? 私にとっては死活問題ですよ!」

 それを言うなら同じように薄ら明るいテントで寝起きしているメノウさんは大丈夫なのか?

 いや、あの人のことだから大丈夫、なんだろうなぁ……。



  [jump a scene]



 オレが男子に振り分けられた部屋に戻るなり、おもむろに近づいてきたデニーが口を開く。

「おじさん、いや、イーノさん」

 イーノじゃない、イノだ。

 そう言おうと口を開きかけるが、しかし、いつも無口なデニーが口を開いたこと、そしてそのあまりにも真剣な表情にその言葉を言うのをためらう。

 他の三人もデニーが口を開いたことに驚いているようで、目を見開いてオレたちを見つめていた。

「……なんだ?」

 そして結局、指摘はしなかった。

 それに、だ。ここまで発音が矯正されているならこれから定期的に練習して治していけばいい。焦る必要はない。

「オレに、覚醒技を教えてくれ」

「それは――」

 教えてくださいもなにも、デニーは常時覚醒技(パッシブスキル)しか覚えていない。そしてライカンスロープの(さい)は、いや象や犀だけは、その常時覚醒技だけでも十分に強いのだ。

 例をあげよう。ライカンスロープは全種共通で『剛腕』という攻撃力を微上昇させる種族特徴が発現し、その上象と犀の二種は<ランペイジ>という常時発動型の覚醒技を選択することができる。

 この<ランペイジ>、日本語に訳せば『暴れまわり』『踏み荒らし』だが、これはその名の通り相手を蹂躙(じゅうりん)するがごとく攻撃力を大幅に上昇させる覚醒技である。

 そしてこれをよりシステム的に説明するならば、『素手の時点で最も弱い大型武器を片手に装備した状態とほぼ同等』になるのだ。

 そう、これこそが鉄板二種混合(クロスブリード)構成であるドラゴンハーフとライカンスロープが『バ火力』と言われる要因でもある。

 さらにレオンのように大型武器を二本装備して<ヘビーブロウ>の攻撃力補正を加えると、クリティカルを出した瞬間大型モンスターのHPが半分消し飛ぶ。

 また、ある方法を使えば大型モンスターを即死させるほどの火力を手に入れることもできるのだが……イーヴァに二種混合構成のことを話した際に「今ですら戦力過剰なのに、これ以上は悪影響がでるからダメ」と言われてしまい、仕方なく選択肢から除外した。

「――だから、教える意味があまりない」

 そしてオレはそのことをデニーにもわかりやすいように言い換えながら説明し、教えない、いや教えられないという旨を伝える。

 デニーは教えてくれないのがよほど悔しかったのか、うつむいて下唇を()む。

「それにしてもいきなりどうした?」

「……オレだけ、ほとんどなにもしてない。みんなは必死になって戦ってるのに、オレだけなにもしてない!」

「ああ、なるほど」

 その言葉にオレや、ランディたちも納得したように声を上げる。

 そういえばデニーは<スタンブロウ>を最大限利用するために素手だ。さらに手を保護しているのは動きやすさや装備のしやすさも考慮して拳部分を鉄で補強した皮のミトンだけである。

 いくら皆が金属製の胸当てやらヘルメットやらをして急所を保護しているとはいえ死ぬときは死ぬのだ、イーヴァが攻撃させるのをためらうのも十分うなづける。

「ベッキーみたいに槍を飛ばしたりできるんだろ? それでも良いから教えてくれよ!」

 槍、というと<貫通のルーン>か。たしかにあれはパッシブを発現させていなくても遠距離攻撃に使える覚醒技だし、それにこれ以上武力を持たせないという理由からいえばドラゴンハーフを発現させるよりもいいかもしれない。

 だが。

「なにをそんなに(あせ)っているんだ?」

 そうやって必死になる姿が、オレには焦っているように見えた。

「なにか勘違いしているかもしれないから、ここであえて言わせて貰う。オレたち渡り人は、身を守る程度の力があればいいんだ」

 実際三週間ほどまえに戦ったコカトリスだが、アイツを倒すために使った戦力は百人以上。そして最後は脳震盪(ダウン)のおかげで急所をじっくり狙い打つことができ、その人数とあいまって比較的楽に討伐することができた。

 だが、もしあのとき脳震盪(ダウン)を発生させる常時覚醒技<シェイクブロウ>が通じなかったなら、オレたちは確実に全滅していただろう。

 それにもしあのとき、あの場所にミノタウロスやウェアウルフが乱入してきたら? 考えるだに恐ろしい。

「そしてこの際だ、はっきりと言う。デニー、お前は今、この七人の中で一番強い」

 ランディ(鬼人)は攻守が(そろ)い、特に弱点もなくバランスが良い。だがそれは覚醒技を何度も使用することが前提の話だ。二番手(サポート)になることで輝くといってもいい。

 アレックス(トレント)はそもそもの役目がデコイだ。もしヘイト管理に失敗すれば、すぐさまモンスターに囲まれ、あとは死ぬしかないだろう。

 チャド(ドラゴンハーフ)は攻撃力が高い。だが、かわりに痛覚(ダメージ)が増加している。もし一撃でも食らってしまえば激痛で動けなくなる可能性が高い。

 ベッキー(クレッセント)はたしかに魔法が使え、うまくすればワンサイドゲームになるだろう。だが、侵食率の管理が最もシビアである。

 カミラ(アーマード)はたしかに攻撃力はないが守りは鉄壁だ。しかし、まさかメノウさんのように覚醒技も使わず攻撃を(さば)ききれるとは到底思えないし、その防御力は防具で代用できてしまう。

 クロエ(ライカンスロープ)は狐という種類からして完全に補助だ。その能力はパーティでもなければ真価が発揮されない。

 だからこそ任意覚醒技(アクティブスキル)に頼らずドラゴンハーフ並みの火力をすばやく連続で叩き込め、金属製の防具によってその身を守るデニーはこの中で一番強い。

 ――まぁ、象や犀自体が鬼人のような攻撃技や防御技を一切持っていないため、延々と遠距離攻撃されたりメノウさん並みの防御力と技量を持つプレイヤーには完全に無力化されるのだが……これは言わないでおこう。

「だがな? たったそれだけなんだ。いくらモンスターを倒せるような力があったとしても、オレたちは絶対に一人では生きていけない」

 そう、戦いは、争いは数だ。有象無象の凡人は、時に一人の最強をも押しつぶす。

「そしてこれはオレも言われたことなんだが……お前が、お前らがもつその力は、お前らが感じているその全能感は、全部借り物で、全部ニセモノなんだ――だから、(おご)るな」

 オレは、言い含めるように言葉を短く区切り、ただただ、まっすぐとデニーを見つめる。

「でも……」

「デニー」

「……うっす」

「明日、オレと二人でちょっと遠出するか」

「――え?」

「お前にその気があるなら、明日、オレが、ライカンスロープの、ちょっと特殊な戦い方を教えてやるぞ?」

「う、うっす!」

 その瞬間、デニーの表情がぱあっと明るくなり、オレは「現金なやつだな」と苦笑いしながら彼の頭をなでてやった。

「まぁ、あのイーヴァが許したら、だが」

「……えっ?」

 笑顔が、固まった。



  [jump a scene]



 翌日、朝食を買いに出かけたイーヴァを追いかけ、道すがらオレは昨日のことを彼に話す。

「――と、そんなわけでイーヴァ、オレとデニーは別行動をとりたいんだが」

「却下」

 しかし、イーヴァはオレと視線も合わせようともせず即座に否定。

「いや、イーヴァ?」

「あのな? イノ。アタシたちはあいつらに『パーティでの戦い方』を教える依頼を引き受けてるの。それなのになんでコンビでの――いや、ソロでの戦い方を教える約束してんの?」

「うっ……」

「つーか、だ。その口ぶりからして二人だけで天穴のそばまで行く気だろ?」

「ぐっ……」

「アタシ言ったよな? イノが感じてるその全能感は、全部借り物で、全部ニセモノだって」

「いや、その……」

「だいたい、今はもうゲームじゃないんだからちょっとしたことでさくっと死ぬんだぞ? お前が死んだら、たとえ死に戻りするとはいえ発狂する自信があるって、アタシ言わなかったっけ?」

「あ、ああ。たしかに言って」

「あ?」

「……はい、言いました」

「だよな?」

 ふと、イーヴァが立ち止まり、オレの目の前で腕を組む。

 そんな彼の眉は、怒りに吊りあがっていた。

「イノ、正座」

「いや、あの、ここ街」

「せ、い、ざ」

「……はい」

 そしてオレはここが街中であるにもかかわらず、イーヴァに言われるがまま地べたにひざを付く。

 ――地下世界の地面は、非常に固く、うすら冷たかった。



「……お二人とも、なにをしているんですか?」

 イーヴァから説教をされている最中、彼の後ろから朝食を買いに来たらしいハンガクさんがやってきた。

「ん? 見ての通り説教だけど?」

「いえ、そういう意味ではなく……」

「それよりも聞いてくれよ、ハンガクさん! イノってばまーた伊達男プレイしようとしてたんだぜ?」

「あー……。それはたしかに恋人としては心配ですよねー」

「ねぇよ」

「ねぇよ」

 思わず否定。

 ハンガクさんといい、メノウさんといい、どこをどう見たらオレたちが恋人同士に見えるというのだ。

 しかし、ハンガクさんはそんなオレたちの主張など一切本気にせず、ただニコニコと微笑む。

「うふふ、そーですね」

「……はぁ。最近、メノウさんに似てきたな」

「むぅ! それはさすがに心外です!」

 いや、だけど実際はそうだろうに。オレとイーヴァはほとんど同時に小さくため息をついた。

「なーんか気がそがれたわ。とにかくイノ、アタシの忠告絶対に忘れんなよ?」

「ああ、わかった」

「あ?」

「……はい、わかりました」

「ん、よろしい!」

 そしてようやく、イーヴァが満足げな表情を浮かべ、大きくうなずいた。

 ――だが、オレへの、いや、オレたちへの試練は、それだけではなかった。

「……ん?」

「あれっ?」

「おっ?」

 突然イーヴァが小首をかしげ、ハンガクさんがなにかを確認するようにイーヴァを見やり、そしてオレが、自分の感覚を確かめるために二人に尋ねる。

「今、ゆれたか?」

「あ、やっぱりゆれた?」

「みたいですね。ほんのちょっとだけですけど」

 しかし、ハンガクさんがその言葉を言い切ることはなかった。

 唐突に、ゆれが大きくなったのだ。

「うぉっ!? でかい!」

 そのぐらぐらと上下に大きく動くゆれは、いくら日本人が地震に慣れているとはいえ慌てずにはいられない。

 ハンガクさんはその場に立っていることもかなわず、思わずイーヴァにつかまり、そして互いが互いを支えあう。

 オレはまだ正座しっぱなしだったから、そのまま四つんばいの状態でゆれが収まるのをじっと待つ。

 の、だが。

「オイバカ野郎! いつまでも道の真ん中に立ってんじゃねぇ! 早く家の中に入れ!」

「は? いや、こういう大きな地震のときは」

「バカ言ってんじゃねぇ! 落石で死にてぇのか!」

 そこではっとする。

 そして天井を見上げ、さぁっと血の気が引いた。

「イーヴァ! ハンガク!」

「は?」

「え?」

 体が反射的に動く。

 両手を伸ばし、二人を突き飛ばす。

 瞬間、オレの右腕の上に、赤子大の岩が、振ってきた。

「ぅ――ああああああああっ!」

 オレは、腕に走る激痛を、久しぶりに味わった。



  [jump a scene]



 地震は比較的短い時間で落ち着き、その場は幸いにしてオレ以外にけが人は出ることはなかった。

 そしてオレは、関節の増えた腕を胸に抱き、じわりと染み出す血の色に恐怖しながら声にもならないような声を上げる。

「イノ!」

「イノさん!」

 本当なら<ルートリカバリー>でも使えばすぐ治るのだろう。だが、痛みで上手く発声できない。

 だがこうやって冷静に自分を診断できるのは、さっきイーヴァたちを助けようとした興奮がまだ続いているためだろうか? 昔の自分ならこの時点でもう意識がなかっただろう。

 いや、なにが理由にしろ今はありがたい。痛みをこらえるように荒く呼吸し、『痛みよ、引け』と念じながらとにかく頭に酸素を送る。

「イノ! イノ! イノ!」

 イーヴァは、今まで見たこともないくらいに取り乱していた。

 ――良いから早く<治癒のルーン>をくれ。

 そんな願いも、たぶん今の状況では届かない。

「と、ととと! とにかくはやく病院に行かないと!」

 その中で比較的冷静に行動し始めたのはハンガクさんだった。

「ええっと! こういうときはどうするんですか!? イノさん!?」

 訂正、全然冷静じゃない。

 オレは、震える唇を動かし、なんとか<治癒のルーン>を頼もうとする。

「こんなときになにいってるんですか!?」

 だが、唇を読めるはずもないハンガクさんはこれをどう解釈したのか、半ばキレた声を上げる。

 ――これはあれか、ライカンスロープの常時覚醒技である<ワイルドソウル>に頼るしかないのか。

 そうなると曲がったまま腕がくっつくのはまずいな。オレは痛みをこらえ、ひん曲がった腕を強引に伸ばす。

「――っ!」

「イノ!」

「イノさん!」

 自ら傷を(えぐ)るその行為に、激痛に涙と鼻水とよだれと、あと下からもいろいろと体液がこぼれだす。

 しかし、今はそれを気にしている暇はない。

 せめて声が出る程度になれば、あとは<ルートリカバリー>で自己回復できる。早く回復して、この狂ったようにオレの名前を繰り返すイーヴァをなだめないと。

「――ぅ、ぐっ! ふぅ。<ルート、リカバリー>」

 <ワイルドソウル>は自然治癒能力を引き上げる常時覚醒技だ。

 ゲームでは<ルートリカバリー>よりも回復量は低いが、しかし<ルートリカバリー>と同じくHPが徐々(じょじょ)に回復していくため、近接職やデコイ役には必須とも言える。

 ――ただ、現実で考えてみれば、ここまで回復速度が速いのは異常だが。

 ぱきぱき、と、右腕の中からなにかかがうごめき、成長する音。

 また、それが腕のなかを這いずり回る感触に吐き気を覚える。

 そして、樹木の隙間からツタによって押し出された血で赤く染まった白いかけらがぽろぽろと零れ落ちる。たぶん、砕けたオレの骨。

 急速に腕が治っているせいか、無性に腕がかゆくなる。

「……ははっ」

 だが、そんな一月ぶりの不快な感覚が、なぜか不思議とうれしい。

 しばらくしてかゆみと痛みがなくなり、オレは少しばかり寂しく思いながら指を動かして感触を確認。

 恐ろしいことに、見た目上は完治したようだ。そして、このときばかりはそんな恐ろしい種族に変異したことに感謝する。

「イノ!」

 イーヴァが半泣きの状態でオレの胸に飛び込んできた。

「ああ、もう大丈夫だ。心配かけたな」

 オレは、そんな彼の髪を()いてやろうと手を伸ばし、血がべっとりとこびりついていたことを思い出して躊躇(ちゅうちょ)する。

 が、まぁいいか。せめて血の付いていない場所で、ということで指の先で優しくなでてやる。

「イノさん! よかった……よかったよぉ……!」

「ハンガクさんも、心配かけた」

「先生! こっち! 早く!」

 遠くから、医者かなにかを呼ぶような声。

 どうやら、いつのまにか大事になっていたようだ。

「治った、といったら、どんな顔をされるだろうな?」

「――なに阿呆なこと言ってんだ! しっかり()てもらえ! あと今すぐ着替えろ! すげぇ小便臭い!」

 唐突にイーヴァが元気を取り戻し、オレは思わず苦笑してしまった。

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