17話 Plans for tomorrow
「たっだいまー。今日は市場に水揚げされたばかりの焼き魚と――って、おいおい。これはどういう状況だ?」
イーヴァは買い物から帰ってくるなりベッドに寝かされているチャドと、その周りで彼を心配そうに眺める六人を交互に見て眉をひそめた。
「気にするな、ただの知恵熱だ」
「知恵熱って……イノ、ちょっとやりすぎだぞ?」
彼はひそめた眉をそのままくいっとつりあげ、まるでお姉さんのようにオレを叱る。
たしかに少々詰め込みすぎたと自分も自覚している。しかし、今回は残念なことに時間がないのだ。
なにせオレは今回の依頼料をまだ貰っていない。頼みの綱だった前金は往復分のルイスの鍵の現物支給で消えてしまっている。
いや、この場をイーヴァにまかせてオレは自前のルイスの鍵を使って出稼ぎに行ってもいいし、あの腹黒幼女狐に経費を請求しにいってもいい。だが、そうすると一定の確率で非常にややこしいことになる。
主にレオンと腹黒幼女狐のせいで。
そのため、オレたちの時間制限はイーヴァの貯蓄が尽きるまでとなるわけだが――あ。
「なぁイーヴァ」
「なんだ?」
「なじみがないんでオレもすっかり忘れていたが、領収書、貰ってきたか?」
「あると思うか? 念のため宿取った時領収書くださいって言ったら逆に『なんでこれっぽっちの金のやりとりでそんなもん書かなきゃならんのだ』なんて、すげぇにらまれたわ」
「ああ、しまった。そういう問題もあったか」
思わずため息が漏れる。
「……しかたない。ヤコに連絡を取るか」
空中を二回叩き、オレは二日ぶりに開きたくもないチャットリストを開くのだった。
[jump a scene]
ヤコが部屋主を勤めるチャットルームに「例の依頼の経費について、相談したいことがある」という書き込みをすると、すぐさまサブマスターであるジュウゴヤさんが今回の依頼の監査および財布役として駆けつけてきてくれた。
本当はヤコが「儂が行く!」と言って聞かなかったらしいのだが、さすがに今回ばかりはギルド職員全員が必死に止めたらしい。
「いやぁ、もうしわけありませんでした。今回の件、僕もすっかり失念してましたよ」
彼はそうやって淡く輝く禿頭をつるりとなで、苦い笑みを作る。
本来この部屋は女子の部屋として割り当てられた一室なのだが、イーヴァたちが男子に割り当てられた部屋で夕食をとっているため、ここにいるのはオレと、目の前に座るジュウゴヤさんだけである。
「言われてみれば中世ぐらいの世界観ですものね。そもそも紙自体が高いのに小売にまで領収書を出すわけがない」
「たしかにこの世界で流通しているのは手間のかかる獣皮紙だからな。オレもイーヴァから聞くまですっかり失念していたよ」
それと、下手に人間世界に樹皮紙が出回っているから誤解していたということもある。
……というか、だ。彼のその口調からして本当に領収書を持っていかないと自腹を切るハメになったのか。ある意味領収書がなくて助かった。
「では、この件は今後の教訓としてギルドに報告させていただきます。ところで、イノさんはどのくらいの期間で仕上がるとお思いで?」
「ああ、うだうだと文句を言っている割には真面目だしまだ若いから頭も悪くない。実践に出せるかどうかはさておき、このぶんだと覚醒技の名前や出し方も一日二日ですぐ覚えるだろう。……が、やっぱり発音がな。こいつばかりはわからん」
「うーん。やっはり発音がネックでしたか」
「そうだな。それに発音は感覚に頼るところが大きいから、さっそく個人差が出てき始めているぞ?」
ちなみに一番あいうえおがうまいのは意外にも知恵熱でぶったおれたチャドである。
ただ、残念なことにドラゴンハーフは通常攻撃自体が強いので覚醒技を使うということが滅多にない。使ったとしても格上相手か、もしくはせいぜいで強力なノックバック効果を誇る覚醒技<ハウリングシャウト>くらい。
まさに宝の持ち腐れ。なので発音が完璧になったらオレと同じように二種混合構成を薦めてやろうとも思っていた。
「そういえば、ギルドでは覚醒技の研究もしていたんだったな?」
「え? ええ。ギルドマスターが趣味で始めたものなのですが、今では暇を見つけてはギルド全体でその差異を確認していますね。ああ、近々それをまとめた本を冒険者ギルドの窓口で販売したいとおもっておりますので、本作成の際には材料である木材の運搬依頼をぜひともよろしくお願いします」
「ぜひともって……よくそういう知識があるな」
実は樹皮紙は固くて本には向いていない。そのためこの世界の店で売られている本はすべからく獣皮紙でできていた。
だというのにジュウゴヤさんは木材を使うという。そこから察するに、ついにギルドは製紙に手を出すのだろう。
さすがのオレも木からパルプをつくり、紙をつくるということ自体は知っているが、しかし木からパルプを作る方法までは知らないため感嘆の声を上げる。
「召喚された方は二百人もいますからね、そういう知識のあるオタクの方々が大量にいるんですよ。いやぁ、こういうサブカルチャーに明るい人が多くて大変心強いです」
「なるほど。……さておき、覚醒技って言うのはどれくらい雑に宣言しても大丈夫なんだ?」
「雑、とは?」
「言葉通りさ。日本語を教えろ、っていう時点で日本語でしか宣言できないのはわかっている。ただ、どのくらいもとの言葉と違っても大丈夫なんだ?」
「ああ、なるほど。ネイティブな発音を前提としなければ習得も早いですからね。そうですねぇ……極端にイントネーションを変えても大丈夫でしたし、わりと雑に宣言しても大丈夫みたいです。ただ、まるっきり違うと発動しません」
具体的には『ブ』を『ヴ』と言い換える程度なら発動しますが、『ウェ』が『ウエ』だったりすると発動しないですね。ジュウゴヤさんは空中に文字を書きながら研究内容を明かしていく。
「ということは、優先順位は発音ではなく文字数か?」
「ギルドの研究結果ではそういう結果を残していますね。ただ、長音くらいなら省いたり加えたりしても差し支えなかったので、また違った法則が働いているみたいですが」
「そうか……しかし、こうしてみると比較的日本語基準だな」
だが、それで良いなら比較的短時間でできるだろう。
日本語の利点は、母音が比較的少ないことなのだから。
「明日の午前中は発声練習に当てて、午後から覚醒技を発動させてみよう。もしかしたら拍子抜けするくらい簡単に発動するかもしれん」
「そうですね。では、具体的な内容をつめていきましょうか」
[jump a scene]
翌日の午後、オレは昨日ジュウゴヤさんと共に立てた予定通り覚醒技発動の練習を行うため、街外れにある天穴にほど近い荒野へとやってきていた。
その荒野は人気はないが天穴からほど近いということもあって時々戦場で討ちもらした小型モンスターが何体かやってくる。
オレはその蜘蛛に似た中型犬大のモンスター――わしゃわしゃと気持ち悪くうごめくジャイアントスパイダーを二撃で以って始末し、両手に付いた汁を雑巾代わりにと回収していた破れたローブの切れ端でぬぐう。
またジャイアントスパイダーの死体はそれ以上触りたくないのでそのまま放置。
「イノ、今ので最後っぽい」
「そうか」
「では僕は周囲を警戒しておきますので、お二人はどうかそのままご指導を」
「おっけ、おっけ。んじゃイノ、アタシは女子のほうを受け持つわ。ちょうどクレッセントと狐もいるしな」
「わかった。――では、男子、こっちに来い。午後の勉強を始めるぞ」
「うえぇ、オレたちはおっさんかよ……」
「どうせならオレたちも姐さんの方がよかったっす……」
「そういうな」
そんなイーヴァの人気にオレは苦笑をもらす。
まぁ、オレは今の今まで達成感が感じづらい練習を強要していたのだ。この反応は仕方がないだろう。
「さて、これからみんなには我々渡り人の代名詞でもある覚醒技の練習をしてもらう」
「……おっさん、まじで?」
「まじさ。いい加減自分の上達具合を知りたいころだろう? まぁ、さすがに多少は説明を入れるが、あいうえおよりさらに簡単さ」
「か、簡単ってどんくらい?」
「やれやれ……本当に信用がないな。短い言葉をいくつか覚えるだけさ」
その言葉を聴いた瞬間、よっぽどうれしかったのか四人の顔が一気に明るくなる。
やれやれ、まるで子供だ。ふたたび苦笑いを浮かべ、オレは早速大仰なしぐさで空中を二回叩き、システムウィンドウを表示させた。
「よし、同じようにやってみろ。――ああ、目の前に青白い板がいきなり出てくるが、安心しろ。害はない」
「青白い――って、あれか!?」
ああ、やっぱり身に覚えがあったか。
となると、どんな構成になっているか聞いておく必要があるかもしれないな。
「そう、あれだ。だが安心しろ、扱い方さえ間違わなければ害はない」
だが今から表示させるのは新規侵食率取得に伴う覚醒技の取得ウィンドウではない、チャットウィンドウやキーボード以外は完全に読み取り専用だ。
そのため下手に扱ったところでデッドミートに変わるとか、そういうことは万にひとつもないだろう。
――そういえばチャットウィンドウはID管理であるのだが、彼らのIDはどうなっているのだろうか?
まぁ、いまのところチャットをやらせるわけでもなし、気にしなくてもいいか。
「さて、全員表示させたか? ――よし、じゃあ説明を続ける。いいか、これはオレたち渡り人が必ず持っているシステムウィンドウという覚醒技のようなものだ」
実際は違うのだが、ゲームだとかシステムだとかを知らない人間に説明するにはこういったほうが良いだろう。
「ここには、お前たちの名前、身長、体重、保持種族因子、発現種族特徴などなど、そういう個人的な情報が日本語でびっしりと書き記されている。――ああ、自分以外には見ることができないから心配しなくていい」
「で、これなんだよ?」
「昨日教えたカタカナで自分の名前のあるウィンドウの中から『リスト』という単語を探せ、その下にずらりと自分が使える覚醒技が一覧で乗っているはずだ。念のため、地面に書いてやろう」
言いながら、オレは固い地面を人差し指でがりがりと削り、『リスト』という文字を書き記す。
ちなみに正確には『取得覚醒技リスト』であるのだが、さすがに『漢字を見比べながら探せ』は酷というものだろう。
本当はスキルウィンドウがあれば一番良かったのだが、贅沢はいえないか。
「おぅ、あったぜ? でもなんだ? この文字……『く』?」
「うん、発音はばっちりだな。無理やりにしろ発声練習をさせたかいがあった。あと、最初の一文字と最後の一文字は記号で、読まないからな?」
「なんだよめんどくせぇ」
「ははっ! まったくだな。さて、他のやつはどうだ? ――よし、見つけたようだな。それじゃあ続きだ。今見てもらっている覚醒技だが、実はひとりひとりかなり違う。たとえば……ランディ、読める範囲でいいから読んでみろ」
「えっ、オレ!? えーっと……わけわかんねぇ模様が二個続いてるのがふたつと、ち、の? フア、フハ――ああっ! わっかんねぇ!」
「ああ、おまえはそれでいいんだ。鬼人の覚醒技名はすべて漢字混じりだし、まだ漢字は教えてなかったからな。読み方は後で教えてやる。次チャド、読んでみろ」
「う、うっす! へヴィブロウ、ゲイルストライク……フレイムヴレス、ドラゴンソウル?」
「惜しい、発動はするだろうが、しかし正しい発音は<ヘビーブロウ><フレイムブレス>だ。うち<ドラゴンソウル>は怪力になる覚醒技で、常時発動している」
しかし、妙に覚醒技の数が少ないな? いや、ドラゴンハーフはむしろ覚醒技を使わないほうが強かったりするからいいのだが……。
「ところでチャド、それだけか?」
「えっとフア、フハ? ……フハジーテンタクルスってのもあるっす」
「ランディは?」
「ああ、それっぽいのはある。うまくいえねぇケド」
「アレックス、デニー」
「似たようなのなら僕にもあるよ」
「……同じく」
「ふむ……」
フハジーテンタクルス……いや、フアジー……ああ、もしかして<ファジーテンタクルス>か? たぶんそれがオレたちが選択できないデッドミートという種族の覚醒技なのだろう。
言葉どおりの覚醒技なら『あいまいな触手』……いや『食べる触手』だろうか? しかしいずれにしろ常時覚醒技なら体力の回復とともに復活しそうなものなのだが。
一瞬、イーヴァがミノタウロスに殺された瞬間が脳裏をよぎり、オレは頭を振る。
たしかにあの時、オレはいつの間にか<グロウアップ>を発動させていた。
ここに疑問がわいてくる。冷静でない人間が慣れてもいない行動を思わずとってしまうだろうか?
いや、だがその可能性は低いだろう。なにせあの時はメノウさんたちが一緒に居たのだ。あの二人がなにも行ってこないのを見る限り、オレは無意識に<グロウアップ>と叫んでいたのかもしれない。
もう一度アレを再現すれば新しいなにかがわかるかもしれないが……でもあんなことはもう二度とゴメンだ。
――思考がそれた。オレは気を取り直し、万が一のことも想定して四人に注意を促す。
「お前ら、その覚醒技は使うな。使おうともするな」
「お、おぅ……」
まずい、気を取り直したはずなのにおもわず低い声が出てしまった。ランディたちがたじろぐ。
「……すまない。では気を取り直して」
いいながらオレは自分のアイテム欄からふたたびばかでかい獣皮紙を数枚とインクをひとつ取り出した。
ただ、その光景を見てもだれも驚かないのは昨日の夕食時にイーヴァが同じように夕飯をアイテム欄から取り出したからだろう。
「見よう見まねでいい。全員、順番に自分が持っている覚醒技をすべて書け。それを見ながら正しい発音を教えてやる――ああ、そのテンタなんたらはいい。使わせたくもないし、教えたくもない」
「あ、イノ。男子がそれ書いたら次、アタシたちな?」
その瞬間、全員が全員「うげぇ……」という顔になった。
[jump a scene]
全員の構成がわかったところで、オレ――いやオレたちは頭を悩ませる。
「いやぁ。この、なんでしょうね、この……うん」
そして思わず呼び寄せてしまった覚醒技をよく知るジュウゴヤさんですら、その獣皮紙を前にあいまいな笑みを浮かべる。
「ざっくり言えば、すごく、とんちきな構成です」
そのとんちきな構成をしているとうの本人らはジュウゴヤさんのかわりに周囲の警戒をしていたりする。
素人に警戒を任せて大丈夫なのか? という疑問もあるが、しかしこの世界は特定の場所以外からモンスターがやってくることはありえないし、この世界には地中を進むモンスターも空を飛ぶモンスターもいないため見張り程度なら大丈夫だろう。
それにこれは教育の意味も兼ねているようだ、ジュウゴヤさんはなにげに天穴のほうをむいて座っている。
「まず、一番まともな構成であるチャド君はこの話題から省きます。あのくらいの発音なら覚醒技も発動するでしょうし、なくとも武器さえ持てば小型種程度なら一撃でしょう」
問題は武器が買えるかどうかと、その武器をきちんと操れるかどうかだが。
「次にまともなのは……デニー君ですか」
ライカンスロープは常時覚醒技が一種類ずつしかない他五種と違って常時覚醒技が豊富だ。
そのせいなのか、デニーがもっている覚醒技はすべてパッシブだった。
「そういえば、この<スタンブロウ>はゲームとどうちがうんだ? オレも持っているが、発動していないように思えてならない」
「ああ、それですね? ざっくり言えばぴりっとします」
「は?」
「身体を強く叩かれると少しの間だけぴりぴりして動きづらくなるでしょう? アレを再現しているみたいですね。ゲーム的に言えば移動速度の遅延とか行動の制限でしょうか? 上手く攻撃を当てれば武器を落とすこともできますね。まぁ、武器を持っているのはミノタウロスぐらいですが」
「あー……」
するとあのときミノタウロスが攻撃してこなかったのはこのせいか。
と、いうか、だ――殴るたび相手を遅くするとか動けなくするとか、そもそも攻撃速度の速いライカンスロープが地味に強化されてるな。
「するとこの二人は即近接職の訓練か?」
「ですね。正直この二人は覚醒技の練習をさせる意味が薄い。ただチャド君は大型種用に<ヘビーブロウ>と<ゲイルストライク>を覚えさせる必要はありますが」
「それじゃぁ、その近接職の教育はアタシに任せてくれ」
「……よろしいので? その、あなたは」
そこでいいよどみ、ジュウゴヤさんは自分の頭をつるりとなでる。
「これ、でしょう?」
「ちっちっち。アタシ、こーみえても元は剣道二段、柔道初段だぜ?」
「地味に強い!? 地球での御職業は警察か自衛隊ですか?」
「女の過去は詮索するもんじゃないぜ? だからノーコメント」
女って、おまえ元男――いや、やめておこう。こういうことは本人が気付くまでそっとしておくべきだ。
「おっと、これは失礼。……さて、これで問題のない人は省かれましたが……お二人の目で見て一番問題がある方はどなたです? 私としましては覚醒技の少ないベッキーさんですね。<貫通のルーン>があるだけまだましですが」
「あー……パッシブだけだと侵食率下げられないもんな。その点デニーは一回死ぬまでずっとライカンスロープ、か……かわいそうに。あの若さで一生マッチョだぞ?」
「いえ、それはあなたの好みであって、それに少なくとも僕よりはまともでは? とはいえ僕は好きでこの頭にしているのですが」
「そ、そうか……」
淡く輝く禿頭であるジュウゴヤさんのその発言に、イーヴァの顔が引きつる。
「と、ともかく! ベッキーは覚醒技の取り直しかな?」
言いながらオレたちは獣皮紙に視線を落とす。
ジュウゴヤさんの言うとおり、ベッキーだけ常時覚醒技と任意覚醒技のふたつだけという極端に少ない構成だ。
「そうですね、せめて<治癒のルーン>と<賦活のルーン>はほしいところです。イノさんは?」
「オレとしてはアレックスだな」
アレックスが持っている覚醒技は<テンプテーションアロマ><バークシールド><ルートリカバリー><シェイクブロウ>の四つ。
そしてそのうちのひとつである<シェイクブロウ>は脳震盪を引き起こす常時発動型の覚醒技だが、しかし<バークシールド>と<ルートリカバリー>の前提にもなっている覚醒技でもある。
「本当に見事にデコイとして必要なものだけをとっている。ここまで見事だと本当に知らなかったのかと疑いたくなるくらいだ」
「なるほど、見事すぎて逆に危うい、ですか」
「ああ。しかもアレックスは戦いに慣れていないはずだ、防具がないと早死にするぞ?」
「ふむ。彼も構成の練り直しか、それとも頑強な装備が必要ですか……どのみちお金が飛んでいきますねぇ。教育に必要だからと、先にレーションをたらふく食べさせたのは失敗でしたよ」
「なにを今更。だいたい儲かってんだろ? 冒険者ギルド」
「……ノーコメントで」
[jump a scene]
――あれから三日が過ぎた。
しかし、その三日という短い時間にも関わらず彼らはすでに実践へと移っていた。
覚醒技の変更はまだしていない。おとといジュウゴヤさんが構成変更に必要なレーションを取りに戻ったきり帰ってこないためだ。
頑丈さだけがとりえの安物ではあるが武器や防具はすでに持たせてある。まぁ、ジュウゴヤさんは「予算が……!」とか嘆いていたが、こればっかりは割り切ってもらうしかないだろう。
――ああいや、もしかして予算オーバーした上にさらに予算を請求したから戻ってこれないのか? それなら悪いことをしたかもしれない。
さておき。
「なんというか、前のめりだよな」
三日前よりはずいぶんと天穴に近しい場所で、オレは隣のイーヴァに対して言う。
「回復役がいないからな」
イーヴァは<治癒のルーン>をいつでも投げられるように指先に待機させ、じっと前をを見つめている。
ところで、意外なことにイーヴァが剣や体術をろくすっぽ教えていないにも関わらず彼らはそれなりに良い動きをしていた。
たぶん種族変異したために動体視力や反射神経をはじめとした身体能力が大幅に上昇したのだろう。
いや、よくよく考えればケンカくらいしかやったことのないオレですらミノタウロスを相手取れるのだ、当然といえば当然か。
特にチャドはもともと身体ができていたおかげかその動きはもはや人の動きではない。
彼は身の丈よりもはるかに長い総鉄製の槍とタワーシールドを装備し、だというのにスキルもなしに人の頭をひょいと飛び越えるとか、お前はどこのオリキャラかと。
「――うまく引っ張れたよ! 今度はばかでかい蜘蛛が二匹だけだ!」
先ほどと同じように<テンプテーションアロマ>でモンスターを釣ってきたアレックスが向こうから走ってくる。
その後ろにはアレックスの言うとおりジャイアントスパイダーが二匹。
「よっしゃ! あとは任せろ!」
そしてランディは買ってもらった武器をもっとたくさん使ってみたくてうずうずしていたのだろう、彼は槍――いや薙刀を頭上でぶんぶんと回しながら勢い良く駆け出す。
……子供か? いや子供だったな。
「こらランディ! 危ないから振り回すな! そんで勝手に飛び出すな!」
すかさずイーヴァの檄が飛ぶ。
「チャド、ランディのフォローだ! 側面を守ってやれ! あとたかが蜘蛛だ、お前ら二人は覚醒技を使うなよ! アレックス、カミラの後ろに! カミラはアレックスとベッキーを守ってやれ!」
「……姐さん」
「あー。すまん、二匹しかいないからデニーは待機」
「うっす」
そしてオレはその光景を「あいつら緊張感皆無だなぁ」とか思いながらぼんやりと見ていた。
「あの、姐さん、私の侵食率? が十? くらいしかなくなってきたんですが……」
「あ、僕もそろそろなくなりそうっぽい」
天穴からこぼれる光が暗くなってきたころ、これまでずっと<テンプテーションアロマ>で蜘蛛を引っ張ってきていたアレックスと、<貫通のルーン>で攻撃していたベッキーがイーヴァ相手にそんなことを言う。
本当ならアレックスはオレに対していうべきだ――が、しかし発声練習ぐらいしか直接関わっていないので、オレは最近空気になっていた。
まぁ、もともとオレはあまり好かれてもいなかったし、イーヴァは見た目の年齢が近いから当然といえば当然か。
「ありゃ、マジで? なぁイノ、どうする?」
「アレックスはオレのレーションを十個ほど分けてやろう。それを食って回復しろ。ただし食いすぎるなよ? もうすぐ夕食だ」
「はーい」
「ベッキーは……このさいだ、ゼロにして覚醒技を取得しなおししたらどうだ?」
「あー……じゃあベッキー、一度侵食率をゼロにして、そんで一緒に覚醒技を選ぶか」
「はい!」
「それじゃぁイノ、アタシのかわりにメシの買出し頼む」
言いながら、彼は自分のアイテム欄から一枚の銀貨を取り出し、投げてよこす。
「すまんな」
「いいって。でも、あとで返せよ? それじゃ、また宿屋で」
「ああ、また宿屋で」
はたはたと手を振り、イーヴァとベッキーがオレたちから離れていく。
「それじゃオレは買い物に行ってくる。お前ら、イーヴァをたのむぞ?」
「任せとけっておっさん!」
「……薙刀振り回して突撃していったお前が言うと、すごく不安になるな」
「なにおぅ!?」
くわっと年相応に感情をあらわにし、オレをにらみつける。
また薙刀をもつ手に力がこもり、今にもオレに飛び掛りそうだ。
「チャド」
「うぇ?」
「ランディのフォロー」
「えぇ……」
そう嫌そうな顔をするなよ……チャラそうな顔してるのにお前が一番まともなんだからさ。思わず、ため息が漏れた。




