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7th Sphere  作者: 竹永日雲
突然変異
15/40

15話 Money is the Evil

 野太い像頭が突き込んだ腕がずぶずぶとデッドミートの身体に沈みこみ、次いで引き抜く。

「これで五人目だ」

 その手のひらの中にはようやく酸素を得て咳き込みはじめる警備兵。デッドミートは人を救出するたびにどんどん大きさが縮んでいき、それでも身体からはあと二人分の腕や脚がもがいている姿が見えていた。

 また、何度も何度も繰り返された腕の出し入れによってすでにデッドミートは瀕死の状態であり、形は保っているものの絡みつく動作も力も最初のころには遠く及ばない。

 ただ、こうなれば取り込まれた人間も脱出が容易であろうとも思う……のだが、間違ってもオレたちを基準に考えてはいけない。

 どうやら人間世界、少なくとも王都では『泳ぐ』という文化は一般教養ではないらしい。近くにある水辺は川くらいのものだし、それに泳ぐ必要性がないから当然か。

 さておき、食いも食ったり七人分。他の場所も似たようなことになっているのではないだろうか?

 ずぼりと手を突き込む。取り込まれた人を救い出すのに腕や脚をつかまないのはけがを恐れてのこと、引っ張り上げるときに変にもがかれて脱臼や骨折でもしたら大変なのだ。

 そのまま二、三度デッドミートのねっとりした死体をかき回し、そして人をすくい上げる。

 ただ、飛び出た腕や脚に変化はない。

「八人目がいたか」

 オレの腕は樹木で覆われてしまっているので触感がない。だが手のひらにかかる重さからそれが子供であることを直感した。

 どろり、と。デッドミートからその子供が離れた瞬間、まるで計ったかのようにデッドミートが絶命。そしてその肉がぐちゃぐちゃに崩れおち、救い上げた少年の姿があらわになる。

「……っ!?」

「――イノ?」

 息を呑む。そしてそれがどういうことかを理解する。

 その動揺は胸に抱きかかえたイーヴァにも伝わったらしく、彼は不思議そうに眉を寄せる。

 だが、そんなことを気にしている余裕はない。手のひらを軽く閉じ、オレはその赤毛でよく目立つ少年が誰の目にも触れぬように隠してしまう。

 ――まずい。これは、絶対にまずい。

 背中に冷や汗が流れる。

 他のところでは似たようなことはまだ起きていないようだが、しかし、これが知られたら確実に騒ぎになる。

 そしてこれが知られれば、今夜と同じことがまた起きる可能性がある。

 いや、それどころかこれが知られたら今のオレみたいに、他のプレイヤーたちのモチベーションががた落ちする……?

「……すまない。いったん引く」

「お、おい? どうした? なにがあった?」

 オレの唐突な言動にイーヴァは不安そうに見上げ、しかしオレはそれを無視するほかない。

 なぜなら――手の中にいる瀕死の少年の額に、鬼人のような角があったのだから。



 オレたちが北門へと移動する最中、オレは回りに人がいないことを確認してようやく立ち止まり、そして少年を包んでいた手のひらをゆっくりと開く。

「イーヴァ、遅くなったが彼の回復を頼む」

「――えっ?」

 そしてイーヴァは、オレの手のひらのうえで気絶し続けているその少年を見た瞬間、あまりの出来事にぎょっと目を見開いた。

「お、おい……おい! これはどういうことなんだよイノ!」

 あの幼女狐は『推測を過分に含む』と言って理由を明かさなかったが、しかし確かにこれは明かせない。

 たとえ推測でも、たとえ仮定であったとしても。

「デッドミートの核になっていた――いや、デッドミートだった人間だ」

 こればかりは、あそこでは明かせなかった。

 あそこで明かしてしまったら、少なくない数のプレイヤーの心が鈍ってしまう。

 そして「もしかしたら今まで倒したモンスターも……」と疑心暗鬼に(おちい)るプレイヤーすら出てくる可能性がある。

 そう、デッドミートとは、本質的にはオレのこの樹木の腕となんら変わらない。

 デッドミートとは、人間が侵食され悪食となった結果の果てに生まれるモンスター……いや、デッドミートという、オレたちが選ぶことができない八つ目の種族なのだ。

 ――こう仮定すれば突然街中にデッドミートが現れた理由にもなる。

「くそっ、そういうことかよ」

 イーヴァが憎々しげに吐き捨てる。

 ゲーム基準でいえば『世界渡り』は才能だ。だからこそゲーム中でもこの世界でも王族はプレイヤーを召喚し対価を払ってまでプレイヤーの労働力を欲している。

 だが、一体誰がこの才能を持っているのはプレイヤーだけだといった?

 現在確認されているプレイヤー数は実に二百、そして今のところはこれ以上の人数は確認されていない。

 さて、七つ世界は公式ホームページの言葉を信じれば、一年前に同時接続数が八万越えを果たしたらしい。

 その発表からもう一年。そこからいくらか前後しているだろうし、オレたちが召喚されたときの接続人数なんてさっぱりだ。が、しかし最低でも八万人分の二百人――少なくとも四百人に一人の確率で『世界渡り』の才能が眠っている可能性があるという計算になる。

 そして、オレはあえてこの言葉をここで言おう。

「……今、オレたちが感じているこの全能感は、全部借り物で、全部ニセモノ――だったよな?」

 四百分の一、確率にして〇・二五パーセント。この都市にいったい何人住んでいるかはわからない。

 だが、それでも宝くじを買うよりは確実に『儲かる』確率。

 そして、その福の神たちを探し出す費用も商人からしてみればたったの四百ガルド(サーベル一・五本分)程度。

 きっと今回標的となった浮浪者たちはそれ(・・)を嬉々として受け取ったことだろう。

 それはまるで、チュートリアルでオレたちが貴重な六つの秘薬を受け取るかのごとく、レーションという名の侵食率を(・・・・)上げる(・・・)食料を(・・・)

「ああ、まったくもってその通りだったよ。だがな、イーヴァ」

 だからこそ、オレはそこからもう一度歩を進める。

「この全能感があるうちに、この怒りの感情が時間と共に風化する前に、オレはこの事件を引き起こした黒幕を捕まえる主人公(ヒーロー)になりたい」

「……なるほどね。こっちに来たのはそういう理由か」

 イーヴァがあきれたようにため息をつき、次いで小憎たらしい笑みを浮かべる。

「だけど、今回ばかりは嫌いじゃないぜ? そういう伊達男プレイ。アタシにも一枚かませろよ」

「……この伊達男め」

「ぶひゃひゃ! それ、イノだけにはいわれたくねぇセリフだわ!」

 久しぶりに、あのきったねぇ笑い声が夜空にこだました。

 ――まったく、オレは良い相棒を持った。

 これからのことを考え、オレは手のひらの上で気絶していた赤毛の少年をそっと路肩に寝かせ、身体が冷えぬようアイテム欄から毛布を取り出してさっとかけてやる。

 その間イーヴァは<治癒のルーン>を三重に強化、デッドミート化していたときに負ったであろう少年の傷を瞬く間に癒す。

「……これでひとまずは安心だ。そして今度は全力で行く。しっかりつかまっとけよ?」

「あいよ」

 オレの言葉と同時にイーヴァがオレの腕にぎゅっとしがみつき、オレは「ぶるる!」と唸り、ひづめを高らかに鳴らしながら駆け出した。



  [jump a scene]



 夜という時間、夜行性のモンスターを恐れ門番くらいしかいないはずの北門。

 その北門はプレイヤーが外に飛んで来るかもしれないという理由で常時開け放たれており、しかしプレイヤーはデッドミートに遅れをとることはほとんどない。

 つまりその場にいるとすれば――このデッドミート事件を引き起こした犯人だけ。

「――ちょっとばかり遅かったみたいだな」

 イーヴァが遠くを見つめ、憎々しげに言葉をはき捨てる。

 城門の傍では幼女狐――ヤコが数名のギルド職員や門番たちと共に立ちつくしており、そのさらに向こうにはぽっこりとふくらんだ腹が特徴的な男がぎらぎらとたいまつの光を反射させるなにか(・・・)で以って、裸の少女を盾にじりじりと後ろに下がっていた。

 だが、ヤコたちに気をとられているのが幸いしてか、そいつはまだオレたちには気付いていない。

「なぁイーヴァ」

 オレはこいつのゲーム時代の腕前を思い出し、次いで、こいつの元職業について想像を働かせる。

「なんだ?」

「お前――射撃訓練の成績はどうだった?」

「聞きたいか? ――県警の射撃大会で二十六位さ」

 その言葉にイーヴァは、にやりと小憎たらしい笑みを浮かべた。

「……それ、そんな顔で言うような成績でもないよな? いや、上位なんだろうが」

「言うなよー、せっかく格好つけたのにさー」

 イーヴァがくちびるを尖らせ、ぶーぶーと文句を垂れる。

「まぁいい。イーヴァ、<盾のルーン>を多重強化だ。光はオレが隠してやる」

「盾? ――ああ、なるほど。そっちの方が的はでけーし、狙いやすくはあるか。よーし、後先考えずクレッセントの侵食率思いっきりぶっこんちゃうぞー!」

 言うが早いか、イーヴァが<盾のルーン>を連続で詠唱し多重強化し始める。

 そして詠唱するたびに強くなるその光をオレは胸に抱きこみ、ぼうぼうに生えたその真っ黒で長い体毛を頭からかぶせ、さらには通常の獣人よりもさらにでかいその樹木の腕を遮光(しゃこう)壁として利用することで遮断する。

 ――体毛があるとはいえ全裸で幼女を抱きしめてるとか、自分のそのあまりの変態っぷりに思わず涙が出てきそうだ。

「……この場にメノウさんがいなくて本当に良かった」

「<盾のルーン><盾のルーン>……あん?」

「いや、なんでもない。それよりももっと近づくか?」

「そうしてくれるとありがたい。……<盾のルーン><盾のルーン><盾のルーン>……」

 胸元から響く彼の声を聞きながら、そして北門でにらみ合う商人たちに気付かれぬよう心を砕きながらオレは一歩、また一歩と足を進める。

「――クレッセント、残り侵食率一パーセント。イノ、いつでも良いぜ?」

「わかった。じゃぁ頼むぜ? 相棒!」

 遮光壁としていた手をのけ、体毛を振り払い、彼がルーンを飛ばしやすいよう彼が腰掛ける左腕を前方へすっと平行移動。

 瞬間、オレの胸の中が、まるで昼間みたいな明るさになった。



 ――月の民。

 妖精界に住む妖精(NPC)曰く、それは七つ世界がまだひとつの世界だったときのころ、妖精界に住んでいた精霊の末裔たちの名前だったとされている。

 彼らは月の光のごとく優しく輝く身体を持ち、真に魔法を理解し、ただ指を動かすだけで世界を改変していったという。

 しかし、七界大戦と呼ばれる戦争を境に彼らの名前は歴史から消えることになった。

 だが、なにせ詳細不明の七界大戦、月の民が歴史から消えたその原因は誰の知るところでもない。

 もしかしたら戦争の余波で滅亡してしまったのかもしれないし、もしかしたら月の民というその名の通り争いのない月へと上っていったのかもしれない。

 その真実を知るのは、もはや空に浮かぶ月だけだ。

「――なぁっ!?」

「――イーヴァ! なぜここに!?」

 それはまるで日中のような、淡黄色の光(ライムイエロー)を通り越して山吹色の光(サンライトイエロー)

 そのあまりにも強い光に当てられて、少女を人質に取る少女はもとより、商人とにらみ合っていたヤコたちが素っ頓狂な声を上げてこちらを注視。

 だが、今頃気付いてももう遅い。イーヴァが叫び、腕を振るい、針の穴に糸を通すようなコントロールで以って少女に向けてルーンを放つ。

「届け! 八十八倍! <盾のルーン>!」

 それは月の民と同じように、世界を改変すべく指先を動かして宙に輝く文字を描く。

 だがそれは月の民とは違い、断片的で限定的にしか世界を改変することができない。

 故に、その種族の名は――



 ――欠けた月の民(クレッセント)



  [jump a scene]



「――のう、主様や。勝手にいろいろしちゃうとかもしかして馬鹿なの?」

 どうやらヤコはキレると能面のように無表情になるらしい。それがたいまつの揺らめく炎といつもの小紋姿とがあいまってなんともいえない強面となっていた。

 そしてオレたちはそんな強面となったヤコの前にて粛々(しゅくしゅく)(こうべ)を垂れながら正座していた。

 しかもオレはちょうど<グロウアップ>の効果が切れ、全裸である。

 ――せめて服を着させてくれ。

 そんなセリフを言おうとしたが、しかし口を開いた瞬間にヤコがオレの太ももを踏みつけ、それ以上しゃべらせてくれなかった。

 どうやらオレが全裸のままなのは、一種の罰でもあるらしい。

 ……しかも、だ。彼女にとっては実利も兼ねているらしく、ヤコはオレの身体を凝視しまくっている。

 それはまごう事なきセクハラだ。が、彼女はそれを指摘する権利すらオレから奪い去り、口を開こうとするたび体重の乗った踏み付けがオレの太ももを襲う。

 ただ、さすがの彼女にもひとかけら程度の良心は残っていたらしい。おかげで手で大事なところを隠すことだけは許されている。

 ――なんの気休めにもならないが。

「確かに此度(こたび)のことを誰にも言わなかったのは失策じゃったと儂も思う。言わないが故、主様たちみたいにデッドミートの秘密に気付いちゃった人がこうやって乱入してくるかもしれないな~、とか、儂らも一応考えておった」

 ぐりぐりと、ヤコがオレを踏みつけている足でオレの太ももをなじる。

「でもの? まさか人質の少女を助けるために前代未聞の八十八倍<盾のルーン>飛ばしてくるとか、儂も思わなんだわ。そこんところどう思う? <グロウアップ>中とはいえ全裸の主様に力いっぱい抱きしめられるといううらやまけしからんイベントを儂よりも先に体験した電球女(イーヴァ)や?」

「はい……アタシも八十八倍はやりすぎたと思ってます……ごめんなさい……」

 ちなみに前回のクーデター時に飛ばしてもらった<盾のルーン>は侵食率最大値の一割強である十五倍。

 それで超大型モンスター並みの防御力を得ることができるというのだから今回イーヴァが行った多重強化がいかに阿呆らしいかがわかろうというものである。

 現に一瞬だけ少女の首筋に触れたナイフが少女の周りをくるくる周る<盾のルーン>に弾き飛ばされ、すさまじい速度で空の彼方まで飛んでいってしまった。

 またそのナイフを握っていた商人はそのときの衝撃によって左手首から先を複雑骨折。

 次いで骨折の痛みによって動けなくなったところを取り押さえられ、あえなく御用となった。

「うんうん、ちゃんと謝罪できるのは美点じゃ。――が、こういうときぐらいはこれまで超大型モンスターの狩りで培ってきた儂らギルド<モチヅキ>の組織力を信じてもらいたいものじゃな? そも、皆に教えなかったのはギルドだけで解決することができるという側面もあったからじゃよ? それにもう少しのところでライカンスロープ部隊が彼奴を脳震盪(ダウン)させられるところじゃったのに、それを……のう?」

 ちらりと、ヤコがオレの太ももをさらになじりながら背面を見やる。

 ヤコの背面では「目がっ! 目がぁっ!」ともんどりうつトレントライカンスロープのギルド職員。

 そしてそれに対して状態異常を治す<賦活のルーン>と、気休め程度の痛み止めとして<治癒のルーン>を飛ばし続けるクレッセントの姿。

 その光景から察するに、どうやら彼はこの闇夜を見通すため<シャープセンス>を発動させていたところにイーヴァのあの山吹色の光(サンライトイエロー)を直接見てしまったらしい。

 ――ところで、猫は瞳孔が開ききっているときに強い光を見ると失明することがあるらしい。

 思わず冷や汗が出る。

「まぁ、少女も無事に助けられたし、儂らの身内は全員<治癒のルーン>と<賦活のルーン>で治療可能ゆえ、ひとまずは良い。じゃがな? それは結果論じゃ。もしあの時少女でなく、あの商人にあの<盾のルーン>がかかったらどうするつもりだったんじゃ? え? のう、馬鹿で愚かな主様や?」

 ぐりぐりと、彼女の下駄の歯がオレを責めるように太ももに食い込む。

 オレはその痛みをこらえつつその質問に応答。

「そこはイーヴァの射撃能力を信じ――って! なんでオレがイーヴァにさせたとわかった!?」

「理由は二つ。ひとつ、ただの二択ゆえ、確率は五十パーセント。ゆえにカマをかけさせてもらった。そしてもうひとつは――」

 なんだろう? 三日月にゆがむ彼女の口元から察するに、壮絶に嫌な予感しかしない。

「儂、ついに気付いてしまったんじゃよ……あれ? 全裸の主様を見下すとか、足でなじるとか、罵詈雑言を投げつけるとか最高じゃね? と。じゃからもし間違っていたとしても儂としてはオールオッケーじゃ!」

「おい!?」

「くふっ! くふふっ! あまりの気持ちよさに儂、思わず気をやってしまいそうじゃ!」

「足をどけろ! 離れろ! そして服を着させろ!」

 ほおを上気させ、うっとりと恍惚の笑みをつくる幼女狐に実力を伴いつつ抗議。

「くふっ! くふふっ! よもや主様が儂の生足をなでな――いたいいたいいたい! 主様! ささくれ部分でなでなでしないでくりゃれ! じゃないと開く、開いちゃう! 儂の中の新しい扉がまた開いちゃう!」

「開くな! 全部閉じろ! そして足をどけろぉ!」

 そして相棒(イーヴァ)よ! お前もどん引きした顔で見てないで助けてくれ!



  [jump a scene]



 結局ヤコ――というか冒険者ギルドは翌朝、今回のデッドミート事件のことを「なぜ市街地にデッドミートが出てきたのか、原因は不明。ギルドでは現在原因を究明中」とだけ発表した。

 幸いにしてデッドミートの秘密に気づいたプレイヤーはギルドのほかオレたちくらいのものであり、その発表こそが事実となってプレイヤーたちに受け入れられていた。

 たぶん冒険者ギルドはプレイヤーに真実を明かすことは永遠にしないのだろう。今明かしてしまえばプレイヤーたちが疑心暗鬼に陥る可能性がある。

 そしてもし明かすとしても、それはプレイヤーたちがモンスターをモンスターだと完全に割り切ることができるようになったときか、それともプレイヤーたちの大半が自力でその事実に気付いたときか、だろう。

 ――こないでほしい、と思うのはオレのわがままだろうか?

 また、これは街中を歩いていたときに偶然耳に入ってきた噂なのだが、ある行商業を営む商人が『商売で不正を行い』それが『国家反逆の準備』だったため、拘束されてしまったらしい。

 今頃はそれを手伝ったとされる傭兵や部下とともに地下牢か、それともギロチンか。

 ただ、それをオレが知ることはできない。できれば知りたくもない。

「――のう主様や、そのローブではなくこっちのコートのほうが良いのではないかの?」

 ところでオレと幼女狐は今東区へとやってきていた。

 それは、最近頻繁(ひんぱん)に行う<グロウアップ>のせいで加速度的に減っていくローブを買い足すためと、昨夜冒険者ギルドの職務を妨害したことへの罰則として、である。

 イーヴァには罰則なしだったのにも関わらず、だ。

 そんな裁定を下したヤコに対し、ギルドマスターとしてそれはどうよ? などとギルドに意見したが、しかしすかさずギルド職員たちは「これでマスターがしばらく落ち着いてくれるのであれば……」と目をうつろにしながら回答してきやがった。

 ――聞けば、彼女は与えられた仕事はしっかりこなすが、しかし重度の放蕩(ほうとう)癖があるらしい。

 じゃぁさっさとジュウゴヤさんあたりにギルドマスターを譲り渡せよ、とも思わなくもない……が、ギルド内でそんな動きがないということは、彼女にはその放蕩癖を補ってあまりある仕事の才があるのだろう。

 げに恐ろしきは才能のある阿呆か。

 さておき。

「……下着姿の上にじかにコートを羽織れと?」

 オレはどこの変態だと、まるで鎧のかわりにもなりそうなミノタウロスの皮製コートを持ってきた幼女狐に言う。

「全裸コートの主様……いける!」

「いくな!」

 というかそのコートの値段はいくらだ。安物ローブですら一着二ガルドもするのに、オレにそんな余裕はない。

「いくな……はっ! これはもしや二度と儂と離れないという」

「帰らせてもらう」

「冗談! 冗談じゃ! そして全裸コートは決してふざけていたわけではないのじゃ!」

 彼女が必死にオレの腕を掴み、弁解を始める。

「このコートはいわゆるインバネスコートの一種で、日本では二重回しやとんびと呼ばれておる。もっとわかりやすく言えばケープつき袖なしコートじゃ。それゆえ主様にはもっともぴったりな服じゃと自負しておる!」

「どこがだ」

「主様よ、よーく考えてみぃ? 袖がなく、また肩口は大きく開いておるゆえ主様の腕も通しやすく、さらにこのコートの前あわせはボタンではなくベルト式! たとえ<グロウアップ>してもせいぜいでベルトがはじける程度、すなわち全裸という最悪の事態を防ぎ、なおかつ皮製ゆえ通常時は皮鎧として利用可能! そして全裸コートが嫌というならば重ね着すればよいのじゃ。――どうじゃ? 主様。冒険のお供に一着はほしくならん?」

「……ふむ」

 なるほど。この幼女狐もたまには言いことを言う。

「だがいくらだ?」

「うむ! ミノタウロスの皮製ゆえ簡易な防具にもなるが、しかし所詮(しょせん)は衣類。たったの四十ガルドじゃ!」

「却下だ!」

 たった一着にそんなに出すくらいなら安物のローブとイーヴァの<盾のルーン>で我慢したほうがましだ。

「というかなんでそんな高級品が東区にあるんだ。この辺りにあるのはほとんど平民向けだろう?」

「うむ。骨が飛ぶように売れると知った皆がミノタウロスやらウェアウルフやらグリフォンやらをがんがん狩り取ってくるせいじゃな。その癖プレイヤーはもとより冒険者たちすら命より金を惜しんで防具を買い換えぬ。故に骨のついでにとばかりに持ってこられた皮が市場に有り余っておるんじゃよ」

 けらけらと幼女狐は笑う。

「――などと、明るく言うてはみたが、しかし連日のように儂のところへ皮職人ギルドの偉い人たちが苦情と陳情にきておるのだ……はぁ。のう、主様や。儂を救うと思うて一着くらいは買ってくれんかの? こればっかりは、いくら金をばら撒いても解決せぬのだ」

 先ほどとはうって変わって意気消沈。

 なるほど、これは放蕩三昧に走りたくもなる。

「……やれやれ。ここ一月の稼ぎが飛んでいくな」

「お? おおっ!? さすが主様じゃ! 愛してる!」

「黙れ」

「くふっ! そのツンデレ具合、儂きゅんきゅんきちゃう!」

 そしてオレは、アイテム欄に溜め込んでいたガルド銀貨を四十枚、取り出した。

「――あ、そうそう、主様」

「なんだ?」

 店員に即金で金を渡し、その銀貨と引き換えで渡されたコートを羽織る。

 ふむ? 皮が分厚いせいで若干動きづらいが、しかし着続ければそのうち柔らかく伸び、身体に馴染んでくるだろう。

 またこれくらい分厚い皮なら狼の爪など通すことはないだろうし、<グロウアップ>してもそうやすやすと破けることはないだろう。

 そして破けるとしたら皮と皮とのつなぎ目から。修復は容易だ。

 ――だというのにこれで皮鎧よりも半額以上安い四十ガルド。存外に良い買い物だった。

「新しい服も買い、お金もなくなると仕事がしたくなるじゃろう?」

「……うん? いや、まぁ、そうだが」

 そこで幼女狐はにこりと、いやにやりと笑う。

 ――ああ、もう嫌な予感しかしない。

「実はあの腹黒タヌキが新しくプレイヤーを召喚したそうなんじゃよねー」

 嘘だ。

 一月以上プレイヤーを召喚していなかった王がなぜ今更になってプレイヤーを召喚するというのだ。

 つまり、王が召喚したというのは彼女たち冒険者ギルドの建前。デッドミートだった彼らを自分たちの陣営に取り込む方便。

 たぶんデッドミートだった彼らはすでに、彼女の手はずによってそのことがばれぬよう口裏を合わせられているのだろう。

 そしてさらに、彼女が今まさに頼まんとするその仕事は、デッドミートの秘密を知っているオレにとっては必然。

 ――なるほど、この依頼も含めて罰則か。

「右も左もわからぬ新人らへの研修、お願いできるかの?」

「この腹黒狐め」

「がふっ!?」

 オレが思わずつぶやいたその言葉の破壊力に、幼女狐は血をはかんばかりにのけぞった。

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