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7th Sphere  作者: 竹永日雲
突然変異
14/40

14話 Foolish consumer, foolish sellers

 <グロウアップ>解除後、今ならまだ間に合うかもしれないという希望を込めラードーン卿に少女が誘拐されたので救助してほしいという旨を説明すると、彼は部下を走らせオレの証言の裏を取らせる。

「――大変申し訳ありませんでした」

 そして裏が取れたとたんにこれである。

 この七つ世界の法律がどうなっているのかオレにはさっぱりだが、善意による行動は減刑ないしは免罪されることがあるらしい。前科三犯の経歴がつかなくて本当に良かった。

 だが、それをさしひいてもずいぶんと腰の低い貴族だな。

 警察は舐められるからという理由から謝罪を滅多にしない。それにオレの記憶が正しければ戦闘ができる魔法使いは数が少ないので、本来ならこんなところで(くすぶ)っているはずがないのだが。

 ……ひとつ、探ってみるか。

「いや、それがあなたの仕事だ。気にしていない……と、育ちが悪いのでね。口が悪いのは勘弁してくれ」

「御安心を。もう慣れました」

 慣れた、ということは素行不良――は、この態度だからないとして。大方人手不足あたりを理由に最近街の警備へと回ったのかもしれない。

 あれからほぼ一ヶ月、クーデターの傷跡はよほど根深いらしい。

「イノ!」

「イーヴァか!」

 その声の方へと振り返り、しかし彼らが誰も連れていないことに落胆。

「逃げられた、みたいだな」

「……わりぃ」

「ちょっと! イーヴァ君は私たちの分まですごくがんばったのよ? それを」

「知ってる」

「……え?」

 なにせオレはこいつの元職業を知っているからな。

 逃がした理由はたぶんこちら側とあちら側との基礎能力、いや質量(たいじゅう)の差。いくらプレイヤーとはいえ子供並に小柄なイーヴァではあの大男どもを相手取るには軽すぎる。

 そして先の発言から、メノウさんたちが対人に慣れていなかったのも一因だろう。

「それよりもみんな無事でなによりだ」

「無事じゃねぇよ……胸、触られた。尻、なでられた……っ!」

 そのときのことを思い出したのか、ゆらりと、イーヴァの周りに気炎が上がる。

「――あいつらぜってぇぶっ飛ばす! 成層圏までぶっ飛ばす!」

「そ、そうか」

 イラついているのはわかる。だが、元警察官がそんなこと言っていいのか? それは事実上の殺人予告だぞ? それとここには街の治安を守る警備兵もいるんだが……。

 イーヴァが捕まるのではないかと、恐る恐るラードーン卿を見やる。しかしラードーン卿は顔を引きつらせるばかりでぴくりとも動いていない。

「とりあえず、あの幼女狐に相談だな……ああ、ラードーン卿」

「はい?」

「この場合は詰め所と言っていいのか……ともかく方々(ほうぼう)への通達をたのんでも?」

「ええ、それくらいならば」



  [jump a scene]



「あの少女を見つけて、さらにその価値を知ってる奴がいる。たぶん商人だ」

 冒険者ギルド仮設本部のうち事務所に割り当てられたテントで、イーヴァはイスに座るなり単刀直入にその結論を述べた。

「それはまた……」

 太陽の光もほとんど通さぬ薄暗いテントの中、幼女狐ことヤコはランタンのほの暗い光に照らされながら困惑気味に眉を寄せる。

「ひとつ聞くが、お主がそう思う理由は?」

「単純さ。アタシのカン――と、そんなこと言っても信じねぇか。まぁ、いろいろあるんだが、イノがあの野郎どもに怒鳴り声を上げた瞬間、ビルって野郎がイノから少女を隠すように立ちふさがった」

「ふむ? じゃがそれだけでは理由にはならぬぞ?」

「最後まで聞けって。その行動だけなら別に特筆すべきことじゃぁない。ただ、その行動と共にビルはアタシたちに対して友好的に話してきたことが問題だ。しかも勝手にぺらぺらと自分の身分を明かしてな」

 後ろ暗い奴の行動だろう? イーヴァはさも当然のことのように言う。

「次――というかこれが決定打なんだけど、ろくな交通手段のないこの世界、積荷を護衛する傭兵が食いっぱぐれるとおもうか? 他六世界からの輸入品の出発点は必ず王都(ここ)なんだからさ」

「あっ……」

 その言葉にオレは思わず声を上げる。

 確かにそうだ。特に塩や鉱石の類はどの都市でものどから手が出るほどにほしいはず。

 しかも鉄は剣や鎧に、塩は日々消費する消耗品であり唯一といっていい保存料であり軍事物資だ、もしもを考えれば備蓄があるに越したことはないだろう。

 なるほど、イーヴァが彼らを疑っていた理由はこれだったのか。

「しかもどっからどうみても五体満足、使い込まれた皮鎧、また皮鎧を買えるほどの財政、イノが怒鳴り声を上げたのにそれに動じるわけでも連携を乱すわけでもない。事実戦ったときも冷静そのものだったし、ありゃそこそこ場数を踏んだ経験者で、しかも現役だな」

「……ああ、なるほどの。ギルド登録の悪用か」

「下手に登録料を無料にしたのが悪かったな。もしあいつらが自分らのことを傭兵と公言してなくて、皮鎧も着てなかったらアタシはわからなかったぞ?」

 ヤコもそのセリフに納得したのか額に手を当て、天井を仰ぐ。

「これが節操なくばら撒いたツケか……対策を考えておこう。それよりもお主、地球では探偵でもやっとったのか?」

「コナン・ドイルは学生時代の愛読書だったな。今じゃほとんど忘れてるけど」

 そしてイーヴァはあの小憎たらしい笑みを浮かべる。

「そんな元ホームズファンなアタシの推理によれば、あのビルを雇って少女を探させた商人がいるはずだ、という結論に行き着くわけだ。なにせ現役とはいえただの傭兵が足手まといになりそうな少女をほしがるわけがないからな」

「じゃろうな……はてさて、どうするか。補助金のおかげで余裕はあるゆえふたたび金をばら撒いて大々的に探すのは良いのじゃが……いまだ商人らは金もあるし声もでかい。下手につつくと被害はプレイヤー全員に及んでしまうしのう」

「やっぱむずかしいか?」

「魔法のアイテムとレーションはさておき、それ以外の消耗品を値上げされれば真綿で首を絞められるようなもの。足元は安定してきたが、それでも磐石とは言いがたい今、もしも力が弱まれば第二第三の貴族(ばか)が儂らを奴隷にしようと動き出すぞ?」

「詰んでるわね……」

「うむ。そのときは皆で他六世界へと逃げ捲土重来(けんどちょうらい)を期すしかあるまい。まあ、そのような事態にはさせぬがの?」

 彼女は顔をしかめながらもそんなことを言い、そして腕を組む。

「じゃがここからどうするべきかの……主様、なにか妙案は?」

「あるわけがない」

 第一オレはこういう駆け引きやら政治やらはさっぱりなのだ。

 そういうのは元社会人であるイーヴァやメノウさんに聞いてもらいたい。

「いっそのこと少女誘拐で警察動かすか?」

「警察、のう……主犯がわからぬ現状、金にもならぬ事件にあやつらが動いてくれるかどうか……」

「腐ってる……のか? そこのところどうよ? イノ」

「なんでそれをオレに聞くのか、意味がわからないが……貴族が警察の役目も兼任しているのであれば、十分腐っていると思うぞ?」

 正直先の出来事を思えば警察と軍の境界線自体が怪しいから、軍人である貴族が警察の役目も兼業していることはなんら不思議なことではない。

 そして先ほどから貴族貴族と言ってはいるが、貴族というだけあって平民よりは絶対数が少ないだろう。

 そんな希少階級が軍と警察を兼任? 阿呆らしい。絶対数が足りなさ過ぎる。

 すると考えられるのは一定以上の能力を持った平民が補助的に軍や警察機構に入隊している半官半民の体制であろう。

 そして貴族と平民の差を明確にするものは何か? その最たるものは待遇――すなわち名誉と金だ。

「それに平民から採用された警備兵はたぶん給与が少ないから、街の住人たちの心づけ(ワイロ)で生活してるんじゃないか? 優先的に警備する権利と引き換えに」

 そうでもなければ路地裏の貧民街に警備兵が滅多にこない理由にならない。

「……腐ってんのな」

「言うてやるな。彼らには彼らの生活がある」

 だったら貴族と平民に差をつけるなと言いたい。が、そもそも貴族は皆魔法使いという特殊技能職である時点で無理か。

 ――詰んでるな、平民。

「ここまで詰んだ状況だと市民革命を産業革命とセットで起こしてやりたいよ」

「主様、残念じゃが産業革命は大規模工場を建てる安全な土地がないゆえ不可能じゃ。よしんば北区(ここ)に立てたとしても資源の供給が追いつかん。一応は先代らがさまざまなノウハウを伝えていたらしく、産業革命一歩手前までの生産量はあるが」

 詰んでる。オレは顔に手を当てた。

 人手があり、資本があり、手動とはいえ機械がある。だというのに土地と資源がないとは。

「日本かよ……」

「よりもひどいの。現地調査のため街中を歩き回った者の話によれば、広く見積もっても一県分あれば上等とのこと。そこへきて都市から都市へと渡り歩く行商人や傭兵、周辺村々から出稼ぎに来る三男四男の多いこと多いこと。各区に立てられた建物の二割以上が宿場とか、主様どう思う?」

「アホか」

 道理で浮浪者が多いわけだ。

 いや、木造建築ゆえ三階以上の建物は相応のノウハウとそれなりの木材、そして少なくない金がなければ難しいのだ。

 それを考えればあながち多くもない? むしろ少ないほうかもしれない。

 さておき。

「話を戻そう。一番簡単なのはあの少女をあきらめて今後こういうことがないよう目を光らせることくらいだが」

「イノさん、それはちょっとひどいと思います」

「……だよな」

 ため息。

「いっそのことあの少女が他六世界に飛んだところを確保するか?」

「少女が逃げ出す危険があるゆえ、儂ならさせぬよ。よしんばさせたとして、金に目のくらんだ警備兵らに儂らの不利になるような証言をされてみい。すぐさま悪役になれるぞい? 数は暴力じゃ」

「やめてくれ。ただでさえ間違われて捕まりそうだったんだ」

「まぁイノの<グロウアップ>はまさしく悪魔みたいな容姿だからなぁ……狼の獣人だったらまちがいなく討伐されてたな。でっけーウェアウルフと間違われて」

「今はまだないじゃろうが、いつかは起きそうな事件じゃの。後ほど注意勧告をしておこう」

「怖いこというなよ……それよりもどうするんだ? 少女は捕まり、主犯は見当つかず、実行犯は逃げていき、そして警察は役に立たず……オレなら投了するぞ?」

「ううむ……のう、本当になにか妙案はないかの?」

「ない。イーヴァはどうだ? ホームズファンなんだろう?」

「元、な? でもこういうときは地道な聞き込みや追跡調査と相場が決まってる」

「聞き込み、か……証拠が固まるまで、先は長そうじゃの」

「犬さえいりゃぁアタシのワンピから追っかけられるんだけど……」

「警察犬なら<シャープセンス>で代用できようが、しかし嗅ぎ分けに相応の期間訓練がいるの」

「アホか。ただでさえ犬の訓練は半年以上かかるんだぞ? いくら人間でも訓練期間中に臭いが消える。あと野郎ににおい嗅がれるとかいやだからな? アタシ」

「じゃな……はぁ」

 なんだか話が行き詰ってきたな……オレはその重苦しい空気を嫌い、強引に話題を変える。

「ところでヤコ、少女一人だけで儲けられるものなのか?」

「むぅ? なにをいきなり……まぁ、儲かるの。荷駄車に乗せられるのは五百キロ前後が限界じゃが、その荷と共に少女を乗せれば荷が六百五十キロ前後運べる計算となる。さすればその分運送費が安くなるゆえ周りと同じ販売価格としてもその分の黒字が出るじゃろう。まぁ、アイテム欄の制限から運ぶものを選ぶがの?」

 商人が扱うもので代表的なのは塩や食料、嗜好品かの? ヤコが空を見上げながらつらつらと語る。

「ただし、五百キロという値は街中で一頭引きの荷駄車を引いたときのものじゃ。街から街へなどと考えれば食料もいるし、街中よりも足場が悪い。ゆえにこの計算よりもさらに上のもう、け、が――あ」

「あれ?」

「あらっ?」

 その一言がきっかけなのか。イーヴァ、メノウさん、ヤコの社会人組がほぼ同時になにかに気づき、声を漏らす。

「……のぅ、主様」

 あ、急に嫌な予感が。

「前回といい今回といい、それはもしかしてわかっていてやっとるのかえ?」

 くつくつと彼女は口元を袖で隠しながら笑う。

「まて。意味がわからない」

「やだ……まさかイノ君って天然?」

「……なぁイノ、お前はそれなりに知識があるんだからもう少し視野を広げて話そうぜ?」

 メノウさんは処置ナシといわんばかりに頭を振り、イーヴァがあきれたようにオレの肩に手を置く。

「……なぁレオン」

「僕に聞かないでくれるかい?」

「ハンガクさん」

「言っておきますが私、まだ高校生ですよ? わかりません」

 そして二人はオレの問いかけに対してさじを投げた。



  [jump a scene]



 夕暮れ、中央広場から東に少し歩いたところでは炊き出しの煙がもくもくと上がり、それがオレたちにもう夕食時であるということを知らせていた。

 炊き出しは元調理学校生や調理師資格を持っているプレイヤーたちの指示のもとに作られているらしく、少なくとも今食べているハンガクさんの作ったパン粥よりは旨いパン粥が出されている。

 ただし、日雇いの肉体労働者からしてみれば味は薄いし量が足りないとかなんとか。

 世の中ままならないものである。

「結局具体的な解決策も出せないまま一日が終わろうとしているが、あの幼女狐はどうするつもりなんだろうな。……ああ、イーヴァ、すまないがスープおかわり」

「はいよ。……さてね。まぁあの野郎どもの雇い主を見つける糸口は見つかったんだ。そっからどうにかこうにかこじつけて攻め立てるんじゃね? ほれ」

「まったく、あいつも良くや――イーヴァ、にんじん多くないか?」

「にんじんは栄養の塊だ。好き嫌いせず食え」

「むぅ……」

「うふふ、まるっきり夫婦よねぇ」

「ねぇよ」

「ねぇよ」

 オレとイーヴァはすかさず同時に否定。最近タイミングがよく合うせいかメノウさんがハッスルしすぎて困る。

 娯楽よ早く来い、と声を大にして言いたい。

「それよりもイノさん。スープのついでにお粥のおかわりはいかがです?」

「ああ、そうだな。もらおう」

 さすがにあまり旨くないという理由だけで捨てるのももったいない。オレはまだ中身の残っている皿をハンガクさんに突き出した。

「本当にいつもすいません――次こそは、かならず」

「お、おぅ」

 そこで無駄に闘志を燃やさないでほしい。

 そもそもここは近代や現代のように品質管理を厳密にしていない。大量消費の下地はあるが、しかしまだそこまで入りきれていないのだ。

 そのためどうしても一度に大量に焼いて保存する黒パンや具として使用している干し肉の質にばらつきがでてしまう。

 炊き出しのように一度に大量の食材を使えばそのばらつきもある程度なら無視できよう。が、たかが五人分でここまで安定して旨くない味付けにしているハンガクさんは十分健闘していると思う。

 ――ただ、そこまでできているのになぜか料理の腕前がそこからさっぱり上達してくれないだけで。

 まぁ、これを言ってしまうと彼女がさらに意固地になりそうなので言わないが。

 さておき。

「話を続けるが、その雇い主とやらはどうやって見つけるんだ?」

「単純だよ。儲かっているやつを探す」

「補足すると急にお金周りが良くなった商人か、新規参入してきた商人を探す、ね? たぶんこの世界にだって商人の組合かなにかがあるでしょうし、これなら目撃証言を地道に追いかけた末に主犯を絞るよりも簡単だわ」

 イーヴァの言葉にメノウさんが補足を加える。

「まず前提としてあの少女を他六世界に飛ばすと脱走する危険性があるからありえない。すると戦えないプレイヤーが長期的かつ最大効率で稼げる他の手段は都市間での物資運搬になるわけ。ここまではいい?」

「ああ」

「そして商人は少女を傭兵を使ってまで誘拐させたでしょ? たぶん他の人たちに同じような手口で引き抜かれないよう荷駄車に隠して働かせると思うのよね」

「ホント、そこらへんどーなってんだろうな」

「中世世界観だからいるとは思うんだけどねぇ、奴隷くらいは。……まぁ、そのあたりの調査は偉い人とイノ君に任せるとして」

「まて、なんでそこでオレが出てくる」

「しょっちゅうしてるじゃない、推測とか推察とか考察とか」

「しょっちゅうといわれるほど頻繁に推測を立てた覚えはないぞ?」

「そうかしら? でも今は頭の隅にでもおいておきましょう、重要なことじゃないし」

 そう言ってメノウさんはオレの反論をスパッと切り捨てる。

 解せん。

「さて、少女をそんなふうに利用して行商とか運搬の商売をするとどうなると思う?」

「それは……幼女狐の言葉を信じれば、儲かるだろうな」

「そう。まわりと同じように商売をしているくせに収益が倍近く(・・・・・・)になるほどにね?」

「――ああ、なるほど。わかってきた」

 つまり普通に商売しているはずなのに不自然に儲かりだした商人を探せば良い訳だ。

 だが、それには穴がある。

「元からその商人が儲かっていた場合はどうするんだ? たとえば元から少女が手元にいて、実はあのときは脱走していた、とか」

「逆に一時的に業績の下がった商人か、理由もなく三日以上商売を休んでいた行商人や運搬業者を探せば良いわ。収益が一切上がっていないように見せかけていても一緒、どうがんばってもどこかでボロが出てるはずよ? 商品の保管の問題もあるしね?」

「……まるで税務調査だな」

「まったくね。しつこいところとかそっくり」

 オレのそのセリフに微笑みながら、メノウさんが肩をすくめた。



  [jump a scene]



 その異変が起きたのは同日、虫がころころと鳴く静かな夜だった。

「ぅわぁあああああ!」

 それは夜の帳に響く絶叫。

 イーヴァも突然響いた悲鳴にオレへの説教を中断して眉をよせる。

「――また事件か?」

 オレは常駐させていたチャットウインドウに視線をやり、イーヴァは空中を二回叩いてウィンドウを表示させる。

 『召喚されたプレイヤーの意見交換広場』では先の悲鳴に対する情報を求める書き込みが下から上へと流れ、しかしだれもがなにが起きたのかをまだ知らないでいた。

「こっちはまだ情報が出てないな。イーヴァは?」

「まてって――こっちも関係ありそうな部屋はまだないな」

 イーヴァはチャットルームが新しく建てられていないかを確認していたらしい。

 しかし、収穫はゼロ。

「失礼するよイノ君、イーヴァ君」

 そこへメノウさんたちのテントで暇を潰していたレオンがやってきて、テントの前ではメノウさんとハンガクさんが警戒気味に周囲を見渡している。

「二人とも、さっきの悲鳴は聞こえたかい?」

「ああ。チャットを確認したがまだ情報が出揃っていない」

 しかしこうも情報がないということは、二ヶ月前のコカトリス侵攻のようなモンスターの侵入ではないだろう。もしかしたら食い詰めた者や土地問題で言い争っている者たちの間でなにかあったのかもしれない。

 いずれにしろ予断は許さないが。

「――ふむ? どうやら警備兵が動いたらしい。東区の表通りをこちらへ向けて走り抜けていったそうだ」

「ってことは傷害か殺人事件か。物騒だな」

「物騒って……今の今まで事件らしい事件が起きなかったのが奇跡だぞ?」

 なにせ炊き出し目当てに浮浪者が集まってきていて、なおかつあの幼女狐に『炊き出しをやめれば暴動が起きる』とまで言わしめたのだ。今日の飯のために血気盛んになるのは目に見えて明らか。

 そんなやつらがたらふく飯を食うための行動を起こさなかったほうが不思議なくらいである。

「大方、炊き出しを近いうちにやめるということに危機感を覚えた輩が金目当てに強盗でも犯したんだろう。そこに加えてあの幼女狐が金をばら撒いたのも効いたな」

「……は?」

 こんな話を聞いたことがある。

 それは日本のNPOがある国に医療支援をした時の話だ。

 その国は戦災国であり、地雷がいまだ多く残り、その被害を受けた後天的障害者がたくさんいた。

 そんな被害者に対して義足を作ったところ「乞食としてお金を恵んでもらえなくなる」という理由から貰った義足を隠してしまったそうだ。

「人間楽に生きたいから科学が発展したんだ。手早く簡単にできる方法があるならそっちをとるのが人間として正しい姿だろう? ……学生(こども)社会人(おとな)に言うのも釈迦に説法だろうが」

「んな阿呆――ああ、いや。少なくともアタシが言っちゃぁいけない、か」

 イーヴァが複雑な表情で頭をかきむしる。

 ……なるほど、そういうやつも嫌というほど見かけた、か。

 立ち上がり、イーヴァの乱れた髪を優しく()いてやる。

 足がぴりぴりするが、我慢だ。

「そう悲観するな。確かに悪意もあるが、しかし善意もまた、人間として正しい姿なんだ」

 そうでなければ義足を隠されてもなお無償の支援を行おうとはしない、それは純然たる事実だ。

「……はぁ。イノ、もっかい正座」

「なぜに!? おい、レオン! 見ていないでオレを擁護(ようご)しろ!」

「いやぁ、今のはイノ君が悪いんじゃないかな? 僕だって今のはちょっと卑怯だって思うし」

「どこがだよ!」

「そこが。としか言いようがないね」

 くすくすとオレたちを指差しながらレオンが笑う。

「――って、これかっ! くそっ! また妹をあやす癖が……!」

「さて、原因がわかったところでイノ。そこに正座。な?」

「ふふっ、さすがは元祖伊達男。僕にはマネできないや」

 くっ! 否定したいのにそれっぽいことに心当たりがありすぎて否定できない……!

 オレはしぶしぶその場に正座をしなおし、それを確認したイーヴァがふたたび腕を組んで説教を開始せんと口を開く。

 だが、ついぞその口から説教が飛び出ることはなかった。

「でっ! デッドミートだぁあああっ!」

 男の悲鳴。

 にわかに騒ぎ出す中央広場。

 そして常駐させたチャットルームに新しい情報が追加される。



『北区にデッドミートが複数出現、さらに何人か取り込まれた模様。救出のため応援求む』



  [jump a scene]



 デッドミート。

 別名を腐肉喰らい。

 それはあらゆる死体を粘土のようにこねて作られたかのようなグロテスクなディティールをしており、腐肉喰らいの名の通り死体を主食とする小型のモンスターだ。

 その造詣をイメージできないなら『じゅくじゅくに溶けた死肉製のスライム』を想像すればいかに気持ち悪いかが理解できると思う。

 しかし死体が主食というが勘違いしてはいけない、死体を好んで食べるというだけでやつらは肉ならなんでも食う。それこそ人間から大型モンスターまで幅広く。

 やつらが死体を主食としている理由は移動速度が恐ろしく遅いということ、モンスターの中では最弱であるということ、そしてその体内から逃げ出すことが比較的容易であるという条件が重なり、生き物を生きたまま捕食できないからだ。

 ――ここまでがゲーム知識。現場へと駆け出したオレたちは、警備兵が持ち出したたいまつで煌々(こうこう)と照らされたゲームとは違うそいつの姿に吐き気を催す。

 そいつは見るからに中型モンスター以上の大きさで、うぞり、うぞり、と幾本の触手を使って地面をゆっくりと這いずりまわりながら次の獲物を探していた。

 夜風にのってやってくるのは酸の臭いと鉄錆びの臭い。

 こぽり、こぽり、と鳴くように体をあわ立たせ、取り込んだらしい人間がもっていた棍棒を体外へと排出する。

 また、遠くでも同じような状況が発生しているのか、同じように四方八方から悲鳴が上がっている。

「――うぇっ」

 ハンガクさんがあまりの臭気と醜悪さに嘔吐(えず)く。

 また同様にオレも吐きそうになって、慌てて口と鼻をローブのすそで覆う。

 周りも大なり小なり似たような反応を示し、無事なのは後方のプレイヤーか、イーヴァのように死体に慣れたプレイヤーだけ。

「人質かよ……偶然にしろ攻撃しづらいな」

 イーヴァが眉をひそめながらポツリとつぶやく。

 やつの身体からは取り込まれたらしい人物の腕が見え、それがまるでおぼれたようにもがいている。

 警備兵もその腕が見えているからこそ、遠巻きにたいまつを照らすだけにとどまっているのだろう。

 いたずらに時間だけが過ぎていき――

「Mia flama bruligas la malamikon!」

 ――ごう! と、この停滞に痺れを切らした魔法使いが杖先より炎を噴出させる。

 その炎は中型モンスターをゆうに超えるそいつをまるまると飲み込み、中に取り込まれたであろう人間ごとローストにしてしまう。

「バカ野郎が! もし火事にでもなったらどうするんだ!」

 だが、その軽率な行為にキレた同僚の警備兵がそいつを殴り飛ばし、あわやというところで炎は止まる。

 デッドミートは焼かれてその身を少しばかり縮め、中に埋もれていた人間の手や足がさらに増える。その数からして、最低三人。

 しかし最初から身体の外へと突き出た人間の腕は皮膚が焼けただれ、今度こそ、ハンガクさんが吐き出した。

「――だめだ、もう見てらんねぇ!」

「まて! イーヴァ!」

 それは彼の正義心の暴走か、イーヴァがオレの制止も聞かずに飛び出した!

 そして彼は獲物を絡みとらんとするデッドミートの触手も気にせず身体に肉薄するや否やおぼれていたヤツの手をとって身体を引っ張り出す!

「――こいつ、あのときのセクハラ野郎!?」

 ようやく頭が飛び出て、その顔を見た瞬間にイーヴァは大声で叫ぶ。

 そいつは顔を隠すためにフード付きのローブこそ着ていたものの、紛れもなくあのときの男だった。

「ぶはっ! た、たすけ――あぶっ!」

 だが、引き上げた男に相手を確認する余裕はない。

 男は救いを求めようとイーヴァにしがみつき、外へ抜け出そうと踏み台にする。

 それが、彼らにとって大きな間違いだった。

「くそっ! 暴れんな! しがみつく――!」

 強靭な身体能力を持つさしものイーヴァも、大の男が死に物狂いで押し込めば抵抗もできない。

 ふたりはデッドミートから抜け出せぬまませり上がってきた肉に埋もれていく。

「<グロウアップ>」

 無論、オレはそれをよしとはしなかった。

 ローブが裂け、筋肉が膨れ上がり、体中には厚い体毛。

 また顔と下半身は山羊のそれとなり、あわせて身長が倍以上に伸びる。

 そしてついに獣人にして樹木の腕を持つという異形の中型モンスターとなったオレは、躊躇(ちゅうちょ)なくデッドミートの身体に手を突き込み、イーヴァの腰を掴んで強引に引き上げた。

「レオン!」

 引き上げたイーヴァはそのまま胸に抱き寄せ、彼にしがみついていた男は引き剥がして後ろに放り投げた。

「ちょっと!?」

 レオンの絶叫。だがそんなことはオレには関係ない。

「げほっ、げほっ! おえっ!」

「大丈夫か?」

「ぺっ、ぺっ……口の中がなんかすっぱい、身体中臭い、水浴びしてぇ」

「それだけ悪態付けるなら大丈夫か」

 オレもイーヴァにこびりついた酸と鉄錆の臭いに鼻がバカになりそうだ。湧き上がる吐き気に顔をしかめる。

 まったく、こいつも人のことが言えないくらい伊達男だな。

 オレは「ぶるる」と鼻を鳴らし、下半身に絡みつくデッドミートを取り込まれた人たちを探すついでに右手で振り払う。

「――すまない! 遅ればせながら手を貸そう!」

 そのとき、後ろからやってきた角の生えた狼頭の獣人が唸るように言う。

「助かる!」

 それを皮切りに、さまざまな特徴を持った象頭や馬頭、はては近接職ではないはずの(たか)頭までもがデッドミートを力づくで蹂躙(じゅうりん)し、取り込まれた人たちの救出を始めた。

 そしてその光景は、さながら野蛮な悪魔たちの晩餐会だった。

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