13話 Girl of ruinous beauty
オレの言葉を受けた幼女狐は大きくのけぞった後、この世の終わりのような表情でテーブルに突っ伏した。
「それで? もう半分の理由は?」
だがそんなことなどお構いナシとでも言わんばかりにメノウさんは質問を繰り出した!
メノウさん、死に体の人間に鞭打つとか、お前鬼だよ……。
「外道……はは! 儂、外道、だったんじゃな……外道……そうか、外道か……儂、このままここで腐っていくのがお似合いなんじゃなかろうか……もう、消えてしまいたい……」
いや、外道って言ったのは悪かった。が、どんだけメンタル弱いんだよ。
「……イノ君」
「マジか……」
「私に乗っかったのはイノ君だからね? その分の責任」
確かにそうだが……その分以上の責任を吹っかけられてるよな。これは。
こっちに来てから何回ため息を吐いただろう? ため息は幸せが逃げるというが、しかしオレはそうせずにはいられず、結局ため息を吐きながら幼女狐の頭を軽くなでる。
「ヤコ、そうは言うけどな、いつもお前が泥を被ってくれているからこそ今のオレたちがあるんだぞ? たとえお前が外道と言われようと、オレはそのことを誇りに思っている」
「うわ、落として上げるとか下衆の手口……」
「やだ、イノさん私の時とまるっきり同じことしてます……」
「妙に手慣れてるよな。まさか地球でも……」
「ぼ、僕もいつかイノ君の毒牙に……」
視界の端で四人がぼそぼそとささやき始める。というか下衆とか手慣れてるとかなんだ、オレには妹がいただけだし、それにほとんどの原因はメノウさん、お前だろうが。
あとレオン、それはない。絶対にない。
「……ほんと?」
「ああ、もちろんだ。本当にお前はすごいよ、かっこよすぎて惚れてしまいそうだ」
「ほ、ほんとにほんと?」
「そうじゃなかったら誰もお前の話なんて聞かないだろう? なにせ国中を相手に右も左もわからないオレたちを守ってくれてるんだ、これでも感謝しているんだぜ? お前は、最高のギルドマスターさ」
「……っ!」
彼女が、唐突に震えだす。
「ヤ、ヤコ?」
「儂の時代、キター!」
そして彼女はオレに頭をなでられたまま、見た目相応の笑みを浮かべて両の拳を天井に向かって突き上げた!
「くふっ! くふふっ! よもや主様から斯様にも熱烈な愛をささやきを受けるとは!」
「おい、なにが愛だ。調子に乗るな」
「くふっ! すまぬすまぬ! さて、もう半分だったの。よかろう、主様たちにも関わることゆえしっかと説明してやろう――あ、なでなではそのままで頼めるかの?」
「アホか」
「むぅ……主様はつれないのぅ。まぁ良い、もう半分の理由じゃな? もう半分の理由は単純にして明快じゃ」
そこにきてようやく幼女狐――ヤコは居住まいを正し、オレたちにその凜とした真面目な表情で、静かに口を開いて澄んだ声を発する。
「二日前に主様らが見かけたという狐の少女、儂ら冒険者ギルドはその少女の顔を知る主様とレオン殿の二名に、その少女の捜索をお願いしたいんじゃ」
「狐の少女、って……あの子を探すの?」
「うむ。推察を過分に含むゆえ詳細は省くが、実はその少女こそこの都市にくすぶる火種なんじゃ」
「ひ、だね……?」
「左様。下手を打てばふたたび国が揺れるゆえ、此度の依頼元であるタヌキからも内密に補助金が出ておる――どうじゃ? これでその少女の危険性くらいは察せたかの?」
ヤコはまるで世間話でもするかのような気楽さでその重要すぎる情報をオレたちに打ち明けた。
だがなるほど、科学の発達した地球ですら人を探すには最終的に人海戦術に頼るほかない。そうすると彼女はただ宣伝のためだけにあんなに闇雲に金をばら撒いていたわけではなく、少しでも人手を集めるために大盤振る舞いをしていたのだろう。
――これじゃまるで懸賞金のかかったツチノコだな。
「でも、顔もわからないんでしょ? そうなると成りすましとか人違いとか」
「なればこそ、それをさせぬために少女の顔を知る主様らにお願いしに来たんじゃよ?」
「ああ、なるほど。面通しか」
「うむ、正解じゃ。それにその少女は主様らに自分を買わぬかと違法売春を持ちかけたらしいからの。血眼で捜す者どもよりは一度会ったことのある主様らのほうが捕まえやすいのではないだろうか? などとも考えておる」
突然彼女が放り投げた爆弾に、場の温度が一気に五度ほど下がった気がする。
「――なぁイノ、今晩、ちょっと二人っきりで話そうか」
ああ、これが性犯罪者を見る警察の目か……いやそんな冷静に感想を述べている場合ではなく!
「まてイーヴァ! お前は今、絶対に勘違いしている!」
「主様と二人っきりとか……儂許さんよ?」
「なんでお前もメノウさんにエサを与えるようなこと言うかな!?」
「三角関係! 夢にまで見た三角関係だわ! 店長! エールもう一杯!」
「ええい! お前はいい加減に自重しろぉっ!」
[jump a scene]
いまだ騒がしいギルドで山積みの塩と追加分をふくんだ報酬六ガルドを受け取り、オレたちはその足で東区へと向かう。
なお幼女狐は次の仕事があるとかで、そのままジュウゴヤさんに引きずられていってしまった。
彼女はテントに連れ込まれるその最後までオレたちについていくとわめいていたが、しかしオレとしては非常にありがたい。
なにせ彼女のせいで今晩の説教は確定、今日は厄日だ。
ああ、元警察官の説教とか……想像しただけで気が滅入る。
「それでイノ君にレオン君、狐の少女ってどんな子なの?」
「あー……」
オレは二日前のことをゆっくりと思い出す。
「白い眉に、くすんだ金髪……だった、よな?」
「えっ? 僕に振られても知らないよ。あのときの僕はイノ君みたいに冷静じゃなかったし」
「おいおい、たのむぞ本当に……。とりあえずオレが覚えていることといえば、すごいずたぼろの服を着ていて、がりがりで、イーヴァ並に背が小さかったな。あと胸も」
「青少年健全育成、いや、この場合は児童買春……」
「ねぇよ」
元警察官が剣呑な目で青少年健全育成とか児童買春とか、身に覚えがなくとも背筋が凍ってしまうではないか。
「まぁまぁ、イノ君がロリコンなのは確定として」
「ねぇよ!」
「とにかく。くすんでるとはいえ金色の髪なんて珍しいわね、しかも眉は白なんでしょ?」
「ああ。あの時はプレイヤーがやっているのかと思ったが……これまでのヤコの言動から言って現地人、なんだろうなぁ……」
なにせプレイヤーは高給取りだ。あんな栄養不足な身体になることも、みすぼらしい格好で売春をする理由もない。
「現地人……ねぇ? ちょっと眉唾よね」
「まぁ、な」
これが現実であると言われればそれまでだが、しかし『ゲーム基準で言えば』現地人がプレイヤーと同じように侵食率が上がることはなかった。
さらにギルド本部でレーションが売られているにもかかわらず、現地人がプレイヤーのように侵食率が上がったという話もこの一ヶ月間ついぞ聞いたことがない。
……いや、後者は値段が高いのが原因か。誰だって一ガルドもだして一食分の食料になるかどうかのレーションなど、オレたちのような理由でもない限り買うこともないはずだ。
そもそもレーション自体、あまり旨くないし。
「だが、もしそれが本当に起き得ているのであれば商人としては千載一遇、一攫千金の大チャンスだろうな」
なにせ本当に実在すれば、先ほどのオレたちと同じように安全かつ短時間で大量の塩を運ぶことができるのだから。
塩湖から取り出した塩をモンスターから守りつつ運び出す苦労を知っている商人ならば、それはそれはのどから手が出るほどにほしい逸材だろう。
しかも各々のプレイヤーは傭兵かそれとも騎士並の戦闘力も持っているため護衛として扱うのにも申し分ないし、オレたちを殺すのは難しいので死傷による熟練者の喪失というリスクも少ない。
なるほど、商人が高級住宅を与えてまで先代プレイヤーを囲い込んだ理由が良くわかる。
「そして一人いるということは他にもいる可能性があるわけで……ああ、なるほど。たしかにこれは神隠しと人身売買で国が荒れる」
そしてもっとも最悪なのは軍人でもある貴族がこの人材発掘レースに参加することだ。
嫌な信頼の仕方だが、前回のクーデターを鑑みるに遠からず彼らは武を唱えて街を蹂躙し始めるだろう。
「嫌なゴールドラッシュだな。――そういやこの世界の人身売買に関する法律ってどうなってんだろ?」
「その問題はちょっとデリケートだな。後でヤコ……いや、ジュウゴヤさんにでも聞いて来い。チャットで他人の憶測交じりな解釈が入ったらシャレにならん」
「そうする」
「あーもーいやだいやだ。前のコカトリスといい今の話といい、さっきからきな臭い話か生臭い話しかないじゃない。どこかに甘酸っぱい話は落ちてないかしら。ねぇ? イノ君」
「娯楽がないのがつらいのはわかった。だがお前は自重しろ、な?」
「はいはい」
そしてメノウはちろりと舌を出す。
――畜生、やっぱりわざとか。
北区と東区を隔てる城門をくぐり抜けると、そこにはいつも以上に活気あふれる東区の姿が目に飛び込んできた。
いや、これは活気というか……。
「畜生! 邪魔すんな! これは冒険者ギルドの依頼なんだぞ!」
「それとこれとは話が別だ! 恫喝と騒乱の罪で拘束する!」
逆に治安を乱してるじゃないか。思わず顔が引きつる。
目の前では急所だけを保護した金属製の軽鎧を着た騎士然とした男たちが、みるからにみすぼらしい服を着た男たちをその長い棒にて地面に組み伏せていた。
恫喝と騒乱ということは、彼らは狐の少女を探すために客引きの店員や行きずりの市民に対してあの地面に落ちている棍棒らしき木の枝で脅してまわったのかもしれない。
聞き込みにしてももう少しやりようがあっただろうに……。
「阿呆だな」
「そう言ってやるなよ。大金は人を変えるんだ」
「あら。イーヴァ君、それは実体験かしら?」
「……あまりにも阿呆らしいから聞いてくれるな」
ああ、元警察だもんな。そういう事件も経験してたのか。
自嘲気味に笑うイーヴァと、その言葉に一人納得したオレをメノウさんは交互に見て、メノウさんは肩をすくめる。
「じゃあ聞かない。二人だけの秘密ってヤツみたいだし」
「ねぇよ――って、クソ! 一応事実だから困る!」
「あらあら。ラブラブね」
「ねぇよ!」
イーヴァが眉を吊り上げながらメノウさんの言葉を否定する。
……だがイーヴァよ、顔を真っ赤にしながら怒鳴り散らしても逆効果だと思うぞ?
「イノ君、せっかくだし僕たちも二人っきりの秘密を」
「ねぇよ」
というかレオン、ここで自分もとばかりに攻めてくるな。
「それよりもだ、オレたちはオレたちで例の少女を探すぞ? 一応、あの幼女狐じきじきの依頼なんだからさ」
「……それもそうね。私も深く考えずお金を貰っちゃったし」
そう、オレたちはすでに『うみのいえ』にて、前金三ガルドを貰っていた。
だからこそ、それだけ貰ったからには一定の成果を上げないと面目が立たないわけで。
「浮浪者らしいから普通に考えて路地裏、かしら?」
「これだけの騒ぎのなか、いると思うか?」
メノウさんの考えをオレは即座に否定する。
周囲を見渡せば二日前にはいなかった騎士然とした警備兵らが鋭い眼光を光らせながら警邏しているし、先の争いを見ていた冒険者たちはまるで隙を探すように剣呑な目をしながら路地裏へと入り込む。
幼女狐は人海戦術と言っていたが、これで保護できると考えているほうがどうかしている。
……まさか、また腹黒なことを考えているんじゃないだろうな?
ふと沸いたその疑問を即座に否定できないあたり、彼女も貴族と同じく本当に嫌な方面で信頼が高い。
「だが、浮浪者、という手がかりしかない手前、行くしかないんだろうなぁ……」
「でしょうね。とりあえずイノ君がその少女を買ったっていう服飾店を中心に探しましょ?」
「あえてもう一度言ってやる。オレは買ってないからな?」
前回あの少女にであった服飾店のそばに到着するや否や、オレたちはその服飾店のわき道を通って路地裏へと入り込む。
路地裏、とはいうが、ここは住宅街でもあるため表通りと同じく行きかう人は多い。
ただ、そこに居るのはもっぱら軒下で暮らす浮浪者やら売春婦である、というのは大きな違いか。
「うあ……」
ハンガクさんが異臭に眉をしかめる。
どうもここに住む彼らは風呂に入っていないらしい。ちょっと道をそれただけなのにすえた汗の臭いと煙で燻したような臭いがあたりに充満している。
――入浴料は十五サンド。なるほど、なんでここまで入浴料が安いのか、その理由が今わかった。
たぶん、過去のプレイヤーたちが長い時間をかけてどれほど衛生観念が大事なのかをとうとうと説いたのだろう。だからこそおまるとはいえ公衆トイレがあるし、入浴代も一食の食費よりも安いのだ。
だが、ここにはそれすらも惜しむ人が多いらしい。
それほどまでに貧しているのか、それとも……オレは、ちらりと売春婦を見やる。
そのとき売春婦の一人と視線がかち合い、彼女は笑顔で手招き。
「……イーノー?」
しかしこっちの彼女――いや、彼はそれすらも許さないらしい。
オレは肩をすくめ、彼女は「変態かよ……」と舌打ち。
すぐさま「違う!」と否定したかったが、しかしその前にイーヴァがぼそりと一言。
「今晩、マジで説教な?」
「今日は、厄日だ……」
あらあら。と、こんな劣悪なところにいても元気なメノウさんのにやけ顔が、やけに頭に残った。
[jump a scene]
少女を探すために路地裏を歩いていると、そこの住人から投げかけられるのはそのほとんどが警戒の視線だった。
無理もない、なにせ今のオレの腕は樹木という異形だし、頭には角さえ生えている。
同様にイーヴァは悪名高き淡く輝く髪を持っているし、メノウさんは左腕に小盾がくっついている。ハンガクさんは言わずもがな、額に角だ。
唯一外見が一般人と変わらないのはレオンだろうが……彼女はどこの王子様だといわんばかりの容姿のせいでどう考えても場違いである。
そんな違和感しかない集団に誰が話しかけようというのか。
仮に話しかけようとしても彼らはそそくさと逃げるか、商売の話しかしてくれない。
とはいえまさか建物の中まで入っていって中の住人に話を聞くわけにも行かないだろう。大体この時間は男なら仕事に出かけているし、女なら部屋にこもって機織りだ。
ふと天上を見やる。太陽の傾きから明けの九時か……だんだん順応してきたとはいえ、いい加減時計がほしいな。
いや、オレの使っているあの短いナイフでも一ガルド半もしたんだ。高望みはすまい。
……でもほしいなぁ。
「イノ、なにぼーっとしてんだ?」
「――ん? ああ、すまん。ちょっと考え事を」
「なるほど。さっきのお姉さんのことを考えてたのね」
「ねぇよ」
たしかにすらっと伸びた太ももやへそが見える扇情的な服装だったのは良いし、周りよりは儲かっているのか栄養状態や血色が良いのもマルだ。顔も野暮ったくはなく、低く見ても中の上といったところだろう。
だが、オレはその辺に関してはシビアなのである。
「最低でもあと二つ」
「イノ、それ以上しゃべったらセクハラとみなすからな?」
「おーけー。もう言わない」
「むふふ! イーヴァ君、もしかして嫉妬かにゃー?」
「<噴出の――」
「ごめんなさい、謝るからこんなところで吹き飛ばすのはやめて?」
「……ったく、いい加減自重しとけ。な? メノウ」
「はーい」
イーヴァの忠告に対し、メノウはふたたびちろりと舌をだす。
畜生、またわざとか。
「……それにしても全然見つからないね」
「だな。どうする?」
「どうするといわれても……イノ君、どうしよう?」
「質問を質問で返すなよ……イーヴァたちはどうする?」
「んー。アタシはもうちょっと探したいかなぁ? さすがに子供が売春とか放っておけないし」
「私もようやく鼻が馬鹿になってきたので、まだまだがんばれます!」
「ちょ、ちょっとがくちゃん!? あなた今晩の料理当番」
「めのちゃんお願いわかって! 私どうしてもみんなの役に立ちたいの!」
それは最近弓の上達が芳しくないという彼女の負い目からきているものなのか。彼女はむふん、と鼻を鳴らして決意とやる気をあらわにする。
――夕飯は食えるだけまし。今からそういう心構えでいよう。
それは、ハンガクさんのやる気に天が答えた結果なのか。
「おい、暴れんな!」
「――っ! ――っ!」
はたまたこの稚拙な劇の台本を書いている作者が悲劇を書きたくなった結果なのか。
いや、どちらにしろ悪運なのには変わりない。
「――おいっ! お前らなにしてる!」
オレは目を疑うような光景に声を張り上げる。
目の前にはあのときであった狐の少女。
しかし彼女は身なりの良い服装と、使い込まれた皮鎧で武装した四人の大男たちによって口を押さえ込まれ、四肢を拘束され、今まさに誘拐されんとしていた。
「まぁまて。オレたちは君たち悪食と同じ冒険者ギルドの者だよ。依頼でこいつをギルドまで連れて行くだけさ。ほら、これが証拠のカードだ」
そう言いながら前へと出てきた大男の手には銀色に輝くギルドカード。
しかし、オレたちとその男たちとの間にはかなりの距離があり、そのギルドカードの真偽などわかるわけがない。
「<シャープセンス>」
しかしすかさずハンガクさんがその覚醒技の名前をつぶやいた。
「ビル、人間、F、傭兵――うそ、本当に本物……?」
だが彼は、いや彼らは冒険者ギルドに登録をした者たちのようで、ハンガクさんは呆然とその銀色に輝くギルドカードに視線を送り続ける。
「言っただろう? あんまり暴れるんでちと手荒く扱っちまったが……まぁ、これで十ガルドはオレたちのもんだな」
がっはっは。とビルは豪快に笑う。
「身分はわかった……が、同じギルドとして、誘拐まがいは感心しないな」
「それは言ってくれるなよ、おちびちゃん。学のないオレたち傭兵あがりの貧民にお嬢様方のエスコートなんぞできると思わんでくれ」
「口悪すぎ。でも納得したわ」
先ほどまで身構えていたイーヴァは肩から力を抜き、肩をすくめる。
「でもせめて、その子にこっちの事情を話したらどうだ? いくら無知ゆえの弊害とはいえ、警備兵が飛んでくるぞ?」
「あいつらなんぞ、よっぽどのことでもない限りこんなところまでこねぇよ。なにせ道端で人が野垂れ死んでても、クソの回収人が最初に見つけてようやく腰を上げるくらいだ」
「……最悪だな、それ」
イーヴァが顔をしかめる。
それが本当なら最悪二日はそこらへんに死体が放置されるわけか……いや、場合によっては見つからないまま白骨化するのだろう。
どうやら衛生観念が頑なに守られているのは表通りまでで、路地裏はそれ相応にゆるいらしい。
よく今まで疫病が流行らなかったものだ、もしもの恐怖に身震いしてしまう。
「だろ? ……おっと、いい加減ギルドにいかねぇと宿が取れなくなっちまうな。じゃぁ、あばよ」
「そうかい。それじゃアタシたちも一緒に」
「おいおい! まさか自分らにも分け前を渡せってか? 冗談はよしてくれ! こちとらこのメンバーで登録してんだ、いまさら『人数増えました』じゃ報酬が下がっちまう!」
「なめんな。今日だけで九ガルドも稼いだんだ、いまさらいらんわ」
「へっ! やっぱ悪食の皆様方は儲かってるんでございますねぇ!」
ビルはいやみったらしく敬語を使う。
「わかったらさっさと行くぞ……ん? どうした、行かないのか? 十ガルドがお前たちを待ってるぞ?」
オレはそのとき、イーヴァがあの小憎たらしい笑みを浮かべたのを幻視した。
――あ、こいつビルの話なんてさっぱり信用してないな?
さらにイーヴァは彼らに話しかけながらもじりじりと距離を縮めていたようで、気付けば彼はオレたちとビルたちとの間に立っていた。
その距離は、プレイヤーの身体能力なら一瞬で彼らに肉薄できる距離だ。
お前どこの警察――あ、そういえば元警察官だったな。手際がいいというか、油断も隙もないというか。
「つーかさー、そろそろ女の子を離したらどうだ? この子だってギルドで保護するって言えばおとなしく付いてくると思うんだけど」
ビルが後ろの男たちに目配せ。男たちはそれだけで理解したのかうなずきあった。
「まー、それもそうだな」
ビルの合図と共に少女の拘束が解かれ――瞬間、男の拳が少女の身体にめり込む!
「なっ!」
イーヴァが駆け出そうとするが、しかしビルのその巨体にさえぎられ、少女の救出は間に合わず。
そしてその隙を見逃すはずもなく、男の一人は気絶した狐の少女を抱えて走り出した!
「ハンガク!」
「――ごめんなさい! 射線が通らない!」
常時覚醒技の効果によって投擲武器と化した飾り羽根を片手に、ハンガクさんはそれを投げるのをためらう。
メノウさんとレオンはイーヴァに加勢せんと飛び出した。
そしてオレは。
「やつはまかせろ! <グロウアップ>!」
身体を膨張させ、ローブを引き裂き、巨大な山羊頭の獣人となって男たちを飛び越え、狐の少女を救うべく主人公のように駆け出した。
[jump a scene]
まさか図体のでかくなったオレを巻くためにせまいわき道を通り、さらには表通りまで逃げるとは思わなかった。が、そんな十分ほども続いた鬼ごっこももはやこれまで。
オレはその体格に似合わない軽々とした跳躍で少女を担いだ男の頭上を飛び越え、ずぅん! という地響きと共に着地してそいつの行く手を阻む。
「逃がさん」
獣が唸るような自分の声。
それは傭兵で数々のモンスターと退治したその男ですら恐怖を抱く異形であったようで、男は短く「ひっ!」と声を漏らす。
「なにがどうなってお前が逃げたか、そんなことオレは知らん。が、少女を渡して」
「Flamo de ekzorco igxi kuglo murdi cxi tiu malamikon!」
朗々たる詠唱と、ごう! という音にオレは反射的に横方向へと飛びのく。
刹那、オレの頭があったところを炎でできた弾丸が通り抜けていく。
「魔法!? 貴族か!」
とっさに振り返り、弾丸の射線をたどる。
射線の先には大杖を構えた赤い髪の美丈夫がオレの顔をにらみ上げていた。
その美丈夫が着込む金属製の軽装鎧には千頭の蛇が天へと上る紋章が装飾されており、なおかつ両手で構えたその立派な金属製の大杖が、彼が魔力も身分も相応に高い貴族であるということを雄弁に物語っていた。
どうやらオレは気付かぬうちに、周囲からこれほどの人物が出張るほどの脅威と認識されていたようである。
オレが<グロウアップ>中とはいえ魔法の使える騎士をよこすとか、いくらなんでも買いかぶりすぎだろう。
「そこの渡り人よ! これより一般市民への暴行未遂と器物破壊未遂、そして騒乱の罪で拘束させていただく!」
渡り人とはたぶん世界渡りの才能をもつ者たちのことであろう。悪食と呼ばれるよりはましだが、しかしこれはこれで流浪人を連想してしまう。
そして騎士は杖を大きく掲げる。
「抵抗する場合は今度こそ、我がラードーン家に伝わる劫火をお見舞いさせていただく! あなたに抵抗の意思は有りや! 無しや!」
「……投了だ」
ここで騎士と、貴族ともめるのは得策ではない。そう判断したオレは<グロウアップ>したまま降参の意を示すように両腕を挙げる。
狐の少女を連れた男はもう逃げていってしまった。
現在周りの人々よりもはるかに高い身長を誇るオレが瞬く間に見失ったのだ。たぶんふたたびわき道へと入っていってしまったのだろう。
あとはイーヴァたちに託すしかない。
ああ、いや、それよりも――ついに前科一犯。いや、罪は三つだから前科三犯か?
いやいやそれよりイーヴァたちはオレを迎えに来てくれるだろうか? でもイーヴァなら元の職業的に「牢屋で頭冷やしてろ」とか言いそうだよなぁ……望み薄か。
そんな、これから遭うであろう出来事を想像し、オレは「ぶるぅ……」とうめくようにため息をついた。




