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7th Sphere  作者: 竹永日雲
突然変異
12/40

12話 Fox and Salt

 幼女狐とわかれて二日。

 あれから事件が始まるのかと身構えていればそういうわけでもなく、食器洗いをすっかり忘れていたオレとレオンがイーヴァに怒られた程度。

 またレオンの推測どおりメノウさんも激痛から回復し、短い休息を終えたオレたちは今日も芋の子を洗うがごとき盛況ぶりの冒険者ギルドにて依頼を受けることにした。

「これより近隣農村からの大規模モンスター駆除依頼の受付を始めます! 依頼を受ける方はこの列にお並びください!」

「モンスターの素材や薬草類の買い取りカウンターは隣のテントになります! こちらは受付と清算専用のテントですので買い取りはできません! モンスターの素材や薬草類の買い取りカウンターは隣のテントになります!」

 ギルド職員が叫んでいるのは、最近プレイヤーに混じって浮浪者らしき人や魔力を持たない人たちが依頼を受けに来ているためだ。

 そして彼らはすべからく文字が読めないらしい。依頼が張り出された掲示板の前で「なんて書いてるんだ?」とギルド職員に(たず)ねながら依頼を選択する人たちの姿が見られる。

 この世界の識字率がどうなっているのかは不明だが、屋台や服飾店では普通に文字を使っているので少なくとも人口の半数以上は読むことができるはずだ。

 だがギルド職員に依頼の内容を尋ねるその顔ぶれを見る限り、少なくともこの世界には無償で文字を教えてくれる日曜学校的なところはないらしい。

 前々から思っていたがこの世界に宗教というものはないのだろうか? まぁ、あったらあったでオレたちの活動が制限されてしまいそうなので邪魔なだけなのだが。

「とりあえずメノウ君は病み上がりだし、簡単な依頼を受けて身体を慣らしていこう」

「病み上がりって……もともと病気じゃないんだから私に遠慮しなくてもいいわよ?」

「でも体力はかなり使ったでしょ? だってドラゴンハーフだし」

「うぐ……」

 メノウさんが言葉を詰まらせる。

 どうやら図星らしい。

「というわけで今日は基本の運搬依頼を受けよう。一番簡単なのは海底遺跡から塩の運搬かな?」

 海底遺跡はその名の通り海底に遺跡のある、陸地にはまったく敵がいない他六世界のうちのひとつだ。

 ゲーム準拠のままならば、遺跡から貴重な武器や防具をサルベージしたりアーマードの侵食率を上げるレーションの素材を採取するためのエリアである。

 なお最近知ったことなのだが、この世界の塩の一部はその世界に建造された塩工場によって賄われているそうだ。工場運営は当然ながら今代のギルド職員たちになる。

 国としては大量の人間を雇用し塩湖から塩を採取して運搬するより、数十名のプレイヤーでもって生産、輸入するほうが安上がりで儲けも出るらしい。

 ――だが、雇われている当のオレたちは「危険がない」という理由だけで日当が安めに設定されていたりする。

「まったくもって理不尽だな……」

「うん?」

「いや、なんでもない。イーヴァ――は痴漢に会いそうだな。レオン、受注用紙をとってきてくれるか?」

「いいけど……僕をこの人ごみの中に放り込むとかやっぱりイノ君は鬼畜だね。いや、この場合は伊達男かフェミニストかな? ああ、でも僕も一応、女の子なんだけどなぁ?」

「うっせ。早く取って来いよ、親友」

「ふふっ、了解」



  [jump a scene]



 経費として渡されたルイスの鍵にて世界を渡り、オレたちが降り立った先は灼熱の太陽に焼かれる真っ白な砂浜。そして眼前には限りなく広がり続ける真っ青な海。

 ふと陸地に視線を向ければ、たぶんハイビスカスだと思われる真っ赤な花が咲き誇り、その隣には『うみのいえ』と日本語で書かれた掘っ立て小屋が一軒、ぽつんと建てられている。

 その中で焼き魚やらラーメンらしき料理を口にしているのは、オレたちと同じようにこの世界にやってきたプレイヤーたちだろう。

 その何人かの(かたわ)らには釣竿や(もり)がおいてあるため、アーマード用レーションの素材を捕りに来たのだと思われる。

 ――そう、このどこぞにありそうな平和な浜辺の光景こそ、七つ世界のひとつ、海底遺跡である。

 だが真夏よりも厳しい日差しの太陽に(あぶ)られて、どうも貧血気味らしいメノウさんはくらりとよろめきハンガクさんに支えられる。

「あー……ごめん。僕の選択ミスだ」

「だから病気じゃないわよ」

 そう強がる彼女の顔は若干青白い。

「めのちゃん、その顔じゃ説得力がないよ?」

「うぐ……がくちゃんまで……」

「まぁ幸いにしてこの世界の陸地にはモンスターはいない。休憩所もあることだし、ちょっと休んできたら? 塩の受け渡しは僕たちが行ってくるから、その間ハンガクさんはメノウ君をお願い」

「わかりました」

「それじゃ、イノ君、イーヴァ君、いこっか」

「わかった」

「おう」



 『うみのいえ』で働くギルド職員から塩工場までの道のりを聞き、オレとイーヴァ、レオンはメノウさんたちと別れて砂浜を歩く。

「イノ君、海、綺麗だね」

「やめろ、気色悪い」

「ははっ、イノ君はつれないなぁ。でも、今度は仕事じゃなくて、みんなで遊びに来たいね」

「海水浴かー……いいんだけど日焼けがなぁ」

 そう言って渋面を作るイーヴァはいつものつばひろの帽子をかぶり、さらには日傘までさすという二重の日焼け対策をとっていた。

 だったらノースリーブで来るなとも思わないでもないが、砂浜から立ち上る熱は地味にオレたちの体力を削ってくるのでそうも言っていられない。

 むしろオレのほうがこんな真っ黒なローブを着てくるんじゃなかったと後悔しているくらいだ。

「イノ君は?」

「この手だ、毎朝ひぃひぃ言いながら着替えているのにわざわざ水着に着替えたいと思うか?」

 最近はようやく文字を書いたり蝶結びができるようになったのだが、それでもまだまだ上手にとはいかないでいた。

「それなら僕が」

「断る」

 ほぼノータイムで彼女のセリフをカットする。

 ここが海底遺跡でよかった。いつもの黄色い声が聞こえないのだから。

「それは残念」

「……なぁレオン」

「なんだい? イーヴァ君」

 なにが気に食わないのか、突然イーヴァは剣呑な目で飄々(ひょうひょう)とした態度のレオンをにらみつける。

「お前すこーしだけ、イノにべたべたしすぎじゃね?」

 そんな予想外のセリフに、オレはぎょっとして目を見開いた。

「そうかな?」

「そうだよ」

「僕はそんなつもりはないんだけどなぁ……うん、以後気をつけるよ」

「そうしてくれ」

 ここにメノウさんたちがいなくて本当に良かった。

 イーヴァもレオンも気付いていないようだが、彼が吐いたセリフははたから聞いていると嫉妬した女性のようなセリフなのだから。

 だがイーヴァよ、レオンのその目に余る言動に一言物申したくなったのはわかる。が、もう少し、言い方ってもんがあるだろう? それじゃぁレオンと同じ穴の(むじな)だぞ?

 どっちもどっちなだけにオレは指摘するわけにもいかず、二人にわからぬよう静かにため息を吐いた。

「――おっと、あれか?」

 そうこうしているうちに塩工場らしき建物群が見えてきた。

 塩田はオレの知る天日干しの塩田ではなく、細長い管のような束がいくつもぶら下がった奇怪なもの。またすぐそばに背の高い風車小屋がいくつもあるのは、たぶんそれで海水をくみ上げるポンプを駆動させているためだろう。

 そんな施設が、ずっと向こうまで続いている。

「そのようだな。案外近い」

 さて、塩は何キロ渡されるやら。



  [jump a scene]



「みなさんお帰りなさい。それで、なにやってるんですか? イノさん」

 オレたちの姿を見つけたらしいハンガクさんが『うみのいえ』から出てきて、眉をひそめながらオレたちを(むか)える。

「……塩が、多すぎたんだ」

 そのとき、自分でもびっくりするぐらい低く、獣が(うな)るような声がでた。

 そう、オレは今、<グロウアップ>でもって山羊頭の巨大獣人に変身し、レオンと共に予想外に多く渡され、オレたちのアイテム欄に入りきらなかった分の塩の袋を担ぎ上げていた。

 ――イーヴァから「見た目まるっきり黒ミサの悪魔(バフォメット)だな」と言われ、若干傷ついたのは秘密だ。

「多すぎたって……どのくらいあったんですか?」

「一人につき、二百キロ」

「……はい?」

「一人につき、二百キロ、だ」

 七つ世界におけるプレイヤーが使用できるアイテム欄の数は基本二十枠。

 すべての枠は種類と重量によって管理されており、レーションにして百二十五個、矢にして四百本をスタックできる。

 それはこの世界でも変わりなく、塩を入れてみた感じでは一枠につきだいたい十キロまで入れることができるようだった。

 このことから推測するに、あのときのミノタウロスはたぶんこの重量制限と一枠一種類という制限のせいで肉や皮が剥げ、それぞれの枠に分かれてアイテム化したのだろう。

 そしてそのときアイテムとして格納されなかった内臓類などは、プレイヤーが死に戻りしたときのように、死体が各アイテムに分かれるためのエネルギーとして消費されたのかもしれない。

 ――いや、そんな浅学無学なオレの考察はさておき。

「この依頼を受けるやつが少ないそうでな、在庫がだぶついているらしい。工場で働くプレイヤーたちにギルドには追加報酬を渡すよう言っておくからと強引に押し付けられたんだ」

 だが、なるほど五人で約一トン。これだけの量を安全に、しかも少人数で運べるならそれはそれは儲かるはずだ。

 安い運搬コストといい高い生産性といい、王家は安泰だな。オレはため息を漏らす。

「え、えーっと……私、そもそも十六枠しかないんですけど……」

(たか)は重量制限があるからな」

「私、矢がまだ三枠分もあって……それに装備とかレーションとか……!」

「弓師だからな」

「い、イノさーん! 私の分、持っていってくれると私うれしーなー!?」

 そしてハンガクさんは顔を真っ赤にしながらその豊満な胸を強調するポーズをとる。

「おぉっ!?」

「……イーノー? それにハンガクさーん?」

「なに、そんなことをしてくれなくとも運ぶさ。ただ、アイテム欄に入るだけ入れてくれるか?」

「そうですね、ふざけすぎましたごめんなさい。お願いします」

 イーヴァの剣呑な視線に晒されながらオレとハンガクさんは慌てて態度を取り繕い、そしてオレとレオンは塩工場から持ってきた塩の袋をその場に下ろす。

「ところでメノウさんは?」

「めのちゃんなら店先で焼いてる海鮮バーベキューのにおいに我慢でなかったみたいで、チャットしながら元気にご飯食べてますよ?」

 その言葉と同時に疲れがどっと押し寄せてきて、オレは「ぶるぅ……」とうめくようにため息をついた。



 掘っ立て小屋の中に入るために<グロウアップ>の効果を切ってローブを着なおしたオレは、その光景を見て苦笑いを浮かべる。

「あら、みんなおかえりなさい。どうだった? 首尾は上々?」

 そう言って笑顔で出迎えてくれたメノウさんは、ハンガクさんがいっていたとおり山盛りの海鮮バーベキューの前で木串片手にサザエと格闘中であった。

 まったく、あのときの真っ青だった顔はどこへやら。今ではその名残は一切見えず、さらにはぽんっ! と突然取れたサザエの身に対して子供っぽい笑みさえ浮かべていた。

「予想よりも塩が多くて難儀してるよ。そっちは元気そうでなによりだ」

「だから言ったじゃない、あなたたちはちょっと過保護すぎるのよ。それより、みんなも一緒に食べない? 久しぶりの海鮮料理よ?」

「だったらいきなり倒れそうになるなよ……あと、それはレーションの素材じゃないのか?」

 オレの記憶が正しければレーションの素材でも侵食率は上昇したはずなのだが。

「大丈夫よ、ギルドの人も量を食べない限り上昇しないっていってたし。それに、もし上昇しても覚醒技使って侵食率ゼロにすれば良いじゃない。……めんどくさいけど」

「それはそうだが……上昇しないとかどういう原理だよ」

「単純に濃縮率の問題じゃないかしら?」

「農薬かよ」

「言いえて妙ね。基準値を超えなければ影響ないところとかそっくり」

 遺伝子改造といい農薬といい、この世界を創ったやつはユーモアにあふれているな。

 黒すぎて笑えないが。

「というわけで焼き魚食べる?」

「いや、オレはそのばかでかいカニ足をいただこう」

「お、焼きうにあるじゃん焼きうに。アタシこれもーらい」

「僕はやっぱりサザエかな? 僕壷焼き大好きなんだよねぇ」

「私こんなにおっきいアワビ初めてたべるかも」

「……あなたたち、人のお金なのにちっとも容赦しないのね」

 そうやってオレたちが思い思いの料理を手にとるのを見て、メノウさんは乾いた笑みを浮かべた。



 ごちそうさまでした。と、オレは久々に味わった海鮮バーベキューにその樹木の腕をあわせて感謝の意を伝える。

 そんなオレたちの目の前には食い散らかしたカニの甲殻やサザエ、ホタテの貝殻が転がっていた。

「ほーんと、あなたたち人のお金なのに一切容赦しなかったわね。いや、案外安かったからいいんだけどさ」

「海が近いからな」

 そう言って海を見やると、浜辺では釣りを楽しんでいるプレイヤーや、ドラゴンハーフが数人がかりで地引網を引いていた。

 その向こうには小船が浮かんでおり、銛をもったプレイヤーが海中モンスター――サメと戦いながら貝やうにを拾っている。

「……そういえば、メニューにサメ肉の素揚げがあったな。時価だが」

「それはさすがに自分のお金で食べてね?」

「わかっている、ただの興味本位だ」

 聞いた話ではサメ肉は時間が経過するごとににおいがきつくなるので保存に向かないらしい。

 そんなものを食べるくらいならオレはカニを思うさま食いたい。

 それこそアーマードの侵食率が上がるほどに。

「ところで、オレたちが塩を引き取ってくる間にチャットを見てたらしいな」

「ああ、うん。でも、あなたたちが私を強引に休ませたんだから、私に責任はないわよ?」

「責めないさ。それより、なにか目新しい情報はなかったか?」

「情報、ねぇ……」

 メノウさんは小首をかしげ、閉じていたウィンドウを展開した。

「そうね……イノ君、イーヴァ君、神父してた人が結婚式の受付はじめ」

「ねぇよ」

「ねぇよ」

 オレとイーヴァはほとんど同時に同じセリフを吐き出す。

「というか宗教的にいいのか? 宗教弾圧とか笑えないぞ?」

「いいんじゃない? チャットの書き込み見る限りその人資格持ってるだけのなまぐさ(・・・・)っぽいし。それにあの世界で教会みたいなものは見かけなかったし。まぁ、私はまだ南区と中央区に行ったことないけど」

「歩いていくには、南区は遠いからな」

「中央区ってたしか王城と貴族街だったけ? あんなことがあったのに普通は行かないよねぇ」

「ギルド職員の人たちは行ってるみたいだけどね。――ああ、ギルドといえば」

「なんだ?」

「緊急依頼の受付が始まったみたいよ?」

「げっ、またコカトリスかなにかが見つかったのかよ……」

「いえ? 今度は『行方不明の狐少女の捜索』みたいね。……それにしてもヤコさん、また職務放棄かしら? 成否如何を問わず前報酬に三ガルド、成功報酬は十ガルド。期日は三日間ね」

 報酬も莫大だが、ただ受けるだけでもひと月分の食費、か……阿呆みたいに高額だな。

「……なぁそれ、受けるだけ受けて探さないってやつ、出てこないか?」

「くるでしょうね。無駄にお金をばら撒くだなんて、ギルドは一体なにがしたいのかしら?」

 メノウさんがほおに手を当てて考え込む。

「イノ君、なにか知らない?」

「知るわけないだろう? ギルドの中で働いているわけでもないのに」

「……そういえばそうね。でも、その辺の情報が出揃ってからじゃないとこんな美味しすぎる依頼、ちょっと怖くて受けられないわね」

「確かに受付で契約書(細かい字)を見せられそうだよな」

「ありえすぎて笑えないわね、それ」

 そしてイーヴァとメノウさんは二人揃って渋面を作る。

「――儂としては受けてもらわんと困るんじゃがなぁ? 特に、主様と、そこの優男には」

「……うん?」

 そんなときだ、まるでタイミングを計ったかのようにあの幼女狐が現れたのは。

「ヤコ、さん?」

「うむ、儂じゃ。工場長より連絡を受けての、これさいわいと推参させてもらったわ――ああ、店主よ。儂にエールとサザエの壷焼きをくりゃれ」

 いくらここは日陰だからとはいえ、彼女は一切の汗も流さず小紋をぴしっと着込み、そのまましずしずとオレのそばまで歩いてくる。

 だが、オレの隣にはイーヴァがぴったりと寄り添っているし、レオンも心なしかオレのそばににじり寄っていた。

「……おい、そこの電球女、退()け」

「は? やだよ。狐幼女」

「では優男」

「ははっ! ちょうど君の目の前に空いてる席があるじゃないか! ヤコ君は面白いことを言うね!」

 ……なんだ、この、なんだ?

 オレの脳裏に一触即発という言葉がよぎり、三人の間に火花が散るのを幻視する。

 だが、そんな状況だからこそなのか、この場に重苦しい空気が流れているにもかかわらずメノウさんたちはそれをいさめる気は一切ないらしい。

 ハンガクさんは興奮に目をらんらんと輝かせながらオレたちの一挙手一投足をじっくりと眺めているし、メノウさんにいたっては「おにーさん、エール追加で!」などとその光景を酒の肴にする気まんまんである。

「お、おいお前ら――」

「……はぁ。主様が困っておるようじゃし、手打ちにしよう。電球女や優男などと呼んで悪かった。このとおり、許してくりゃれ」

「わかればいい。イーヴァだ。アタシも狐幼女と呼んで悪かったな」

「僕はレオンさ。僕のほうこそ意地悪言ってごめんね?」

「いや、それも儂の自業自得、かまわぬよ。さて、儂も改めて自己紹介しよう、ヤコじゃ」

「ええっ!? なんでそんなに簡単に!? ねぇ、イノ君をめぐる骨肉の争いは!? イノ君を頂点とする四角関係の修羅場は!?」

 なんでそうなる……。

「――なにをゆーとるんじゃ? こやつは」

「気にすんな。ただの発作だよ」

「そうか……おぬしの頭の中は儂より桃色なんじゃな……可哀想に」

「ぎゃふん!」

 幼女狐が目の前の席に腰をおろしながらメノウさんに憐憫の目をむけ、そして彼女はおなじみのあのセリフを叫ぶ。

 (きじ)も鳴かずば、撃たれまい……。



  [jump a scene]



「ご馳走様でした……待たせてすまなんだ。そろそろ本題へと入ろう」

 そういう彼女の目の前には空になったジョッキと山盛りの貝殻。

 先ほどまで黙々とサザエを食べていたところを見るに、どうやら彼女も魚介類に飢えていたらしい。

 いや、彼女の場合はもしかしたら遅めの昼食だったのかもしれない。

 まぁ、それを聞くのは野暮というものか。

「てゆーかさ、仕事中に酒飲んで良いのか?」

「なに、この程度の酒、酒のうちに入らぬわ。それにいますぐ馬に乗るわけでも、車を運転するわけでもないしの?」

「それもそうか」

 いや、それでいいのか元警察官(しゃかいじん)

「さておき、今回の依頼の真意、じゃったな……理由の半分としては、ちょっとした実益を兼ねた冒険者ギルドの宣伝じゃな」

「宣伝?」

「ほれ、皆食うに困らぬ程度には金を稼いでおるのに今もまだ北区で炊き出しをしておるじゃろ? それ、他の区画から炊き出し目当てで集まった浮浪者のせいでの。正直、今やめると暴動が起きそうなんじゃ……ああもう、本当にめんどくさい……」

 どうやら心底うんざりしているようで、彼女は胸中の(おり)を吐き出すように深くため息をつく。

「それ逆恨みじゃ」

「こう言ってはなんじゃが、学のないものに理知的な思考を期待するものでないよ? 彼らは本気で炊き出しをやっとった理由を理解しとらんのじゃ。そのところを何度も説明したんじゃが……いやはや、貴族連中が人種が違う、と言っていた理由がようわかったわ」

「無知ゆえの弊害……か」

「かわりに、先のクーデターのような暴動が起きる心配はほとんどないがの……まぁ、彼らとて収入があれば炊き出しを求めることもなかろう。そういう理由で緊急依頼にかこつけて金と仕事をばら撒いておるのじゃよ」

「……なんというか、儲かっているんだな」

「うむ。需要潰えぬ塩のこともあるが、この世界において皆が持ってきてくれるモンスターの皮や骨は武具の材料として貴重じゃ。特に(やじり)の素材である骨は入荷した端から飛ぶように売れるの。薄利多売を心がけておるがギルドは常に左団扇じゃ。……炊き出しのせいでとんとんじゃが」

 なるほど、たしかに傭兵は皮鎧を装備していたし、弓矢は狩りに必須と言っても過言ではない。

 それに今のところモンスターは腐るほどいるので、入手のしやすさなども考えれば鉄や石の鏃よりも実用的だろう。

「それでも木の矢よりはましな程度ですけどね……一ダースで一ガルドもするくせに……!」

「お、おう……」

「がくちゃん……!」

 そんなハンガクさんの低く暗い声に幼女狐は引きつった笑みを浮かべ、メノウさんは悲痛にゆがめたその顔を手で覆う。

「ま、まぁ、そんなわけで今は『冒険者ギルドにいけば仕事と金がもらえる』という認識を皆に宣伝している真っ最中なのじゃ」

「……ね、ねぇヤコさん、はたから聞いているとそれ、少なからず既存利益を破壊してるわよね? そんな気軽にやっちゃっていいの?」

「やっちゃっていいもなにも、もうやっちゃってるしの~? それに、今やっとることは先代のプレイヤーが商会相手に個人でやっていたことを一本化して組織化しただけじゃよ? 別にそこまで破壊しとらん。まぁ、プレイヤーの人数が圧倒的に足りんので、食い詰めたものたちを日雇い的に雇って周辺の村や他の都市へと運搬する依頼をさせてはいるが」

「うわぁ、屁理屈。そして外道ね」

「くふっ! なんとでも言うが良い。ややっこしい根回しをも済ませたおかげで向かうところ敵なしな今の儂はもはやゴーイングマイウェイ! あれっ? もしかして今儂輝いちゃってる!?」

「それではイノ君、ヤコさんにもう一度私のセリフをどうぞ」

「この外道め」

「がふっ!?」

 幼女狐がそんなオレの一言に、血を吐かん勢いで大きくのけぞった。

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