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7th Sphere  作者: 竹永日雲
突然変異
11/40

11話 Fox girl

 コカトリス討伐、その日からさらに三週間という時間が過ぎ去ろうとしていた。

 しかし、それだけの時間が過ぎ去ろうというのに、北区の再開発は遅々として進んではおらず、むしろ別な問題が浮上していた。

「この家は元々私たちの家なんだ! 亜人どもは出て行け!」

「うるせぇ! ここはオレたちの家だ! てめぇらなんぞ見たこともねぇ!」

 そう、居住区問題。いわんや土地問題である。

 ただ、仮設住宅という理由からその土地問題に一枚()まざるを得ないオレたちなのだが、しかしあれだけ中央広場はにあふれかえっていたテントはその数を半分近くまで減らしていた。

 それはくる日もくる日も野宿にうんざりした一部プレイヤーたちが他の区に部屋を借りて住み始めたせいだ。

 そのためここに残っているプレイヤーたちは「いい部屋が見つからない」「シェアしても家賃が高い」「工房があってうるさい」「職場(ギルド)が遠すぎる」などという理由から戻ってきたもの、残っていたものたちばかりである。

 それにしても仮設住宅の案件がここまで放置されているのに不平不満が出てこないあたり、住めば都という言葉の偉大さを実感せずにはいられない。

 さておき。

「まぁた始まった」

 まだ明けの一時も中ごろという時間、イーヴァは最近地べたに眠ることに慣れてきたせいか若干寝ぼけ顔で房楊枝(ふさようじ)――有志プレイヤーらが生産している歯ブラシを(くわ)えながら喧騒をぼんやりと眺めていた。

 自分の家と主張するのは見るからに良い服を着ている中所得者層の四人家族。

 対するはつぎはぎだらけの服を着た、見るからに浮浪者ですよといわんばかりの男たち。

 なお亜人とは、この世界において魔力を持たぬ、ないしは魔法の使えぬ人々の蔑称であるらしい。

 そういう意味ではオレたちも魔力を持たない人間であるため亜人ということになる。

 ――とはいえ、高い魔力を持った貴族の家系でもない限り『マッチに火をつける』程度のことしかできないのだが。

「おっと、ついに殴り合いが始まったな。ケンカにゃ興味ないし、アタシ帰るわ」

「……それで良いのか? 元公務員」

「そりゃぁ元だもん。それにここは異国だしー? どーあったってみんじふかいにゅーだ」

「民事……ねぇ?」

 嘆息。

 たぶんこの七つ世界にも土地の権利書、のようなものくらいはあるのだろう。しかし二ヶ月も前に起きたコカトリス侵攻のさなか、ただの一般人が冷静にそれを持ち出せたかどうか。

 いや、持ち出せなかったはずだ。だからこそこの騒動なのだろう。

「……真実はもう、灰の中、か」

 この場から立ち去る前に、火事で半壊したその家を見ながらオレはぽつりとつぶやいた。



  [jump a scene]



 テントへと戻ると、テント前にていつものように旨くなりようがないパン粥を作っていたはずのハンガクさんがいつのまにかいなくなっており、かわりにレオンが若干困った表情で鍋をかき回していた。

 また、メノウさんたちが寝泊りしているテントからはメノウさんの苦しげなうめき声。

「……なにがあった?」

「それは女性に聞いちゃいけないことだよ? イノ君」

「あー……なるほど。そういうことか」

 つまり始まったのか、メノウさんの女性の日が。

「そう、そういうことだよ。それにメノウ君、痛覚(被ダメージ)が増加するドラゴンハーフでもあるから驚くほどつらいんじゃないかな? この分だと最低二、三日は動けないと思う」

()アレ(・・)はそんなに続くのか?」

「それは個人差かな? 痛みだけなら一日ですぱっと終わる人もいるみたいだけど。僕は……うん、期間中はずぅっとああ(・・)なってたなぁ」

 オレがレオンのその言葉に戦慄しているさなか、彼女はもう二度と来ないであろうアレ(・・)の痛みを懐かしむようにしみじみとつぶやく。

「……女性は神秘だ」

「ふふ、僕としては男の子の身体も神秘的だよ? ――さぁできた。イノ君、三人のお皿を貰って来てくれるかい?」

「た、食べさせて大丈夫なのか?」

「すごい痛そうだけど病気じゃないから大丈夫。むしろ食べないと体力が持たないよ」

「な、なるほど!」



「――ところでさ、イノ君」

「なんだ?」

 朝食を食べ終わったオレたちは食器や鍋を洗うために井戸へとやってきていた。

 また、井戸の周りにはオレたちと同じように汚れた食器や鍋を抱えたプレイヤーたちがずらりと並んでおり、井戸の利用率の高さをうかがわせる。

「メノウ君がああ(・・)だし、今日はみんなどこにも行かないと思うんだよね。だから食器洗いが終わったら僕とデートしないかい?」

「断る!」

 彼女の問いに、オレはほぼノータイムで拒絶を示す。彼女には悪いが、こうでもしないと回りから黄色い悲鳴が上がるのだ。

 ――今回は若干、遅かったようだが。

「もう。そんなに力強く否定しなくても良いじゃないか」

「だったらその誤解されるような言い回しをやめろ」

「誤解? ――ああ、なるほど」

 召喚された日からほぼ一ヶ月。それだけの時間が経ったのにもかかわらず、いまだ自分の身体が男性であることを忘れてしまうらしいレオンはオレの言葉でようやく合点がいったようだ。

「安心して。僕はBLに興味ないから」

「……できれば信じてやりたいが、それは安心できるのか?」

 お前、前々からずっと「メンタリティは女性側」と言ってるじゃないか。

 しかも、自分の裸を見るのを「最高さ!」とのたまった前科もち。

「当然さ。僕は君を同性の親友だと思ってるんだぜ? そりゃぁ、まぁ……僕のメンタリティはまだ女性側にあるんだし、イノ君が僕とそういう関係を望むのなら、やぶさかじゃぁないけどさ」

「ねぇよ」

「ふふっ、それなら安心して。僕にそういう気は一切ないから」

「ならいい。それで? 本当はどういう用件なんだ?」

「おっと、そうだった……こほん。イノ君、食器を洗い終えたら僕と一緒に買い物に行かないかい? 君に、僕のパンツを選んでほしいんだ」

「断るっ!」

「なぜだい!? 誤解されるような言い回しはしていないじゃないか!」

「言い回し以前の問題だ! お前は学習能力というものがないのか!」

 つい先ほど誤解されるような言い回しで注意されたのに、なんで舌の根も乾かぬうちに誤解されるような単語をまぜてくるんだ!

「パンツくらい一人で買ってこれるだろうが!」

「なぜ君はわからない! たった一人だけで異性の下着を買いに行くという、この妙なハードルの高さを!」

「イーヴァだって最近は自分ひとりでパンツを選んでるんだぞ! お前もいい加減慣れろ!」

「無理だね!」

「力強く否定するな!」

「僕に最初にパンツ(エサ)を与えたのは君じゃないか! むしろここは責任を取って君が僕のパンツを選ぶべきなんだ!」

 レオンの力強い断言と共に周囲に響く、黄色い悲鳴。

 一部のプレイヤーなど空中に指を這わせ、チャットに拡散し始めやがった!

「おいまて、それはもしかしてわざとか? なぁわざとなのか!? お前らもお前らで娯楽に飢えすぎだ! おいちょっとまてレオン! なに勝手に人の手を掴――いたいいたいいたい!」

 肩がちぎれてしまいそうなほどの膂力にオレは悲鳴を上げ、レオンはそのまま有無を言わさずオレを連行していく。

 オレもなんとか踏ん張ろうとするが、しかしさすがは両手武器を片手で自在に操るドラゴンハーフ。オレの力なぞ意に介しもしない。

「まて! レオンまて! わかった! わかったからせめて! せめて食器をアイテム欄に入れさせろぉおおお!」



  [jump a scene]



 この七つ世界、衣類というのは比較的高級品である。

 しかしながらそれは生産量に問題があるという理由からではなく、ただ単純に原価が高いだけのようだ。そこら中の軒先では縫い子らが雑談まじりに針仕事をしているし、街中のあちこちからは「ぎぃこ、ぎぃこ、ばたん」という機織り機らしい音も聞こえてくる。

 そんな遠因があるせいか、ここ東区には産業革命が始まっていないのにも関わらず手作業にしてはありえない量の服飾や下着が陳列された服飾店が存在していた。

 また一部の服飾店では「今季のトレンド」と銘打ち、美男美女を雇って店先に立たせているあたり、その生産量の高さや大量消費の片鱗をのぞかせている。

 そんな(くだん)の服飾店の中で、レオンはテーブルに平積みされているふんどし様のパンツを手にとり品質を確認。

 次いでテーブルに置かれた『このテーブル、ひとつ二百サンド』をみて顔を引きつらせる。

「うわぁ……イノ君、君ってやつは僕にこんな高いパンツを譲ってくれたのかい? ヤコ君じゃないけど、その男気にほれちゃいそうだよ」

「冗談じゃない」

「ふふっ、素直じゃないなぁ。そのツンデレ具合にきゅんきゅんきちゃう」

「やめろ」

「ははっ! ちょっとしたジョークさ! ……ところでイノ君、情熱の赤と妖艶な黒、そしてピュアな白、君はどの色が好みだい?」

「知るか!」



 レオンがようやく自分の下着を買い終え、オレたちふたりは服飾店を出る。

「イノ君も買えばよかったのに」

「気にするな」

 オレはレオンとはちがってパンツに不自由しているわけではないしな。

「ほんとに? あの時貰ったパンツのお礼でもあるんだけど……あ、それならついさっき買ったあの真っ赤な」

「気にするな!」

 なぜこいつは周囲から誤解されるような言動を取りたがるのだろうか? レオンが空中に指を這わせたのを見、オレは慌ててそれをとめる。

「うーん、そうかい? イノ君がそれで良いならいいけど……」

「――あ、あの!」

 ふとか細い声に呼び止められ、オレたちは眉をひそめながら振り返る。

 そこに居たのはあの幼女狐と同じように耳がぴんと天を突くようにのびた狐の少女。

 だが彼女の髪色はあの幼女狐とは違い、くすんだ金色と真っ白な眉。この場合は白面金毛ならぬ白眉金毛とでも言うべきだろうか? 確実にモチーフは白面金毛――玉藻前(たまものまえ)だろう。

 また面白いキャラメイクをしているなぁと考えるも、しかし彼女の服装はずたぼろで見るからにみすぼらしく、さらには細く骨と皮という表現がぴたりと当てはまる体に眉をひそめる。

 ――なんだ? この奇妙なキャラメイクは。

「あくじきのお兄さんたち、一晩一ガルドで、私を買いませんか!?」

「……は?」

「……え?」

 その言葉に、オレたちは目を丸くした。

「い、イノ君、これってああ、アレ、かな……?」

「あ? ああ、そうだな」

「やっぱり宗教!?」

「ちがう。売春のほうだ」

「うえぇえええっ!?」

 レオンが変な声を漏らす。

 なぜ先にそっちが……ああ、女性だからぴんと来ないのか。

 いや、それでも宗教はないな。だとすると一杯一杯なだけか。

「オレはイーヴァに知られると殺されそうなんでやめておくが……お前、買うか?」

「い、イノ君はなんでそんなに冷静なんだい!?」

「なんでって……なぁ?」

 なんでこの程度でうろたえなければならないんだ?

 召喚された日からもう一ヶ月。レオンだってこの世界にきて驚くようなことや死にそうな目にあったことなんて多々あるだろうに。

 それに風呂屋でだって『お姫さま』たちが連日客に愛想振りまいているし、この程度の客引きなら驚くに値しない。

 まぁ、プレイヤーが売春などやっているのには多少驚いたが……。

「エロは人間とは切っても切れない重大な欲求のひとつだぞ? これくらいでうろたえるな」

「そうだけど、そうだけど!」

「そ、それで! 買いますか? 買いますか!?」

「イ、イノ君! 僕はどうすればいい!?」

「知るか。オレは先に――」

「みぃいいつけたぁあああっ! <カースソウル>!」

 そのとき突然、この一角に響いてきたのは澄んだ少女の声。

 さらには覚醒技の宣言に驚愕。レオンはとっさに少女を(かば)い、オレは<カースソウル>をさえぎるため反射的に二人の前へと躍り出る。

「あーるーじーさーまー!」

「――撤退っ!」

 あの幼女狐、まだあきらめてなかったのか! オレはすぐさま戦略的撤退を選択する。

 が、オレの足元から湧き出てきた黒いもやが、あの幼女狐が呼び出した怨霊がオレの足に爪を立て、がっちりと掴んで離さない。

 そしてオレが足にまとわりつく怨霊に四苦八苦している間、幼女狐は小紋姿で悠々と歩み寄る。

「くそっ! なんだこれ! 足が!」

「イノ君! 大丈夫かい!?」

「くふふっ! 儂とて無駄にギルドマスターではない! ヒマに飽かして覚醒技研究は一日たりとも欠かしておらぬわ!」

「仕事しろよギルドマスター!」

「くふふっ! 主様は真面目よのぅ、そんな態度にきゅんきゅんきてしまうわ! じゃが案ずることなかれ、今日の儂は休みじゃ」

 そのまま彼女はオレを逃がさぬよう腕をしっかと抱え込み、自分で出した怨霊は大きく持ち上げた細長い足でもって踏み潰して消滅させる。

「ところで主様はこんなところでなにをしておったのじゃ? 最近はここいら一帯の路地裏に懐の小銭を狙う不逞(ふてい)(やから)や、そうでなくても無許可の立ちんぼ(売春婦)やらが多いゆえ、長居はあまりオススメせぬぞ?」

「……なんだって?」

 そういえば先ほど、プレイヤーの少女が――

「あれっ? さっきの子がいない……?」

 レオンがぽかんとしている。どうやら逃げられたようだ。

「ふむ? なにかあったようじゃな。主様――と、ついでにそこの優男。ちょいとそこまでデートせぬか?」



  [jump a scene]



 日の高さから時刻は明けの四時(午前十時)ぐらい。

 普通ならこの時間帯、軽食処も兼ねている酒場はがらがらのはずなのだが、やはり毎朝一杯のパン粥では体力が持たないらしい。肉体労働者らしき筋肉質な男たちがまるで芋の子を洗うように入れ替わり立ち代り軽食を取りに来ていた。

「いくらなんでも酒場(ここ)かよ……」

「じゃが、そう邪険にするものでもないぞ? たしかに多少は騒がしいが、立ち話するよりはマシじゃ。それとも――主様が儂の部屋に来てくれるのかえ?」

「ねぇよ」

「じゃろ? ゆえに酒場こそ最適解じゃ」

 そのまま幼女狐は空いている丸テーブルの席にすとんと腰を落とした。

 彼女が席に着くと、ウェイトレスがすぐさま飛んできて彼女の注文を聞き始める。

「とりあえずエールをみっつじゃ」

「かしこまりました! 今お持ちします!」

「いや悪い。オレ、酒は飲まないんだ」

「僕もちょっと苦手かなー?」

「ありゃ? 主様は酒が飲めんのか。儂の夢がひとつ(つい)えてしもうたわ……まぁ仕方あるまい。みっつとも儂が飲もう」

「そうしてくれ」

 オレは苦笑いを浮かべながら席に腰を落とす、その隣にはレオンだ。

 また、座ると同時にエールがどん! と目の前に置かれ、幼女狐はすぐさまそれを手にとった。

「さて。とりあえず異世界生活ひと月目、今後も皆壮健であることを願って乾杯――って、せめて乾杯くらいはしてくれんかの? 儂、バカみたいではないか」

「ん? ああ、すまん。――乾杯」

「ふふっ、乾杯」

 なみなみと注がれたエールのことなど一切省みず、オレたちはかつん、と木製のジョッキを打ち合わせた。

「んぐ、んぐ、んぐ――ぷはぁっ! 儂、このために生きてる!」

「そういう茶番はいらん」

「くふふっ! やはり主様は真面目じゃのー? 儂、きゅんきゅんきちゃう。……まてまて、そう不機嫌になるでない。本題はちゃーんと覚えておる。決して、決してコブ付きとはいえ主様とのデートに浮かれてなんぞおらんからな?」

「信用ならんな」

 元から信用なんてゼロに等しいが。

「つれないのぅ。じゃが、そういうところにも儂、きゅんきゅ――こほん。それで? 主様らはなぜあのような場所に?」

「それはイノ君に僕のパン――ぎゃん!」

「ただの買い物だ!」

 レオンがまた誤解を招くようなことを口走りそうだったので、オレは慌てて彼女の言葉に声を重ねる。

 それと同時にオレはレオンの足を踏みつけ、口を封じてやった。

「……い、イノ君、最近僕に対する扱いがだんだん雑になってないかい?」

「そんなことはないさ。それよりも、だ。ヤコ」

「むほぉおおっ! なんじゃこれ!? ただ呼び捨てにされただけなのになんなのじゃこの破壊りょ――こほん。なんじゃ? 主様」

 今さらきりっとした顔になってももう遅い。

 彼女から噴き出した突然の鼻血とその奇声にオレたちはほおが思いっきり引きつってしまった。

 ホントこいつの脳みそピンク色だな……いやそれはさておき。

「どうもプレイヤーが浮浪者になっているみたいなんだが、冒険者ギルドとしてそれはどうなんだ?」

「は? それはありえんよ? じゃって戦闘が苦手な者は運搬依頼を選択するし、他六世界への運搬依頼には必ずルイスの鍵を一揃い必要経費として渡しとる。たまさかギャンブルで多大な借金を負ったところで、儂らは高給取りじゃから返済は容易のはずじゃよ?」

「は?」

「え?」

「え、じゃなくて。月四日の休暇を取るとして、一月に二十六日働くじゃろ? 運搬依頼での日当はだいたい三ガルドじゃから月七十八ガルドの収入、そこから月の食費であるおおよそ二ガルドを引いて七十六ガルド……さすがに裕福とまではいかぬが、それでもこれは中所得者以上の待遇じゃよ? 最低でこれなんじゃからマジ破格じゃよ? 自前の家さえ持っていれば二、三日働くだけで面白おかしく暮らせるんじゃなかろうか?」

「江戸時代かよ……」

「主様は博識じゃな。まったくもってそれに近い。唯一の相違点は街自体が狭いゆえ部屋代が高いということかの? 儂の使っている六畳一間、キッチンなし、トイレ共同で今のところ月三十じゃな」

「そ、それってもしかしてサンドじゃなくて……」

「無論、ガルドじゃ。北区があの状態じゃし、皆のために土地を買収しとる儂が言える義理ではないが、そのせいでまた家賃が上がるとかなんとか」

「うわぁ……」

「家賃が高いと聞いてはいたが……まさかそれほどとは」

「おかげで治安は悪くなる一方じゃの。コカトリスが北区を壊滅させる前は治安もよく、家賃もせいぜいで十ガルド前後と安かったそうじゃが……まぁ、ここでそれを論じても詮無きことよ」

「……ん? とすると前のプレイヤーたちはどこに住んでいたんだ?」

「今代の王の話では貴族の住む中央区以外にばらけて住んでいたそうじゃよ? 酒か女か、それとも金か。たぶん一部の商人が高待遇でプレイヤーたちを自分たちの陣営に引き込んだんじゃと思う。先代らの遺品処分のためにあちこち回ったが、だれもかれもが高そうな部屋に住んでおったからの」

「……それ、貴族がよく許したな?」

「そりゃぁ……ちと生臭いかもしれぬが、こういう話にはつきものである、これ、じゃろ」

 そう言って幼女狐は人差し指と親指でわっかを作った。

 ――なるほど、たしかにこういう話では基本だな。

「商人はちょっとの投資と根回しだけで儲けられる、貴族は黙っていれば懐が暖まる、国は国中に物資が行き渡れば文句は言わない。正直良いこと尽くめじゃな。……商人、ひいては儂らの声が大きくなるという点以外は、の?」

「……先のクーデターはそういう理由か」

 なるほど、イーヴァは「古き良き時代をもう一度」と言っていたが、なんて事はない、彼らは相対的に落ちてしまった自分たちの発言力を取り戻したかっただけなのだ。

 そしてそんなときに起こったコカトリス侵攻、それに伴うプレイヤーの全滅という醜聞とコカトリス撃退という軍の輝かしい功績……勘違い以前に「やるなら今しかない」なんて思ってしまったのかもしれない。

 とはいえ、それでも「アホらしい」という感想以外は抱けないが。

「でも、そうすると、さ……三週間前のコカトリス討伐はまずくない、かな?」

 その一言に、先ほどまで余裕の表情を見せていた幼女狐の顔色が見る見るうちに青くなる。

「アレ、結局僕たちだけで倒しちゃったよね? しかも軍は戦力が激減していることを理由に後方支援や王都防衛という名の戦力外告知……」

「そ、それよりもじゃ! なぜに主様らはプレイヤーが浮浪者になっていると思ったのかえ!?」

 この腹黒幼女狐め、露骨に話題を変えやがって。

 だが、その程度ではぐらかせると思うなよ?

「ヤコ、弁解は?」

「わ、儂知ーらない!」

「おい」

「し、仕方なかったんじゃ! 正直あそこでどちらが上かを叩き込まんとまた争いが起こる可能性があったから仕方なかったんじゃ! 皆を守るための苦肉の策なんじゃ!」

「はぁ……だったら素直にそう言え」

 あやすように、泣き顔で訴える彼女の頭を軽くなでてやる。

「はぅあっ!?」

「ふふっ、イノ君ってばやっぱり伊達男だね」

「うっせ。話を戻すが、実はさっき狐耳の少女と会ったんだ」

「は、鼻血が出そ……え? 儂のこと?」

「ちがう、狐耳を頭に生やしたプレイヤーだ。あの時はお前が放った<カースソウル>のどさくさにまぎれて逃げられたんだが……」

「その子、僕たちにいきなり「一ガルドで私を買いませんか!?」って聞いてきたんだよね。浮浪者っぽい格好もしてたし、ホントびっくりしちゃったよ」

「……すまぬが儂、急用を思い出してしもうたわ。主様、代金は置いていくゆえ、すまぬが払っておいてくれんかの? ああ、釣りはいらんよ? なでなでの御代じゃ」

 そう言って彼女はアイテム欄から一ガルド銀貨を取り出し、テーブルにことりと置いた。

 そしてオレは幼女狐の――ヤコの真面目なその表情に、次のいざこざが起こる予感を感じずにはいられなかった。

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