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7th Sphere  作者: 竹永日雲
王都騒乱
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1話 Welcome to "7th Sphere"

 画面の中央には人型ではあるが異形の巨大モンスター。

 視界の端には下から上へと、滝を逆再生したかのように流れるログの嵐。

「おおー、うまいこと中型モンスター発見!」

 金髪の幼女は額に手をあて、けらけらと小生意気な笑みを浮かべていた。

 そして、その長い髪はクレッセントという種族の特性上常に淡いライムイエローに輝いており、こんなうっそうと茂った暗い森の中では非常に、目立つ。

 それを示すかのごとくさきほど流れていたログの内容は『ミノタウロス は イーヴァ を発見した』から始まり、後に続くそれら全てがこの幼女――イーヴァが目の前の大型モンスターに対して敵愾心(ヘイト)を煽っているということを示すシステムログだった。

「……おい、イーヴァ、それは言葉が足らんだろう?」

 この場合は『うまいこと中型モンスターに発見された』が正しい。うっかり、そんな愚痴をこぼしてしまうくらいに。

 そして――ああ、ついに敵愾心が一定量を超えてしまったようだ。システムログに『ミノタウロス が イーヴァ を敵と見なした』と出て、ログの流れが止まる。

 目の前の巨大モンスターが「ぶるるっ!」と鼻を鳴らしながら間近に茂る木を武器にすべく引き抜いた!

「ぶひゃひゃひゃ! ヘイト管理、よ、ろ、し、くぅっ!」

 いくらロールプレイとはいえあいっかわらずきたねぇ笑い方……だが、これでなかなかの実力者で、しかもそれなりに面倒見が良いのだから始末に負えない。このまま放置してひき殺してやろうかとも考えながら、画面の向こう側でオレはため息を漏らす。

 カァーンカァーンとオレは樹木の腕(・・・・)を打ち鳴らして通常挑発、そしてこっち対しての敵愾心が一切上がらないことを確認。

 やっぱりこれでヘイト管理は無理か……気が進まないが仕方がない。スキルを使おうとショートカットキーに指をのせ――

「うわっ……なに今の。伊達男プレイにしちゃぁちょっと寒くね?」

 ――リソース削りたくないから苦肉の策だよ。ちったぁ察しろ、このネカマ(・・・)め。



  [jump a scene]



 ここは広大ながらも球体で閉じた有限世界(ゲームワールド)

 七つ世界(セブンスフィア)、という名前を冠するこのハンティングアクションゲームは、MO型とよばれるオンラインゲームだ。

 その最たる特色は初期の人間を含めて七種類の種族をいつでも自由に選択でき、さらにはそれらの特徴を織り込みながらも比較的自由度の高いキャラクタメイクが可能なダークファンタジーである、という点だろう。

 その証拠にキャラクターのステータス画面には『身長』や『体重』のほか『保持種族因子』とか『因子侵食率』とか『発現種族特徴』とか『覚醒技』とか、いろいろ突っ込み待ちな単語がずらりと並んでいたりするのだから筋金入りである。

 ――非公式ウィキによれば、ゲームプレイ初日に「遺伝子操作かよ!」と突っ込むのが七つ世界プレイヤーの通過儀礼であるらしい。

 もちろんオレも例に漏れず叫んだ口だ。

 ただ、まぁ、イーヴァのようにキャラクターを深く掘り下げてロールプレイしたいヤツとか、イーヴァみたいに自分好みの異性を作りたいヤツとか……過去のオレみたいな精神病罹患者(ちゅうにびょう)とかには受けが良いのだが。

 さておき、このゲームはさきほどの理由から、さまざまな種族の組み合わせで後天的にキャラクターを作ることができる。

 ……そのかわり、角が生えるとか腕が樹木で覆われるとか髪の毛が淡く光るとかといった種族特徴を織り込んだキャラメイクをしないと後々泣きを見るのだが。

 そのほか分類も純血(ピュア)二種混合クロス三種混合(トライ)などといろいろあるのだが、それはプレイヤー間で言われる俗語なので割愛。

 なお、オレの自キャラである『イノ』は鉄板とも言われるトレントとライカンスロープの二種混合、ライカンスロープの種類はちょっと個性を出してデバッファータイプの山羊をセレクトしている。

 イーヴァはクレッセントのみのロマン――もとい、純血構成だ。

 まあ、なんだ。なにが言いたいかというと……

「無理っ! これ以上魔法(スキル)使ったらアタシがりっがりになっちゃう!」

 イーヴァは悲鳴にも似たログを残す。

 このゲームにMPという概念はなく、それに相当する数値となるのはそのスキルを持つ種族の『因子侵食率』だ。

 そしてこの『因子侵食率』は現実でのカロリーに相当し、もしこれがゼロになったりでもしたらスキルが一切使えない……どころか、その恩恵で得られている超人的な耐久値や身体能力もなくなるため、極端な話転んだだけで即死することになる。

 特にイーヴァは見た目重視ゆえに防具の類を一切つけていないから、もし侵食率ゼロでアレに殴られでもしたらそれはもう盛大にはじけ飛ぶことだろう。

 地面に落ちたザクロみたいに。

 そうしたらこの狩りは失敗だ。殴ってわかったことだが、オレ一人ではこいつを倒すための攻撃力がまるっきりたりない。

 たぶん途中で集中力が切れるか、小型のモンスターが横殴りに来て対応が追いつかなくなるか、それとも侵食率がゼロになってから攻撃をくらい、拠点の街へと『死に戻り』することになるだろう。

 もちろんここで侵食率を上昇させる手段はある。が、ここは戦闘エリアであるため、その唯一の方法であり、一分ほど一切の行動がとれなくなる食事はリスクがありすぎてできない。

「だからロマン構成はやめろとあれほど」

 発言しつつ、オレはミノタウロスをぶん殴って(通常攻撃して)ヘイトを稼ぐ。

「やだよ! お前みたいに角生えるとか手が木になるとか!」

 ちなみに、クレッセントはルーンという魔法を使う種族である特性上、他種族と比べて種族特徴がもっとも『人間らしい(おとなしい)』種族である。

 ――常在覚醒技(パッシブスキル)さえ選択しなければ種族特徴が発現しないのになに言ってんだこいつはとか思ってしまうが、口には出さない。

 いや、どのみち侵食率は合計百パーセントまでしか上がらない。だから因子侵食率の最後の一パーセントまでスキルに費やせる純血構成は上昇量が安定しない食事とあいまってあながち間違いではない選択……なのだが、今回はミノタウロスのHPが多すぎた。

 それに中型種にあるまじき機動力で動くため、イーヴァが魔法を当てられなかったのも原因か。

「天使か悪魔の羽が生えるなら考えるけど!」

 いねえよ、そんな種族。

「いいからちまちま殴れ。ヘイト管理してやっから」

 リソースは削りたくないが仕方がない。じょじょにHPが回復する覚醒技(スキル)<ルートリカバリー>を使用、そして周囲の敵愾心を一挙に集める<テンプテーションアロマ>を再度発動。

 覚醒技(スキル)発動と同時、ピンク色の霧状エフェクトが自分の両腕からむわっと立ちのぼり、それに()てられたミノタウロスは興奮した様子で「ぶるるっ!」と鼻をならす。

 これでしばらくの間はイーヴァに攻撃が届くことはないだろう……問題は、オレがタンカー役としてはやわらかすぎるということくらいか。

 ミノタウロスが振るう木の棍棒の射程範囲から逃れつつ、オレは「こいつ倒すの、どのくらい掛かるかなぁ」とか「次は三人か四人で挑もう」とか、そんなことを薄ぼんやりと考えた。



「ミノ肉、獲ったど~!」

 あれからちまちまちまちま<テンプテーションアロマ>しつつも通常攻撃だけで殴り続けて四十分弱、ようやく、ミノタウロスがずしんと音を立てて倒れた。

 ミノタウロスが倒れると同時、イーヴァは興奮に叫び、オレは緊張をほぐすようにモニターの前でゆっくりとため息をつく。

 被害という被害はない。強いて言えばドロップ如何によっては赤字になることくらいか。

「ドロップはなんだった?」

 できれば黒字であってくれ。そんな期待を込めてミノタウロスのドロップを拾おうとしているイーヴァにドロップの内容を尋ねる。

「ああ、今かくにn」

 そこでメッセージがぶつんと途切れる。

 ……なんだ? 彼らしくもなく、書き損じのままの発言にオレは怪訝(けげん)に思う。

 心なしかキャラクターも硬直しているように見えるから不思議だ。

「あ、あれ? なんだこれ、ちょっとまって、腹いたい。腹って言うか下っ腹って言うかなんだこれ……なんだこれ!?」

 だがその硬直もすぐさま解ける。

 しかし、その後の動きは先ほどとはまた違った奇怪なものであった。

 イーヴァがその場にしゃがみこむ。表情は苦悶。

 体はプルプルと小刻みに震えていた。

 でも、そんなモーションは、ない。

「イベントか……?」

 七つ世界はオンラインゲームである。

 だからこそ、ときどきGMたちが突発的にイベントを起こすこともある。

 オレは、今回もそれだと思っていた。

「とりあえず、ロールプレイもほどほどにな? イーヴァ」

「いや、そんなんじゃないって! っていうか声までおかしい! マジでなんだこれ!」

 言いながら、彼は片手で腹を押さえ、もう片方でのどを押さえるモーション。

 ほかにも彼は、自分の顔をぺたぺたとさわり、何かに気づいてしまったのかわなわなと震え始める――モーションを実行させている。

「いや、本気でヤバイならまずそのわけのわからんモーションを止めろと」

 それともGMに頼まれてる? ああ、こいつならやりそうだな。しかも、悪乗りしながら。

 ざらっ。

 一瞬だけ、視界がぶれ、ちらつく。

 それは、眼精疲労とか睡眠不足でよく起きるアレに似ていた。

 長く画面を見すぎたか? メガネをはずし、まぶたの上から揉み解す。

 少しだけすっとした。が、周期的におきる視界のゆれだけはどうしても取れなかった。

「……あー、すまんイーヴァ。これからイベントっぽいけど、目が限界だからそろそろ落ち――」

 不意に、キーボードが、なくなった。



      [Welcome to "7th Sphere"]



 暗転。

 鼻腔をくすぐるのは自分の部屋のにおいではなく、若い青草と湿った土の香り。そして感じる自分が倒れているような感覚。

 ただ、どっちが下でどっちが上かわからない。息が苦しくて頭に酸素が回ってこない。

「……おい、イノ! おい!」

 そこにまるでタイミングを見計らったかのように肩をゆする感触と、空から降ってくる男とも女とも判別の付かない子供の声が響く。

 ――ああ、そっちが上か。

 まるでしびれたかのように重く、肌触りを感じなくなった腕を無理に動かして、ぐぐぐっ、と身体を持ち上げようとする。

 それにしても腕どころか身体中が重い。体力の限界まで全力疾走したみたいに筋肉がけいれんして言うことを聞いてくれない。

「すっげぇ、つかれた」

 身体を数センチ持ち上げたところであきらめ、仕方なしにうつ伏せだった身体をごろんと回転、仰向けになる。たったそれだけで呼吸は格段に楽になった。

 だが、ふぅ、と一息ついたときに見えた天井は薄暗闇で、隣にはライムイエローに薄ぼんやりと輝く少女の姿。

「……なぁ、なんの、どっきり、だ?」

 背筋が冷える。天井とおもっていたそれは天井ではなくて、うっそうと茂った若葉と枝の屋根。

「アタシが、知るかよ……」

 少女――イーヴァは腹を押さえながら憎々しげにつぶやく。

 オレは認めたくない一心で、顔を手で覆う。

 だが、現実はオレのそんな感情を一切認めない。

 現実が自分の姿を突きつけるように、視界一杯に自分の樹木の腕が入り込んだ。



 七つ世界。

 より正確な名前は『分割世界セブンスフィア』。公式ホームページで語られている世界観と照らし合わせて考えると、意味はずばりそのまま文字通り『分割された七つの球体世界』ということなるのだろう。いや、そんな考察はさておき。

 セブンスフィアは過去に勃発したある大戦によって空間的に七分割された世界だ。

 大戦をおこしたのは世界滅亡を狙った魔王とも、そのとき栄華を誇っていた先代文明人たちが引き起こしたともいわれているが、公式ホームページに語られるストーリーラインでもその辺は定かではない。ただ、『七界大戦』とだけ記されているとか。

 さておき、そうやって空間的に世界が七つに割れてしまっってはどうしても手に入るもの、入らないものが出てきてしまう。

 それを解決したのがオレたちプレイヤー、『世界渡り』という世界から世界へ、ほとんどノーリスクで移動することができるという才能を持つ者たちがおこなう運送業だ。

 そして、それらプレイヤーはすべからく『召喚によって呼び出された世界渡りの才能を持った地球人』である。

 なお、この世界には過去に召喚された地球人の子孫が居るにも関わらず、召喚は王家がほぼ毎日のようにおこなっている、とされている。どうもこの才能は遺伝しないらしい。

 ――ちなみに、公式ホームページのストーリーラインでは召喚された地球人たちの暗黒時代だとか侵食率の研究だとか革命運動だとか、無駄に凝っているのだが今は割愛。

「……つまり、召喚されたとか阿呆なことをいいたいんだな?」

 つらそうに腹を押さえたイーヴァはすぐそばにそびえたつ木の幹にもたれかかりながらオレの稚拙な高説を聞いて、確認するかのように聞き返す。

「ああ」

「アタシなら医者に行くことを薦める」

「……だよな」

「だね」

 こんな状況でなければ。二人揃って最後にそう付け加え、ため息。

「なぁ、イノ。アタシの顔、どうなってる? 身体は女になったことはわかったけど、それだけなんだ」

「……見事に、イーヴァだ。伊達に『キャラメイクに三日かけた』とかいってないな。びっくりするくらいの美少女だよ。あふれんばかりのカリスマだ」

「うっせ」

 彼女――ああいや、彼は口をへの字にまげる。だが、それでさえ彼の容姿にかかっては見惚れてしまうくらいに美しい。これが超人的な魅力(カリスマ)というものかと息をのむ。

 惜しむらくは、自分がロリコンでも貧乳好きでもないということだろう。あと五年――いや、せめて胸のカップがあとみっつほど上がってから来いと言いたい。

「お前だってイノじゃないか。伊達に『デフォルトからちょっといじった程度』とか言ってないな。びっくりするくらい主人公(モブ)顔、主人公その一だわ」

「……それくらい嫌味を返せるなら大丈夫か」

「うっせ、うっせ。そのかわりこっちはやばいくらいに情緒不安定だよ。ホントマジでなんだよこれ……」

「身体が女性でその症状なら……たぶん月のものだな。オレの妹が同じように『お腹いたい』とか言ってたから確かなはずだ。こんなところで始まるなんて運が悪かったな」

 他にも頭痛がするとかいろいろあったはずだが……さて? 結構昔のことだし、妹はそれっきり薬を飲むようになってしまったのでいまいち覚えていない。

「畜生、ってぇことはこの妙な気分の悪さもアタシの口調が変なのも、全部そいつのせいってわけか」

「だろうな」

 顔はもとより性別が変わったということは身体がまるっきり変わったか、別の身体に乗り移ったかだろう。

 臓器移植による性格変動の話を思い出し、たぶん後者だろうとあたりをつける。

 ――すると、自分も何かが変わっているのかもしれない。

 実は、この身体の元持ち主であるなにか(・・・)がオレの思考を誘導し、操っているのではないだろうか?

 背筋が冷える。

 ……いや、ちがう。これは、ただ身体が変わったせいでおきている感情のブレだ。

 第一オレの腕はトレントという種族の特徴そっくりじゃないか。ゲームキャラクターだったイノと同じということは頭には山羊の角が二本生えているはずだ。だから、これは、臓器移植による性格変動と一緒だ。

 そう自分を納得させ、そしてその恐怖をイーヴァに悟られぬように、オレは自分と一緒にイーヴァにも言い含めるように皮肉を口にする。

「そうじゃなくても、なにもかもをそういうことにしておけば、衛生上は楽だ」

「その一言は余計だよ……あたた!」



  [jump a scene]



 それからさらにしばらくたって、イーヴァが「嫌なことに、だんだん慣れてきた」とか言ってきたので、オレたちは今おかれている状況や他に召喚された人間がいないかどうかを確認すべく、オレたちが拠点にしていた街――王都ディタムスへと向かうことにした。

 ただ、慣れてきたとはいえ未だにイーヴァはつらそうに腹を押さえているし、ワンピースのすそから覗く内腿(うちもも)には赤い筋が見え隠れしている。

 その筋を見るたびやせ我慢とかじゃないと良いんだが……などと考えてしまう。

 とはいえ自分にできることなどないし、あそこでじっとしているのも危険であることにはかわりはない。

 幸いにして自分は疲れていただけなので、これまでのやり取りでだいぶ体調が回復している。休憩中モンスターが来なかったことも幸いした。

 だが、

「とはいうものの……ここ、どこだかわかる? イノ」

「わかるわけないだろう?」

 オレは両手を上げて思考を放棄。

 これがゲームであれば方角を示すアイコンや地図が出ていたため、めったに迷うことはなかった。

 が、現状ここはゲームと似て非なる異世界。そんな便利なものは、ない。

 さらにはうっそうと茂った森が太陽の位置を覆い隠し、木を上るにしても不調のイーヴァはもとより両腕が樹木の腕に変わってしまったオレにいたってはまだそれに慣れておらず、指を開閉させるのも一苦労している有様だ。

 よくもまぁゲームの中のオレはこんな腕で小器用に箸をつかっていたものである。

 いや、ゲームだからこそそうなのか。

「まっすぐ進むのは……危険だろうなぁ」

「余計に迷うからお勧めはしないな。こんなときアリアドネーの糸があったらよかったんだが……」

 アリアドネーの糸は糸の先を結んだ――アイテムごとに設定したオブジェクト周辺まで使用者を転移させるアイテムだ。

 登録地点をいちいち設定しなければならないが、七つ世界では貴重な転移アイテムである。

 登録済みであれば戦闘中でも使用できるため、大抵のプレイヤーは緊急脱出用にいくつか常備している、のだが……。

「問題はアイテム欄か……」

「ああ……」

 そう、ゲームではマウスカーソルでクリックするだけで開いたアイテムウィンドウの開き方がわからないのだ。

 最後に倒したのが迷宮の主(ミノタウロス)とか、皮肉だろうか?

「こう、クリックするだけで出てこないものかねぇ。ゲームみたいに」

 皮肉交じりの苦笑いを浮かべながら、イーヴァは空中を二回、指で叩く。

「アホか」

 彼の皮肉をオレは同じように苦笑いで返す。

 普通なら真顔で「冗談をいうな」とか言い返していたところだが、しかし、こんなときだからこそ多少の皮肉やジョークは必要だろう。おかげでだいぶ気分が楽になった。

「……すまん、世界は意外と阿呆らしいぞ?」

「は?」

 イーヴァは(ほう)けた表情で視線を空中に漂わせる。

 もうそれだけで嫌な予感がした。

 なんかこう、オレの今の気力をごりごり削るような、そんな嫌ーな予感。

「でたわ。しかもシステムウィンドウと一緒に。……あ、糸いる? 指、動かないみたいだし」

 イーヴァは空中に指を這わせ、見えないウィンドウを叩いてアリアドネーの糸という毛玉みたいなアイテムを二個、その手に呼び出す。

 手のひらに光があふれ、毛玉が構成されていくその光景に、オレの気力がごりごりと音を立てて削れていく。

「……いる。が、その前に一言言わせてくれ」

「なんだ?」

「アホかっ!」

 その声でモンスターが来るかもしれないという考えもどこかに吹っ飛び、オレは後先考えぬ声量で世界へ盛大に突っ込んだ。



  [jump a scene]



 各アイテムに設定されたゲームのインフォメーションを思い出しながらアリアドネーの糸を使用――握りつぶしたしたとたん、ぐらりと視界が揺れ、一瞬だけエレベータに乗ったときに感じる浮遊感に似た感覚を得る。

 ――なんだかどっと疲れた。

 アイテムの説明曰く、アリアドネーの糸がおこなっている転移はプレイヤーが持っている『世界渡り』の才能とプレイヤーの体力――ゲーム上ではそもそも存在すらしてなかったが――スタミナを利用した簡易召喚術なのだそうだ。

 いや、疲れたのはまた違う理由からだが。

 さておき。

 オレたちは外縁を果てしない城壁で囲った王都の外、城門の目の前に転移する。

 だがアリアドネーの糸の設定場所と違ったようで不思議に思ったイーヴァがシステムから起動させたマップで確認していた。それによるとここは北門らしい。

 周囲には同じように城門前へと飛んできたプレイヤー……プレイヤー? が群がっている。

 門は開いている。が、どうやら王都の中に入れないらしい。がやがやとした喧騒にまぎれてそんな言葉が耳に飛び込んできた。

 くるりと周囲を見渡せば、空をぼんやりと見つめながら指をせわしなく動かしている異形の人間たちがちらほら。

 どうやらイーヴァと同じようにシステムウィンドウの表示方法を見つけた者がチャットを介しての情報交換をやっているようだ。

 なれていないせいもあるが、この腕(トレント)は不器用でいけない。ぎこちない手つきで人差し指を立て、腕ごと動かして空を二回クリック。

「うぉっ!?」

 映画でよくある半透明のウィンドウがいきなり目の前に、同じようなデザインのキーボードは腰の辺りに展開。そのあまりの量にうっかり声をもらす。

「……半透明だけど、ウィンドウは前と一緒か」

「ん? ああ、イノもウィンドウを呼び出したのか」

「ああ」

 不要なウィンドウを一個ずつ最小化。最小化されたウィンドウは小さなバーとなってキーボードの上にスタックされる。

 そして残ったチャットウィンドウから、現在唯一存在している『召喚されたプレイヤーの意見交換広場』というチャットルームを選択。

 また邪魔なキーボードは非表示に、そのチャットウィンドウはサイズや位置を調整した後にピンマークを指で叩いて常駐設定にする。

 チャットルームはざぁっ、とさかのぼる滝のような勢いで流れていた。

「……どうやら、結構な人数が召喚されたみたいだぞ?」

 チャットルームの情報によれば、今回、ディタムス王家らが大規模召喚をおこなったらしい。

 また門番からの証言によれば、大規模召喚の反動で現王が身罷(みまか)ってしまい、その混乱で現状被召喚者たちである自分たちプレイヤーを受け入れる余裕がないとか。

 たしかに、ぐるりと見渡した限り百人はいるだろう。これで全員かどうかはわからないが、しかし、これだけ召喚すればなるほど身罷ってしまったのも納得だ。

 いや、それよりも、

「――今日は野宿、か」

「まじで? 嘘だろ、おい……」

 布団に入って、目を覚ませばいつもの日常に戻っているかもしれない。そんなささやかな現実逃避でさえ、自分たちには許されていない。

 イーヴァが絶望に天を仰ぎ、そのまま腰砕けに座り込む。彼からしてみれば初めての月のものやら自分とはちがう性別の身体でいっぱいいっぱいだったのだろう。

 むしろここまで精神が持ったことこそ賞賛に値する。

 なにか声をかけようと口を開いて、しかし、思うような言葉が出せず、閉じる。

「パンツが気色悪いから着替えたい……汗と泥臭いからお風呂に入りたい……お腹が重くて一眠りしたい……」

 おい。

 オレの同情とか悲壮感とかいろいろ返せ。

「そうだイノ、もういっかい森へ行こう! 川なら魚もいるし、水浴びくらいはできるはず!」

「こんな状況なのに異世界エンジョイしてるなお前!」

「身体が変わったせいか前より前向きになったと自負してる!」

 ぐっとサムズアップ。

 ああもう、いろいろたくましすぎるわ、お前。

 今度はオレが、天を仰いだ。

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