ゾンビ Lv5
「ゾンビの生活も存外悪いものじゃないな」
何せ死んでいるのだから色々気が楽で良い。食事をとる必要がなければ風呂に入ることもしなくていい。
ズボラな俺にぴったりですね。
それまで振り回していた巨斧を一振りして血を払うとどっかりと肩にかけて、足元にできあがった「山」に腰を落ち着ける。
「山」は総勢百名以上からなる人間たちが積み重なってできていた。
生前の俺のような戦士から、どこぞの国に属しているような騎士、年季の入った杖を持った魔導師など、いわゆるかたぎではない類の連中ばかり。
こいつらはこのダンジョンの侵入者だ。俺が斧を獲物に、返り討ちにした連中である。
一応情けはかけて全員急所を外してあるので生きている……はずだ。
時折、尻の下の方で「痛い」とか「畜生」といった苦しそうな呻き声が聞こえてくる。おい誰だ今「くさい」って言った奴。
「まあなによりの特典はこれ以上、死なないって事だよな」
俺の身体は、斬撃、ファイアーボール、背面攻撃、等々、幾多の攻撃を受けてボロボロになっていた。腕がもげ、腹が割け、半身の皮膚が大火傷で黒く焼け、爛れている。
言わずもがな、下のほうで呻いている連中によって負わされた怪我である。
医者ではなくても、これらのひとつひとつが明らかに致命傷であることは判別できるだろう。
このように「詰んでいる状態」であるはずなのにも関わらず、俺は事切れるどころか衰弱することすらなかった。勿論死んでいるから。
ゾンビというのはとても便利な身体であるらしい。
これ、生前より強くなってるな。
手下となった俺に魔王が下した命令は今のところひとつだけである。すなわち『このダンジョンに無断で入り込んできた奴らを返り討ちにするぞな』。
まあ運動は嫌いな方ではない。こうしてストレッチ代わりにダンジョンを訪れるお客さんたちを撃退するという職務を忠実にこなしている毎日だった。
ちなみに客というのは自称勇者どもである。その大方が俺の手によって攻略し終わっているこのダンジョンを見つけ、ハイエナのように集まってきたらしい。ちなみにこれは尋問して知ったことである。
「そんな……たかがモンスター一匹に全滅なんて……」
「おや、ちみっちゃいのが残ってたぞ」
今回は襲撃者の数が余りにも多かったので取りこぼしがあったようだ。
わなわなと震えながらもちらを睨んでいる小柄な少女。
白い祭服に、牧杖という、いかにもな出で立ちから修道司教であることが分かる。可愛い顔立ちをしているが、今は怯えて口元をひきつらせている。
目の前で倒された仲間が累々と積まれて山となった光景にかなり追いつめられているらしい。なんかちょっと楽しくなってきた。
「うえっ……我らが白亜の精霊よ」
おもむろに修道司教ちゃんはその場で屈むと、両手を組んで必死の形相で目を閉じてぶつぶつと何事かをつぶやき始める。
一見、命乞いでもするような格好だったがそうではなく、ええっと、そうこれはいわゆる祈祷だ。
「しっしっ詩篇第七。こここっこの諧謔の造花、容赦なき叱責が飛んだ」
「最後だいぶ噛み気味な文句だったな。それ神様ちゃんと聞き届けてくれるの?」
「うるさいっ。食らえっ。ホーリーーライト!」
ぐっ。
次の瞬間、訪れる閃光。
まるで棍棒で背後から殴られたような衝撃を受ける。
目の前が真っ白だ。白。白。白。
逃げるまもなく暴力的な勢いで、光の洪水に押しつぶされてそのまま身動きが取れなくなってしまう。
ちっ見た目の可愛さから甘くみていた。
相手は思ったよりも手練れらしい。その勢いからかなり上位の祈祷を繰り出してきたようだ。
おそらくこれはアンデッドモンスターにのみ有効なもの。霊魂をあの世へ強制送還させるものだろう。 ゾンビの俺には天敵である。余裕をぶっこいて様子を見ていたのが仇になったらしい。
だがそれも数秒間だけ続いたが、すぐに勢いがなくってしまった。
光の洪水が、小さなきらきらする粒子だけを残して薄れていく。
「えっえっ嘘。嘘っ!?」
呆然とした顔の修道司教少女。
「やあちょっとお兄さんびっくりしたわ。ちみっ子だと思って舐めてたね」
「嘘っ。ちゃんとお祈りできたのにっ」
「『だがゾンビには効果がなかった!』」
「リッチクラスなら一撃で消し飛ばせるはずなのに。浄化系ではとっておきの祈祷だったのにい」
「いやあ残念だったねえ。惜しい。非常に惜しい。相手が俺じゃなければうまくいっていたかもね」
「むっ」
俺のにやにや笑いがどうも癇に障ったらしい。
さっきまでの怯えもどこへやら修道司教はずかずかと仲間でできあがった「山」をずかずかと踏み越えて、俺のところまでやってくると牧杖をぶんぶんと振りまわして攻撃してくる。
うわっ怖いなこいつ。
「あなたっ。百人がかりでも倒せないし、浄化も効かないしっ。一体何者なんですかっ」
さあそんなこと言われたってねえ。
効果のないものは効果がないし、倒せないものは倒せないだけである。
俺はいつも通りのことをやっているだけだ。
「つうか、ただの魔王の手下見習いなんだけどね」
修道司教は尚もきゃあきゃあ文句を言いながら、殴りかかってくるが、いちいち相手にしてやる義理もないし面倒になってきたので、「ていや」と彼女のおでこに凸ピンの一撃を入れてやると、「きゅううう」とあっさり気絶する。
ふうこれでようやく静かになった。
まあ山になってる連中も結構痛めつけたことだしこれ以上は進んではこないだろう。
ストレッチを終えた俺は一旦、魔王のところへ戻ることにした。